スポンサーサイト

  • 2016.12.30 Friday
  • 一定期間更新がないため広告を表示しています



    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    だってよめてしまんうだもの

  • 2009.05.09 Saturday
  • 今朝(5/9)未明に、にがさんからBBSにお題いただきました。ちょっと引用。
    ネタ提供ってほどでもないけど 
    投稿者:にがさん 投稿日:2009/5/9(土)01:39
    オイラのブログに載せようかと思ったけど、どっちかといえば凛太郎さんのブログのほうが合ってるかと思ったので、是非とも考察していただけるとありがたいです。オイラがブログにするほどの意見も浮かばなかったので・・・
    いや、フツーにすげーなーって思いましたけど・・・
    http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0905/08/news021.html
    詳細はリンク先へ、と言ってしまえばいいのですが、とりあえずどういうことなのか書きます。
    事は、「2ちゃんねる」に昨日(5/8)の早朝書き込まれたひとつのレスです。そのレスを全文引用。
    こんちには みさなん おんげき ですか? わしたは げんき です。
    この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか にんんげ は もじ を にしんき する とき その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。
    どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ? ちんゃと よためら はのんう よしろく
    この2ちゃんのスレッド、今朝見たときはまだ読めたんですけど今はもう過去ログ倉庫に入っちゃってますね。まあそれはいい。とにかく、別の話題のスレッドだったのですがこの書き込みがなされたあと、話題がこのレスに集中しちゃって本題はどこへ、みたいな状況でした。2ちゃんの住人たちがみなビックリしちゃった様子が伺えていました。

    どでうす? ビックリすでるしょ?(笑) にがさんも「フツーにすげーなー」とおっしゃっておらまれすが、僕もスゲェと思いしまたよ。人間の脳の働きとはこういもうのかと。(一部パロディ)

    さて、ちょっと話題ズラしてごめんなさい。僕がスゲェと思ったのはもうひとつありまして。それは、情報の伝播力の凄さなんですけど。
    この書き込みがスレッドの二番目のレスとして上がったのは、5/8の早朝なんです。正確な時間は今ちょっとわかりませんが(スレがオクラ入りしちゃったので)、おそらく6時台か7時過ぎた頃じゃなかったかと。そして、次から次へとレスが入り、10時くらいにはもうスレが終わったようです。2ちゃんのスレは1000レスで打ち止めですから、自演乙レスが多くあるにせよ、凄まじい勢いでスレが埋められていったことになります。スポーツの実況スレじゃないんですから、平日の午前中にここまで伸びるってのも僕のような2ちゃんねらーではないものからすれば驚きです。よっぽど世の中にはヒマ人が多い…いやそんなことはともかく、延べ千人がこのスレで書き込んで、さらに多くの人が情報を共有化したことになります。
    んで、冒頭にがさんが教えてくれたITmediaNEWSには、もう9時19分に更新がなされています。まだ2ちゃんのスレが終わっていない段階です。この「ねとらぼ」書いた人も当然2ちゃんねらーで「何かいいネタはないものか…」と探していたのでしょうが、スレも終わっていないのにそれがニュースとして配信されるという早さ。
    そしてこの記事にトラックバックがつきます。このニュースに反応して記事を書いた最初のブログは、10:00です。まだおそらくスレが終わっていなかったのではないでしょうか(推測)。早い。そして、次々とニュース記事にTBがついていきます。まだ続いていますが、もう波は終わったと言ってもいいかな。もちろんはてなブックマークなどのSBMも凄い勢いで数が伸びています。ニュースサイトもじゃかじゃか取り上げていた様子。
    可視の世界のブログですらこうなのですから、おそらく僕の見えないところにあるmixiやTwitterなんかでは話題沸騰だったのではないでしょうか。可視部分でも「こんちには みさなん おんげき ですか」と入れて検索すれば出るわ出るわ。ここまでわずか2日足らずなのに1000単位でサイトがヒットします。
    そして、当日の昼にはもうこんなのが登場しています。→ケブンッリジ変換
    仕事が速すぎるよ。SEの人ってこういうのチャチャっと作っちゃうんだなぁ。しかもまだある。→ケブンッリジジネェーレタ 他にも見つけてないだけでいっぱいあるかも。あっこんなのもあった(汗)。
    んで、今朝未明ににがさんが僕に教えてくれて、僕が早朝それを知って、でもすぐに反応出来ずに今の時間となっているわけです。あたしゃ遅すぎるっつーの!

    さてさて。
    しかしこういう話は人間の脳内の話であって、養老孟司さんや茂木健一郎さんの分野です。僕が考察やら意見やら書けるわけがありません。理系の話ですもん(汗)。
    最初は、昔書いた「ふいんき」の話に近いかなとも思ったんです。さんざか→さざんか、舌鼓→したつづみ、みたいな。しかし全然違いますね。これは言葉の読み取りの話じゃない。むしろ、僕の記事の中ではこの話に近い。→韓流ブームはまだ続いている
    これは、僕のおばちゃんが「ハイビジョン」を「イビョンホン」と見間違え、北杜夫さんが「トマトソース」を「トーマスマン」と間違えちゃったという話です。しかし、この記事は昔やってたHP「lintaro's bar」時代のもので、ただの日記です。考察もなんもありゃしない。
    でもまあ、このことから考えられるのは、まず人間のアタマの中には予測機能というものがしっかりと備わっているということですね。そして、時として過剰反応する。イビョンホンのことばかり考えていたらハイビジョンがイビョンホンに認識されてしまう。これはアナグラムですらありません。アナグラムっつーのは、文字を入れ替えて違う意味にしてしまう一種の遊びで、暗号などにも使用されます。加藤あいちゃんを阿藤快さんにしちゃうようなもの。かとうあい→あとうかい、ですね。余談ですが。
    イビョンホンとハイビジョンには、違う文字が入っています。ホ⇔ハ、ジ。そして前者にはンが二つあります。それでも脳内変換してしまう。これは明らかに過剰反応です。しかし、違う文字が入っていても、「こんちには〜」と同じように最初と最後の文字が同じであれば見間違う可能性はもっと上がるでしょう。例えば、アントニオ猪木→アントキノ猪木、とかね。
    さらに、前後の文字が同じでアナグラムになっていたとしたら。もう脳は認識してしまうでしょうね。こんちには、です。

    脳の予測機能というのは大したもんです。これは、経験から培われるものに間違いないのでしょうが。
    結局、認識のスピードアップのためにこのようになるのでしょうね。脳内では「こんにちは」という文字列を「こ→ん→に→ち→は」とは見ていない。ひとつの塊として認識しているようです。で、認識順は「こ」が最初であり「は」が次。間三文字を飛ばしています。そして「んにち」はそのあと同列に脳内に入る。同列であるため、それが「んちに」であっても脳内で修正してしまう。これが「んばち」とか違う文字が入っていれば撥ねるのでしょうけれどもね。イビョンホンのような過剰反応は通常はよっぽどの思い込みがなければ認識はしません。
    これを、一瞬のうちにしてやっているため、「こ→は→んにち」という順番には自分でも気が付いていない。すごいですねー。

    これは、日本語に習熟しているからおこる現象なんですな。「こんにちは」を塊りで捉えるというのは。
    この「こんちには〜」のケブンッリジ文、どうも何年か前に英文で既に同様のモノ、つまり元ネタが存在していたという話がネットであちこちで出ていました。ソースを示せと言われてもあちこちで書かれているので困るのですが、検索して見つけたこちらの方のサイトですと2005年にはもう既にあったことが示されています。
    Olny srmat poelpe can raed tihs.
    I cdnuolt blveiee taht I cluod aulaclty uesdnatnrd waht I was rdanieg. The phaonmneal pweor of the hmuan mnid, aoccdrnig to a rscheearch at Cmabrigde Uinervtisy, it deosn't mttaer in waht oredr the ltteers in a wrod are, the olny iprmoatnt tihng is taht the frist and lsat ltteer be in the rghit pclae. The rset can be a taotl mses and you can sitll raed it wouthit a porbelm. Tihs is bcuseae the huamn mnid deos not raed ervey lteter by istlef, but the wrod as a wlohe. Amzanig huh? yaeh and I awlyas tghuhot slpeling was ipmorantt!
    英語圏の人、またはよっぽど英語の実力を持つ人なら「こんちには〜」と同様に「あっ間違ってるのに読めちゃう!」なんでしょうけれども(上記サイトの方はもちろんスラスラ読んでいらっしゃる)、当方全然読めません。Only smart people can read this…なんでしょうけれども、全く認識しない(汗)。これは英語を全く習熟していないからなんですよ。アナグラム暗号を読むようにしないと全く読めない。
    逆に言えば、日本語をちゃんとマスターしているから「こんちには〜」も読めてしまうということです。だから、あれ間違ってるのに読めちゃったよ、と恥じることもないつーことです(当たり前だ^^;)。

    しかしねぇ…。これじゃ誤字脱字ってのは本当に気が付きにくいということが証明されたみたいなもので。特にブログ記事なんてのは自分が書いているわけですから、誤字であっても脳内で変換しちゃいますから目に付かない。僕もしばしば、例えば「気が付きにくくて」を「気が付きにくい」と書き改めようとして「気が付きにくくい」などと一字残したままにしちゃって気が付かない、なんてことしばし。ちなみに「こんちには」で検索すると、結構ヒットします(笑)。間違えたまま誰も気が付いていないんでしょうね。
    全然関係ないのですが、先日車で道を走っていて、「ノーブラシ洗車」という看板を見て「えっ、ノーブラ!」とビックリしたのは日本語に習熟しているからではなくおっさんの過剰反応です(大汗)。
    このエントリーをはてなブックマークに追加 Check


    | 2009/05/09 | 言葉 | 21:15 | comments(8) | trackbacks(0) |

    あけおめとか略する場合

  • 2009.01.03 Saturday
  • 僕は、よく書いていますけれども人様のブログを結構購読しています。RSSリーダーには山ほどブログが詰まっています。んで、新年早々暇なもんであちこちお邪魔してROMっていたわけなんですけれども、タイトルに「あけおめ〜♪」の多いこと多いこと(笑)。
    べつにそりゃかまわないのですが、僕がよく読むグルメ系ブログとかプロレス系ブログなんかにも結構「あけおめっ」とか書かれていたりして。普通どう考えてもおっさんとしか思えない人もそんなふうに書いている。非常に違和感を感じたりしましてですね(笑)。もちろん申し訳ないのでリンクを貼ったりは致しませんが(汗)。
    大爆笑してしまったのが、時々含蓄あるコメントを下さるrollingmanさんのブログ「回転富士山」において、

     「あけおめとか略すのはだいたい大塚愛くらいで充分です」

    これがツボに入ってしまいました。うまいっ! ちなみにこの記事のタイトルはrollingmanさんのパクリです(汗)。

    「あけおめ」「ことよろ」「メリクリ」なんてのは、携帯メール文化なのでしょうなぁ。少しでも省略したほうがラクですもんね。僕は携帯メールが苦手であんまりやらないのですが、やっぱりPCのキーボードと違って面倒くさいんですもん。親指変換が。時間かかってしょうがない。なので少しでも文字数少なく「あけおめ」と書くのは理解出来ないでもない。しかし僕はおっさんなのでとても恥ずかしくて打てませんけれども(当然だ)。
    と思っていましたら、検索してみるもんですね、Wikipediaには「1981年のせんだみつおが発祥」と書かれていました。ひええ。まあしかし、ネット文化、ケータイ文化が定着させたのは間違いないでしょう。
    とにかく何でも略しますから。昔僕がよくチャットサイトに出入りしていたとき、挨拶に「こん^^」と書かれた時には何かと思いましたよ。あんたはキツネか? もちろんこれは「こんにちは」「こんばんわ」の略。「>こんこん(*^-^)」などと重ねる人もいたりして、これはえらい文化圏に顔を出してしまったなとそんときは思いましたがな。まあ直ぐに慣れましたけどね。しかし僕は最後まで使えませんでしたが。
    しかしそもそも、「こんにちは」にせよ「今日はお日柄も宜しゅう」の略であるからして「こん」でも良いのだ、などと理屈をこねたりは致しませんよ。短すぎですがな。

    しかしまあ、世の中は略語花盛りです。もちろん昔からありますけどね。
    名前すら「キムタク」です。ちょっと古くて「ゴクミ」。もっと古くて「バンツマ(これは注釈が必要かもですな。坂東妻三郎のことです)」。でも、坂東妻三郎なら略したい気持ちも分かりますが木村拓哉くらいならちゃんと言えばいいのに、とも思いますが、愛称なんですな。略した方がなんとなしに親近感が沸く、とか。
    以前は、長いから略す。明確だったと思うのです。革マル派(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)とかね。全共闘とか総評とか新産別とか(何でこんな言葉をチョイスしちゃうのだ^^;)。
    ところが最近は、「別に長くもないけど短くした方がかわいい」的発想が加味されているような。先ほどの愛称「ゴクミ」「バンツマ」「ハセキョー」なんかと同様の感覚が内包されています。そうでなければ「あけおめ」なんて説明がつかない。なんで説明が出来ないかと言いますと、「あけおめ」はもうネットの世界を飛び出して日常会話に入り込んでいるからなんですね。若い女の子たちが「あめおめ!」「ことよろ!」と街角で出会ったときにも発している。これは「かわいいから」なのです。長いから略、の枠を超えた。
    したがって、ワシのようなおっさんは間違っても「あけおめ」とは言ってはいかんのです。キモいから(笑)。rollingmanさんの「大塚愛くらいで充分です」は実に正鵠をついていると言えます。おっさんよ、調子にのってはいかんぞよ。

    さてここから長い余談(汗)。
    言葉を略する場合は、たいていは複合語であるわけです。んで、その冒頭の言葉をくっつける。「あけまして、おめでとう」で「あけおめ」。これは例えば「入試(入学試験)」とか「卒論(卒業論文)」とか。しかし、その法則には時々例外があるのです。「ケータイ」がそうですね。これはもちろん携帯電話。何故に「ケーデン」にならなかったのか。
    複合語でない場合はしょうがない、とも言えるんです。外来語ですけど「アニメ(アニメーション)」とか「ドンキ(ドンキホーテ)」とか。でも携帯電話は何故「ケーデン」にならなかったのか。これは考えてみる価値があるような気がするんです。ええ、答えは出てません(汗)。多分、その言葉が生まれた状況、背景に原因があるのではないかと推測していますけど。同様のもので思いついたのが「高速(高速道路)」。他にもあるんでしょうねぇ。

    もうひとつ「コンビニ」問題もあるんです。あれが何故「コンスト」にならなかったのか。
    僕は東海林さだおさんのファンなのですが、東海林さんはその著作の中で「コンビニエンスストア(長いので以下コンスト)」と、コンストを提唱されておられるのですが(今本棚で出典を探したが出てこない^^;)、結局コンビニが日本を席巻してしまいました。
    これには前例もあるんです。「デパート(デパートメントストア)」「スーパー(スーパーマーケット)」。
    これは外来語であるということが関係しているのかしらん。
    そういえば、「インターネット」は「インター」でも「インネ」でもなく「ネット」。まあインターですとWWFインターみたいにプロレスのタイトルっぽい(関係ないか)。おそらく「ネット」という言葉がインターネットの根幹であるからなんでしょうが、略語に後部を使うとは。
    ところで柳葉敏郎さんは何で「ギバちゃん」? 山口智充さんは「グっさん」。渡辺さんはみんな「ナベさん」。ああ迷宮に入りそうだ。全ては「語感」なんでしょうか。

    最後の余談。「マック」「マクド」問題(笑)。
    まあこれは関西人の「マックやない!マクドやっ!!」があまりにも有名ですが、僕も普通に子供の頃から「マクド」です。「マック」なんてどうも気取っているふうに聞こえて恥ずかしくてつかえない。ただ「マクド」は関西圏だけだという話ですね。
    じゃなんで関西人に「マック」は気取って聞こえるのか。それはとりもなおさず「マクド」が「マクドナルド」の略なのに対し、「マック」は「Mcdonald」の略だからでしょうね。英語使いやがって、というやつ(汗)。これが最初からカタカナ表記が「マックドナルド」であれば関西人だって「マック」と言っていたと思うのですよ。でもマクドナルドやもん。マクドにしてしまうやんか。
    しかしまあ、「ビッグマック」「朝マック」なんて店側が言いますからね。マックに目くじら立てるのもおかしな話で。でも、関西人が「マクド」と言うのを見逃して欲しいとは思うのです。今さら変えられないよ。
    なおWikipediaによれば、フランス語圏では「マクド」なのだとか。仏語でマックは「女衒」を表す言葉らしいので、と。わかりますね。ケンタッキーフライドチキンを「フラチン」などと言うと問題が起きそうなのと一緒ですな。しかし、ファーストキッチンを「ファッキン」と略すのはどうなんだろう?(汗)。話ずれますけど「あけおめ」もなんだか関西では猥…(以下自粛)。
    ミスタードーナツは「ミスド」なんですよね。これは複合語であるということからでしょうか。「ミスタ」にはならなかったんですね。複合語はそうしてくれた方が略語だと分かりやすい。「ロイホ」「スタバ」「ファミマ」。だからケンタッキーフライドチキンはケンタではなくケンフラにすべき、と思うのですが、これも語感なのかなぁ。「セブイレ」も言わないし。

    長くなりました。本当はKYとかの頭文字関係も書こうと思っていたのですが(だから冒頭にわざわざROM〜Read Only Member、読んでるだけの人〜と表記したのですが)、もうこれ以上は長すぎるので割愛します。
    このエントリーをはてなブックマークに追加 Check


    | 2009/01/03 | 言葉 | 20:39 | comments(13) | trackbacks(0) |

    鳥肌が立つ

  • 2008.12.07 Sunday
  • 「鳥肌」(1)寒さや恐ろしさ、あるいは不快感などのために、皮膚の毛穴が縮まって、鳥の毛をむしったあとのようにぶつぶつが出る現象。総毛立つこと。体温調節反射の一つ。「―が立つ」 goo辞書より
    僕は、毎度申し上げているように「ら抜き言葉」や敬語の使い方などについて、「言葉は変化していくものだ」と常々申し上げていますし、寛容にも思われるような立場を続けています。そんな記事もずいぶん書きました。
    しかしながら、こと自分を振り返ると言葉については驚くほど保守的なのです。結局「正しい日本語を使え」と非論理的に言う権威主義者が嫌いであるだけなんですね。なので、僕個人としてはら抜き言葉はつかえませんし、「全然おいしい」とは書けません。
    で、「鳥肌が立つ」という表現についてなんですけれども。

    これは、前掲引用にあるとおり、「恐ろしさ」「不快感」によって皮膚が総毛立つ現象であるとされ、あくまでネガティブな場面で使用するのが「正しい日本語」であるとされます。しかしながら、現在では「鳥肌が立つほど感動した」というようにポジティブな場面でも多用されます。これを誤用であるとする人は結構居ます。
    これは結局「鳥肌が立つ」という言葉を、慣用句であるのかそれとも現象であるのか、どのように捉えるのかということに尽きるのではないかと思うのですね。
    実際、感動によって鳥肌が立つという現象は起こります。素晴らしい音楽や絵画、またスポーツなどで想像を絶するプレイを見せられた場合、腕のあたりからさぁっと総毛立つことがありますね。これは「鳥肌」であって、この現象を表現するのに「鳥肌が立つ」という言葉を禁じられたら困ってしまうのです。「僕は全身の毛穴という毛穴が収縮するのを覚えた」と書くことも可能かもしれませんが、なんとも回りくどいし描写が生々しすぎます。鳥肌という言葉を用いた方が自然であるとは言えるでしょう。

    ですけれども、これは「慣用句」であり、ネガティブな場面にだけ使用するのだ、という言説も強いわけです。そういう歴史があればしょうがないでしょう。
    なんでそういうネガティブな意味で一度は定着したのかとつらつら考えてみますと、「鳥肌」という言葉自体があまりいい響きではないということでしょうか。ニワトリの羽を毟って地肌を露出させた光景って、確かにあまり気分は良くない。鶏肉が嫌いだという人の多くは「皮がキライ」という人が多いのではないでしょうか。焼き鳥でも鳥皮串は食べられない、皮を剥いでくれればチキンソテーも食べられます、という人は案外多い。外見的に嫌悪感を持つ人が多いので、あまりポジティブな場面で「鳥肌」と言って欲しくない、そういう歴史があるから、ネガティブ場面でだけ使用が許されてきたのでは、と推測もしてみたりします。正しいかどうかは知りませんよ(汗)。

    僕はと言えば、あまり日常で「鳥肌が立つ」という言葉を使用する機会が少なく、つかわなければ良いも悪いもありません。しかし、総毛立つ感動ってやっぱりありますよね。ですが、世の中で間違いだという意見もあるので、わざわざ「鳥肌が…」と書くこともないだろうということで、例えば「身震いするほどの」などと書いていたんです。
    しかし身震いでは表現としてパンチに欠けます。で、さんざん逡巡したあげく、僕は「鳥肌が立つ」という言葉を解禁しました。そのとき使用するのに迷った記事というのは、プロレスで上田馬之助が前田日明にヘッドロックを極めたという場面の描写でして(これ)、アホかいなと言われるかもしれませんが僕は本当にこの時ゾクゾクっと鳥肌が立ったわけで、これを表現するにはもうありのままを書くしかない、と思い解禁したのです。
    一度使用してしまえばもう「憑き物が落ちた」状態になりまして、現在ではブログでは普通に使用することにしています。もういいやって。鳥皮が嫌いな人には陳謝したいとは思いますけど。

    で、話がここからずれて行きますが(汗)。
    僕は前述したように言葉には保守的な人間なのですが、「鳥肌が立つ」については比較的ポジティブ場面で使用することに抵抗がありません。むしろ(保守的な方々からは怒鳴り込まれるかもしれませんが)、逆にほぼ「感動した」場面でしか使用しないのです。
    なんでそうなのかと言えば、僕は、日常的にネガティブ場面で総毛立つことを「鳥肌が立つ」とは表現しないからなんですね。嫌悪感や不快感、恐怖では「鳥肌」を使用しない。
    日常会話では、僕はこう言います。

    「うわー気色悪っ。さむいぼ出たわ」と。

    さむいぼ。僕はこう言いますが、大阪などでは「さぶいぼ」と言われることの方が多いでしょう(大阪では濁音を多用する、京都は清音が多い傾向にある)。どっちでもかまいませんが。漢字で書くと「寒疣」。僕個人の語感からすれば、こっちの方がずっと気持ち悪くてネガティブですなぁ。イボですからね(笑)。
    なのでポジティブには「鳥肌」、ネガティブには「サブイボ」と使い分けたいというのが本音です。

    そもそも、ネガティブ場面でもポジティブ場面でも「鳥肌立つ」現象というのは起こりうるわけで、それをネガティブ場面でだけ使用しろ、というのでは、ありのままに描写しようとする写実主義的観点からは日本語の不備、言葉不足を指摘されてもしょうがありません。じゃポジティブ場面では何て言ったらいいんですか。
    そこで、ネガティブな場面においては「鳥肌」を見限って、「サブイボ」を導入すればいいのではないだろうかと。言語の使用形態の伝統を捨てるという抵抗意識はあるでしょうが、日本語を重層的にしていくために多少のブレは容認するという考えで。いい大人が何歳になっても「鳥皮は気持ち悪い」などと好き嫌いを言っていては子供にしめしがつきません。

    しかし、「サブイボ」は関西弁だと推測され、これを全国展開しろとはさすがに厚顔な僕も言いにくい。「サブイボ?なんだそれは?」と言われそうですから(汗)。
    ですが、関西圏以外でもサブイボは通用するようですね。たいていの人は分かってくれます。驚くことに桜井和寿氏も使用しています(笑)。

      僕らは夢見るあまり彷徨って
      大海原で漂ってさぶいぼたてんだウォーウォーウォー
                        Mr.Children「光の射す方へ」 

    桜井さんは、調べますと東京都練馬区出身ということ。関西に所縁でもあるのかしらん。
    いずれにせよ、この曲はオリコン1位も記録し、かなりの人の耳には届いているはずです。面白い。みんなサブイボ使おうよ(笑)。

    ところで、書いていて思い出したのですが、「鳥肌」「サブイボ」以外に「おぞげが立つ」という表現も聞いたことがあります。これも方言なのかな?よくわかりませんけれども、これはネガティブ場面のような気がします。「怖ろしい毛」の転化なのでしょうか。そうであれば、これは毛穴が収縮することだけの描写ではなく、明確に意識が入った言語であると言えるでしょう。だとすれば、これはポジティブでは使用できない。「感動して怖毛が立った」ではおかしいことになりますから。
    まてよ、「おぞげ」は「怖毛」ではなく「怖気」かな?
    「怖気」であれば「怖気付く(おじけづく)」ですが、ちょっと辞書検索してみますとありました。(→goo辞書)。ああ、「おぞけ」か。「おぞけを震う」って確かに言いますもんね。しかしおぞげが立つとはちょっと違うかもしれません。
    ああ迷宮に入りそうだ(汗)。こういうときのお助けサイト、ほべりぐを見てみましょう。このページには「鳥肌が立つ」があります。ええっと…。
    あったあった。「おぞげが立つ→名古屋弁」
    ほべりぐは絶対正しいとは言い切れませんが、注釈に「ぞぞげが立つとも言うが、今は余り聞かない」とも書かれています。ぞぞげか。ゾゾっとくる感じが出てますなあ。
    全国的には「鳥肌」「寒疣」「おぞげ(ぞぞげその他含む)」系統の他に「ぞんぞ」というのもあるようです。「ぞんぞがつく(鳥取)」「ぞんぞがはしる(徳島)」など。いやー奥深いな。

    話がそれまくって帰着点を見出すことが出来なくなりました(笑)。そもそもは、僕が「鳥肌が立つ」という表現を慣習と異なりポジティブに使用することに対する言い訳のつもりで書き出したのですが、だんだんどうでも良くなってしまいまして(汗)。
    しかしながら、これ以上書くと方言の深みにまたはまり込みそうなのでこのへんで止めます(笑)。

    このエントリーをはてなブックマークに追加 Check


    | 2008/12/07 | 言葉 | 18:04 | comments(8) | trackbacks(0) |

    日本語の柔軟さと日本文化の価値

  • 2008.06.07 Saturday
  • 前回記事にしたように、カタカナ語氾濫のこの世の中にはついていくのが大変です。これは僕だけじゃなくてみんなそう思っている。なので国立国語研究所は外来語委員会を設けて、「外来語」言い換え提案を出しています。
    ただ、この動きについては有難いことですし素直に評価したいですが、残念ながら「後追い」であることが惜しい。いまさら「マルチメディア」を「複合媒体」と言い換えようとしても無理でしょう。僕が会議で「複合媒体が〜」と言っても、「なんだそれは? マルチメディアのことか?」と逆に聞き返されるかも。言い換え提案はもはや辞書としての役割しか果たせないかもしれません。

    こういうのは最初が肝心なんでしょうね。
    思うのは明治、文明開化真っ盛りの頃です。日本に西洋文明がどっと入ってきました。科学技術分野を筆頭に、制度や学問をはじめ様々な分野で新しい概念が輸入されました。それを明治の知識人や教養人は漢学をベースとして、苦心惨憺して翻訳し新語を創りだしてきたのです。
    そも「科学」自体が明治の新語ですわね。こんなもん列挙に暇がないわけですが、「社会」「自由」「労働」「芸術」「哲学」「心理」「民法」「保険」「公園」「動物園」など、今和英辞書に載る大半の名詞はこの頃に創られた言葉かもしれません。昔の人は偉かったなあ。
    おかげで僕たちは、「社会に労働者の自由を!」と言う時に、「ソサエティにワーカーのフリーダムを」と言わずに済んでいるわけで。一億総ルー化しなくて本当に良かったです。
    それに比べて現代の知識人は手抜きが多すぎます。政治家などは本来一級の知識人であるべき存在ですが、簡単に「マニフェスト」と何も考えずに言って憚らない。もっとアタマを使え、と言いたいですね。横文字ばかりの政治家は教養が足らんのです。
    今の子供は英語教育を受けているので、どうしても翻訳新語を作らなければならなかった明治初期とは違う、との意見もあるでしょうが、そんなの言い訳にも聞こえます。
    ある程度人口に膾炙してしまえば、後追いになっちゃうんです。それは歴史が証明しています。戦時中「敵性言語」として英語が排除され、野球でストライクを「良しっ」とか「いい球一本!」などと言い換えたという話はよく聞きますが、定着しませんでした。後追いはダメなんです。
    つーことは、外来語が今後もどんどん増えるのでしょうな。ついていけないぞ(汗)。

    そもそも外来語というものが何で日本にこんなに多いのか。外国にもそりゃ外来語はあるでしょうし、「samurai」「zazen」「sushi」が世界に飛び出したことも知っていますが、推測ですが日本語にはやたらに多い。
    それは、日本語が膠着語であるということがひとつの原因なんでしょうね。欧米言語のように語順であらわす言語ではなく、語順関係なく「てにをは」を使って次々と言葉を繋ぎ合わせていく言語は、なんでもかんでも取り入れやすい。
    そして実際に取り入れたのです。最初に接触した西洋文明であるポルトガルからはパン・タバコ・コップ・カステラ・カルタ等々。こんなの対応する日本語はないです。次にオランダからポンプ・ペンキ・スコップと。そして明治、英語は言わずもがな、フランスからロマンだのアベックだのフィアンセだの(恋愛関係か?)、ドイツからアルバイトだのカルテルだのシュプレヒコールだの(労働者ぽいか?)。
    こう書いていて分かりますが、カタカナという存在も見逃せませんね。本来カタカナはお経の読みの振り仮名から発展したものですが、これが外来語にうまく合った。
    ここからひとつのことが見えてきます。何故カタカナを外来語に使用するか。そもそもお経というものも外国語であったからではないでしょうか。

    「経典」これは「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時〜」と漢字ばかり。つまり中国語ですな。漢字ってのは本来、外来語であるわけです。
    そもそもひらがなやカタカナも漢字から由来しているわけで、文字の成立から日本は外国語に頼っているわけですが、そこまで言及してしまうと大変ですのでひとまず措きます。
    日本での文章表記というものは、かつては漢語は漢語、和語は和語でした。外国語だという意識がかつては濃厚だったのでしょう。使い分けています。

     古天地未剖 陰陽不分 混沌如雞子 溟篌含芽

    これは日本書紀の冒頭ですが、つまりこれは外国語で書かれているわけです。当時の人がこんなふうに話していたわけではないでしょう。これを日本語で読もうとすれば、返り点を打ち読み下さないといけません。古(いにしえ)天地(あめつち)いまだ剖(わか)れず〜とですね。
    対して万葉集は、表記こそまだひらがながまだ発明されていなくて万葉仮名(漢字)であらわされていますが、中身は和語(本来の日本語)です。

     東 野炎 立所見而 反見為者 月西渡

    歌聖柿本人麻呂の短歌ですが、当時もしもひらがなが発明されていれば、当然人麻呂はこう書いたでしょう。「ひんがしの のにかぎろひのたつみえて かへりみすればつきかたぶきぬ」と。ここには漢語は全くありません。和語です。つまり、音読みする漢字は無い。

    ひらがなが発明されて後も、古今和歌集など日本文学のほとんどが和語であらわされています。日本語である以上当然のことです。しかしながら、インテリ層は漢文に非常に親しんでいます。僧侶などもほぼ経典は漢文ですから、日常会話に漢文が混じってくるのは否めない。今で言うインテリが横文字を使いたがるのと同じ感覚なのでしょうか。そうして外国語である漢文が日本語に取り入れられていきます。

     いづれの御時にか、女御更衣あまた侍ひ給ひける中に、いとやむごとなき…
     
    有名な源氏物語の冒頭ですが、この中で「女御」「更衣」は漢語です。ついに日本語に外来語が入って来たか。しかしまあこれは役職名でありますし、特例とも言えるでしょう。「めづらかなる稚児の御容貌なり」などと出てきてドキリとしますが、これは御容貌をゴヨウボウと読むのではなく「おほみかたち」と読むのでしょう。まだまだ和語で通されています。
    しかし、徐々に漢語は浸透しているようです。時代は移り鎌倉時代になると、

     祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響あり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理を…
     
    ご存知「平家物語」ですが、外来語だらけですな(笑)。しかし後世の僕などから見れば実に美文であると思えます。当時の人はどう思ったのでしょう。外来語だらけのハイカラな文章だと思ったのでしょうか。まさか「エクセレントのフードをイートした」と同じ感覚であったとは思いたくないですが(汗)。

    こうして考えると、現在外来語、そしてまだ外来語ともなっていない横文字が謳歌しているこの現代の言葉をややもすれば肯定したくなってしまいます。中国語である漢字を取り入れた歴史があるのなら、西洋語をまた取り入れることも時代の流れ。「マニフェスト」も「アセスメント」もいいのではないのかと。
    しかしながら、漢字は「表意文字」であるところがミソなのですね。「艶」という字に和語は、あでやか、つややか、なまめかしい、いろめく、はで、などの意味を込めます。こうなると表現が豊かになるのですね。逆に和語で「おもう」という言葉を「思う」「想う」と書き分けることも可能になります。込める気持ちが変わってきますね。そして日本語は重層的になるのです。
    洋語による外来語にはそれが無い。表音文字でしかありませんし、味も素っ気も無い。無理して言えば「アベック」よりも「カップル」の方が若い恋人同士の感じがする、とか言えるかもしれませんが、こんなの時代と共に淘汰される感覚でしかありません。

    じゃなんで味も素っ気もない「マニフェスト」なんて言葉を使いたがるのか。
    結局、使えばカッコいいということに尽きてしまうのではないでしょうか。前回、それについて「阿呆ですね」と僕は書きましたが、どうして横文字はカッコいいと思うのか。
    大野晋氏の「日本語の年輪」という名著がありますが、その中に金言があります。
    概要は、まず「アイディア」という言葉の頻出についてなんですけど、そのアイディアとは和語の「思いつき」と同じこと。漢語では「着想」ですね。これらは同じ意味であるはずなのに、
    今日では、オモイツキといえば、ちょっと小さな趣向。着想といえば、もっとしっかりした考え。アイディアとは、さらに新鮮な、鋭い感じをあたえ、いっそう価値のあるものを表現するように思われている。
    四十年以上前に書かれたものとは思えない鋭さです。そして、同じ意味なのにどうしてこのような位置づけになってしまったかということについて。つまり、和語の分かりやすい単語「おもいつき」の値打ちが下がり、漢語が上位に、さらに西洋語が上に来るという現実についてなのですが、それは、日本人が自分の力で作り出す文化に自信がなくなり、自分で考える力を失って、借り物で人に誇る気持ちを深く持っているからではないかと説かれます。うーむ。
    日本語だけを大切にしようと思ってもそれは駄目で、日本文化を自力で開発する気持ちにならなければ、日本語は下落をつづけて行くに相違ない。
    そのとおりだよなあ。
    この四十年以上前の言葉は予言でしたね。残念ながら日本語はその後も下落し続けています。日本文化は発展を止めてしまったかのように。
    先頭に立つべき政治家がアレですからもう末世だ、と言うのは易しなのですが、人のことばかりを言っている訳にはいきませんなぁ。自分も日本語を使うものであるとすれば、その末端を担っているのに間違いはないのですから。僕も日本語が好きですからねー。

    しかしながら、ですよ。大野晋氏が言う「アイディア」の問題について、僕は「予言でした」と書きましたけれども、そうでない側面も少しづつ見え始めているようにも一面思えるのです。
    例えば、「リスペクト」という言葉をよく聞きますし僕も便利ですから使用したりします。ですがこれは、「うやまう」という和語、また「尊敬」という漢語に対して少し手軽な印象を与えます。軽い敬意、でしょうか。また最近では、いわゆるパクリを「リスペクトだ」と強引に言う人たちも現れて、また値打ちが下がった。これは面白い傾向だと思うのですね。政治家らは日本語の価値を下げることばかりやっていますが、庶民の間ではまた違う傾向が出てきています。
    さらに「ルー大柴語」です。ここでは横文字を完全に茶化しています。そして、その横文字を使う人たちを嘲笑している。これは面白いことだと思うのです。日本人も捨てたものではない、というところでしょうか。少し歯止めをかけたいという意識があらわれてきているようにも思えます。

    長く書いたわりには結論めいたことはありませんけれども、言葉は考えながら使用していきたいとの意識は持ちたいなということでしょうか。とにかく、もう安易に「コーヒーはブラックがデフォルト」なんて言わないようにしよう(汗)。
    このエントリーをはてなブックマークに追加 Check


    | 2008/06/07 | 言葉 | 12:18 | comments(8) | trackbacks(0) |

    ルー大柴と外来語

  • 2008.06.06 Friday
  • 先日、ルー大柴氏がTVに出ていたのを笑いながら観ていたのです。「トゥゲザーしようぜ♪」というやつですね。まあよくもあそこまでアホな翻訳(翻訳と言っていいのか?)を次から次へと出せるなと感心していたのです。芸なんですな。キャラクターも凄いけど。
    真似してみようと思いましたが、素人にはあそこまでは無理なので、サイドにフィーチャーしているブログパーツのラングエイジのチェンジシステム(ルー大柴風?)に「ルー語」を加えてみましたが、これは語彙数の不足であまりうまくいかない。んで、あちこち探してみましたら、ルー語変換というサイトがありました。
    ここにこのブログを当てはめてみましたら、こんなふうになりました。→コウルド太郎亭日乗
    「凛」が「コウルド(coldか?)」とは。何でそうなるのかよく分かんない(汗)。ヘッダーに載せている都都逸も「ポピュラーを追ってリブしてくことはとうのフォーマーにギブアップした」ですからすさまじい(笑)。
    ※追記:辞書引きました。「凛」には元々寒さ厳しいという意味があり、そこから身がひきしまり、勇ましくキリリとした意味合いになっていくわけですな。ルー語変換偉いっ。勉強になりました。
    この「ルー語」の元祖は多分長嶋茂雄氏なのでしょうね。あの人はすごかった。「メークドラマ」なんて流行語も生み出しましたしね。

    こういうのは笑って観ていられるのですが、最近はそれでなくても横文字ばかりで。本当に困ります。カタカナだらけだ。僕も最初インターネットの世界に足を踏み入れたときは困りましたよ。「ネット」「ウェブ」という言葉からして馴染みがありませんでしたから。「サーバー」「リンク」「ログ」「レス」「テンプレ」「アカウント」「キャッシュ」「クッキー」etc. 今では慣れましたがね。慣れたばかりかつい使ってしまう。
    「僕はコーヒーはブラックがデフォルトですから…」
    言った後でしまったと思います。なんで「コーヒーにはいつもは何も入れません」と言えないのか。さっき「本当に困ります」と言ったばかりなのに舌の根も乾かぬうちにまったく。でもこれが何の違和感も無く通じてしまったりして。
    「default」とは「怠慢、不履行、欠席」の意味ですわな。これが「既定値」の意味に特化して使用される。「デフォ」と省略までする。新外来語と言えるのでしょうか。

    そもそも外来語って何だろうということをふと考えてしまうのですね。外来語の概念って何だろうかと。辞書的には日本語以外の言語から由来して日本語に取り入れられた言葉ってことなんでしょうけれども。
    ルー大柴氏がバンバン放つのは外来語じゃないですわな。普段使わない言葉ですから。エクセレントのフードをイートしたなんて普通は言いません。最高に美味いもん食べた、ですわな。だからルー語はギャップが生まれて面白いわけですし、エクセレントのフードなんて言葉が将来的に定着するとはとても思えない。この「定着」が鍵ですね。
    或いは「言い換えが利かない」ということもあるでしょうか。ウェブは「網」ですけどそう訳したって意味不明。そして「言い換えは利くけどかえって難しくなる」とかね。デフォルトは「既定値」なんですけどそう言い換えたって意味わかんない、とかの意見もあるでしょうから外来語になる可能性がある。

    そうなると、例えば政治家が使う横文字なんてのは愚の極みであるような気がします。「マニフェスト」なんて旧来よりの「政権公約(宣言)」という言葉とかを使ってくれたほうがずっと分かりやすい。アセスメントだのマジョリティーなどと面倒くさい。インフラ、なんて省略しちゃったりして。これは結局「ルー語」なんですね。いやそう言ってしまえばルー氏に失礼だな。ルー氏はせいぜい中学生英語までを使用して誰でも分かる(だから笑える)用語しか使われないですから。
    結局「煙に巻く」ために使用しているのでしょうかね。言語明瞭・意味不明瞭なんて言葉が昔ありましたがあれの延長線上かな。それとも本気で「カッコいい」と思って使用しているのかしらん。阿呆ですね。

    と、こうして政治家を馬鹿にして話が終わればブログらしいのですが、僕はどうも違う方向にアタマが向かってしまうのです。「政権公約」「言語明瞭」「延長線上」なんてのも本来は外来語じゃないの? という視点。しかしそれについてグダグダ言い出すと無限に延びそうなので次回に続く、ということにします(またかよ)。
    このエントリーをはてなブックマークに追加 Check


    | 2008/06/06 | 言葉 | 23:10 | comments(8) | trackbacks(1) |


    CALENDER

    S M T W T F S
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    28293031   
    << May 2017 >>

    CATEGORY

    ANOTHER BLOG

    メインブログ
    酒・旅・フォーク・歴史・プロレスをテーマにときどき更新


    ちょっと歴史っぽい西宮
    別館・西宮歴史探訪サイト
    凛太郎の自転車操業
    西宮地域ブログ

    PROFILE&BBS&MAIL

    自己紹介です。
    BBS
    掲示板です。
    Mail
    メール送信フォームです。

    NEW ENTRIES

    SEARCH THIS SITE.

    ARCHIVES

    RECENT COMMENTS

    RECENT TRACKBACK

    BLOG PARTS


    RECOMMEND


    MOBILE

    qrcode

    SPONSORED LINKS


    OTHERS


  • フィードメーター - 凛太郎亭日乗


  • ついったー




  • 無料ブログ作成サービス JUGEM