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  • 2016.12.30 Friday
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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    なにげに

  • 2010.05.29 Saturday
  • 今朝新聞を読んでましてね。そうしたら、ハッと目にとまる言葉がつかわれていたのですよ。僕としては、ついに来たかーという感じですね。

     「JRの東京駅も、なにげにコロッケ激戦区だ。(朝日新聞2010/5/29 週末別冊版be)」

    これは、記者が書いたものではなく依頼原稿です。執筆者は外部。しかし校正を通っているわけで、新聞社の公式記事とみていいでしょう。もっとも、以前から使用されていたのかもしれませんけど(全新聞の全記事なんて目をとおせねーよ)、僕は新聞記事においては初見です。「なにげに」がとうとう市民権を得たか。大げさに言えば言葉の変革が一歩足を踏み出したような気がして思わず「ほぉ〜」と声を出してしまったのです。
    これ、もしかしたら新版の辞書には既に記載があるんでしょうかね。辞書なんて何年も買っていないのでわかりません。なので検索してみますと、どうやら既にあるようですね。→goo辞書
    もっとも「新語」のことわりがあります。しかしこの出典は「大辞林 第二版」。そうか。

    先にことわっておきますが、僕は実に言葉については保守的で、三つ子の魂百までの人間です。なので「何気に」という言葉を聞くたびに実に気持ち悪い感覚にどうしてもなります。ことにこの「何気に」は気持ち悪さの最右翼かも。これに比べたら「ら抜き言葉」などかわいいもんです(笑)。説明できますし。
    ま、ですけど横丁の知ったふりのご隠居がその気色悪さを上回るほど嫌いなので、苦虫を噛み潰しつつも肯定派にまわるのが常です。ふぅ。

    しかしながら、なんですよ。この「何気に」はやっぱり気持ち悪い。
    日本語というのは変わっていくものさ、「かなし」だって昔は「可愛い」という意味だったのに今じゃ「悲しい」だろう?なんて「言葉は生きているもの」という範疇にはどうも僕の中ではおさまらない。強いて言えば「言葉が崩れている」という印象なんです。
    僕はずっとこの「何気に」を「何気なしに」の省略形としてとらえています。これは一応、間違いじゃないでしょう。僕が知りうる限り、この言葉の発生は「何気なく」の「なく」が落ちたものでした。「何気無い」。つまり「何の気も無い」であるからして、特に意図もない、という意味。
    この「無い」が落ちると「意図して」という意味になるんじゃないでしょうか。肯定と否定で反対の意味。元の意味と180度変わるだろ。
    だから「何気に」が気持ち悪いのです。
    したがって、
     何気無しに言った言葉→深く考えずに口に出した言葉
     何気に言った言葉→深く考えて言った言葉
    となるんじゃないですか。やっぱり違うでしょ。

    例文がおかしい、という反論もあるでしょう。それはゴメンなさい。いい言葉浮かばなかったもんで(汗)。
    それから、「何気無し」の反対は「何気有り」じゃないか、という反論も予想されます。「何気」だけでは肯定も否定もないじゃないか、と。この部分にはっきりと反論があるなら教示していただければなあと思います。僕は、存在しているものを反対の意味にする場合に「非」「否」「不」「無」があるのじゃないかととらえています。「無関心」「無気力」はあっても「有関心」「有気力」とは言わなくてもいい、程度で考えてます。

    さて、「何気に」が辞書に載ったり新聞記事に使用されたり、ということについて、もはや「何気に」は「何気無く」とは異なる言葉になっちゃったのだ、新語が出来たのだ、という考え方もあります。もしもそうであれば「言葉は生きているもの」と考えることも可能なのですが、本当にそうなんでしょうか。
    先ほどのgoo辞書、つまり大辞林なんでしょうか、ここにはこう書かれています。

     主に若者語で「何気ない」の副詞用法
     (1)何気なく(特に深い意図もなく)。なんとなく。
     (2)実は。意外と。
     (3)気が付くと。知らぬ間

    こう書かれますと、既に「何気無い」の本来の意味(1)を超えて、(2)と(3)の意味が新しく生じた、なので「何気に」はもはや認めちゃってもいいような気がしてしまいます。言葉は生きているものですから。
    例に出した「なにげにコロッケ激戦区だ」も(1)の意味じゃないような。「何気無くコロッケの激戦区だ」ではもはや無くて、「実はコロッケ激戦区だ」もしくは「知らぬ間にコロッケ激戦区だ」の方が意味が通りやすい。
    でもね。
    (2)は、僕には否定の言葉内のように聞こえるんです。「実は」というのは「(そうじゃないと思っていたんだけど)実は」ですよね。ひっくり返している。「意外と」というのも「意の外」ですからね。「案外」もそうですね。
    「案外」「意外」というのは、「何気無し」と系統は同じ言葉だと思うのです。「考えていること」と異なった状況ということですから。
    これは(3)にもいえる事じゃないでしょうか。「知らぬ間に」というのも、頭にあることと異なった状況が生じた様でしょう。だから、結局いずれも否定の意味を伴った同系統の言葉だと思うんです。
    「何気無しに」の意味に「実は」「意外と」「気が付くと」という意味が備わってきたとしたら、これは「日本語の変化」と言えるかもしれません。でも「何気に」という「無い」を省略した言葉がこの否定の意味を伴った系統の言葉に入ってくるのは、どうも納得がいかん。
    「何気に」が「意外に」であればそのうちに、「何気なく」は「意外じゃなく」なんて意味になっちゃうかもしれません。二重否定だ。つまり何気なくは「予想内」的な意味になっちゃう。これはさすがに言葉の崩れだと思うんです。

    そんなの考えすぎだ、「何気に」はただの省略語。そんなのいっぱいあるじゃないか。「こんにちは」は「今日はお日柄も良く」の省略だし「あけおめ」は「あけましておめでとう」だ。それでも成立してるじゃないか、という意見もあるでしょう。
    でも、意味を180度ひっくり返してはいかんでしょう。「あけましておめでとうございません」を「あけおめ」にしてるようなもんだ。省略していい部分と、してはいけない部分があるのじゃないでしょうか。「何気に」はだから、僕はつかう気にならないのです。

    さて、横丁のご隠居の繰言はこのくらいにしておこうかなと思います。それは、僕にこんなこと言う資格があるのかってことで(汗)。
    と言いますのは、僕にも(そして日本語にも)これについては「前科」があるのでは、と思っているからです。
    それは「何か」「何だか」という言葉です。なんかよくつかいますよねこの言葉。何だか自然に出てきます。
    でもこれ、もしかしたら「何となく」の省略ではないのか。あるいは「何だか知らないけれど」とかの。そうだとしたら、これはマズい話だと思うのですよ(汗)。後半の否定部分を省略した言葉ですから。でも、通じている。
    難しいことはわかりませんよ。「何となく→何か」と「何気なく→何気に」が同じことであるのだ、とも言うだけの知識も持っていませんしね。でも、さっきまで大上段にかまえて偉そうに言っていた事がちょっと揺らぐのも事実(笑)。
    こういうの、いい取扱説明書がありませんかねぇ。僕の脳内では、これが限界。
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    | 2010/05/29 | 言葉 | 18:33 | comments(13) | trackbacks(0) |

    「からい」と「しょっぱい」

  • 2010.04.30 Friday
  • 言葉の問題は、ネットに書く以上ちゃんと勉強して書かないといけないとは思っているのですが、今日は感情で書きます。したがって、間違っているところが多いかもしれませんけど勘弁してください(笑)。

    関西人は、多くの場合「塩の味が強い」「塩分含有量が多く美味しく食べられない」「海水」などを指して、「からい」と言います。関西人とくくるのはよくないかもしれませんが。もしかしたら関西でも若い人はそうは言わないかもしれませんし、また関西に限らず西日本で広く言われているという場合もあるのかもしれません(僕の経験上)。
    経験上、ではさすがにまずいか(汗)。よく覗く方言サイトの「ほべりぐ」を見てみますと、こんな結果が出ています→これ
    まず、西日本では「からい」が優勢だとみていいでしょうか。僕ももちろん「からい」です。「味噌汁がからい」「この味付けちょっとからすぎてノドが乾くがな」と。
    こんなの文化の違いで片付けてしまえばいいと思ってたんです。上記サイトを見てもわかるとおり東日本では「しょっぱい」が優勢です。それはそれでかまわない。しかしこだわるひとはこだわるらしくてね。

    前略(なんでこういう話になったのかは差障りがあるので省きます)。

    「"からい"ではトウガラシの辛さと勘違いするじゃないか。ちゃんと言葉はつかってくれよ。しょっぱいという共通語があるんだから」
    「しょっぱいというのも一種方言やないんですかね」(僕)
    「何をいう。からいとしょっぱいは明確に味が違う。それを方言とはいいかげんにしてほしい。塩の味と辛子の味を区別しないとは、関西弁はさすが未分化の言語だな」

    未分化の言語と言われてはこっちも感情的になりますがな。

    「あなた状況判断もできないんですか。辛子のからさか塩分のからさか、対象によってわかるやないですか。味噌汁からいと言うて、トウガラシが入ってるなんて勘違い誰がするんですか」(僕)
    「じゃラーメン食べて"からい"ならどうするんだ。どっちもありうるじゃないか。激辛ラーメンもしょっぱいラーメンもあるぞ」
    「むむむ…」(僕)

    旗色が悪くなってきました(笑)。
     
    「東京じゃ塩からいことを絶対に"からい"とは言わんのですか。あまからい、なんて表現はないんですか?」(僕)
    「言わない。あまじょっぱい、と言う」
    「"あまずっぱい"なら知ってますけど"あまじょっぱい"なんて聞いた事ありませんがな。それこそ方言やないんですか」(僕)
    「辞書引けばちゃんと載ってるはずだ。私は昔からそう言っている」

    これ以上はいいでしょ。話の骨子はわかっていただけたかと。大人のじつにつまらぬ喧嘩であります(汗)。僕この人キライなんですよ(笑)。

    一応揚げ足とっときますか。「甘辛い(goo辞書)」。ちなみに「あまじょっぱい」はありません(笑)。
    ただ、だからあまじょっぱいは間違ってる、なんて言うつもりはないのですよ。そんなの方言だ、と僕が言ったのは「売り言葉に買い言葉」というやつです。聞き慣れない言葉ではありますが、あまじょっぱいでももちろん伝わります。そして方言も尊重しています。
    しかし、「からい」が塩分過多を指す、というのは本当に間違ってるんですかね。そういう決め付けに腹が立つわけなんです。僕は子供の頃からそう言いますし、僕に言葉を教えてくれた両親含む全ての人たちにこれでは申し訳ない。

    「しょっぱい」なんてのは語感から言って、間違いなく音便化した言葉だと思います。もともとの言葉があったはず。「しおっからい」からかなーとぼんやり考えたりしますが、それですと「からい」からの転化ですから上記のおっさんは納得しないでしょうね。それにさすがに「からい」が「っぱい」には転化しないでしょう。パッと見て「しおはい」という言葉がかつてあったのか。「しおっぽい」が訛ったと考えるのが妥当な気もしますけど…。
    ええい面倒臭い検索しましょう。ありました。「しおはゆい」ですね(goo辞書)。漢字は「鹹い」を当てるようです。でも当て字ですねこりゃ。「おもはゆい」から連想して「塩映ゆい」なんでしょうか。塩味が映える、つまり目立つってことで、言葉の意味は合致します。
    「しおはゆい(しほはゆし)」の用例を見てみますと、東海道中膝栗毛が挙げられています。近世だな。でも日葡辞書にもあるようですから、中世には使用されていたのでしょう。
    結構伝統のある言葉のようですし、ここらでカブトを脱いでもいいのですけど、じゃなぜ「からい」という言葉が塩味を示すのでしょうか。上記の人なら「間違ってるのだ」と一刀両断でしょうけれど、僕だけがつかっている言葉ではありません。

    「からい(からし)」とはいつ頃からあった言葉なのでしょうか。
    文献を調べたわけではなく感覚で書いては説得力を持ちえませんが、かなり古い言葉だと思うのですよ。基本語みたいなものですから。
    もしも「しほはゆし」と「からし」が言葉として同時発生で、「からし」は最初から「辛味」のことで、関西人は味の区別が出来ないからそれがごっちゃになってしまったのだ、とするなら実に悔しい話ではあるのですが、そうは考えたくない。なので、我田引水的に解釈しようと思います。
    「しおはゆい」を「鹹い」と当てたことがヒントになるような気がします。実は「からい」も「鹹い」と当てるのです。「辛い」という字以外に。
    推測ですけど、「からい」を示す漢字は「辛」よりも以前には「鹹」だったのではないでしょうか。
    そもそも、古代日本にトウガラシの「辛さ」というものは無かったはずです。トウガラシは唐辛子と言うくらいで輸入品。といって中国から入ってきたものじゃなくポルトガルから、というのが一応の定説です。関西ではトウガラシのことを古い人は「なんばん」とも言います。また九州ではトウガラシのことを「胡椒」とも言いますね(柚子胡椒って別にペッパーが入ってるんじゃなくトウガラシですよね)。
    つまり、あのカプサイシンの辛さは中世以降、日本に入ってきたものなのです。
    だったら、「からい」という言葉は中世以前はピリ辛を指す言葉じゃなかったのだ、と僕などは鬼の首を取ったように言いたくなるのですが、ちょっと待て。カプサイシンの辛さはなくとも、「和芥子」はあったでしょうし山椒もある。また生姜もピリピリきますよね。それに日本原産の「山葵」。スパイスは日本にも古来から存在していたはずです。それらの味は何と言っていたのか。やはり「からい」なのかしらん。

    ただですね。
    「和からし」つまり「芥子」は、日本には相当古くに入ってきたものの、「種子を磨り潰して乾かし後に練って薬味とする」的な使い方はやはり中世以降のようです。葉っぱを食べてたんですね。葉もツーンとくる成分がありますから薬味としての使用はあったでしょうけれども、香辛料としてではなかったようです。からし酢味噌とかが現れるのは室町以降のようですね。
    山椒の歴史は古いようです。古来日本では「はじかみ」と呼ばれていたようですね。はじかみと言えば今では芽生姜の酢漬けを限定して指しますけど、昔は生姜も山椒も「はじかみ」だったようです。ピリピリくるので「端を噛む」くらいしか出来ないってことでしょうかね。漢字は「椒」を当てることが多かったようです。
    ここで古事記から引用。僕の得意分野ですね(笑)。

     みつみつし 久米の子等が 垣下に 植ゑし椒 口疼く 我は忘れじ 撃ちてしやまむ

    これ、神武天皇の歌です。初代天皇ですから紀元前…と書きたいところですがさすがにそうじゃないでしょうね。でも相当古い歌謡です。「撃ちてしやまむ」というのは戦中よく使用された言葉ですから知られていると思います。ここに出てくる「椒(はじかみ)」はおそらく山椒だったと言われます。
    この山椒を食べたときの味を神武天皇は「口疼(ひび)く」と詠んでます。「辛く」じゃないんですね。山椒ですからピリっときたのでしょうが、それを古代は「ひびく」と表現しています。いい表現だなあ。
    山葵は日本原産。相当古くから食べられています。ただ、山葵の味を表現するのに「辛い」は妥当じゃない気もするのです。今でも。あの鼻につーんとくる感じは。そもそもすぐに抜けて持続性がありません。

    さて、いろいろ理屈をこねていますが、鬼の首を取るまでには至らないものの、やはり「からい」に「辛」を当てて辛味を示す言葉になるのは後世ではないのか、という思いが抜けずにいます。「からい」は「鹹」の方が古いんじゃないのか。
    味覚というのは基本感覚で、その中でも基本中の基本は「塩味」です。なのでそういう言葉は日本語が発生した頃、ごくごく初期からあったと思うのですよ。「からい」「あまい」「すい(すっぱい)」「にがい」などと同時発生だったと思うのです。「しおはゆい」という言葉は、複合語です(しお+はゆい)。この言葉が日本語発生時からあったとは考えにくい。味覚の最も基本語である塩味が他よりも長い五文字というのも、ちょっと納得がいきません。
    そもそも塩味を日本では「からい」と言っていた。後にトウガラシを代表とする香辛料が日本に入り、調理法も発展し(芥子の種子を粉にして練ったり葉山椒より実山椒が広がりそれを粉末にしたりまたおろし金が広まったり)日本にも「ピリっとした」ものが広く出回るようになった。それに対応する言葉(形容詞)は和語になく、「からい」が便宜的に使用されるようになった。
    そんなふうな想像をしてみます。そして漢字で「辛い」が当てられ、かつての「鹹い」と読みが同じになった。
    「しおはゆい」はその頃生まれてきた言葉かもしれません。区別のために。ただ、塩味を「からい」という言い方は、そのまま駆逐されずに残った。それは、基本語であったということ以外に、香辛料の使用頻度によるのかもしれません。インドや韓国と異なり、今でも日本料理では香辛料をそれほど多く料理には使用しません。そんなにピリ辛を頻繁に表現せずともかつては済んでいたわけでしょう。
    現在。カプサイシンマニアも世の中にはたくさんいらっしゃるようで。何にでも大量にトウガラシを振り掛けるひとたち。カレーや韓国料理はもとより、エスニック料理も増えた。そういう「辛いもの」が日本史上最高に使われているこの社会情勢下で、「からい(鹹い)」は肩身が狭くなってきた感もあります。
    でも、「しょっぱい」は言わないんですよね僕たちは。何より「慣れない」。少なくとも「間違い」じゃないことは認めて欲しいと思います。日本古来の言葉がカプサイシンに駆逐されてるみたいですしねー。

    以上、妄想の説。ええ、なんの裏づけもありませんよ。反証はいくらでもあげられるかも。じゃあ「辛味大根」って何だよ。「和がらし」という名称がそもそも…(自爆)。

    さて、もう少し別の角度から攻めてみるか(笑)。
    そもそも「辛味」って味覚なのでしょうか。
    味の成分としてよく言われるのが「甘鹹酸辛苦」。日本では第六の味として「旨味」を加えたりもします。グルタミン酸やイノシン酸などですね。味覚に鋭敏な日本人ならでは、と思わず自画自賛したくなりますが、それはさておき。
    この中で「辛味」だけは味覚ではないのですね。これ、味じゃなくて感覚なんです。それはわかりますね。ピリピリくる刺激は味じゃない。痛覚だとよく言われます。辛味は痛味(笑)。これは辛いもの好きの人には納得いかない話だとは思いますが、その証拠に、辛味を感じるのは舌だけじゃなく(以下下品なので省略)辛いものを大量摂取した後トイレに行けばお尻からも辛味を感じてしまいます。イタイイタイ、と。結局、感覚的には触覚なんですね。舌で感じる触覚は、他にも「渋味」があります。あれも「味」と言ってますが味覚じゃない。

    この「味覚じゃない」感覚に「からい」という本来は味の言葉が乗っ取られてもいいのでしょうか(笑)。
    「鹹」という字は確かに難しい。他に塩味をあらわす漢字に「鹽」もありますがこれも難しい。したがって「からい」という言葉をあらわす漢字はいつのまにか「辛」一辺倒になってしまいました。「辛い」と書けば、その字面は意味としてはピリ辛しかなく、塩味を「辛い」と書けば確かに間違いでしょう。当用漢字とかそういうものが漢字の意味を考えず難しいものを駆逐してしまった弊害がここにあります。「甘辛」も本当は間違いで、「甘鹹」と書かねばならないところですが、これも無くなってしまいました。だからといって、読みまで失わなくてもいいんじゃないですか。

    英語で辛味をHOTと言います。うまいですね。味覚としてとらえていないことがわかります。これも上記の人なら「熱いも辛いもhotと言うのは、英語が未分化言語だからだ」とでも言うのでしょうけれど。
    本当は、トウガラシなどが日本に入ってきたときに、「からい」と表現すべきではなかったんです。そこがそもそもの問題。中国で言う「辛味」つまり「辣(ヒリヒリ熱い)」や「麻(舌がシビれる)」をあらわす言葉を別に作れなかった(当てはめられなかった)ことがこのややこしさを生んでしまったんです。「痺れる」でも神武天皇のように「疼く」でも、何か他の言葉で代替していれば。形容詞なら「痛い」「熱い」の方が感覚は近いのに。
    でもまあ、しょうがないか。もう後戻りは出来ない。このTV時代「しょっぱい」が日本を席巻し、「からい」が辛味だけをあらわす日が来るのもそう遠くないかもしれません。

    あとひとつだけ。
    字面だけでみると「辛い」というのは「からい」だけじゃなく「つらい」とも読めちゃうんです。これが困る。「ハバネロ食べたら辛かった」はからいかつらいかよくわかんない(汗)。



    追記:感情だけで書くとやはりほころびが出てきます。その後、改めて続編書きました。

     「からい」と「しょっぱい」2
     「からい」と「しょっぱい」3
     「からい」と「しょっぱい」4
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    | 2010/04/30 | 言葉 | 23:39 | comments(15) | trackbacks(0) |

    頭痛が痛い

  • 2010.01.27 Wednesday
  • この間、ちょっと博多へ行きましてウダウダと遊んだ話を書いたのですが(前記事参照)、その記事をもうひとつのブログの福岡県を書いた記事ににセルフリンクしておこうと思い(壇一雄旧宅が無くなっていたので追記しなくては、と思い)、当該記事を久々に開いたのです。
    何気なくその記事を読み返していましたら、「うわ、やっちゃってる」と思いました。何をやっちゃったのかと言いますと、
    あれから20年以上も経つ。僕は前述したように時々は福岡へ旅行に行くようになった。もちろん鈍行列車で行くばかりでもなく、ちゃんと新幹線なども利用することもある…
    (凛太郎の徒然草:僕の旅 福岡県)
    うーん、「旅行に行く」は一応いけませんね。ちゃんと推敲してない証拠。これはつまり「頭痛が痛い」と言っているのと同じです。しまった(笑)。

    ただですね。僕はこういうことに保守的な人間なので一応「しまった」とは思うのですが、「旅行に行く」なんて日常会話では普通に使用しますね。「頭痛が痛い」ほどの不自然感はありません。自分としては重言ですからあまり使用したくはないんですが、人に「その遣い方はおかしいよ」なんてことは言いませんよ。だいたい、自然に聞いてしまって気がつかないでしょう。こうして文字に起こすから「旅く」が「あ、重なっている」と気付くんであって。
    最も適当なのは「旅行する」なのでしょうが、これだとその「行く」という能動的所作が伝わりにくい。じゃ「旅行に出る」がそれに相当するのでしょうけど、その「出る」という語感がどうも強く感ぜられることがあります。僕の上記の文章で言いますと「福岡に行く」と「旅行」を省いてしまうのが最もすっきりします。
    もちろん「旅に行く」と書くこともそりゃいいですが、どうも「旅」という言葉から連想されるのは股旅・一人旅・放浪・彷徨なんて方向性であって、観光や団体旅行の時につかいにくい。パックツアーに参加するときに「旅に行くのさ」なんて言えば「何気取ってんだコノヤロー」なんて言われかねない。難しいんですよ(汗)。
    語感はともかく、辞書的には「旅行=旅」と考えていいのでしょう(→goo辞書)。ならば「旅行に行く」でもさほど問題はないのでは。重言には確かに引っかかりますけど、それでも「修学旅行に行く」「海外旅行に行く」となれば、もう他に言い様がない気もするんです。難しいなー。

    こういう言葉って、他にもたくさんあるように思うのです。その最も代表的なのが前述した「頭痛が痛い」なんでしょうけど。これは確かに揶揄の対象となりますが、他にも自然に、ごく普通についつかってしまう言い回しってありますよね。
    僕も「詳細を詳しく教えてくれ」とか絶対に言ってそうだ。「後で後悔するぞ」とか(笑)。こうして活字にすると「おかしい」と気がつきますけど、例えば「僕が感じた最大の違和感は…」なんて、ブログにも書いたことあるんじゃないかなー。
    これについて、いろいろ考えてみたんです。なんで、不自然な場合があったり、そうでなかったりするのか。でもよく分かりませんでした(汗)。だれかちゃんとした回答を教えてくれ…と言いたい所ですが、詳しい人に言語学的に解説されても当方アタマ悪くて結局わかんねー、なんてことが予想されますので、これは保留します。また自分なりに到達したら記事にするかもしれませんけど。
    おそらく、「旅行=旅」であるとするところにヒントがあるような気がするんですけどね。「旅行」が「旅に行くこと」じゃなく「旅」という固有の意味を持っちゃったと言いますか。
    そもそも「旅」と「行」って意味が似ています。重複した意味の漢字を並べているといいますか。こういう単語の作り方ってあるらしいんです。強調させる場合とか、同音異義語と区別させる場合とかで。そもそも「重複」だって意味がかさなってますよね。「切断」「計測」然り。あ、話がずれた。
    こういう「旅行」のような熟語が中国発なのか日本の造語なのかは知りませんけど、長年使用し続けるうちに使用する場所が固定され、固有の意味を持ってしまう場合もあるような。それだと、違和感を持たなくなるのじゃないでしょうか。
    「給食」は字面だけで言いますと「食べ物を給わる」という意味ですが、そんな謙譲的な意味で使用しませんよね。これは学校などで提供される食事のことを指すのが一般的です。もう「給食」という独立した言葉として定着してますから「給食は残さず食べましょう」には違和感をもたない、ということに…ああなんだかややこしくなっちゃってるな(汗)。
    つまり、和語と漢字の熟語で少し意味が乖離してしまっていることってあるのじゃないかと。もう少し考えると、例えば「犯罪」。犯罪というと、これは刑法に触れる罪を指すと思います。やれば捕まる事柄ですね。「オマエそれは犯罪やぞ」と。これが「罪を犯す」となると、刑法とかあんまり関係ないような。もっと道徳的な「罪」も含むような。「私は罪を犯してしまいました。他の人を好きになってしまいました」みたいな。こんなふうに、漢字の熟語になると、意味が固定化されてくる傾向があるんじゃないかと。
    だから「給食をたべる」「犯罪をおかす」なーんて言い回しがよく聞こえるようになっちゃったんじゃないかなーと思ったりするのです。違うかなぁ(汗)。

    さて、頭痛が痛い。これは実に違和感ありますね。全く。「馬から落馬」とともに、この手のおかしな使いまわしの代表格と言えます。
    しかしこれだって、定着しないとも限らない。いわゆる「日本語の乱れ」の話とは違いますけど。
    「頭痛」といえば、病気のことですよね。アタマがガンガン、あるいはズキズキ痛む症状のこと。しかし、これを「頭が痛い」とやっちゃいますと、これは病気だけを示しません。悩ましい事態を表現するのにも使います。「うちのドラ息子停学くらっちゃってさー、ホント頭が痛いよ」みたいに。これは別に頭がズキズキしているわけじゃありません。
    同様のことはないかと思いましたら、例えば「骨折」なんてのもそうですね。これは怪我ですけど、「骨が折れる」と言えば、苦労するさまを表現するのにも用います。
    こういうのは比喩であって特例だとは思うんですけど、文脈によっては「頭が痛い」「骨が折れた」と書いて、どっちの意味か分からなくなってしまうことも想像されるわけで。さっきの「和語と漢字熟語で意味が乖離する」状況に似ているような。
    だからといって「頭痛が痛い」を肯定しようとも思いませんけど(どうもやっぱりキモチ悪いので)、線引きって難しいなと思うんですね、いろいろ考えますと。どこからが間違いで、どこからが許容されるのかがイマイチわかりにくい。
    これ書くのに、ちょっと辞書も見たんです。そうしたら、例えば「違和感」にはこう書いてあるんです。(→goo辞書)
    ここの例文に「—を感じる」って載ってるんですよね(笑)。おいおい、これはOKなんかいっ、と。同様に「酒の肴」というのもおかしいと思い調べましたら、辞書に例文として引いてある。肴は酒菜のはずなんですけどねぇ。だから、線引きがよくわかんないんですよ。
    無理やりまとめますと、こういう重複する意味の言葉を並べるのは、冗長になるので避けたほうがいい、とは言えるかもしれません。前述の僕の文ですと「福岡に旅行に行く」よりも「福岡に行く」の方がずっとすっきりする。「いちばん最近では」とか「今現在は」とか、こういう言い回しを避けることが文章を読みやすくさせることは確かです。だから、気をつけたい。話し言葉の場合は…もう通じればそれでいいのかもしれませんけどね。

    結論の出ない話をつらつら書いてしまいました。少し雑談を。
    こういう重複した言葉についていろいろ考えてますと、ここ数日、目に耳に入るあらゆる言葉が気になってしょうがなくて(汗)。これはあまり関係ないだろう、てな言葉もなんか引っかかってくるのです。
    例えば広告の「スーパープライス価格」。言わんとしていることは分かるんですよ。でも、プライスって価格のことでしょうが(笑)。
    これは固有名詞が絡むので全く問題ないのですが、例えば「四日市市」とかね。なんか気になる(笑)。「船橋橋」とかね。
    重複意味からすれば、「高松塚古墳」なんてのも気持ち悪くなってきます。もちろん固有名詞ですから何の問題もないのは分かっていますが、つい気になってしまう(汗)。もう病気です。
    外来語とか多いですね。「ゴビ砂漠(ゴビは砂漠の意味)」「ポタージュスープ(ポタージュはスープの意味)」「フラダンス(フラはダンスの意味)」。だからと言って間違いだとも言いにくいんですが。
    逆に英語、ローマ字表記とかもなんか気になって。「Mt.Hieizan」とか重複ですよね。でも、これはしょうがないですけど。「Mt.Hiei」ならなんとか成立するかもしれませんけど、「立山」「白山」「月山」だと成立しにくい。「Mt.Gatsu」って何じゃそら、ですから。でも「Mt.Fuji」って言うよなー。
    ここでややこしいのは寺ですよね。「Yakushiji Temple(薬師寺)」とか表記します。これも「寺」まで含めて固有名詞として考えれば意味が重なってもいいとします。ところが、「Hase Temple(長谷寺)」とか表記したりもするんですねぇ。寺を"じ"と読むか"てら"と読むかで表記に異なりが出てしまって。これも厳密な法則性があるわけでもないんでしょうけど。
    言葉遊びになりますが、唐招提寺は「Toshodaiji temple」ですよね。ところで、その「招提」という言葉はそもそも梵語で「寺院」という意味があるんです。なので、招提・寺・templeとなればもう「寺、寺、寺」と(笑)。

    このくらいにしておかないとアタマがおかしくなってきます。何でも重言に見えてきて頭痛が痛くなります。
    「踊りを踊る」「歌を歌う」っていったい何?(笑)。もうこんな当たり前の表現でさえ気持ち悪く見えるんです。他に書きようがないんですけど。そう言えば昨年末「American tune」を記事にしたとき「And sing an American tune」をどう訳すか悩んだもんなー。
    オチに持ってきては怒られるでしょうけれども、斉藤和義さんの名曲「歌うたいのバラッド」。心にしみる美しい曲だということは承知の上で、

     「今日だってあなたを想いながら うたうたいはうたうよ」

    歌歌いは歌う、ですかそうですかそうですか(笑)。しかし、こう歌うから心に響くんです。ケチなんぞつけてません(汗)。
    歌詞はどうなってるんだろう、とふと気になりまして検索。さすればこうです。→うたまっぷ
    「歌うたいは唄うよ」か。うーむさすが、うまくダブらせないように表記されていますね。てか、やっぱり斉藤和義さんも気になったんだと思いますよ、この表記を見れば(笑)。
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    | 2010/01/27 | 言葉 | 00:03 | comments(8) | trackbacks(0) |

    略語は難しい(SLとかOKとか)

  • 2009.09.06 Sunday
  • ホント雑感なんですけど。
    最近、というかずいぶん前からですけど、アルファベットによる略語が流行っています。KYなんてのがもう最たるものでして、これは日本にローマ字文化が本当に定着したことの表れかなと。つい先だってまでの若者省略言葉と言えば「チョベリグ」でしたからね。これにはPCのローマ字打ちが相当に寄与していると思うのですが。

    略語なんてのはもちろん昔からあるわけで「あたぼう」と言えば「あたりめぇだ、べらぼうめ」の略であるわけでして、長いもので使用頻度の高いものは略されていきます。和語に限らず漢語であってもそう。もはや略語の方が一般化して、本来の言葉が忘れ去られているものも多いと思います。「首相」が「首席宰相」であるとかね。
    あれ、話がそれた。KYとかの話だった。
    アルファベットの略語にもいろいろありまして、日本発のものも多いわけです。NHKとかね。日本放送協会。間違いなく和製アルファベット略語です。また、翻訳してあてているものもありますね。JALは日航ですけど、NKじゃなくてJAL(Japan Airlines)となっちゃいます。航空会社は世界を飛び回ってますからしょうがないか。
    OLなんてのも和製略語らしいですね。オフィスレディなんて向こうじゃ言わないらしい。オフィスで働く人に女性も男性もない、つーことでしょうね。看護婦やスチュワーデスが看護師やCAにとって替わられたようにOLもいずれ消える運命にあるのかもしれません。

    あれまた話がそれてる(汗)。
    そのアルファベット略語の本家と言えばもちろん欧米に間違いはないわけで、向こうで使用されている略語がそのまま輸入されて定着しているものも多いわけです。その中には、僕もよく分からず使用して何十年、なんてのもあるわけです。恥ずかしい話なんですけど。
    つい先日、山口県に旅行したのでその話なんかを雑談でしていたわけです。僕は車で行ったのですが、山口にはSLも走っていて汽車旅も楽しいよな、なんて話をしていますと、

    「SLって何です?」

    SLを知らない若者がいるとは驚いたわけですが、よく考えてみると僕もよく知らない(汗)。SLとは蒸気機関車のことだよ、あの煙吐いて走る汽車だよ、というのは容易いのですが、SLが何の略かということはうっかり知らなかったのです。これは恥ずかしい。
    Sが蒸気(Steam)であることはすぐ推測が出来るのですがLが分からん。レイルウェイだと言いかけてあれはRailwayでRじゃんかとすぐ言葉を呑みました。鉄道だからLineとかそんなのかもしれないな、とぼんやり考えながら辞書を引きますと「Locomotive」であると。汗顔の至りとはこういうときのことを言うのでしょう。もう忘れないぞ(汗)。

    こういうふうに普段何気なく使用している略語のモトを知らないってのは、実はたくさんあるんです。僕が無知であるだけかもしれませんけど。
    例えば、紀元前、紀元後をあらわすBCとAD。BCは「Before Christ」であるとすぐに分かるのですがADって何?(汗)。
    答えは「Anno Domini」だそうですがこんなの知らん。ラテン語だそうで、そりゃすぐに思い浮かばんわい。AっててっきりAfterかと。Annoが年、Dominiが「主の〜」という意味らしいですが、英語とラテン語ですから、おそらく全世界で通用する略語ではないのでしょうね。ADはともかくBCの方は。

    僕が、そのモトを知らずに使用していた略語の最たるものは、「OK」と「SOS」でしょう。「OK」なんて考えもせずにつかってましたわ。みんな知ってるのかな。僕はちょっと反省したので調べてみました。
    辞書引きましたら、由来が書いてありましたがどうも諸説ある。面倒なのでWikipediaをリンクしますけど、「Oll Korrect(all correct)つまり綴り間違い」が有力な説であるらしいのです。なんじゃこれは。これだけ全世界で使用されている(英語圏だけではないらしい)言葉の由来がこんなことだったとは。

    「SOS」ですと、さっぱり知らない、というわけではないんです。なんとなしに知っている。でもあやふやであります。
    昔読んだ開高健氏のエッセイの中に「Save Our Souls(我らが魂を救え)」の頭文字、という話が載っていましたが、これはあの開高健のことですもの、信用していませんでした。例えばブランデーの「V.S.O.P.(Very Superior Old Pale〜非常に優れ古く澄んでいる)」をVery Special One Patternであると洒落ているのと同様のことであると思っていました。
    SOSって当てはめやすいですからね。余談ですが、昔MBSでやってたヤングOH!OH!でもユニット「SOS(さんま&大阪スペシャル)」つーのがありましたし、最近では我らが西宮のスター涼宮ハルヒの同好会もSOS団(世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒ軍団)でした。「Save Our Souls」もその手の類いだろうと。
    僕が知ってるつもりの「SOS」はモールス信号からの由来ってことです。
    モールス信号というのはご承知の通り短点(・)と長点(−)の組み合わせで構成されています。Aは「・−」でありBは「−・・・」です。
    これとは別に、遭難時の緊急信号は、短音と長音を単純に組み合わせて発します。
    「・・・−−−・・・−−−・・・−−−」
    これを繰り返し発信するわけです。最も単純な送信であり誰でもすぐに分かります。これは文字列ではないのですが、文字に置き換えた場合「・・・」がS、「−−−」がOに相当します。これから、非常時の遭難発信を「SOS」と通称として呼ぶようになったという話しです。だから、SOSは略語ではないんです。

    と、ウンチクめいた話を書いて〆ようかと思っていました。しかしあやふやなのでちょっと検索して確認をしようと思ったのです。そうしたら、意外なページを見てしまいました。
    海上保安庁であればこういう話はもちろん正確な事柄が載っているはずですしそうでないと困るのですが、その第四管区海上保安本部のあるページに、ミニ知識としてSOSの意味が記載されていました。それを引用します。
    SOSの意味は?
    Save Our Souls(Ship)「私たち(船)を助けて!」の頭文字やSuspend Other Service「我々の通信を優先してくれ!」「他の通信を一時止めよ!」が語源と言われているようです。 なお、SOSは現在使われておりません。  第四管区海上保安本部 海保通信竹とんぼミニ知識より
    えっ、「Save Our Souls」が正しいの?! それに他にも説があるよ。どうなってるの?
    どうも迷宮に入りそうな気配です。多分前述したモールス信号由来でいいのだと思うのですがねぇ。しかし海上保安庁の話を覆すほど僕にも裏づけがあるわけじゃない。うーむ。

    なお、この海保通信はなかなか面白いのです。つい読みふけりました。ミニ知識にも例えば「船の代名詞「She」から「It」へ」とか「御新造さん」とかね。なかなかに興味深いのですけど。
    それもそうなんですが、前に戻って恐縮ですけどひとつ驚いたことがあるんです。引用文中の「なおSOSは現在使われておりません」という部分です。へー。
    これはつまりどういうことなんでしょうね。単純に考えれば、モールス信号がつかわれなくなった、という意味だとは思うのですが。調べてみますと海上保安庁は1996年にモールス信号の使用を止めていて、緊急時にはGMDSSに切り替えられている、と。しかし海保の説明ではSOSはモールス信号由来ではないようなことを書いていたのでは…。謎は深まりますがまあいいとしましょうか(汗)。
    モールス信号無くなっちゃったのか、とつい早合点してしまいましたが、アマチュア無線などではまだ使用されている由。そうかそうか。
    僕はヘンな人間でして、何故かモールス信号と手旗信号はマスターしてるんですよね(笑)。マスターと言えば言いすぎでしょうけど、解読することは出来ます。特技とまでは言えませんが、昔覚えたことが無駄になるのって寂しいですからね(でも使用する機会なんてないけど)。

    思いつくまま書いていましたらなんの話かわかんなくなりました(汗)。
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    | 2009/09/06 | 言葉 | 13:55 | comments(7) | trackbacks(0) |

    生キャラメルの「生」って?

  • 2009.07.19 Sunday
  • 今流行の…と言うには遅すぎますが、先日カミさんがデパートの催事で出品されていた「花畑牧場の生キャラメル」を買ってきました。もう大行列だったそうで。整理券を配っていまして、すぐに売り切れだったそうです。もちろん手作りで大量生産が出来ないということがあるのでしょうけれども、こういうところもプレミア感が出て購買意欲をそそるんでしょうね。田中義剛さすが。カミさんはその場で「ホットキャラメルアイスクリーム」というのも食べてきたようですが、これは持ち帰り不可ということで僕は食べていません(涙)。
    といって、生キャラメルを食べるのは初めてではありません。別のメーカーのものは一度食したことがありまして、その「口の中で一瞬にしてとろける」のにあっと驚いた経験があります。なるほど、これはアイディアだと思いましたね。これを発明(?)したのは北海道は興部の会社らしいのですが、全国的にヒットさせたのはやっぱり田中義剛氏なんかな。そこは素直に大したもんだなと。
    さて、その花畑牧場生キャラメル、もちろん口の中で溶けます。以前食べたものよりも少しバター味が勝っているようにも思えましたが、さすがに美味い。ただ、高価ですね。森永キャラメルとはえらい違いで(汗)。

    さて、この記事は喰いモンの記事ではありません。こっからいつもの僕の屁理屈が始まりますよ。
    生キャラメルの「生」っていったい何? またそういうところに僕は引っかかっているのです。こんなもん加熱調理して製造されているに決まっていますので、それでも「生」を冠するというのはいったいどういうことだろうということです。
    しかし、こんなの検索すれば簡単に答えは出てきます。つまり、「生クリーム」をたっぷり使って仕上げたキャラメルだということ。なので通常よりも柔らかく出来上がるというわけで、生とは生クリームの生。生クリームキャラメルの略称であるというのが世間一般の回答であるらしいです。同様に「生チョコ」なるものがありますが、あれも生クリームをふんだんに使用したチョコレートということらしいですね。

    ですがね。
    生チョコに関してもどうも僕は引っ掛かりがあるのです。略するのならそこじゃないだろうと。生というのは実に一般的な言葉で接頭語でもあります。食べ物で言いますと生ビールに象徴されるように、「過熱していない」という意味で多く使用されます。したがってこのネーミングは誤解を生む。どちらかと言えば「クリームチョコ」「クリームキャラメル」の方が良いのではないでしょうか。
    これについていろいろ検索してみました。さすれば「生チョコ」のネーミングの由来が分かりました。こちらのシルスマリアさんのサイトによりますと、生チョコの発祥は日本、それもまだ10年あまりであるということ。へー。そして、生パイという人気商品にあやかっての命名、ということで、生クリームの生ではあるものの、イメージ先行のネーミングであったようです。「生」ってそこからかい。これではしょうがないかもしれません。
    ですが、この「生チョコ」はシルスマリアさんの商標登録とはならなかったようで(一般的名称すぎたのかな)、あちこちで生チョコは販売されています。そして、ちゃんと定義も出来ているようで。Wikipediaによれば、クリーム10%以上・水分10%以上のものを指す、と。なるほど。生クリームを使ったチョコならガナッシュもありますからね。ちょっと納得しかかります。しかし、まだ釈然としないのです。

    さて「生(ナマ)」という言葉からは、全く知識がなければ「生クリームの生だろ」とはスッと出てきません。いろいろ検索とかしてみましても結構「新鮮だから」「柔らかいから」生だと思っている人もいるようです。新鮮はともかく、生に「柔らかい」の意味なんてあるんでしょうか。ただ、引用するのも悪いのでしませんが、「生って柔らかいから?」とか書いている人も結構いるんです。んで、その意見ってなんとなく感覚的に分からなくもないんです。どうも「生」って僕にも柔らかい感じがしちゃうんですよ。なんで?
    むしろ、新鮮だから生、という方が生キャラメルには何だかヘンな感じがしてしまいます。ただはてなですと明確に「フレッシュタイプのキャラメル」であると定義しちゃってます。うーむ。

    「生」という言葉の意味から考えないといけないようです。
    辞書的には「生(ナマ)」というのはむちゃくちゃ意味があるわけです(→goo辞書)。その中で、やはり食べ物に関して言えば「加熱処理していないこと」というのが一義的にきそうです。生ビール、生ジュース、生ハム、生酒。煮たり焼いたりはしていません。生肉ってのがそのものズバリでしょうか。さらにgoo辞書には出てきませんが広辞苑などによると、「乾かしたりしないもの」も生ということです。なるほど。生湯葉なんてのがそれかな。干物に対して生、とは言いますからね。この「乾いていないもの」をナマと呼ぶということについて、少しヒントがあるような気もするのです。乾いたのはたいてい固い。対して乾いていないものは柔らかいですよね。ここから「柔らかい=生」の感覚が生まれてきたのではないでしょうか。
    いろいろ考えてみます。「生揚げ」という食べ物があり厚揚げとも言われますが、これって油揚げに対して多少は柔らかい気がします。これかな、とも一瞬思ったのですが、この「生」は揚げが不十分で中がまだ生っぽいもの、ともとれますね。意味としてはどうもその「不十分」に行き着きそうです。中途半端と言っては語弊があるかもしれませんが、途上、と言えばいいんでしょうかね。生にはそういう意味もあります。生煮えとか生半可とか、生兵法とか。その途上感が生揚げの「生」なのでしょう。ちょっと早まったか。
    さらに考えます。「生麩」というのもありますね。これは、つまりグルテンを蒸したもんですわな。加熱処理をしてるのに「生」です。対して、焼麩というものがありますがこれは固い。見つけたぞ。これは柔らかいから「生」という用法じゃないんでしょうか。
    さらに、「生菓子」。こちらを見ますと、生菓子とは一般に水分を30%以上含むものとされています。そこから水分が少なくなる毎に生干菓子、干菓子となっていきます。加熱関係ないぞ。んで、当然水分を多く含むものは柔らかい。これだよ、これ。「柔らかい=生」の実例がありましたよ。
    冷静になって考えれば、広辞苑の定義「乾かしたりしないもの」の拡大解釈みたいなもんですけどね。でも干菓子や焼麩は別に乾かしてるわけじゃない。ですから、生とは水分含有量の多いもの、という定義を辞書に載せてもいいんじゃないかと僕などは思ったりもするんですがどうなんでしょ?

    したがって、生チョコや生キャラメルは当然水分含有量が普通のチョコなどより多いわけで、その理由において生と名乗っていいような気がするんです。生は柔らかいっていうイメージはなんとなしにあったわけですから、別に間違っちゃいない。
    じゃ生チョコの生は生クリームのこと、というのは都市伝説かと言われればそうじゃないわけで。生チョコ元祖のシルスマリアさんがそうおっしゃってるんですから。ただ、前述したように生クリーム由来であるなら「クリームチョコ(キャラメル)」と言った方がいいと僕なんかはまだ思うわけですがね。「生菓子の生と同じですよ」と田中義剛氏が言えばいいんじゃないかなと思うのですが。

    以上、生キャラメルの生って何?の僕なりの回答です。以下蛇足を付けますがあくまで蛇足。
    そもそも生クリームの生とはなんでしょうか?
    僕は、単純に加熱処理してないクリームのことだと思っていたわけです。例えばカスタードクリームなんかは火を通していますしね。ですが、ことはそう単純じゃなかったようで。
    またWikipediaを覗きますと、「生乳、牛乳を分離して取り出した乳脂肪のみを原料としたクリーム」のことを指すということです。つーことは、当然乳脂肪以外の材料(植物油脂とか)を使ったクリームもあるわけで、それらは「加工クリーム」となります。純正のクリームという意味なのですな、生クリームは。
    僕は、それなら読み方が違う、と思うのです。「ナマ」には純正という意味はないと思いますが。ただ「キ」と読めばそれは純正という意味に日本語ではなると思います。生(キ)蕎麦、灘の生一本とかね。ウイスキーを生(キ)で呑む、と言えばストレートのことです。ナマで呑む、とは言いませんやな。混じりっけなしの生は「キ」。ですから、生(キ)クリームと呼ぶべきではないかと僕などは思ってしまうのです。
    したがって、生クリームをたっぷり使ったキャラメルは生(キ)キャラメルではないのか。そんなふうに思ってしまうのであります。
    まあね、そもそも生クリームの作り方は生乳を放置したときに分離して浮かんできた脂肪分をすくったのが生クリームの始まりらしいですから、そもそものいわれから言えば生(ナマ)クリームでもいいわけで、僕が言っているのは屁理屈であるのは百も承知なんですけどね(笑)。
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    | 2009/07/19 | 言葉 | 18:07 | comments(2) | trackbacks(0) |


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