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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    marqueeタグを使ってみる

  • 2006.10.05 Thursday
  • 僕のタグ知識と言うのはだいたい3〜4年前で止まっているわけなのです。HPを作ろうと思ってハウツー本とかを買ったこともありましたっけ。無期限延期となってブログ始めてしまった今となっては、タグなんて彼岸のことになってしまいました。
    それにしてもブログって便利だなあ。<BR>って打たなくても改行してくれるわけですから。以前HPのページをしこしこと作っていたときは改行の度にいちいち<BR>タグを打たなくちゃだったので面倒でしたねぇ。僕のブログやコメントは文字が詰まりすぎで見にくい、改行をもっとしなさいと言われた事がありますが、この時のHP作成の習慣が残っちゃっているのかなぁとも。あの時は<BR>タグが面倒で全然改行をしなかったですからねえ。
    それに、ブログ機能として<font size=>タグを使わなくても文字を大きくしてくれたり、また色も変えてくれる。

    あんなこともこんなことも、なにもタグを打たなくても出来るのです。

    ラクだな。リンクだけは、まだタグを打ち込みますけどね。別窓開けたいから。いや、打ち込むってほどじゃなくて<a href=""target="_blank">タグを単語登録してあるわけで一瞬のことではあるのですが。

    話が全然違うところへ行っておるな(汗)。そんなことを書きたいと思っていたのではないのですが。何の話かと言えばmarqueeタグのことです。

    つまりこういう動きをするタグのことですぅ

    これはただ、「<Marquee>つまり〜</Marquee>」というタグをつけただけの実に単純なことです。こんなの全然知らなかったな(汗)。最近どうもあちこちで見かけるのでちょっと検索してみたのです。そしたら実に簡単なことでした(汗)。
    これって、何で知らなかったかというとInternet Explorer内でしか使えないタグであったからなんですね。だから一般的でなかった。しかしNetscapeでも使えるようになったということでどっと溢れてきたという感じなのでしょうか。
    ちょっと加えるといろいろ出来ますな。

    左右へ動いたりね。ちょっと気持ち悪いけど。


    やたら早くしたりとか


    こんな動きもしてみたりするわけで♪



    しかし…これって他の人のブラウザでも見えているのか実際不安(汗)。携帯なんかでも無理やわなあ。
    それに、僕のブログの性質から言っておそらく使う機会があるのか? と問われればほとんどないような…。
    したがって、全くのところ嬉しがって使っただけという全然役にも立たない自己満足の記事でありました。
    ヾ(_ _。)ハンセイ…
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    | 2006/10/05 | ブログの話 | 23:32 | comments(2) | trackbacks(1) |

    ブログのINDEXの話

  • 2006.09.02 Saturday
  • これは、このじゅげむブログとはあまり関係のない話です。基本的にはもうひとつの凛太郎の徒然草に関わる話です。しかし、「ブログの持つジレンマ」についての話でもあります。

    ブログというメディアは、常に最新記事がトップに置かれます。これはブログの持つ特性であります。最新記事を常に提供するというのは「ウェブログ」である限り当然のこと。
    しかしながら、それによって過去記事が埋もれていくのもまた辛いことであります。時事や、日記主体の記事であるならともかく、あまり時系列に関わらない記事を書き続けている人は、なんとか過去記事にも目を向けてもらいたいといろいろ頭を捻ります。サイドバーをカスタマイズして目次を作ったり、自信のある記事をピックアップしてリンク表示したりして埋もれた記事をなんとか生かそうと試みます。
    しかしながら、それにも限界があります。特に、RSSリーダーではじき出されるデータを主体にしてブログ閲覧をしている人が多い中、そういうのは徒労である場合が多いのです(記事に力があれば過去にも遡って見てくれるという意見はこの際置きます。そんなの僕には無理だよ^^;)。

    というわけで、最近jasminteaさんはブログ記事のHP化に着手されました。確かにHPというのは時系列に全く縛られません。そのHPはこちら
    僕もこれは考えたことがないわけじゃないのです。しかしねぇ…。HPというのは閲覧されにくいのです。力のあるコンテンツをたくさん持つjasminさんみたいな方は別ですが、僕などは遥かにブログの方が集客可能性がある。過去記事は埋もれてしまいますが、それでもまだ検索にも引っかかりやすい。読まれる、ということについてはブログから離れることはなかなか出来ないのです。

    考え方を変えると、HPというものは結局「目次」であるということもあります。ブログの記事的なものを読ませようとするならば。なのでブログにINDEXさえつければ、なんとか過去記事へ誘導できるのではないか。
    そう思って、僕はもうひとつのブログである徒然草を始めたかなり初期の段階から、INDEXページを作ってきました。記事を上げたらそれを目次ページにリンクしておく。そんなことを最初のうちからやっていました。
    そのページは、ブックマーク欄にリンクを貼っておいたのです。しかし、アクセス解析をしているわけじゃないので正確なところはわかりませんが、どうもあまり見られている気配はない(汗)。そうしているうちに目次ページは増えていく。別に増やしたくて増やしているわけではないですが、gooブログというのは1ページ10000字制限があって、リンクというのは文字数をとるために分割、また3分割となっていったのです。
    しかし、そんなことをしても見られている感じが全くしない。そのため、僕はついにブログをカスタマイズしました。詳細は→こちら
    こうして、僕は少しでもカテゴリ欄をサイドバーの上位に持って行き、そのカテゴリに「目次」を加えました。「僕のブログはINDEXが全てみたいなもの。このためのカスタマイズです」と当時僕は心情を吐露しています(笑)。

    しかし…。そんなことをしても虚しいだけだったのかもしれません(笑)。人は結局、サイドバーなどは細かく見ないのです。なので、目次が上位にあってもどこにあっても同じこと。ここじゅげむであればカスタマイズが自由に出来るので、INDEXのリンクを赤字で大きく目立つところに置くことも出来るのですが、gooの無料版ではそんなこと無理なのです。

    なので、ちょっと実験をしてみることにします。こういうことをやってもいいものかどうか。
    徒然草を見ていただけたらわかることですが、先頭にINDEXページというものを設定しました。現在目次ページは、カテゴリ別に6ページあります。そのページへ誘導する記事を先頭に置いたのです。
    gooブログは未来の日付で投稿することが可能です。なので日付を今世紀末にした。こうすれば、ずっとINDEXページはブログ最新記事でありつづけるのです。ブログの表紙みたいなものですね。
    しかしねぇ…。これは邪魔なのですよ。ホントに。ブログは基本的には最新記事を読むメディア。しかし、この先頭記事を置くことによって、最新記事はスクロールしないとあらわれない。これが吉と出るか凶と出るか。せめて最新記事のタイトルくらいは出るようにヘッダーも狭めましたし、いろいろ工夫もしました。しかし、閲覧者はどんなブラウザで見ているかわかんない。携帯でアクセスされた日には、これほど邪魔な記事はないでしょうねぇ。諸刃の剣です。

    でもまあ、せっかく作ったので実験でとりあえず置いておきます。しかし、その実験の成果というのは、アクセス解析つけていない僕にはよくわかんないのですけれどもね(汗)。
    で、このじゅげむブログはどうするのか。いやこんなブログ、INDEXつけるだけ無駄ですがな(笑)。
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    | 2006/09/02 | ブログの話 | 00:25 | comments(6) | trackbacks(0) |

    伝わる文章と言葉について

  • 2006.07.18 Tuesday
  • これは前回記事「全然おいしい」を書いて後の反省です。また、ブログというメディアで「書く」ということはいったいどういうことなのか、ということについてずっと考えている内容でもあります。

    「ブログ(もっと広義にとらえてネットと言ってもいい)」とは、いったい誰に向けて書いているのでしょうか。
    これは、ネット表現者がよく自問することではないかと思います。ネットで、特にブログというツールで表現することの意味はいったいなんだろうか、と。

    僕は、自分なりにその結論は出していたつもりでした。その答えは「自分のために書いている」です。
    小説家や脚本家などの、文章を書くことによって対価を得ている人は、読者を想定して書かねばなりません。幾ばくかの金銭を投じてその文章を購う人に対して責任があります。自分だけにしかわからない文章や内容を書くことは許されません。「金返せ」ということになってしまうでしょう。
    しかしながらネットで発信するという行為は、その責任を追及されません。「金返せ」などと言う読者は存在しないからです。なので自由です。もちろん最低限の線引きはあって、他人を誹謗中傷したり、プライバシーを侵害したり、明らかに虚偽の情報を「騙し」目的で書き込むといったことは、公共の場で発言するという前提においては許されませんが、そうでない限りは、責めを負う事はないと言えます。好きに書けばいい。
    なので、「自分のために書いている」と開き直っても全く問題はないと言えます。人に「こんな話はつまんねぇよ」と言われても「うるせー、だったら読むな」と言っていいのです。極論ですが。

    しかしながら、ネットで発信するということは、「誰かの目に触れる」ということを前提としているのもまた然りです。そして多くの場合は、積極的に読まれたいと思っている。これもまた事実です。読まれたくなければチラシの裏に書いておけばいいだけの話であって、わざわざウェブに載せる意味はない。そうして、「自分のために書いている」ものを読んでもらおうと足掻くのです。これは、「共感を得たい」という人間の性なのかもしれません。

    であれば、やはり「わかりやすい文章」で書くということは必要なことなのかもしれません。意味不明の文章であっても文句を言われる理由はありませんが、こと「読まれたい」と望むならば、心掛けなければいけない事柄であることは間違いないのです。絶対に必要なことではありませんが、そういう心遣いはあったほうがいい。

    そうして、自分に対する反省になるわけですが…。
    僕の書く文章って、やっぱりわかりにくいですよねぇ? (大汗)

    ここまで書いていてもそれはよくわかるのです(汗)。「自問する」「対価を得ている」「文章を購(あがな)う」「また然り」などと、わざわざ難しい語句を遣っている。また、ここまで既に何行費やしているか。饒舌すぎる。(←「長すぎる」と書けばいいのにまたこんな言葉を遣っている^^;) よくある「ブログ文章術」などの本は読んだことがありませんが、書かれていることの想像はつきます。「文章を簡潔に」「読者を想定して」「センテンスを短く改行を効果的に」などでしょう。だいたい僕の書くものと相反している。自分の書いたものが読みにくいということはよくわかります。
    しかし、自分でそれに気がつきにくいということが問題なのです。

    自分が書く文章の内容と言うものは、自分が一番よくわかっていることなのです。ですから、自分の文章を読み返してみても、そのわかりにくさに気がつきにくい。何故なら、自分の文章を読むときには、その「行間」まで読んでしまうからなのです。きちんと書けていなくても自分の頭の中で再構成してしまう。何か(風景など)を描写しようとするときには、自分の頭の中にはその対象物が当然浮かんでいる。なので多少言葉足らずであっても自分なら読めてしまう。誤字脱字なら読み返せば気づくことは多いのですが、言葉足らずの部分、そして表現力の有無については気がつきにくい。

    僕はブログを二本持っています。この「凛太郎亭」ブログの他に、「徒然草」というブログを書いています。
    この二つのブログの違いは、内容が、徒然草は思い出話などの「ずっと書きたいと思っていた」ことが中心であるのに凛太郎亭は日々の雑感であるということ、また書き方が、徒然草は「である・だった」なのに対し凛太郎亭は「です・ます」で書いているということ、程度の違いなのですが、自分の中では他に違う点があるのです。それは、この凛太郎亭が「書いて出し」である、つまりその日に書いて即アップでやっているのに対し、徒然草はいつも「書いてもすぐに出さない」のです。
    徒然草ブログは、平気で何ヶ月も書いた記事を寝かせます。それで自分で何回か読んで「これを今日完成させて出そう」と思った時点で、語句の修正など推敲をして出します(追悼記事など例外的に書いてすぐ出す場合もありますが)。
    さすれば、さぞかし練られたいい文章になって提供出来ているのか、といえばそうではなく、人にとっては「悪文」と化してしまうことも多いのです。
    この時点での最新記事「エンプティカロリー」がその好例で(好例と言っていいのか?)、こんなにわかりにくい記事もないと思います。この話はタイトルからいけばアルコールのカロリーについてが主文のはずなのに、それまでにゴタゴタとビール飲み放題の過去の思い出を書き連ねています。そして主題の「アルコールのカロリー」の部分は、実にわかりにくい書き方になっています。この文章を読んで「ああエンプティカロリーについてよく理解できた」と思われる方が何人居るでしょうか(汗)。表現力、描写力がないなと自分でもわかるのですが、このことは「自分は理解していること」であるために、言葉足らずであってもわかってしまった気になるのです。
    プロレス記事で、技を書くときに「相手の片腕を自分の両手でとって、手首を掴んで捻り上げて腕を伸ばさせ、相手を背後に立たせた状態でその伸びた片腕を自分の肩の上に置いて、相手の肘の間接部分を自分の肩に叩きつける」と書いて、いったい何の技だと思うでしょうか。自分では映像が脳裏に浮かんでいるのでよくわかるのです。ただ、この文章だけでは伝えられているとは言い難いでしょう。そもそもこんなクドクドした説明では普通読み飛ばされてしまいます。こうして独りよがりの記事が出来上がっていくのです。

    今までは「それでもいいや、自分のために書いているのだから」と開き直っていました。しかし、こんな拙文でも読もうとしたくださる有難い方はいるのです。「読んでくれてありがとう」と書くには、やはり読み手のことも考えなくてはいけないでしょう。チラシの裏ではないのですから。
    こんなことを書いてすぐに、自分の文章を読みやすく改めていくなどということはおそらく出来ないでしょう。この「書きグセ」というものはなかなか抜けるものではない。しかしながら、ちょっとは努力しなくては、と思った昨日の出来事ではありました。

    (と言いつつ、この記事は全然読みやすい記事ではありません。全く僕は何をやっているのでしょうか。海より深く反省。)

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    | 2006/07/18 | ブログの話 | 23:25 | comments(8) | trackbacks(0) |

    ブログの著作権について

  • 2006.06.30 Friday
  • ※今回の記事は読みにくいです。ごめんなさい。

    じゅげむブログが少し模様替えをしました。じゅげむは2006年7月3日から有料プランを開始するため、少し利用規約を改定するらしい。そのように昨日メールが入っていました。昨日そのメールを見なかったので(時間がなかったんです^^;)、今日改めて読んでいたわけです。まあしかし僕が有料プランなど申し込むはずも無く、斜め読みをしていたわけなのですけれども、一部どうしても聞き捨てならない部分が目に留まったわけなのです。
    それは著作権の部分なんですが、

    6.利用者は、弊社に対して、自己が投稿したブログ等に関する著作者人格権を一切行使してはならないものとします

    わざわざ打ち消し線で訂正した跡があります。つーことは、この一文が当初あって、それで文句言われたから訂正したってことですね。いったい何があったんだ。僕はスタッフブログに飛びました。そうすると書いてありましたよ。→新規約の著作人格権に関する記載について

    つまり文句言われたから引き下がったというわけですな。しかし、このことでじゅげむに対してやはり不信感を抱いてしまうのはもうしょうがないことでしょう。最初はそう書いていたのだから。

    僕は半年前に、goo簡単HPからじゅげむへ引っ越してきたわけですが、ブログもgooで既に一年間続けていたわけで、ブログというものがどういうものかある程度わかっていましたから、引越しに関しては慎重にことを運びました。何を慎重にしたかと言ってブログ選びです。それについてはこのブログを始めた当初長々と記事にしました。
    その時には記事にしなかった内容があります。それは著作権に関する規約のことでした。こんなことを記事にすればウザったいだけで、僕が納得すればいいわけですから。しかし実際は著作権については各規約には目を通したのです。それもふるいにかける材料としました。
    これは、かつてライブドアで著作権問題が起こったことから慎重になったものです。ライブドアの規約はかつて、利用者はライブドアに対し著作権等(著作者人格権の行使も含む)を行使しないものとする、という一文があったからで、これにユーザーが怒り規約改訂をした経緯があります。改訂前は著作権の帰属がどこにあるかわからず、非常に問題が多かったと言えます。

    しかし、「当該著作物を著作権法の規定に基づき無償利用することを期間無制限で非独占的に許諾し、かつ弊社及び弊社の指定する者に対し著作者人格権を行使しないものとします」という記述が消えたわけではありません。ただ、著作権は明確にブログ管理者にある、とはしています。つまり良心的に解釈すれば、勝手には使わせていただきますよ(つまり新着情報とかカテゴリ別セレクションとか)ということであるということです。ややこしいのですが。
    このような規約は、大手のブログサービスにはよく書かれていることなのです。僕がもうひとつで使っているgooでもそう。「著作者人格権を行使しない」というのは実にピリピリくる言い方なのですが、コンテンツを無償提供している以上そのくらいのことは認めて、という記述であると解釈しようと思えば出来ます。釈然としませんが。

    じゅげむの規約はそこのところ明快でした。
    6.本サービスにおいてユーザーが作成したテキスト、画像、及び動画(以下コンテンツ)の著作権は作成したユーザーに帰属します。
    弊社はユーザーが作成したコンテンツを転載、要約する権利を有します

    テンプレートのデザインに関する著作権は弊社に帰属します。

    7.以下の目的でユーザーがブログ上に作成したコンテンツは使用する場合がございます。
    ・ユーザーがブログ上で作成したコンテンツ又はコンテンツの概要を、新着情報として配信させていただくことがあります。
    注目のブログを弊社が選択し、他のユーザーに紹介させていただくことがあります。
    本サービス以外のサービスで利用する予定はありません。
    ユーザーがブログ上に作成したコンテンツを、ユーザーの承諾なしに出版物にしたり、他社に提供することはありません。(赤字:凛太郎)
    実にわかりやすいですね。これが、僕がじゅげむに決めたひとつの理由であったのです。しかし今度の規約改訂で、じゅげむは実にわかりにくい難しい文章にしてきました。→新利用規約

    もう引用は避けますが、よくある大手の規約とあまりかわらなくなっています。わかりやすさが無くなり、契約書によくある難解な文章になっています。ここがまず不信感を利用者に抱かせた部分でしょう。そして「著作者人格権」にみんなビックリして噛み付いた、というわけ。しかしながら、大手ブログの規約はみんな著作者人格権を行使させないことになっているのです。ふぅ。
    著作者人格権とは何か。はてなで書いてある通りです。これを見ると、とんでもない権利を取り上げられている感じがします。
    しかしながら、良心的に見れば、これは例えばRSSリーダーなどではじき出されるブログの記述などに対しての文言であるとも解釈できます。新着ブログなどもそう。こちらの意図していない場所で公表され(ping飛ばしているのだからそうとも言いにくいが)、勝手に引用文だけはじき出される、または文字の大きさを変え色を変え、画像を添え改行もしているのにそれらが無視されて表される(RSSリーダーの場合)事に対しての予防線であるとも言えます。
    そうであるなら、もっとわかりやすい言葉を使いなさいよ。今の規約はわかりやすいのに。「著作者人格権」とか言うからビビってしまうのじゃないですか。言葉は難しく使えばいいというものではないでしょう。
    そもそも、著作者人格権というものは行使する、しないじゃなくて「ある」ものなんです。行使させない、という言い方がそもそもおかしい。しかしながら、日本の著作権にかかわる法律というのは実にややこしく、こう書かざるを得なかった、という言い訳が聞こえてきそうです。著作権法がそもそも不備なんじゃないか、と言いたいのですが、僕は勉強不足でそこまで断言できません。しかし面倒くさい。

    じゅげむがユーザーの意見を汲んで、この文言を削除したことはまだマシとも言えます。他のブログサービスの規約を見れば、同様のことは山ほど出てきます。とにかく難しい文言を使うので読み飛ばしてしまいがちの利用規約というもの、自分が使っているブログサービスだけでも読み返してみるのもいいのではないでしょうか。

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    | 2006/06/30 | ブログの話 | 23:47 | comments(7) | trackbacks(0) |

    読んでくれてありがとう

  • 2006.06.25 Sunday
  • インターネットが急速に普及し、そして誰でも簡単に、自分の思いの丈をタグも打たずに文章に出来る「ブログ」というものが登場し、本当に有難い世の中になったものだと痛感します。
    かつて、自分が書いた文章と言うものを人に読んでもらう機会を作るのは大変なことだったと思います。僕の文章が初めて活字になったのは、小学生のときの読書感想文で賞をもらって市の文集に載ったときだったかと思いますが、そんなふうに運がよくないと無理。日記を書いても公開するアテなどなく、ようやく大学生のときに同人誌めいたものを友人と作って、そこにシコシコと紀行文なんかを書く程度だったかと思います。不特定多数の人に読んでもらうことなど夢のまた夢、今それから20年を過ぎてこうして実に簡単に書いたものを世に出せる時代が来ようとは全く想像もしていませんでした。

    今ブロガーが日本に何百万人居るのかわかりませんし、ネットの表現の場はブログだけではありませんし、僕個人はそんなネット表現者の大海に砂の一粒のように存在しているに過ぎませんが、それでもアウトプット出来る場があるというだけで嬉しい。またそんな砂の一粒を読んでくださる人もいるわけで、僕としては感謝の気持ちでいっぱいになるのです。大学ノートに誰も読んでくれない詩や戯言を書いていた頃と比べてどれだけ有難いか。記事をアップする毎に、「書かせてくれてありがとう」「読んでくれてありがとう」という気持ちになれます。頼んでもいないのに読んでもらえることの悦び。

    そんな中で、自分でも実におこがましいとは思ったのですが、気持ちを抑えきれずに、アップしたその時から末尾に読んでもらったことへの感謝の気持ちを書いてしまうことがあります。先日もうひとつのブログ「徒然草」で書いた飯島真理「セシールの雨傘」はまさにそうでした。まだ誰にも読まれていないのに、また読まれるかどうかもわからないのに(gooブログにはページ毎のアクセス解析がないのでわからない)最初からこんな押し付けがましいことを書くのはよくないのかもしれませんが、書かずにいられなかったのです。
    過去に、感謝の気持ちを末尾に書いた記事は4つほどあります。それは、僕の旅 北海道りんけんバンド「ふなやれ」旅の宿その8「野宿」龍馬はんの見た未来 です。この時も抑えきれなかった。
    坂本龍馬の話を除いては、今回のセシールの雨傘を含めて、主として若い頃に旅行をしていたときの、僕にとっては痛切な、しかし他人にとってはどうでもいい思い出話が内容です。こんな話、世に問うどころか、酒場の雑談としても誰も聞いてくれない内容です。心の中の箱にしまっておくしかなかった話を、こうして文章にして投じることが出来る。幸せなことだと本当に思います。

    今回セシールを書いたことで、僕の気持ちの中では「一山越えた」という感じがしています。まだまだアウトプットは続けたいと思いますが、書きたいことはまだまだ無くなってはいませんが、なんとなしに終結点が見えたかな、という思いがします。

    こんなふうな、僕がまたぼんやりと思っている戯言までも書き込んで投じることが出来るのもまた悦びです。再び、読んでくれてありがとう。
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    | 2006/06/25 | ブログの話 | 14:45 | comments(10) | trackbacks(0) |


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