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  • 2016.12.30 Friday
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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    時代劇の話

  • 2013.07.15 Monday
  • 地デジ化以来(我が家の地デジ化はこのときでまだ半年経たないけど)、TV視聴がより「個別化」したように思います。
    録画が容易であり、また視聴も録画のほうが観やすいので(CMや観なくてもいい箇所をカットできて時短)、ほぼ録画しか観なくなりました。スポーツすら、追っかけ再生で観ているほうが多いような。追いついたら生視聴になりますが、それくらいかなぁ。
    チャンネル争いもなくなり。時間的に生で観られるものもわざわざ録画するくらいですから(そのほうが前述のように効率的に見やすい)。僕がTV視聴する時間というのは基本的に夕食(晩酌?)のときだけですので、その時間は僕の好み優先となります。食事時にプロレスはイヤだとカミさんが言うので、それ以外のものを、録画した中からチョイスします。
    カミさんが観たいものは、僕がいない時間に観てもらう。そうして、個別化が進んだわけです。

    カミさんはドラマを好んで観るのですが、僕はドラマとかは苦手で。映画ならせいぜい2時間くらいの拘束ですが、TVドラマは13時間くらいあります(CM入れて)。そんな根気はない。それに、内容の良し悪しは観てないので言えませんが、もはや男女の恋のもつれとかはこの歳で興味ありませんよ。そんなんで、パス。ワシの居ぬ間に個人的に観ておいて。
    でも、僕だって昔はドラマも観ていたように思うんです。子供の頃とか。あれは、親が観るから観ていたのだと思いますが、その中でも好みは出てくる。
    僕は、時代劇が好きでした。
    僕は歴史ヲタクで子供の頃からその傾向はあったのですが、歴史を題材としたドラマは滅多に観ないのです。例えば大河ドラマは「風と雲と虹と」まで。「花神」以降は、観たり観なかったり(親は観ていたんだろうな)。「峠の群像」からは、全く観ていません。今も観てない。
    これは、やはり連続モノに根気が足らんのでしょう。アニメは平気で連続モノも観ていたのに不思議なことですが。
    その点、時代劇というのは基本的に一話完結。設定さえわかっていれば、一時間で話は終わる。また前回観損ねたとしても全く困らない。好きなときに、観ればいいわけです。さらに、内容の多くは勧善懲悪です。スッキリしますね。片思いでグズグズしたり不倫でドロドロしたりしない。

    時代劇も、今は冬の時代かもしれませんが、昔はいろいろありました。
    勧善懲悪といえば水戸黄門なんでしょうが、それはなぜかあまり観ていません(ウラ番組に何かあったのかも)。
    子供の頃好きでよく観ていたのは「遠山の金さん」ですね。「気前がよくて二枚目でちょいとやくざな遠山桜〜♪」です。
    金さんの白洲での台詞を録音し、それを暗記していました。「これより備前屋女中おしん、ならび新次郎殺害の一件につき吟味いたす。一同のものオモテを上げい」から始まり「これより一件落着」まで、今でもよどみなく言えます。子供の頃に覚えたものは抜けない。ただ、こういうのは隠し芸にはならないんだよなあ。
    その金さんも、中村梅之助が主役を降りて市川段四郎にかわり、だんだん観なくなりました。今、段四郎さんの息子が猿之助になったのだから、彼岸の話のようですね。梅之助さんの息子の梅雀さんもベテラン名優ですし。
    子供ですから制約もあって、例えば木枯し紋次郎や子連れ狼は時間帯が遅くて観ていません。こういうのは、再放送ですね。
    「大江戸捜査網」は、再放送でよく観ていたと思います。「死して屍拾う者なし」ですな。
    時代劇にもいろいろありまして、殺伐としたものもあるんです。そういうのよりカラリと明るいもののほうが、やっぱり好きですね。笑いも欲しい。
    「江戸特捜指令」を記憶してらっしゃる方も多いと思いますが、結構夢中になってましたね。OPがニコ動にありましたが、これ面白かったな。中村敦夫ら目付たちが、台本書いて巨大なからくりセットを組んで芝居をうって悪を騙し、成敗する。wikipediaには、土曜日夜10時からの放送と書いてあります。僕は小学5年でしたから、そろそろそんな時間も土曜の夜なら許されたのでしょう。
    金さんと並んで原点とも言えるのが「ぶらり信兵衛 道場破り」です。
    時代劇というのは、たいてい最後はチャンバラになるわけです。悪を善が懲らしめる。ところが、このドラマにはチャンバラがないんです。長屋の市井の人々の、ちょっとおかしい人情話。高橋英樹演ずる主人公の信兵衛は剣の達人なのに、普段は竹光を差している浪人。お金が必要なときだけ、道場破りに行って八百長をして金をせしめるという、なんともほんわかした話で。OPがニコ動にありましたが、このふわりとした感じが懐かしい。見れば、脚本は倉本聡ですね。驚き。

    しかし、よく観ていた時代劇からも、だんだん遠ざかってゆきます。思春期を過ぎて僕はTVっ子ではなくなってゆき、社会人になってからはTV視聴の時間もとれなくなって。その間にも佳作は生まれていたはずですが、そういったものにほぼ触れることなく何十年か経ちました。
    気が付けば、水戸黄門すら終焉を迎えていました。あらまあ。ああいうドラマは、もう需要が無いのか。ちょんまげモノがなくなったわけではありませんが、時代劇というジャンルではなく、大奥で男女が逆転したり医者が幕末にタイムスリップしたりするような、僕個人のニーズには合わないものばかりのようで。
    そうした中、地元関西のサンテレビとKBS京都で、中村吉右衛門の「鬼平犯科帳」が再放送をしています。
    僕は池波正太郎氏のファンですが、このドラマ化された鬼平犯科帳は全然観たことがなかったんですよ。始まったのが平成元年で、ちょうど社会人になって間もない頃。全く余裕はありませんでした。
    で、最近になってちょっと観てみたのです。さすれば、これが面白い。今頃になってブログにこんなことを書くのもヘンなことなんですが、いいですねー。週に二度放送があるので、酒のみながら結構観ています。
    だいたい、僕は鬼平の原作を全部読んでいて、しかも繰り返し読みなおしています。このドラマは完全に原作に忠実につくられているので、ストーリーはみんな既に知っているわけです。しかし、面白い。不思議なものだと思いますよ。原作の力と、製作者の情熱、演者の良さでしょうか。
    「鬼平」中村吉右衛門ver.の放送開始からもう四半世紀も経っているわけで、こういうことはもう語りつくされているとは思いますが、このドラマはエンディングがとにかく秀逸で。
    時代劇のEDといえば、クレジットと同時に西郷輝彦や中条きよしの歌が流れたりするわけです。演歌系が多く、それはそれでいいのですが、鬼平はなんとジプシーキングスが流れるんですよ。「インスピレイション」というラテンギターのインストが。これが、最高。
    僕はラテン音楽なんてのは疎すぎて、ジプシーキングスも「ジョビジョバ(youtube)とかボラーレ(youtube)なんて有名な曲くらいしか知らなかったわけですが、このインスピレイションのなんとマッチすることか。長谷川平蔵のダンディズムを表現するのに最適で、選曲者は本当にすばらしいと思います。巧みだなー。

    そのエンディング(→youtube)ですが、四季折々の日本の美しい風景が映されます。これ、京都生まれの僕には、だいたいどこでロケをしたのかがわかります。これを観ていると、いろいろ思い出されることがあるんです。
    実はその思い出を書こうと思って記事をおこしたのですが、例によって話がのび過ぎました。またそれは、次の記事で。
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    | 2013/07/15 | 雑感 | 18:28 | comments(2) | trackbacks(0) |

    ついに地デジ化

  • 2013.02.11 Monday
  • 前にも申し上げたことがありましたが、我が家のTVの調子が悪くなってきまして。
    そのTVというのは、アナログの受信機です。平べったいのではなく、ぶ厚いの。地デジ移行のときに絶滅したはずのブラウン管式です。いまどき使用している人はかなり少数派だと思われます。

    あるとき、カミさんが「なんだかテレビの画像が乱れる」と言いだしました。見てみますと、確かにおかしい。しばしば乱れたり歪んだりじゃみじゃみ(by 福井language)したりします。
    「こら寿命やな(笑)」
    なんでブラウン管型TVを使用しているかといえば、もちろん壊れなかったからです。
    我が家は2011年地上デジタル移行の際に、TVを買い換えることもなくチューナーを付けることもしませんでした。なんで国の勝手な施策によってワシらがそんな負担を強いられねばいかんのだ。アホ政府と官僚め。このブラウン管TVだってまだ使えるのによ。
    で、一旦はTV視聴をもう止めようと決意しました。どーせ昨今のTV番組なんてしょーがねーのばっかしだろう。もういいよ。カミさんは頑強に抵抗しましたが、僕が強引にそうしました。止め止め。
    そうして断固たる決意を持って2011年7月24日を迎えたのです。TVとの決別。しかし、それは2日程であっさりとくつがえりました。我が家のマンションはケーブルテレビを導入しており、そのケーブルテレビがデジアナ変換をしていたため、アナログTVでも問題なく視聴できることがわかったからです。(゚〇゚;)なぬ?!
    この阿呆みたいな一連のことについては、以前記事にしました。→地デジ云々話の顛末(恥)
    以来約1年半、我が家はケーブルテレビのデジアナ変換によって、TVを視聴し続けてきたのです。「断固たる決意」はなし崩し的にどっかに行ってしまい。

    さて、このブラウン管のやつも長く使いました。デジアナ変換は2015年までですので、それまで保つかなーとも思っていましたが、そうはいかなかったようです。
    「テレビ買い替えようよ」
    とカミさんが僕に言いますが、僕は今度こそTVとの決別を企んでいます。しかしこれは論争になり必ず夫婦喧嘩に発展しますので、僕は先延ばし、棚上げを続けていました。
    「まだ映るやろ」
    そうして、僕はTVの調子が悪くなってから約2ヶ月、誤魔化してきました。そうです実は、これ昨年末からのことなんですね。
    画面が歪んだりじゃみじゃみしましたら、バンバンと叩いてやります。そうすれば、元に戻る。あの昔なつかしいアナログ矯正方法ですよ。また乱れたらまた叩く。そうしてだましだまし使用してきました。
    そうしているうちに、本当に映りが悪くなってきました。もう限界かな。
    あまり画像が乱れるので、カミさんもあまりTVを見なくなっているようです。鬱陶しいから。これは、いい傾向です。ブツブツ文句言ってますがね。で、このまま「もうテレビはいいかな」なんて言い出してくれないかな、なんて甘い考えを持っていたのですが。

    その日の夜。
    夕食時、我が家の食卓ではTVがかかっていました。何を見ていたのかは忘れましたが、僕もぼんやりとそれを見ていました。
    また、映像が乱れました。うーむしょーがねーなーと舌打ちしつつ、僕はTVをまた平手打ちしようとしました。その時、映像が消えました。
    しかし音声はまだ流れていたので、バンバン叩きました。さすれば復活しました。ですがすぐにまた映像が消え。また叩き。そんなことを繰り返すうちに、音声も途絶えました。
    もはや、どう励ましても何も映りません(笑)。
    「ご臨終やな」
    さよならTVくん。

    「えーそんなの困るわよ。TV買いに行くー」
    「まあ待ちなはれな。もうTVはええやないか。2011年にはあんたもTVナシに賛成したやろ」
    「あのときはあのときよ」

    その後しばし口論。しかしそのときはどうしようもなく、そのまま就寝。
    そして翌日の夜。

    「朝はなまるマーケット見られなかったじゃないどーしてくれるのよ」
    「あんたそない必死にならんでもええやないか。寂しかったらラジオでも。おお、今大塚まさじさんがDJやってるで」
    「大塚まさじって知らないわよ」
    「え、知らんか? ♪俺のあんこは〜煙草が好きでぇいつもプカプカプカ〜♪ 西岡恭蔵さんが自殺しはってやなぁ…ワシはあんときは哀しゅうて(涙)」
    「またそんな話しを始めて煙に巻こうとして。昨日だってドラマとか見たかったのに」
    「あんたそんなん見てたんかいな知らんかったわ」
    「こういうの見てないと話についていけないのよー」
    「何のドラマやねん」
    「瑛太のやつ。『最高の離婚』…」
    「何やとぉ!離婚てな、そんなん見ておばはん連中で井戸端会議してんのんかいな。それはまたどないやねん。オマエもそこでワシの悪口言うて笑うてんにゃな」
    「そんなこと言ってないでしょ!でもテレビ買ってくれない旦那なんて離婚対象じゃないの!」

    また喧嘩です。\(^▽^)/

    「あんたワンセグ見せてよ。あたしのには付いてないから」
    「え、ワシのかて付いてへんで。これ老人用のケータイやがな」
    「一台前のは付いてたじゃない。それ出してよー」
    「えー、あれ奥にしまいこんであるんやで」

    暴力をふるわれるのでしょうがなく、昔の携帯電話を出してきました。しかしこれを動かすには、ICカードを入れ替えなくてはいけません。面倒くさいし困るのぉ。

    まあしかし、考えました。
    カミさんのTV依存症には少し批判を行ってもいいとは思いますが、これはもはやしょうがないのかもしれません。なんせ「離婚原因事由」に相当すると言うのですから。
    世の中TV離れが進んだっていうのは、ウソですね。TV以外の、例えばゲームやネットなどの娯楽が増えてTVに向かわなくなった、とは言われますが、やっぱりTVってのは強い。
    新聞で読みましたけど、確かにTV全体の視聴率は下がってる。しかしこれはみなTVを見ていないのではなく、録画視聴に切り替えた結果だというのです。ドラマなどは、録画視聴がリアルタイム視聴率を上回ることも多いようで。ただ放送局は(民放は)CM収入に頼っているわけで、いくら録画で見られたってCMは飛ばされてしまいますから、数のうちには入れられない。その結果、TV視聴者が減少しているように見えるだけであると。
    そーなんですよね。またBSやCSなんてものもありますから、視聴者は分散してしまう。だから、かつてのように視聴率40%なんて番組は、チャンネルの選択肢増加と録画によって出現しなくなった。
    でもTVは、見られてるんですなあ。
    かつて、お茶の間に家族全員が集まってみんなでTVを見る、なんて時代では確かにない。ゴールデンタイムなんて言葉は過去のものとなっています。そんな午後7時にみんなTVの前に座るなんてことは難しいですよ。しかし、TVは見られています。
    今の子供は「チャンネル争い」なんて何のことかわかんないでしょうよ。ウラ番組が見たければいくらでも方法はある。そして、自分の好きな時間に自分の選択したTV番組を視聴する。集中ではなく拡散状態ですがね。
    やはり、TVは現在の人類最大のメディアです。Webがいくら頑張ったっておっつきませんよ。60年の歴史は、完全に人々を洗脳しつくしました。多くの人たちにとって、TVはもう生まれたときからずっと存在しているのです。浸透しきっている。これは、もう抗いがたいことであるのかもしれません。
    だから、僕のカミさんが特殊な人間ではないということです。うーむ。

    僕の現状を申しますと、普通の日は、夜は帰宅したら風呂入って酒呑んでメシ食って。そのあとはだいたい読書タイム。寝床に本を持って入ります。読みながら就寝。そして夜明け前に起きて、PCの前。そんな生活。休日は在宅であればこうやってブログ書いてますしやっぱり本も読む。
    しかし、TV視聴をしていないわけではありません。メシの時間には見ています。
    朝食時は、行儀悪いですが主として新聞読んでます。しかし晩メシ(晩酌)の時間には、TVが点いています。本当は、本読みながら酒呑みたい。しかし、子供の頃そういうのはダメだとしつけられています。なんでTVが良くて読書がいけないのか解せないのですが、まあしょうがない。なので朝の新聞だけにしてます。
    僕が見ているのはまずプロレス(新日・全日・WWE)。WWEは見るところが少ないのであまり熱心ではありません。それから「タモリ倶楽部」と「おにぎりあたためますか」「水曜どうでしょう」。他に、スポーツ中継があれば見ます。野球とかサッカーとかフィギュアとか。これを、酒呑みながら視聴しています。
    スポーツ中継を除いては、リアルタイムで見ているものはありません。深夜番組の録画です。これを止めても困りませんが(プロレスは他の手段を講じられる)、僕だって見ていることは見ているのです。
    そして、TVを止めたら、僕の狙いである読書時間や音楽鑑賞時間、パソ時間が増えるのか。どうもそんなこともないようで。
    これは、もう喧嘩を続けてもしょうがないか。TVを見るか見ないかで離婚なんてことになったら、どうも世間体が宜しくありません。アホかいなと言われてしまいます。

    んで、土曜日。電器屋さんへ。
    「えー、平たいTV初めて買うんですけど」
    「そうですか!ならばこの42型ハイビジョンをうちではおすすめしています。今ならお安くなっております♪」
    この業界が不況なのは知っていますし、売りたい店側の事情もわかりますが、アホか。そんなデカいのん要らんわい。こんなんどんだけ離れて見なあかんねん。今まで小型TV使うてたんやぞ。平たいから食卓の上に直に置こう思てるんや。それに、そんな18万円てな金を安いっちゅう神経がようわからん。ワシらブルジョアやないわい。
    「14型でいいです。今までのブラウン管TVはその大きさで不自由はありませんでしたから」
    「14型? そんなのありませんよ」
    「何ですと?うちはそれでいいと言うてるのに(怒)」
    「この19型が最小ですかね」
    うーむ。それでも何だか大きい気がします。しかしそこらへんでもう妥協かな。HDDも買いました。ふぅ。

    そして、土曜日からその薄っぺらいTVを見ているわけです。
    画質とかはかなり向上しているはずなのですが、そういうところに興味がいかないのであまり驚くことはなく。それより、やはり19型は大きかったなと。人の顔がアップになればビックリしてしまう。もうちょっと小さくても良かったんじゃないのかな。圧力を感じるんですよ。慣れてないだけなのかもしれないけど。
    で、まだ使い方がよくわからなく悪戦苦闘中。予約するのに番組表が出てくれるのはいいんですが、僕らはひと番組まるまる全部録る、ってこともそりゃしますが前半20分だけ、なーんてこともよくやるので、そういう点ではかえって不便かも。チャプターって何だ? わからない用語もいくつか。
    まあもう少し使ってみるか。こういうのは習うより慣れろだからね(本当か?)。

    そんなこんなで1年半遅れの地デジ化なのですが、新聞にはこういう記事もありました。→「4Kテレビ放送、14年7月開始(朝日新聞)」
    現在の4倍の解像度、と言われても想像がつかないのですが、若い人はそんなに画質向上を望んでるんでしょうかね。よくわからん。
    技術力は評価しますよ。ただ、それが消費者のニーズであるのならいいのですが、そうでない場合何のための4Kなのか。需要がなければ、予算つかってこんなのやってもカラ回りなだけで。僕なんか、13年2月にようやくデジタル対応です。一年半後に新方式になんか絶対に飛びつきません。僕は特殊例としても、普通の家庭でもまだ買いかえ時期じゃないでしょう。
    地デジ化最大の理由は、電波周波数の有効利用じゃなかったのでしょうか。もうアナログ波だと電波帯に空きがないからとか。しかし4Kは投入できるんだな。8Kも計画されてると聞きますよ。よくわかんないな。
    3D放送ってのもなんかあったような気がしますが、どうしたのかなアレは。
    結局、機器の需要を再びアップさせようと目論まれたことなんでしょうが、業界も迷惑だったりして。地デジ後の今のこの冷え込みかたを見ればね。
    それに、4Kで視聴したくなるソフトが本当に存在するのでしょうか。スポーツだけなら層は限られますし、ブラジルW杯でそこまで伸びるとは思えず。かつて、皇太子ご成婚や東京五輪などのキラーコンテンツがTV機器の需要を大いに向上させたことは僕だって知っていますが…今の時代にそんなのは望むべくもなく。
    地上デジタルでなければならなかった番組すら、無かったと言っていいでしょうに(暴論かなー)。
    現にあたしゃ買いたてのTVに向き合うことにもう飽きてしまい、こうやってPCに逃げてきてブログを長々と書いているというのに(笑)。
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    | 2013/02/11 | 雑感 | 15:45 | comments(4) | trackbacks(1) |

    消えてゆく史跡

  • 2012.10.14 Sunday
  • 唐突な話で恐縮なんですけれども、神戸の勝海舟寓居跡が無くなっていたのですよ。

    僕は土曜日、神戸で所用がありまして。場所は三宮でしたが、それは予定通り午前中で終了。午後からはフリーであったため、歩いて大倉山にある神戸市中央図書館に向かいました。少し調べたいことがありましたので。
    三宮から徒歩で行くのにはちょっと時間がかかる場所であり、通常は地下鉄に乗るのですが、ウォーキングも兼ねましてね。私的な移動には、とにかく歩くことにしています。健康のため、と言いますとおっさんくさいのですが、昼に誘惑に負けてつい吉兵衛のカツどんを食べてしまったのですよ(汗)。なので、歩け歩け。
    元町商店街をぶらぶらと西へ。アーケードが尽きたら、もうそこは中央区と兵庫区の境。少し北上すれば、大倉山公園があります。この園内に、図書館が併設されています。
    大倉山公園は総面積約8haというかなり広い公園ですが、その名前からも連想できるように、かつてはあの大倉財閥を一代で築き上げた大倉喜八郎の別邸でした。園内に初代兵庫県知事伊藤博文の銅像があり(もっとも戦争中に供出され現在は台座のみ)、政商として鳴らした大倉と政治家との繋がりが想像できます。

    図書館でいろいろ調べものをした後、まだ日があったので、もう少し歩いてみることに。このあたりも久しぶりなので、さらに北上して平野町方面へゆくことにしました。そこには、生島四郎大夫別邸跡があります。一般的には、勝海舟寓居跡ですね。
    神戸の発展は、いろいろなことに目を瞑って端折り面白く言えば、勝海舟が海軍操練所をこの地で開設したことから始まった、という言い方も可能です。それまでの神戸村は、奈良時代から「大輪田泊」として栄え、平清盛や北前船などの華々しい歴史を持つ兵庫津と比べれば寒村と言ってもよい場所でした。後に開港場とされ居留地も設置されどんどん発展してゆく神戸ですが、その嚆矢は勝海舟が良港として目をつけたことに始まります(繰り返しますが端折れば)。
    なので、勝のとっつぁんは神戸ではよく顕彰されています。龍馬はんの師匠、ということもあって人気があることも寄与しているのでしょうか。西宮砲台を役立たずと言って笑う僕の住む街とはずいぶんと扱いが違う、と思ってきました。
    神戸は、坂の町です。北へゆく道はすべて山に通じ、上りです。上りというより登りと書いたほうが良いような道も存在します。なかなかキツいのですが、帰りは下りですので安心です(笑)。
    勝海舟寓居跡は、かつての街道沿いにあるはずです。道は狭いのですが風情があります。明治以前のむかしに思いを馳せるのにふさわしい。そうして、寓居跡までやってきたはずでした。ところが。

    あれ、ない???

    僕は道を間違えたかと思いました。ここへ来るのは、かれこれ4、5年ぶりくらいです。
    しかし、まわりの情景は僕の記憶と一致しています。まさに「狐につままれた」ような思いのまま、近くの祇園神社にも参詣しようと思っていたことも忘れ、当惑したまま坂を下りました。
    そのまま僕は西元町までやってきて、めちゃ安くてうまい肉を食わせるえびすやでビールとマッコリをチャンポンで呑んで悪酔い加減となって西宮に戻りました。

    翌朝。いくら阿呆の僕だって、そこで何が行われたのかの推測はつきます。取り壊されたのだ。
    検索してみますと、こちらの記事にめぐりあえました。→海猫の写真日記:勝海舟寓居跡解体
    現在までのところ、この件に関してはこの記事を書かれたMarinecaTさんが孤軍奮闘されてらっしゃる様子です。解体からまだ半年、Web上ではまだまだ勝海舟寓居跡は生きている感じです。神戸新聞を購読していない僕などはMarinecaTさんがいらっしゃらなければ、当局に問い合わせでもしなければ事情がわからないところでした。ありがとうございました。

    史跡とは、文化財とはいったい何なのか、ということが今も整理できずにあたまを廻ります。
    これに類したことは、僕も何度も経験しています。行ってみたら史跡が消えていた、移動していた、姿を変えていた、いくらでもあることです。
    現に僕は、西宮砲台の修復に賛成しています。
    例えば、西宮では北口の公園が姿を変えて涼宮ハルヒファンが嘆いていた情景を思い出します。しかしハルヒのときと今回のことを比較したら、人々の温度差がかなりあるような気がします。あっちのほうが話題になっていたな。僕にしてみれば、生島四郎大夫別邸解体は、タリバンがバーミヤン遺跡を爆破破壊したときよりも衝撃は強かったというのに。…そこで、結局は人それぞれの思い入れによってものの価値を決めていることに気がつくのです。史跡や文化財、あるいは最近の言葉で言えば「聖地」に類したものは、法的なことを除き情緒的に言えば、人々の思いによってその価値が決まるのです。利潤を生み出すものでなければ。
    しかし、まだ釈然としないものが残ります。
    街は更新を続ける、ということは、自分がやっていた西宮の歴史散策サイトでも痛感していることです。それはわかってるんだ。だから、もうあとは愚痴になってしまいます。民度とか、そういう言葉を遣えば誰かに張り倒されてしまいます。信長の所業や廃仏毀釈のことを思えば…と言えばまた馬鹿かと言われます。結局は価値観なのだから。
    ただ、思い出は大切にしたいという気持ちは今も変わらずに僕は持っています。人生はつまるところ追憶の集積であるのだから、断捨離なんて言葉はどうも好きになれず。それをもっと広範囲に広げると、歴史というものは結局人々の追憶の集合体であり…これも違うな。屁理屈でしかない。
    で、僕は今、この思いをどう押し込めていくかの結論が出せずにいます。ただ、個人的に残念だというだけです。考え方がまとまればまた書くかもしれませんが、今日はまた酒を呑もうと思います(今朝二日酔いだったくせに)。

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    | 2012/10/14 | 雑感 | 15:47 | comments(8) | trackbacks(0) |

    十年の歳月

  • 2012.08.26 Sunday
  • 私的すぎることなので、できるだけ簡単に書こうと思いますが。

    21世紀になってしばらく経って。僕は個人でPCを購入しました。かなり、遅いほうだったと思います。そして、だれ憚ることなくネットに入りこみ始めました(それまでは憚る場所でしかWeb閲覧はしてなかったわけで^^;)。当時はまだPCは相当に高価な買い物でしたね。
    いや、インターネットは面白いですね。夢中になりました。エロサイトだって見放題(笑)。夜更かしの日々が続きましたが、その頃は僕も若く、睡眠を削ることがさほど苦になりませんでした。
    そうしてしばらく時が経過しました。Webはただ閲覧するのみだったのですが、某サイトを読んでいまして、どうしてもそこに意見を書き込みたくなりまして。そのサイトは今はもうありませんが、Q&A的な場所です。僕から見れば明らかに間違ったことが書かれていましてね。それに対し少しだけ訂正的意見を出したい欲求が止められなくなって。
    ところが、そのサイトに書き込むには、ログインしなければいけなかったんです。登録には、自分のアドレスが必須でした。
    もちろんアドレスは持っていましたが(いわゆる本アドというやつ)、それを書き込むことに躊躇しましてね。なんだか怖いじゃないですか。それでいい方法はないかと調べ「フリーメール」というものの存在を知ったわけです。無料で簡単にメールアカウントは取得できると。で早速、MSNのホットメールに登録しました。このメアドは一ヶ月アクセスがないと消えてしまうという、いわば「捨てアド」です。アカウント名は自由に作れたので「lintaro」という綴りを入れました。
    そしてアドを新規に作ったその日のうちに、前述のサイトに登録。そこにコメントを入れたのです。ハンドルネームも必須だったので、僕は「凛太郎」と書きました。この名前については何度も書いていますが、僕が遥か昔の学生時代に同人誌に寄稿していたときのペンネームです。それを流用しました。
    その日が、10年前の2002年8月26日でした。なんではっきり分かっているのかと言えば、その登録完了のRe.メールがサーバーにまだ残っているからです(初めて来たメールなのでなんとなしに消していない)。つまりひと月アクセスしないと消えるはずの捨てアドは、現在も継続中。
    まどろっこしい話でしたが、つまり今日が凛太郎のWebデビュー10周年なわけで。

    こんなことをブログに書くわけですから感慨もひとしおなのか、と思いきやそうでもないんですが(汗)。むしろ「もうあれから10年かよ、ふぅぅ」という時の流れの速さに対する当惑の気持ちが強い。あっという間ですな。
    それからの僕は、某掲示板(わりとカタめ)の住人となり、そして同時期に下ネタ満載のチャットサイトの住人となり(笑)、さらにしばらくして自分で日記サイトを持つようになり、椎間板ヘルニアになったのをきっかけにして掲示板と猥褻チャット(笑)からは足を洗って、日記サイトはブログに移行し現在もネットに棲息しているわけです。
    時間の流れを痛感するのは、人との交流ですね。今でこそブログでアウトプット中心のネットライフですが、昔はそんなコミュニケーションサイトに居ました。いろんな人と、ネット上で遊んでいたのです。
    ネットという場所は、離脱が簡単です。ただ疎遠になってしまう、ということだけでなく、人にはいろんな事情があって、ときにこの世界から消えたりします。ブログだって昨日までコメント交換していたサイトが今日はばっさりと削除されていたり。Twitterのアカウントだって一瞬で消えます。仮にまたどこかで復活されていたとしても、HNを換えていたらもうわかりません。
    僕だって、明日のことはわからない。
    でも、そうやってネット上で何の利害関係も無く出逢った人たちのことは、忘れずにいようと思っています。
    一応僕も、10年間も同じHNで継続してやっているのです。当然ながら、いろんな人との出逢いがありました。その中では、もちろん長くお付き合いさせていただいている方々もおられますが、途絶えた人の方がやはり圧倒的に多いわけです。
    おーい、みんな元気かー。
    そんな感慨だけが、今の僕にあります。


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    | 2012/08/26 | 雑感 | 06:00 | comments(10) | trackbacks(0) |

    味覚障害日記

  • 2012.01.29 Sunday
  • 1/21(土)
    夜、宴会。呑む機会はなかなか減りませんな(笑)。
    その日は気のおけない人たちとの集まりだったので、宴会のあとカラオケ。どうしてこうなったのかは忘れたのですが、僕は何故かブルーハーツばかり歌うことに。夜半過ぎに解散。当然、声は潰れました。もうガラガラです。

    1/22(日)
    あまりきれいな話ではないので恐縮ですが、朝から鼻水がとまりません。風邪か、とも思いましたが、身体の調子はいたって順調であり、さほどのことはないだろうとタカをくくります。昼から約束事があり外出。数人と会って昼食。
    「あんた鼻声やね。風邪かいな?」
    「いやー身体はどこも悪いとこあらへんしね。なんやろ? 鼻水の他はノドが痛いくらいで」
    「そら風邪やがな」
    「風邪ちゃうやろ。このノドは昨日ブルーハーツを歌いすぎたからや(笑)」
    「そうかいな。なんやら最近はいろんな花粉症があって、1月からグスグスいうてる人多いみたいやで」
    「うわ、ワシもそやろか。花粉症はスギとヒノキで十分やねんけどなぁ」
    そんな会話をしながら中華料理。麻婆豆腐うまい。辛いのでノドは痛いわ鼻水はさらに出るわ(笑)。しかし、こんな鼻とノドなのになんで僕は風邪引いたのだとかたくなに思わないのだろう?

    1/23(月)
    昼ごろから体調がおかしくなってきました。熱っぽい(汗)。ようやく「もしかしたら風邪かも…」と思い出しました。もっと早く気付けよ。
    早めに帰宅。食事後、すぐに布団へ。あたたかくして寝ればこんなの雲散霧消するでしょ。そうタカをくくって就寝。
    夜半過ぎ、苦しくて目覚めました。体温は38.1度。うひゃあ。

    1/24(火)
    終日、寝込みました。アタマ痛い(涙)。

    1/25(水)
    若くはないなー。この日も立ちあがれず寝込みました。
    しかし、病院には行きませんでした。つーか、寒くて外に出て行きたくなくて。子供の頃は「往診」なんてしてもらった経験があります。そういうの、して欲しいな(笑)。しかし、最近は往診なんてあまり聞きませんね。もちろん、こちらも行きつけの個人医があって懇意にしているわけじゃなく、すぐに大きな病院に直接行く習慣となっていますので。
    体温は月曜夜の8度をピークに、37度台の半ばをずっと推移しています。インフルエンザならそんな体温では済むまい。これはタダの風邪だ、とセルフジャッジをして、市販薬で済ませてしまいました。
    夕方から、熱も降りてきました。

    1/26(木)
    社会復帰。実に格好悪いことに、あいかわらず鼻水は止まりません。もっと投薬すれば良いのかもしれませんが、あまり強烈な薬もイヤですしね。なんとかごまかしつつ過ごしました。
    昼、鍋焼きうどんを注文。
    「味がしない…」
    鼻が利いていないためでしょう。何も味がしません。うまそうなのに…つまんないの。からだは温まるのですが。
    夜、帰宅して食事。ショウガたっぷり鰤大根やニラの卵とじなど、いかにも風邪によさそうなメニューが並んでいます。しかし、何も味がしません。
    「しょうがないわね。ただちょっとニラ玉は失敗したのよ。塩が入りすぎちゃって(笑)」
    ん? なんですと?
    鼻が利かない…つまり匂いがしないだけなのだと思っていたのです。味を感じるためには、香りが重要。そのために食べ物が美味く感じないだけだと思っていました。しかし、塩味が強いとな? その塩味をワシはちっとも感じないぞ? 塩分は、鼻に関係なく舌に直接来るはず。
    ためしに、塩を直接舌に乗せてみました。ところが、粉を乗せた感覚があるだけです。これはどうしたことか。砂糖を舐めてみましたがこれもダメ。僕は焦って、調味用のレモン果汁をグラスにとり、舐めてみました。普通ならこんなの酸っぱくてたまらんはず。しかし…水と同じです。舐めるどころか飲めてしまう。レモン100%果汁をすいすい飲めるなんて…。
    「味覚障害だっ」
    うはぁこんなの初めての経験ですよ。舌が利かないのです。苦味は試していませんが、おそらく同じでしょう。

    1/27(金)
    昼食にカレーライスを食べてみました。しかしカレーというものは、やはり香りのものですね。ちっともうまくない。もちろん味もしないので、石灰を食べるが如しです。残念だなあ。けれども、ピリピリくる辛味は感じるのです。うーむ。辛味はやはり味覚ではなく触覚だったのですな。そういうことをはじめて実感したように思います。
    夕食は、もうカミさんに凝った料理をしてもらうのも悪い。それに、こっちも料理されたものを食べるのは、むなしい。なので、鶏肉や野菜を適当に切って蒸す料理に。こういうのは本来は素材の味が生きる料理ですが、あたしには味覚がないのでよくわかりません。相方はゴマ油と醤油ベースのタレで食べてますが、僕は豆板醤を付けながら食べます。ヒーハーしますが、口内で感じるのは温かさと辛さだけなので、それを生かします。
    なんだか、つまんない人生になってきました。

    1/28(土)
    午前中、病院へ。といっても風邪のために行ったわけではなく、別のことで通院してます。それに、ほぼ風邪は治りました。
    診療ついでに、味覚障害について聞いてみました。さすれば、癌などが進行してそのようになったりすることはあるが、今回の場合は原因がわかっているので(風邪のため)、さほど心配はいらないとのこと。
    「そのうちに治るでしょう」
    「は、はぁ…」
    家に帰りました。
    「今日は、牡蠣の土手鍋よ」
    「うーんそうか(涙)。すまんが、うまいうまい言うて食べへんけど堪忍してや」
    「牡蠣は亜鉛をたくさん含んでいるからね。味覚障害には、亜鉛がいいのよ」
    「へーそうなん?」
    「クッキングパパに描いてあったのよ」
    その日は牡蠣をたっぷりいただきました。しかしなぁ…舌が本調子のときに食べたかったよ。さぞかし美味かっただろうになー。また食わしてください。(T_T)

    1/29(日)
    朝、レモン汁を飲んでみます。うーん、わずかに酸味を感じるような気が。もちろん「スッパ!」と口唇を窄めるほどじゃないのですが。レモン原液に対し「ちょっと酸っぱい気がする」では困りモノですが、若干は進歩したのかもしれません。塩は、多少感じます。亜鉛が効いたかな。ただ甘みはまだまだ感じませんね。さらに青汁を飲んでみました。苦くないなぁ。それはそれでいいのかもしれませんが(笑)。
    それより、嗅覚が多少戻ってきたようです。深呼吸すればレモンの香りが少ししますね。これはいい傾向です。
    来週は、また会食の機会もありまして。肉を食べる約束もあります。それまでに、治ってくれないかなー。
    人間の五感の中で、生きていくために最も失われて困るものは視覚、聴覚だと思います。次に重要なのは、触覚かな。嗅覚と味覚は、現代ではさほど生命維持においては強い必要性はないかもしれません。毒ガスなんてめったに存在しませんし、しばしば異臭騒ぎもありますが砂漠で一人生活しているわけではなく、危険が生じることはまずないでしょう。ガス漏れに気が付かないくらいかな。味覚も、現代社会においては危険物を口にする機会は非常に少ないため、生き残るためにはさほど必要のない感覚だともいえます。毒性をもつ食物は分類されつくしていますし、どんな食品にも賞味期限がついています。味覚で判断せずとも、強毒性のもの、腐敗したものを食べることはほぼありません。
    しかし、生きていく上での楽しみは、格段に減りますね。これは僕のような食い意地の張った人間だからであるかもしれませんが、ここ一週間ホントつまんないもんなー。よく、未来社会は錠剤だけで食事をせずとも生きていけるようになる、なんてSF設定がありますけど、そうなれば未来はバラ色とはとても言えませんね、僕にとっては。
    体重も減り、リバウンド気味だったのが見事に昨年のダイエット終了時水準に戻りました。でもこれ喜べないなー。萎んじゃった感じですわ。ぐすん。どんどん貧弱になっていく気が。
    ま、できるだけ身体をいたわりつつ、何とか生きる喜びを再び見出せるようになりたいと思いますよ。(それは大げさすぎるかな^^;)
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    | 2012/01/29 | 雑感 | 18:25 | comments(4) | trackbacks(0) |


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