スポンサーサイト

  • 2016.12.30 Friday
  • 一定期間更新がないため広告を表示しています



    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    大河ドラマを観てたりして

  • 2006.10.29 Sunday
  • えーっと、ひとりよがりの話です。

    大河ドラマを久々に観ていました。「功名が辻」をちゃんと見るのは初めてのことです。昨年は「義経」を最初何回か観たのですけれども挫折しました(汗)。歴史ドラマというのはどうも自分が狭量のせいか素直に観られないのです。こういう自分が嫌い。
    今回は何といっても安田顕さんが登場するので最初から観ていましたよ(もちろん知っている人は知っているTEAM NACSの顕さんですから)。オープニングで「宇喜多秀家・安田顕」と出たらもう二人で拍手です。
    (しかし、こういうことは物凄く知っている人と全く知らない人に二分ですね。中間層というものはない)
    ところがずっと観ていても全然出てこない。安田さんもCUEのHPで「一瞬の可能性高し。極力、瞬きせずにご覧あれ。」と書いてましたからね。必死で観ていました。登場はラストシーン。中村橋之助演じる三成との軍議に、島津義弘や小西行長と並んで登場。台詞はあるのか?
    いや、ちゃんとありました。さすが舞台俳優でしっかりと声を出していましたね。これで終わりかと思えば、最後の最後で三成と二人きりのシーンまでありました。なんだか感無量(笑)。
    来週も観なくちゃだな。でも来週は関ヶ原だから、宇喜多秀家はもう終わりです。なんともはや(汗)。でも合戦シーンに登場すればそれは見ものだ。

    というわけで大河を久々に観たのですが、面白かったですね。歴史ドラマはこうして途中から見てもストーリーが分かっているので何ら支障が無いところが助かります。原作も読んでいますし。
    それにしても、山内一豊の奥さんの千代さんは…ありゃ綺麗過ぎるのじゃないですか。見性院って当時いくつだったかはパッと出てきませんが一豊と一回りくらい違いましたよね。とすると…40歳半ばか(だいたい一豊だってあのときは50歳半ばのはず。若すぎやわな)。あんな40半ばの妙齢の女性がいたらもうわたしゃ(以下略)。
    ビックリしたのが、高田延彦が出てましたね。前に蜂須賀小六で高山善廣が出てると聞いてはいましたが…。しかも高田は西田家康の隣にいる。誰だろう…と様子を伺っていたらなんと本多平八郎忠勝とな。ひぇぇぇ。野武士の親方小六さんは高山でいいのかもしれませんが本多忠勝とはね。確かに忠勝は武断派ではありますが。高田と言えば「青春のエスペランサ」。あのミサイルキックは語り草ですが(関係ないか)。でも滑舌がちょっと…。

    この回の見どころはおそらく堀尾忠氏の「城も領地もみんな献上する」というアイデアを一豊が盗むというところではなかったかと思うのですが、うまく演出されていましたね。最初は忠氏に言わせようとして、忠氏が気後れしちゃったのでつい自分が言っちゃった、と。まあ爽やかな上川隆也ですからそんなふうにしないとね。「ずるい人」とは書かれなかった。でもあれで一豊は土佐20万石ゲットですよ(笑)。

    とりあえず来週も観ます。金吾中納言もどういう感じなんでしょうかね。宇喜多秀家に果たして見せ場はあるのか?

    このエントリーをはてなブックマークに追加 Check


    | 2006/10/29 | 雑記 | 23:06 | comments(4) | trackbacks(0) |

    神戸での休日

  • 2006.10.22 Sunday
  • 今日はちょっと神戸に行ってきました。行ってきましたというほど遠いところではないのですけれどもね。
    面倒なことに30分で終わる所用がありまして、それがお昼ということだったのですが少しずらしてもらって11時。それも終わって、市役所横の公園で相方と待ち合わせ。
    さーてと、お昼にはちょっと早い時間だったので…

    「あんた、日本一短い国道って知ってるか?」
    「え、そんなの知らないよ」
    「あのな、実はそこがそうやねん」

    現在地は神戸・三宮からフラワーロードを南下したところ。この道をそのまま行って、国道2号線を横切ると、そこは国道174号となるのです。この174号は、この先神戸税関までの187mしかありません。歩いて3分の「国道」なのです。まあどうでもいい情報なんですけれどもね(汗)。
    おや、国交省は「日本で一番短い国道です」と看板を出している(汗)。こういうのが観光になると思っているのでしょうね。日曜日の昼に誰もいませんが(笑)。

    さて、そのままちょっと西にあるけば、「神戸海軍操練所跡碑」があります。史跡の少ない神戸で、龍馬はんを感じさせる唯一の場所と言ってもいいのですが…。

    「あのな、勝海舟のとっつぁんがな、龍馬はんとここに…」

    女房は全く興味の無い顔をしているので話を途中で切り上げ、居留地跡を通って元町へ。ハラが減ったので「餃子」を食べました。久しぶりに「赤萬」へ。2人で餃子5人前とビール一本。まあここの餃子は小ぶりなのでこのくらいが適正でしょう。
    神戸の餃子というのはたいてい「味噌ダレ」で食べます。珍しいのですが美味いですなぁ。一度餃子論が書いてみたい(またそんなこと言ってる^^;)。

    この後はヒマです。「いちど関帝廟に行ってみようか」
    神戸にも関帝廟はあるのです。ただちょっと街中からは歩くので今まで足が向きませんでした。三国志ファンなら絶対外せない関帝廟ですが、今度は女房もマンガの「三国志」を読んでいたので素直についてきます。
    しばらく歩いて着きました。やっぱり色彩鮮やかですねー。関羽様に商売繁盛をお願いし、疲れたのであずまやで休憩。ここで馬耳東風の女房に道教思想について語り、語り飽きたので街に戻りました。
    関帝廟から坂を下りてくれば花隈です。そこから商店街を買い物がてらブラブラ。だんだん荷物が増えてきますね。そこから南京町へ。またいろいろな食材などを買います。疲れてきました(汗)。
    南京町ではテイクアウトの行列があちこちに出来ています。あれ、トルコアイスの屋台も出ているな。最近はいろいろ様変わりしています。
    果物屋の店先で、珍しい果物を一口サイズで売っています。見ると、ドラゴンフルーツもあります。これって食べたことがないんだよな。
    一切れ(八つ割りくらいか)200円なので高いとは思いましたが購入。食べてみますと…。うーん、その真価はよくわかんなかったな(汗)。
    神戸大丸でちょっと世話になった人にいろいろ発送したり、なんだかんだやっているともう日も暮れています。メシでも食べて帰るか。

    元町高架下にある「丸玉食堂」へ。なんだかここに入るのも久しぶり。台湾料理の店です。ここで、「中国腸詰」「豚足煮込み」「青菜炒め」などでビール、紹興酒を。たまりませんね。シメは「老麺(ロウメン)」。卵入りあんかけソバですが、野菜たっぷりで美味いのですなあ。

    満足して帰宅。ただの休日のダラダラ書きでした。山場もオチもありゃしない(汗)。





    このエントリーをはてなブックマークに追加 Check


    | 2006/10/22 | 雑記 | 23:27 | comments(8) | trackbacks(0) |

    鉄アレイ

  • 2006.09.17 Sunday
  • 押入れから探さなくてはいけないものがあってゴソゴソ。段ボール箱だらけなのですね。ちゃんと整理しなくてはいけないのですがうっちゃってあるものも多い。整理整頓は実に苦手で。まったく、「お前は本当に血液型がA型なのか?」とはよく言われる話(汗)。
    ここに引っ越してもう7年…いや8年に近いか。引越しのときの段ボール箱がそのままあるな。こういうのはつまり何年も開けていないわけで、結局のところ「不必要」なものなんですね。こうしたものをスパッと捨てられる人間であればもう少しシンプルライフを送れる訳なんですけれどもねぇ…。

    そんな中、ずしりと重い箱が。これは何だと開けてみると、いやあ出てきましたよ。エキスパンダ。ダンパー。アームバー。ハンドグリップ。そして鉄アレイ。うーむ。
    若い頃はこんなものを使っていたのですね…。
    別にウェイトトレーニングが趣味というわけでもないのですが、時々慰めのように使用していました。学生の頃と違って日に日に鈍っていく身体を見るに見かねて…という心情であったように思い出します(遠い目)。
    そんな感情はせいぜい20代ですね(笑)。こうして器具がほったらかしてあるというのがその証拠。見られる身体にしておきたいという気もサラサラなくなり、だぶつくがままに任せています。筋力は落ちたのだろうなあ。先日登山をしまして脚力の状況は多少分かったのですが、腕とかはどうなっているのだろう。椎間板ヘルニアをやってからは重いものも意識して持たず、状態を把握していないのです。

    どれどれ。ちょっと鉄アレイを持ってみるか。
    これはひとつ5kgなのですが、結構重く感じます。こんなもんぶんぶん振り回していたとはとても信じられません。

    「よっこらしょ」

    思わずこんな声が出ているようではダメですなあ(汗)。
    ちょっと動かしただけで筋肉が悲鳴を上げているのがわかります。情けないなあ。すっかり僕の上腕二等筋は霜降りになっちゃったらしい。食べれば美味いのかもしれませんがねぇ。松坂牛はビールを飲ませて飼育するという話を思い出しました。

    明日はおそらく筋肉痛だぞ…。 (*゚パ)ハッ! 明後日以降かもしれない。
    うむむむむ。
    このエントリーをはてなブックマークに追加 Check


    | 2006/09/17 | 雑記 | 21:02 | comments(4) | trackbacks(1) |

    惑星が増える?

  • 2006.08.18 Friday
  • なんだかどうも太陽系の惑星の数が増えるらしいですね。
    これってのも、結局政治力とかがあるんかなぁ。一番遠い「2003UB313」っーのが、アメリカの発見らしいですからねぇ。そりゃなんとかしたいでしょうよ。かの国とすれば。冥王星もアメリカでしたからね。
    それにつれて、冥王星の連星であるカロンも惑星になるっつーことで。連星というのはつまり、ガミラスとイスカンダルみたいなもんですな。これって、カロンが冥王星の衛星という話も前にあったと思ってたのですが、結局連星ということにしたのね。
    ついでにセレスも格上げ。セレスって小惑星のひとつですよ。小さいらしいんですけど、なんで発見からこんなに経って今頃昇格なんでしょうかね。これも様々な思惑があるんかなぁ。もうよくわからん(笑)。
    そんで12個に。水金地火木土天海冥の時代よ、さようならということか。和名はつくのかなぁ。水金地火セレ木土天海冥カロ2003ではどうにもならん(笑)。

    昔、ボーデの法則ってありましたよね。惑星間の距離には一定の法則があるってやつ。この法則から小惑星群が発見されたんですけれどもね。あれは、海王星がその法則に合わないので結局「空論」ということになってしまったらしいのですが、今度の惑星はどうなのかな。ちょっと今後注目してみましょうかね。
    しかし、カロンが惑星ならば、なんかヘンな気もしますね。そもそも冥王星だって小さい。月の方がでかいですからね。月も地球と連星ということで惑星に格上げとか(笑)。
    惑星の定義を調べないといかんのですが今はちょっとメンドウです。でも、確か木星の衛星とか、土星の衛星も大きかったはずですわな。カロンよりもずっと。
    セレスに至ってはもっと小さい。しかしまあボーデの法則はダメということでも、いちおう惑星軌道ということか。なんだか定義がよくわかんないなぁ。

    なんかニュースによると、この12個の惑星(候補も含めて)とは別に、新たに12個惑星を追加しようと言う話もあるって聞きましたよ(誤報かもしれませんが)。そーなると24個の惑星なの? モーニング娘じゃないんだからそんなに増殖されても(汗)。もう絶対覚えきれないな。

    さて、占星術が困るってことがここに至って囁かれていますね。そんな天文会議での決定事項でコロコロ変わる様では…占いも信用できませんねぇ(笑)。

    ※追記 結局惑星減ってしまいましたね(汗)。冥王星陥落か。まあしょうがないのかなあれは。

    このエントリーをはてなブックマークに追加 Check


    | 2006/08/18 | 雑記 | 22:30 | comments(0) | trackbacks(1) |

    夏本番です。

  • 2006.07.31 Monday
  • なんとなしに西日本から関東まで一斉に梅雨明けしたとの報。いよいよ明日からは8月、夏本番です。

    僕は昔から夏が大好きな男でした。ジリジリくる太陽光線はこの歳になると身体に毒らしいですけれども、避けてもいられないので普通に日傘もささず歩いています(男の日傘なんてないわなぁ^^;)。
    若いときに、クラブ活動や自転車旅行などで肌を苛め抜きました。全く無防備に夏の光線に晒し続けたせいで、どちらかと言えば普段でも色黒、そして夏にはあっという間に日焼けする体質になってしまいました。うちの女房は東北生まれなので色が異常に白く(笑)、すぐに「因幡の白兎」状態になってしまうので日傘と長袖は夏の必須アイテムのようですが、僕は全然日差しが気になりません。日焼けも、肌が赤くなる時期は全くなく、すぐに黒へと移行します。

    書いたように、今はどちらかといえば僕は黒めの肌なのですが、かつては色白のお坊ちゃんでした(笑)。5歳くらいまでは、近所の悪ガキに白い色をバカにされた時期もあったのです。えーもちろんお人形さんみたい、というオバちゃんたちの評もありましたよ♪(お相撲さんみたい、という評も実はあったのです(泣)。当時太りかけていて、また顔がその時の横綱北の富士に似ていたということもあるようです^^;)

    その色白だった痕跡は、もちろん臀部にだけは残っています。お尻だけは白いんだよな(笑)。僕がTバック水着で泳ぐわけもなく、ここだけは日焼けしなかった。見せられないのが残念ですがな。(* ̄m ̄)プッ

    蝉時雨が凄いです。いったいこんなコンクリートとアスファルトだらけの街のどこに隠れていたことやら。
    以前にも書いた話の焼き直しではありますが、この蝉時雨が不思議でしょうがない。この蝉たちはいったいどこからやってきたのでしょうか。
    蝉の一生というのは、ご承知のようにほとんど土の中です。地中潜伏すること永きにわたり、ようやく地上に成虫として登場し、一週間程度で生を終える、という実に儚い一生。しかし、見渡しても土らしきものは周りにないのです。コンクリートやアスファルトばかり。蝉が雌伏の時間を過ごすべき土の地面が全然見当たらないのです。

    この土が無いということについて、以前の話ですが、知り合いにネギの苗をもらったことがありました。
    「植えて水をやればどんどん育つさかい。根元を残して切ったら、また生えてくるよ。無限に食べられるで」
    野菜高騰の折、これは助かったと、植えようとしたら…土が無いことに気がつきました。プランターは貰ったんですけど、植えるべき土が無い。マンション暮らしの味気なさです。しょうがないからどっかで貰ってこよう(うしし)とスコップを持って出かけたのですが…。
    勝手に持ってこられるような土は周りには皆無でした。川原は護岸され、公園も一部芝生ですがあとは固い砂地、神社の境内もコンクリート、こっそりどこかから土を戴こうかと企んでいた僕は絶句しました。
    「土は買わないと無いのか…(汗)」
    そんな状態ですから、蝉がどこから出てくるのかが実に不思議でなりません。まあ舗装されたり固められたりしていても地面の下は土なんでしょうから、そこに雌伏しているとは思われますが、出てこようと思ってもアタマがつっかえるのではないでしょうか? どういうからくりになっているのでしょうかねぇ。

    最近公私ともども疲れる出来事が多くて(主として公ですが)、気力が萎えがちです。まとまった休みも取れそうにないので旅行にも出かけられるかどうか。夏に旅に出ないなんて僕には考えられません。そんなこんなで鬱々としています。
    でも、「8月」と聞くだけで心が浮き立つ自分を発見します。めぐる季節の力というのは意外に強いものですね。シャキッとせにゃあいかんのぉ。いいおっさんなんだから。

    このエントリーをはてなブックマークに追加 Check


    | 2006/07/31 | 雑記 | 22:37 | comments(6) | trackbacks(0) |


    CALENDER

    S M T W T F S
        123
    45678910
    11121314151617
    18192021222324
    25262728293031
    << October 2020 >>

    CATEGORY

    ANOTHER BLOG

    メインブログ
    酒・旅・フォーク・歴史・プロレスをテーマにときどき更新


    ちょっと歴史っぽい西宮
    別館・西宮歴史探訪サイト
    凛太郎の自転車操業
    西宮地域ブログ

    PROFILE&BBS&MAIL

    自己紹介です。
    BBS
    掲示板です。
    Mail
    メール送信フォームです。

    NEW ENTRIES

    SEARCH THIS SITE.

    ARCHIVES

    RECENT COMMENTS

    RECENT TRACKBACK

    BLOG PARTS


    RECOMMEND


    MOBILE

    qrcode

    SPONSORED LINKS


    OTHERS


  • フィードメーター - 凛太郎亭日乗


  • ついったー




  • 無料ブログ作成サービス JUGEM