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  • 2016.12.30 Friday
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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    恵方巻をいつまでも

  • 2014.02.04 Tuesday
  • 今年も節分がやってきました。
    うちでは、例年のごとくカミさんがいろいろ用意してくれています。さすがに熟年夫婦の二人暮しでは、豆まきはいたしません。ぶつけ合いになって喧嘩するのがオチです。鬼もこんなマンション上階までは来ないでしょ。まずは、座って一杯。
    こんぶ大豆というものが小皿にあります。なんやこれ?
    「それ、神社で配ってくれてたの」
    ははぁ、氏子でもないのに申し訳ないですなぁ。ではポリポリ。
    子供の頃は「年の数だけ豆を食べなさい」と言われて炒り豆を食べたもんです。そんなことをしなくなって、何年経ったでしょうか。多分、歯を悪くしたときに途絶えたように思います。
    今それをやったならば大変です。炒り豆を40コも50コも食べれば、胃の中で膨れてハラが張ります。腹痛の可能性も(…胃ヂカラも衰えたものよ)。
    そういえば昔、おかんは子供には食べさせてましたけれども自分は食べてなかったような(笑)。そのころの親の年齢をとうに超えた僕らも、もういいでしょう。子供には将来があり、良き人生を送るためにもそのようにすべきでしょうが、もう僕らの人生なんて福豆をたくさん食べても変わるもんじゃなし。
    ぼんやりといろんなことを考えます。この年まで二人で暮らしてきましたが、僕らに子供がいたなら、やっぱり豆まきはやったでしょうか。僕は、鬼の面をつけていたでしょうか。
    食卓には、鰯の塩焼き。そして、なぜかおから炒煮。
    「たぶんそれひと鉢食べたら年齢分の豆食べたくらいにはなるでしょ」
    なるほどなー。

    そして、今年も太巻です。
    例年と同じく、食べる直前に巻きます。邪道かもしれませんが、海苔がパリっとしているほうが好みなのです。食卓にスノコを出して、二人して製作。
    今年は、贅沢バージョンですね。皿に刺身が盛られています。
    「最近そういうのがセットになってスーパーで売ってるのよ。海鮮巻仕様ってことで」
    僕も、別にカンピョウやシイタケやでんぶを使った関西ふうの太巻に拘泥しているわけではありません。どうせなら、うまいほうがいい。こういうのはまことに心が浮きます。
    二人して、いろんな太巻きを食べてきたような気がします。とくにここ何年かは、変化球も多かったような。
    ブログをはじめて、今年で10年です。そして節分のことだけは、定点観測のように毎年記事にしてきました。こうやって自分のブログで恵方巻サーチをしますと、いろんなことが思い出されます。前は、伊達巻を自作したこともあったっけな。もうあんな面倒くさいことは出来ないなー。最近は、僕が味覚障害をおこしたり、カミさんが風邪引いたり、なかなか体調十分で節分を迎えられなかった。今年は、二人とも元気だ。それだけでもうじゅうぶんのような気がしてきました。
    では、いただきます。今年の恵方は、東北東。

    わしわしわし。はぐはぐはぐ。

    こうして粗忽にも無言で食べ、食べきったあとに大爆笑するのも例年のならいです。
    子供の頃は、そうやって兄弟3人でおかん手作りの太巻を食べてきました。長じて独立して、一人暮らしを始めたときには、手作りするほどの器量もなく、また関西を離れたので、切らない太巻きを購入するのに苦労したおぼえがあります。
    所帯を持ってからはカミさんを洗脳し、以来20年こうして二人で食べてきました。
    いつまでも、こんなふうに二人で恵方を向いて食べ、笑う日が続けばいい。そんなことを思った今年の節分でした。


    えー、ここまでは、いい話を書いたような気がします(笑)。しかし、恵方巻の記事も今年で10回目を迎え、これで一応最終回にしたいと思ってます。毎年同じ事を書くのも芸がありませんし、もうネタがない、ということもあります。読んでくださった方、どうもありがとうございました。

    と、これでは終わりません。ちょっと毒を吐きますので、記事は折りたたみます。愚痴みたいなもんなので、以後はそんな読まなくていいです(汗)。


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    | 2014/02/04 | 飲食 | 06:45 | comments(2) | trackbacks(0) |

    恵方巻に願いを

  • 2013.02.03 Sunday
  • 僕は昔から、多数決でいくとほぼ少数派に属してしまう傾向があるようです。何と申しますか、性格がへそ曲がりと申しますか。
    幼い頃の話です。僕は3人兄弟なのですが、例えば今日の夕食にコロッケかハンバーグかどちらが食べたいか、てな内容で、よく母親が子供に決を求めました。そうなると、多くは2対1となり、その1はたいてい僕なのです。どうしてなんだろう? 子供ながらよく悔しい思いをしていました。兄と妹はグルになっているのか、とその頃は疑っていましたが、どうもそうじゃないようでして。
    もっと大きな規模で例を挙げれば、僕は20歳以来よっほどのアクシデントがない限り、ほぼ毎回選挙には行っているわけです。しかし、僕が投票する候補は、国政にせよ地方にせよ首長選にせよ、かなりの確率で落ちます(笑)。少数派だなあということをしみじみ実感してしまいます。

    そういうことが積み重なって意固地になってしまったのか、はたまた少数派であることを正当化しようと必死になった結果なのかは定かではありませんが、どうもどこかで僕に「もういいや多数派には属したくない」という意識が働くようになってしまった気がします。なんだかどうも、みんなが「好き!」というものにはつい背を向けてしまいがち。
    これを「付和雷同は宜しくない」と言う考え方なのだと捉えればなんだかマトモに見えますが、マイナー志向とみることも出来ますし、何でも反対男であればそれは社会の迷惑です。。
    基本的に、こういう方向性は損だと思います。幸せを享受しそこねたりすることがあります。「波に乗る」ということも人生には必要なのかもしれません。しかし、そう出来ない性格に育ってしまったのです。盲従したくない。迎合はイヤ。尻馬には乗りたくない。集団心理は嫌い。
    先般、大鵬さんが亡くなられましたが「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉がありました。みんなが好きなものの集合体。これは昭和30年代の言葉なので、僕より約10年前の子供たちを対象にしていますが、その頃に僕がいれば絶対に読売Gとか大鵬さんのアンチになっているでしょうね。そして卵焼きは好きだから、そのことはヒタ隠す(笑)。
    そう書くと全くのところヒネクレ者でしかないわけですが、やっぱり「みんな好きだと斜に構え、みんなやってるとやりたくない」んです。

    したがって「ブーム」というものを、いつも苦々しく思いつつ見ています。なんで世間の人たちはみんな一極集中するのか。「旬」であるなら理解はできますが、「ブーム」「流行」「トレンド」なんてのは、たいてい仕掛けがあるわけです。ファッションにせよ「来年はこれを流行らせよう」なんて意図があって、そしてそのまま大衆が流されてゆく現象にいつも舌打ちをします。書籍も映画もCDも、ある特定のものがいつも寡占状態となります。これも仕掛けがあり、そしてマスコミが煽動して人たちは流されてゆく。自分の目や耳や感覚を頼りに方向性を決めれば、そんなに他人と趣味が合致するはずはないと思うのですが。
    納豆ブームになれば納豆が急に売り切れます。大衆は仕掛けにあまりにも弱い。最近では猫も杓子も「コラーゲン」。翌日はお肌スベスベよ〜なんてみんな言ってる。それはただ脂ぎっただけじゃないのか。このコラーゲンブームはパワースポットブームとともにどうも好きになれない。なんでそう人は流されるのか。

    さあ、さんざん悪態をつきましたよー。で、恵方巻の話なんですが(笑)。
    恵方巻というものは、本来は縁起物です。「本来は」と書いてしまうと多少の問題も含み(→過去記事参照)、それほど伝統があるとは言えないという意見もありますが、少なくとも初老をとうに過ぎた僕でも子供の頃からやっていることで、関西の一部ではもはや行事と見なしていいでしょう。しかし、あくまで関西の風習でした。
    僕はこのブログを始めて9年目になりますが、最初に恵方巻のことを記事にしたときは「関西では節分に太巻きを食べる風習があります」と前置きをして、恵方に向かって無言でイッキ食いするものである、と解説も入れています。つまり、あまり全国的には知られていなかった風習だったのです。なので、紹介するという形になっています。
    しかし、今やこれは完全に全国区になりました。もちろん、業界の仕掛けによって、です。
    コンビニでは何日も前から予約を受け付け、スーパーでも広告がわんさと入り、百貨店でも売り出しています。
    恵方巻というのは、売りやすいのでしょうね。伝統的な太巻のみならず、海鮮巻などいろいろなバリエーションが出来ますし。節分行事としてはもっと伝統のある豆やイワシなどよりも高額商品となるのも、販売意欲を増加させるのでしょう。
    この仕掛け、いったいいつ頃からなのだろうと思っていました。関西にいますと、恵方巻はまあまあ昔からあちこちで売っていました。かつてはそこまで露骨に広告を打ったりはしていなかったとは思いますが、急に登場したものではないので、全国展開の様子がわかりにくいのです。
    wikipediaによりますと、仕掛けたのはコンビニエンスストアのようです。なるほど。
    おそらく「恵方巻」という言葉も、その仕掛けのひとつなのでしょう。僕は2005年の記事のタイトルにはまだ「太巻き」と書いていて、記事内に「恵方巻というようです」なんて書いています。実際、恵方巻なんて言い出したのは最近のような気が。ただ、うまいなと思いますね。「節分太巻」では広告のコピーにならん。
    コンビニやスーパーの売らんかな作戦には、基本的には文句を言う筋合いのものではありません。何か売るものはないか。必死で探して仕掛ける。これはビジネスチャンスを自ら創り出したわけです。頑張っていただければと。
    それに、他社が便乗する。以前コメントで「恵方巻パン」なんてのがあると聞いてアホかいなと思いましたが(笑)、「恵方巻ロールケーキ」なんてのもあるようです。…これには確かに多少の品のなさも感じますが、このご時世そんなキレイ事ばかり言ってはいられません。大いに乗っかって売って下さい。
    けれどもね。
    こうなると、僕はもう生来の捻くれ者の血が騒ぎだすのです。世の中がこうまでなってくるとね。毎年節分になると恵方巻の記事を書く僕も、なんだかブームに乗っかっちゃっているみたいじゃないですか。うーむ。

    まあ四の五の言っても始まりません。これは本当にブームなのかどうなのか見てみることにします。
    検索してみますと、こういうのがありました(笑) →「恵方巻マピオン
    恵方巻を食べる向きを確認するためのスマホのアプリです。こんなん節分しか必要ないがな。
    「恵方巻なう」というのがどれだけツイートされたのかも見ようと思いましたが、面倒くさいので止めます。ただtogetterを見てますと、若い人が楽しんでいる様子が伺えます。しかしこれ2月1日のtogetterなんですね。2日前かいな(笑)。まあ若者は日にちなどにさほど拘泥しないということでしょうか。
    また、金曜日ということもあり会社などで支給されている場合も多い由。なるほどね。そもそもこの行事は「家族そろって」というところに良さがあったと思うのですが、今はそうではない。友達や職場の「繋がり」の方が大切なんかな。まあ2日前の話であり本番3日にはまた家族で食べるのかもしれませんしね。また、ネットでの散見なのでそう思えてしまうのかもしれませんし。
    切ってあるのも。みんなで少しづついろんな味を楽しみたいという趣向かな。また、バラバラの方角を向いて食べている人たちもいます。極めつけは二人で両側から食べている画像。とにかく販売側の「商品を売る」という意向だけが突出して、丸かぶりとか恵方とかそういうものは抜け落ちた感があります。そんなに古い伝統行事ではないのかもしれませんが、風習とはこうして拡散そして雲散霧消してしまうものなのかもしれません。
    見てるとサラダ巻き多いなー。そしてやっぱり恵方巻ロールあります。パンを海苔で巻いた恵方巻サンドあります。巻いたクレープくわえてる人もいます。これはファミレスみたい。Subwayもやってる。恵方サブって何よ(笑)。
    2日前の事なので特殊例ばかり集めてあるのかもしれませんが、やっぱりこれは行事というより流行りモノっぽいですねぇ。くわえるのは間抜けで面白いし、楽しいのでやろーよ。その雰囲気がよく見えます。だから、今後もどんどん変質してくる可能性はあります。「かつては太巻き寿司で恵方(縁起のいい方向)を向いて行うものだったが…」なんて書かれる時代がくるかも。
    そういう変質って、簡単におこりますもんね。クリスマスイブがカップルで過ごす日になったのって、近年だもんなー。

    では、実際にスーパーへ行ってみることにします。
    「今日は節分!」「招福恵方巻」「福寿巻」「恵方は南南東」「さあみんなで丸かぶり!」ガンガン文字がおどっています。そして山と積まれた太巻き。
    こういう情景は、初めて見ました。だいたいうちの場合は太巻きは手作りにしてますんで、買いに来ない。そして材料はいつもカミさんが揃えますので、僕の出番はないわけです。
    その太巻きの、まあ種類の多いこと多いこと。
    定番のオーソドックス太巻きよりも、ちょっと値の張る海鮮巻の比重のほうが多いかな。そして「海鮮サラダ巻」「まぐろいっぱい太巻」「ヒレかつ太巻」「エビフライ太巻」etc. 昔ながらの太巻きよりも、変化球が多いようです。
    さらに惣菜売り場。「恵方アスパラチーズカツレツ巻」「恵方丸かぶり生春巻」なんでしょうかねこれは。チキンライスを卵で巻いた恵方巻なんてのも。それはオムライスでんがな(笑)。パンもございますよ。ツナなどを巻き込んだ恵方パン。巻き寿司のように見えるロールパン。
    そして、やはり恵方巻ロールケーキ。これ、一口サイズ(細め)のものも確かにありましたが、通常的サイズのものもありますね。まるかぶりしようとすればアゴが外れるのでは。さらに、一本食べきればおそるべきカロリーになると思います。
    もう「無言で丸かぶり」なんてどうでもいいんでしょうねー。
    続いてデパートへ。
    やっぱりワンランク上の値段ですよ(笑)。一本2000円するのもあるなー。
    昔は、具は七福神にちなんで七種、なんて言ったんですが、それに伝統と信憑性はないにせよ「新鮮な魚介を23種巻き込みました!」なーんてのを見てますとどうもねぇ。もう少し減らせ(笑)。
    そしてやっぱりバラエティありますよ。うなぎ太巻き。いなり太巻き(?)。おこわ太巻き。牛肉太巻き。チキン太巻き。韓国のキムパ。 チャーハン太巻きもありました。そしてトンカツKYKの「のり巻ヘレかつ」など、お惣菜も各種(笑)。
    ふぅ。見てるだけで疲れます。僕はもう選べなくなって、そのデパートで最もオーソドックスなかんぴょうや卵焼き、穴子などが入った太巻きを二本購入しました。

    え、つまりオマエ買い物に行ったの?
    そうなのです。
    カミさんが風邪引きまして、寝ているのです。んで、僕が作るのもまた面倒くさいので、買いに来ました。ずっと手製だったので、既製品は久しぶりです。
    風邪引いたのなら、そんな太巻きイッキ食いなど出来ないだろう、と思ったのですが、寝込んで既に4日め、徐々に回復傾向にあるようで。さらに、どうしても恵方巻は食べたい、という執念を見せています。幸いにして、昨年の僕のように味覚障害の兆候もないようで。じゃあワシが買ってくるよ待ってなさい、というワケです。

    では食べましょう。
    寝室に太巻きを持ち込み、カミさんも起き上がって二人そろって南南東。
    わしわしはぐはぐ。

    うまい…♪
    たまに、ちゃんとした店で作っている太巻きもいいかな。やっぱりプロの仕事です(笑)。

    カミさんもまだ食べるのにスピードこそなくゆっくりでしたが、一本食べきりました。あんた毎年楽しみにしてるもんなぁ。
    当初は心配しましたが、これだけ食べられれば回復も早いでしょう。早くよくなってくれ。
    願いはもちろん妻の病気平癒。今年の恵方巻の話でした。明日からは、春。
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    | 2013/02/03 | 飲食 | 21:54 | comments(6) | trackbacks(0) |

    恵方巻に間にあえば

  • 2012.02.04 Saturday
  • 「砂を噛む」というのは、例えです。慣用句。ことわざというほどではないと思いますが、つまり味のないものを口に入れる、ということで、つまらない、面白くないことをあらわします。受験生ブルースに「すなをかむよなあじけない〜♪」ってフレーズがありますわね。
    味を感じない、ということは、まさに砂を噛むようなものです。つまんないの。というわけで、味覚障害の話の続きです。風邪ひいて舌がおかしくなっちゃったわけですよ(汗)。
    味がしない、と申しましたが正確には、味覚と嗅覚が失われました。「味」というのは舌だけではありませんね。味は香り、そして舌触りがプラスされて完璧になる。「匂い松茸味しめじ」と申しますが、松茸だって味が全くなければそれはうまくありませんし、しめじも実は香りが利いているのです。全ての食べ物は、それらが相乗されて味を構成しているのです。

    よく「見た目」というものが味には重要だ、美しく盛り付けられてこそおいしさを感じる、という意見があります。日本料理では特に強調される部分ではありますが、「視覚」は「味覚・嗅覚・触覚」に比べ、あくまで二次的であると考えられます。確かにいろどりがきれいであるにこしたことはありませんが、その見た目は味とは基本的に関わらないものである、ということが今回よくわかりました。
    思えば、真剣に味に立ち向かう人は、その瞬間には目を閉じます。世界的に評価の高い祇園の料理店「千花」では、ご主人が最後に味を決めるときには、必ず目を瞑り神経を研ぎ澄ませて味をみるそうです(こんな三ツ星の店行ったことありませんよ^^; 森須滋郎氏等の本からの受け売り)。利き酒だって、目を閉じますよね。「世界の料理ショー」のグラハム・カー氏は、そのうまそうな料理を味わう時、まず一口目は目を閉じています。その感じが、実に「味わってるな〜」と思わせてくれます。
    結局、視覚が味に関わる部分というのは、記憶によるのです。今までうまいものを食べてきた記憶が脳に蓄積されていて、その食べ物を実際に目前にしたとき、過去の記憶がよみがえり「ああ…うまそう…」と思うのです。初めて食べるものでも「これおいしそう」と思うのは、その蓄積された記憶が脳内でデータベース化され、それらを組み合わせて判断しているのでしょう。この食べ物がこういう色でこういう形状になって登場すれば、うまいに違いない。そう見極めます。そして、脳内で味の記憶を構築しそれをさらに反芻し、その食べ物に対して期待が高まるわけです。唾液も出る準備をはじめます(あるいは出てしまったりします…( ̄¬ ̄*)ジュルリ…)。この状態を「目で食う」と呼ぶのかと。また「音で味わう」も然り。中華風おこげに餡がかかるジューッという音を聞いて、聴覚的に期待が高まるということだと思われます。こういう音がすれば、うまいに決まってる、と。
    その視覚・聴覚は「味がしない」という状況下においては、邪魔でしかありません。うまそうなものを見ると僕も当然「ああうまそう〜」と思うではないですか。しかし実際にそれを口に入れても、まったくうまくない。「砂を噛む」が如しであるわけですから。つまり「目で味わった」ぶん、その落胆感が増すわけでして。悔しい。「見た目」なんてクソクラエです。この言葉についてよく「カレー味のうんこかうんこ味のカレーか」という究極の選択がありますが、味覚嗅覚を失うとこんなのは簡単に答えが出てしまうのです。(伏字は反転しないように)

    本格的に風邪引いたとわかったのが先月の23日。で、その風邪は鼻がグズグズいうのをのぞいてはもう先週中にほぼ治っています。体調もとくに悪くはない。しかし、なかなか舌に味覚が戻らず、嗅覚もほぼありません。このまま一生戻らなかったらどうしよう。そんな不安感がよぎります。
    カミさんが何か買ってきてくれました。

    「これ飲みなさいよ。ファンケルのサプリ」
    「なになに、"からだにしっかり届く亜鉛"とな」

    亜鉛のサプリメントなんてのもあるんですね。「亜鉛は、味覚を正常に保つのに必要な栄養素であるとともに、皮膚や粘膜の健康維持を助ける栄養素で、たんぱく質・核酸の代謝に関与して、健康の維持に役立つ栄養素です」と書かれています。なるほどねー。

    「1回に2錠づつ飲むのよ。飲みすぎてもダメなんだからね」
    「はーい」

    あきらめずに、回復を待つしかありませんね。
    火曜日にある人と食事の約束をしていたのですが「風邪引いてしまった」ということにして延期してもらいました。本当は風邪を引いたからではなくその後遺症が残っているだけではあるのですが「元気なのだが味がわからない」てなことを説明するのも難しいことですし、身体が動くなら来い、と言われそうでしたので、嘘をつきました(厳密にはウソじゃないよね^^;)。申し訳ない。僕だって悔しいのです。捲土重来を期して、今回は見送り。臥薪嘗胆の心境です。
    臥薪嘗胆てのは、焚き木を枕に寝て苦いキモをなめることですけど、このキモって熊の胆のことなのかな。熊の胆というのは今や高級品のはずで僕は服用したことはありませんけど、相当に苦いもののようですね。しかしこの舌の状態であれば、なめることに何の苦もないなー。これでは、耐え忍び「今にみていろ」と思うことはできませんね。

    しばらくは、口中は触感だけでした。
    しかし「触感」というものは、五感のひとつというにはあまりにもバリエーションがあります。そのことが、味覚嗅覚を失うとよくわかりました。まず、熱い冷たい。微妙な温度差。そして歯ざわり舌ざわり。サクッ。パリッ。ねっとり。シコシコ。ちゅるん。さらに、痛点も。辛い感覚は消えませんでした。ピリピリ。ヒーハー。それらは全て触覚に分類されます。僕の口中感覚は触覚に特化されていましたので、意外にも複雑であったこの感覚を十二分に味わいました。それしか食べる楽しみがないので。
    そうして味気ない生活を続けていましたが、少しづつは回復のきざしが見えてきたようです。まずは、鼻が通りました。
    ずっと鼻をかみすぎていて耳がおかしくなりそうだったので、界隈で話題になっていた奇跡の手間も金もかけずに鼻づまりを直す方法もやってみましたよ。さすれば、確かに鼻は通るんですね。すぐに元に戻るのですが(汗)。しかしながら、これも繰り返しているうちになんとなく通るように。これのおかげで治ったのかはよくわからないのですが。
    しかし、鼻は通ってもすぐに嗅覚は回復しないんですね。しばらくはダメでした。
    面白いことに、全てが均一に戻ってくるわけじゃなかったのです。レモン汁の酸っぱい匂いが最初にわかるようになった、と前回書きましたが、酸味関係の匂いは戻りが早かったですね。インスタントコーヒーの話ですが、うちにあったネスカフェのエクセラ(安いほう)は、直接ビンに鼻を近づけて匂いを嗅いでも何も匂いません。ところがそんな状態でもゴールドブレンド(高いほう)は、コーヒーの香りこそしないものの、酸味を感じさせる匂いはするのです。キリマンジャロやモカで感じるような。興味深いなと思いましたね。ゴールドブレンドのほうが複雑な香りを内包していたのでしょうか。
    そうして、段階を踏んで香りを少しづつ取り戻していきました。毎日ひとつづつ要素が増えていく感じ。炊き立てのごはんの香りがわかったときは、うれしかったですねえ。
    味も、徐々に回復。亜鉛が効いたのでしょうか。
    これも、興味深いことに段階をふみました。酸味が最初に回復したのは香りと同じ。毎朝レモン汁と塩と砂糖を舐めていたのですが、レモン汁から味がわかるように。逆に、甘味がなかなか元に戻りませんでした。どういうシステムなのでしょうね。これは個人差があるかもしれませんのでよくわかりませんが、僕はそういう順番でした。
    それだけではなく、味には「旨味」なんて複雑な感覚もありますのでね。ためしに化学調味料を舌にのせたりしました。昆布茶の粉を舐めてみたり。これも、日に日に回復してくるのでうれしかったですね。

    もう大丈夫だろう。そんな感じで、週末を迎えました。いよいよ、節分です。すなわち恵方巻。なんとか…間に合ってくれたようです。
    僕はその日、加古川市に用事がありましてそちら方面へ向かったのですが、その際こっそりと高砂市に寄りました。完全に私用ですが許してね。目当ては、焼き穴子です。
    瀬戸内産の穴子は播州名物でありまして、神戸や明石でも上質のものが入手できるとは思うのですが、高砂の穴子って何だか「別格」であるように思うのですね。事実、ファンも多いと聞きます。関東では煮穴子が普通でしょうが、焼き穴子のうまさというものはこれまた違うのですよ。香ばしさが絶品。
    店は夕方まではやっていませんので早めに訪れ、小ぶりのやつが二尾で一串になってるのを買い求めます。少し値ははりますが、これは本当にうまい。贈答用にもなるのですが、今日は自家消費なので簡単に包んでもらって、その後野暮用をいくつかこなして、夜にうちへ戻りました。
    家では、準備が整っています。酢を控えめに調味したごはん。海苔。そして具として干瓢、錦糸玉子、きゅうり、椎茸、茹でた海老。

    「おーい、穴子いれて六品やで。七品ないと七福神にならんがな」
    「あっ本当だどうしよう」
    「まあええか。わさび入れたれ。それで七つや(笑)」

    例年の如く、自家製です。巻き簾に海苔を置き飯を広げて、具を並べます。今回は焼き穴子が主役なので、他の具は薄味に。具の置き方ですがひとつだけ工夫を。
    穴子は海苔の幅を多少はみ出るほどの長さなのですが、その穴子を縦半分に切り、互い違いに置くようにします。一尾なので、尻尾から食べ始めるかアタマからにするか迷う可能性がありますので(笑)、こうして均一にしました。
    しっかりと巻いて(ちょっと、といいつつ結構穴子がはみ出してます♪)、海苔がパリっとしている間に食べましょう。今年の恵方は、北北西。ではいただきます。

    わしわしわし。

    う、うまひ〜。間に合ってよかった (T-T) ウルウル

    というのは心の声ですが(節分の太巻は黙って食べなければ福が逃げる)、ちょっと感動的なうまさでした。
    その砂を噛むような味気ない日々を過ごした果てのこの恵方巻、というのはあるかもしれませんよ。ですがしかし、そういうことを超えてこの穴子はうまい。焼かれてから既にずいぶんと時間は経ってしまっているはずですが、香ばしさは褪せることなく、力強い旨味を保っています。もう「高砂の焼き穴子最強説」を唱えてもいいのではないでしょうか。太巻に入れるのは少し贅沢な気もしましたが、自らへの快気祝いも兼ねて、ということで許していただこうかと。
    噛み締めるたびにあふれるよろこび。うまいのぉ(涙)。一時はダメかも、と思ったもんなあ。味わえるという幸せにじんわりとひたりつつ、無言で一本食べ終わりました。はひーうまかった。おかわりが欲しいよ(笑)。
    というわけで、味覚障害から復活の一幕でした。
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    | 2012/02/04 | 飲食 | 19:11 | comments(2) | trackbacks(0) |

    それでも恵方巻を

  • 2011.02.05 Saturday
  • 何と申しますが、また極私的な体調管理の話なんですけど。
    昨年の11月後半から食事制限をして、なんとか痩せようと試みています。2ヶ月と少し経ちました。基本は摂取カロリーを減らすという、いわゆる「ダイエット」なのですが、これがなかなか大変で。
    ダイエットというものは、時間が無くても出来るものなんです。どんなに忙しくても可能。僕は「減量」より「痩身」を目指してますので、本来は走ったりジムに行ったりして鍛えなければいけないわけなのですが、そういうことが出来なくても減量だけは出来る。メシの質を改善し量を減らせばいいだけですから。
    しかし、これがなかなか出来ない。どうしてなんでしょう。
    ダイエットの敵は「人付き合い」であることをあらためて思い知らされています。

    以来、カロリーはかなり抑えています。摂取カロリーを消費カロリーが上回らないと当然痩せませんので、食事の質、量ともに吟味して、低カロリーのものを少量摂ることを続けています。
    もはや「腹が減っている状態」にも慣れました。最初の頃はキビしかったものですが、それが当たり前になってくる。また、腹が減っていることに喜びを感じるという、マゾ的要素まで出てきています。ワシがこうしてハラ空かせて悶絶している間に、多分何グラムか体重が落ちている、そう妄想することにちょっと愉悦を感じたりして(笑)。
    これが過ぎると拒食症になったりするのですが、まだまだその境地には至っていません。まあ、健康なのでしょう。
    しかしながら、こういうやり方ですと腹回りだけ痩せる、というわけにはいかない。全体的に萎んできます。腕も足も細くなってしまいます。運動をしなくては、と思うのですが時間の調整と、さらに腰痛を抱えていますのでなかなか思うようにいかない。走ると腰に響きますし、腹筋運動とか出来ないのですよ。
    僕はせめてながら、時間があれば、ながら族でもスクワットを繰り返し(上体をまっすぐ伸ばしたままでしか出来ないのでプロレス式ではありませんが)、或いは寝る前、また早く起きた時の数十分で、ベンチプレスなどの寝たままで出来る上体鍛錬をしています。腰に重さがかからない運動。そういったことで、何とか腕や胸、脚の筋肉を維持しようとしています。

    あとは食事制限に頼るしかないのですが、困ったことは食事の時間です。夕食をなかなか9時前に摂れないのですね。どうしても遅くなってしまって。BMAL1というタンパク質の研究が最近進んでいますが、どうしても食事の時間によって身体が脂肪を貯めこもうとします。普通に考えても、食ってすぐ寝ると太りますよね。ここが難しい。自分の意思では何とも出来ないので、それがひとつの障壁にはなっています。
    しかし、困ったことは別にあって。なんで人は、僕に呑ませたり食べさせたりしようとするのでしょうか(汗)。

    ダイエットは、公言しています。こっそりやるのではなくて人目のプレッシャーも与えたほうがいい、という判断です。なので、いろんな人と食事をしますが、それが接待等でない限りは、やはり食事制限は継続させたい。若い人などは気を遣って「自分だけ串カツ食って申し訳ないっす」とか言ってくれます。いいよいいよどんどん食べなさい。ビールも飲みなさい。僕はハイボールにしておくよ。すまんなぁ気を遣わせて。こっちも申し訳ない気持ちになります。気になるだろうけれども、こっちは既にマゾの境地に入っているから、周りでどれだけ食べられても平気なのだよ。もっと苛めてくれてもいいんだ。
    ところが、目上の人がいるとそうはいかないのですね。

    「今日くらいはいいじゃないか」

    その台詞を何回聞いたことでしょうか。みんなそう言うんですよ。
    疲れるなぁ。一昨日も○○さんが同じ台詞で僕に食べさせようとしましたよ。しょうがないので付き合いましたけどね。今日くらいは勘弁してもらえませんでしょうかね。
    無理やり飲ませられる下戸のひとの気持ちが多少はわかったような気がします。

    そんなこんなで紆余曲折はあるものの、今のところ11kgほど体重は減りました。僕はヒゲ剃ったりもしますから毎日鏡を見ますのでそんなに変化には気がつかないのですが、久しぶりに会う人には「痩せたな」と言われます。
    僕には一応「目標体重」がありまして、それは13kg減なんです。なので、せめてもう少し続けたい。しかし、ただいま停滞しています。
    これは、代謝が落ちたということもあるでしょうね。考えてみればわかりますが、100kgの人が10kg落とすのと、50kgの人が10kg落とすのとでは明らかに前者の方がたやすい。ですが、もうひとふんばりしてみたいと思いますよ。
    このダイエットについては、本当にカミさんに感謝しています。彼女の協力なくしてはこううまくはいかなかったはず。カロリーブックを読み、調理法を工夫し何とか醜いブヨブヨの旦那を改善させようという妻の情熱なくしては、この結果は得られなかったと思っています。
    ところが。その最高の味方であるはずのカミさんが…

    「この日くらいはいいじゃないの」

    と言いだしました(汗)。なんたることか。節分の日のことです。そうです。恵方巻です。
    節分の太巻一本まるかぶり。これについては、そもそも関西の風習であり最初は僕がカミさんに強要しました。縁起モノだから必ず食べにゃいかん。以来十数年、すっかり我が家に定着しています。我が家の恵方巻については毎年定点観測的に記事にしており、このブログに長くお付き合いしていただいている方はご存知だと思います(もうリンク貼るの面倒くさい)。
    けれども、今年は困るな。太巻一本食べるなんて。例えば酢飯って、実にカロリーが高いものなのですよ。えっと思うくらい砂糖を使いますしね。具材も甘い味付けが基本。太巻などのいわゆる「大阪寿司」ってーのは、言ってみればケーキみたいなもんです(それは言いすぎか^^;)。

    「今年はもう太巻はええやんか。どうしても毎年食べんでも」
    「何言ってるのよ。この行事だけは絶対に欠かしてはいけないってったのはあんたじゃない」

    その通りです(汗)。
    こういうのは迷信みたいなもんで、始まりは海苔屋の宣伝からとも言われるし、なんて申しましたらカミさんは怒りまして。あんた、結婚した頃私がそんなの迷信でしょ、って言うのを、これを節分に食べないとこの一年無病息災でいられないかもしれないってさんざん脅したの忘れたの?!
    はい。一言もございません(汗)。みんなアタシが悪うございます…。

    僕の負けです。というわけで、今年も恵方巻を食しました。
    ただし、カロリーオフの太巻です。まず、酢飯はやめ。ふつうのごはんです。この時点で太巻ではなく、長細いおにぎりと同じようなものですが、そこまで細かく言わなくてもいいかと。巻き込むものは、カンピョウ、しいたけ、高野豆腐を煮たものですが、出汁をきかせて調理に砂糖を使いません。さらにミツバ。そして今回のスペシャルとして、シラタキを細かく切って煮含めたものも大量に入れます。そして錦糸玉子(卵を焼いて細く刻んだだけのもの。余計なカロリー無し)。で、メインは海老です。でかいブラックタイガーを塩茹でにして、真ん中に二本巻き込みます。これでちょっと贅沢感が出ます。以上七種類の具(七福神という縁起を担いでいます)。では、例年の如く食べる直前に巻き、南南東を向いていただきます。

    これが…なんとも滋味溢れる味わいで。既に寿司ではないのですが、これはそれなりに美味いものです。とくに海老がプリっとして美味い♪ カミさんは、この中にコチュジャンを一緒に巻き込んでいます(笑)。パンチが足らないと判断したのでしょうか。
    ということで、無言で一本食べきりました。これで一年無病息災でないと今度はアタシが怒りますよ(笑)。
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    | 2011/02/05 | 飲食 | 07:56 | comments(6) | trackbacks(0) |

    土用のうなぎとか

  • 2010.07.25 Sunday
  • 暑いですな。あづいあづい。
    僕は夏が好きだとずっと公言してますし、暑いくらいでヘコたれていては「それみたことか」と言われてしまいますので「このジリジリとした夏が最高だ」などと虚勢を張っていますが、その実、暑いものは暑い。しかし、ただ暑いだけですな。これで夏バテして食欲が落ちて痩せた、ともなればそれはそれで喜ばしいのですが、あいにくメシだけは食う。
    なので、ひといちばい汗をかくだけの夏です。嫌われますねぇこういうの。おっさんがアセダラダラではねぇ。痩せればこんなに汗もかかないのでしょうけれども。でもビールがうまくてねぇ…。

    昨日(7/24)、うなぎを食べました。特に僕などはスタミナを補充せずともいいのですけど(アブラはいっぱい身体に付いておるわい)、まあ土用ですから。季節ものですね。
    といいつつ、丑の日は月曜(26日・2010年)のはずだったのですが。

    「えー今日が丑の日じゃないの? 広告にそう書いてあったのにー」

    カミさんがそう言うのですが、カレンダーを見ますと7/26が「ひのと うし」です。何か見間違えたんじゃないのか。んでその「イ○ーヨー○ドー」の広告を見てみますと「土用の丑の日!」と確かに大きく表示してありますが、その下に小さく「26日」と。アホやな、まんまと乗せられおって(笑)。
    それはそうと、なんとなく広告を見てましたら、うなぎとならんで「土用しじみ」も大売出し。へー、しじみもこの時期ですか。こういうのには疎くて知りませんでしたよ。
    しじみなんて一年中食べられるものだと思ってましたら、ちゃんと旬があるらしいのですね。で、しじみの種類によって夏と冬があって、冬に旬なのは「寒しじみ」、夏に旬なのは「土用しじみ」なのだそうで。勉強になりましたわ。

    最近はこういう「季節折々の食べ物」がやたらと幅をきかせておるように感じます。昔はそこまできっちりとはしてなかったのに、と思ったりもするのですが、ここで言う「昔」とは僕の子供の頃の話であって、もっと昔はちゃんとしていたのでしょうな。こういうのは家庭環境もあるでしょうし(おかんが手を抜いていたか?)、僕がただ知らなかっただけ、とも言えます(汗)。
    で、つい先日もカミさんが「今日は半夏生よ」とか言ってタコを食卓に出してきました。半夏生なんて節日、ほぼ馴染みがありませんでしたよ。聞いたたことある、くらい。思わず検索してしまいましたがな。この半夏生タコって常識なんかい? だいたい、あんたと暮らして相当長くなるけど、今まで半夏生にタコなんか食卓にあげたことなかったやないか。
    こういうのも、スーパーの広告に載っていたらしいのです。「半夏生にはタコを食べましょう」と。
    ははあなるほど。つまりこれは業界の仕掛けなんですな。このご時世、業界も売り上げが上がらず大変なんでしょう。んで、購買層にアピるものは何か無いかなと探してみる。半夏生ダコがあるぞ。それだそれ。広告に載せて大いに宣伝だ、という算段でしょう。
    土用しじみなんてのも、今までそれほど人口に膾炙していたとは思えませんしね。温故知新というより、故実発見なのでしょう。
    こういう仕掛け、前例がたくさんあります。顕著なのは例の「節分の恵方巻」でしょうか。あんなの関西のごく一部の習俗だったと思うのですが、今や全国区。そもそも「土用丑のうなぎ」にしたって、平賀源内の仕掛けじゃないですか。
    うなぎの旬は、本来冬。だから夏は売り上げが落ちる。暑いのでそんなしつこいものを、てのもあるでしょうしね。それを源内さんが業界に頼まれて「土用の丑はうなぎを食べよう」というコピーを作り出し、大々的に攻めに転じた、というのが巷間伝えられるところの土用うなぎのルーツと聞いています。さすが源内。この土用うなぎは、バレンタインのチョコと並んで「業界の二大仕掛け」と呼んでもいいんじゃないでしょうか。

    こうなると、次に業界が仕掛けるのは何か、が気になったりして(笑)。
    暦でいきますと、もう日本だけでも節目の日というのは山ほどあってですね。これは仕掛け放題ではないかと思うわけです。五節句。二十四節気(冬至とか春分とか大寒とか立春とか啓蟄とかいうやつですな)。他にも節日はいろいろありますしね。半夏生だけじゃなくて、入梅とか八朔とか八十八夜とか。先日の大祓もそうかな。また、土用もそれに類したことなんですかね。
    ちょっと余談ですけど、土用って小さい頃には土曜日のことだと思ってましたよ。だいたい陰陽五行なんて子供が知るはずない。いや、今だって五行思想などよくわかっていませんので、釈然としないのです。四季を木火土金水の五つに当てはめるなんて無理があるんじゃなかろうかと。春夏秋冬を木火金水として、あまった土をそれぞれの季の終わり18日ほどに当てはめるなんて…ホントよくわからん。だから、土用は年四回あるわけです。夏土用だけじゃない。冬の土用にも秋の土用にも丑の日はあるわけで…。もしかしたら他の土用にうなぎを仕掛けることもあるかもしれませんね。
    もう既に定着しているもの。正月のお節と雑煮。七草粥。節分の豆と鰯と太巻き。ひなまつりの菱餅、はまぐり、ちらし寿司。彼岸のおはぎ。端午の節句のちまき、柏餅。土用丑のうなぎ。中秋の月見だんご。冬至のかぼちゃ。大晦日の年越蕎麦。
    七夕索餅(さくべい…素麺)や半夏生のタコは、それらからはちょっと知名度は落ちるでしょうか。半夏生には鯖もあるらしいんですね。越前方面と聞きますが。
    日本以外のものも。中国では、立春に春餅らしいですね。春餅とはつまり、北京ダック包むあの薄皮ですよ。由来は知りませんがね。なんやかや巻いて食べればいいのかな。こういうのビジネスチャンスだと一瞬思うのですが、節分の翌日だからなー。流行りにくいでしょうね。
    外国由来のこういうのは、何といってもクリスマスの七面鳥とケーキかな。
    また話がそれますけど、日本でクリスマスがここまで流行ってイースターやハロウィンがイマイチなのは、パーティーがしにくいからじゃないかと思うのですね。何を食べたらいいのかがわかりにくい。イースターって何食べるのかとググってみましたら、ホットクロスバンズという菓子パンなのだそうです。「Hot Cross Buns」といえば、マザーグースに歌がありますな。あれのことか(ナターシャセブン好きなら知ってるはず)。菓子パンでは盛り上がりにくいですね。
    ハロウィンも日本では仮装パーティー的雰囲気でとらえられてますが、食べ物がピンとこない。かぼちゃも食べるのでしょうけれども、どちらかといえばくり抜いて遊ぶイメージですから。
    かぼちゃと言えば冬至なんですけど(いきなり話が日本の暦にかえりますが)、かぼちゃって夏から秋ですよね。これも土用うなぎと同様旬はずしですな。こっちは業界の都合じゃなくて、ビタミンが不足する冬に保存がきくかぼちゃを食べようという、無病息災の祈りが加味されているわけなのですが。
    さて、冬至にはこうしてかぼちゃだの小豆だのといろいろ食べるものがあるわけですが、夏至には何も思い当たりませんねー。ものの本によりますと中国では角黍(かくしょ…ちまきの一種)を食べる風習があるらしいのですが、これあまり聞きませんね。中華ちまきって僕は大好きなんですけどねぇ。他にないかと検索しましたら、wikipediaに「夏至の日に無花果田楽を食べる風習がある地域もある」と書かれていました。いちじくでんがく? 全く聞き慣れませんね。しかもどこの習俗か記されていない(笑)。ただ興味ありましたんでさらに調べますと、こちらに記載が。豊橋か…。さすがは味噌の国愛知県です。しかし、これ流行るかなぁ(笑)。夏至のいちじく田楽…。

    そんなことを言いつつ、うなぎの話に戻ります。
    うなぎってのは、養殖がこれだけ発達しているとはいえ、やっぱりちょっと高い。もはや高級品とまでは言えないかもしれませんけど。でも、うなぎ屋さんで鰻丼食べるより買ってきたほうが遥かに安いので、土用でなくても我々は家で食べるようにしています。旅先では旅情の一環として食べたりしますけどね(東京の野田岩とか名古屋の蓬莱軒とか柳川の本吉屋とか)。地元じゃあまりうなぎ屋さんの暖簾はくぐらない。もうひとつ、外で食べると前回書いたようにご飯が足らないわけで、うちで思い切りワシワシとかっこみたいという欲求が優先するのです。
    うなぎは高級品、と書きましたが、今じゃ外国産が出回っていて廉価なものもあります。けど、外で食べることを考えたらこのくらいの値段はいいだろう…とうなぎに限ってはつい、ちょいお高めの国産鰻を選んできました。やっぱり味がかなり違いますもんね。
    ところが、ここしばらくは我が家も外国産の蒲焼を購入するようになりました。貧乏になったから?確かにそれもありますが(汗)、何だかカミさんが「安物を高級品に仕立てるテクニック」を身につけたらしいので。これは、TVでやっていた方法らしいのですがね。
    その方法とは、うなぎを一尾買ってきたらまず流水で洗う、ということなんです。なんですと!それを聞いたときにはさすがに僕もビックリしましたよ。
    言い分はこうです。市販のうなぎの蒲焼のたれには、再加熱すると固くなる成分があるため、まずそれを洗い流しちゃうのだそうで。なんてもったいないと思いましたが、思い切ってやらないとまずくなるとのこと。焦げた部分も流しとり徹底的にきれいにします。そしてまずくなる要素を完全に取り去って、フライパンに並べ酒と水を1:1の割りで浸るほど加え、アルミホイルなどを落とし蓋にして4〜5分蒸し煮にするのだそうで。これで、うなぎがふっくらとした状態に戻るんだそうです。やわらかくなったらタレを加えてひと煮立ち、そのままメシの上に。当然メシは「山盛り」であります。では山椒を振っていただきます。

    これ、ちょっと驚きの美味さです。確かにふんわりして、ヘンなにおいもない。今まではレンジで加熱していましたが、それだとどうしても焼き魚の域を出ないのです。ところがこの方法でやると、まさに「ザ・うなぎ」です。
    僕は関西人ですのでどちらかと言えば皮目がパリっとしていて欲しいとも思うのですが、それは贅沢というもの。さりとてこのふわふわのうなぎをもう一度直火にかけるほどのテクは我々にはありません。これで、十分に美味いうなぎを食べることができます。
    メシは二人で二合半(笑)。タレを多めにしてワッセワッセと食べるのがうなぎは一番ですねぇ。
    はあ、スタミナがついたわい。といって、別に食欲が落ちていたわけでもなく、ただ自らの腹にさらに余分な脂をつけただけの話なんですが。まあ、季節ものということで許してもらおうかなと。
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    | 2010/07/25 | 飲食 | 23:46 | comments(4) | trackbacks(0) |

    今年の恵方巻きは

  • 2010.02.03 Wednesday
  • えー、毎度節分の話です。つーか恵方巻の話なんですけど。

    節分は、ブログでは定点観測的に毎年記事にしています。()
    こうして見ますと、なんとも我ながら家庭団欒の風景を書いているように見えますが、実際はそうでもなかったりして。今年はもうネタも尽きたので、ちょっと内実を記事にしてみようと思います。
    恵方巻。つまり太巻きのことですが、これを節分に恵方を向いて一気に食べる風習は、現在は全国に広がっているとはいえ、昔は関西だけのことでした。なので結婚当初は、西日本で暮らしたことのないカミさんは当然こんなの知りません。したがって僕が洗脳しました。「節分に太巻きを食べないと福がやってこないぞよ」と。
    カミさんも一応その話には乗ってきまして、以来我が家ではずっと節分には太巻きを食しているわけです。最初は買い求めていましたけれども、ここ7、8年はカミさんが自作しています。料理好きの女房を持って幸せだ、と言えばそれでいいわけですが…。
    どうもうちのカミさんは、いつもちょっと変わったものを作りたがるのですね。

    「宮崎にレタス巻きってのがあるそうよ。うちもあれにしてみようよ」
    「たまにはカリフォルニアロールってのもいいんじゃない?」
    「カツ巻きってスーパーで売ってたよ。エビフライとか巻いてておいしそうだった」

    ダメです。そういうのは邪道です。許さん。

    縁起モノであるから正統派でないとダメ、というわけではないのです。これは僕の嗜好の問題。現に、過去はいわゆる当たり前のカンピョウ、卵焼き、椎茸、でんぶなどの太巻き以外のものも食べています。確か昨年は海鮮巻きでした。海鮮巻きはよくやります。それ以外にも、うなぎ巻きなんてのも食べたことがあります。うなぎと錦糸卵、きゅうり、長芋などをガッチリ太く巻き込んで作りました。あれも美味かったような。
    ただですね、僕は昔から「創作」「前衛的」と冠詞がつくような食べ物はあまり好まないのです。頑なでしてねぇ。
    これには批判もあろうことかと思います。現にうちのカミさんはいつも僕を批判します。「保守的だ」「冒険心が無い」「頑固」「前時代的」と散々罵ります。わかったわかった。しかし譲れないのだよ。
    よくありますよね。例えばモッツァレラチーズを醤油で食べてみたり。「豆腐とかわらない美味しさよ〜」ならば豆腐を食べればいいではないですか。豆腐の方が安いぞ。アボカドは醤油で食べるとマグロのトロらしいのですが、僕も食べてはみたものの、やっぱりマグロの方がうまい。ならばマグロを食べようよ。果物に醤油をかけるという抵抗感を払拭する努力をしてまで食べる必要もないかと。アボカドはアボカドとして食べればいいやん。
    そういう「和洋折衷」的な食べ物はどうも苦手です。なんつーか、口に合わない。チーカマなんてアタマにきます。蒲鉾も好きですしチーズも好きですがなんで同時に食べねばならんのか。だいたいこれで何を呑めばいいんだ。蒲鉾は日本酒にはたまらぬ相性ですが、チーズで清酒を呑むとどうも口の中に膜が張ったような感触が残り苦手です。もったいない。別々に食わせろ。
    昨今のマヨネーズの進出度合いはどうですか。「マヨラー」なんて人種も居るくらいで、何にでもマヨネーズだ。昔から干カワハギやスルメにマヨネーズが添えられていることが多いのですが、どうもあれすら好きではない。コンビニのおにぎりは「ツナマヨ」「エビマヨ」…。「こんなおいしいものなんで食べないんですか?」うるせー。どうしてもメシにマヨネーズってダメなんでぃ。

    こういうクロスオーバー的料理はいつから登場してきたのでしょうかね。「味噌バターコーンラーメン」だって好みではありません。なんか、ラーメンなのにバタくさい(アタリマエだっ!)。
    道場六三郎さんの登場あたりからでしょうか。創作和食というものにお墨付きが与えられたのは。以来、もう当たり前のように和食にチーズやトマトが入りだしました。僕はおでんにシュウマイやロールキャベツが入っているのも苦手なのに、トマトまで入れられてはもう完全に箸がストップします。

    「何言ってんのよ。あんたカツ丼や明太子パスタだって食べるじゃないの!」

    うーむ痛いところを突かれた(汗)。ただ、僕は明太子スパは付き合い程度にしか食べません。それに鱈子は素材であって和食専属の食材というわけでもない。しかし…カツ丼は好きだな。これには言い訳がきかないか。
    結局嗜好の問題なんです。これは説明のしようが無い。洋風と和風が重なり合ったらダメというわけじゃない。そんなこと言ったら、ハンバーグでライスを注文出来なくなる。そういうことを言ってるんじゃなくて、例えばターキーのクランベリーソースはいいけど酢豚のパイナップルはダメ、生ハムメロンは…もちろん美味いけど別々に食べた方がもっといい…という、方程式を作れないものなんです。

    話が恵方巻からあさっての方向へ行ってしまいました。ワシはいつもそうだな(汗)。
    太巻きに戻しますと、先に邪道云々と申しましたがあれは言葉の勢いであって、創作太巻きでも別に僕はかまわないのです。僕が美味いと思えるものならば。
    相性の問題を考えるならば、太巻きの基本は「海苔」と「メシ」です。これなくしては成立しない。まあメシはたいていのものに寄り添いますのでさほど問題はないのですが、マヨネーズは出来れば避けたいな。貝割れはいいけどレタスやセロリやキャベツとかもちょっと…。乳製品もやめて欲しい。あくまで僕にとっては、ですが、海苔と飯には合わせたくない。ケチャップとかもやめてよ。

    「わかったよ。じゃそういうものは避けるー」

    前日カミさんがそう言いました。で、どんな太巻きが出てくるかには言及の無いまま、当日。

    「今年はこれで♪」

    ごはんは酢飯ではなく、ゴマ油を混ぜ白ゴマをまぶしてあります。そして材料は肉そぼろ、卵焼き、きゅうり、カニカマ、たくわん。ほうれんそうはナムルになっています。そして、エゴマの葉。

    「もしかしてこれはキムパではないのか?(そうきたか 笑)」
    「これなら文句ないでしょ」

    韓国風海苔巻き「キムパ」。予想外でした。実はこれ、結構好きです。ただ、日本の伝統行事である節分なのでそこには考えが及ばなかった。カミさんもTVで観て「やろう」と思ったらしいのですが。
    例によって、食べる直前に巻きます。卓上にスノコを出し、当然のことながら韓国海苔を。いい香りですね。そして飯を広げます。材料を積み上げるようにして置き、そしてぐるりと巻きます。毎年やってるので慣れましたね。昔はヘタったものでしたが、今ではしっかりときれいに巻くことが出来ます。うんうん今年も結構なできばえだ。では、西南西を向いていただきます。

    わっしわっし。はぐはぐ。

    今年の恵方巻は香りがいいなー。ゴマがきいてる。肉もそれほど甘くなくいい味付けに仕上がってます。きゅうりとたくわんの歯ごたえがまたいい。たくわんは丸かじりに合わないかと思いましたが、さほど上等のものでないせいか(汗)、前歯でサクッと切れます。ほうれんそうだけはちょっと噛み切るのが難でしたが、あとは及第点。てか、美味い(笑)。キムパに齧りつくなんて初めてでしたが、これもアリでしたね。
    ひとつだけ難があったとすれば、材料が多すぎたか。つまり、太すぎた(笑)。適量が見極められていなかったので、巻くのも大変でしたがかぶりつくのもまたアゴ関節に負担を強いたかも。まだ小さかった頃、母親に「しゃべったらあかんで」と言われながら大人用の太いやつをアゴが外れんばかりに大口開けて食べた記憶が甦りました。

    つーことで満腹。太巻きで満腹するなんざぁイキじゃないのですが、しょうがないか(笑)。
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    | 2010/02/03 | 飲食 | 23:44 | comments(8) | trackbacks(0) |

    恵方巻とか節分蕎麦とか

  • 2009.02.04 Wednesday
  • 節分は恵方巻の話を毎年書くことにしていたのですが()、ネットでものを書き出した頃は、この話を書いたとき「恵方巻って何?」という質問がきたことを思えば、情報のスピードと浸透度というものの素早さを今さらながらに思います。もはや全国的に知らない人の方が少数派。全国ネットのTVで「恵方巻って確かここ3年くらいのもんですよねー。関西では昔からだったらしいですけど」という話を聞き、なるほどなーと思った次第です。

    さて、昨日の話ですけれども、節分。
    節分に食べるのは恵方巻だけではもちろんありません。まず豆ですね。邪気払いに霊力のある穀物を撒いて福を呼び込むということですが、こういうのは子供とかが居てこそ楽しい。縁起モノに楽しさなど関係ないのですが、中年夫婦二人の家庭では億劫です。なので近年はやったことがないのですが、「年の数だけ豆を食べる」ということは一応毎年続けていました。けれども、

    「煎り豆なんぞ今年は食えないよぉ」

    歯が悪くなってしまったのでああいうカリッと噛まなければならないものは何とか避けたいのです。情けないことではありますが。
    今年はカミさんが、保存してあった冷凍の枝豆(茹でて房から外してあります)をさっと湯通しして、大根おろしやラー油などで和えて白髪ねぎを添えた一品を出してくれました。これなら軟らかいのでOKです。邪気払いになるのかどうかははなはだ疑問ではありますが、枝豆も若い大豆だと思えばまあいいじゃないか、と自らを納得させます。
    「何個使ったか数えてないわよー」とカミさんが言いますが、もうこの歳になれば厳密なことは考えんでもいいでしょ(汗)。スプーンですくってワシワシと食べてしまいましたがな。実に適当です。

    そして鰯。本来は鰯の頭を柊の枝に刺して玄関先に出して邪気払い、が鰯を食べる理由ですが、マンションの前にイワシの頭など出しておけるわけがありません。ただ丸ごとの塩焼きを食べるだけです。しかし今年はこの塩焼きが美味かった。脂のノリが抜群。ちょっと上等の鰯を買ったのか?と聞くと別にそんな吟味はしていないとの由。
    そういえば、鰯なんて最近食べなくなったと。一時期、鰯が不漁で値段が跳ね上がったことがありましたっけ。今でもそうなのかな。庶民的な魚の代表である鰯も高級魚の仲間入りか、と騒がれたのは記憶にあります。
    僕は背の青い魚って大好きなんですね。鰯、鯵、鯖、秋刀魚。サンマは今でも大衆魚だと思いますけれども、鯵なんかは高くなったらしいですね。そうやって思い返せば、この前に焼いた鰯を食べたのはちょうど一年前の節分であったことに気が付きます。そうか。久々に食べるから鰯が美味く感ぜられたのかもしれないな。とりあえず美味ければ良し。

    んで、恵方巻を食べるわけですが、僕はどうにもこうにも腹の具合がまだ物足りないのですね。この日僕は昼間バタバタしていまして、昼食をロクにとっていなかったのです。もう夕方から腹減ってハラへって。もう少し何か欲しいぞ。そうだ、先日貰った出雲の乾蕎麦があっただろ。あれちょっと茹でてよ。

    「それはいいけど、何で蕎麦なのよ」
    「節分蕎麦って知らない?」

    恵方巻はもう知らない人が居ないほど膾炙していますが、節分蕎麦はまだ案外知られていません。と言って、僕も最近知ったのですけれどもね(汗)。
    節分とは、つまり「季節の分かれ目」であって、本来立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれの前日のことを言います。本当は一年に四回節分があるのですね。2月3日は立春の前日の節分。大寒の終わりの日、ということになります。旧暦では、立春が新しい年の始まりという解釈もあり(日本では一年は春から始まりますねぇ)、一年の最後に蕎麦を食べ無病息災を願う、つまり「年越し蕎麦」と同じ解釈であるわけです。そもそも年越し蕎麦とはこの「節分蕎麦」のことを指し、通常12月31日に食べるのは「晦日蕎麦」「つごもり蕎麦」としていて、節分の年越し蕎麦の方が歴史的に古い、という説もある由。

    「もしかしたらな、もうしばらくしたら恵方巻やなくて、節分蕎麦が全国的にブームになるかもしれへん。食品業界の仕掛けはやっぱり新しいもんを望むしな。ここで蕎麦食べたらブームの先駆けやで」

    と、僕が聞きかじりの怪しいウンチク話をしますと(別にウソついてるわけじゃないもんね)、カミさんはすっかりその気になって「三分ほどで茹で上がるから」と面倒臭がらずに台所に立ってくれました。有難い。
    茹でてすぐにバシッと冷水で締めた蕎麦。美味そうですね。これは出雲蕎麦ですから本来は割子に盛らないといけないのですが、そんなものはあいにく持ち合わせていないので深めの皿に。さらに刻み葱。そして出雲蕎麦には辛味大根が欠かせないのですがさすがにそれは無く、鰯や枝豆に添えた残りの大根おろしに一味唐辛子を混ぜて即席のもみじおろしとして蕎麦にのせ、上からめんつゆをかけます。ではいただきます。

    ああ、うまひ〜

    干し蕎麦にしてはこれは上質だなぁ。香りが立っています。僕は新潟のへぎ蕎麦と並んでこの出雲の蕎麦が大好きなのですが、さすが実力を発揮していますな。また蕎麦は酒に絶妙に合う。蕎麦をズッとすすって、酒。またくいっと酒を呑み、蕎麦。たまりまへん。節分蕎麦バンザイです。

    そしていつもより多く酒を呑み、いよいよ恵方巻です。
    今年は正統ではないかもしれませんが、海鮮で。手巻き寿司セットのようなものを買ってきてあります。海苔のパリっとした食感と香りが欲しい僕らは今年も巻きたてを。食卓にスノコを広げ海苔を置き酢飯を広げて、そこにマグロ、サーモン、穴子、イカ、イクラをどっちゃりと乗せ、大葉を加え、グッと丸めて締めます。ヘタらないように力を入れて。
    今年の恵方は東北東。では食べましょう。

    おお、これはうま…(おっと、恵方巻を食べるときにはしゃべると福が逃げますので、心の中で「うまひ〜」と叫びましょう)。

    というわけで、今年も節分が美味しく終わりました(なんじゃそりゃ)。
    しかし、いくら空腹であったとは言え、豆、蕎麦そして米と、これだけ炭水化物をたっぷり摂取してはいけません。穀物には霊力があると言っても限度というものがあります。同時に酒もたっぷりと呑んだ僕は、もう食事のあと眠くて眠くてたまらなくなり、PCも広げずグーグーグー。なので、一日遅れの節分の記事となったわけであります。
    反省。歳を考えろよ…。
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    | 2009/02/04 | 飲食 | 22:46 | comments(4) | trackbacks(0) |

    また今日の雑感というか

  • 2008.04.06 Sunday
  • まあ表題通り雑感なんですけど。
    ふと思ったりするのです。こういう定点観測の記事を書く日になると。
    ブログってのは、僕はつとめてそういう意識をせずに書いているのですけれども、日記的側面を持ってしまう場合があります。僕はもうひとつのブログなんか何ヶ月もかけて一つの記事を書き続けることもあるので(そればっかり書いてるってわけでもないですけど、中断しつつまた戻りつ書き直したり付け加えたりとかね)今は日記という意識はほぼ皆無ですが、こっちのブログはそうでもない。今日の面白い出来事とかを即座に書きたくなって書く、ってことも多い。そうなると、時節の話も出てきますし(スポーツの話など全てそうですね)、季節が巡るたびごとに書く話題も多い。
    毎年同じ記事を書くのもつまんないので、今年は花粉症のことについては記事にしませんでしたけど(実際は毎日目が痒くてくしゃみばかりなんですが)、定点観測的に書く話題もあります。まあそれは意識して書いているわけです。ブログ書き出してもう丸四年経っていますので、例えば結婚記念日の話とか節分の恵方巻の話なんてのはもう四回書いたわけです。そうして、自分の意識を振り返る機会を持つようにしています。今日もそうですね。

    ブログというツールが出現してからもう10年なのですね。時間軸に従ってパーマリンクを積み重ねて形成され、コメントやトラックバックの機能を持つツール。そもそも既存のものへの言及ツールであり(だからTBという機能がある)、意見を世間に問うことに利用され、今世紀に入ってからは米国同時多発テロ事件によって俄然注目され、日本でも2002年くらいから徐々に広まりだし、次第に大手ポータルサイトも参入して簡単に開設出来るようになりウェブ上の一大勢力となりました。本当に広まったのは2004年くらいかな。僕がメインとして使っているここじゅげむブログとgooブログも2004年リリースでした。僕も始めたのは2004年です。以来もの凄い勢いで増え続け、既存の発信手段であったHPというものを(個人レベルでは)駆逐し、チャットや掲示板文化は廃れてきました(2ちゃんねるはまだ頑張ってるけど)。昨今ブログはmixiなどのSNSにもしかしたら取って代わられるのでは、という危惧もありますが、クローズドではないオープンの場の発信手段としてはまだまだ隆盛であると思います。

    10年ブログを継続している人ってどのくらい居るのでしょうか。まあ日本に限れば6、7年ってことになるかもですけど、黎明期からずっと継続している人って何パーセントくらいなのでしょう。
    僕が始めた四年前ってのは、もう結構ベテランブロガー然としている人たちも居ました。僕も面白いブログを見つけてはブックマークをしました。しかし、それらの人々はもうみんな更新停止してしまっていて、残っているものもありますけれども消去された人も居ます。気が付けば、今RSSリーダーに登録しているブログの大半は僕よりも後から始められた方々です。どうしてみんな閉じちゃったのだろう。飽きたのかな。それとも疲れちゃったのかな。
    以前にブログ閉鎖の理由みたいな記事を書いたことがありますけれども、当方としてはなんだか寂しい。僕はしばしば言及のために記事内にリンクを貼りますけど、そういうのがリンク切れになっていくのもまた困ってしまいます。

    上記の記事で、僕は「書くことがなくなれば閉鎖しようと思っています。語りつくした、自分が丸裸になった、と思えば閉じます。目的達成ですからね」と書きました。今もそんなふうに思っています。僕もいつか閉じる日が来るのかな。老人になるまで書き続けている自分というものもちょっと想像がつきませんし。
    何度か僕も閉鎖しようと思ったこともありました。外因的な場合もありましたが、内因的なことですと、二年前ほど前、もうひとつのブログで「セシールの雨傘」って記事を書き終えたときに「ああもう閉じてもいいかな」と思いましたね。なんだか満足しちゃったって言いますか。ブログを始めたときに、「いつかあの話を書こう」と持ち続けていたものだったので、それを書いちゃうとちょっと気が抜けた感覚がありました。
    でも僕は閉じませんでした。まだ「丸裸にはなってないぞ」と思いましたので。あれも書いていないしこれも書いていない。それに「自分の引き出しはまだこれくらいで終わるもんじゃないだろう」という恥ずかしい自負もあったものですから。
    まあネタ探しをしなくちゃならなくなったら引き際だろうとは思いますけれどもね。次回に何を書いていいのか分からない、となったら負担になりますし。今のところ、もうひとつのブログだと「都道府県見て歩き」が47都道府県揃っちゃったらひとつの節目だなとは思いますけど。今年中には終わりそうだしな(どうかな? 笑)。

    でもまあ、今書いている日々雑感のブログってのはまずネタが尽きるってことはありませんしね。こうして定点観測の記事であれば確実に書ける。
    話が全然違うところに行ってしまいました。そうそう、定点観測の話だった。下書きナシのこういうブログ記事ってのは話がどんどん飛んでいく。反省。

    今年の一曲はなんにしよう。昨年はこれ、一昨年はこれ、その前はこれでした。一年経つのって早いな。
    いろいろ考えて、今年はさだまさしの「HAPPY BIRTHDAY」にしょうと思います。

      
      Only SINGLES〜さだまさし シングル・コレクション〜

    他にシングルス全集(3)や「一人百歌」に収録されてます。そもそもは「道化師のソネット」のB面です。
    このうたを、実は僕はそんなに好きじゃなかったのです。

     だからHappy Birhthday Happy Birthday
     昨日までの君は死にました おめでとう おめでとう
     明日からの君のほうが 僕は好きです おめでとう

    僕は今も、昔の自分のほうがずっと好き。出来得ることなら還りたいと思っている後ろ向きの人間です。だから、こう言われると微妙に抵抗があるのです。もちろん、このうたは過去の自分を否定するもんじゃない。そんなことは分かっています。でもねぇ…。
    けれども、この能天気さに少し賭けてみたい自分も最近は見つけたりするのです。昨日までの自分ももちろん大切さ。でも、まだ見ぬ未来を好きになることは今なら出来るじゃないか。まだ未来はどんなものか見てないんだから。希望だって期待だって持つことは勝手なのだから。

     幸せなんて言葉もあるが 人それぞれに秤が違う
     人は人だしあんたはあんた 別に気にすることなどないさ

    こうしてブログ書いてて、いつか「ああワシの人生語りつくしちゃったな」という日が確かにくるのかもしれません。引き出しが空っぽになる日。その日が来たら、「ああちっぽけな人生だったな」と僕は思うでしょう。でもそれで人生が終わるわけじゃない。明日になったら、また素晴らしい出来事が津波のようにやってきて、インプットする間もなくブログを書き出したくなるやもしれない。そんなことわかんないんだ。だから、明日からの自分も好きになれるかもしれない。

    そんなことをぼんやりと考えている今日です。
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    | 2008/04/06 | 随感 | 06:30 | comments(7) | trackbacks(0) |

    節分に恵方巻を作るの記

  • 2008.02.03 Sunday
  • 節分です。もうかよ。一年が経つのがあまりにも早い。
    節分の記事は毎年書いているわけです。フロー媒体としてのブログというのは時節の話を書くことが多い。七夕だとかクリスマスだとか行事のたびにこういうことを書いていると同じ話の繰り返しになりがちですし、またあちこちでも同様の話が書かれているはずです。RSSリーダーの登録ブログに「ひな祭り」のタイトルが並んだりしてね。なので時節の話は出来れば避けるのが得策ではあるのですが、節分はなんとなしに毎年書いている。これは定点観測にも似ています。
    3年前2年前、そして昨年に続いてこれで4回目。んで、節分と言いますかまた太巻きの話を致します。3年前に恵方巻の話を書いたときには、まだこの習慣は全国ネットではなく関西独特の風習と受け取られていたようなのですが、今はコンビニやスーパーの戦略でもう知らない人は少数派でしょう。もしかしたら豆まきより膾炙してしまっているかもしれません。

    ところで、この節分の太巻きイッキ食いの話、昨年僕は疑問を提示してしまったわけです。詳細は昨年記事を参照していただければ有難いのですが、それほど古い習慣ではなかったのでは、という話です。少しばかり値打ちが下がったような気もして、もう今年は太巻きを食べるのをやめようかなとも思っていたのですが、僕よりも妻がやる気マンマンでございまして、「今年はちゃんとしたのを作る」と息巻いております。ここしばらくは太巻きは手作りのものを食べているわけなのですが、どうも満足いくものが妻的には作れていない様子。味付けに難があったり、ご飯の量を減らしてヘタってしまったり。そうかそうか。ならば今年は本格的にいこう。ワシも今日は特に用事はないし。
    ということで、僕も参加して手作り太巻きの作成です。

    マグロやイクラなどを入れた豪勢な太巻きにしてもいいのですが、今年はオーソドックスを旨とし、保存食にもなり得る定番の太巻きを徹底して手作りで。まず玉子焼き作りから始めます。
    玉子焼きと言いますか、伊達巻に近いものを作ろうかと。寿司屋の玉子焼きに近いやつですね。しかしああいうのは海老のすり身を入れたりして豪勢過ぎますので身分相応に。使用するのはハンペンです。本当は白身魚などと山芋で作ればいいのですがそこは手抜き。「徹底に」と言った手前もう挫折しているようですが…。
    擂ったりすると手間なので、ハンペンを一片粗く刻み、少量の出し汁と酒、砂糖、塩と淡口醤油で調味しミキサーへ。水分が少ないので最初はガラガラいいますがかまわずに回すとねっとりと攪拌されてきます。そこへ卵を四個。さらに回して完全に混合させます。
    これを玉子焼き器で焼けばいいのですが量が多いのでテフロン加工のフライパンへ。油をしき、全部流し込みます。気泡を無くしたいので、フライパンをゆすりカンカン叩いて気泡を浮き上がらせ潰します。
    弱火でふたをして蒸し焼きのように固まるまで。おお出来ました。皿の上にひっくり返して取り出すと、そんなに焦げずに絶妙に焼けています。初めてにしてはうまくいった。これを巻簾で巻けば伊達巻になりますが、今回は切って使うのでそのまま。なんといい香り!
    ホカホカのを一口切って食べてみると…これは美味い! 作りたてというのは市販のものと違って「出来立て」ということと自己満足という調味料によって何倍にも美味く感じるものですが、それだけではなく冷静に美味いと思いました。

    さらにかんぴょうを煮ます。これも徹底した手作り。なんせ夕顔の実から作っているのですから(笑)。
    妻の実家では畑で自家消費用に夕顔を栽培しています。田舎ではこれを煮て(冬瓜のように)食べているのですが、昨年妻が帰省した折、「かんぴょうを作ろう」と思い立ったようで、皮を剥くように細長く削って乾燥させ、自家製かんぴょうを作ったのです(驚)。
    それが今年はうちにあります。これを戻して、出汁で煮ます。なんせ機械で細く削ったものではなく包丁で剥いて生成していますのでとにかく分厚くて不揃いなのですが、そこは目を瞑って。クツクツと煮ると結構満足のいくものが仕上がりました。

    さらに干し椎茸を煮たもの。きゅうり。三つ葉。桜でんぶ(これは自家製ではなく残念ながら到来物)。それらを揃えて具の完成です。ふふふ。すし飯はカミさんが作っています。これは米を硬めに炊くのがコツ。押しても潰れないほうが美味い。しかしまだ作りません。食べる直前に巻こうと思います。手巻き寿司じゃないけど今年はそうします。

    さーて、夕食。鰯の丸焼きと煎り豆を40と少し。さらに残った伊達巻もどきの玉子焼きで一杯やってから、いよいよ太巻きの出番です。
    では巻きます。食卓ですのこに海苔を広げて。これはまるかじり用ですから、かんぴょうや三つ葉は短く切っておきます。噛み切れないと崩れてしまう。飯を置き、押して広げ具を並べて巻きます。こういう作業って楽しいですよね。
    しっかり力を入れて押し、完成。崩れません。今年は密度を高くしましたから。
    恵方は南南東。さあしゃべらずに一心不乱に食べましょう。

    まず一口。うーむ美味い。太巻きも大阪寿司の一形態とすれば、本来は少し時間が経ってなじんでから食べるのが常套でしょうが、今回は巻きたて。なのでまだ海苔がパリッとしています。そこがなんとも美味い。具も時間をかけただけあって加減よく、バランスも上々。
    「おいしい」と言いたいのをぐっとこらえて無言で食べきります。食べ終わってから二人で顔を見合わせガッツポーズ。縁起モノではありますがどうせ食べるのなら美味く食べたいですもんね。ただ中年夫婦には太巻き一本はちと量が多いか。市販のものより太めに作っちゃったからなぁ(少量の材料って揃えにくいのです)。しかし、満腹もまた至福。結構でございました。
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    | 2008/02/03 | 飲食 | 22:42 | comments(6) | trackbacks(0) |

    恵方巻きの話

  • 2007.02.03 Saturday
  • 節分です。月日が経つのが早いと感じるのは、まあいつだってそうでしょうが、ブログやっていると特に強く感じたりします。節分の記事はついこの間書いたような気がしていたのだけれどもなぁ…。

    というのは昨年の節分に書いた記事の冒頭です(大汗)。
    昨年記事 ついでに一昨年記事
    ブログって日記的なことも書きますから、こういう「光陰矢の如し」をホントに実感します。やんなっちゃいますよね(汗)。

    恵方巻きについては、一昨年あたりにウンチクめいたことも書きましたけれど(その頃はまだ全国的に「恵方巻きって何?」という人も多かったような記憶がありましたので)、今はもう知らない人は少ないでしょうね。
    さて…。
    この恵方巻きという風習、僕はずっと子供の頃から続けていたように記憶していたのです。兄妹三人揃って笑うのを堪えつつ(母親に見張られながら)その年の恵方を向いて太巻きを丸かぶり。しゃべったらあかんで。そんな情景がすぐ浮かぶのですが。
    今日の午前中、母親にちょっと用事があって電話したのです。その話のついでに…

    「今日は節分やんなぁ」(僕)
    「そやな。鰯焼かなあかんわ」(おかん)
    「そんで太巻きやろ?」(僕)
    「いやぁあんなんもうせえへんわ。ウチらいくつやと思てんねんな。あんなん食べ切れへんやんか」(おかん)
    「そんでも縁起もんやんか。やらな」(僕)
    「でもあんなん昔からやってへんかったしなあ。別にええんちゃうのん」(おかん)

    なんですと?

    「そやで。いつ頃から流行りだしたんやったかいな。ウチらはそんなん知らんかったで。隣の村田さんがやったはるさかいにウチんとこも真似したような覚えがあるなあ。それまでは、豆撒いて鰯焼くんやがな」(おかん)

    うーむそうだったのか。僕はずっと昔から連綿と続いている民間行事だと信じていたのに。
    念のためにWikipediaで検索。
    現在の恵方巻の起源は、江戸時代末期から明治時代初期にかけて、大阪・船場の商人による商売繁盛の祈願事として始まったといわれる。(中略)戦後に一旦廃れたが、1974年に大阪市で海苔店経営者等がオイルショック後の海苔の需要拡大を狙いとして節分のイベントで海苔巻きの早食い競争をはじめたこと、1977年に大阪海苔問屋協同組合が道頓堀で行った海苔の販売促進行事が契機となって、復活することとなった。1960年代から復活して行われていたという説もある。

    記憶では、74年以前からやっていたような気もするのですがね。
    結婚したとき、女房に「これは古くから伝わる節分の伝統行事であるからかならずやるように」と訓示をたれ、必死に笑いを堪えて無言でワシワシとやる慣わしを我が家では作ったのですが、Wikiにそんなこと言われてしまうとこっちもなんだか「宣伝に乗せられて」しまっているような気がしてちょっとがっかり。でもまあそれでも30年の歴史はあるのですけれどもね。
    いいや、信じるものは救われるのだ。Wikiにも堀尾吉晴が始めたとも書かれているし(それはちょっと眉唾ですが^^;)。

    というわけで、あまり深く考えずに今年もうちは豆を食べ厄除けの鰯を焼いて、そして太巻きまるかぶり。あいかわらず笑いを堪えるのに必死でございます(笑)。


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    | 2007/02/03 | 飲食 | 22:44 | comments(4) | trackbacks(0) |

    節分です。

  • 2006.02.03 Friday
  • 月日が経つのが早いと感じるのは、まあいつだってそうでしょうが、ブログやっていると特に強く感じたりします。

    節分の記事はついこの間書いたような気がしていたのだけれどもなぁ…。

    節分だなぁ。太巻きイッキ食い(笑)

    去年前厄などと言っていましたが今年は本厄でございます(汗)。
    恵方巻もコンビニ戦略のおかげで全国に定着しました。ちょっと前まで、この話をすると関西以外の人にはずいぶん不思議そうに見られたものでしたが。今年は…南南東が恵方ですね。あいも変わらず中年の男女二人がものも言わず恵方に向ってワシワシと太巻きに齧り付く姿は客観的に見るとやはり笑えます。しゃべっちゃいけないというのが困るのですね。しかししゃべると福が逃げるし…。
    それに今年は、太巻きがちょっと柔らかかったので余計に面白かった。太巻きは女房が巻いたものですが、いい歳なので少しご飯の量を減らしたようなのですね。しかし太さは保ちたいのでフワリと巻いたらしい。本来関西の寿司はぎゅっと寿司飯が押し固められていなくてはいけません。箱寿司しかりサバ寿司しかり。太巻きも当然そうでなくてはいけない。しかし今年のはなんと言うか…手に持つとヘタッてしまうので困る(笑)。
    寿司がピンとしていないので両手でしっかりと寿司を支えながらモグモグと…さらに笑える。笑いを必死でこらえて、食べ終わったとたんに大爆笑、というのは例年のことでございます(笑)。
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    | 2006/02/03 | 飲食 | 22:50 | comments(10) | trackbacks(0) |

    節分だなぁ。太巻きイッキ食い(笑)

  • 2005.02.03 Thursday
  • 今日は節分。しかし大人の2人暮らしである我が家では、さすがに豆まきまではしません。あとの掃除が大変ですし。それに、撒いたところで、お互いにぶつけ合ってケンカになるのがオチという気もしますしねぇ(汗)。

    豆はそれでも食べました。年齢分だけ相方が数えて皿に入れておいてくれました。

    「これいくつあるんや?」

    「あんた自分の歳わかんないの? 41個よ」

    「ゲッ! 数え年やとワシゃ41歳か。前厄やないか(汗)」

    厄年なんぞ彼岸のことだと思っていましたがねぇ。月日の経つのは早いものです。^^;

    そして太巻きを食べました。関西では節分に太巻きを食べる風習があります。最近はこの習慣も全国展開してるらしいですね。「恵方巻」というようです。
    これには決まりがあって、太巻きは丸のまま切らずに、その年の恵方(歳徳神の方位。歳徳神とは素戔嗚尊の奥さんの櫛稲田姫命なのだがその話はさておいて、今年は西南西)に向かって、大きく口を開けまるかぶりするのが習わしとされているのです。食べている間は、しゃべっちゃダメなのです。無言で一本食べきらなくてはなりません。

    これは結構キツいものなのです。というのは、量的なことではなくて、大人が2人である一定の方向を向いて黙ってワシワシと太巻きを食べていると、どうしても笑えてしまうのです。一心不乱に太巻きを同一方向を向いて食べている中年男女の姿を想像してみてくださいよ。

    しかししゃべったり笑ったりすると福が逃げるので、必死の思いでこらえて一本食べきり、しかる後に大爆笑、というのが例年の我が家の光景です。ホント苦しいんですよねぇ(笑)。
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    | 2005/02/03 | 過去日記<BOYAKI> | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |


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