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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    スポーツ選手の年齢

  • 2012.07.07 Saturday
  • ライアン・ギグスのサッカー英国五輪代表選出のニュースに、ちょっと胸が熱くなったりしていたのです。
    この興奮の理由は、まずFIFA(国際サッカー連盟)においてイギリス(UK)が4協会に分かれていることにあります。周知のようにイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドと。こうなっている歴史的経緯の説明は省きますが、マンチェスターユナイテッドの中心選手として長く活躍しているギグスは、ウェールズ出身であり当然同代表です。ところが、ウェールズは小国(地域?)であり、いかにギグスが奮闘してもなかなか国際大会では難しい。ウェールズはW杯には過去一度だけ出場(1958年)、ユーロには未出場です。つまりギグスは、こういうのは無縁でした。
    五輪はそんなサッカー協会の都合など関係ありませんから、イギリス(UK)は一国としてエントリーすることになります。しかしもともと4協会ですのでうまくいかず、ずっと五輪には無縁でした。ところが今大会はロンドン、地元開催ですので、出場枠があります。なので、半世紀ぶりに「サッカーUK代表」が五輪に。
    そのUK代表に、ギグスが入ったわけです。サッカーは23歳以下なのでギグスはオーバーエイジ枠での出場ですが、こういうの、なんだか感慨深いわけですよ。
    ギグスとともに代表入りするのではないかと噂されていたデヴィット・ベッカムは外れました。かつてマンチェスタターUの左右両翼を担った二人がまた同チームとなればそれも見どころだったのですが、五輪チームに大ベテラン2人はいくらなんでも無理ですね。ところで、ギグスは確かベッカムよりも年上なはず。調べるとギグスが'73年、ベッカムが'75年生まれ。ギグスって、もう40歳近いのですな。しかし戦力として期待されています。

    と、ここまでは前置きでして。
    このギグス関連の記事を検索していて、びっくりする記事に。このJSPORTSのコラムなんですけれども、驚きました。「シーマン、カニージャが加入したイングランド9部のチーム
    カニージャ? あのアルゼンチンのカニーヒャのことかい?
    クラウディオ・カニーヒャ。なびく金髪が印象に残る、マラドーナの相方だったFWです。'90年イタリアW杯で大活躍。'94年アメリカでも、バティストゥータと2トップを組んでいました。そんな時代の選手。引退したはずでしたが。
    記事を読んでみますと、シーマンはコーチなのですが、パーラー、キーオン、ル・ソー、マクブライドは選手です。アメリカのレジェンドであるマクブライトなんてのはW杯ドイツ大会などにも出ていましたし現役だったのかなーと思いましたら、もう40歳。そしてキーオン、カニーヒャは、45歳ですよ。まあとんでもない選手を集めたものだとは思いました。しかし選手なのですから、まだ走れるのだな。ただの客寄せ目的ではないでしょう。
    しかし、そんな年齢でサッカーをやるなんて、いくら9部とはいえ…とどうしても思ってしまいますが、よく考えるとカニーヒャもキーオンも、三浦カズと同学年なのですよ。
    先日、藤田俊哉が40歳でとうとう引退しましたが、サッカー選手で、しかもフィールドプレイヤーで40歳なんて、かつては考えられなかったことです。日本では釜本が確か40歳、ラモスが41歳まで現役を続けましたがあんなのは例外中の例外ととらえていましたので。しかし、キング・カズは横浜FCでまだ走っています。フル出場はもう無理だとは思いますが、先日もvsサンガ戦で出てきました。いくぶん白髪も混じっていますが、貪欲にゴールを狙い、またこっちは負けていたので、ベテランらしくうまく終了間際の時間を費やされたのには閉口しました。最近ゴールも決め、また最年長記録を更新しています。
    カズとコンサドーレのゴン中山隊長は別格としても、J2にはベテラン選手が結構います。快足岡野雅行はガイナーレ鳥取。もう39歳です。同世代の伊東輝悦(甲府)や服部年宏(岐阜)は、レギュラーでガンガン出てます。こないだのFC岐阜との対戦では、うちの19歳の久保が服部と小競り合いをして暴言を吐きあっていたようで。久保が生まれた頃にはもう服部はプロだったのではないですか。なんだこの世代超越は。
    選手寿命が延びたことを考えざるをえません。
    日本では、プロとしてはカズが最年長でしょう。ですが海外に目を転じると、もっと年長の選手がいるのかもしれません。なんせ、例えばイングランドには9部カテゴリまであるのですから。調べてませんがキーパーなんて多分年寄りがいるぞ。日本においては小島伸幸の引退で僕と同学年の選手は居なくなりましたが、海外では年上の選手も存在するかも。ちなみにカズは僕よりひとつ下です。ギグスなんて、まだまだ若いんだ。

    他のスポーツに目を転じても、選手寿命が延びたことを如実に感じます。サッカーよりもおそらくはハードだと思われるラグビー。そのトップリーグに、42歳の松田努がいます。まだ先発しているという驚き。ラグビーってのは、選手交代が少ないスポーツです。松田は出場の最年長記録を出るたびに更新します。最年長トライも昨年記録しました。今後は、カズと同じく無人の荒野を進むわけです。
    さらに、41歳の伊藤剛臣がいます。伊藤は現在トップリーグではなく今年から下部リーグ所属となりましたが、そのチームは釜石シーウェイブス。かつて七連覇を達成した名門であり、昨年は震災で大変な被害を負ったチームへの移籍。これもカッコいい生き様ですね。

    バスケットには、JBLレバンガ北海道の折茂武彦がいます(います、と申しますか彼のチームなんですけど)。42歳の今も、この日本屈指の3Pシューターは健在。
    バスケはついJBLよりbjリーグに目がいきがちなのですが、そのbjリーグ秋田ノーザンハピネッツのプレイングマネージャーとして、あの長谷川誠がいます。長谷川も今年41歳になりました。若いと思っていたのにいつの間に(こういう感想最近多くなりました)。外山英明は確か40歳手前で引退したはずですから、折茂や長谷川も無人の荒野を進むことになるのですな。
    さらに、折茂や長谷川の他に年長選手がいるかどうかを検索して調べようとしたらこんな記事が。え、この小野田美幸選手って、僕より年上だ。これはすごい。チームHPによれば、今年も現役(2012年)。なお、記事によれば小野田選手は10年前まではWリーグの選手だったと。10年前ということは当時…それでもすごいや。
    僕は女子バスケは全然知らなくて申し訳ないのですが、先日の惜しくもオリンピック出場を逃した最終予選のニュースを見ていますと、黄金世代の矢野良子さんもメンバー入りしています。花の78年組ですね。がんばってるなあ。

    プロ野球などは、ドカベン香川や江夏、最近でもおかわり君とかいますから、あまり体力を使わずとも出来るスポーツのように一瞬思えますが、そんなことはないでしょう。ここに、山本昌がいます。このひと同い年(笑)。工藤の引退でついに年上のプレイヤーがいなくなりましたが、山本昌はまだまだいけそうな気配がします。
    思えば、プロ野球に40歳以上の選手が当たり前のようにいるようになりました。山崎、金本は今年44歳。木田、下柳もそうか。そのあとも、中嶋、桧山、宮本、谷繁 石井琢朗、また侍前田智徳、小久保、和田一浩などが続きます。カブやんもそうか。現在38、9歳の選手をみていると、まだまだ増えていきそうな予感。そのうち、リアル岩田鉄五郎やリアルあぶさんが登場することになるかもしれません(笑)。
    昔は、こんなに40歳超えなどいませんでしたよね。ローテーションが確立する前は投手は消耗品。阪急の梶本や米田哲也は長く投げましたがそれでも40歳前で引退。野村克也や門田博光は例外中の例外だったはず。今年になって稲葉、宮本、小久保が2000本安打を達成しましたが、そりゃ長くやってりゃ出来るだろうと思いますよ(暴言です陳謝します)。
    ミスター長嶋は、38歳で「体力の限界」で引退しました。当時子供だった僕は、長嶋のことをえらいおっさんだと思っていたわけです。しかし今にして思えばまだまだ若かったのだな。イチローは、今年39歳になるのですよ。どういうことだ。(話ずれますが、長嶋は大卒ですから実働16年です。それであの数々の通算記録は本当に大したものだと改めて思います)

    平均寿命が延びたから選手寿命も延びた、なんて単純な話ではないでしょう。体力維持のための方策と申しますか、そういったものの技術が昔と比べて格段に向上したのでしょうね。ヘルスケア。メンテナンス。そうしてプロスポーツの選手は、長くその世界に留まることが可能になったということ。
    思うのは、プロスポーツというのは、契約してくれるチームがあってはじめて選手として存在できます。契約更新してくれなければ、それで終り。引退。そうして多くの選手が現場を去る中で、一流選手だけは自分の意思で引退を決定することができました。長嶋が「体力の限界」という理由で引退したのは、つまり一流の証明であったわけです。
    今は、どうもそうではない。40歳過ぎても「まだ出来る」と多くの選手は思っているようです。したがって、一流であっても「契約打ち切り」で引退せざるを得ないのです。現に田口壮や佐伯貴弘は「まだやれる」と思っていて引退を表明していません。つまり現在浪人中ということで、まだ選手だと本人は思っているわけです。プロ野球にイングランド9部カテゴリのような下部組織があれば、まだ続行していたかもしれません。工藤だって、そうでしょう。これはプロ野球に限らず、たとえばサッカーでも岩本輝雄のようなケースもあります。藤田俊哉もそうでしょう。カニーヒャは、そうして現役復帰したのです。

    転じて、アマチュアスポーツというのは基本的に仕事でそれをやるわけではありませんから、いつまでだって選手でいることが可能です。引退は全て自分の意思によります。
    そして、ここでも選手寿命が格段に延びていることを感じます。
    北島康介選手は四回目の五輪です。もう彼も30歳になったのかと。水泳など、そんなに長く出来る競技だとは思っていなかったのですが。岩崎恭子選手の14歳が印象に残りますが、それは早熟すぎるにせよ、まあ大学生くらいまで、という印象。しかし、五輪には届きませんでしたがハギトモなどは出産後復活しましたよね。もう30歳代のはず。
    そりゃね、昔だって選手生命が長かったアスリートはいましたよ。古くはソ連のラチニナとかね。カールルイスもそうですし、日本でも体操の加藤や、柔道3連覇の野村もいます。でも、今は全体的に長い気がするんですよねー。朝原も長かったな。女子も、結婚出産を経て再び、という選手が結構います。
    選手寿命が長い、というのは、もちろん一部の選ばれた人たちだけのものだということはわかります。目が出なければ、やはり見切りをつけるということになるでしょう。結果、かつてよりもスポーツの世界は本当に一握りのアスリートしか栄冠を勝ち取ることが出来なくなったと言えるかもしれません。上がつかえてるんですから。その上を超えることがなかなか出来なくなってきたのかも。モーグルはずっと多英ちゃんと愛子ちゃんが君臨しているような。いかにマイナー競技でも昔だったら考えられなかったでしょう。これは、否定的に考えているのではありません。現在のチャンピオンたちは、本当に選ばれし人たちなのだなと。岡崎朋美さんは本当にすごいんです。
    プロスポーツにおいては、多くはチームに「支配下選手」の枠があります。だから、現在の現役は新陳代謝が少ないぶん本当のエリートだということです。
    そして、高齢化と言っては怒られますが、そういう選手もいらっしゃいます。高齢スポーツは、ゴルフだけではないのです。
    昔、射撃で蒲池猛夫さんが金メダルをとったときにはびっくりしましたよね。ロス五輪メダル第一号だったので本当に印象に残ります。あのとき48歳。なんせメキシコから出続けていらっしゃったのですから。「ラピッドファイアピストル」という競技名は忘れられません。あの時はえらいおっさんだと思いましたが、今僕はほぼその年齢に達しようとしています。
    アーチェリーの山本先生は記憶に新しいところですが、何と今回の五輪にはとんでもない方が。馬術の法華津寛さんが71歳で日本代表です。うひゃあ。この方、東京五輪(ワシの生まれる前)にも出場してるんですよ。なんという選手生命の長さか。北京のときも話題になりましたけど、70歳代でまさか。

    別にこの話にオチはないんですけれども、どうしても我が身を振り返らざるをえません。こういう方から比べたらワシなんぞ若造の部類ですが、あそこが痛いここが痛い、階段では息切れ。ふぅ。オリンピックを楽しみにしています。
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    | 2012/07/07 | スポーツ | 20:39 | comments(4) | trackbacks(0) |

    スポーツのルール、またCSについて

  • 2010.11.10 Wednesday
  • 日頃TVを限られたものしか観ない(週3時間がいいとこ)の僕としては、昨今よくTVを観ています。殆どがスポーツ中継。いやあやっぱりスポーツの秋ですな。
    どうしても観てしまうのです。先日日本シリーズと世界バレーとフィギュアが重なったときは本当に困りました。とりあえずフィギュアをVTRにして、ロッテvs中日とバレーのチャンネルを細かに頻繁に切り替える…TVのリモコンを離さない僕にヨメはんはブーイングです(汗)。まあしゃあないやん。許してーな。どっちも気になるやんか。
    そんなくらいはいいのですが、日曜日には人と会う約束をしていたのに、つい全日本大学駅伝を観てしまって待ち合わせに遅れるという失態を(汗)。おかげで奢らされる始末にあいなりました。間に合うと思ったのですがね。こういうときにワンセグとかを使うべきなんでしょうな。ひとつ勉強になりましたわい。

    まあそんな楽しいシーズンではあるのですが、いろいろ思うこともあるわけでして。
    おっと、サッカーの話は書きませんよ。柳沢に戦力外通知という愚行をしたチームのことなんかは。まだ降格が決まってないのに(決まったみたいなもんですが)。しかし2000年にKINGカズに0円提示をしたときにも怒り狂ったもんですが、それから10年後に同じことをやるとは…何故大功労者にそんなことが出来る(結局書いとるやんか^^;)。

    スポーツも、観ているといくつか気になることも出てくるわけです。こっちはただのスポーツ中継好きの視聴者ですから、ルールとかがよくわからずに観ていることが多い。中には、あれ?なんで?という場面も出てくるわけで。
    その道の通の方には笑止でしょうけれども、よくわかんないことも多いのです。
    フィギュアについては???の部分が多すぎるのでもう書くことはしませんが、バレーボールだってそうです。バレーって、ルールが変わることが多すぎるのではとつい思ってしまうのです。大古や横田や猫田の時代とは言いませんが、どうも僕の脳内では横山樹理くらいで時代が止まってると言えます。それ以降、ルールについてはあんまりまともに知りません。ですから、いまだにラリーポイント制にしっくりとこないものが(オマエは化石か)。
    さすがに、サーブのネットインとかは知ってますよ。でもそれが出ると一瞬「あっ」と思っちゃうのも事実で。これ、変更されてからもう10年以上も経つのにね。慣れていない。また、この大会でもボールを足で扱うプレーが見られましたが、これもいまだに「いいの?」と思ってしまうわけで。化石です。
    その化石の僕にもっともわかりづらくさせているのは、リベロの存在じゃないかと思うんですよね。バレーボールはローテーションで観ているわけで、誰がここで前に来て誰が後ろに下がったか、を常に頭に入れておかないと楽しめません。ですが、リベロの存在はつい「あれ、何で後ろに下がったはずの○○選手がいない?」といまだに思っちゃう。化石だとつくづく思います。
    で、リベロなんですけれども、レシーブ専門職ですからさまざまな制限があります。その制限がよく飲み込めていないのでまた「?」が増える。前から不思議に思っていたのは、なんでリベロ(日本女子チームですと主として佐野さん)は、トスをアンダーで上げるのか、ということなんですよ。これ、ルールなんかなぁと。
    わかんないのでwikipediaを見ます。すると「リベロが前衛でオーバーハンドによりあげたボールをネットより高い位置からアタックすることはできない。」と書いてあります。ははあそうなのか。
    でもね、よそのチームはリベロでもオーバーで上げているのを見たんですよ。あれ、どういうことかいなとさらに見ますと、一応アタックラインを超えていない。なるほど、wikipediaが「前衛で」と言うとおりだ。じゃ佐野さんも後ろからならオーバートスをやってもいいことになります。でも、やらないな。これは佐野さんが不得手だということは代表選手ですので考えられませんから、戦術的なことなのか。オーバートスのほうがいいと思うのですけれどもね(素人目線かも)。そこらへん、どうもよくわかんないのです。誰か教えてくれ(笑)。

    で、日本シリーズも終わりました。巷間ロッテの下克上と言われてます。
    土日だったこともあって、あの長い長い6、7試合の延長戦を終りまで観ていたわけなんですけれども、第6戦なんかは「球史に残る引き分け」とか言われてますね。もちろん否定はしませんよ。でも、ミスの多いストレスのたまる試合であったこともまた事実だと思うわけで(汗)。バントくらいちゃんとやりなさいよ。そもそも一番打者や四番打者にバントさせる采配がなんとも…。ピッチャーはちゃんと成功させているのに(笑)。落合はんも西村はんも頑固やなあ。で、打たせたら併殺とか(笑)。
    ルールの話で言えば、やっぱり野球は難しいなと思うんですよ。
    11回表のサブローの送りバント。これも荒木や西村の場合と同じくフライになりました。で、これをピッチャーの高橋はわざとキャッチせずに併殺打にしたわけなんですが(谷繁が指示してました)、これ、インフィールドフライとちゃうのん、とそのとき僕は思ったんです。普通だとキャッチできる内野フライですから、インフィールドフライの宣告がされてもいいのに、と。
    で、とりあえず検索しました。さすればこうです。→wikipedia「インフィールドフライ」
    なるほど、インフィールドフライは走者一・二塁もしくは満塁のときでないと宣言されないんですね。知らんかったよ(恥)。それにしても複雑なんだな野球のルールは。
    それにしても、ですよ。西村のときは細谷が飛び出していてフライ捕球、戻れずダブルプレー。荒木はキャッチャーフライでしたから論外としても、サブローのときは上述したようにわざと捕球せず、井口が進塁出来ずにダブルプレー。荒木や西村やサブローが下手クソという話はさておき(汗)、こうして考えると送りバントというのは実にリスクの大きいプレーであるような気がします。バントミスって多くが小フライになりますから。細谷や井口はフライになったときに判断が難しくて飛び出しているわけです。守備側は一塁走者を見ながら判断できるわけですから、この場合絶対に攻撃側に分が無い。そのリスクはあるわけです。
    ルールって難しい。僕は以前スリーバント失敗は何故アウトかという記事を書いたことがありますが、まだまだわからないことが多いわけです。
    それにしても、ドラゴンズってこの間までバント職人の川相さんがいたはずなのにな。荒木といい小池といい、全然薫陶をうけとらんなと(笑)。

    さて、マリーンズの優勝でプロ野球シーズンも終わりました。3位からの日本一ですから、やはり釈然としない…と書こうかなとも思いましたが、一応、釈然としないことはしないのですが、なんとか納得の方向へ考え方を変えようとしています。慣れたのか。慣れというのは恐ろしいもので。
    僕は三年前にクライマックスシリーズとは何かという記事を書いたんですけど(もちろん批判的立場から)、もう今は容認の方向へ自分の脳内を洗脳しようとしています。ある意味、なんと言う掌返しか。
    というのは、「慣れ」と書きましたけれど、理屈においても「それでいいんじゃね」と思うように努めてきたからです。そう考えないとやってけないから。変わらないものは、掌返しでもしないとしょうがないのです。
    僕は以前、リーグ優勝の意味が曖昧になる、と考えていました。しかし、リーグ優勝はリーグ優勝であり、クライマックスシリーズおよび日本シリーズは、それとは切り離して考えるべきである、というように考え方をシフト。これは、別物なんだと。リーグ戦は、日本シリーズへの出場権を得るためにシーズンをやるんじゃなく(つまり日本一を目指すのではなく)、あくまでリーグ優勝が目的なんだ。そう考えないと、リーグ戦というものの意味がなくなります。
    考えてみれば、現在は交流戦というものがありますけれどもそれは短い期間であって、現状ではほぼリーグ内で終始しているわけです。以前は交流戦もなかった。であれば、セリーグの1位であっても、それは6球団内だけの話で、12球団でリーグ戦をやればまた違った結果が当然出るはず。
    しかし、リーグ制の廃止(1リーグ制)と12球団総当りは、非現実ということもないのですが(狭い日本のことだから)、今までのことを全てご破算にしなくてはいけない。
    じゃ、リーグ3位まで出てきて日本一を決めよう、と考えてもそれほど突飛なことではない。パリーグの3位は、実際セリーグも含めて考えたら日本一かもしれないじゃないですか。対戦相手の相性というものもありますから。実際パリーグでは3位に甘んじていたとしても、セリーグ6球団にはとてつもなく強いチームであったのかもしれない。全球団併せれば実は勝率1位を確保できるチームだったのかも。わかんないんです。
    パリーグの1位とセリーグの1位が日本のトップツーではなく、本当はパリーグの1位と2位がトップツーかもしれませんし、ひっくり返して考えれば前述のようにもっと可能性も出てくる。だから、妥協案でクライマックスシリーズ。そのように無理にでも考えないと。
    このことは、サッカーのUEFAチャンピオンズリーグがヒントになっています。欧州のクラブチーム1を決めるこの大会は、例えば、強い国(ランキング1位〜3位の国)であれば4チーム出られます。つまりその国4位であってもヨーロッパチャンピオンになる権利があるのです。日本の野球とは規模は全然違いますが。

    まずそのように考えた上で、現行のクライマックスシリーズにも不満があるわけです。この期におよんでセリーグ代表、パリーグ代表という存在を決めて日本シリーズをやるのはおかしい、と。代表1チームづつ出すならそれはリーグ戦の結果でいいじゃないか、というところに話が立ち戻るのです。
    これの解決策は、sakusakuの白井ヴィンセント(動画)が言うことがもっともだと思います。つまり、セパの代表を、リーグ戦が終わって順位が出ているにもかかわらず再びご破算にして決めようとするからおかしくなる。そうじゃなくてまずセの3位とパの2位、セの2位とパの3位が3試合づつやって、勝ち上がる。そしてそれぞれがシードのセパ1位と5試合やる。そして、勝ち上がったチームが日本一をかけて7試合やる。これでいいと思います。これだと、もう既にリーグ内で順位が決まったのに再び代表を決め直す、なんて不合理も解決され、興行的にも遜色はないはずです。その中で、もしかしたらパの2位と3位が日本シリーズを戦うことになるかもしれませんが、それはセの3チームを交えてでの結果なので、一応納得はいくのです。ヴィンセントのアイディアはそういう意味で優れていますね。こうなれば、下克上じゃないんだ。

    このようになれば全て納得であり早くそのようになって欲しいとは思いますが、現行の制度もこのヴィンセント式の一応次善策と無理やり容認します。本当は納得していないのですが、日本一とリーグ優勝は別物、と考えることでなんとか自分の不満を押し込めているのです。
    ところで、新聞読んでましたらこういう論説が。もういいかげんアタマにきました。ちょっと引用します。
    ロッテをパ覇者にすべきだ
    もう一度制度を考え直した方がいいのではないだろうか。(中略)
    3位からの日本一がおかしいと言っているのではない。その逆だ。日本一のロッテが、なぜパリーグ優勝チームではないのだろうか。野球協約では両リーグの選手権チームが毎年日本シリーズにおいて日本選手権を争う旨が記されている。選手権チームが優勝チームでないというのは納得がいかない。(中略)
    ソフトバンクが長いシーズンを1位で終えたのは、もちろんたたえなければならない。(中略)
    しかし、日本シリーズに進めるのは「選手権チーム」だけなのだ。(中略)
    CSというシステムを採用している以上、日本シリーズに出場を果たしたチームをリーグ優勝とするべきだ。究極の「下克上」こそCSが持つ最大の魅力ともいえる。それを果たしたロッテに敬意をはらい、リーグ優勝チームと認めたい。
    朝日新聞・西村欣也編集委員(2010/11/9)
    ホントいいかげんにして欲しいですよ。何を浮かれているのか。ホークスファンは怒るべきです。制度を考え直すなら野球協約でしょう。ファンが応援し続けた長いリーグ戦の結果よりも、野球協約が優先するのですか。この杓子定規な考え方はなんだ。天下の大新聞の考え方はこうですか。アホかいな。(不謹慎でした陳謝します) 
    しかしこの論説は、とうてい納得できるものではありません。僕はホークスファンではないですが、そう思います。ホークスは「長いシーズンを1位で終えた」という言葉であらわされるべきではなく、間違いなくリーグ優勝したチームなんです。
    こういうことを言う人がいる限り、クライマックスシリーズというものに不満が残り続けるのです。早くコミッショナーはヴィンセントの意見を採用しろ(笑)。


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    | 2010/11/10 | スポーツ | 23:46 | comments(5) | trackbacks(0) |

    W杯南アフリカ大会 終わる

  • 2010.07.13 Tuesday
  • ワールドカップ、終了しました。時差のある試合の観戦は、もう身体にこたえますよ。VTRも使いましたが、そんな一日に90分×3なんて観ていられません。どんどんたまっていく。ダイジェスト番組やスポーツニュースなどは時間の都合上一切観ませんでしたが、それでも時間が足りないよ。疲れたわい(汗)。
    この南アフリカW杯、どういう大会だったのでしょうかね。結局、ブブゼラとジャブラニとタコが最も目立っていたのは否めませんが(笑)。
    ゲームは…反則と誤審がプレイより目立ってしまった大会だった、とは申したくないのですが。ただ、序盤は大味な部分が多くみられましたね。ジャブラニと高地が原因と言われていますが、サイドチェンジのボールがそのままタッチを割る、センタリングに精度を欠く、そしてフリーキックが決まらない。日本はJリーグでジャブラニの使用が認められていましたので、対策も出来ていたようで2本のフリーキックが決まりましたが。でも、日程後半になれば選手も慣れたのかロングシュートが見られるようになりましたけど。

    でも、世間は盛り上がったようです。日本のトーナメント進出により。
    僕は根本的にナショナリズムが不足している人間なので、日本代表がベスト16と言われてもそれほどピンときませんし、出来ればいつでも観られるジャパンよりも他のチームにトーナメントには出てきて欲しかったと思っているのですが、そういうことを言ってると怒られますな(汗)。
    心情的な応援対象と言えば、かつて京都に所属していた松井、遠藤、朴智星、李正秀、そして背番号を持つまでには至らなかったもののうちで練習していた朴主永とパラグアイのトーレス、そしてオーストラリアのピム監督でした。これらの選手監督全てが好きか、と言われれば恩讐もありますけど(笑)、まあそこはW杯ですから水に流して。
    郭泰輝の怪我さえなければ、まず第一の応援対象だったんですけどね。でもそれはしょうがない。それより、全ての選手は得点に絡みましたよ。あの松井のデンマーク戦での彼らしいおしゃれシュートさえ決まっていれば、もう何も思い残すことはなかったのですけどねぇ。でもみんなよくやりました。おーい、みんなサンガに帰ってこいよ(笑)。

    そんな個別選手とは別に、やはりW杯といえば、楽しみなのはオランダチームであるのです。僕にとっては。
    以前にも書いたことがありますが、高校生くらいの時はそれほどW杯というものに対して強い観戦意欲を持ってはいませんでした。報道も今とは雲泥の差でしたから。だからジーコの全盛期(黄金の中盤時代)は、そんなに知らない。初めてちゃんと意識したのは、86年のメキシコ大会の予選ですね。端的に言えば、木村和司のフリーキックにびっくりしたから、です。このときに僕は、キャプテン翼を読んでいたこともあり、「にわかワールドサッカーファン」になりました。
    この86年大会はいわゆる、マラドーナの大会。「神の手」「5人抜き」そして優勝。世界のサッカーのすごさというものを、このとき初めて知ったように思いました。僕は21歳。
    そして90年イタリア大会。ここに、86年大会にはいなかったオランダ代表が満を持して登場したのです。ファンバステン、フリット、ライカールトを擁して。88年ユーロを制して前評判がすごく、とにかく注目のチームでした。
    そのとき、オランダ代表は残念ながらさほどいい成績を残せなかったのです。しかしながら、僕は魅せられてしまいました。同時にドイツが嫌いになったのですけど(わかる人はわかりますね)、以来オランダのファンになったのです。

    オランダと言えば、ヨハン・クライフ以来のスペクタクルサッカー。勝負強さはなかったかもしれませんが、観ていてとにかくワクワクする。
    「美しく敗れることを恥と思うな。無様に勝つことを恥と思え」
    これはクライフの言葉です。今でもこの言葉は至言だと思っています。これはサッカーだけに当てはまる言葉じゃなく、"プロ"スポーツ全てに当てはまるべき言葉だと思っています。日本では(日本だけじゃないでしょうけど)「プロは結果が全て」という言葉が支持を集めていますが、僕はプロスポーツはそんなもんじゃないはず、と頑なに信じています。このことは何度も書いたので(こことか)これ以上繰り返しませんが。
    その後も94年のアメリカ、98年のフランスとオランダチームは僕を魅了してきました。ことに98年大会のオランダは素晴らしかった。ヒディンク率いる魅惑的チーム。ベルカンプ、コクー、デブール兄弟、セードルフ、ダービッツ、オーフェルマルス、そしてクライファート。最高でした。ベスト4でPK戦で沈んだものの、素晴らしいチームでした。ベルカンプとその仲間たちは最高にカッコいいチームでした。
    次の日韓大会には出場できず残念に思っていましたが、06年大会は敢然と出場。ファンニステルローイを中心に、ファンデルサールやコクーらベテランもいるものの、メンバーはがらりと変わり若い選手が中心に。ファンデルファールト、カイト、ロッベン、ファンペルシ、スナイデルとほとんどが20代前半。バベルに至っては10代。ベスト16で敗れたものの、次大会は「史上最高のオランダがやってくる」と夢を見ていました。あくまで最高、であって最強とは違います。
    08年ユーロ。オランダはやはり凄かった。フランス戦の、あのニステルローイのジダンばりのターンからロッベンが抜け出しファンペルシ。さらにロッベンの角度のないところからのゴールは今も鮮明です。そして、よく走る。パスだけじゃないオランダ。以前とは少し違うようにも見えましたが、魅力的であることには間違いありません。ヒディンクのロシアにあっさりと負けるところもまたオランダでした。そしてW杯。期待が膨らむではありませんか。
    けれども、ファンマルワイク監督は、期待と異なるチームを作ってきたのです。

    いろんな見方が出来ると思います。まず、オランダには圧倒的なCF(オランダ風に言えばスピッツ)がいなかった。これは大きいかも。ファンバステンやクライファートを望むのは厳しいかもしれませんけど。フンテラールが伸び悩んだのが大きいかな。しかしファンペルシの1トップというのはね。彼は、どちらかといえばベルカンプの後継者とでも言うべきで(異論はあると思いますが)、1トップタイプでもない。クライフやフリット、ベルカンプなんてのは確かに不世出だと思いますが、スナイデルやファンデルファールトがそのタイプかと言われれば、そうでもないような。難しい。ロッベンはオーフェルマウスに比肩するとは思いますけど…。
    そのロッベンを右サイドで使うというのも、CFがいないせいか。右から切れ込んでシュート、を期待してということでしょう。それもしかし、ちょっと僕には残念で。
    しかし足りないのはCFくらいで、タレントは山のように。ファンデルファールトがベンチにいるなんて。アフェライもエリアも。スペクタクルサッカーを為す面子は揃っていたのです。
    しかし、オランダはそういうサッカーをしなかった。日本相手に1点しか取れないとは、なんとも。そしてなにより、試合が面白くない。あのオランダサッカーはどこへ行ったのか。嫌いだったはずのドイツの方がよっぽど攻撃的に見えるサッカーをやっているのに(質は違いますが)。
    知ったかぶりをすれば、ファンマルバイクはそもフェイエの監督であり、オランダという国は、アヤックスから拡大してきた美しきオランダサッカーに見切りをつけ、守備意識を植え付け勝てるサッカーに方向転換したのだ、という見方が出来ます。これは短絡的見方だとは思いますが、結局そうしてオランダは「現実路線」で勝ち続けたのです。日本に1-0のチームがブラジル、ウルグアイを降し、決勝まできたのですから。

    決勝戦は、僕の心情的には泣き別れでした。アヤックス、オランダ代表に端を発する、つまり僕が好きなサッカーはミケルスとクライフによってバルセロナに影響し、それは現スペイン代表のサッカーにもかなり濃く浸透しているように見受けられます。遺伝子は、むしろスペインにある。僕はスペインを応援すべきじゃないのか。
    けどね。
    日本戦でスナイデルのミドルが決まったときに思わず「よおっしゃあ」と言ってしまった僕です。今さらオランダ負けろ、と思って試合を観られるわけないじゃないですか。
    そして、決勝戦。イエローがオランダだけで10枚くらい出たんじゃないですか? 快足ロッベンは確かにこの試合の一番の見どころでしたが、あそこまでファールもらいにいかなくても、セットプレイ狙わなくてもいいのにな、とは思いましたが。延長、最後の最後でオランダは力尽きました。マタイセンがまさか空振りするとは(あれが最大の残念)。
    スペインが優勝に相応しいチームだとは思います。それは認める(この決勝戦に限っては?ですが)。でも、いくら理屈先行の僕でも理屈で割り切れないものもあるんです。それが、ファン心理。
    スペインの初優勝で南アW杯は幕を閉じました。

    「W杯はサッカーの世界最高の祭典」と僕は思いたいのですが、残念ながらずいぶん前からその前提は崩れてしまっています。そりゃそうでしょう。クラブチームの方が戦術も連動性も練れるに決まっています。CLの方がよっぽど高度なサッカーが存在するはず。
    かつては戦術やシステムにおいてもW杯は世界をリードしたものですが、そんな時代はとうに過ぎ去りました。ブラジル選手はブラジルリーグに、アルゼンチン選手はアルゼンチンリーグに多くの有力選手がいた時代ではなく、みなヨーロッパ主要リーグにいい選手が集まる。国の特色というものがかつてあったはずですが、もう国ごとに戦術を練り上げることは無理。また、情報もダダ漏れ。したがって頻繁に集まれない代表選手を何とかまとめてW杯という短期決戦に突入せざるを得ず、かつての「戦術の見本市」的な要素は無くなりました。ベクトルは必然的に「ナショナリズムと勝利」に向かわざるを得ません。
    それでも「トータルフットボール」「肉弾戦と精神力のドイツ」「イタリアのカテナチオ」「シャンパンサッカー」なんて言葉に象徴されるようなサッカーのお国柄なんてものが、僕が観だした頃にはまだあったんです。でも、もはやそういうものは厳しくなりました。オシムが「なんだみんなモウリーニョじゃん」てな話をしたようですが、堅守速攻のサッカーに列強が苦しめられたのもまた事実です。ニュージーランドは無敗でした。スイスはそれをまさに体現していました。日本も「速攻」があったのかどうかはわかりませんが、まさかのグループリーグ突破。それどころか、強豪国もそちら寄りに。ウルグアイやパラグアイはそもそも、でしたがね。
    オランダが中盤から潰しにかかるサッカーをして、ブラジルも守備的。お国柄は色を潜め、「勝つ」サッカーへとシフト。サッカーのお国柄は、そして観ていて面白い、ワクワク感を醸し出すサッカーは、観客側の「結果を出してくれ」という欲求にかき消されたのだと思います。僕は個人的には残念だと思うのですが「どんなに退屈なサッカーでも勝てばいい」という言葉を、ネット上でよく見ました。「結果を出してこそプロ」。その結果とは、魅了するサッカーではなく「勝利」なのです。性急な観客は、それを望んだのです。
    だから、もうしょうがない。
    優勝したスペインがまだ「ボールが回るサッカー」を持ち味とし、守備的なドゥンガにブラジル国民が「それでもブラジルか」という声を上げ、またチリがとても楽しいサッカーをやってくれたことは、僕にとっては一縷の望みです。けれども、4年後はどうかな。
    W杯は、「戦術・国のカラー・スターの驚愕のプレイ」ではなく「ナショナリズム」でこそ盛り上がる。この調子だと、そうなっていくでしょう。けれども、それでは自国が出場していないとちっとも面白くないし、自国の試合でないと楽しめない。また僕のようにナショナリズムが欠落傾向にある人間はどうにもならない。
    4年後は、僕も体力が落ちているでしょう。もう「夜を徹して観る」W杯は、これが最後かもしれません。

    でも、それでも楽しませてもらいました。選手の皆さんご苦労様。
     
     
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    | 2010/07/13 | スポーツ | 05:57 | comments(2) | trackbacks(1) |

    シャビという名は

  • 2010.06.12 Saturday
  • サッカー・ワールドカップ始まりました。もう4年経ったのです。あっという間ですね。このブログでも4年前、僕はジーコ擁護論を書いたりしてたくさん匿名の罵倒コメントをもらったものですが(笑)、あのときは「もう4年後はブログなんて書いていないだろうな」とぼんやり思っていたものです。まだワシはしつこく書いてるな(苦笑)。
    若い頃は必死で夜も寝ずに観ていたものですが、もう寄る年波でダメですよ。今年はもう無理せず、VTRを多用したいと思います(汗)。結果より内容ですよやっぱり。勝敗が既にわかっていても、プロスポーツというものは面白いものであるはずです。

    サッカーといえば僕はまだ京都”パープル”サンガのナビスコカップ敗退のショックからまだ抜け出ていないわけでして、ワールドカップでは僕の大好きなオランダチームの快進撃を観てそのココロの傷を癒したいと願っています。
    ところで、オランダって日本代表と当たるんですよね。まあ僕は今回の代表チームってのにはあまり関心がない非国民なわけですが、松井大輔だけはどうしても応援したい。なんだか右サイドで先発するとの報道もありましたしね。ということで、困るな。松井がハットトリックでオランダと3-3でドロー、というのが理想型ですかね。
    そんなことはともかくとして。
    僕は今記事でサッカーそのものの話をしようというのではありません。名前の話です。

    サッカーは世界でも非常に広範囲の地域で盛んなスポーツであり、そしてまた一流のプロリーグはヨーロッパに集中していますので、ヨーロッパのリーグには全世界の一流選手が集っています。ワールドカップという大会は、その一流選手達が様々な国(地域)別に編成されて登場する大会ともいえます。いつものチームメイトが敵味方。
    出場国別メンバー表をみてますと、それぞれその各々の選手の「名前」にお国柄が出ているなーと思うのですね。バルセロナやチェルシーやインテルミラノに居たときにはさほど感じなかったものが国別になると浮かび上がる名前の共通項とか。これ毎回のことですけれども、そういうのもまた楽しみのひとつです。

    日本チームだって、海外メディアに紹介されればそう思われるでしょうね。カワグチ、カワシマと並ぶとははぁKawaが日本には多いな、とか。ナカムラが二人でナカザワもいるな。前はナカータも…。オカダ、ホンダ、ウチダ、タマダと語尾にDaがよくつくな、とかね。けれども、本田と中田が共通しているとは思わないかもな。
    韓国と北朝鮮はキムばっかりだなぁとかは思うでしょうね。イとパクも多い。
    そういう国々の選手名の特徴なんてのを並べてみていますと、面白いものです。

    僕らにしてみたら、隣国のことなので金や李や朴がどうして多いのか、ということはある程度知識があります。しかし遠い国のことですとよくわからない。
    ブラジルって、「〜ニョ」って多いですよね。今回はロビーニョくらいですけど、ジーニョだのトニーニョだのレナチーニョだのジョルジーニョだのと。この「inho」というのは、どうも「小さい」という意味らしいのです。したがって、小ネルソンがネルシーニョ、小フェルナンドがフェルナンジーニョ、小ロナウドがロナウジーニョ。
    これ、正式な名前の場合もあるとのことですが、通称、愛称であることも多いらしいのです。サッカーで言うと登録名でしょうか。ロナウジーニョは調べますと本名ロナウド・デ・アシス・モレイラなのですが、代表選出の折に既にあのロナウドが居たために小ロナウド=ロナウジーニョになった由。
    ブラジルって、愛称が登録名になることが多いようですね。名前が長いからでしょうか。あのジーコだって本名はアルトゥール・アントゥネス・コインブラ。Zicoはやせっぽちという意味らしいですね。今は恰幅よろしいですけど。

    話題に上ることが多いのは、旧ユーゴスラビア諸国における「〜ビッチ」でしょうね。1998年大会のユーゴ代表はキーパー以外全員の名前にビッチが付いていたとして有名です。このときはストイコビッチも居ましたね。
    今回はセルビアとスロベニアが出場していますが、やっぱりビッチ率高し。
    このビッチは「息子の」という意味であるということは比較的知られています。これはつまり「アイスランド風の名前」と同じとみていいのでしょうかね。そこらへんは詳しくないのですが。
    アイスランドでは、現在でも名前に姓がありません。なので名前は「ファーストネーム+父の名」で構成されます。
    この父の名の部分、男の子であればソン(son)、女性ならドッティル(dóttir)が付きます。
    こういう方式の名前、ありますね。今回もイングランド代表にジョンソンがいます。アメリカにグッドソン。デンマークはこればかりです。監督のオルセンをはじめ、ソーレンセン、ヤコブセン、イェンセン、ヨルゲンセン…。このセンが息子ですね。昔、姓がなく父称を使用していたなごり。ビッチもそれと同じとみていいでしょうか。

    オランダはファンばかりですね。ファンニステルローイとファンデルサールは今回外れましたけれど、ファンブロンクホルスト、ファンボメル、ファンペルシ、ファンデルファールト等々。監督はファンマルウェイク。前はファンバステンだったな。
    このファン(van)は、英語で言うとofやfromに当たる前置詞らしいんです。「〜の」「〜出身の」という言葉。これは、日本の苗字の多くが地名発生であるのと近いような気もしますね。
    ちょっとサッカーから外れますが、この「Van」からあっと思いつきました。そういえばギタリストのヴァン・ヘーレン(Edward Van Halen)はオランダ生まれだったなと。あれはアメリカ読みにしているだけで、本当はファンハーレンなのでしょうね。そういえばバリー・ファンハーレンというサッカー選手がいましたね。

    名前というのは、星の数ほどあるようでいて案外少ないな、とも思うのです。ことにヨーロッパ系はそうだなと。
    少数派の名前もそりゃ多いのでしょうけれども、同じ名前も多い。現在の日本のように「姓・名」でくくれない部分も多いのですけど(ミドルネームとかね)、ファーストネームは普遍的な名前が多いですよね。キリスト教によって聖書に出てくる名をつけるからでしょうか。男性で言えば大天使ミカエル。これが英でマイケル、フランスでミッシェル、ドイツでミヒャエル、スペインでミゲル、イタリアでミケーレ、ロシアでミハイル。つまり、マイケル・オーウェンもミシェル・プラティニもミヒャエル・バラックも同じ名前であるというわけです。関係ないけどゴルバチョフも同じだな。
    パウロがポールであり、ヨハネがジョン。だからジョン・テリーとヨハン・クライフは同じ名前。それがまた父称になってジョンソンやヨハンセンが生まれてきます。なるほどなあ。

    こういう読みの違いなんてのは、僕は昔プロレスでよく覚えたものです。いろいろ置き換えてみる。ブルーノ・サンマルチノはつまりブラウンさんなんですね。アントニオ猪木のアントニオは、アンソニーとか。アンソニー猪木、なんて言ったらなんだかキャンディキャンディの登場人物みたいで全然強そうでない。
    サッカーに親しんでのちは、アドリアーノというのはエイドリアンと同じか、とかね。アレッサンドロ・デルピエロというのはつまりアレクサンダーなんですな。アレシャンドレ・パトもアレックス(三都主アレサンドロ)も同じアレクサンダー大王の名を冠している。立派な名前なんですねぇ。日本じゃ田村麻呂とか義経とか信長なんて名前はなかなか付けられないですよ。ものの考え方の民族性みたいなものが現れているような気もします。

    そんなことを考えつつ、大会メンバー表を見ていたのです。
    スペイン代表と言えば「無敵艦隊」と毎回言われますが、なかなかW杯には縁がない。しかし今回はさすがに優勝に手が届くかなというメンバーです。FWにビジャとフェルナンドトーレス。MFにセスク、イエニスタ、シャビ、シルバとタレント揃い。どうやっても点が取れそうです。守りの要はカシージャス。
    その中で、シャビ・アロンソという選手の話を先日どこかで読みました。この選手は僕にはリバプールのイメージが強いのですが、今はあのレアル・マドリーで頑張ってます。この人「バスクの星」と言われているのですってね。最近知りました。バスク地方の出身か。そもそもバスクの名門レアル・ソシエダ(レアルと言えばマドリーではなくこちらが本家)の下部組織出身であるそうです。バスク人だったとは。
    バスクと言って日本人が思い出すのはまずあの人です。フランシスコ・ザビエル。どんだけ昔の話だよって感じですが、バスク出身者は日本では=ザビエル。代名詞みたいなもんです。
    さて、メンバー表を見ていてあっと驚きました。「MF シャビ・アロンソ:シャビエル・アロンソ・オラーノ(Xabier Alonso Olano)」。Xabierってのはつまり、ザビエルじゃないですか! そうだったのか。バスクの星の名は、ザビエルだったのか。
    考えてみればザビエルという名は聖人の名でありますし、キリスト教圏であれば広く名づけられてもおかしくない名です。実際は普遍的な名前であるのかもしれません。スペイン代表にはもうひとりのシャビがいて、これも「MF シャビ:シャビエル・エルナンデス・クレウス(Xavier Hernández Creus)」でやはりザビエル。bとvの違いは、バスクとシャビの出身地であるカタルーニャの差でしょう。
    さらに見ていますと「MF ハビ・マルティネス:ハビエル・マルティネス・アギナガ(Javier Martínez Aguinaga)」という選手が名をつらねています。21歳でA代表初選出とか。所属はアスレティック・ビルバオ。ここも、バスクのチームです。この選手もやはり「ザビエル」なんですね。しかもプロフィールを見ますと、パンプローナ出身とか。僕のバスクの知識なんてのはほとんど司馬遼太郎氏の「街道をゆく:南蛮のみち」からの受け売りであるのですが、そんな僕でも知っているバスク・ナバラ王国の首都です。バスク中のバスク。へぇ…。

    名前だけの話なんですけれども、スペイン代表の中盤にはザビエルが溢れているということになります。なんだか、ちょっと見る目がかわってきました。2010年ワールドカップ、楽しく観ていきたいと思います。


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    | 2010/06/12 | スポーツ | 15:56 | comments(6) | trackbacks(0) |

    バンクーバー雑感

  • 2010.03.01 Monday
  • 冬季五輪、閉幕しました。
    ここしばらく、なかなか自分の自由な時間が取れない、また少し体調を崩した、さらに指先怪我したこともあって、ネット落ち状態が続きました。PCを開かずメールチェックもしない日が多く…で、あいた時間はほぼTVで五輪観て過ごしたわけです。我ながらスポーツ観るのが好きだなと改めて思いました。日曜の朝も5時起きで団体追い抜きを必死になって観てまして…あの0.02秒差には思わず大声をあげてしまい、近所迷惑も甚だしい(汗)。しかし惜しかったですな。

    ウィンタースポーツなんてのはほとんど4年に一度しか観ないわけで、そんな人間が偉そうにブログ記事書いたりするのは競技者およびシンパの方々には申し訳ないのですけれどもね。まあ大半の日本人がそうだと思うのでそこは許していただいて。
    でも、いいものみせてもらいました。何度も心動かされました。
    地上波でのTV中継には当然ながら偏りがあり、全ての競技を均等に観るということは残念ながら出来ず(ホッケーなんて全然観てないや)、日本人出場競技中心になってしまうのですが、それでもやはり面白いわけでして。

    圧倒的に凄かったと思ったのが、女子モーグルの里谷多英さん。なんだあの滑りは。強烈に印象に残りました。里谷さんは予選で滑り終わった後ストックを前に衝き顔をなかなか上げられないかのような姿勢で、やはり腰が痛むのか、体力的に辛いのか、しんどそうなイメージを残したのですが、あの凄まじい決勝での滑り。「鬼気迫る」という言葉がぴたりとくる、まるで制御不能のスピード。最後に力尽きたかのように転倒しましたけど、それで33秒台ってどうなの! メダリストのプライドがそうさせるのか、何かが憑いた様な…ああいいもの観た。一発勝負に賭けた姐さんの生き様と言ったら怒られるでしょうか。
    モーグルは、他にも勝負に出た選手が多かったですよね。すげえなぁ。その後男子観たらぶっ飛びのレベルにまた驚き。モーグルってこんなになってたのか(4年に一度しか観ないとこういう感想になるんです)。

    カーリングも良かったですな。あれ、競技に間があるから解説もしっかり聞けて分かりやすいのです。チーム青森公式サイトでは、「情けない結果に痛烈な怒りを感じてます」とまで書いてありますが、これはスポンサー向きの発言であろうと僕は捉えておきます。実際は「目黒もえちゃんすげぇ」と何回思ったか。ここによれば現在(2010年)の世界ランクは9位であり、8位という結果には「よく頑張ったな」というイメージを僕などは持ちますね。
    カーリングって、国の選抜チームじゃないですもんね。日本もチーム青森ですから。それだけ長い「チーム内熟成」というものが大切なんでしょう。選手みんなの阿吽の呼吸と言いますか。よそのチームには40代の選手がチラホラ。もちろんあのストーンを正確に投じるわけですから相当の体力が必要なのもわかりますが、経験、というものも重要なんでしょう。駆け引きのスポーツですし。チーム青森は、あのシムソンズのメンバーが抜けて、まだ何年か。若い選手が中心。これから目黒さんやマリリンがどういう選択をされるのかはわかんないですけど、続けて欲しいな。そのための基盤がマイナースポーツゆえに厳しいんで無責任なことは言えませんけど。常呂町のチームも長野のチームも頑張っていただけたらなと。

    冬季五輪って、昔と比べて種目増えましたね。種目自体は確かに以前からスキー・スケート・ホッケー・リュージュ・ボブスレー・バイアスロンはあったわけで増えたのはカーリングだけ、とも言えるのですが、スキーフリースタイルやボード、スケルトンなどなど、競技は百花繚乱に。TV中継は偏ってますのでなかなか全部、というわけにいかずハイライトで観られれば上出来だったんですけど。
    スケルトンの越選手。立派ですな。あの人ももうさすがに引退ということで、冬季五輪からは僕より年上の選手がおそらくは以降消えます。お疲れ様でした。
    マスコミによって気の毒な注目をされたおかげで国母クンの出たハーフパイプはしっかり観られて、その世界の技を堪能できましたけどね。いやー凄かったですねあれは。ああいう世界の技が観られるのが有難い。

    世界的に見れば冬季五輪の花形といえばアルペンスキーなのでしょうけれども、日本の報道においてはやはりフィギュアスケートが桁違いの露出度です。日本に有力な選手が揃っているから、ということと、なんといっても観ていて美しいのでわかりやすいという理由なんでしょう。日本の報道の後半はもうフィギュア一色、といった感じでして。
    しかし、なかなかこれでカタルシスを得られないのですね。フィギュアは決して「わかりやす」くはない。難しい。
    視聴者としては、ああ美しいとただ観ていれば平和なのです。プルシェンコすげぇ、とか、酒のみながらフィンランドのコルピさんがワシゃ好みだ、いやグルジアのあの人の方がいいぞ、とかアホな視点で。しかしこれが、順位付けをしなくてはいけない、しかも採点競技だという時点で、尻の辺りがモゾモゾしてしまうのですよ。素人にはよくわからんから。このモゾモゾ感は、ずっと以前から持っています。オリンピックでなくともGPその他を観ていても、どうも座りがいつも悪い。
    極論を言えば、オリンピックでの競技含めフィギュアスケートというのは、アマチュア競技です。プロではない。したがって、観客の視点を考慮しなくてもいいと思っています。自分たちが、自分たちのために競技すればいい(そのことは以前も書きました→結論の出ないプロスポーツの話)。だから、シロートがあーだこーだ言うのなんかフィギュア側は無視していいのです。
    しかしながら、今回は玄人も意義を唱えています。プルシェンコは抗議する意向を表明したとか。シロートである僕には、この論点は実にわかりやすい。なんで4回転ジャンプを成功させた自分よりも跳びもしなかったライサチェックの方が上なのか、という観点です。
    そして、女子フィギュアのあの想像を絶した金メダリストへの点数。
    僕もホントによくわかんなくて、でも調べる手段はせいぜいwikipediaなんですが、それでもGOE(技術点における出来栄え評価)が17.40点もどうして出たのかがわからない。
    なんでこういう桁違いの点数(真央ちゃん8.82、ミキティ5.30、ライサチェック9.64、プルシェンコ7.68、高橋3.20…文字通り桁違い)が出たのか、マスコミはあまり解説してくれません。しようと思えば出来るはずだと思うのですけれども。
    シロートが観れば、真央ちゃんは技術ではなく構成点で負けたのか、と思っちゃうのですが、そうじゃないのですね。プルシェンコの話を聞いていると、これは競技性と芸術性のせめぎ合いなのかと思ってしまうのですが、女子フィギュアはそういうことばかりじゃなかった。
    その構成点にしても、項目は「曲の解釈」とかよくわからないものがあります。数値化しにくいものがいくつも。本当によくわからないのです。審判も、技術審判以外に演技審判が9人いて、それらがGOEと構成点をジャッジし、そして「全ての演技審判が採点を行っているが、その内2-3名はその評価が最終的評価に全く影響しないダミージャッジである。誰がダミーであるかは大会終了後も公開されず、本人にも知らされない(wikipedia)」ということです。記名式でもなく上下点を切る方式でもない。例のソルトレーク五輪での採点不正事件から「国家の圧力・取引」から逃れるためにこのような匿名になったことは承知していますが、これではジャッジがブラックボックスになってしまっています。

    競技とは、スポーツとは何だろうか、とどうしても思ってしまうのですよ。
    陸上競技は早く走ったもの、高く跳んだもの、遠くへ飛ばしたものが勝ちます。水泳でもそうでしょう。球技は普通、より多く得点を重ねたものが勝ちです。ところが、採点競技というものはどうもわかりにくい。他で言えば、体操競技なんかもそうです。格闘技もジャッジがあります(KOや一本もあるので一概には言えませんがロイ・ジョーンズ・Jrや篠原のこともありました)。冬季五輪では、スキーのフリースタイルやスノボ、さらにジャンプも一部そうですね。飛型点とかテレマーク姿勢とか何だろう。より遠くへ飛んだものが勝ちじゃないなんて。その、最もわかりにくいところに位置しているのが、体操、またシンクロや飛込み、そしてフィギュアです。中でもシンクロとフィギュアは最右翼に位置するような。ジャッジが全てですから。
    カーリングには審判がいません。全てセルフジャッジです。そのために、カーリングは紳士のスポーツとされ、競技者はみなその矜持を持ってプレーしています。ある意味これはゴルフと並んで「キングオブスポーツ」であるとも言えるような気がします。競技スポーツのひとつの極みであると。
    対してフィギュアは。競技をしている人たちは本当に素晴らしい。肉体を鍛え上げ、技術を磨き日々研鑽を続けておられます。しかし、これは本当に競技スポーツなのか。そこらへんにまた疑問が浮かぶのです。
    もうフィギュアは五輪競技から外してもいい、と僕などは思うのですが(これはあくまで個人の考えです反論されても困ります)。
    競技であるなら、コンパルソリー(規定)は項目を増やしてやっぱり存在してもいい、みんな同じジャンプを跳んで同じスピンを回って優劣を競うべきだ、またフリーも曲など流さずメトロノームの音だけでいい、芸術は主観であり優劣をつけにくいので採点から外しエキシビジョンだけでいい、といった暴論も有していますが、あまり声高に言うことではないのでこのへんにします。

    話がおかしな方向にいきました。
    メダルを獲得された方には、本当におめでとうございますと申し上げたいです。いや、参加するだけで大変なことですから、出場された方々は胸を張っていただきたいなと。外野はとやかく言いますが、あくまでアマチュアリズムの中での大会ですので、我々は勝手に応援しているだけです。へんな雑音は無視していただいて。あくまで「見せてもらっている」という観点は外さずにいたいと個人的には思っています。


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    | 2010/03/01 | スポーツ | 23:48 | comments(6) | trackbacks(0) |


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