先日、文化審議会国語分科会の「敬語の指針」(答申)が出ました。新聞その他でご覧になられた方も多いでしょう。
敬語というのは本当に難しいものですね。僕も完璧に使いこなせているかどうかはハナハダ自信がありません。そんなふうに以前思い知ったことがありました。
ずっと前のことなのですが、僕はちょっと研修用に敬語のマニュアルの資料を作らされたことがあるのですね。もちろん新入社員向け。めんどくさい作業なのですがそのときに面白がってかなりいろいろ敬語について書かれた本を読みました。普通はこういう時はビジネス心構え書などから引っ張ってくればいいのですが、何をトチ狂ったのか国語学の本なんか読み出してしまいましてね。実に面白かった。常にこういうことを仕事にさせてくれれば僕は寝食を忘れて取り組むのに…おっと余談でした(汗)。
しかしマニュアルにするためには、ちゃんと理屈がわかっていないとダメなものでありますからね。例えば上司に何故「ご苦労様です」と言ってはいけないのか。何故「お疲れ様です」でないといけないのか、といったことですね。
その際に、僕はそれまで国語教育において言われていた「尊敬・謙譲・丁寧」の三分割が実態に合致していないことを知ったのです。学者さんたちの方では、「尊敬・謙譲・丁重・丁寧・美化」の五分割にすべきであると言われていたのです。この話はややこしくてとてもここでは書けませんが、読み込むと納得させられました。
今答申では、この五分割がはっきりと打ち出されています。
・尊敬語(話題中の動作の主体が話し手よりも上位であることを表す語 行く→おいでになる)
・謙譲語1(自分側から相手側または第三者に向かう行為・物事などについて、その向かう先の人物を立てて述べる 行く→伺う)
・謙譲語2(これが丁重語。自分側の行為・物事などを、話や文章の相手に対して丁重に述べる 行く→参る)
・丁寧語(です、ます)
・美化語(お酒、お花)
分かりにくいですね。特に尊敬語及び謙譲語1、2が。もう少し砕いて言ってくれないものでしょうかね。
ですけどこれはよく考えればそのとおりなのです。具体例を示せばわかりやすい。なので答申にはたくさんの例が挙げられています。「おいでになる」ですと、例えば「先生がおいでになる」。先生に対する敬意です。これは、もちろん会話の相手が先生であってもいいのですが、僕と同級生との会話の中ででもありうるのです。会話の中に出てくる登場人物に対しての敬意。それが「話題中の動作の主体」という書き方なのですね。謙譲語1でもそうなのです。「先生のところへ伺う」は、先生に対して言うだけでなく僕と同級生の会話の中ででも成立する。この尊敬語及び謙譲語1は、どっちも「先生に対する敬意」です。もちろん会話している同級生に対してのものではない。
ところが謙譲語2は、「会話している相手」に対して敬意を持って言うのです。「先生のところへ参ります」は、会話の話題になっている「先生」に対しての敬意ではなく、話をしている相手に対する敬意だということ。同級生が先輩になればわかりやすいか。こうなると例えば「弟のところへ参ります」という全く敬意を払わなくていい弟の話でもいいわけです。今話をしている先輩に敬意ですから。ところが謙譲語1ですと「弟のところへ伺います」。これでは不適切だということです。
難しいですね(汗)。でも、この区分は僕は妥当だと思います。「伺う」と「参る」が同じ謙譲語でひとくくりとなっているのは矛盾がある。それを是正したというだけのこと。
この答申は「実態に合った」という面で評価に値するものであると言えます。また従来の「敬う」「へりくだる」と言った身分差別的な言い方を改めて「相手を立てる」と言いかえた事などわかりやすくなっている点が多々あります。
ですが…もう少し踏み込んでもよかったのになぁと思うのです。特に、「バイト言葉」と言われるものについての考え方などは。
今答申では「マニュアル敬語」として言及はされています。一応ね。「マニュアル敬語」はバイト言葉ばかりではありませんから。しかし多少は関連性があるかな。
しかし答申は「過度に画一的」であることを問題とし、「相手や場に応じた」使い方が出来ないといけない、と言われます。結局は言葉は「自己表現」なのだからちゃんと自分で考えなさいよ、そうすれば多少間違ったって心を受け止めてくれるさ(そこまでは言っていませんが)という考え方なのでしょう。それも正しい。
バイト言葉については、僕も古いタイプの人間なので違和感が確かにあるのは認めます。ですが、もうそろそろ国語学的に分析されて「敬語の一形態」として位置づけられてもいいような気もしているのですけれどもね。そこをちょっと期待したのですが…そこまでには至らなかったようで。
次回に続く。バイト言葉もそうですが、もう少し書いてみたい事柄があります。敬語については。方言もこれにはからんできますので。