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  • 2016.12.30 Friday
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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    またさらに今日の雑感など

  • 2009.04.06 Monday
  • 春という季節。昔は心華やいだもんです。
    子供の頃、幼稚園や小学校からずっと、春のこの時期はなんだかフワフワした気持ちでしたよね。たいていは学校に行ってますから、「進級」というイベントがある。クラス替えもあり、三年に一度くらいは「進学」もあります。昨年度までのことがリセットされ、新しい季節を迎えることになります。それに対して、そりゃ不安はありますけどたいていは期待の方が大きくてね。
    春休みってのは結局、所属が決まっていない宙ぶらりんな立場なんで、なんだかフワフワした気持ちになるんですよ。その浮き足立った感じが嫌いではない。むしろ好きでしたね。出会いの季節を迎えるということは当然別れの季節でもあるんですけれども、胸が疼く想い出も今となればまた懐かしい。
    そんな春への思いも、20数年前までのことです。昨今は、「春にリセット」とはならない。冬から夏の間の季節ってだけになっちゃって。そりゃ、探せば何か区切りみたいなものはあるのでしょうけれども、せいぜい「年度末」なんていう逃げ出したい言葉くらいしか浮かんでこない。
    あの浮き足立つ春はどこ行っちゃったんだろうなぁ。

    「三寒四温」で、寒くなったりまた暖かくなったりの繰り返し。でも、着実に暖かくはなってきました。朝起きるのがだんだん辛くなくなってきました。日も長くなってきて、暗いうちに起きたりしなくてもよくなり、また日暮れの早いせわしなさからも徐々に解放されてきました。
    そのあたりに、春の喜びを少しでも見つけ出そうと頑張っています。
    風流な人なら、花のつぼみがほころんだりするのを見つけては春を愛でるんでしょうね。そういう感受性を持ちたいと願って早や幾年月。なかなかそう簡単にはいきません。
    でも、どんな鈍感な僕でも、桜が咲いているのくらいは目に入ってきます。
    僕は、昔はそんなに桜々と騒がなかったように憶えています。花見も、どんちゃん騒ぎの宴会がさほど好きではありませんからね。ああ咲き出したな、という季節の指標としての視点しか持ってはいませんでした。しかしながら、ここ数年は、何だか桜が妙にいとおしくなったりしてきています。
    季節の指標としてとらえているのは昔と変わらないのですが、そこになんだか行く春を惜しむ感情が加わったような。大げさに言えば、哀憐の思いみたいな。
    結局、行く春だけを惜しんでいるのではないのですな。過ぎ行く年を惜しんでいる。
    そういうことにふと気がついたりしてしまうのです。


    面倒臭いことをゴタゴタ言っていますね(汗)。
    今年のBGMは、浜田省吾の「Happy Birthday Song」にしましょう。

    ON THE ROAD 2005-2007 “My First Love”(通常盤) [DVD]
    ON THE ROAD 2005-2007 “My First Love”(通常盤) [DVD]
    YouTube

    この曲、アルバム未収録なんですね。このDVDには収録されていますけれど。小品ですが、気分のいい曲です。

     明日は昨日よりももっといい日になるだろう
     そう信じて生きていこう
     Happy birthday to you

    浜省先生は前向きですな。過ぎ行く年を惜しむことを忘れることは出来ませんが、僕ももう少し視線を遥か彼方に向けることにしましょうか。



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    | 2009/04/06 | 随感 | 00:04 | comments(6) | trackbacks(0) |

    花束を抱えて

  • 2008.10.04 Saturday
  • 昨日の夕刻、僕は待ち合わせ場所へ向かって街を歩いていました。

    その日は早い時間に様々なことを切り上げて職場を離れるつもりだったのですが、なんやかやと野暮用が押し寄せ、ちょっと時間的に間に合いそうにないと思い、待ち合わせ時間を一時間遅らせました。食事をする予定のレストランにも連絡して予約をずらしてもらい、少し余裕が出来たと思ったら意外にも用事が早く済んでしまい、ああこれだったら時間ずらさなくてもよかったなと思ったのですが、もう再度電話するのも面倒です。で、多少のゆとりを持ちつつ街を少しぶらついていたのです。

    待ち合わせ相手は、こう書くとなんだか恥ずかしいのですが妻です。結婚記念日でした。
    もう今さらアニバーサリーという年齢でもないのですが、我が家は二人暮らしで他に特にイベントめいたものはなく、毎年時間が許せばこの日くらいは一緒に食事でもしようということにしています。
    10月に入り少し秋めいてきた街を歩いていると、花屋が目に留まりました。
    街の花屋さんは、夜遅くまでたいてい開いています。繁華街ですとやはり夜の需要が多いのでしょう。お客さんも多く来店している様子です。若い着飾った女性が花束を求めています。誰に贈るのだろうな。また結構年配の男性のお客さんも居ます。僕はぼんやりとその様子を眺めていました。
    僕はよくブログ内で書いていることですが、性格に潤いが無く花を愛でる心というものがあまりありません。花より団子を地でいく人生なのですけれども、そのときは普段全く縁がないはずの花屋さんにふらふらと入り込んでしまいました。ここ数年、花屋さんに入った記憶など無いのですけれども。

    僕は、花を人に贈った経験というものが過去にあったっけ、とその時思い返していました。
    仕事でお祝い等の生花を贈ったことはそりゃ何度もあります。ですがそれは僕が手配したというだけのことで、会社がやったことです。また、冠婚葬祭などで花を贈ったことは何度もあるはずですが、たいていは連名であったり、または団体名であって、個人的に、ということは今まで無かったかもしれません。記憶が曖昧であるのは、いずれの場合も注文して配送して貰うようにしたためで、自分で花束を抱えて届けに行く、という経験が皆無であるからでしょう。石田純一氏のようなことは不調法であり残念ながらやったことがないのです。
    電話一本で事がすむ、という便利な世の中です。僕の場合、結局自分が贈った花を見ないで終わる事がほとんどです。味気ないものですね。そういうことも含めて思い返せば、僕は一度だけ個人的に花束を女性に贈ったことがありました。それは、今の妻にでした。

    昔のこと。後に妻になる女性は関東に住んでいて、職場の寮で暮らしていました。今のように携帯も無くメールなども全く一般的で無かった時代。電話すら呼び出しであり、基本的には向こうから掛かってくるのを待つだけで、あとは手紙。牧歌的な時代だったと思います。遠距離であり簡単に逢うことも出来ません。そんな関係においてよく結婚までしようと思ったなと今になって思いますけれども、知り合って5年が経ち、なんとなしに結婚が決まり、彼女が勤めていた会社を退職することになりました。
    その日付だけは聞かされていましたが、特に僕は何もしていませんでした。結納、引越し、挨拶、結婚式の準備等の決まったスケジュールの中のひとつの流れの中のことと認識していましたし、僕も当時は非常に忙しくてプライベートのことになかなか頭が回らなかったということもあります。しかし、その当日になって、高校卒業後彼女が一人で田舎から都会へ出てきて、長く勤めた職場を離れるということの重大さに気が付きました。遅い。手紙のひとつでも書けば良かった。けれどももうその当日です。
    僕はその時「花キューピット」というものの存在に気が付きました。電話をしてみますと当日でも大丈夫とのこと。花が大好きな彼女に、せめて気持ちだけでも贈ろう。僕は合間に花屋さんに行って手配をしました。花なんてガラではありませんが、彼女の10年間にお疲れ様、との思いを込めて。
     
    夜になって電話がかかってきました。
    「嬉しかった。ありがと。」
    喜んでくれたようです。まさか僕から花が届くなんて思ってもいなかったとのこと。普段僕の言動や性格を良く知る彼女からすれば予想外でしょう。まあたまにはそういうこともするんだよ。当日思いついたこととは言わず、その日は夜が更けても長電話が続きました。

    さて、花屋にて。
    結婚して後はもちろん、花束など贈ったことはありません。一緒に暮らしているのに花を贈るなんてことは照れくさくて出来るものではありませんし、また他の女性に花など贈ったら張り飛ばされてしまいます。そして15年もの間、義理を除いては無縁だった花屋です。
    僕は、その日にプレゼントしようと思っていた、一年越しのアメジストのアクセサリーが既に鞄の中にありました。でもまあ、花もあってもいいかな。
    ちょっとした思いつきと言いますか、いたずら心のようなものですが、これを抱えて待ち合わせに現れたならどんな顔をするだろうか。それが見たいという気持ちもありました。
    「黄色い花を選んで下さい。相手が好きなんで。ああそんな感じでいいです」
    そして僕は待ち合わせの場所に向かいました。

    妻はもう来ていました。僕は後ろから近づいたのですが、人の気配がしたのか振り向きました。そこには、あれから15年経ってずいぶんくたびれた中年のおっさんが花束を抱えて歩いてきます。はたしてどう思うでしょうか。

    「花買うてきてしもたわ。たまにはええかと思てな」

    「あら…えへへへ…」

    なんだかハニカんだような顔をして妻が笑います。そうか、花を貰ったらこういう顔をするのか。昔、この人に花を贈ったときは、電話だけで顔を見ていなかったからなあ。
    決して平穏なことばかりの結婚生活でもなく、いろんなことがありました。でも、よくこんな偏屈な男と離れずに付いてきてくれたものだと思います。本当は感謝しているんだ。あんたと一緒に暮らせて心から良かったと思っているよ。
    そんなことはとても口に出して言えることではありませんが、これからもよろしく。

    「ほな美味いもん食べに行こか」
    「うん」

    そんな15回目の結婚記念日でした。



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    | 2008/10/04 | 随感 | 10:35 | comments(8) | trackbacks(0) |

    また今日の雑感というか

  • 2008.04.06 Sunday
  • まあ表題通り雑感なんですけど。
    ふと思ったりするのです。こういう定点観測の記事を書く日になると。
    ブログってのは、僕はつとめてそういう意識をせずに書いているのですけれども、日記的側面を持ってしまう場合があります。僕はもうひとつのブログなんか何ヶ月もかけて一つの記事を書き続けることもあるので(そればっかり書いてるってわけでもないですけど、中断しつつまた戻りつ書き直したり付け加えたりとかね)今は日記という意識はほぼ皆無ですが、こっちのブログはそうでもない。今日の面白い出来事とかを即座に書きたくなって書く、ってことも多い。そうなると、時節の話も出てきますし(スポーツの話など全てそうですね)、季節が巡るたびごとに書く話題も多い。
    毎年同じ記事を書くのもつまんないので、今年は花粉症のことについては記事にしませんでしたけど(実際は毎日目が痒くてくしゃみばかりなんですが)、定点観測的に書く話題もあります。まあそれは意識して書いているわけです。ブログ書き出してもう丸四年経っていますので、例えば結婚記念日の話とか節分の恵方巻の話なんてのはもう四回書いたわけです。そうして、自分の意識を振り返る機会を持つようにしています。今日もそうですね。

    ブログというツールが出現してからもう10年なのですね。時間軸に従ってパーマリンクを積み重ねて形成され、コメントやトラックバックの機能を持つツール。そもそも既存のものへの言及ツールであり(だからTBという機能がある)、意見を世間に問うことに利用され、今世紀に入ってからは米国同時多発テロ事件によって俄然注目され、日本でも2002年くらいから徐々に広まりだし、次第に大手ポータルサイトも参入して簡単に開設出来るようになりウェブ上の一大勢力となりました。本当に広まったのは2004年くらいかな。僕がメインとして使っているここじゅげむブログとgooブログも2004年リリースでした。僕も始めたのは2004年です。以来もの凄い勢いで増え続け、既存の発信手段であったHPというものを(個人レベルでは)駆逐し、チャットや掲示板文化は廃れてきました(2ちゃんねるはまだ頑張ってるけど)。昨今ブログはmixiなどのSNSにもしかしたら取って代わられるのでは、という危惧もありますが、クローズドではないオープンの場の発信手段としてはまだまだ隆盛であると思います。

    10年ブログを継続している人ってどのくらい居るのでしょうか。まあ日本に限れば6、7年ってことになるかもですけど、黎明期からずっと継続している人って何パーセントくらいなのでしょう。
    僕が始めた四年前ってのは、もう結構ベテランブロガー然としている人たちも居ました。僕も面白いブログを見つけてはブックマークをしました。しかし、それらの人々はもうみんな更新停止してしまっていて、残っているものもありますけれども消去された人も居ます。気が付けば、今RSSリーダーに登録しているブログの大半は僕よりも後から始められた方々です。どうしてみんな閉じちゃったのだろう。飽きたのかな。それとも疲れちゃったのかな。
    以前にブログ閉鎖の理由みたいな記事を書いたことがありますけれども、当方としてはなんだか寂しい。僕はしばしば言及のために記事内にリンクを貼りますけど、そういうのがリンク切れになっていくのもまた困ってしまいます。

    上記の記事で、僕は「書くことがなくなれば閉鎖しようと思っています。語りつくした、自分が丸裸になった、と思えば閉じます。目的達成ですからね」と書きました。今もそんなふうに思っています。僕もいつか閉じる日が来るのかな。老人になるまで書き続けている自分というものもちょっと想像がつきませんし。
    何度か僕も閉鎖しようと思ったこともありました。外因的な場合もありましたが、内因的なことですと、二年前ほど前、もうひとつのブログで「セシールの雨傘」って記事を書き終えたときに「ああもう閉じてもいいかな」と思いましたね。なんだか満足しちゃったって言いますか。ブログを始めたときに、「いつかあの話を書こう」と持ち続けていたものだったので、それを書いちゃうとちょっと気が抜けた感覚がありました。
    でも僕は閉じませんでした。まだ「丸裸にはなってないぞ」と思いましたので。あれも書いていないしこれも書いていない。それに「自分の引き出しはまだこれくらいで終わるもんじゃないだろう」という恥ずかしい自負もあったものですから。
    まあネタ探しをしなくちゃならなくなったら引き際だろうとは思いますけれどもね。次回に何を書いていいのか分からない、となったら負担になりますし。今のところ、もうひとつのブログだと「都道府県見て歩き」が47都道府県揃っちゃったらひとつの節目だなとは思いますけど。今年中には終わりそうだしな(どうかな? 笑)。

    でもまあ、今書いている日々雑感のブログってのはまずネタが尽きるってことはありませんしね。こうして定点観測の記事であれば確実に書ける。
    話が全然違うところに行ってしまいました。そうそう、定点観測の話だった。下書きナシのこういうブログ記事ってのは話がどんどん飛んでいく。反省。

    今年の一曲はなんにしよう。昨年はこれ、一昨年はこれ、その前はこれでした。一年経つのって早いな。
    いろいろ考えて、今年はさだまさしの「HAPPY BIRTHDAY」にしょうと思います。

      
      Only SINGLES〜さだまさし シングル・コレクション〜

    他にシングルス全集(3)や「一人百歌」に収録されてます。そもそもは「道化師のソネット」のB面です。
    このうたを、実は僕はそんなに好きじゃなかったのです。

     だからHappy Birhthday Happy Birthday
     昨日までの君は死にました おめでとう おめでとう
     明日からの君のほうが 僕は好きです おめでとう

    僕は今も、昔の自分のほうがずっと好き。出来得ることなら還りたいと思っている後ろ向きの人間です。だから、こう言われると微妙に抵抗があるのです。もちろん、このうたは過去の自分を否定するもんじゃない。そんなことは分かっています。でもねぇ…。
    けれども、この能天気さに少し賭けてみたい自分も最近は見つけたりするのです。昨日までの自分ももちろん大切さ。でも、まだ見ぬ未来を好きになることは今なら出来るじゃないか。まだ未来はどんなものか見てないんだから。希望だって期待だって持つことは勝手なのだから。

     幸せなんて言葉もあるが 人それぞれに秤が違う
     人は人だしあんたはあんた 別に気にすることなどないさ

    こうしてブログ書いてて、いつか「ああワシの人生語りつくしちゃったな」という日が確かにくるのかもしれません。引き出しが空っぽになる日。その日が来たら、「ああちっぽけな人生だったな」と僕は思うでしょう。でもそれで人生が終わるわけじゃない。明日になったら、また素晴らしい出来事が津波のようにやってきて、インプットする間もなくブログを書き出したくなるやもしれない。そんなことわかんないんだ。だから、明日からの自分も好きになれるかもしれない。

    そんなことをぼんやりと考えている今日です。
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    | 2008/04/06 | 随感 | 06:30 | comments(7) | trackbacks(0) |

    加速度

  • 2008.03.16 Sunday
  • 前回の続きです。
    僕は所用で京都に行ったついでに、等持院に足を延ばしたという話でした。そのあたりをウロウロするうちに必然的に隣接する大学の構内に足を踏み入れたのです。
    実はこの大学は、僕の母校なのです。四年間通った青春の象徴。

    大学には、卒業以来ほぼ足を踏み入れることはありませんでした。周りは観光地であり、金閣寺や竜安寺など史蹟名勝がずらり。僕も卒業以来この周辺には何度も来ています。ですが、大学自体には全然入っていなかった。正確には一度、13、4年前に来たことがあります。当時はまだ京都に実家があり(今は両親は隣県に引っ越して家はもう無い)、結婚したての僕は帰省かたがた、妻に「あんたの母校が見たい」と言われて連れてきたことがあります。それ以来。
    正直に心情を言えば、避けていたと言えるかもしれません。前回来たときに、僕はなんだか泣きそうになってしまったのです。甦ってくるものが多すぎて。しかしまだ配偶者になったばかりの女性に涙を見せるほど僕は達観もしておらず強がっていましたので、サラサラと案内をして足早に「じゃ竜安寺に行こうか」とその場を後にしたのでした。
    それからというもの、僕は近所まで来ても門をくぐらなかったのです。

    でも、今回は河田小竜の墓所へ行くために構内に入ってしまいました。
    入ったとたん、様々な思いがフラッシュバックしてくるのを感じていました。次から次へと襲ってくる追憶たち。
    大学は春休みで、学生たちの賑わいはありません。それをいいことに、僕は立ち尽くしてしまいました。思わず声が漏れます。「ああぁ…」と。誰かが見ればヘンなおっさんがいるなと思われてしまうでしょう。誰にも見られていなかったのは幸いでした。

    少し構内を歩きます。学食が開いていました。そういえば昼食をまだとっていなかったことに気がつき(断ったんでした^^;)、フラフラと中に入りました。すると、当時のままのメニューです。20年も経っているのに。時間がここは止まっているのか。僕はあの頃よく食べた鶏カツ丼か竜田丼かどちらにしようかとさんざん悩んで鶏カツ丼を選び、ぽつりぽつりと居る若者に混じって食べました。美味い。舌に郷愁も加味されるからかもしれませんけど。
    どう見ても学生には見えないおっさんのはずなのですが、この場に座っていて自分では驚くほど違和感を感じない。目の前に鏡でもあれば我にかえるのでしょうけれども、その時僕は完全に自分も学生のつもりなのですね。20年の時を超えてしまっている。

    さらに構内を歩きます。20年も経っているのですから多少の衣替えも大学はしていますが、根本的なところは何も変わっちゃいない。
    僕は不審者のようにあちこちを覗きながら歩いていました。

    心のバックグラウンドには、さだまさしの「加速度」が流れています。

      
      私花集〈アンソロジイ〉さだまさし

    このアルバムに「加速度」という名曲が収められています。大好きな曲です。
    なぜ「加速度」なのかと言えば、先般よぴちさんのブログを読んでいたからでしょう。→As Time Goes By「加速度:さだまさし」
    この記事に、よぴちさんがかつて北野天満宮や等持院に旅された思い出が書かれています。いい記事です。僕が等持院を訪れたのも、足利将軍の書籍を読んでいた以外にこのブログ記事の影響もあったのかもしれません。いや「かも」じゃなくてあったんだな。
    さださんについては、以前長い記事を書いたので(→黄昏迄)繰り返すことはしませんが、この人は先日のご当地ソングじゃないですけど、地名をよく歌に織り込んで臨場感を感じさせてくれます。彼の故郷である長崎はもとより、全国各地でうたの足跡を残してくれています。旅人なのだなと思います。もちろん京都のうたもあります。
    「春告鳥」という曲があります。アルバム「夢供養」所収です。この歌はまさに等持院が情景として出てきます。「衣笠の古寺の侘助椿の たおやかに散りぬるも陽に映えて…」

    「加速度」にはそういう情景描写はありませんが、その心象風景にはたまらないものがあります。別離のうたですけれども、甦る思い出とともに奏でられる曲として今の僕にはあまりにも痛切でした。

    学生広場。図書館。生協購買部。駄弁ったベンチ。何もかもが懐かしい。そして、僕が学んだ時計台のある校舎の前。たまらずに入り込みました。咎められれば謝ればいい。階段を上り、勝手に教室のドアを開けて座り込みます。

     スローモーションで時が倒れてゆく 言葉さえ塞いで

    この場所でさまざまな出来事がありました。ゆっくりとした思い出が、急に加速度を増して迫ります。喜びと、そして悲しみと。

     途絶える直前の君の優しさは 最後にピリオド打たなかったこと 
     まるで悲鳴の様に云いかけた「それから」って
     自分の重みに耐え切れず落ちてゆく ガラス窓のしずく

    この教室で、僕は人を傷つけてしまったこともありました。なぜもっと僕は大人になれなかったのだろう。なんで強引にピリオドなんて打ったんだろう。悔恨の気持ち。けれどもそれはもう遠く過ぎ去った情景。決して戻ることは叶わないんだ。
    時間が揺れます。あの頃の自分と、今の、経験を否応なしに積んでしまった自分と。その間でいったりきたりです。こうなることは分かっていたんです。あの頃から少しだけ大人になってしまった僕には。そして、その気持ちを昇華する術も残念ながら今は知っているのです。

    いつまでも思い出に浸っていると不審者として通報されてしまうかもしれません。僕は校舎を出て、そして大学をあとにしました。さて、気持ちを昇華する方法を実行に移さなければなりません。ここらへんは詳しいので、まだ陽が高いこの時間でも冷たいビールが飲める店くらいは知っています。僕が大人になったっていうのは、所詮この程度のことなんだよなぁ(笑)。まあいいや、飲もう。
    そんな休日の出来事でした。
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    | 2008/03/16 | 随感 | 12:43 | comments(8) | trackbacks(0) |

    忘れていたわけじゃないんだ

  • 2007.10.04 Thursday
  • 男性というのは記念日を忘れる。と女性はよくおっしゃいます。確かにそういうことはあるのかもしれません。
    しかしながら、記念日が多すぎるというのもまた問題なのではないかと僕は思います。先日TVを観ていましてこんな会話を耳に挟みました。「今日はあなたと初めて出会った記念日」「初めてデートした記念日」「お泊り記念日」…。そんなの憶えられるわけないでしょうが(汗)。女性にはアニバーサリー好きな人が多いのか。そういう女性と付き合ったことがなくて本当に助かったと今にして思いますがな。

    記念日にもいろいろあるでしょうが、僕は例えば夫婦間においては、「相手の誕生日」「結婚記念日」この二つだけ憶えていれば事足りるのではないかと考えます。それ以上は必要がないかと。そんなにアニバーサリーを増やしていったら毎週何か企画を考えなければならない。そしてありがたみも薄れるってーもんです。あとはクリスマスくらいでいいのでは。
    というわけで、僕はその日だけは一応記憶に留めています。そして、10月3日は結婚記念日でした。

    いつも結婚記念日は宴会の日です。二人して呑む日。普通ですと何か贈り物を…としなければならないのでしょうが、うちでは一切そういうことはやってきませんでした。僕がズボラというわけでもなくカミさんがそう言うんです。

    「今年で五年目やな。何か欲しいもんでもあるか?」
    「ううん、なんにもいらないわよ。それよりアワビのステーキが食べたい♪」

    最初の頃は遠慮しているのかとも思っていましたが、どうも本音らしい。そういえばアクセサリーの類はほとんど持っている人ではない。金属アレルギーの気もあるようで飾るものは必要としないようなのです。見ていて、大き目のイヤリングは似合うのじゃないかなと思うのですがイヤなのだそうで。ピアスも開けていません。
    だから、10年目のときもいわゆる「10sweet diamond」でも、と思ったのですが「いらない」とあっさりしたものでした。装飾品などは必要ないらしいですし、洋服も「じゃお金ちょうだい。買ってくるから」と言われてしまいます。まあね、こっちもセンスに問題があるほうですからね(笑)。
    でもなぁ、今年は15年だ。何か贈りたいもんです。日頃の感謝の気持ちくらいは僕でも持っていますんで。値の張るものでなくてもいいと思うんですよ。あんまり高価だとしまっちゃって日の目を見ませんし。

    でも、着飾るものはいらないと日頃から言っています。どうしようかな。
    15年というのを検索してみますと「水晶婚式」と出ています。水晶か。水晶ってなんだか数珠とかそういうものしか浮かばない(汗)。
    調べてみますと、「アメジスト」というのは水晶なんですってね。紫水晶。これだとちょっと宝石らしい。
    指輪は嫌いであるようですし、ネックレスだと「ウザイ」らしいから、ペンダントならどうだろうか。アメジストのペンダント。うんうん。

    というわけで、ちょっと先日店に行ってみたのです。
    でも、アメジストって有難いことに安いのですね。まあ2〜3000円くらいだ。もう少しはいいものをと思っていたのですけれどもね。若者ならともかくいい歳なんですから。
    それで、どうしようかとまだグズグズとしていたのです。

    そしてもう日が迫ってきました。先週の話。

    「ねぇ、来週結婚記念日じゃない。どこ行く?」
    「そやな、今年は15年やさかいに少し気取ったところへでも行くか。10周年のときみたいに」
    「何言ってんのよ。今年は14年じゃないの」

     ( ̄ェ ̄;) エッ?

    「どうやって1年も間違えるのよ?」

     ΣΣ( ̄◇ ̄;)!ハウッ!?

    「男の人って全然記念日って憶えないんだからほんとにもう」

    「……」

    忘れていたわけじゃないんだからいいじゃんか…。

    というわけで、昨日はいつもの通り夜待ち合わせて宴会。僕らにしては珍しく地中海料理なんぞを食べました。ワイン飲むのもずいぶん久し振りでしたわ。焼酎と日本酒じゃないなんて。え、アメジスト? もうそんなの知りませんて(汗)。

    ここでお詫びと訂正。
    昨年の記事「酒のあとに食べる悪癖」は結婚記念日の話だったのですが、このとき既に「14回目」と書いています。一年越しで間違えていたのですな(大汗)。
    「14回目の結婚記念日おめでとー」とコメントをいただきました皆様に深くお詫び申し上げます。このときは13回目でした。あたしゃウソをついておりました。
    m(_ _;)m ごめんなさい。
    なおさらにその前年はしっかりと「12回目」と書いてある。このあとで間違えちゃったのですな。ふぅ…。ちょっと反省のアニバーサリーでございました…。
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    | 2007/10/04 | 随感 | 23:02 | comments(16) | trackbacks(0) |


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