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  • 2016.12.30 Friday
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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    さくら散りゆく季節に

  • 2014.04.06 Sunday
  • 今日は、久々にゆったりとした朝を迎えました。
    ここ何年かは、だいたいカミさんよりも僕のほうが先に起きます。別に目覚ましをかけているわけでもなく、そういう習慣になってしまっています。毎日のことなので、休日であっても朝寝坊をすることがなくなりました。年齢のせいなのかもしれませんが。
    基本的に、朝をPCタイムとしています。今週はブログをせかせかと書いていたために、いつもより早めに起床してます。4時くらいに目覚めますと、いつもならもうひと寝入りしようかなと思うのですが、今週は起きてます。
    ただ今日は、二度寝しました。起きたのは6時です。
    そのまま、PCの前に座ります。で、カチャカチャと墓地のほうのブログを更新。こっちは書きだめしてあるので、推敲して多少書き足して画像貼り付けて終わり。
    そうしているうちにカミさんが起きてきてコーヒー淹れてくれます。それを飲み終われば、リンゴが出てきます。いつもの朝。

    朝食は、カミさんが焼いたホットケーキ。これは、日曜の朝の定番といっていいかも。
    僕はホットケーキが大好きなのですが、最近流行っているみたいですね。巷では「パンケーキ」と言っている由。どう違うんでしょうかね。よくわかりません。
    ただ、よくグルメサイトなどで見る様々にデコレーションしたやつは、あまり欲しないな。適度に厚さがあって、それをバターとメープルシロップで食べるのが好き。
    基本は、昔デパートの大食堂で食べたホットケーキです。子供の頃、たまに百貨店につれていってもらい、食堂へゆくとホットケーキが定番でした。外食のごちそうでしたね。そんな話を結婚した頃話すと、そんなら時々焼いてあげるよ、と。以来20年、ゆっくりとした朝にはホットケーキがつきものとなってます。いい歳したおっさんですが、なかなか嗜好というものは変わりません。

    そのあと、花見へ。
    花粉厳しきこの時期にはあまり出歩きたくないんですけれども、こういう一日ヒマな日ってなかなかありませんから、ちょいと出かけます。まずは桜の名所100選にもなっている夙川へ。
    別に夙川でなくとも、どこでも桜は咲いてるんですけれどもね。まあ夙川が花見らしくていいかと。
    臨港線から苦楽園口まで歩きました(そう言われても地元の人でないとわかんないとは思いますが)。
    今年の桜は、短い命でした。3月末に20度超えて急に開花しすぐ満開になって、そのあとすぐの雨風で散り始めました。今日あたり、もう見ごろは過ぎていたと思います。しかし、散る桜もいいもんでして。何度か花吹雪に遭遇しましたるもう花びらが舞う舞う。くす玉かよ、みたいな感じで。
    夙川河畔は、一昨年から露店の出店を禁止しています。またバーベキューなども禁止です。賛否あるとは思いますが、いごこちはいいですね。午前中でしたので、シートしいて寛いでいる家族連れが最も多かったかな。午後になればまた様相がかわるのかもしれませんが、喧しくないのがいいですよ。
    途中、空いていたベンチに座ってぼんやりと桜をながめていました。肌寒いのでホットココアを飲みながら。とりとめのない話しかしませんが、こういう何気ない時間も、ときにはいいもんです。

    苦楽園口から名次神社、ニテコ池を経て、越水浄水場へ。桜の時期は通り抜けさせてくれます。かなり散ってしまっていますが、地面はピンクの絨毯を敷いたようになっています。これも一興。
    そのまま広田神社へ。
    ここは桜ではなく、コバノミツバツツジが満開です。群生なので、もう一面紫色に染まっています。花の美しさにおいては、桜が盛りを過ぎていたため、こちらのほうがちょい上ですね。カミさんが喜んでいます。この人は花が好きだからなあ。
    お願い事もあるので、柏手を打って祈念。
    しかし、今日は冷えました。花冷えなんでしょうか。道すがらにうまいラーメン屋があるので、ちょっと入ってあったまりました。

    まあ、結構なことですね。こうしてると平凡でもわりに楽しい。午後からは、自宅でまったり。
    そうしているうちに、陽も暮れました。
    今日は僕のリクエストで、すき焼きです。僕にとっては、ごちそうの定番。ひとつ歳をとるんで、そのくらいは食べさせてもらおう。
    カミさんが台所に立つ間、こうしてブログ書いてます。ちょっと一週間続けて更新しましたが、もうここまでかなあ。
    ブログ自体は止めないので、また細々と続けていこうかと思います。

    今日の一曲は、みゆきさんの「誕生」を。

     
     EAST ASIA youtube 

     めぐり来る季節を数えながら めぐり逢う命を数えながら
     わかれゆく季節を数えながら わかれゆく命を数えながら

    いずれかは、どっちかがどっちかを看取らねばならない。夫婦というのは、そういう単位です。覚悟ももたなくてはいけません。ただ、徐々に歳をとってきましたが、こんな季節があったことをいつまでも忘れずにいたい。ぼんやりとそんなことを考えつつ、今日も酒をのもうと思います。
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    | 2014/04/06 | 随感 | 19:03 | comments(4) | trackbacks(0) |

    もう孫かいな。

  • 2014.04.05 Saturday
  • いやね、僕もいい年してますけど、まだなんとなしにどっかで若者気分が抜けていない部分があるわけですよ。青いと言いますか。浮ついてるといいますか。人に言えば馬鹿と言われてしまいますのでここでしか書けないんですけれども。
    しかし、同級生の中にはもう孫が出来たヤツがいる。前にも書いたことがありますが、だいたいそういうのは女性でした。しかし、男の同級生では聞いたことがなかったんですが、とうとうあらわれまして。爺さんかよ。ふぅ。

    まあそれはともかく。そいつなんですけどね。
    孫の画像をメールで送ろうとしてくるわけですよ。
    いや別に親友とかじゃないです。はっきり言って、そんなに深い友達でもないんです。同じクラスだったということくらい。ところが一人マメなヤツがいて仲立ちしてくれてるので、ここまで付き合いが続いているようなもんです。
    そんな僕のところにまでどうして孫の画像を送ろうとするんでしょうかねえ。
    僕は、所持しているケータイというのはもちろんガラケーですよ。ネットをケータイから覗くことは全く致しません。メールは一応しますけど、ほぼ身内だけとしか使わない。完全に使用方法は携帯電話での通話が主です。なので、使い放題プランにしていないんです。ラインとか全然興味なし。
    画像なんてのは、送られたら迷惑です。こっちにだって金がかかるわい。なので添付ファイル付きのメールは開けません。開けずにメールを返します。なんか送りたいものがあるならPCに送れ。アドレス教えてやるから。
    でまあ、送ってきたみたいなんですが。
    僕は、PCは基本的に平日は朝しか開けません。なのでメールも朝しかチェックしないわけです。そうしたら、そいつが怒ってくるわけですわ。さっさと見ろよ、と。
    しょうがないので見ましたよ。そしたら、孫の画像です。阿呆か。
    かわいいねと言わねばならんのですかね(汗)。別にかわいくないわけじゃないけど「普通」の赤ちゃんの画像なんですが。こいつの娘も知らんしもちろんその娘の配偶者も知らんしね。

    こういうの、以前にもよくありました。だいたい、子供の成人式の写真を見せようとするムーブメントです。2年くらい前に何人かが始めて、しばらく続いたようなおぼえがあります。
    僕は親になっていないので、そういうのを見せたがる心理ってのがさっぱりわかんない。褒めて欲しいんでしょうか。立派になったね、とか言えばいいんでしょうか。しかしその成人式を迎えた若者の、子供時代を別によく知ってるわけじゃないので(何回かは見たことがあっても)、感慨もなにもありませんわな。「あのときに頭を撫でてもらった子供がこうなりました」って言われてもねぇ。
    僕もいくら浮ついていて青くても、一応「きれいになられて」とか返しますよ。大人だから。でも、面白くもなんともない。
    ツールの進歩というものも、良し悪しだなあとつくづく。
    以前はこんな簡単に画像を送ったりはできませんでしたから、年賀状の季節だけ通り過ぎるのを待てばよかったんです。二十年くらい前かな、友人からの年賀状がみんな子供の写真になったことがありました。あれも困ったもんでしたが、正月だけでしたからまだマシだったと思います。いまは、時期を選びません。面倒だなー。

    いや別に、気を遣って欲しい、とは思ってません。別に子供や孫の写真の年賀状が送られてきても、それを見てこっちが悲しくなるとかそんなことは全くありません。そんなことで気を遣われたらこっちがしんどいわ。オマエも早くこういうのが送れるようになれよ、的な添え書きがあったときだけはムカっときましたが、普通のものであれば気にはなりません。幸せなんでしょうから。
    ただ、芸がないな、と思うだけ(笑)。みんな同じなんですもん。
    しかしメール添付は、押し付けがましいと思いますぜ一応。反応しなくちゃいけないのが鬱陶しい。

    ですが…孫ができるくらいの歳になれば、こういうことも恬淡としているべきなんでしょうな。そこがまだ自分でも青いと思います。うーむ。


    今日の一曲は「うろこ雲の絵」を。

     
     西岡たかし・五つの赤い風船 CD-BOX youtube

    つくづくいいうただなあと思います。
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    | 2014/04/05 | 雑感 | 18:17 | comments(4) | trackbacks(0) |

    信仰いろいろ

  • 2014.04.04 Friday
  • 民間信仰の本などをいろいろ読んでいると、やっぱり信仰というのは現世利益がないとなかなか浸透しないものだと。病気治癒。厄除け。豊作。商売繁盛。縁結び。子宝。合格。とげ抜きや歯痛というピンポイントまで、何とか助けてもらおうと祈る。

    庚申信仰や地蔵信仰、弁天さんや竜神さんやえべっさん、みんな現世利益といえる。江戸時代の村落の信仰というものを調べていると、こういうものがどんどん出てくる。まず仏教の檀家となり、村の鎮守の氏子となるだけではないプラスαの信仰がある。

    なんで信仰が三本立て、四本立てとなってゆくのだろう。こういうのは西欧ではまず考えられない事と思う。世界には一神教が多い。キリスト教を信仰しながらちょっとゾロアスター教も、なんてことは絶対にないだろう。その融通無碍さが面白い。

    やはり現世利益というのは、重要なのではないか。仏教は、ことに鎌倉以降の仏教は現世利益を説かない。阿弥陀さまは極楽浄土を約束してくれるがそれは死んだ後のことである。念仏を称えることで確かに気持ちは楽になるが、今の幸せに直接結びつかない。

    「祈によりて病も息み命も延ぶる事あらば、誰かは一人として病み死ぬる人あらん」法然上人が言うことは、確かに納得できる。しかし人間は弱いもので、病気を何とかして欲しいと願う。で、浄土宗のお寺の檀家さんも目が悪くなれば目疾地蔵さんを祀る。

    江戸時代は、必ずどこかのお寺さんの檀家にならなければいけなかった。そういう制度を幕府が作った。キリシタンでないことをお寺の檀家となることで証明させたのだ。これにより民衆全てが一応は仏教徒となったが、現世利益を寺が祈ってくれない。

    考えてみれば、仏教も昔は現世利益を担っていたはずだ。そもそもは国家鎮護が目的だった。これも大きな現世利益だ。奈良時代盛んだった薬師信仰はもちろん病気治癒。密教は加持祈祷をする。ところが浄土信仰というものは現世利益を謳わない。

    平安後期から鎌倉時代にかけての浄土信仰の隆盛は、仏教を死後の信仰へと舵をきる役割を果たしたのではないか。そして江戸時代の檀家制度が「葬式仏教」を生み出した。檀那寺は、菩提寺としての役割を担うことになる。葬式と墓、位牌の管理をする。

    お寺さんは、来世を担当する。氏神や産土神は鎮守として、村の安寧を守る。儒教は、教育文化である。そして個々の望みや願い、つまり現世利益は、他のもっと身近な神様が担う。そして全てが矛盾なく成立する。宗教の役割分担ということがあったのだろうか。

    道祖神や塞の神は厄の侵入を防止し、稲荷や夷神は豊漁豊作や商売繁盛の実現を担う。行者講や伊勢講は人々の団結をうながし、庚申待ちや地蔵盆はレクリエーションも提供していただろう。民間信仰が人々に果たす役割は大きかったと思える。

    日本人はよく、天神さんで合格祈願をして、教会で結婚式をあげ、風水で家の間取りを決め、七夕に願いをこめ節分に豆をまき、お経であの世へ送られる、宗教に節操がないと言われる。しかしこれは古来からの伝統であり、懐が深いとも言える気もする。

    いろいろ考える。鎌倉以来の仏教で、日蓮宗は現世のこともフォローしていたのではないだろうか。「娑婆即寂光土」という言葉もある。なので、日蓮宗信者には他の信仰が入りにくいのかもしれないとぼんやり考えたりもする。あくまで僕の主観。

    日蓮宗には折伏という概念があるが、これが世界標準なのかもしれないと思ったりもする。いや十字軍なんかのことを考えればまだずっと穏健か。宗教は他の宗教を認めない。布教は他の宗教を駆逐すること。あれかこれかの世界。我々は、あれもこれも。

    キリスト教やイスラム教のことには詳しくないが、おそらくは現世利益を謳った宗教ではないはず。いずれ終末がやって来て、その後に審判を受け救済を待つ。現世利益への思いをどうやって充足させているのだろう。西欧には「神頼み」は無いのだろうか。

    例えば「ルルドの泉」とはどういう位置づけなのだろう。日本の民間信仰に非常に近いように思えて仕方が無いのだが。とげ抜き地蔵とルルドの泉をいっしょにすれば怒られるだろうか。しかしキリスト教信者も現世利益への願いを持っていることがわかる。

    最初はキリストも病気を直したり嵐を静めたりパンを増やしたりしていた。「奇跡」は現世利益だったはず。考え方次第なのか。五輪で競技前に十字を切る陸上選手。ゴールした選手は祈りを奉げる。ボルトやビスマルクが教義を逸脱しているわけではないだろう。

    「神のご加護あらんことを」は不自然な言葉じゃない。幸せになりたいと願う気持ちを人は誰もが持っているはず。一神教が現世利益を説いていなくとも、現世の幸福を祈るのはやはりその神しかいないのだ。しかし我々には八百万の伝統がある。

    「宗教」と言うと、一神教にせよ多神教にせよ、どうも排他的な感じがする。「信仰」はもっとやさしい。また国家と宗教が絡むとロクなことがない。明治の神道国家日本は、廃仏毀釈だけでなく神社合祀、さらに淫祠邪教として民間信仰を弾圧した。

    宗教に関わることは書くことが難しいので、短めの文章を繋げながら書けばそんなに問題は出ないだろうと思ったのだが、話が思わぬ方向へ行ってしまった。本当はコンセイ様とかの話をするつもりだったのに。しかしもう書き直してる時間がない。

    今日の一曲はもちろん信仰や宗教とは関係なく、岡林信康の「私たちの望むものは」を聴く。シングルを持っているが、中古で買ったものだ(世代的にはムリ)。私たちの望むものは社会のための私ではなく私たちのための社会なのだ。今の日本、危ないな。

     
     私たちの望むものは 音楽舎春場所実況録音 youtube
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    | 2014/04/04 | 短文 | 06:38 | comments(0) | trackbacks(0) |

    ミイラ取りが

  • 2014.04.03 Thursday
  • 僕の両親も二人とも80歳を越え、長生きしてくれて本当に有難いと思っています。いつまでも元気でいてほしいと子供の立場からは思うのですが、なかなかそうもいきません。徐々に体力は低下しているようで、まあそれは当たり前なのですが、付随して性格が頑固になったり物忘れが激しくなったりでいろいろと困ることも出てきます。
    母親は、どうも死ぬことばかり考えています。どうやらTVで見た「終活」という言葉に影響されたらしく、棺桶に入るときはこれを着る、葬式の写真はこれ、などと準備を毎日の如くしているようで。
    で、電話が時々かかってくるわけです。「遺書て形式ふまな無効になるのん?」とか。TVで見たのでしょう(汗)。あたしは学生時代の民法の本なんかを引っ張り出しては答えたりしているわけですが、何を遺言したいのと聞けば、箪笥の整理やら庭の植木の話とかやらで「そんなん形式いらんわ!」と僕などはつい叫んでしまいます。形式がいるのは財産分与とか相続に関することや。ワシらになんぞ分けてくれるんかいな。分けてくれるんなら今分けてくれ(笑)。

    最も多いのは墓に関することです。昼間突然電話してきたりします。僕は車の運転中だったりして、突然母親からの電話ですから何か起こったかとびっくりして車を路肩に止め、電話に出ます。さすれば「あのなあ、お墓の話やけどなぁ…」そんなん休日か夜にしてくれや。今忙しいねん(汗)。
    確かに、死んだあとどうなるのか、ということは、心配なのかもしれません。残されたものに迷惑はかけたくない。だから道筋はしっかりとつけておく。あの歳になって夢中になれることがひとつでも増えたというのは慶賀すべきことかもしれませんが、墓に夢中になられてもなあ。
    こういうときは「あとのことは心配するな、そんなこと考えなくてもいい」と言うのが正しい息子のあり方でしょう。僕も最初はそのようなことを言っていたわけです。
    しかし、何度も繰り返されると、僕はこういう性格なので、ついいっしょになって考えてしまうわけです。宗派のこと、形式のこと、墓石のこと。そして母親に何を聞かれてもいいように本を読みだすんです。このあたりで、僕も道筋を外しています。ワシのやってることは、なんかおかしい。
    そして歴ヲタの本領発揮をして、墓の歴史などを古墳に遡っていろいろ調べたりしてしまうのですわ。こういうときは、墓のHowto本なんかを読んで、墓画の確保の仕方や永代供養の実際、予算、また祀り方などを勉強するのが普通でしょう。なんで昔の墓のことに思いを馳せたりするのか。全く病膏肓です。

    しかし、墓のことは奥が深くて。調べだすと止まらないんです。僕は、ついに実際に時間を割いて墓地を見てまわるようになりました。
    そうなると、無類の金石文好きなのが災いしまして。僕は石に刻まれた古い文字を見るのが趣味なんですよ。面白くてしょうがない。で結局、こういう前説を書いて(→西宮市域における村落墓地の成立まで)、僕が住んでる町の墓地をひとつひとつ回って、それを書くということを始めてしまっているのです。こういうのは結局、おかんの影響です。
    ミイラ取りがミイラになる、ということわざがありますが、どうもそれを地でいっているような気がします。墓だけに。

    最近は、墓地に付随してどうも民俗学的な方向に進んでいます。今読んでるのは、地蔵とか庚申とか弁天とか稲荷とか…民間信仰の本ばかりです。江戸時代の村落の墓と檀那寺と鎮守の社ということを調べていますと、どうしてももうひとつ信仰形態があることに気づきます。講とかね。そういうことを知らないと、語れないことがあります。
    ああどんどん深みに入ってる。どうしよう。

    とりあえず今日の一曲を。ZABADAKの「満ち潮の夜」。

     
     遠い音楽 ZABADAK youtube

    ZABADAKって聴き始めるとハマって抜け出られなくなります。中毒性がありますよね。
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    | 2014/04/03 | 雑感 | 06:24 | comments(0) | trackbacks(0) |

    登録名など

  • 2014.04.02 Wednesday
  • 今年は五輪もありましてウインタースポーツは大いに盛り上がったわけですが、今度はJリーグもプロ野球も開幕し、スポーツ観戦好きにとってはいよいよ本格的シーズンが始まったわけです。いやうれしい。僕としては、バドゥ爺さんのおちゃめっぷりに魅了されているわけです。これで比嘉さんにもう少し守備を頑張ってもらえれば…(わかる人だけわかればいい)。

    さて、先日プロ野球選手名鑑を見ていましたら、いわゆる「登録名」というのも増えましたね。普通になってきました。鉄平、銀次、雄平、大和、俊介、駿太…。特に今年増えたわけじゃなく、秀太や英智はいなくなっちゃったのでむしろ減ったのかな。銀仁朗は炭谷に戻しちゃいましたし。
    こういう「下の名前」で登録するのは、イチローにあやかってということなんでしょうかね。そのあやかりの嚆矢はサブローなんでしょうけれども(あんときは大村が他にいたってこともありますが)。さすがにカタカナは減ったかな。カツノリとかいなくなったし。
    こういうの、難しいですなあ。活躍すれば天下に認めさせられるわけですが、そうでないと陳腐に感じてしまいます。
    基本的には、プロスポーツ選手というのはパフォーマンスを観客に見せて稼ぐ職業ですから、芸能人と同じであるわけです。さすれば、芸名があっても全く問題はない、と言えます。お相撲さんは四股名をつけ、ボクサーやレスラーはリングネームを持ちます。それが当たり前の世界。相撲なんて、輪島や保志や遠藤なんてののほうが特殊です。しかしプロ野球にはその伝統がなかった。なので、慣れないのかもしれません。或いは、野球というスポーツはアマチュア時代からメジャーであるため、有力選手はプロ以前から既に本名が通ってしまっているということもあるでしょう。だから源氏名をつけにくいのかも。いくらアマ時代からニックネームがあったとしても、入団と同時に「登録名はマー君ということで」「今日からゴジラと呼んで下さい」とやったら奇異でしょうから。
    今は、完全な芸名は雄太くらいかな。本名は川井進ですもんね。
    T-岡田、GG佐藤というのも面白かったんですが、続きませんね。しかしこれも、完全な源氏名ではない。GG佐藤が本名田中ならビックリしますが、やっぱり佐藤君だもんな。このパターンの先達には「カズ山本」がいます。
    そういう意味で「雄太」というのはなかなかない。しかし、縁起を担いで改名したり占いで画数を増やしたりっていうのは登録名ではよくあることですからね。そのバリエーションと言えるかもしれません。こういうのは気づきにくい。松井稼頭央ってのが登録名だったとは全然知りませんでしたわ。
    登録名「SHINJO」ってのも良かったんですが、アナウンスされたら一緒ですもんね。「TSUYOSHI」は、失敗だったかなあ。
    結局は「パンチ」くらいだったでしょうか。完全なる芸名は。
    考えてみれば、外人助っ人はそこそこ芸名が多かったんですね。「アニマル」なんてね。王天上というのもいたな。外国名は読みにくいのもある、という理由がありますけど。子供の頃、はじめて選手名鑑を買ったとき「シェインブラム」という名前を一生懸命覚えたら、開幕したら「シェーン」になっていたときはあれ?でしたよ。ホプキンスだって言いにくかったのに(すぐ慣れましたが)。
    「パンチ」に続く人は、なかなか出てきませんね。

    しかしサッカーには全然そういうのはいませんな。外国だと「ジーコ」なんて完全な芸名なのに。三浦和良は今更「KINGカズ」には出来ないでしょうしねぇ。

    さて今日の一曲ですが、一応こういうリンクを張ります。

      
     近鉄バファローズ応援歌

    しかし、この中には僕の今日聴きたい曲は入ってないんですね。残念。でも賑やかしに貼っておきます。
    ちなみに僕は特にバッファローズファンではなくあまり関係ないんですが、バッファローズの応援歌の一曲をシングルで持っていました。それが「バッファローズ・ドリーム」という曲です。
    なんで持ってたかと言いますと、ナターシャーセブンがレコーディングした曲だからなんですが。
    これねー、ちょっと口惜しい事情がありまして。人に貸したんです。そしたら戻ってこない。もう何十年も経って音信普通になってますので取り戻す術もありません。まーねー、貸すときは呉れてやると思え、とはよく言いますけどね。
    しかしこの時代、大変有難いことにアップしてくれてる方がいるんですねぇ。なので張らせてもらいます。
     →バッファロー・ドリーム(youtube) 高石ともやとザ・ナターシャー・セブン
    完全な企画モノですが、演奏者は全盛期のナターシャーなんですよ。なのでマンドリンもバンジョーも鳴ってます。


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    | 2014/04/02 | スポーツ | 06:10 | comments(2) | trackbacks(0) |


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