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  • 2016.12.30 Friday
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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    We Are the Worldの時代

  • 2012.07.01 Sunday
  • 先日、ラーメン屋さんで昼食をとっていたのですが、BGMが皆どうもおっさんホイホイ的な選曲でして。そういう有線チャンネルがあるんでしょうか。よくわからないのですが。
    で、マドンナや松田聖子などのあと、「ウィアーザワールド」が聴こえてきましてね。

      
       「We Are the World」 USA for Africa youtube

    若い人と一緒だったのですが、彼はこの世界的なヒット曲をよく知らないようなんです。そうか。そういえば、この曲もずいぶん前の曲だなと。僕が大学生のときですから、目の前の彼はまだ2歳くらいか。ついこの間のことのように思ってしまうのですが、ずいぶん時が流れたのだと思います。思えば、レイチャールズやマイケルジャクソンなど、既に物故者もいますしね。
    この当時の僕はまだ若かったせいか、ずいぶんと斜にかまえてこの曲を聴いていたような気がします。ご承知の通り、この曲はアフリカの飢餓と貧困の救済のためにリリースされ、印税、関連グッズ収益等を含め全て寄付、という形であったわけですが、どうもチャリティというものに疑問を持っていましてね(今でもその気分は抜けていないのですが)。ボブ・ゲルドフがノーベル賞候補だと聞いて、さらに疑問が増したような。これ、歌っている人たちの懐は全然痛まないのですよ。アフリカのためになった金銭は全て購入者のものであって、彼らが英雄視されるのはおかしい、とね。ノーベル賞は購入者達に冠せられるべきでしょう。
    そしてCDやビデオ購入につかったお金がそのままアフリカに行く事はなく、途中経費があるわけで。それっておかしい、とどうしても思ってしまったのです。中間搾取みたいなものだ。だいたい、集ったメンバーはみんな大金持ちのはずです。何か矛盾を感じる。
    そうして当時の僕は、何も購入せずに終わりました。青かったなと今にして思います。

    それはそうとして、当時はこの曲は大流行しました。
    純粋に曲を聴く限りにおいては、陳腐な曲だと当時は思っていたわけです。つまんねーなと。別にライオネルリッチーやマイケルのファンでもありませんでしたし。ただし、これだけのメンバーが集まったわけですから、こういう曲でないとおさまりがつかなかっただろうなとは思いました。なんせ、メンバーがすごい。
    あの頃は、今よりももっと洋楽が身近であったような気がします。自分が歳くってアンテナの精度が悪くなったことを差し引いても。MTVもありましたしね。「ベストヒットinUSA」なんて番組はいつも観ていました。小林克也さんはお元気かな。FMラジオでも洋楽が溢れていたような。僕は、個人的にはその頃ハードロックばかり聴いていたわけで洋楽ポップスのレコードなど全然買ってませんが、それでも耳に入ってくる環境がありました。そのスターたちが一堂に会しているわけです。サイモン先生とビリージョエルとボブディランが一緒にコーラスしているなんて。ジャンルもバラバラで、ケニーロジャースやウイリーネルソンなんてカントリーの人も居る。C&Wなんて、日本で例えればまず演歌でしょう。ちょっと矮小化しますが日本で考えれば、桑田佳祐や桜井和寿が提唱した中に、五木ひろしや森進一、吉田拓郎が入ってくるみたいなものです。ちょっと考えにくい。日本でもチャリティで人が集まってCDを出す、ということはありましたが、それは小室ファミリーであったり同じ事務所(アミューズ)であったりと、そういうくくり内でしか実現しません。矢沢永吉と細川たかしが並んでコーラスなんて想像がつかない。そういうことが、実現しているわけです。それだけをとりあげれば、確かに鳥肌モノのプロジェクトであったことは間違いありません。知ってる人ばかりですよ(笑)。ソリストだけでなく、コーラスだけのメンバーにも見た顔が。
    そして歌は、必然的に個性のぶつかり合いになっているのです。ビリージョエルがティナ・ターナーにおされてる。キム・カーンズはシンディローパーに潰される。中でも、やっぱりスティーヴペリーはいいな。さすがにボブ・ディランには完全ソロが用意されていましたが(誰かと歌っていたら負けてしまうでしょう)。スティービーワンダーとブルース・スプリングスティーンの掛け合いは、見どころです。しかし歌のうますぎるレイチャールズが最後にみんな持っていく、という…。なぜハリーベラフォンテはソロをとらなかったのかも、不思議。

    この曲、最近カバーされたのですってね。2010年のハイチ地震のときのチャリティで「We Are The World 25 Years for Haiti」として(→youtube)。観てみたのですが、知らん人ばかりだ(汗)。シンディのところを歌ってたのはセリーヌディオンですかね。あとはマイケルとこの姐ちゃんと…数人だな知ってる顔は。こういうところに世代が出ます。若い人はわかるのでしょうね。クインシージョーンズとライオネルリッチーが老けたことに、時代を感じます。
    2010年バージョンはハイチ地震チャリティですので、ラテン版もありました。「Somos El Mundo(→youtube)」。同じ曲なのですが、なんかこっちのほうが好きだな。スペイン語はいいですねー。メンバーはリッキーマーティンくらいしかわかりませんけども。
    そして、いろんなことを取っ払って虚心でこの曲を聴けば、いい曲ですね。今さらながら。
     
    このムーブメントは、イギリス発祥です。こういう話も、もしかしたら若い人は知らないかもしれません。ボブ・ゲルドフが1984年の12月にバンド・エイドを結成し、世界に向けて「Do They Know It's Christmas?(→youtube)」をリリースしました。歌ったのは、ポールヤング、ボーイジョージ、スティング、またワムやデュランデュランなど、当時のイギリスのアイドルたちと言っていいでしょうか。フィルコリンズがドラムを叩いています。
    こういうのは好みの問題でしょうけれども、曲はWe Are the Worldよりもこちらの方が僕は断然好きですね。やたら大仰で啓蒙的な感じのするアメリカと比べて。前述のような青さで僕は音源を買うことはしませんでしたが、エアチェックを繰り返し聴いていた記憶があります。
    しかしながら、この曲にはどうしても引っかかる部分がありました。これは僕だけではなく周りもそうで、夜に友人の下宿で酒を呑みながら皆でクダをまいた記憶があります。なんだありゃ、と。そうして議論に発展しました。
    それは、U2のボノが歌ったフレーズ。

     "Well tonight thank God it's them instead of you"
     
    TVから録画したVTRを今も所持していますが、あらためて見返しますとこの部分は「平和な世界に感謝しよう」と訳されて字幕スーパーに出ています。気を遣っていますね。しかし、そんなやさしい言葉なんでしょうかね、これは。
    このフレーズは、こういうことでしょう。貧困に喘ぎ飢餓に苦しむ人たちが我々ではなく、アフリカの彼らであったことを、今夜神に感謝せよ。そう訳せます。つまり、俺達でなくて良かった。ひっくりかえせば、あいつらで良かった。なんだこの選民思想は。傲慢だ。上から目線と思い上がりじゃないのか。他人事だから、こうしてチャリティなど気楽にやってるんだ。PVを見ても、まるでパーティーじゃないか。不謹慎極まりない。所詮は金持ちのお遊びなんだ。
    このとき、僕らはどのようにこの議論を決着させたのかは憶えていません。おそらく、キリスト教世界と僕らの価値観は違うのだろう、というところに押し込めてしまったのだろうと思います。
    ボブ・ゲルドフが書いた「Well tonight thank God it's them instead of you」。文化の違いということは、考慮しなくてはとは思います。僕が言うのは、いわゆる日本的思考であるのかもしれません。それにしても…。
    僕はこの記事を書こうと思い、あのフレーズは避けては通れないなと、ちょっと検索してみました。あれに引っかかった人たちは他にもいるのだろうか、と。その中で、こちらのブログ「読めば読むほど」に教えていただいたことですが、ボノは、あのフレーズを歌うことに対し抵抗をしたらしいのです。そうか。日本人だけが引っかかったわけではなかったんだ。ボノも、やはり違和感を持っていたのだ。
    このフレーズについてもうこれ以上の言及はやめます。結論なんか出やしないから。

    なお1989年にBand Aid 兇(→youtube)、そして2004年にBand Aid 20が(→youtube)それぞれ結成されています。イギリスは、継続しているのだな。そのことについては、一過性のものではなかったという点において評価に値すると思います。アフリカの危機は、終わってはいないのだから。
    やっぱりメンバーは移りかわって、今に近づくほどわからなくなる…と書く予定でしたが、最新のBand Aid 20を観ますと、ベースを弾いている人は世界で一番有名なミュージシャンでした(笑)。音楽に疎い人でもこりゃみんな知ってるはずだわ。
    そして、ボノが20年の歳月を経て登場しています。オリジナルメンバーでは彼だけが参加ですね。そして若いシンガーたちの中で再び「Well tonight thank God it's them instead of you」のフレーズを刻んでいます。
    このフレーズを歌うのは俺だけでいい、背負うのは俺一人でたくさんだ、と言わんばかりのボノの叫び。そのように考えると、胸が少し熱くなりますね。

    この音楽的高まりは、「ライブエイド」に結実します。1985年7月13日、イギリス・ロンドン郊外とアメリカ・フィラデルフィアで、約12時間のチャリティライブイベントが開催されました。山ほどのミュージシャンが参加して。そしてこれは、世界中に衛星中継されました。
    日本でも、もちろん中継されたわけです。しかし12時間の長丁場であり、僕も全部は見ていません。だいたい、誰が出るのかの情報がほとんど事前に得られませんでしたから。当時はネットとかありませんでしたからねぇ。
    日本では、逸見さん司会、こうせつおいちゃん解説という形で進行されたのを憶えています。洋楽に詳しい人がたぶん周りに皆無だったのかも。なので、素人進行でしたね。南「次はね、おうじぃおずぼぉんという凄い人が登場で」逸見「ほうそうなんですか」なんてな感じで。おい、オジーが出るんだぞそんなんでいいのか! 渋谷陽一か伊藤政則でよかったのに(これはこれで好みが出てしまう可能性がありますが)。小林克也さんはチャンネルが違ったか。
    僕も、一部はVTRに録りました。そのオジーやクイーン、そしてツェッペリンなんかはね。その場面は、動画が出回っています。ブラックサバス(→youtube)。クイーン(→youtube)。レッドツェッペリン(→youtube)。フレディ最高。ジミーペイジとロバートプラントは、ちょっと残念だったかも。でも登場するだけすごいですな。

    このアフリカ救済チャリティの動きは、また各国に飛び火していました。その頃、あちこちの国のスペシャルバンドがTVを賑わせていましたね。僕も、いくつかのPVをエアチェックして、まだ持っています。動画サイトの隆盛はこういうのを無意味にしていますけれども(笑)。
    カナダのNorthern Lightsによる「Tears Are Not Enough(→youtube)」。 ニールヤングやブライアンアダムス、ジョニ・ミッチェルらがいます。
    西ドイツのBand für Afrikaによる「Nackt im Wind(→youtube)」。僕はこの頃、ドイツ語の単位を落としかけていた劣等生でしたが、一生懸命歌詞を訳したことを記憶しています。ドイツといえば僕はアクセプトやスコーピオンズ、ハロウィンくらいしか知りません(汗)。参加者で顔を見て確認できるのはネーナくらいですね。楽しんでる場合じゃねーぞ、という雰囲気が伝わってきます。こういうところが、やはりゲルマン魂でしょうか。
    ラテンアメリカが大同団結したHermanosによる「Cantaré Cantarás(→youtube)」。これには、当時感動しましたね。やっぱりスペイン語はいいなあ。当時マスコミではフリオ・イグレシアスのことばかり言われていましたが、登場するソリストたちは皆圧倒的な歌唱力でね。また、男は皆実に男くさく、女性は皆きれいで(笑)。アイリーン・キャラくらいしか知らないのですけれども。
    当時僕が知っていたのはこのくらいだったのですが、こちらのページによりますと、上記の各曲以外に、ユーゴスラビア、ハンガリー、ノルウェイ、フィンランド、フランス、オーストラリア、イタリア、ジャマイカなどでも、こちらでは加えてオーストリアでも、同様のプロジェクトがあったようです。多分、調べればもっとあるのでしょう。世界的なムーブメントであったことがわかります。その中に日本が加わっていないのが残念ですが、おそらくレコード会社などの都合がつきませんからこういうのは無理だったのでしょう。

    僕にとって印象深かったのは、USA for Africaにあぶれた(?)ヘヴィメタルの連中が自分達で集まって「Hear N' Aid」を結成したことですよ。USA for Africaには様々なジャンルのスターたちがいましたが、ハードロック界からはわずかに当時ポップ路線になっていたジャーニーのスティーヴペリーくらいでしたから。不良たちはお呼びでなかったのかもしれません。そしてヴィヴィアン・キャンベルとジミー・ベインがロニー・ジェイムス・ディオを担ぎ上げ、実現したのです。こういうのの旗頭はもうロニーしかいませんね。ヘビメタ界の良心。親分。象徴。ゴッドファーザー。北島三郎。そのロニーを先頭に、ロブハルフォードのおっさんやケヴィン、またドッケンなどがボーカルをとって「Stars(→youtube)」をリリースしたのです。僕がこのムーブメントの中で唯一購入したのが、これ(笑)。
    ヘビメタ界の超一流アーティストの大同団結、とまではいきません。でも面白い。何が面白いかといって、ヘビメタはボーカルだけではダメなんですよ。ギターの連中が皆「我こそはヒーローだ」と思っている。実際、バンドの中心がギタリストであることが多数です。なので、ギターソロをそれぞれに弾かせなければいけない。だからもう長い長い(笑)。みんな弾きまくる。しかしPVを観なくても、このギターはジョージ・リンチだ、とかはわかるんですね。
    ニールショーン(ジャーニー)はこっちに参加してます。こういうのも面白い。そして、イングヴェイマルムスティーンがいますよ。そろそろ太りかけてきた頃の。僕は出不精であまりライブには行きませんが、この中のメンバーでは唯一インギーだけは好きで行くんです。個性ありますよねこのリフは。で、このワガママ男がコーラスにも参加してる。わはは。
    基本はディオなので、ベースやドラムはよそからの参加はありません。デイヴ・マーレイとか来てるんですから、スティーヴ・ハリスとかがベース弾いても面白かったんじゃないかなと思うのですが。
    ロニーも、死んでしまいましたね。このプロジェクトも、遥か昔のことなのだなあ。

    「We Are the World」をふと聴いたことに端を発した、まとまりのない備忘録的な記事になってしまいました。動画リンクのための記事やな。みな、四半世紀以上も前のこと。
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    | 2012/07/01 | 音楽 | 17:55 | comments(4) | trackbacks(0) |

    一番綺麗な私を

  • 2010.09.18 Saturday
  • ブログタイトル説明書でも明示していますけれども、なかなか流行を追うのは苦手な分野です。でも、うたは好きなので、せいぜいカウントダウンTVくらいは観るようにしています。どんなうたが今流行ってるのかな、くらいは一応知っておきたい。J-POPなんて本当に縁遠いわけですが、好奇心くらいはあるので。

    それはともかく。
    そのカウントダウンTVを観ていましたら、中島美嘉女史の曲が耳にとまりました。ちょっとびっくりしましたね。

       
       一番綺麗な私を(初回生産限定盤)(DVD付)

    「一番綺麗な私を抱いたのはあなたでしょう…」というフレーズは衝撃的でした。うらみ節だ、と反射的に思いましたよ。こんなフレーズが飛び出すと、そうJ-POPも捨てたもんじゃない。これは当然「無垢な私を捧げたのにあなたという人は」という意味だと、そのときは思いました。
    CDTVは、基本サビしか流してくれません。後に始めからこの曲を聴く機会を得ましたら、どうもそんなドロドロしたうたではないような。これは、寂しくも哀しい女性の思いが綴られたうたでしたね。でも、このワンフレーズは成功しているなと。

    その一言で惹きつけるうた、というのは、たくさんあるようで案外少ないようにも思うんです。もちろん個人差ありますからね。僕が「おおっ」と思っても他の人は「なんでこんな陳腐な言い回しに反応するんだ」と思うかもしれませんし、またその逆もありますし。
    最近の若い詩人たちは、言葉の感性の差もあるのでしょうけれども、よく聴くとなんと精緻な言葉を遣うのか、と感嘆することがしばしばあります。例えば、宇多田ヒカル女史なんてのはいつも煌めくような言葉を刻まれますね。この天才に不遜な申し方ですみませんけど、「巧いなぁ」と思ってしまうわけです。「黒い服は死者に祈るときにだけ着るの/わざと真っ赤に残したルージュの痕」キラキラしてますよね。椎名林檎女史なども、凄い。
    ただこういうのは「よく聴くと」であって、一瞬でドキっとさせる感じではないんですね。なかなかそういうのは少ない。
    例えば、この人は同級生ですから「若い詩人」の範疇ではないかもしれませんが(汗)、吉田美和女史のうたなんかは時々そういうフレーズに出くわします。「そうだよ」の冒頭。

     もういいんだね これでもうわたし 他の誰かのものになるよ

    こういうの、うわすげぇなと当時は思いましたね。女の最後通牒。こういう言葉が女性から発せられると、僕などは意味もなくギクっとしてうろたえてしまったりするんです(笑)。怖いことを言うなぁと。

    しかし、うたは最後まで聴かないと「聴き間違える」こともあります(汗)。流行っているうたはとくに、歌詞カード見ながらじっくりと聴いているわけではないので、勘違いしてしまうこともあるわけで。
    浜崎あゆみ女史が出てきたとき、「appears」という歌をカーラジオか何かで聴いて、うわすげぇとビックリしたことがありました。何で驚いたかといえば、こういうふうに聴こえたからなんです。

     まるで全ての男なんか知ってるかのように見えるよね 本当は二人しか知らない

    まわりの人にも、そして貴方にも私は遊んでる女に見えてるでしょう。さも経験豊富な、男なんて星の数ほど知っているかのように。でもそれは、そんなふりだけ。…本当は二人しか男の人は知らない。
    こういう歌詞が出てくるようになったか。しかも「二人」というのが実にリアリティがある。
    これはもちろん、僕の空耳でした。実際は「恋人達はとても幸せそうに手を繋いでいるからね/まるですべてのことが上手く行っているかのように見えるよね/真実(ホントウ)は二人しか知らない」が正解。街を歩いているカップルがラブラブに見えても、本当の内情はそのカップルにしかわからない、という話でした。ああ勘違い。

    どうでもいい話ばかり連想ゲーム的に書きました(汗)。
    この話は、僕が聴いてドキっとする歌詞の話なので、女性ボーカルのことを書きましたけれど、男が歌ううたにもビックリする内容はあるわけで。例えば、この間聴いたんですけどスキマスイッチの「螺旋」。基本失恋ソングなんですが、こんな歌詞が。

     それならいっそ君の中に僕の螺旋を残せばよかったって

    え、これはつまり、螺旋ってDNAのことか? ということは…えっ!
    まだ僕が中学生の時に聴いた世良正則&ツイストの「性」の「素面で入れるほど大人の恋じゃないわ」以来の驚きでした(笑)。下ネタなんで聞き流して下さい(汗)。
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    | 2010/09/18 | 音楽 | 05:58 | comments(12) | trackbacks(0) |

    American Tune

  • 2009.12.17 Thursday
  • 一昨日、自分が死んだ夢を見ました。ヘンな話で、ブログに書くことじゃないんですけど。ごめんなさい。
    夢の中身など起きればすぐに忘れてしまうもので、その日の朝はあれほど鮮明だったのに今はもう断片的にしか記憶にはないのですが、なんだか僕が布団に寝ている。僕の記憶にはない大きな田舎の家の、畳敷きの部屋。どうも僕は死んでしまっているようなのです。その光景を僕が見ているというのも不思議なもんですけど、僕は高校生くらいの感じですね。周りをなぜか小さな知らない子供たちが走り回っていて、傍には母親と妻がいます。高校生の僕の横になんでカミさんがいるのかよくわかんないんですけど、おかんとカミさんは悲しむでもなく祭りの後のような会話をしています。
    当方夢判断も精神分析も全く出来ないので意味不明なんですけど。誰か教えてください。

    そんな夢からふと、ポールサイモンの「American Tune(アメリカの歌)」という曲を思い出したのですけど。前振りでこんな話をして申し訳ない(汗)。

     And I dreamed I was dying  I dreamed that my soul rose unexpectedly
     And looking back down at me  Smiled reassuringly

     夢をみたんだ。僕が死んだ夢をね。僕は不意に、意識だけふわりと浮き上がったんだ。
     そして、自分を見下ろしたよ。なぜか不安も何もなく、僕は微笑んでたんだけど。


      
      ひとりごと(紙ジャケット仕様) ポール・サイモン youtube

    「American Tune」という曲は、サイモン先生のソロです。 S&Gを解散しソロ2作目のアルバム「There Goes Rymin' Simon(邦題:ひとりごと)」に収録されています。S&Gに「America」という曲(僕はこの曲がS&Gでは多分一番好き)があるのでややこしいのですが、この曲はソロの曲。もちろんこれも相当に好きな曲です。
    邦題は前述したように「アメリカの歌」。もちろんそれで正しいのですが、なんだかこう名付けると国威掲揚の歌みたいですね。実際、様々な式典で使用され、オバマの選挙CMでも流れたらしい。「第二国歌」とまで言う人もいます。この曲って、他国人が言うのもなんですがそんな感じじゃないと思うんですけれどもね。泉谷しげるの「国旗はためく下に」が国歌賛美でもなくまたオフコースの「生まれ来る子供たちのために」が愛国心の歌じゃないように。「アメリカの調べ」または「僕のアメリカの歌」てな題名の方が僕にはしっくりきますが、大きなお世話ですか。

    この曲を僕が初めて聴いたのがいつか、ということはよく憶えていないのですけど、非常に印象に残るのは、高校生のときにTVで観た、あの53万人を動員したセントラル・パークでのS&G再結成コンサート。もちろんこの曲は本来サイモン先生のソロですが、アート・ガーファンクルが最初に歌いだします。世界に冠たる澄んだ高音。そしてその清き声にサイモン先生が合わせていく、その優しくやわらかなハーモニーに感動しました。やっぱりS&Gは素晴らしいなと。世界一のデュオだ。(→youtube)
    このきれいなメロディが実はバッハの「マタイ受難曲」の本歌取りであったことを知ったのは大学に入ってからです。僕は当時クラシック系のサークルに入っていたので、周りにはクラシックファンがいろいろ居ました。それで、友人の一人が僕に「マタイ受難曲」の第17曲コラールを僕に聴かせました。そして、ポールサイモンはこれをパクったのだぞ、と言いました。パクリとはまた人聞きの悪いことを言うと僕は憤慨しましたが(彼はクラシック至上主義だったのですぐこういうことを言う)、確かにその旋律は言われてみれば「American Tune」そのものでした。マタイ受難曲を聴いたのはその時が初めてではなかったのですが、全然気付いていなかったんです。確かに、このメロディは賛美歌的ですよね。(もっともこの「受難コラール」も原曲があるらしいと後に知りました…)

     We come on the ship they call the Mayflower We come on the ship that sailed the moon
     We come in the age's most uncertain hours And sing an American tune

     メイフラワー号という船で始まったこの国は今、アポロという船でとうとう月まで渡ったよ。
     でもこんなに時代は揺らぎ確かなものなどなにもないんだよ。どうしてなんだろう。
     それでも僕は、今日も僕の「アメリカのうた」を歌う。

    サイモン先生の面目躍如という感ありですね。「Many's the time I've been mistaken」と最初に歌ったとおり。僕らはどれだけの失敗を重ねてきたのだろう、と。
    そして、この歌は静かに終わります。

     But it's all right, it's all right, it's all right You can't be forever blessed
     Still, tomorrow's going to be another working day And I'm trying to get some rest
     That's all, I'm trying to get some rest

     もういいさ。永遠の祝福なんてないんだから。
     そんなことより明日も忙しいんだ。少し休ませてくれ。僕はもう、眠いんだ。

    ああふと思い出しました。自分の死の夢は「再生」をも意味するって。そうだと、少しは前向きにもなれるかも。
    僕だって、どうせまた明日も忙しいんだ。今はかえってあまり眠くないんだけど、寝なくちゃ…。
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    | 2009/12/17 | 音楽 | 23:36 | comments(0) | trackbacks(0) |

    midomiやるやる

  • 2009.10.22 Thursday
  • 失せモノが出てきました。何かといえば、PC用のマイクです。
    この間からずっと探していたのです。カミさんが使いたいというもので。えーっとどこ行ったかなーと先日の休日に探しまくっていたのですがどうしても出てこない。これを最後に使用したのはもう5年くらい前の話でして、それっきり使う機会が無かったものですから。
    それが、ひょんなところから出てきました。こういうものですね。探しても見つからなかったものが諦めた頃にひょっこり見つかる。

    何でカミさんがマイクを欲していたのかと言えば、先日TVで「midomi」の紹介をしていて、それを観てどうしても使ってみたくなったかららしいのです。
    midomiというのは、これです。→midomi
    TVで取り上げられているくらいですので説明はもう不要かもしれませんが、つまり音声による楽曲検索が可能なサイトです。このサイトに向かってメロディーを入力(つまり歌う)すれば、音声認識をしてその音階に相当する曲を探し出してくれるというすぐれモノ。「あああの曲誰のなんという歌やったっけ?」と悶え苦しんで気持ち悪い思いをしている人も、これで胸のつかえが取れスッとする、という画期的なサイトであります。
    しかし、音声認識もここまで進歩しているのですねぇ。すごいですなあ。もうすぐブログ書くくらいであればキーボードって必要でなくなるかもしれませんね。

    さて、そのmidomi。カミさんが台所で洗いモノをしている間に、僕が先にアクセスしちゃうことにしましょう。僕だって、メロディーだけ知っててタイトルが分かんなくて長年キモチ悪い思いをずっとしている曲があるのです。
    初めてその曲を聴いたのはもう40年近く前になりますので、幼児体験と言ってもいい。TVで「指笛名人」みたいな人が出てきまして、素晴らしい技術で何曲も奏でられた場面が放送されたのです。うちの父親がそれを録音していたのですが、そのうちの一曲を僕は子供ながらに好きになってしまったのです。それで何度もその指笛の曲を父にねだって繰り返し聴いたのですが、果して何という曲か分からない。父親も知らないと言います。それがどうもずっと胸につっかえていたのです。
    といって、マイナーな曲ではないようで。どうも相当有名な曲らしく、以降何度もあちこちで耳にしています。ちゃんと歌詞もあるらしい。ただ洋楽です。有線でふと聴いたり、TV番組でBGMに使用されたりで以来何度も聴いているのですが、タイトルをちゃんと言ってくれるような番組ではなかったり、途中から聴いたりで曲名がさっぱり分からず。なので悶絶していたのです。
    ネットの時代がやってきまして何でも検索出来るようになったのですが、メロディーだけではどうも調べにくい。昔、何かで歌われているのを聴いた時、「No No Return No No Return…」と歌っているようにも聞こえたので、それで検索してみても全く出てきません。ノーリターンじゃなかったか。果して何て歌ってたんだろうなあ。

    さて、幼少期からの胸のつかえを雲散霧消させることが出来るでしょうか。僕はマイクをセットして、midomiに向かってハミングで歌いました。

    「♪ルルルルー ♪ルルルルー ルルルルゥルゥ ルルルルゥ〜」

    入力できましたね。では検索っと… おおっ、出てきたー!! 

    いくつか候補が挙がっているのですが、上位に同じ曲が並んでいます。それらをポチッとクリックしてみますと、あーこの曲だ間違いない。長年のつかえが下りました。
    僕が探していた曲とは、Gigliola Cinquetti(ジリオラ・チンクエッティ)の
    「Non ho l'età」でした。やったー!


    ベスト・オブ・ジリオラ・チンクェッティ

    上記アルバムによれば邦題は「夢見る想い」。youtubeではここで聴けます。イタリア語だったのか。NoNoReturnなんて言わないよねそれだと。聴き間違いでした(汗)。ジリオラ・チンクェッティの名は知っていました。タモリ倶楽部の空耳アワーでもよく登場していたような気が。
    かなりの有名曲のようで、ジリオラ・チンクェッティが1964年に世界的に大ヒットさせたわけですが、そもそもカンツォーネの名曲であるとか。日本でも数多くの人がカバーしているようです。弘田三枝子さんの日本語訳の歌唱がありました(→youtube)。また竹内まりやさんバージョンも(→youtube)。おそらくかなり人口に膾炙した曲なのでしょう。これ読んだ人の中には「なんだそんなのも知らなかったのかよ」とおっしゃる方も多いはず。でも僕は残念ながら長らく詳細を知らんかったわけで(生まれる前やからな^^;)。
    あーうれしい。スッキリしました。というわけで、思わず記事にしてしまった次第です。midomiやるなー。偉いっ!

    さて、カミさんですが。
    「私もやってみるから使い方教えてよ」
    「ほいほい。ところであんたどんな曲を調べようと思てるのん?」
    「えーとね、♪ランランラーンララーララン〜」
    「何やオマエそれティアーズインヘブンやないか。クラプトンの」
    「えっ…」

    カミさんがタイトルを知りたかった曲はこれでした(→Eric Clapton/Tears In Heaven)
    これは天下の名曲であり、さすがの僕も知っています。

    「そんなん先にワシに言えよ。midomiとか言うてマイク探させる前に(笑)」
    「Boo!Boo!Boo!」ヽ( )`ε´( )ノ ブーブー!!

    カミさんはブーイングをしつつどうも釈然としない様子で、もうええやないかという僕の声を振り切って検索しています。でも結果は同じに決まっていますな。しかし、実につまんなさそうな顔をしています。それはそうかもしれません。楽しみを奪われた形ですから。僕もちと大人気なかったかもしれませんねこれは(汗)。すまんすまん。
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    | 2009/10/22 | 音楽 | 23:37 | comments(4) | trackbacks(0) |

    忌野清志郎逝く

  • 2009.05.06 Wednesday
  • 亡くなったのは5月2日でした。知ったのは翌3日の昼ごろです。僕は某関東のホテルで結婚披露宴に出席していました。驚きましたね。
    今更ブログに書くのもなんですが、今日まで家に居なかったのでネットに接続出来ず、モブログなんて器用なことは出来ないので今ということになってしまいました。家に帰り、持っているCDを次々に聴き、あちこちに書かれた追悼記事を読み、そして、もうひとつのブログの方を更新しました。その記事はこれなんですが(→あの歌が思い出せない)、これは以前に書いたもので公表せずオクラ入りにしていたものを原型としています。なんだか、清志郎さんは奥が深すぎて「僕なんかが語ってもいいんだろうか」と思いしばらく寝かせていたものなんですが、恥ずかしながら表に出すことにしました。それでも書き足らず、まだこうして書いています。

    癌であるということは聞いていましたし、苦しい闘病生活のことも伝わってきてはいましたが、何よりまだ若いということもありましたし、それこそ不死鳥の如く甦ってくれるものだと確信していました。むしろ吉田拓郎の方が心配で、清志郎さんはまだまだ復活してくれるわいと根拠も無く思ってました。残念です。
    尊敬に値する人物だったなと。何よりもその歌唱力が凄まじかった。言葉を明晰に、思いと共に観客に伝える、ということに関しては日本一だったのではないでしょうか。そして、結果的に我が身を削ってしまった。壮絶な人生だったとも言っていいと思います。
    音楽とあまり関係の無い話かもしれませんが、社会に対する影響も大きいのではないかと。もう面と向かって体制を批判するミュージシャンは出てきてはくれないかもしれないと危惧もします。いらっしゃることはもちろん今もいらっしゃいますが、若者に対してアピール出来るカリスマとしての存在感は一朝一夕では生まれない。岡林信康や小室等といった人たちにはあまり若者がその方向を向いてくれない。泉谷しげるも好々爺のようになりなかなか牙を剥かない。これからを担う若い人たちに誰が反骨と、苦悩の底からの慟哭を伝えるのか。個人的にはヒロトとマーシーに頑張って欲しいとは思いますが、清志郎さんを失うことは日本の損失であるなとつくづく思います。

    思い出に残る曲がいくつもありますね。僕が陽水さんの「おやすみ」と共に「スローバラード」を弾くためにキーボードを買った、という話は陽水さんの話の中で書きましたけれども、あの曲も切ない。ヒット曲の中ではやはり「トランジスタラジオ」が好きでしたね。あれ聴いて泣くおっさんは多いのではないでしょうか。胸を突き上げてくるような曲をたくさん書かれました。「ヒッピーに捧ぐ」「海辺のワインディングロード」「多摩蘭坂」「エンジェル」「空がまた暗くなる」「太陽の当たる場所」etc.
    なんかねー。寂しいわ。

    亡くなる前に、TVで「JUMP」を歌う清志郎さんを観ていました。

    JUMP
    JUMP 忌野清志郎 Youtube

     朝から夜に変わるいつもの時間に 世界はふと考え込んで朝日が出遅れた

    あいも変わらぬ清志郎さんの歌いっぷりにシビれたもんです。あのときは本当に完全復活だと思っていました。「夜が落ちてくるその前にもう一度高くJUMPするよ」と歌いながら自らもお茶目にジャンプする50歳半ばの清志郎さんを観ていました。カッコいい。本当にカッコいい。

     荷物をまとめて旅に出よう もしかしたら君にも逢えるね

    聴きながら、なんだか恥ずかしいのですが鼻の奥に熱いものを感じてしまいました。まだまだオマエたちも終わったわけじゃないだろ。おっさんならおっさんなりに胸を張れ。そう言われたような気がして。
    しかし、TVは悲しいニュースを僕たちに告げました。嘘だろ。

     狂気の顔で空は歌って踊ってる でも悲しい嘘ばかり僕には聴こえる

    最後まで僕たちにメッセージを送り続けた忌野清志郎さん。またいつか逢えるね。どうか安らかに。
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    | 2009/05/06 | 音楽 | 21:36 | comments(10) | trackbacks(0) |


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