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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    境の問題

  • 2010.05.24 Monday
  • 先日、ちょっと赤穂市に用事があって行ったのです。あの赤穂浪士の赤穂ですね。兵庫県の西の端に位置します。
    僕は車を国道250号線沿いに走らせていたのです。赤穂市の中心を走る国道ですね。JR赤穂線にも沿っています。
    駅前を通過しました。駅名は「播州赤穂駅」です。赤穂駅でもいいじゃん、と思うのですが、実は開業当時には既に赤穂駅という駅名が別に存在したのです。それは、長野県の飯田線ですね。ここに「赤穂(あかほ)」駅がありました。それで、混同を避けるために旧国名の「播州(播磨のこと)」を冠したわけです。あかほ駅は後に駒ヶ根駅に改称されましたが、ここはその後もずっと「播州赤穂駅」として続いています。
    このように、駅名に重複があった場合、昔の国の名前を冠して区別しているケースはよくあります。「摂津本山駅」とか「武蔵小杉駅」とかね。
    これは、昔の律令国です。全部で68国ありました(よく六十六州と言われますが、数えれば68あります。なんでだろ^^;)。南は薩摩、大隈、日向から北は陸奥、出羽まで。沖縄と北海道は含まれません。明治になって県がおかれ、この旧国分は消えました。ただし、こうして駅名や市町村名には名残として残っています。
    つまり「播州赤穂」ということでここ赤穂駅は播磨国の範囲内だよ、と言っているわけなのですが。以下本題。

    国道250号線はそのまま西に進みますと岡山の県境へと向かいます。その手前に「備前福河駅」というのがあったのです! なんで「!」を着けたかと言えば、ここはまだ兵庫県赤穂市内であるからなんですね。赤穂駅から二つ向こうの駅です。
    「備前」と名乗るからには、つまりこの備前福河駅のあるところは旧国分でいう「備前国」であったということですよね。うわー知らんかった。兵庫県内に一部備前国が含まれていたとは。
    しまった…。僕はそのときすぐに、自分のブログの過去記事を思い出していました。

    僕は以前ブログで兵庫県の旅の記事を書いて、その冒頭、
     兵庫県は、律令制下の旧国で言うと、なんと5ヶ国に分かれる。但馬国(県北部)、丹波国(京都府中部も含む。篠山市など県東部)、播磨国(姫路市を中心として西は赤穂、東は明石まで)、摂津国(大阪府北部も含む。神戸市、阪神地区)、淡路国(淡路島全域)である。こんな県は他にはない(明治初めに北海道に11国を設置したのは別)。他に多いところで三重県などがあるがそれでも4ヶ国である(伊勢、志摩、伊賀、紀伊)。
    と自信たっぷりに書き出しています。おいおい、5ヶ国じゃねーじゃん(汗)。

    全くね、知ったかぶりもいいところでございます。僕は今、兵庫県に住んでいるというのに。赤っ恥です。
    もちろん、備前国は兵庫県に「ちょっとだけ」かかっているだけで、それほど間違ったことは書いていません。まあ5ヶ国と考えてもいい。しかし、こう断言してしまえばやっぱりまずい。
    こういうときに過去記事に手を入れたくなるんですよ。「なんと5ヶ国」を「だいたい5ヶ国」に(笑)。しかし、この前の記事で過去記事に手を入れていいのかと書いたばかりです(汗)。うーむ。やっぱり、この記事をリンクして訂正する以外ありませんなあ。
    訂正するならば、もう一度ちゃんと調べて確実なものにしたい。てなわけで、もう少し深入りすることにしました。
    さすれば、ですよ。もう一ヶ所怪しいところが出てきました。それは、岡山県美作市と兵庫県佐用町の境目なんですが。wikipediaによりますと、明治29年に岡山県吉野郡(美作)から石井村、そして讃甘村の一部が兵庫県に編入されたと書かれています。そうだったのか。
    となりますと、兵庫県には但馬、丹波、播磨、摂津、淡路の他、美作、備前の一部も入っていることに。7ヶ国ですな。もちろん美作、備前は「ちょっとだけ」ですので、県民性云々の話にはほぼ関わりませんけど。
    それからもう一ヶ所、播磨国を東は明石まで、と書いてますが、実は神戸市垂水区、西区、須磨区と北区の一部は播磨に入ります。これも、ちゃんと書かなくちゃいけない事柄でした。

    お詫びして訂正いたします。m(_ _;)m (しかし三重県は本当に4ヶ国なんだろうか…)

    しかしねぇ、こういうのってホントわかりにくいのですよ。律令下の国と現在の県境とでは、少しづつ微妙に違う。
    この線引きの大半は明治になされたものですが、最初から47都道府県であったわけでもなく、版籍奉還そして府藩県三治体制を経て廃藩置県、その後も行政区分は細かく改変されてきました。飛び地も多く、若松県や置賜県、木更津県や堺県など100を超える県が出来て、それらが分割されまた統合され、ようやく現在の府県に落ち着いた、と。それでも前述したように明治半ばに岡山から兵庫へ越境編入されています。最初に書いた、備前から赤穂への編入は実は昭和の話です。難しいんです。
    そもそも、旧国の境界線は県境にある程度生かされてはいますが、完全に沿って分けられたわけじゃない。
    それでも、大きなところはある程度分かるんです。丹波国が京都と兵庫に分割されている、とか。丹波篠山は兵庫県にありますが、その東側はほとんど京都府に属しています。豊後国は、宇佐と中津は福岡県、あとはだいたい大分県。※訂正アリ
    しかし、今でもえっ?というところがいくつもあります。
    有名なところでは、東京都はだいたい武蔵国だと思われているでしょうが、隅田川の東岸、つまり墨田区や江東区は下総国です。だから隅田川に「両国橋」が架かっているわけです。武蔵と下総の両国に架かる橋ですね。下総国はだいたい千葉県ですけど、埼玉、東京そして茨城にもかかります。ややこしい。

    こんな話は、もちろん常識の範囲内ではないと思います。ウンチクのたぐいかな。でも「歴史と地理には自信がある」と常日頃言っている僕としましては、ちゃんとおさえておきたい事柄だったんですよ。ちょっと悔しい。
    しかしながら、こんなの完成形はないわけですからね。そこが困る。先年よりの市町村合併はもとより、県の区分がこれからだって変わりうるかもしれませんのでね。こないだだって馬籠宿が長野県から岐阜の中津川市に編入されちゃったじゃないですか。境って、変わるものですから。
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    | 2010/05/24 | 雑記 | 23:33 | comments(2) | trackbacks(0) |

    一年は駆け足で去りゆく

  • 2009.12.28 Monday
  • また一年が終わろうとしています。なんでこんなに時間が経つのが早いのか。昨年末は確か歯痛で七転八倒していた年の暮れでしたが、もうあれから一年経ったのか。にわかには信じられませんが事実です。なんということか。
    そんな年の暮れの記事を書くのも今年で6回目。ネットで書き始めて長くなりました。

    個人的な一年の回顧はともかく(書きたくもないやそんなこと)、ブログなので例年通りネットに限って振り返りますが、まあまあの年だったかなと。記事はこの凛太郎亭日乗が月約4回ペース、もうひとつの徒然草が20記事。そこそこですね。例年よりは少ないかもしれませんけど。僕の場合記事数では量をはかれないこともありますが、コンスタントに書けていたという感じはします。
    昨年「ネタが無くなった」と告白しましたが、案外そんなこともありませんね。搾り出さなくても書くことはまだいくつも浮かぶ。ただ、その時間がどれだけ確保出来るかということですね。来年は色々あることがもう分かってますんで、こうは書けないかもしれないな。ちと寂しい。いつまで書いていけるかなあ。

    今年は、もうひとつのブログの話で言うと「都道府県見て歩き」というカテゴリが完結してしまいました。設定したカテゴリって書くことが尽きれば終わるのだ、ということは分かってはいましたけどちょっと感慨深い。5年間書いてきましたから。
    今後どうするかですね。旅のアングルというカテゴリも持っていますし、その他歌や酒の話でも旅行に関わる話は書きますので、もう旅の話は終わり、というわけではないのですが。
    また、別にカテゴリを増やす、ということも検討してみたいかなと。僕が酒呑みで旅行ヲタクでフォークソング好きで歴史マニアでプロレスバカ、という人間性は今後も変わることはありませんけど、他にはもう何もない、というわけでもない。まあ考えます。
    昨今、読まれているのかどうか全く分からなくなったもうひとつのブログですが(一応メインブログなのですが 笑)、とにかく自分の思いを書き記しておきたい。それだけの理由で、また淡々と書いていきたいと思っています。自分の存在理由のために。

    あとは、特に無いかな。今年は大規模に記事をパクられた事件もありましたけれども、パクりたくなる記事が書けているのだと前向きに捉えていきたいと思ってます。もうゴメンですけどねああいうのは(笑)。

    今年も「凛太郎の徒然草」ならびにこの「凛太郎亭日乗」に遊びに来てくださってありがとうございました。また来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
    年末年始は出かけてしまいますので、今日が年内最後の更新となります。もうひとつのブログも、例年の如く好きな歌と思い出を書いて終わります。

    それでは、みなさんどうぞよいお年を。

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    | 2009/12/28 | 雑記 | 23:43 | comments(10) | trackbacks(0) |

    寝正月の記

  • 2009.01.01 Thursday
  • 謹賀新年、凛太郎です。皆さんいかがお過ごしでしょうか。

    僕としたことが1日から更新するなんて全く…要するにヒマなのです。今年最初の記事のカテゴリが「旅行」でないことが実に口惜しいわけなのですが、まあ愚痴を書いても始まりますまい。今年は年末からずっと「寝て」暮らしております。怠惰の極みです。
    外出も全くしておらず。ふと鏡を見ますと、熊のように髭が伸びたアホ面が映じて、この顔を外に晒したくはないなぁとつくづく。僕の場合、発熱しますと決まって肌荒れが酷くなります。もうボロボロなんですよ。ここに剃刀を当てると血だらけになってしまいますので伸びるにまかせているのです。これで眼光でも鋭ければ野性味も出るのでしょうが、あいにく死んだ魚のような目ではただの無精者にしか見えません。うーむ。

    というわけで、正月はただぼんやりとしています。TVも駅伝とサッカー天皇杯。今年の駅伝は凄かったですねぇ。あんなデッドヒート見た事ありません。あとは読書ですが、と言ってもなかなか難しい話はアタマに入っては来ず、「鬼平犯科帳」を読み返しています。なんか僕は、身体悪くして寝ていたりするときには必ず池波正太郎ですね。

    さて、今年もポツポツとブログも書いていこうかと思っています。昨年(と言うか昨日^^;)、「ネタが尽きた」とカミングアウト致しましたので気がラクになりました(笑)。
    実際のところは、結構「草稿」状態、つまり書きかけでほっぽってある記事って多いんですけれどもね。なんだかうまくまとめることが出来ずにいるんです。まあしかし作家じゃないんですから、ウェブログなんだもの何でも適当に書いてアップすればいいのだろうとは僕も思うのです。
    けれども、文章書きたい欲は以前よりも増しているかもしれないのですね。実は。
    つい言葉選びに夢中になる。もう少し話に陰影を持たせた方がいいのではないか、などいらぬことをクドクド考える。結果、内容に深みがないと文章をこねくり回しているだけのものになる。こういうのは世に出せませんね。
    でもまあ、今後はもう少し適当にやっていこうと思います。ネタがなくても書きたいのだ。その欲求を満たすものは結局ブログしかないのですから。
    なので、細々と続けていこうかと。読んで下さる奇特な人もいると信じて。

    こうして、新年の記事を書くのも今回で五回目になります。ネット上に基地を持ってもう長くなりましたね。知らぬ間に堆積してしまった。例年ですと「旅から帰ってきました」的な記事が初頭なんですけど、今年はアタマ蕩けたまま、なんとなしに適当なことを書いています。新年の抱負もなんもありゃしない(汗)。
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    | 2009/01/01 | 雑記 | 18:08 | comments(4) | trackbacks(0) |

    ぼんやりと一年の終わりに

  • 2008.12.31 Wednesday
  • 年末に個人的騒動がありまして(前記事参照)、思いもかけぬ寝正月を強いられることになってしまいましたが、体力はないものの至って元気でおります。抗生物質が効いているのでしょうね。
    とにかくのんべんだらりと寝てばかりいます。TVも特に見たいものがなく、ただ本を読んでます。ここに酒の一杯でもあれば上等なのですが、あいにく禁酒中であり(あたりまえだ)、病人らしく過ごしています。

    こういう場合、以前の僕ですとおそらくネット漬けになっていたと思うのです。4年前も似たような状況で、正月休みはヘルニアのために家でひとり引きこもって過ごしていたのですが、その時は腰痛で座ることもままならない状況であったにもかかわらずずっとキーを叩いていたような気がします。ですが、今年はそうでもない。
    もはやネット中毒からは解放されてしまったようですね。うーむ。
    ブログを書く、という作業は、もちろん今でも愉悦です。しかし、更新頻度は恐ろしく減っています。同じ状況だった4年前を振り返ると、日記を書いていた「lintaro's bar」という今はもう無いサイト(凛太郎亭の前身サイト)では、僕はほぼ毎日更新していました。そして、2004年の12月にブログ「徒然草」を始めているのですが、これも恐ろしいことに12月当月は19回更新、1月は月前半にPCがイカれて途中修理に出しているためさほどではありませんが、1日〜5日まではやはり毎日更新しています。
    もちろん、ひと記事の長さは今とは比べ物になりません。現在の平均字数のおそらく1/3〜1/4です。しかしながら、意欲が実に当時は強かったなと。

    もちろん、更新頻度の低下の一番の原因は時間の確保の問題です。これはいかんともしがたい。しかしながら、3年ほど前は時間がなくても常に「書きたくてうずうずしている」状況であったのは確かです。あれも書きたいこれも書きたいワシに時間をよこせ、と。しかし、現在はそうでもない。

    ハッキリ言ってしまえよ。「ネタが無くなった」と(笑)。

    こういうことを言うのは実はプライドが許さないのですね。自分が薄っぺらいということを認める発言ですので(笑)。
    しかしながら、ピークは過ぎたと言わざるを得ないでしょう。徒然草ブログは何度も書いているように「思い出ブログ」であり、過去のことばかり書いているのです。なので、ここ凛太郎亭のように「その日思いついたこと」がネタではありません。僕の40年間の追憶、特に青春時代のあんなことやこんなことをボツボツと思い出しながら書いているのです。と考えると、よくここまで持ったなという感想も僕にはあります。それは、追憶とあまり関係がなさそうな歴史やプロレスの話でも同様。ブログを始めた時に「このことだけは言及したい」と思うものがある程度リストアップされていました。それを書きたいものから書いていくと、徐々に尻すぼみになるのは自明のことで、最初からそれは分かっていたことなのです。
    ここから極私的なことになりますが。
    酒の話は、まだまだネタはあります。しかし、書くのが難しいものばかりが残ってしまいました。このネタをどう料理すれば読み物に仕上がるか。そこのところで止まっています。いっそのこと新ネタを探すかな。ネタ探しをするようになったら終わりだとは思っていますが、そういうのも散りばめないとどうも新鮮味に欠けて。
    歌の話は、もちろん好きな歌は尽きないわけですけれども、どちらかと言えばレビューになるとおこがましいので思い出話を絡めて書きたい。そうすると、徐々に難しくなってくるのです。さてどうしていくか。
    プロレスの話もそうです。本当はネックハンキングツリーやジャイアントスイングについて書きたいのです。しかし、これは記事に仕上げるのが難しい。いくつか草稿状態のものもまだありますが、難渋していますね。歴史の話は最も草稿状態のネタが多いのですけれども、やっぱり奈良時代や明治維新の時のようなモチベーションを保ちにくい。本当はもうひとつ大ネタとして秀吉があるんですけれどもね。これは考えがまとまらない。いつになれば仕上げられるのか。永遠に仕上がんないかも(汗)。
    そして、旅の話があります。これは、都道府県別の話は確実に終わりがきます。本当は2年くらい前に終わっていなくちゃいけないカテゴリなんですけれどもね(笑)。グズグズときてしまった。
    これは来年中に終わらせます(キッパリ)。ちょっと宣言しとかないといつまで経っても決着がつかない。

    こことは違うブログの話ばかり延々と続けていますね(汗)。どうもすみません
    m(_ _;)m あっちがメインブログなんだなとつくづく。
    もちろんここ凛太郎亭は、これからもダラダラと続けます。ネタ探しなんてしないもんね。思いついたら書く。そんだけです。これだと多分続く(笑)。こっちは適当ですんで。
    そのくらいかな。今年のネットライフの話は。

    今年も「凛太郎の徒然草」ならびにこの「凛太郎亭日乗」に遊びに来てくださってありがとうございました。以上書いたように適当で申し訳ないのですけれども、また来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
    いつもですと年内最後の更新は26日くらいなんですけど、今年は31日で〆ですねぇ。来年は1日から書くのかな(笑)。
    それでは、みなさんよいお年を。
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    | 2008/12/31 | 雑記 | 01:35 | comments(10) | trackbacks(0) |

    ここ数日の顛末

  • 2008.12.27 Saturday
  • こんなことをブログに書くのは本意ではありませんし、書きたくもない。しかし書かないとどうも先に進めない。まあいいか。ここ数日の子供っぽくも実に情けない話です。

    クリスマス、25日のことです。僕は朝方くらいから右の奥歯が痛み出しまして。
    歯は本来丈夫なんです。乳歯の時代以来、もう30数年も歯医者には行ったことがありません。なので多少慌てましたが、こんなの大したことはないだろうとタカをくくり、普通に日常生活を営もうと思ったのです。しかし、お昼になって、昼食を摂ろうとしましたらこれが食べられない。左側は大丈夫なのでそっちで噛めば問題なかろうと思ったのですが、歯が噛み合わないのですな。あとで分かったことですが、この時右側の歯茎が盛大に腫れ、痛い歯を押し出すようになっていて突出していたようなんです。そこですぐに医者に行けばいいのでしょうけれども、様々に押し寄せるやらなければいけないことなどがありまして、僕はその昼食を誠に残念ながら放棄し、牛乳などを飲んでそして市販の鎮痛剤を飲みました。なんとか治まってくれればいいかと。しかし、治まらないのですね。むしろ徐々に痛みが増してくる。集中力を欠き、ヒーヒー言いながらその場を乗り切りました。
    夜も遅く帰宅しまして、流動食のようなものを食べていますと、背中からゾクゾクと悪寒が走り、震えが止まらなくなりました。発熱か、と思い体温を測ると38度。うわ、歯痛だけではなくインフルエンザにでも罹ったか、と焦りました。まさか歯が原因で熱が出ているなんてことは微塵も考えていませんでしたので。

    翌26日。痛みが激しく熱にうなされ、ゆっくり休むことが出来なかった僕は、朝から歯医者さんに行きました。内科とどちらから行こうかと考えましたが(まだ熱が歯から来ているとは信じていない)とにかく痛みを先にとりたい。なので、30数年ぶりに歯医者の門をくぐったのです。
    「痛くて痛くてたまらんのです。ものも食べられましぇん」と噛み合せの悪い口でたどたどしく訴えますと、どれどれと診察してくれました。すると、どうも原因は親知らずにあるようで。説明は難しいのですが、僕の場合、親知らずが横向きに生えてきており、それがすぐ前の歯を圧迫し、表面ではなく奥の方で虫歯になっているようなのです。削って痛む歯の神経をとってしまっても化膿箇所が奥なので、手術して抜いてしまわないと治療が出来ない由。発熱もこれが原因らしいのです。
    「じゃ抜いてくださいよ」
    「いやここじゃ無理です。発熱している場合は下手をすれば全身に毒が回る場合があって(本当に先生はこう言ったんです。えげつない^^;)、そうした場合設備が整わないここでは対処しきれません。大学病院に紹介状を書きますのでとりあえずそちらで相談してみてください」
    エッ? (;゚゚)ノ マジ?

    たかが歯でこんな大事になるとは思いませんでした。僕はその足で大学病院へ。
    驚くことにまず僕は点滴を打たれました。歯の治療でこんなことまでするとは。そして、診療台に座ります。
    「ああすごいことになってますな。なんでここまで放置しておいたんですか」
    だって痛くなかったんやもん。痛くなければ歯医者には行かないでしょうよ。
    「今回の場合は、どうも疲労が蓄積して身体が対処しきれずにこうなってしまったようです。もっと規則正しい生活を送らないと」
    大きなお世話だ。あんたが生活の面倒を見てくれるんならワシゃ一日12時間でも寝るわい。
    「歯の定期健診ってのも必要ですよ。あなたの場合なまじ歯が丈夫だったもんですからこうなってしまった。歯の弱い人はもっと早くに痛みがきますからかえって早期治療に繋がるのです」
    丈夫な歯に生んでくれた親を恨めとでも言うんかいな(怒)。

    「困りましたね。抜歯をすると加療が必要なんですが、年末で病院は今日までなんです。また年明けに対処することにしたいのですが」
    なんですと?!
    「固いものは噛めないかもしれませんが、刺激を与えなければ抗生物質で化膿を和らげ、あとは痛み止めで何とか対処するということで」
    何のために大学病院まで来たんだよ(怒)。

    僕は、非常に気がかりなことがあるのです。それは、僕にとっては当然のことながら翌日の27日から旅行に出ようと思っていたからなのです。もうキップやら何やらは入手済みです。こんなんで無事に行けるのでしょうか。

    「ああ、移動は絶対に止めて下さい。身体に疲れを生じさせてはいけません。安静にしていてください。無理をしたら年末年始のことですし救急車しか手段がなくなります。下手すると命にかかわりますよ」

      (/TДT)/あうぅ・・・・ (笑)

    今まで「たかが歯」と書いてきましたが「されど歯」ですなぁ。というわけで、僕は今、引きこもりになっています。悔しいですがいたしかたありません(笑)。
    といいつつ、微熱は残るものの休んでいれば大したことはない。妻は「残る」と言いましたが、「たかが歯」で女房の帰省まで差し止めては田舎のお義父さん、お義母さんに申し訳ない。「あんたがもっと早く病院に行かないからこうなるのよ」と僕を罵倒する女房とさんざん喧嘩して(笑)、女房だけは青森に向かわせました。なーにおとなしくしているから心配はいらんよ。
    つーことで、以前の椎間板ヘルニア発症以来の正月自宅引きこもりです。これはこれで楽しみもまた見つけられるでしょう。動けないので読書三昧になりますかなあ。とにかく起こってしまったものはしょうがないので、前向きに考えようと思います。なんのこれしきですわい。
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    | 2008/12/27 | 雑記 | 18:19 | comments(9) | trackbacks(0) |


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