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  • 2016.12.30 Friday
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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    年の瀬にいろいろと

  • 2014.12.28 Sunday
  • 年末の記事はいつも「時間が過ぎるのが早すぎるとかなんとか書いて、その一年の「凛太郎」としての僕を振り返っているのですが、あまりにも今年は凛太郎亭で書かなさ過ぎたので、ちょっと時事も。

    今年は、例年にも増して訃報をよく見聞きしたように思います。大瀧詠一さんが亡くなったのは昨年だったかもしれませんが、僕は正月、青森の妻の実家に帰省中にそれを知り、それからほどなくしてやしきたかじんの訃報。そして、この一年で僕を楽しませてくれた人々が次々に亡くなってゆきました。
    身近でもいろいろあって、葬式にも何度も出ました。
    今年はずっとお墓に関するブログ記事を書き続けたこともあって、こちらが過敏になっていたのかもしれませんが、とにかくそういうことが耳に入る機会がやたらとあったような。
    何度も、追悼記事を書こうと思ったのです。中でもビル・ロビンソンと赤瀬川原平氏は途中まで書きました。しかし筆力の衰えなのか結実しませんでした。こういうのは時事なので、書けなければオクラ入りです。そうやって時が過ぎてゆきました。
    晩秋から年末にかけては毎日のように「あ、この人も…」という感じで、僕はつい新聞を読むときにまず死亡欄を確認するように。健さんや文太さんはもちろんのこと、種村直樹、貝原俊民、納谷六朗、松本健一といった方々の訃報が連日続き、また僕の書棚の中の存命者の割合が下がりました。羽仁未央さんなんて僕と歳かわらんよね?
    そして、このあいだもガロのマークこと堀内護さんが亡くなりました。
    これでもう終りだと思っていましたら、今年も押し迫ったこの時期に、笠木透さんの訃報が。ショックです。
    まず、日本のフォーク界の巨人といっていいでしょう。
    笠木透さん率いる「我夢土下座」のことを記事にしたのは、もう10年ほど前になります(→徒然草:「時は流れて」)。このブログを始めたときに書いた「好きなLP BEST10」にも選びました(→こちら)。
    この人がいなければあの中津川フォークジャンボリーは無かったわけで、それだけでも日本の音楽シーンに多大なる功績があったわけですが、とにかく僕にとっては、心に残る数々のうたがあります。

     生きている鳥たちが 生きて飛び回る空を
     あなたに残しておいてやれるだろうか 父さんは
     目を閉じてご覧なさい 山が見えるでしょう
     近づいてご覧なさい辛夷の花があるでしょう

    また、繰り返し聴こうと思います。合掌。


    さて、寂しい話は措いて、良かったことも書きます。
    こうして年末の記事を書くのも10回目になります。今年は、僕にとってはブログ10周年の年でした。
    そうやって長いこと書いていれば、いろいろ読んで下さる方もいるわけです。
    この秋に、僕の歴史散策ブログ「ちょっと歴史っぽい西宮」を読まれた大学の先生から「原稿を書いてくれませんか」とのメールが入りました。
    大阪春秋」という、大阪の郷土史研究の季刊誌があります。たいへんに伝統のある雑誌で、僕も今までしばしば参照してきました。その「大阪春秋」が、西宮特集を組むので執筆者のひとりになってくれないかというお話なのです。
    しばらくして、正式に執筆依頼がきました。
    うれしかったですね。これは。
    昔から、紙媒体に書くのは夢でした。
    これまで、こういう話がなかったわけではありません。本を出さないか、まで言ってきた編集者もいました。しかし、いずれも実現しませんでした。そのたびに、残念な思いをしてきました。
    このたび僕に与えられたのは4ページ、6000字です。
    それでもこれはひとつの「夢叶う」と言っていいのではないかと思います。僕はひとつ条件を出しました。「凛太郎という名前で書くよ」と。
    ただ、これではいかにもHNですので、便宜的に姓をつけています。僕は「北川凛太郎」といういかにも売れないミステリー作家みたいな名前になっていますが、諸般の事情というものもありまして(笑)。で、一生懸命書きました。
    僕が書いたのは新年号で1月の発売ですが、先日刷り上って献本が届きました。
    何と表紙にも、僕が書いた原稿のタイトル「西宮砲台を笑うな」が載っています。うれしいな。評価して下さったようです。
    だいたい執筆されている方々は大学の先生なのですが、その中に混じって僕の肩書きは「HP『ちょっと歴史っぽい西宮』管理人」です(笑)。ブロガーとして、凛太郎として書いたのですからこれは当然のことです。わはは。
    これは、僕としては10年間Web上で「凛太郎」として書いてきたことへのひとつの御褒美であるととらえています。どうもありがとう。

    そんな感じで、今年も暮れてゆきます。
    何とか様々な雑事も終り、明日から僕は例年の如く妻の実家へ帰省かたがた小旅行へ出ます。もちろん今年最後の更新です。もうひとつのブログにもなんとなしの思い出話を書いて終わります。
    この一年、僕のブログに訪れてくださった皆さんに厚く御礼申し上げます。どうもありがとうございました。では、よいお年をお迎えください。

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    | 2014/12/28 | 雑感 | 22:26 | comments(2) | trackbacks(0) |

    雑炊とは何か

  • 2014.12.18 Thursday
  • 寒いですねぇ。寒ィョォ((((・´_`・)))寒ィョォ 
    こういう日々が続くと、我が家でも必然的に鍋料理が多くなります。卓上にコンロを持ち出して火にかけつつ食べてますと、あたたまりますよねぇやっぱり。
    我が家にどれだけ鍋料理のレパートリーがあるのかよくわかりませんが、まあ手を替え品を替え、誇張ではなく三日にあげず登場します。もちろん、全く文句はありません。燗酒か焼酎のお湯割りを呑みつつ。いいですなあ。

    ところで鍋の楽しみといえば、〆の雑炊というのもあります。
    鍋の〆はうどんのほうがいい、という意見もありますが、僕の場合は圧倒的に雑炊ですね。最近はちゃんぽん麺やラーメンを入れるのが流行しているようですが、確かにそれもうまいんですけどイマイチ「しまらない」ような気がします(あくまで個人的見解)。なので麺を入れて食べた後にさらに飯を入れたりして(笑)。確実にカロリーオーバーになりますので、やはり最初から雑炊にするのが賢いかなと。
    ところで、雑炊の作り方なんですけれども。
    お店で鍋料理を食べて、プラス雑炊を注文したりしますと、最後に洗った飯が登場したりします。ごはんの粘りをとって、さらさらとした仕上げにするためです。店のほうはもちろん気を遣っているわけですが、あれはどうも僕にとっては上品すぎるような気がします。
    全くのところ下品なのを承知で申しますが、さらりとした雑炊よりも、むしろ炊き上げたほうが僕は好き。飯に、具材の旨みがたっぷり出ているスープを余すところなく吸い込ませる。もちろん米粒は過剰に膨れ上がりますが、うまいんですなこれ(笑)。味付けがしょうゆベースの鍋であった場合、我が家では仕上げ段階で火を強めます。そうすると「おこげ」が出来る。これはたまらなく香ばしい。鍋底のおこげの部分は必ずカミさんと取り合いになりますので均等に分けますが、それでも「あんたのほうが多い」「いやオマエのほうが多いやろ」という醜い争いが生じます。

    さて、こういう炊き上げた雑炊は、果たして雑炊なんでしょうかね。
    これ、正確な言葉の定義がわかりにくいと思います。
    分厚い小学館の「日本国語大辞典」を見ますと、雑炊の項には「ごはんに野菜、魚貝、肉などを入れ、塩、しょうゆ、みそなどで調味してさらりと煮たもの」と書かれています。さらりと煮たものなんですよ雑炊って。
    僕もその解釈には一応、賛同しますね。
    あくまで僕の感覚、と申しますか僕の育った家庭環境からくる思い込みなんですが、「雑炊」と聞いて連想するのは、上で「店の雑炊」として書いているさらっとしてあまり煮込みすぎていないものです。飯粒がスープを吸い込みすぎていない。当然おこげなんて出来ません。
    対して、飯粒に水分を相当に吸収させて出来上がりに蓋を開けると「カニの穴」までが生成されているようなものを僕らは「おじや」と言います。雑炊とおじやは、言葉を使い分けています。
    もっとも、料理として考えれば「雑炊=おじや」です。スープにごはんを入れて火にかけて煮る。調理法に違いはありません。その煮る時間(あるいは飯の吸水度合)が異なるだけで、料理としては同じ。例えばレアであってもウェルダンであっても、ステーキという料理にはかわりがないのと同じでしょう。
    「おじや」というのは、女房言葉らしいですね。「おかか」「おでん」などと同じ。ただ語源は不明のようで、飯を「じやじや」と煮るからだ、などと言われています。
    真偽はわかりませんけれども、じやじやという音からは、さらりとした雑炊のイメージは浮かんできませんね。感覚として雑炊とおじやという言葉を使い分けているのは、そんな音も影響しているのかもしれません。

    えーと、ここからが本題なのですが… (゚∇゚ ;)エッ!?
    あるとき、鶏白湯こってりスープが売りのラーメン屋に入ったのです。最近増えていますね。店にもよりますが魚介系や豚骨よりも好みの味であることが多いので、つい入ります。
    そのラーメンは、大変にうまかったのです。スープに濃度があって味が深い。麺はもう少し太くてもいいかな。しかし満足です。(⌒〜⌒) 
    さて、店に「ラーメンの食べ方」なる貼り紙があります。こういうのはたいていウゼーことが書いてあるのですが、ここのは特にそういうことはなく、「ニンニクは注文して下さい」「好みで辛味噌を足して」等々のことが列記してあります。
    そして、こういう一文もありました。

    「最後にスープにごはんを入れて、雑炊にしてもおいしいですよ!」

    ・・・( ̄  ̄;) うーん。ごはんは100円だそうですが(税別)。
    つまり、残りスープにごはんを投入して混ぜていっしょに食べることを「雑炊」と称しているわけです。別にラーメン丼を一旦下げて、火にかけて再び供してくれるわけではありません。
    これを雑炊と言ってしまっていいのか、ということなんですよ。
    実は、こういう表記は最近増えているようにも思います。このラーメン屋さんで初めて見たわけではありません。以前つけ麺の店でも見たような。また、TVのグルメ番組でもリポーターが「最後はスープにごはんを入れて雑炊にするんです。これ最高!」などと言っていたのを聞いたことがあります。
    以前は「雑炊ふう」という言葉もありましたが、最近はもう単に雑炊で通用しているような感じがあります。

    言わんとしていることはわかるんです。ですから、目くじら立てるほどのものではありません。ですが、ちょっと気になるわけで。
    確かに、この食べ方に該当する日本語が見当たりません。
    これと同様の形態のものを示す言葉として、スラングでしょうけれども昔から「汁掛け飯」という言い方があります。
    行儀悪い食べ方としてよく言われますね。味噌汁をごはんにぶっかけて食べたりするやり方。基本的に「やってはいけない食べ方」なので、正式な料理名ではありません。ただ、言葉としては存在します。
    この汁掛け飯は俗語でしょうが、料理名としては「芳飯」というものが実はあります。
    前述の分厚い辞書には載っています。
    「芳飯・苞飯 器に盛った飯の上に、野菜や乾魚などの煮物をのせ、汁をかけたもの。法飯」
    wikipediaにもあります。しかし、この料理名は全く膾炙していないと言っていいでしょう。僕は、魚柄仁之助氏のエッセイを読んで知りましたが、それまで聞いたことがありませんでした。
    個別であれば料理名はあります。深川飯。忠七飯。ぼっかけ汁。さつま飯。冷や汁。鶏飯。いずれも飯の上からスープ状のものを掛けた料理です。ただ、それらを総称する言葉としては、スラングとしての汁掛け飯か、芳飯しかありません。
    余談になりますが、これだって定義は難しいと思うのです。とろろ飯は汁掛け飯か? 卵掛けごはんは? 牛丼の「つゆだく」ってどうよ? 汁の量で丼か芳飯かが分かれるならその境目はどこにある? カレーライスは戦時中「辛味入汁掛飯」と言ってたんじゃないのか? 等々。これ書いてると終わらなくなりますので措きますが。

    さて、スラングにせよ「汁掛け飯」という言葉はあります(芳飯はマイナーな呼び方ですから措いて)。
    ラーメンスープにごはんを入れる食べ方は、これが料理とすれば、汁掛け飯と全く変わるところがありません。少なくとも「雑炊」と呼ぶよりは、ずっと近いと思います。改めて火にかけてませんから。
    しかし、これをどうしても汁掛け飯とは言えない。それは「行儀悪さを連想させる」という理由もあるでしょうが、とにかく「汁を掛けていない」という一点において、違うからです。汁に入れようが汁を掛けようが、食べる段階では全く同じなのですが、僕だって掛けてないものを掛けたというには抵抗がありますよ。
    だいたい、日本には汁に飯を入れる料理がないのです。(そりゃ「ワシは味噌汁を飯にかけたりはせんぞ、味噌汁椀に飯をぶち込むんじゃ」という人はいるでしょうが、もうこれには言及しませんよ)
    僕が知る中では唯一、「うずみめし」という郷土料理があります。(→wikipedia)
    これは、特殊だと思います。どうも「具を隠す」という理由からそうなったと伝承されているようで。つまり岡山の祭り寿司と同じ。
    いずれにせよ、スラングすらありません。「汁掛け飯」はあっても「飯入れ汁」はないのです。どうしてだろう? 考えるに値するテーマだとは思います。
    外国にはあるんですよ。そう、「クッパ」ですね。(→wikipedia)
    韓国では多くの場合、汁に飯を入れます。日本と逆ですね。これが文化というものなのでしょうか。
    どうも汁椀の大きさ(盛りきりか、お代わり可か)、また食器のスプーンというものの存在の有る無しがかかわっているような気もしますが、わかりませんねぇ。ラーメンにもレンゲがあります。

    さて、ラーメンスープの中にごはんを入れて食べる場合、汁掛け飯というわけにもいかない、芳飯って知られていない、さりとてクッパとも言えない、したがって「雑炊ふう」となり「雑炊」と言い切るようになった流れは、わかります。該当する言葉がなかったということ。
    こうして、言葉が変わってゆくのでしょうか。
    日本語には、同様のことで前科(?)があると思っています。それは、「お茶漬け」ですね。
    名古屋名物「ひつまぶし」を食べるとき、こう言われます。
    「一杯目はそのまま、二杯目は薬味を入れて、三杯目はお茶漬けにして食べてくださいね」
    そして出てくるのは「出汁」です。お茶とちゃうやんけ。
    この出汁をかける食べ方には結構歴史もあるようです。上等な茶漬け、という範疇ですね。
    かつては「湯漬け」でした。お茶というものは古来日本に存在していたものではなく、江戸期以前は希少なものでした。織田信長が桶狭間へ向かう前にかきこんだのは「湯漬け」です。
    江戸時代も半ばになってお茶が庶民のものになり、茶漬けが登場したと思われますが、このときは「湯漬け→茶漬け」と明確に新語が生まれました。しかし出汁をかける段階では「出汁漬け」という言葉は出来なかったのですね。
    「雑炊」もそのようになし崩しに意味が増えてゆくのでしょうか。辞書に「汁に飯を入れて煮たもの、あるいは汁に飯をいれてそのまま食べるもの」と定義がなされる日が来るかもしれません。
    あたしは言葉については保守的ですから、望ましいとは思っていませんけどね(汗)。しかし新語は、もう出てこないでしょうなあ。

    本当は「粥」について、あるいは沖縄のくふぁじゅーしーとやふぁらじゅーしー(ぼろぼろじゅーしー)、さらにはリゾットやピラフまで書きたいと思っていたのですが、相変わらず話が長くなりすぎてしまいましたのでこのあたりで終わります。
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    | 2014/12/18 | 飲食 | 05:58 | comments(4) | trackbacks(0) |

    生誕祭によせて

  • 2014.11.15 Saturday
  • 何と申しますか、あたしもブログというものを始めてまる十年が経とうとしているわけですが、おそらくこの一年は自分的に今までで一番書いてると思います。約8000字の記事を確実に週2回upしていますので、原稿用紙ですと週40枚程度書いていることになります。タグ含んでの数字ですから実際はそこまでゆきませんが、それでもこれは、ブログというものを始めて夢中になっていた時よりも、4年前にライブドアで「ちょ歴西宮」を始めた時よりもたぶん生産量は多い。
    おそらく、そんなヤツはおらんでしょうな。だいたいブログというものは、デビューしたときにたくさん書いて、徐々に静かになってゆくものです。ちょっと狂い咲きしていると自分でも思います。
    ヒマなのかと言われれば、そりゃヒマなんでしょう(汗)。
    しかしながら、いくらヒマと言ってもそんなに能力はありませんから、他は削らざるを得ない状況です。したがって、この「凛太郎亭」もご無沙汰。

    その旧村落と墓地の話も、もう終わります。
    しかし、これ終わったからと言って郷土史を卒業、ということにはならないんでしょうね。こういうものは、どうも底無し沼であっていくらでも書きたいテーマが出てくるのです。おそらく、西宮を離れないと終われない。
    なんでこんな足を洗えない世界に深入りしてしまったのか、といえば、それは勝海舟のせいです。話をごく短絡的かつ恣意的にすれば、ですが。

    いきさつは今まで何度も書いているのですが繰り返しますと、僕が郷土史に最初にアプローチしようと思ったのは、西宮市唯一の国指定史跡である「西宮砲台」のことを調べようと思ったからです。
    西宮という町は、イメージとしては大阪と神戸の中間に位置するベットタウンです。生まれた京都や、それまで暮らしていた金沢という町と比べてあまり歴史散策をしようという町ではありません。その中で「西宮砲台」という幕末に建造された石造堡塔が存在することだけは、引越してくる以前から知っていました。
    この史跡のことを最初に知ったのは、高校生のときです。司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」に登場するからです。引用します。
     竜馬は「野里の渡し」から舟で中津川をわたり、ふたたび間道を馬で駈け、やがて人馬の幅湊する本街道に出た。本街道では十分に馬を駈けさせることができず、竜馬は多少いらだった。
     西宮に入ったのは、二時間後である。宿場に入って馬に水を飼った。
     (中略)
     俗謡をうたって土工の群れがゆく。竜馬は彼らが西宮海岸の幕府砲台の建設にやとわれていることを知っていた。勝海舟の設計による台場で、文久三年以来かれこれ五年もかかっているから、そろそろ完工も近いはずであった。
     (中略)
     西宮の宿を通るとき、竜馬はいつもあの元治元年の蛤御門ノ変のころを思い出すのである。
     暗い、陰惨な記憶だった。   (竜馬がゆく「横笛丸」より)
    舞台は幕末ももう大詰め、長崎で「イカルス号事件」がおこり、行き違いになった佐々木三四郎を追って兵庫津へ急ぐ竜馬が途中通った西宮の描写です。僕は若いころに何度もこの小説を読み、半ば暗記するくらいになっていましたので、この砲台のことも記憶にあり、それがまだ現存していることを知ったときには、是非見に行きたいと思っていたのです。
    しかし、西宮ではこの砲台は非常に悪評高いもので、はっきり言って嘲笑の対象になっていました。曰く「大砲を試し撃ちしたところ煙が中に充満して使い物にならないという設計ミスのお笑い砲台」だというのです。
    そんなアホな! これは勝のとっつぁんが造った砲台やぞ!
    僕は、普通の人より多少は勝海舟という人を勉強していますが、あの御仁は非常にプライド高き人で、後世に笑いものになるようなものを造るはずが無い。まして海軍に傾倒する以前はそもそも西洋式砲台の専門家で、佐久間象山の義兄であり砲術指南役も務めたくらい大砲にも詳しい。そんなオモチャみたいなものを何年もかけて造るわけがない。また実際に設計したのは佐藤与之助さんで、このひとは海軍塾塾頭で技術者としては超一流。絶対に設計ミスなどあり得ない。
    僕は、その謎を追って「西宮市史」にはじまる郷土関係資料を読み始めたのです。それが、郷土史にハマったきっかけです。

    今はブログでは墓地のことなどをずっと書いていますが、まだ砲台については調査中です。一応結論も出してそれはブログでも連載し世界に向けて発信していますが(このブログにも転載しています→こちらから)、まだまだ深いものがあり、先日も別の場所で書きました。この話はまたいずれ報告したいと思いますが。
    本音は、何といっても勝のとっつぁんの名誉回復です。このままにはしておけない。例え蟷螂の斧であっても、できることはあるはず。そう信じて、以後も勉強と発信は継続したいと思っています。


    と、ここまで書いて夜になり、酒を呑みました。もちろん、今日は11月15日、坂本龍馬はんの生誕祭です。
    今年も、地鶏鍋をつつきました。
    えー、すき焼き風ではありません。あれもうまいのですが、普通の鍋です。秋も深まり、鍋が恋しい季節となりました。
    まずは、昆布を戻して火にかけ、鰹だしを加え(これは顆粒です^^;)、酒と醤油、砂糖で濃い目に味付けをします。砂糖は入れないほうが良いとする意見もあるでしょうが、肉がやわらかくなりますのでね。味醂は使いません。
    鶏のモモ肉に酒を含ませてしばらく置き、沸騰した割り下に入れていくのですが、少し片栗粉をはたいています。確かにこうすると鶏が固くなりませんな。あとは、ゴボウのささがき(これ重要)、ネギ、シラタキ、そしてエノキタケとマイタケを入れました。
    卓上で鍋がぐつぐついってきますと、部屋中にいい香りがただよいますねぇ。だしと言うものは摩訶不思議で、昆布や鰹、そして鶏やキノコなどいろいろ入ると喧嘩しそうなものなのですがそうはならない。複雑に重なり合ってなんともいえぬ食欲をそそる香りへと変貌してゆきます。う、うまそう…。

     「ねー、せんべいあるんだけど入れようよ」
     「何ですと?」

    カミさんがヘンなことを言い出しました。ここで言う煎餅とは、いわゆる思い出話をしながら縁側で渋いお茶とともに食べるあの草加名物のアレではありません。素焼きにした南部煎餅です。「せんべい汁」というのはもはや全国区になったので詳しい説明は不要かも。なんでこういうものがうちにあるかと言えば、それはもうカミさんが青森の人だからなのですが。

     「オマエ今日なんでこういう鍋をしとるかわかっとんのか? 今日は龍馬はんを偲んでやなぁ」
     「わかってるわよ。でもこの鍋にせんべい入れたらおいしいわよ」
     「龍馬はんと南部藩は関係ないやろが。だいたいワシが言うとるのは」
     「あんた面倒くさい性格ねぇ。おいしいほうがいいに決まってるじゃないの」
     「そやなくてワシが言いたいのはあの日これが食べられへんかった龍馬はんを」
     「じゃちょっとだけ入れようね」

    なかなか初志貫徹とはいきません。煎餅はバキバキと割られて鍋に投入されました。
    これ、だしを吸うからうまいんですよねぇ(汗)。すいとんのように腹にたまらず、かといって麩のように頼りなくもない。溶けるわけでもなく決して他の具在の邪魔をせず、ただスープを凝縮して口の中に入ってくる。不思議なうまさをもっているのです。

     「せんべい、追加してもええで」
     「何言ってるのよ。あんたのほうが食べてるじゃないの」
     「むむむ…」

    酒は「美丈夫」純米です。この日のためにとっておいたもの。五臓六腑にしみますよ(笑)。うまいー。
    最後は雑炊です。これは間違いなくうまい。

    そして、酔ってPCの前に座っています。みなさん、ご無沙汰してますけどお元気ですかー。
    では、 ̄∇ ̄)/□☆□\( ̄¬ ̄ カンパ-イ!

    いつまでも続けばいいと思ってます。あたしはまだ、元気にやってます。
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    | 2014/11/15 | 雑感 | 21:45 | comments(8) | trackbacks(0) |

    向日葵も見ず夏過ぎて

  • 2014.09.02 Tuesday
  • 今朝目覚めたらひんやりとしていた。思わずいつも蹴飛ばしてる布団を手繰り寄せた。今年は「史上最大の夏が来る」と言われ、事実7月末の暑さは凄くこの先どうなるのかと危惧したが…西日本は11年ぶりの冷夏だったんだと。とにもかくにも、夏は行ってしまった。

    今年は不思議とスイカを食べる機会が多かった。ありがたいこと。ところで分類上はスイカは野菜なんだってね。木に生るのが果物。なるほどね。イチゴもそうか。ところで沖縄ではパパイヤは野菜として消費されてるけどあれはどうなんだろうとふと思った。

    先日、一日中サンダルを履いていたら、日焼けして足の甲に完璧な鼻緒ラインがついた。これは格好悪いと思ったが、おっさんならまず他人に見られることはないよねこの部分。普通に生活していれば。靴下脱ぐ機会なんて不倫するときぐらいだわ(笑)。

    エスカレーターでよく「手すりを持って真ん中に立て」と注意喚起の案内がなされる。確かに手すりを持たないと危ないし(急停止の場合)、片側を急ぎ客用に空けるとバランスが悪くて故障の原因になる。だが、子供や小さな人はどっちかに寄らないと手すり持てないんじゃないか?

    サドルの無い折りたたみ立ち乗り自転車」便利そう(笑)。でもテクがいるかもね。しかし一瞬この手があったか、とは思ったけど、これって日本の法律上の「軽車両」に該当するのかがどうも気になる。突き詰めれば結局キックボードにペダルを装備しただけのような気もする。

    生のキャベツをそれほど尊ばない。トンカツ屋では千切りキャベツをおかわりするが、あれは口直しでトンカツを旨く食べるためのものという認識。本当は火を通したほうが旨みが出て好きだ。広島式のお好み焼きというのは、キャベツを旨く食べる最上の方式のように思っている。

    しかし。貴方が仮に納豆を嫌いだったとしても、納豆は不味いものと言ってはいけない。それを美味いと思って食べている人の味覚を否定することはできない。美味い不味いと好き嫌いは違う。これは食べ物に限ったことじゃない。自分の価値観は世界に通じると思い込んではいけない。

    いわゆる「仕掛け」の言葉が嫌い。「イクメン」「終活」「断捨離」等々。いったいどの層が儲けるんだろうか。ひとそれぞれいろんな事情がある。なんでも捨てればいいというものでないのは自明のこと。そうしない人間は悪、のように煽られるのも腹立たしい。

    「結果が全てだよ」としたり顔でいう人は、結局人間を機能としてしか見ていない。努力も工夫も全て過程にある。それを無視して結果しか見ないのは人間否定だ。頑張った人に対しては、その結果がどうあれ称えるべきだと思う。だから涙をふけよ俺。

    家に留守番電話が録音されていた。それは我が家宛ではなく間違い電話だったのだが、凄まじい話で。詳細は書けないが交通事故に関わる事柄で実に生々しい。これ、どうすればいいのだろうか。うちはナンバーディスプレイも付けてない。伝わっていないと揉める内容だけに(汗)。

    「ゲスの極み乙女」というバンドを見た。なんだそのバンド名は。「凛として時雨」という人たちもいた。キラキラネームバンドだな。確かにグループ名なんかは横文字ばっかりだから日本語を遣うのもいいが、テロップを見てどっちが曲名でどっちがバンド名かわからないのが困る。

    「出る杭は打たれる」ということわざについて解釈が2面あるけれども、良いことをして打たれてしまうのと悪いことをして打たれるのとは意味が違うよなあ。良い悪いの判断は神の領域かもしれないから、打つ側にはあまり回りたくないのがホンネのところ。

    こちらのブログを見て、感慨に耽ってしまう。今はこの検査はなされていないとのこと。もっと早く廃止されてても良かったのではないのか。僕には下段左下は17にしか見えない。そして、この検査は間違いなく22歳のときに僕の運命を変えてしまったと思っている。

    のんびりするために頑張らなくちゃいけないのは、なんだか本末転倒のような気がする。ああ人生ってのは矛盾だらけだ。やっぱり、あれかこれかしかないのかな。あれもこれも、を望むならまたそれはそれで大変なことになってしまう。なんとかならんものか。

    「雨の日に向日葵肩身狭くして」 俳句はやっぱりヘタだな。「行く夏や向日葵も見ず終りけり」 今年の夏は雨ばっかりだったね。ひまわりは好きな花なんだけど(→記事)、今年も一面のひまわりを見る機会を逸した。来年の楽しみにするか。ナナムジカ聴いて、行く夏を惜しむとしよう。

     
     ユバナ ナナムジカ ニコ動

    「さあ顔を上げて 動き出す太陽が世界中の涙を乾かすから」 まあね、顔を上げていきましょうか。ひまわりはいつも光のさすほうを見てる。ときに眩暈もするよ。でも、この道には続きがあるんだ。そう信じて、ぼちぼちでも歩いていこうかと思います。
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    | 2014/09/02 | 短文 | 22:10 | comments(5) | trackbacks(0) |

    夏の終り

  • 2014.08.31 Sunday
  • 前回、両親のところに行った話しを書きました。その続きみたいなものですが。
    親父はクルマを運転するのですが、数年前に手放しました。手放させた、というほうが当たっているかもしれません。なんせもう運転させるのが怖いのです。反射神経も判断能力も相当に衰えていましたので。また、自転車も怖い。おかんが乗るとどうもヨタヨタしていまして。なので自力で運転するものはもう止めたほうがいいだろう、という判断があります。
    これはもちろん両親とも納得づくのことですが、自由な動きがとれないことが不満ではあるようです。多少のことなら歩いたほうが健康に良く、万歩計を付けていますし、また遠いところはバスやタクシーもあります。しかし、例えば病院などへゆくときはタクシーを呼ぶのもしかたありませんが、ちょっとしたことではそういう行為もしにくいようです。億劫にもなりますし。
    で、ワシら子供が来たときには、足として大いに活用します。

    「どっか行きたいとこあるか?」

    と聞くと、京都へ行きたいとのこと。長年京都で暮らしてきた二人ですから、京都のあの店でないとダメ、みたいな買い物とかがいろいろあるようで。
    で、両親を乗せてちょっと京都へ出たのです。

    ところで。京都には今、妹が住んでいます。孫の顔も見たいでしょう。誘って昼ごはんでも…と思って電話をしてみたのですが。
    そうしたら、孫(つまりワシの甥)は二人居るのですが、上の子は不在、そして下の中学生は、忙しくて家を出られないというのです。

    「なんでやねんな。家にいてんのやろ?」(ワシ)
    「そうなんやけどな、夏休みの宿題が終わらんで今カンヅメ状態なんよ」(妹)
    「へ? そんなんくらいええやん。明日から学校が始まるわけでなし」(ワシ)
    「なにゆうてんのん明日からやんか」(妹)
    「なんやて?」

    この日は8月24日(日曜)でした。えー夏休みって今は8月いっぱいまでと違うのか。
    知りませんでした。子供がいないとこういうことに疎くなります。
    つまり、週5日制の影響なんですな。思わず弊害という言葉を使いたくなりました。土日休みますから授業日数が実質減るのです。ゆとり教育のときはそれでよかったのですが、今はそうじゃないので日数が足らなくなり、夏休みが早く終わるのです。うーむ。
    僕のカミさんは北国の生まれですので、やっぱり夏休みは8月末より早く終わったようですが、そのかわり冬休みが長くなっています。
    つまり、夏休みというのは本来、暑くて集中力も欠き授業にならないから設定されているものです。京都の夏なんて地獄のようなもの。しかし、今は学校にエアコンもあったりするのですわ。それなら、暑さは関係ないわな。

    しかしねぇ…。
    夏休みが24日までなんてどうも中途半端な気がします(地方によって違うと思いますのであくまで僕の甥たちの話として下さい)。
    僕の感情などどうでもいい話ですが、8月と9月の境目というのは、子供にとってはある意味大晦日正月や年度替わりと同等、いやそれ以上に重要なものだったように記憶しています。何せ、夏が終わるわけです。黄金色した日々は、月末で終わらないとなんだかしまらない(北国の方々に陳謝いたしますが、少なくとも僕らにとっては、という話です)。アブラ蝉の声が途絶えヒグラシやツクツクボウシが鳴き出し、そしてトンボが飛んで、ああ夏が行ってしまう、その「もの悲しさ」を感じるのは、ラスト1週間の感傷でした。
    それに、京都と言いますか関西だけの話かもしれませんが、24日って地蔵盆の日じやないですか。町内の子供達が集まって、スイカ割りをしてお菓子を貰い、夕刻になるとどこにこんなに棲息していたのかと思うくらいの婆さん連がワラワラと集まってきて御詠歌を奉納し、子供達は巨大な数珠をみんなで輪になって回す。24日で夏休みが終わるなら、そんなことみんなやってられないじゃない。ガキはだいたい宿題はギリギリまで残すもんだ。地蔵盆はどうなる。伝統行事を潰す気か。思わず僕は、明治維新時の神仏分離廃仏毀釈淫祠邪教排除政策の下に地蔵取払令を布告したあの国家神道化の尊皇攘夷政府とやってることは同じじゃないかと叫びそうになり(以下略)。

    まあね、こういうのは慣れの問題かもしれませんけどね。8月を1週間残して休みが終わるということが完全定着してゆけば、それが子供達の夏の終りとして浸透していくのかもしれませんが。
    いろんなことが、かわっていくんだなあ。僕はよく思い出話をブログとかに書きますが、そのうち注釈が必要になってくるのかもしれません。

    さて、曲は「夏の終り」を。直太朗くんではなく当然浜田省吾で。

     
     誰がために鐘は鳴る ニコ動

      夏の終わりの乾いた風が窓から俺の口笛吹き飛ばす
      フロントガラスにテキーラサンライズ
      もう誰の心も引き裂くことなんてない

    僕にとっては今日が、やっぱり夏の終りです。8月31日と9月1日の境なんて何の意味も無くなって久しいけれども、この日のもの悲しさだけは、たくさんの追憶とともに、たぶん一生感じていくんだろうなと思ってます。
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    | 2014/08/31 | 雑感 | 21:20 | comments(2) | trackbacks(0) |


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