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  • 2016.12.30 Friday
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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    字がヘタで困る

  • 2012.01.15 Sunday
  • 小正月ということでね。もう一年も1/24が過ぎたのだ、とか考えますとまたどよ〜んとした気分になってしまいますので、そういうことは無視します。しかし、もはや正月気分なんて持っている人は皆無でしょうね。旧暦で祝う地域はともかくとして。
    昔は、小正月といえば小豆粥とか食べたものですよ。そのお粥に、鏡開きをした餅も入れて、子供は食べるときに砂糖を入れました(僕の生まれた家では)。そうすれば、お粥なのかぜんざいなのかよく判別のつかないものになってしまうのですが、これが案外旨くてですね、僕などは声変わりする頃になっても、つい砂糖を振り入れてしまったものです。
    もうずいぶん食べてないなー小豆粥なんて。

    ま、それはともかく。
    昨日少し時間があったので今年来た年賀状の整理とかやっていたのです。全くね、友達は年々減っていくのに年賀状の枚数は増える…といつもボヤいていたのですが、今年は増加が止まったかな、という感じがします。これは、定年などで付き合いが途絶えた方が何人もいたこと(しょせん上辺だけの付き合いだった、と言ってしまえばそれまでですが^^;)、また物故者も多かったこと、などが挙げられます。それに、プライベート含め新しく知り合った人で、若い人はもう虚礼廃止の方向ですしね。そのかわりメールの数は増えましたわ。
    メールなんてのはほぼ一斉送信ですから、何の感情もそこに介在しない。…と言ってしまえばあんまりですけど、これも虚礼ですね。あ、そう言い切ってしまうと問題があるな。もちろん、「凛太郎」宛に新年メールを下さった方は、虚礼とは全く思ってませんよー(汗)。
    そも、年賀状だってオモテウラ両方印刷、というのが昨今は普通です。ならば、一斉送信と同じですわな。
    ことにPCの普及は、宛名の印字において手書きを過去のものにしてしまいました。住所録さえ作っておけば、ソフトが印字してくれます。ワープロすら無かった子供の頃を思えば、今僕は未来に生きてるな、と思わざるを得ません。
    僕は小学校一年生以来、木版画を40年にわたって続けていますので一応オモテウラ印刷ではありませんが、宛名はここしばらくは、印字させていただいています。ラクですね。いや、楽と言うより、これは僕にとって救世主と言ってもいい機器でした。
    僕は、本当に字がヘタなのですよ。悪筆の部類だと思います。

    子供の頃から、この「字がヘタ」というのはずっとコンプレックスでした。
    不思議なことに、父母は実にきれいな字を書きます。そして兄は子供の頃から字の美しさを褒められ、その事で書道教室に通うようになり瞬く間に段を駆け登り、免状申請はしていないものの師範になれるそうです。習字の先生も出来るっつーことですな。それに対し、僕の字は何たることか、その筆跡が幼稚園からほぼ変わらないのです。
    いったいこれは、どういうことなんでしょうかね。どうして僕だけが。
    母親も心配し(オカンに心配されるほど字がヘタってどないやねん)、習い事はイヤだと僕が言うものですから、兄に「ちょっと字の指導をしてくれないか」と命じたようです。兄はここぞとばかり張り切って僕に字を教えようとしますが、子供の頃の男兄弟って、言わばライバルみたいなものなのです。兄に字を教わるなんて、当時の僕には屈辱以外の何物でもなく、反抗を重ねてその企画はポシャりました。以来、ずっとヘタなままです。今にして思えば、あのとき兄にアタマを下げていれば、とも思いますが…しかしそれでも上達したかはわかりませんしね。結局悪筆は、僕の数あるコンプレックスの中で今もベスト3に入っています(あと2つは拷問にかけられても言えない)。

    しかし、不思議なものだと思います。何故、字を書くことが上達しないのか。
    何事においても、経験というものは物事を上達させるものだと思うのです。キータッチが覚えられなくて最初は全く使えなかったパソコンでさえ、今ではブラインドでブログを書き込めるくらいになっているのです。料理だって運転だって伝票整理だって交渉事だって女性を口説くことだって、経験を積めばそれなりに出来るようになるものです。しかし、字を書くことに関しては本当に進歩がない。いったいどういうことでしょうか。
    昔は、今と違って本当によく字を書いたものです。学校へ行って勉強するということは、すなわち字を書くことだったように思います。ノートを作成し、練習問題を解き、試験を受ける。全部、字を書くことです。そして、まわりには「活字」というお手本が溢れています。活字(つまり手本)を見て書く、ということをどれだけやったか。しかし、うまくならない。どうしてなのでしょう。自分の名前さえ、きれいに書けないのです。
    おそらく、自分の名前に該当する漢字4文字の並びを、僕は世界で一番書いていると思います(さほど多くない姓と名なので、同姓同名は居ないと思うのですよ)。しかし反復をこれだけ繰り返してもちっともうまくならない。うまく書きたい、と思っていつも書いているのですよ。なのに丁寧に書けば書くほど、どこかバランスがおかしくなってしまう。
    これは、やはり「字をきれいに書く」というのは、美術的才能ではないのか。そう思えます。生まれたときから、字のうまい人とヘタな人は、選別されているのだ。そして我々は、悔しいかな下層民なのだ。
    なんでそこまでヒネくれるのかと言えば、字のきれいな人ってそれだけでもう知的に見えるのですよ。ちょっとしたメモ書にサラサラときれいな字を書く人は、絶対に皆「デキるっ!」て思うはずです。それにひきかえ僕は…。この幼児のような字だと、貫禄はもちろんのこと尊敬もされません。
    面と向かって、言われたこともあります。「凛太郎さん字がうまくありませんね」と。チキショー!!
    こういうとき、何といえばいいのか。僕はよく「ラファエロもエジソンもアインシュタインも悪筆だったと聞くよ。天才は字がキタないんだよ、ワハハハ」とか何とか言います。えっと、これウソです(笑)。もっともらしく言うので信じた人もいるかもしれませんが、これは出まかせです。天才は字がヘタ、なんて話があるわけがありません。
    もっとも天才は悪筆、ではありませんが、悪筆の天才、というのは存在します。
    例えばシェイクスピア。例えばナポレオン。例えばマルクス。例えばベートーベン。ベートーベンはかつて愛したテレーゼという女性のためにピアノ曲を書き下ろし奉げましたが、そのテレーゼという名前が悪筆のためにエリーゼと読み間違われ、その曲は「エリーゼのために」という名で定着してしまったという話があります。こういうのを実例として挙げれば、それはウソとは言い切れなくなります。
    しかしこれらは、アルファベットの世界。本来であればやはり漢字仮名混じりの日本において、悪筆の天才を挙げねばならないところです。ところが、これがあまり思いつかないのです(汗)。以前村上春樹のサインがwikipediaに載せられたときに「これは悪筆だ」と話題になったことがありましたが(→これ)、これでは証拠にはなりません。サインって、崩すものですからねぇ。
    鷗外、漱石、宮沢賢治、南方熊楠などが悪筆として名が挙がったりするんですが、ホントなのかなー。だいたい作家というものは、急いで書きますからね。なのでどうしても原稿の字は崩れがちだと思うのですよ。しかるべき場所でしっかりと書けば、悪筆とは言えない可能性もあるのです。宮沢賢治の字は見たことがありますが、そんなに悪筆でもなかったように思います。難しいな。
    例えば史上天才と言われる、聖徳太子や藤原不比等や吉備真備や菅原道真、あるいは柿本人麻呂や運慶や平賀源内や一休さんが悪筆であれば面白いのですがそんなこともなし。空海は大天才だと思いますが、その字はメチャクチャ評価が高い。三筆の一人です。「弘法も筆のあやまり」っつーくらいでことわざにまでなってますからなあ。
    こうして「デキる人は実は字がヘタ」という風説も雲散霧消してしまうわけです。はぁ。

    こういう僕に、ワープロというものの出現は本当に有難かったわけです。
    学生時代はともかく、社会に出てからは比較的早期から積極的に「ワープロ」というものに取り組みました。機械オンチの僕が、です。苦労しましたよ。でも、これは悪筆を隠してくれる救世主でしたから、がんばってやりました。以後、社会ではPCがあっという間に普及し、誰もがカチャカチャやる時代となって、字を書く機会が圧倒的に減りました。こういう世の中に感謝しています。
    でも、全てがワープロで済ませられるわけではなく。その済ませられないものの最たるものは、手紙でしょう。
    僕は、とにかく筆不精です。これを言うと、不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれません。オマエいつもブログとかに書けば決まって長文じゃないか。何で手紙は書けないんだ、と。これは、もちろんそれだけではありませんが最も大きな理由は、字の問題です。ヘタだから。
    若い頃、一度失敗したことがあります。ワープロに、縦書きで便箋に印字してくれる機能があることを知った僕は、それで手紙を打ち出したことがあります。僕のヘタな字よりもこっちのほうが読みやすかろう、と。それほど大した内容でもありませんでしたので、そのようにして手紙を打ちました。問題は、相手が目上の人であったことです。
    しばらくして、それに対する返事が来たのです。何と毛筆で(汗)。もう恥ずかしくて、穴があったら入りたい思いでした。23歳の苦い経験です。今でもギャッと叫びたくなる(笑)。
    以来、手紙だけは肉筆にしています(当然だ)。
    ということで、このペンを持つことが昔と比べ極端に少なくなった時代、最も"書く"機会は年末の「年賀状」であるのです。
    宛先も、今は印字していますがつい最近までは書いていました。10年くらい前から印字が圧倒的になってきたとは思うのですが、しばらくは小心者なので様子見をしていました。踏み切るのには勇気がいりましたよ。若い頃の苦い経験もあるので(笑)。それでも、裏には何かは書かなくてはいけません。出来るだけ余白が少なくなるよう版画を彫っていますが、何も書かないわけにはいかない。てなわけで、ヘタながら一言は入れます。ふぅ。うまく書こうとすると、時間がかかるんだよなあ。けれど、時間をかけたからといってうまく見えるわけでもなし。イヤだなーこの季節。
    年賀状の整理をしていますと、字のうまい人って多いのですな。僕より若い人でも、えらく達筆な人がいる。単純に「うらやましい」と思います。努力もせずに何を、と言われそうですが、これは才能だと僕は思っていますので。
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    | 2012/01/15 | 雑感 | 19:39 | comments(4) | trackbacks(0) |

    最近のネットライフと生誕祭と酔鯨と

  • 2011.11.15 Tuesday
  • ここしばらく、つーてももう一年近くになるかもしれませんけれども、生活を朝型に変えています。夜は比較的早く寝て、朝は夜明け前から起きています。生活のリズムとして、安定してきたかなと思います。
    これには、諸般の事情があります(そりゃそーだ)。
    ホントいろいろな要因があるのですが、ここで書けるだけのことを書くと、まず歳をくって朝早く目覚めてしまうということ。これってどういう身体のシステムなんでしょうね。たいてい年寄りってーのは早く起きますな。その仲間入りをしたということですね。
    さらに、昨年今頃から(もう一年経つか)、ダイエットをしていたということもあります。このダイエット、基本的には空腹です。さらに夜遅くまで起きていると異常に腹が空くんです。もちろん忙しいときは22時夕食、23時就寝、なんてこともあって「食べてすぐ寝るとウシになる」ことの恐れはあったのですが、それよりも「夜食の誘惑」の方が怖いのでさっさと寝てしまう。それが習慣化したということもあります。
    そして、本来その日のうちにやらなくてはいけなかったことは、朝にまわす。案外効率的だったりもします。

    それにしたがい、ネットライフも変わりました。
    今までは、メシ喰って酒呑んでそれからネット、というのが恒例でした。酒呑むことで一日のいろんなことを忘れ、そして、酒呑んだ勢いで「凛太郎」という別人格になってあーだこーだとネット上でクダをまく。乱れていたといえば乱れていたかも。
    しかし昨今、夜に凛太郎に変身することは、なくなりました。ほぼ。
    といって、ネットから離れてしまったということもなく。早朝にカチャカチャとキーボードを叩いていたりします。
    ネットに入りこむ、ということは実際面白いことです。今になってもそう思う。なので、昔はキリがないことがしばしだったのです。えっもうこんな時間か。そして睡眠不足。若いうちはいいのですが最近はそうもいきません。しんどい。
    ところが早朝だと必ず「終りの時間」というのが存在するのです。いつまでも座ってはいられません。そこが、利点。
    現在、僕のネットでの主たる動きは、市内歴史散策サイトを書くことです。これは、シラフでもできます。いやむしろシラフでないと問題が出てきたりします。以前のようにウイスキーのオンザロックを片手に、昔旅したことや恋したことを夜中に思い出して泣きながらキーボードに向かう、なんて所業はとんでもないことです。感情は出来るだけ抑えなければなりません。
    というわけで、ブログ書いたりなんやかやは、朝とそして休日時間があるとき。

    ただ、そうなるとブログの更新ってのは、とどこおるのですね。これが。
    歴史散策サイトは、とにかくもくもくと書いてます。1〜2週間に1編がせいぜいですが、ことに最近字数がやたら増えてきて(僕にすればいつものことですな。歴史は繰り返す)、毎日のように書いても出せるのは月に3編がいいところです。それ以上は、無理。
    最近それだけでなく、さらに枝ブログもありまして(笑)。これ、SNSなんです。西宮市の。僕は以前からSNSは苦手だからやらない、と公言してきたのですが、ちょっと歴史散策サイト書く上で必要性が出来て、会員になってます。でもただ会員になっただけで、そこで記事書いたりすることはしないつもりだったのです。が、先週から行きがかり上少し書いています。
    こういうのね。→その1その2その3その4その5
    SNSでメンバーにならないとコメントは入れられませんが、誰もが閲覧することは出来るんです。でも、必要にせまられないともうここには書かないとは思いますけれどもね(汗)。書きにくいんですよ。タグ使えるのと使えないのとあったり、何よりひと記事4000バイト制限で。リンクも何も入れず改行もなしでひたすら書いて2000文字書けるかなぁ、くらいの量で、僕がそういう場所で書けるわけがない。上リンクだって、一回で書ける内容を分載してるんです。ややこしいですねそういうのは。
    そんなことをやっていたら、このブログと某メインブログは本当に更新が滞りまして。
    某メインブログは、書く時間がなくても愛着はあり、途絶えさせたくはないので、月に一回だけ「うたと思い出」の話を必ず書くことにしています。これは、もう年内はそれでいこう、と最初から決めていました。時間が無限にあるわけではない。
    と、そんなふうに計画を立ててしまうと、それにむけて僕は書くわけです。ひと月かけて。そうすれば、案外書けるものなんです。締め切りを自らに課すようなもので。
    ただ、凛太郎亭はねー。このブログは本当に行き当たりばったりでしたからね。思いつきでずっと書いていたのですけど、思いつかなくなった(笑)。
    いや、ネタはいくつも思いつくんです。先だっても、キラー・カール・コックスが亡くなった。ブレーンバスターの元祖です。最近のプロレスでは「垂直落下式」というのが流行っていますけれども、そんなのをずっと前からやっていて、とてつもない必殺技でした。ただ、現在の「垂直落下式ブレーンバスター」というのは、コックスから継承された技ではないのです。コックスは、相手を垂直に掲げ上げて、そのまま自らが崩れ落ちるような形でまっすぐストンと落とす。しりもちをつくように。強烈です。この技の後継者はただひとり、ディック・マードックしかいなかったのです。しかし、マードックは先に逝ってしまい、ここに最強のブレーンバスターの系譜は途絶え(以下略)。
    こんな話は無限に続くのですが、やめます。
    こういう「無限に続いたら困るネタ」あるいは「時事」「ふとした気付き」「小声でこっそり訴えたいこと」「ひと記事使うにはアホらしい話」などはたくさん出てくる。そういうのを、3行で書いて20コくらいまとめたりしていました。あれは、すぐ書けてラクです。なので、またやると思いますけどね。
    しかし、まとまったものはなかなか書きにくい。そんなことが続いています。

    おっと…いかんいかん。
    お気付きかとは思いますが、今日は酒呑みながら書いています。
    前回の追悼記事も呑みながらであったため、オマエ酒呑みつつ書くのはいつものことだろ、と僕は思われがちなのですが、実は最近はそうじゃないんだよ、とだけ書きたかったのです。ところが、またダラダラと書いてしまった。これも酔ってるから(?)なのです。推敲したり整理したりするのは面倒なので、このままいきますけど。
    何で呑んでいるかと言えば、本日は坂本龍馬生誕祭であるからです。

    11月15日。龍馬はんの誕生日であり、命日でもあります。
    正確には、何とも言えませんけれどもね。旧暦ですので、実際にはズレもあります。命日は今で言えば12月になります。寒い日でしたからね、あの日は。そして誕生日に至っては、暦の問題ではなくさまざまな説があって。昔の話ですからね。戸籍もありませんし出生届もない江戸時代。
    これは、奥さんのおりょうさんの「確か斬られた日と誕生日は同じでした」という証言を基にしていて、「竜馬がゆく」で司馬さんがこれを採用したことで一般的になったのだと理解しています。
    細かいことを言えばキリがないのですが、忌日とはしたくないので誕生日であるということにして、11月15日を祝おうと思っています。全国に800万人居るとも言われる坂本龍馬リスペクトのみなさん、共に乾杯しましょう。
    太宰治もそうですね。命日は6月13日ですが、玉川上水で遺体として発見された日と、誕生日が6月19日なのでこちらを「桜桃忌」としています。青森ではやはり忌日としてではなく生誕祭としているようですね。それはともかく。
    若い頃から、この日は特別の日として酒呑んでます(いつもじゃないか、という話はさておき)。所帯を持ってからはカミさんを巻き込むことにしています。
    結婚した頃の話。

    「明日は龍馬はんの誕生日でもあり命日でもある。なので、宴会をするから軍鶏鍋を用意してくれ」
    「?????」

    いきなりそう言われても何のことかはわかりませんわね。ここ何年かはコミックス「お〜い竜馬」を読ませたり高知に連れていったり墓参りをしたりして徐々に洗脳に成功しつつありますが、当時は「何言ってるのこの人は」てなもんでしょう。
    軍鶏などすぐ手に入りませんから、ただ鶏肉を買ってきて鳥すきにして食べたような記憶が。もう17、8年前ですなぁ。

    「この日は軍鶏を食べるんがええんや。龍馬はんはあの夜、軍鶏鍋を食べよう思てはった。そやけど、暗殺されて食べられへんかったんや。そやから、ワシが代わりに食べるのもまた功徳っちゅうやつや(涙)」
    「あんたが代わりに食べても関係ないじゃないの。ただ食べたいだけじゃない」
    「何言うてんねん。そもそもやなぁ、ワシが(以下略)」

    何かクドクドと語ったようですが酔ってたのでしょうな。
    翌年、やっぱり「軍鶏鍋を」という僕。カミさんは何を勘違いしたのか、違うものを買ってきていました。

    「物産展に行ってきたのよ。滅多に手に入らないものよ〜」
    「軍鶏とちゃうんかいな。何買うてきたんや」
    「やまどりよ」
    「山鳥?」
    「雉よ!」

    まさか生誕祭に雉鍋を食べるとは思いもよらぬことでした。ガラでダシをとり、醤油ベースで芹や葱と一緒に食べます。
    これが、またなんとも滋味溢れる味わいで。
    少し肉は固いのですが、噛み締めるとぐっと歯を押し返してくる弾力とともに、じんわりと旨みが染み出してきます。そしてダシが絶品。馥郁たる香り。少し山椒を振るとまたいい。うまい…。
    ははぁ、雉って初めて喰ったぞ。オマエの田舎(津軽)ではよく食べるんか? よくは食べないけど食べたことはあるんか。ふぅん。うらやましいやっちゃな。
    結構その日はうまい酒を呑んだ覚えがあります。あまり龍馬はんとは関係はありませんが。

    以後、あまり何を食べるとかはこだわらなくなりました。ここ何年かは、カツオのたたきを食べることにしています。うまいですね。ダイエーとかヨーカドーで100g98円とかで売ってる解凍モノのやつだそうですけど、うまいですね。酒呑むのはこれがいちばんいいかもなぁ。翌日が気になる場合は生ニンニクを控えますが、ネギ、ショウガ、茗荷、大葉などを添えて。そして、カツオをわしっと食べては、冷や酒を湯呑でぐっとあおります。日本男児ここにあり、という感じがしますな。
    食べ物が適当なかわりに、酒は高知の地酒を選ぶことにしています。今年はこの日のためにとっておいた「酔鯨」です。高知市内唯一の蔵元として名高い「酔鯨」。うひーたまらん。痛飲放恣を極む、というやつです。

    とまあ、こんなふうに自己満足で過ごしてきた11月15日でしたけど、何年前からかな、ネットに入り込むようになって、仲間も出来ました。ここ数年は、最後はPCのディスプレイに向かって呑むのが吉例となっています。ブログ「海援隊始末記」を編むヒロリンさん、そしてjasminteaさんとオンライン上で乾杯を交わすことにしています。
    お二人とも、長くお付き合いをさせていただいてますが、最近は寡作になられました。これには様々な事情がおありになられることは承知していますが、ちょっと寂しい。でも、お二人とも今日はオンライン上におられます。今年も乾杯が出来て、よかったな、と。
    なんかねぇ、振り返ると僕もネットに棲息して長くなったなとしみじみ思うわけです。僕のネット上のIDは、多少の違いはあれ基本は「p_lintaro2002」ですが、これつまり、僕が凛太郎を名乗ってネットでなにやら書き出したのが、2002年であるということですよ。もう10年経ったんだ。
    ネットの世界は、刹那的です。僕などは完全にリアルと切り離していますので、余計にそう感じるのかもしれません。10年前に知り合いだった人たちは、今どうしているのでしょうか。ネットから足を洗ったのか。それとも、HNを変えてツイッターでもやってるのか。おーい、僕はまだ凛太郎のままでいるよ。みんな元気か〜。
    そうした中で、ネット上でこうして坂本龍馬生誕祭を祝うのも、多分7回目かな。こういうの、いつまでも続けばいいのになとしみじみ思います。ではもう一度、乾杯。

    うは、今日は夕食時の晩酌に留まらずまだずっと呑んでいるので、酔っ払ってきた(笑)。
    こんなふうに酔うと、僕は止まらなくなるんです。とめどもなく書いてしまう…。これ、明日読んだら赤面するのでしょうね。でもまあ、たまにはいいか。
    以上、坂本龍馬生誕祭のつもりが、話の着地点も見失い漂ってしまった話。
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    | 2011/11/15 | 雑感 | 23:57 | comments(8) | trackbacks(0) |

    地デジ云々話の顛末(恥)

  • 2011.07.27 Wednesday
  • 7月24日正午に、TVの地上波アナログ放送が終了し、東北3県を除いてはデジタル放送一本になりました。
    これについては、僕も以前から批判的見解を持っていまして。そういう話をチラチラとここでも書いたことがあります。しかしその「批判的見解」というものを「利権」「儲けるヤツがいる」「難視聴地域切捨て」「徳島あまりにも気の毒」で語ると実に生臭くなるので、自分の生活に即してだけ考えますと…。
    僕は今まだ昔買ったブラウン管TVを愛用しています。こういうの、壊れてもいないのに取っ替えるのってもったいないじゃないですか。
    こんなのはTVに限らず何でもそうですよ。電化製品に限っても、いくら性能の良いものが出てきたからって、それまで使ってきたものがまだ動くのにそれを廃棄して…とまでは思えない。「もったいないオバケ」というお化けの存在を僕らの世代であれば知っている人が多いと思いますが、まさに「モノを大切にしよう」が刷り込まれていまして、いくら「そんな古いケータイよく使ってますね」と言われようが壊れなければ取り替えない。なので、我が家の電化製品はみな相当に古くなっています(先日洗濯機は壊れて買い替えましたが)。使えるのに捨てるのはやっぱりもったいないんだもん。それに、今は捨てるのにもカネがかかるんでぃ。
    で、まあ2011年までに壊れたら、対応しようと思っていました。でも、TVはずっと元気でここまで来てしまいました。録画機器も同様。うちはまだDVDでもブルーレイでもなく、もちろんHDDもついていない「ビデオデッキ」が現役です。これ、壊れないんだな(笑)。
    よく「そんな画質で我慢できるな」とも言われるのですが、画質ってホントどうでも良くてね。音質もそうなんですが、どれだけ劣化していてもあまり気にならない。昔のカセットテープも、伸びてなければ平気で聴きます。その劣化すら郷愁に転換させるという必殺技を僕などは持っていたりするわけでして。

    で、どうしようか。変換チューナーを買えばいいんだろう。それで対応しようと思っていました。昨年くらいまでは。そういう余計な出費を強いられるのも全くのところ業腹なのですが、致し方ないのか、と。
    しかしながら、今年になってその考え方に変化が。
    もうTVはいらないんじゃね、という思いが強まってきたんです。
    僕は子供の頃は、相当なテレビっ子だったと思います。ずっとTVを観ながら育ってきました。
    ただ、成人する頃からあまりTVを観なくなってきました。これは、他のことでもっと楽しいことが数多く増えてきた結果だと思います。さらに社会人になってTV離れが加速しました。忙しかった、というのもありますが、若い頃に赴任した場所に民放が2局しかなかったということもありまして。プロレス放送してないのだものなぁ驚きましたよ。だもんで、何年かはほとんどTVを観ない生活が続きました。まあね、夜はほとんど外で呑み歩いていましたから、実質的に家ではほぼ寝てるだけ、という毎日でしたのでね。
    この状態は、所帯を持って少し揺り戻しがきます。夜は家に帰りますしね。で、食卓にはやっぱりTVが。その頃になりますと住んでいた地方でもTV局が増えて、選択肢も出来たということも大きな要因かと。
    で、そんな感じで推移したのですが、ここ数年はまたTV離れが進みまして。それは「観たい番組が少なくなった」ということなのですわ。あくまで僕にとって、ですが。

    TV番組の柱というのは、報道とドラマとバラエティなんでしょうかね。
    そのうちドラマというのは、もう数年来観ていません。大河ドラマとかもチラっと観ようとするのですが必ず挫折。根気が持たないのです。たいていのドラマはワンクールで12本くらい。つまり12時間拘束されるわけです。映画ですと2、3時間で済むのに10時間以上も観てられません。昨今は映画もダメになってきた。齢なんでしょうかね。鑑賞のスピードの主導権を相手に握られるのがイヤなんだな。物語を咀嚼するスピードというのは人それぞれで、書籍であれば自分の自由です。じっくりと噛み締めたい、言葉ひとつひとつまで拾いたい時もあれば、読み飛ばしたい速読したい場合もある。題材によりそれは自由。ところが映像は全てお仕着せ。それが我慢できなくなってきているのでしょうね。そんなに気が短い性格じゃないとは自分で思ってるんですが。
    バラエティというのもね。どれも同じに見えてきまして。飽きてくる。そもそもそれほど多くは観ていなかったのですが、さらに減って。「あ、これ来週から観なくていいや」「これもう観るのやめよう」で、最後まで残ったのは「どうでしょう」と「タモリ倶楽部」くらい。
    音楽番組は基本的には観ていたのですが、それも…。MステとCDTVくらいは、と思っていたのですが、聴きたいうたが無くなって(汗)。いいうたはおそらくまだたくさんあると思うのですが、そういうものはラジオなどでないと出逢えないようになりました。これも地デジの弊害じゃないのかな。4:3から16:9になって横幅が広がり、とにかく出演者は多人数グループ優先になった、という話を聞きます。僕はビジュアルより音楽を優先したいので、集団でないとダメってことはありません。質がいいものを聴きたい。
    あとは報道、なんですが、報道はこの震災以来ヒドさが炙り出されたように思ってしまいます。大本営発表というのは十分に現代でも起こりうることで、見る目を研ぎ澄まさなければいけなくなりました。これは、新聞でも週刊誌でもネットでも同じことですが、少なくともTVは、その判断の邪魔になるのかなあ。見ないほうが世の中のことがわかりやすいかも。で、ニュースを見なくなり。
    最後に残るのは、スポーツ中継なんですよ。僕はとにかく何でも観戦好きでして。興味ないのはゴルフくらいかなあ。
    しかし、その聖域のスポーツ中継すら…。野球のつまらなさは報道のせいではなく自業自得としても、その他は報道姿勢を疑うようなものばかりでもうイヤになってしまいまして。
    実況は、音声を消せばいいんです。しかし、映像すらうつしてくれないようでは。世界フィギュアのあまりのヒドさについてはもうあちこちで語りつくされていますが、先日のサッカーW杯女子も悲しかった。せっかくなでしこチームが優勝したのに、そのワールドカップを掲げる瞬間を中継しないとはね。驚きましたよ。W杯って、あの表彰式のあの瞬間がクライマックスじゃないですか。確かに延長でPK戦となり正規の番組時間は終了していたかもしれませんけど、めざましテレビはまだ中継を繋いでいたのに、その一番の見所は映さない。明らかにワザとですよ。アホかいな。
    その時までは、まだ少しくらいは「チューナーを買ってきてもいいかな」という気持ちもうっすらあったんです。何パーセントかは。でもあれで呆れ返り、うちのカミさんもとうとう怒ってテレビ離脱に同意しました。
    あの日はさすがにカミさんもサッカーのvsアメリカ戦を一緒に見てまして、あの追いつき追いつきの驚きの展開にすっかり魅せられ「澤さんすごい」を連発していました。そして表彰式の準備がなされ、僕が「さぁ澤アニキがカップを目よりも高く掲げるからなその瞬間は感動するで」と言い、二人して待ったのです。しかしその瞬間の中継は何とスルー。「バカにすんな!」と二人で叫び、我々はやはりアナログに殉じよう、と決意したのです。

    7月24日はそれからすぐにやってきました。
    それまででもあまりTVは観ておらず、この日も観ていませんでしたが、正午を前にスイッチオン。一応見届けようと思いましてね。ザッピングしますと、あちこちのチャンネルでカウントダウンをやっています。5・4・3・2・1…プツッ。
    ブルーバックに「アナログ放送は終了しました。今後はデジタル放送をご覧下さい」てなテロップと、コールセンターへの電話番号。うわ、本当に終わりやがった(笑)。
    僕はTVの電源を消し、コンセントを抜きました。これで、我が家のTVはひとまず終了。以後のことは、またしばらく経ってから考えよう。
    僕らはその日、用事があったのですぐに出かけました(つーかもっと早く出るつもりだったのですがついアナログ頓死の瞬間が観たくて)。で、夜は大阪で二人して結構呑んでしまい、帰って風呂入ってすぐに寝ました。

    翌朝。ためしにラジオを流してみました。どうせ朝TV点けていたってバタバタしてるのでロクに観てないのです。ラジオのほうが「音声だけで伝える」ことが前提としてあるので、話がわかりやすい。
    夜も、TVが無い食卓ってのはいいものですよ。ラジオもいいのですが、昔の音楽なんかもいい。この日、うちでは荒井由実を流していたのですが、こういうのは会話が弾むんです。あの頃はあーだったのこれがこーだったのと。ミュージシャンの選択は考えねばなりませんけど(暗い歌ばかりだと困る 笑)。
    てな感じで、しばらくはTVナシの生活でもなんとかなるな、と思いました。うちは中年夫婦の二人暮しで、もう倦怠期に入っており(ずっと二人暮らしだと飽きますわな 笑)、「冷たい無言の食卓」が繰り広げられたりすると消化に悪そうです。ですが、しゃべるネタというのはいくらでもあるもんですわな。
    TVなんて、たかだか60年足らずの文化なんですよ。生まれる前からあるのでその存在を当たり前だと思いがちですが、こんなのなくても人は長い間暮らしてきたのです。

    というわけで、我が家はTVナシの居住空間となったはずでした。しかしその翌日。ここから表題の (恥) の話になります。
    夕食後。家にあったVTRをちょっと観る必要性が出てきまして。僕の都合なんですけど、観て確認をとらにゃいかんことがあったんです。僕の都合の話はどうでもいいんですが、TVは受信しなくても当然モニターとしては使えるわけです。で、コンセント差込。ビデオデッキも、留守録の必要性が無いので電源は落としてあります。繋げると、停電後のように点滅してます。
    そういえばアンテナの接続とかも外したほうがいいな。意味ないし。そんなことを考えつつTVの電源を入れました。
    そしたら。

     あれ、テレビ映っとるぞ。 ( ゚д゚ )ポカーン

    理由がわかりません。アナログ放送まだ継続してるの? いやそんなはずはない(ここは兵庫県)。でも、全てのチャンネルが映ります。唖然としてしまいました。
    このカラクリは何だ。いろいろネット検索もしてみまして、どうやら「ケーブルテレビのデジアナ切替えが作動しているのではないか」との結論を得ました。
    僕らはこのマンションに住んでもう10年はとっくに過ぎているのですが、現在見ているテレビがケーブルであったとは全く知りませんでした。越してきた時に、そんな説明がもしかしたらあったのかもしれませんがそんな昔の話は思い出せません。申し込みした覚えもなければ料金なんかも払ってませんからね。別に難視聴地域とも思えませんし。何でうちのマンションにケーブルが入っているのかはそりゃ知りませんけれどもケーブル化されていて、それが勝手にデジアナ変換されていたということらしいです。
    デジアナ変換とは何か。これが公式アナウンスみたいなものかもしれませんが、つまり、ケーブルテレビ事業者がアナログ終了後もデジタルをアナログ方式に変換して再送信してくれるシステムのようで。これは総務省からの要請で、全国のケーブルテレビが大多数実施し、2015年3月末までは対応するのです。むむむ。
    実は、僕はデジアナ変換サービスというものがある、ということだけはうっすらと知っていました。しかしそれはあくまで薄ぼんやりとした知識であり、ここまで多くのケーブルテレビがそれを行っていて、しかも自分の観ていたテレビがそれに対応していたなんて全く思いもよらぬことだったのです。
    我が家は一大決心をしてせっかくTVを止めようとしたのに、なんたることか(汗)。

    これは、我が家がアホだった、ということで済ませてもいいのですが、確かに僕らのカラ回りはあるとしても、書いておきたいことはやっぱりあるのです。
    このデジアナ変換というシステムについては、明らかに周知不足ではないのか、ということ。
    もしかしたら、チラシの一枚くらいは入っていたのかもしれません。それをカミさんが見落とした可能性はある。しかし、この件についてはもっとPRしてもよかったのではないでしょうか。
    総務省によれば、ケーブルテレビ加入世帯は2010年3月末時点で2471万世帯。これは全世帯の46.7%ということです(PDF)。そのうち、デジアナ変換サービスが提供されるのはその58%(1420万世帯)ということ(計算あいませんが詳細はこちら)。このデータは一年前ですからもっと多く推移したかも。
    この数字で一応考えたとして、デジアナ変換サービスの対象となるのは、全国世帯の約3割。こんな何千万の人が影響を受ける事態について、あまりにも周知活動は不足していたのではと思います。そんなの知らなかったのオマエだけだろ、みんな知ってたわい、と言われそうですが、ネットで検索してみますと「あれ、アナログ停波してないよ何故?」「まだ映ってるおかしいよ」といった声がたくさん出てきます。こんなふうに、関係者さえ知らなかったとの声も。僕がTV観ていなかったからだけじゃない。明らかに周知不足。しかも「意図的」だろうとの推測が出来ます。
    せめて「少なくとも日本の全世帯の3割は地デジ対策しなくても2015年までは観られます。お宅が集合住宅の場合はCATVに加入している可能性が高いので、よくご確認下さい」ということだけでも地デジカと草君に言ってもらえれば…。
    対応テレビと対応録画機器を購入した場合は、百歩譲っていいとします。しかし変換チューナーを買った人も多いことでしょう。そういう人たちは、あまりにも気の毒です。チューナーなんていらなかったのだ。うちだって買おうかなと思ったんですよ。こういうの、詐欺かペテンに近い、と僕などは考えてしまいます。ヒドいなと。利権というものは、こういうことを平気でするんですねぇ。

    我が家のTV離れは、約二日半にて終わりました。大見得きったのに情けない話ではあります。
    ただ、以後のスタンスとしても、やっぱり朝のTVは止めよう、との共通理解は得ました。夕食時も、よっぽどでなければTVは観ないでおきたいなと。以前のようにダラダラと点けっぱなしということはやめよう。そういう認識になれたのは、この大騒ぎの中で唯一の良かった点であったのかもしれません。
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    | 2011/07/27 | 雑感 | 05:58 | comments(8) | trackbacks(0) |

    カラオケボックス

  • 2011.02.19 Saturday
  •  ちょっと時代錯誤の話をしますけれども、僕はあまりカラオケボックスというものに馴染みがないのですね。もちろん行ったことがないってわけじゃなく、しばしば利用するんですけど。
     でも何と申しますか、主体的に利用したことがないって言いますか。ありていに言いますと、使い方がよくわかってないんですよ。恥ずかしながら。そのことに先日気が付きまして。

     もちろん、カラオケが嫌いとかそういう話じゃなくて。呑めば歌いたくなることもありますよ。やっぱりね。
     で、ここで話の都合上、少し昔の話をしますけど。
     若い頃、学生時代なんかは、酒を呑むなんてことになれば、しごく安い居酒屋か、友人の下宿で、ということになります。たまに公園とか(笑)。そうやって呑んでますと、状況によっては放吟したくなります。そういう場合は、手拍子をしてがなったり、またギターの一本でもあればそれを片手に、しみじみとやるわけです。酒を呑んで歌う、というのはそういうものだったのです。ずっと昔は。
     もちろん、そんな四半世紀前においても、カラオケというものは存在しました。でも、若者が安直に行けるカラオケボックスというものはまだ無かったな。あったのかもしれませんが、見たことは無かったと思います。
     たまに、女性も一緒に飲む、なんてことになれば(今で言う「合コン」でしょうかね^^;)、パブとかカフェバーなんて呼ばれるところに出入りしました。カフェバーなんて言葉、今でもあるのかな。
     そういうところに、カラオケがありましたね。ちょっとしたステージがあり、ささやかながらスポットライトがあり。人数が多いと貸切にしたりしましたけど、そうでない場合は見知らぬ客の中で歌うことになります。結構勇気がいったものだったような。酔ってるからどうでもよかったっすけど。

     社会人になってからは、スナックという場所に出入りすることになります。最初は先輩に連れて行かれるのですが、そのうち自分の行きつけの店も増えます。ボトルキープするのですな。そういうところではたいてい、カラオケになります。カラオケスナックというくらいで。
     カウンターの向こうのおねえさんに曲目を言って、順番が来たらマイクを渡してもらって歌います。最初は、今のように通信カラオケじゃなかったですね。音だけが流れて、歌詞本を見ながら歌う、なんてのも。今思えば彼岸のことのようですが。映像で歌詞が出る店でも、店の人が手動でLDを入れ替えたりしていました。いずれも、古い時代のことです。
     もちろんカラオケがあるのはスナックのみならず、「ラウンジ」「クラブ」「バー」「キャバレー」と店の名称は替われど、状況は同じようなもんです。リスト本を繰って、店の人に曲名を伝えて順番がきたらマイクを渡してもらう。
     いつ頃だったかな。カラオケボックスというものが出てきたのは。

     通信カラオケがスナックにも導入された時期は記憶にあります。でも、やっぱり店のおねえさんに曲目を言ってマイクを渡されるのは変わらないわけで、おねえさんがリモコン操作をするだけでよくなっただけです。こちら側の行程がかわるわけじゃない。ただ、歌える曲目が飛躍的に増え、「え、こんな曲もあるのか」とカラオケが演歌中心のものではなくなりました。
     そして、カラオケボックスの登場。昔僕が住んでいた地方都市で、馴染みの焼肉屋が店じまいをして残念に思っていたとき、その跡地に貨物コンテナが積まれ、何だろうと思ってましたらそれらがペイントされて「カラオケボックス」と化していました。面白いものが出来たな、とは思いましたね。歌うことだけを目的にしたスペース。スナックなどへ行くよりもちろん廉価。若者の間で爆発的に人気が出ました。「カラオケで歌うため」に若者がCDを購入するという流れが生じ、アナログからデジタルへの過渡期にあった業界はバブル的に売り上げを伸ばしたと聞きます。で、今に至っているわけですが。
     ただ、そのカラオケボックスが流行りだした90年代以降も、さほど僕は足を踏み入れていないのですね。当時、僕のまわりにはおじさんが多く、まず酒を呑むことが一義的であったために、そういうサービスも何も無い(水割りつくってくれるおねえさんもいない)ところに行こう、とはなかなかならなかったためです。我々の場合は単純にまず「歌をうたいたくなる」ということは稀で(というか全く無く)、「酒を呑んで酔い、而して歌もうたいたくなる」ということだったために、歌専門の施設におじさんのニーズがなかったのです。
     さて今、自分がそのおじさんとなって、しばしばカラオケボックスにも行くようになりました。若い人が誘ってくれるんです。以前は居酒屋→スナック、という流れが普通だった呑み会も、居酒屋→ボックス、が徐々に当たり前になってきました。
     しかしながら、僕のようなおじさんはカラオケボックスに行っても、やっぱりただ座っているだけです(汗)。酒の注文や選曲は、みんな若い人がやってくれますしね。おじさんはやっぱり、「何歌いますか?」と聞かれ、曲目を言ってマイクを渡されるだけ、という状況には全然変わりがないわけです。なんじゃそら(汗)。
     しかし、おじさんだけでカラオケボックスに行くとどうなるか。

     先般まさにそういうことがありました。50代の人ふたりと、カラオケボックスに行くことになってしまったのです。どういういきさつでそうなったのかは覚えていないのですが、いい年したおじさん3人でカラオケボックスの受付カウンター前に立っていました。「3人です。えーっと、とりあえず1時間くらいかな。え、延長が出来ないかもしれないんですか。じゃあ2時間でお願いします」と。そう言っているのは僕です。この中で最も若いのは僕であり、僕が小間使い的動きをしなくてはならないわけで。
     別にそれはかまわないのです。若い頃から幹事慣れはしています。しかし問題は、システムがよくわかっていないことなんですよ(汗)。
     僕はプライベートでもしばしば近所のカラオケボックスには出入りします。ただ、それは主としてカミさんと一緒なんです。で、カミさんは主婦友達とよくボックスに行っているらしく詳しいので、基本的に全て任せてしまうんですね。次ワシこれ歌うし入れて。おおきにアリガト、と。結局、スナック時代と何ら変わらないのです。しまった、こんなことならちゃんと勉強しとけばよかった(え?)。
     そこにあるメニューを見て、2人に何を飲むかを聞いて、内線で注文します。そこまでは、なんとか門前の小僧方式で出来ました。しかし、肝腎のカラオケが…。まず曲の入力の仕方がわからんぞ。リモコンでやるんだと思うけど、どこにそのリモコンがあるんだよ。
     内線で聞いたら、店の人に呆れられてしまいましたよ。カラオケ機械の横にあります。ああホントだ(汗)。
     そうしている最中にも、他のおっさんたちは水割り呑みながら広辞苑のように分厚い曲目リストを熱心に見ています。「じゃオレは、"かりそめのスウィング"を」 ち、ちょっと待ってくださいませんか。
     その入力用リモコンというものを僕は全く恥ずかしい話ながら初めてちゃんと見たのです。これ、リモコンというよりモニター画面が大きな、何かゲーム機みたいなシロモノなんですね。メニューには「曲目検索」「歌手検索」などという文言が。カラオケの曲目入力って、今は曲目リストで番号を入力して転送するだけのものじゃないんですな。検索が出来るリモコン。戸惑ってしまいましたよ。
     まず「曲目検索」を選択。さすれば50音入力画面が出て、えーっとか・り・そ・め・の…と。これで検索すれば…ああ出てきた出てきた。では「転送」をポチ。
     「遅いなぁ」すみませんねぇ。
     これはつまり、このリモコン的機械をそれぞれに回して、各自で入力するもんなんですね。そうすれば、分厚いリストなど見なくても一発で入力可能。リスト本を回して選んで入力、なんて時代じゃないんだ。
     カラオケなんて、若い人たちはたいてい今ヒットしている新曲を歌うもの。そうなるとリスト本なんて毎月更新じゃ利かなくなります。今は過渡期で、やっぱり広辞苑の如き曲目リストもありますけど、こういうものは早晩なくなる運命にあるのでしょう。でないと、資源のムダですしだいたい、おっつかない。
     反省しました。今まで「この曲入れて」と軽々しくかつ偉そうに言っていたことを。そうじゃなくて、人に頼まず自分でやらなくちゃ。この利便性はそこにある。カラオケボックスとは、そういう場所なんだ。

     そのように、おっさん2人に申しましたよ。もうそんな分厚いリスト見て入力なんて時代遅れですよ、と(自分のことは棚に上げて 笑)。検索してください。このゲーム機みたいなリモコンがすなわち、曲目リストです。甲斐バンドが歌いたければ、甲斐バンドの曲をズラズラと出してくれます。その中から好きなのをポチっとして、転送。便利です。今はそういうシステムになっているようなんです、と。
     しかしながら、おっさんは頑固で(笑)。画面付きリモコンを見ようともしません。いや、正確には見たんですけど、液晶画面は見にくいとおっしゃる(汗)。
     一番年長の人が言いました。そんなややこしいことしなくても番号を入れればいいじゃないか。番号で入れることも出来るんだろ? じゃ番号で入れてくれればいいじゃないか。ラクだろう。
     ということは、やっぱりリスト本からは離れられないということか。まあしょうがないか。
     リストを繰って探すのは時間がかかるし面倒だって? 大丈夫。今日俺は甲斐バンドしか歌わないから。このページだけを広げておけばいいんだ。そうだあんたらも甲斐バンドを歌いなさい。今日は甲斐バンドデーにしよう。それがいい。
     え? そういうことじゃないんですけど…。

     酔っ払ったおっさんというのは、基本的に言い出したらききません。ということで、かなり的外れな方向へと話が進んでしまいましたが、この日はなぜか甲斐バンドの日という結論に。なんのこっちゃ。てなことを呑みながらやってましたら、1時間くらいあっという間に過ぎていました。2時間にしておいて良かった(笑)。
     で、おっさん3人で延々と甲斐バンドを歌いました。でも、これ不思議と悪くは無かったっすね。こんな日もたまには、あってもいい。
     しかし使用方法がわかっていないのはやっぱり同じで、「高い、もう少し音程を下げてくれ」とか言われてどうしたらいいのかわからず、僕はやっぱり右往左往しつづけましたが。反省ですよ。

     えーっと、この記事にはオチも何もありません。ごめんなさい。と申しますかこの記事、実は連動企画でして、もうひとつのブログの記事と繋がってるんです。でも、あっちはさらに面倒臭い記事なんで読まなくてもいいです。甲斐バンドがお好きな方は、どうぞ。
     →甲斐バンド「ポップコーンをほおばって」
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    | 2011/02/19 | 雑感 | 19:19 | comments(6) | trackbacks(0) |

    痩せようと思うの記

  • 2010.11.23 Tuesday
  • こういうのは書いちゃったほうがいいと思いますので書きますけど。
    理由はいろいろあるんですけれどもね。話すとややこしいので詳細は省くとして、端的に言えば「ズボンが入らなくなった」ということですよ。買い換えるのもったいないじゃないですか。
    最も良くないと思うことは、体重がさほど増えていないのです。でもハラ回りは非常に拡大している。つまり、他の部分の肉が削げて胴体に集中してしまった、ということですね。もうひとつは、筋肉の質が落ちて霜降り状態になり、脂肪の割合が増えたということかな。筋肉と脂肪とでは、筋肉の方が重いですからね。
    誠に不健康極まりないことです。なので、少し何とかしようと思います。

    しかし、痩せるってのは大変なことでしてね。ダイエットを経験したことがある人ならおわかりかと思うのですが。
    痩せる、太るというのは様々な要因がもちろんありますけれども、単純な話をしますと、摂取カロリーが消費カロリーを上回ると太るんです。自分がその日消費したカロリーと摂取したカロリーの差が、身体に贅肉となって付くわけですね。
    じゃあ僕はどのくらいのカロリーを一日で消費してるかってことですが、こちらのサイトでまず基礎代謝を計算しますと、僕の場合1573.2キロカロリーとなります。一日寝ていてもこれは消費されます(内臓は働いていますから)。で、あとは歩いたり何やらして、2000キロカロリーくらいは消費しているでしょうかね。ということは、2000キロカロリー以上食べると、その分が体内に蓄積されるという寸法。
    2000キロカロリーくらい、すぐ食べちゃいますわな(笑)。カレーライス大盛り食べたら1000キロカロリーくらいはすぐ。三食食べればあっという間です。酒も呑みますしね。
    じゃその分運動すればよかろう、ということですが、そんなの無理ですよ。ジョギング1時間やっても600キロカロリーくらいにしかなりません。それに1時間も走れませんよ。消費カロリーを3000キロカロリーに上げることは生半可じゃない。運動で痩せるのは非常に難しいのです。身体のために運動は重要ですが、やはり、インプットを減らすしかない。
    てなわけで、少し食事の量を減らしていこうかと思います。

    僕は、過去に2度、大きなダイエットを経験しています。25歳くらいのときと、30歳くらいの時でした。25歳のときは結構激しくやりました。春から夏にかけて、20kgほど減らしたんじゃないでしょうかね。あのときは相当に太っていまして。なんだか忙しくてね。ストレスもたまり、その解消手段として暴飲暴食をしてまして。もう完全に「デブ」としか言いようがなかったのです。で、ある日突然ダイエットに突入しました。時間が無くて、他に楽しみを見つけられなかったものですから、ストレス解消を「痩せる楽しみ」に見出したんですよ(笑)。それで、思い切った食事制限でダイナミックに痩せました。
    もうね、空腹が楽しくてしょうがないんです。ハラ減ったと悶絶しているこの10分間で何グラム体重が落ちたか、なんて考えてニヤリとする。これは、ちょっと異常事態であるような。こういう精神状態になれば、確実に痩せます。
    しかし、それは20年前の話です。あの頃は若くてまだ体力もあり、おそらく代謝も大きかったと思うんです。今は基礎代謝も下がっているでしょうし、前より痩せにくいと思うんです。なので、無理せずにやっていきたい。過激なダイエットは身体にも毒ですし、精神的にやられちゃうと思うんで。

    で、手始めにどうするかといえば。

    ○メシの量を減らす。
    当然ですけど(笑)。通常僕は夜に、少し大きめの茶碗でメシを2杯は食べます。量で計算してみますと、1杯290キロカロリー×2くらい。つまり一合ですね。これ、ジョギング1時間に相当します。なので、これを1杯にします。半合。せめてこれくらいはしないとねぇ。慣れれば、もう少し小ぶりの茶碗もあるのでそれにしようかなとも思っています。

    ○出来るだけアブラものを食べない。
    油脂も身体には必要ですけど、意識して食べないようにしたってどっかで食べてしまいますよ。それで十分です。油は最もカロリーの高い食品ですから出来るだけ食べたくない。そのカロリーで他のものを食べたい。

    ○酒はスピリッツにする
    酒は止めることが出来ません。少なくとも量は減らしたいとは思いますが、呑まない、となると厳しい。また酒は飯を抑制する効果が僕にはあります()。なので、ビールと日本酒はとりあえず止めます。呑むのは、余計な夾雑物(つまりカロリー)のない、純アルコールのカロリーだけを考えればいい蒸留酒にします。焼酎、泡盛、ウイスキー、ブランデー、ウオッカ、テキーラetc. これからは焼酎のお湯割りがうまい季節ですな。ビールのシーズンじゃないのもうれしい。また外で呑むとき、最近はハイボールが流行っているのでそれも助かります。

    ○野菜中心の食生活
    油控えめの食生活、というのもそうですが、こういうのって、家族の協力が必要なんですよ。うちは二人なので、二種類の食卓にするなんて面倒臭いことは出来ません。飯を減らしたり酒を替えたりするのは僕が勝手にやればいいことですが、それ以外のこととなると作り手を煩わすことになりますし、そういう食卓に自分も付き合わなければならない。幸いうちの場合は日々醜悪な体型となる夫を見かねていましたので、二つ返事でOKでしたけれど。

    ○甘いものを食べない
    これは、何とかなると思いますけどね。困るのは外で茶菓子を出されたりするときです。出来るだけ、というくらいにしておかないと人間関係を悪くしますのでね。少なくとも自分からは手を出さないようにしますけど。

    もちろん他にも、

    ○外では大盛りを頼まない
    ○ごはんお代わり自由の店は誘惑が多すぎるので行かない
    ○食べ放題・バイキングには行かない
    ○ラーメンの背脂・替え玉禁止 ラーメンライスの禁止
    ○呑んだあとのラーメン禁止 どうしたも食べたければうどん、蕎麦にする(それもヤメロ)
    ○うどん・蕎麦にサービスの揚げ玉を入れない
    ○おやつにタコ焼きを買わない
    ○串カツ&ビールの誘いに乗らない おでん屋はヘルシーで良し
    ○餃子の王将に行かない
    ○とんかつ屋には行かないけど行っちゃったらロースじゃなくてヒレ
    ○すき焼きの終盤で煮詰まって残った牛脂のプルプルしたヤツを食べるのははしたない
    ○いちごにコンデンスミルクをかけない
    ○スコーンにクロテッドクリームを塗らない いやそもスコーンを食べない
    ○ついシュークリームを買わない(ツマガリの誘惑に負けない)
    ○プリンを注文しない

    などと当たり前のことがありますが、今までこれらのことを全てやっていたわけですから(汗)、これだけでも僕にとってはずいぶん違うはずです。忘年会シーズンであるということが壁ですけど、それくらい乗り越えないと。
    で、興に乗ったら本格的にダイエットをするかもしれません。一日の摂取カロリーを1200キロに抑える、とかね。でも、そういうのってあんまりおっさんがやるもんじゃないからなぁ。
    あとは、身体を少しでも動かすことですね。歩く機会を増やし、階段を上り。ジムに行くなんてことは出来ませんが、心がけ次第で何とか運動不足を解消しなくてはと思っています。本来は代謝しやすい身体にしていかなければいけないのですがね。筋肉の質を向上させて。でもそこまで出来るかどうか。体質改善は課題なのですが。

    ま、とりあえずこういうのは宣言しちゃうことが重要ですから、ここに書きました(汗)。
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    | 2010/11/23 | 雑感 | 18:39 | comments(6) | trackbacks(0) |


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