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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    父還る

  • 2007.07.05 Thursday
  • 最近どうも心が荒んでいるようで、前向きな気持ちになれないでいました。トラブルなんかはいつものことで、そんなことで精神が参っていては立派な大人じゃないと自分でも思いつつ、なんとなしに逃避の日々。僅かに酒に慰められ、自分が好きな歴史のことに頭を少し切り替えたりして鼓舞しながら少しあっちのブログを書いたりしていましたが、ここの日々雑感は書く気も出ずしばらく放置していました。全く弱いな僕は。

    一昨日の夕方のことです。母親が泣きそうな声で電話してきました。
    父が出先で倒れ、救急車で運ばれたと連絡が入った由。場所は大阪の南部とのこと。
    父はそこで、とある企業に招かれて月に一度講師をしています。講義中に倒れ、嘔吐と眩暈…情報はその程度です。僕は身内でそこに一番近い場所に居たため、あちこち電話をして運ばれた病院を聞き、なんもかもほっぽり出して直行しました。
    もしかしたら脳の血管が…とどうしても考えてしまいます。父はかなりの高血圧症なのです。最近特に疲れた様子を見せていたようなので、様々なことが重なったのでしょうか。僕は最悪のことも考え、自分をいかに落ち着かせるかを念頭において、ようやく当該の病院へ。

    父は…既に意識を取り戻していました。医者に聞くと、一応CTスキャンをかけたら脳内出血は認められなかったとのこと。僕は全身の力がそのとき抜けていくように思いました。ただまだ立てる状況になく、とりあえず入院せざるを得ません。心配して放心状態になっている母親に電話をしてしっかりしろと言い、僕は事後処理と入院手続きをしました。
    書類に、父親の生年月日と年齢を書き込んでふと思いました。もう親父はこんな歳になっていたんだな。
    父はいくつかこういう講師の仕事をまだしています。以前にも僕は言ったことがあります。もう働かなくていいんじゃない? と。しかし、お呼びがかかるうちは自分から辞めたくないとどうしても引きません。気持ちはわかるんです。必要とされることが一種の生きがいにもなっているのだろうと。しかし、最近目に見えて体力の低下があります。先日一緒に比叡山に行ったときも、足取りが昔の父ではありませんでした。

    疲れているんだよな。今はセミリタイヤとは言え、そりゃもう60年近く働いているもんな。

    父は、昔は文学青年でした。宮沢賢治が好きで、若いときから演劇の脚本を書いたりしていました。本当はそういう道に進みたかったはずです。しかし、長男である父は沢山の弟妹を抱え、高卒後は働かざるを得ませんでした。それでも夜間の大学の文学部に通い、夢を見続けたものの、今度は僕達が生まれてそれを食べさせるのに追われ、とてもそんな余裕がなく過ぎてしまったようです。
    僕はそんな父親の影響を兄妹で最も受けているようで、父の山のような蔵書に埋もれて少年時代を過ごしました。長じて、僕が旅行好きになってあちこち出かけるようになった時、「お前それを書く気はないのか」と何度も言われました。僕は大学当時ちょっとした同人誌に参加して紀行文は書いていましたが、それは父には内緒にしていました。「お前が書かないなら俺が書くから旅の話しをしろ」とも言われました。あの時も父はまだ書きたかったのだな。もう20年も前の話です。僕は今、ブログを少し書いていますが、こういうのを父に言えばおそらく「お茶を濁しているな」と言われるでしょう。父は古いタイプの人間で活字媒体しか知りません。Webで書く可能性など理解してはくれないでしょう。

    翌日。夕方僕が病院へ行くと、もう父はかなり回復しているようでした。しかし原因がはっきり分からず、検査も十分でないので、まだ様々な可能性が考えられるとのこと。ただ、自宅から離れたこの場所ではいかになんでも不便で、医者と相談して母の待つ家へ取りあえず連れて帰ることに。自宅から近いところで精密検査、という算段にしました。
    車中、ずいぶん話せるようになった父は、こんなことを話し出しました。今、エスペラントをちょっと勉強しているのだ、と。
    驚きました。この歳になってまだそんなことをやっているのか。聞くと、実は若い頃にも少し齧っていたのだと。宮沢賢治はこの国際共通語であるエスペラントを学んでいて「イーハトーヴォ」もエスペラントなのだ、と滔々と話し始めました。
    親父は前向きだな。僕が親父から受け継いでいないものは、この前向きの精神だな。僕はすぐに停滞したり考え込んだりしてしまう。わかったよ、僕もその精神で行くよ。だから、少し親父も養生してくれ。おかんも心配しているから。

    なんだか励まされたようなよくわからない気持ちです。もう少し長生きしてもらいたいと息子としては切に思っています。
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    | 2007/07/05 | 随感 | 23:02 | comments(10) | trackbacks(0) |

    桜桃忌

  • 2007.06.19 Tuesday
  • 「今日は太宰治の日なんだって?」

    家に帰ったら妻がそう言っていました。なんでもTVで「今日は何の日」的なテロップがヅラヅラと出て、その中に「太宰治の日」というのがあったそうなのです。なんだよ太宰治の日ってのは? そういった後、今日が桜桃忌であることに気がつきました。桜桃忌なら桜桃忌と言ってくれ。でも最近は桜桃忌などという言い方はもう流行らないのかもしれないなぁ。
    桜桃忌って知らないよ、と妻は言います。この人は津軽生まれなのに知らないのか。6月19日は太宰治の誕生日でもあり、死亡が確認された日。太宰治が玉川上水で心中したのが昭和23年の6月13日だったのですが、発見されたのが19日であり、正確な命日とは言えないにせよ、この日が偲ぶ日となっています。
    ちょっとこれを書く前に調べましたら、6月19日は誕生日であることは間違いないのですが、死亡した日でもなく桜桃"忌"などと言うのはおかしい、という意見もあって、最近津軽では「生誕祭」として行事を行っている由。なるほどね。それで総称して「太宰治の日」と言っているのか。

    僕は、太宰治が眠る三鷹の禅林寺には詣でたことはありませんが、今日はおそらく多くのファン達が墓参に訪れていることでしょう。
    太宰治の作品というものはよく「誰もが一度は通るハシカのようなもの」と言われます。確かにそうかもしれません。僕も多感な頃はありていに言ってやられました。この人のことを理解できるのは私だけ、と誰もに思わせるところはさすがで、僕も中学の頃、大学ノートにびっしりと太宰治の「人間失格」を筆写しました。そのおかげで今でも一部であれば諳んじることが出来ます。そうして何かに憑かれたように小説を筆写するという写経のような行為は、それからの僕に何かを残してくれたような気がしています。
    しかし、多くの人はその熱狂からやがて醒めます。そして「かつて太宰ファンだった」ということが妙に恥ずかしくなり、その読書歴をどこか片隅に仕舞い込んでしまいます。これもまた不思議な現象。僕もそういった道をやはり辿りました。まだ大学の頃は太宰に引っ張られて竜飛岬や金木の斜陽館にも訪れたものの、それ以降はぷっつりと途絶えていました。

    それから20年近い時が経ち、僕はまた太宰治を読み返していました。病気をして酒も呑まなかった時期、読書量が異常に増えたことが一因ですが、再びその世界に入るとやはり太宰治はいい。行間から何ものかが立ち上がってくるようなさすがの文章力です。平易なのに深い。あらためてそんなふうに思っていました。もはやその小説の中の主人公と同化するような読み方は出来ませんが、この歳になってわかってくることもあります。そう言えば太宰が遺体となって発見された6月19日は、太宰治の39歳の誕生日だったのです。そうか、いつの間にか僕は太宰治より年上になっちゃっているんだな。

    こんなことを考えるたび、自分の矮小さを思います。僕はこの歳になっても、未だ何かを成し遂げたということはない。そう思うとまた鬱になっちゃうので、あまり深くは考えないようにはしますけれども。今夜はまた太宰治の本でも手繰ろうか。でも、もう眠くなっちゃったな…。
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    | 2007/06/19 | 随感 | 23:02 | comments(4) | trackbacks(0) |

    あと幾度春を

  • 2007.04.27 Friday
  • 僕が住んでいる関西地方では、もう既に八重桜も散っています。これで、今年の桜はもう完全に終わりです。ややこしい天気でしたが、先月末以来長く楽しませてくれました。
    近所に芝生の上に咲く一本だけの八重桜があるのですが、散った花びらが降りつもるようにあたり一面をピンク色に染めています。これはこれで実に綺麗なもので、しばらく見ていない芝桜を思い出したりもします。花を愛でるほど風流な心を持っていない僕ですが、最近ちょっと忙しさに気持ちを失いかけていたので、こういうピンクの絨毯のような様を見るだけでも何だか和みます。

    父母が先日来、団体旅行に参加していまして、昨日帰って来たようです。いわゆる「桜前線ツアー」であったようで、福島の三春滝桜、岩手の北上展勝地、秋田の角館などを巡る実に結構な物見遊山の旅行だったようです。
    今、東北は桜が盛りなのですね。日本列島が細長いことを今さらにして思います。
    なんとなしに冒頭、「行く春を惜しむ」みたいなことを書いてしまったのですが、女房の生まれた津軽ではこのG.W.が花見の最盛期です。ブログのようなあらゆる地域の人が見るメディアでは、「花も散ったね、春も終わりだね」なんて書くのは不遜なことなのかもしれません。春はまだこれから、というところはいくらでもある。北海道の桜はまだ蕾であるのでしょうか。

    先ほどおかんと電話で話をしました。

    「ちょうど盛りやったやろ。楽しかったか?」
    「ええ旅行さしてもろたわ。おいしいもんもたくさん食べたし」

    この歳になってもまだ花より団子なのか? と思いましたが、そうでもなかったようです。

    「もうな、福島のほうでは散りかけでな、ほんでも秋田のほうではまだ満開とはいかんでなぁ」
    「ふむふむ」
    「お父さんと二人でな、あと何回桜が咲くとこ見られるやろ、とか話してたら、なんか泣けてきてなぁ…」
    「…」

    気弱なことを言っています。しかし今では両親も70歳半ば、昨年自分の母親が逝くのを看取ったおかんにとっては、もう先が見えるような気がするのでしょう。先達はもう居ない。あとは自分がどこまでいけるかわからない道を手探りで歩いていくしかない。果たしてあと幾度春を迎えられるのか、幾度桜を観ることが出来るのか…。

    「こうやって毎年桜前線追っかけて旅したら、何回でも桜観られるで。機会を増やしたらええやん」
    「そやな、そないしたら回数は増えるわな。おいしいもんも食べられるし(笑)」
    「来年も二人で行ったらええやん(笑)」

    明るく電話を切った僕でしたが、おかんは単純に笑っていたとも思えません。足腰が弱れば旅行もなかなか出られなくなることくらいはわかっているはずですから。
    来年も二人で来れるといいのにねと…と歌ったのはさだまさしでしたね。

     或の日と同じ様に 今鳩が舞う
     東風吹けば 東風吹かば君は 何処かで想いおこしてくれるだろうか
     大宰府は春 いずれにしても春… 
                                 さだまさし「飛梅」

    ハッ(゚ロ゚〃) 桜の話をしていたのに梅の歌がなんで出てくるんだっ(大汗)。

    妻と、その流れで少し話をしていました。

    「ワシらも人生折り返しやけど、あと何回一緒に桜が観られるんかなぁ」
    「何言ってんのよ。毎年花見に行こうって誘ってもあなた一緒に行かないじゃない。なによこんな時だけ気取ってそんなこと言って(怒)」
    「え、ほんでも今年は鎌倉で桜一緒に観たやんか(汗)」
    「ああして歴史絡みでもないとあなたは動かないのよ。春先は。帰ってきてから一緒に夙川でも武庫川でもいいから行こうって言ったのに、休みは家に籠っちゃってもう」
    「ほんでも花粉が飛んでるさかいに…(汗)」
    「だから、あなたの花粉症が治らない限りは一緒に桜なんて観ないじゃない。何が"あと何回"よ!」

    せっかく感傷的な話をしようと思ったのにヤブヘビでございました。花粉症はつらいよ(笑)。

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    | 2007/04/27 | 随感 | 23:18 | comments(4) | trackbacks(0) |

    今日の雑感と言うか何と言うか

  • 2007.04.06 Friday
  • 一昨日でしたか。ちょっと近所の女の子が大学の入学式に出席したようなのですよ。
    僕がこの街に越してきたときには本当にまだ少女だったはずなんですけれどもね。月日の経つのは早いもんです。もう女の子なんて言ってはいけないのでしょうね。立派な女の人だ。
    なんとなしにぼんやりと考えていたのですが、今年大学入学という節目を迎えた彼ら彼女らは、僕が社会人になった頃にはまだ生まれていなかった人も多いのですね。なんというべきかなぁ。月日の流れが速すぎるというのか、なんだか感慨がありますよ。平成生まれなんだもんなぁ。

    僕は子供を育てた経験がないので、余計そんなことを考えてしまうのかもしれません。実感として時間の経過が如実に現れる場面に遭遇しないので、こういうときにスポット的にこういうことを思う。そして時間の経過をハッと知り驚く。
    僕はもう直接の付き合いがない人の話ですが、友人の友人(と書くとヘンですが、小学校の同級生ですね)には、もう孫がいる人もいるのです。若くして結婚し(デキてしまったのですな)、そしてその娘がまた同じような道を辿って早々に結婚してしまった。そして先月孫の誕生らしいですよ。同世代が祖父母になるという驚き。

    僕などはまだチャラチャラとして生きていますから、全然しっかりしていない。孫なんてできたら、そりゃ威厳を持った存在にならなければいけないのでしょうねぇ。なんだか彼岸のことのようです。若者のつもりでいてはいけないのだよなぁ。世間的には大変な大人であるはずなのですから。

    SOMEDAY
    SOMEDAY

    佐野元春の名盤「SOMEDAY」。きら星の如く輝くひとつひとつの曲。ぼくはまだ高校生だったなぁ。なんと言ってもカッコよかった。夢中になったものです。
    もはや最近はこんな音楽を聴いていると「昭和の時代」と括られてしまうことも多いのです。なんだその昭和の時代ってのは。そりゃこのアルバムだって20年以上前ですけれどもね。古い、という評価はされないけれども、「懐かしい」という範疇に入ってしまうようで。けれども、僕の中ではまだまだ懐かしいといえるほど昔のことではないような気がどうしてもしてしまうのです。ここにも時間の経過を実感していない自分がいる。もう平成も19年であるのに。

    「Sugartime」「Happy Man」「麗しのドンナ・アンナ」…。名曲ぞろいのこのアルバムに「二人のバースディ」という曲があります。

     はじめて君が言葉をくれた時
     これからどんな事が始まるのかわからなかった
     流されそうな街の生活に試されては消えてゆく夢といくつもの思い出
     Happy Birthday it's for You & Me
     Happy Birthday to you

    一昨年はこれ、昨年はこれだったのですが、今年はこの「二人のバースディ」を今日のBGMにしましょう。
    まあいいでしょう。今日くらいはそんなに自分のことを強いて大人であると実感しなくても。なるようになっていくでしょう(笑)。
    Don't worry!
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    | 2007/04/06 | 随感 | 00:06 | comments(4) | trackbacks(0) |

    モクレンの花

  • 2007.02.25 Sunday
  • 今この記事を書いているのは二月下旬です。例年ならまだまだ寒くてたまらない季節のはず。
    昼、散歩でもないのですがちょっと近所を歩いていました。隣を歩く妻が急に素っ頓狂な声で僕に告げました。

    「シロモクレンの花が咲いているよ!」

    木蓮。花にうるさい妻だと「ちゃんと白木蓮と書け」と言うかもしれませんが、僕はそんなに花に詳しくないのでモクレンでまあいいかと。通常モクレンと言うと紫色の花らしいですね。当方はモクレンとコブシの区別すらちゃんとつきません。
    そんな花に疎い僕でも、この白い花は四月くらいに咲く花であることくらいは知っています。全くなんということでしょうか。少なくともひと月は早い。
    住まれているところによっては様々な感じ方があるでしょうが、大雑把に言ってしまえば「暖冬」と言っていいこの冬でした。

    厚木I.C.
    厚木I.C. 小泉今日子

    Kyon2の最新アルバム(と言ってももう4年前ですけど)である「厚木I.C.」。その中に「モクレンの花」という曲が収録されています。
    木蓮と言って思い出すのは普通スタレビの「木蓮の涙」でしょうけれども、僕はここ何年か、モクレンの花が開く頃になると決まってこの小泉さんの曲が頭の中をエンドレスで回ります。今年はひと月早い登場です。
    これは名曲だなぁと思います。作ったのは宮沢和史さんで、彼も歌っているのですがこの曲は小泉さんのほうがいい。僕も小泉さんのファンになって四半世紀が経ちますが、彼女はこの歳になって実に味わいのある歌をうたう。アイドル時代はずいぶん「上手くない」と言われた彼女でしたが(僕はそんなふうには思っていませんでしたが)、この「モクレンの花」を聴くと、歌に年輪が出てきている。

     見つめあう双葉のように 葉を濡らす夜露のように
     いつの日かあなたのそばで 同じ夢をみたい

     生まれたての月に 気づいているかしら
     あなたが行く道を照らしている月を

    生まれたての月というのはなかなか気がつかないものですが、月が沈んでいくのは時々見たりします。そういえば、月が沈む話をずっと以前に書いたことがありました。→上弦の月
    つい最近も、沈む月を見ていました。夜半過ぎ、妻がベランダで何かを取り込もうとして見つけたようです。「ねえ、月が沈むよ。出てきなよ」
    下弦の、普通より赤く染まった月が、西方向に見える六甲山に沈もうとしています。じんわりと、さりとてゆっくりでもなく足早に沈んでいく月を二人でただぼんやりと見ていました。

    「ワシら、足りてるよな?」
    「そうだね。足りてるね。」

    二人だけの生活は寂しいでしょう? とよく聞かれます。僕たちとて二人きりを望んでいたわけではなく、結果的にこの歳まで二人で暮らしているだけなのですが、最近は、これも十分に満ち足りた姿だなあと素直に思えます。周りを子供たちが走り回る情景を夢見たことがないかと言われればそれは否です。けれども、こんな幸せもあってもいいのではないか、と思います。一人じゃないんだから寂しくはない。季節には早いモクレンの花を見たり、沈み行く月を見たり。そうして、見つめあう双葉のように生きていけたらそれで十分じゃないか。そんなふうに自然に思えるようになってきました。

     いつの日かあなたの胸でそっと咲いてみたい…

    「モクレンの花」。じんわりとこんな夜には心にしみてきます。


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    | 2007/02/25 | 随感 | 18:58 | comments(4) | trackbacks(0) |


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