スポンサーサイト

  • 2016.12.30 Friday
  • 一定期間更新がないため広告を表示しています



    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    ブログのカテゴリと書きたい記事

  • 2005.11.23 Wednesday
  • ここのところ全然更新していませんでした。ネタがない、とかそういうことではなくてフリーな夜の時間はずっとブログにかかりっきりであったのです(汗)。このボヤキとブログは表裏一体のものでして(書いている人間が同じだから当たり前ですが)、まあたいていはどちらかしか書けませんね。

    11月15日が坂本龍馬生誕170周年であった関係上、ブログの「歴史if」というカテゴリで龍馬はんがもし死ななかったら…という連載を始めたのですが、これがなかなか終わらない。今日で連載7回目となったので、あまりにも饒舌すぎると無理やり終わらせました(なので最終話は長い^^;)。
    しかしながら満足しています。もともとこの「歴史if」というカテゴリは坂本龍馬のことを書こうと思って作ったカテゴリで、第一回目に書くつもりだったのですが、書いていてあまりにも長くなり、一回目からそんなに長い話を書いてもしょうがなかろう、最初から分載するのもなんだし、と思ってオクラ入りさせました。いつか出そう、と思いながらうっかり消去してしまい(汗)、今回は新たに書下ろしです。
    ここのプロフでも書いているのですが僕は龍馬リスペクトの人間でして、この記事が書けて自分でもなんだか嬉しい気がします。これでブログはもういつ終わってもいい(笑)。

    まあそれは冗談ですが、ブログのカテゴリ設定の際には二つやり方があると思います。最初からテーマを決めてそれに沿って書くやり方と、なんとなしに日記的に書き始めて、あとで分類してカテゴリを後付にするやり方。僕は前者です。ブログを立ち上げた段階で、まだ記事もないのに酒、旅、フォーク、歴史、プロレスの5カテゴリを既に設定していました。
    そうした場合、どうしても書きたい内容が先にあるからそのカテゴリを設定するのです。それが僕の歴史カテゴリの場合坂本龍馬だったわけで。

    他のカテゴリにもどうしても書きたかった記事というのが存在しています。
    酒のカテゴリで言えば、「普通酒そして三増酒について」というのはどうしても書きたかった話。旅の話で言えば「僕の旅 北海道掘廚箸いΔ里呂匹Δ靴討盻颪たかった話です。まあそれだけではないですけれどもね。
    フォークソングのカテゴリでは、「愛してるよって言ってごらん」というのは最初から書こうと決めていました。しかし他にも書きたいと最初から考えていてまだ書いていない曲は多々あります。いつ出そうか…。プロレス技ではとくにそういうのはないのですが、「ウェスタンラリアート」がもう半年くらい草稿状態のままです(笑)。どうしようかな仕上げようかな。でもこのラリアートは「好きじゃない技」として書くからな…。(−_−;) うーん…

    更新していない言い訳話から話がそれちゃった(汗)。
    このエントリーをはてなブックマークに追加 Check


    | 2005/11/23 | 過去日記<BOYAKI> | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |

    キリン・チャレンジカップ vsアンゴラ戦

  • 2005.11.16 Wednesday
  • なんとか今年最後の試合も勝ってくれました。まあ親善試合ですし勝ち負けより内容ですけれどもね。序盤は押していたらしいのですけどねー(わたしゃ途中から観戦)。しかし最後の最後まで諦めずに行く姿勢はもはや「日本代表らしい」と言ってもいいのでしょうか。中村のクロスがファーの柳沢へ。ヘッドで折り返し松井がヘディングシュート♪ 決めてくれたのは松井大輔でした。いやーやっぱり松井はいいなー(とにかくかつてのパープルサンガの星はどうしても応援してしまいます)。

    今日は3-5-2で最初は中盤に俊輔、ヒデ、稲本でした。しかし中盤は人が溢れかえっていますね。今日も松井と阿部が途中から入りましたけど、ジーコは最終的にはどーするんでしょうね。昨今ヒデがボランチに入ることが多くなって、さらに小野、稲本、中田浩二、福西、遠藤、阿部、今野…。困りましたね。トップ下は俊輔で決定、二番手に小笠原なのでしょうが、松井大輔の勇姿は見たいのですね。うーむ。
    もう4-5-1でいいんじゃないですか? 柳沢の1トップで中盤をヅラヅラ並べたら(笑)。そっちの方がよっぽど点が取れる気がする。
    まああまり乱暴なことは言ってはいけないけど(汗)。
    このエントリーをはてなブックマークに追加 Check


    | 2005/11/16 | 過去日記<BOYAKI> | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |

    東北の葬式とブルトレ

  • 2005.11.15 Tuesday
  • 妻のばーちゃんが亡くなりました。享年95歳。世間的に言えば大往生であるのですけどやはりいくつになろうが亡くなることは哀しいものです。
    この人の凄かったところはボケなかったこと。正月に顔を見せると何も言わないのに「ああ、○○子の旦那さん、よぐ来たな」と言ってくれました。一年に一度しか顔を見せないのに、また孫が数え切れないくらいいっぱいいたのにその配偶者までよく記憶できるなと感心していたものです。もう儚くなってしまいましたが。
    さて、あまりそういう話を書くと僕もだんだん辛くなるので、葬式、というか亡くなった方の儀式についてちょっと書いてみたいと。

    僕が住んでいる関西、まあ関西に限らないのかもしれませんが、東北のやり方と一番違うところは、東北は先に荼毘に付してから告別式をやるというところでしょう。東北の人には「なんでそれが違うの?」と言われそうですが、こちらの方では葬式を終えてから火葬場へ向かうのが常だからです。
    なのでこちらでは亡くなった日が通夜、まあ亡くなった時刻と六曜(友引を避けるとか)の関係で仮通夜、本通夜と二日になることはありますが、通夜をやってそれから葬式。そして葬式が終わって野辺送り、ということで火葬場へ向かいます。荼毘に付したあとは精進落とし、というスケジュールで最短2日、多くても3日で儀式は終わります。ところが東北は長い。まず亡くなると、家に帰ってきてそしてしばらくして納棺。これは同じですが、ここでは枕経をあげますが通夜ではなく、先に出棺ということになります。亡くなって一日は置かなくてはもちろんいけません。この時点でこちらでは葬式が終わっているスケジュールになります。ところが東北の場合はそれから始まるのです。火葬を終えてお骨になった故人を奉りそれから通夜です。そして告別式。告別式が終了したら、もはや埋葬してしまうのです。みんなでお墓に行き骨をお墓に入れ、そのあと取り越し法要と言って列席者と坊さんも含めて会食を行い、ようやく終わるのです。だからスケジュールが長い。その間呑み続けですのでヘトヘトになってしまうようです。僕は通夜から参加したのですが、それ以前に親戚の皆さんはずっとお骨の前で毎日寝食を共にしています。もっと細かく記したいのですがそうすると連載になってしまいますのでこの程度にします。風習の違いというのはこういうところに端的にあらわれるものなのですね。

    さて、田舎は飛行機の便が悪いところにあります。本数も少なく、僕はうまくスケジュールを合わせられなかったので、夜行列車で往復しました。久しぶりにブルー・トレインに乗ったのですが、これが今回唯一のホッとした時間でした。なかなかブルトレも乗れなかったので嬉しかった。これもばーちゃんの引き合わせですね。
    このエントリーをはてなブックマークに追加 Check


    | 2005/11/15 | 過去日記<BOYAKI> | 22:38 | comments(0) | trackbacks(1) |

    忙しい…。

  • 2005.11.11 Friday
  • なかなかPCの前に座れない状況が続いています。うーむ。ブログも更新したいのにな。
    それでも土日はゆっくり出来ると思っていましたら、女房の祖母が亡くなったという知らせ。今夜中になんとかして発とうと思っています。重なるときはなんでも重なるもの。
    しかし、昔はもっと無理したこともあったよな。こんなことくらいで「忙しい」などと言ってられないぞ♪
    このエントリーをはてなブックマークに追加 Check


    | 2005/11/11 | 過去日記<BOYAKI> | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |

    京都ぶらぶら歩き

  • 2005.11.06 Sunday
  • 昨日の話の続きなのですが、なんせ京都は暑かったのですね。もう11月になってしばらく経つと言うのに。25度にとどこうかという勢いで、これは夏だ。京都は季節感を人工的に作っているとよく僕も書いたりしていますがまさにそういうことなのです。11月でこんなに暑けりゃ秋っぽくないじゃないですか。

    京都御所を出てからしばらく歩きました。北側へ抜けたので同志社大があります。ここにはかつて薩摩藩邸があったのです。おっとまた話が幕末に(汗)。これではいけないのでもう少し歩くと相国寺が。「相国」と言うのは「太政大臣」ということで(関白が太閤、中納言が黄門、というようなものですね。しかしこういうことを言うと妻にウザがられるのです。^^;)、これは足利義満です。大河ドラマを見ている人は平清盛も「相国殿」と言われていたのをご存知ですね。あれも太政大臣だから。
    義満はここに七重塔を建てました。まさに御所を一望。監視下に置いたわけですね。
    そのまま東へ今出川通りを歩くと、出町に行き当たります。ここは加茂川と高瀬川が合流して鴨川になるところで、下鴨神社があります。ここで妻が大好きな菓子処「ふたば」の豆大福を購入。お土産を買って帰らないとうるさいのです。

    そのままさらに東へ。京都大学が見えてきます。そこまで歩くと道に「古本祭り」のノボリが何本も。そうか忘れていた。11月上旬には京大の向かいの百万遍(寺)の境内で古本祭りが毎年開催されるのでした。吸い込まれるように中へ。
    京都の老舗古本屋さん連合がここで古本の青空市を毎年開催します。学生の頃、フトコロに余裕がなかったのでいつも行っていました。ここは最終日ともなると本の量り売りまでやったりして(笑)、じつに楽しい場所なのです。ああ目移りする。しかしあまり荷物は重くしたくないので、涙を呑んで文庫本を15冊ほど購入。3冊100円なのでこれで500円。ああたまらん(笑)。単行本や雑誌のバックナンバーで欲しいのがいっぱいあったのですがここは自制。持ちきれない。

    まだ歩いて、京大を過ぎると吉田山が見えてきたのでそこに入り込みます。ここにある吉田神社はもちろん吉田神道(占部神道)の総本山。ちょっと最近、源氏物語と並んで吉田神道についてもぼんやり考えることが多く(ブログには反映していませんが)、ちょっと寄ってみたかったのです。このあたりは天皇陵も山ほどあります。しばし佇みます。

    そのあと、遅くなった昼食に昔よく行ったラーメン屋さんを訪ねました(今では行列店です。すごいな)。食べると昔より塩分濃度が高くなった感じがします。思わずライスも注文。この歳でラーメンライスはまずいのですが(汗)。おなかいっぱいになってバスで街中へと帰りました。
    疲れたので某喫茶店に入り、ここの名物のドーナツをコーヒーとともに。今日は歩いたとは言えカロリー過多だなあと反省です(笑)。

    阪急電車でうちへ帰ろうと地下鉄乗り場へ向かうと、「○○君やないの?」と僕を呼ぶ声。振り返ると中学校の同級生でした。僕は昔から老け顔だったので今もあまり当時と人相はかわっていないのです。なのですぐわかってしまう。しかし僕に声をかけた女性は明らかにオバサンで(失礼^^;)、すぐにはわからなかったのです。ずいぶんとあの頃より肉を付けられた様子。しかしそれもしょうがないこと。なんせ四半世紀前と比べているわけですからねぇ…。
    このエントリーをはてなブックマークに追加 Check


    | 2005/11/06 | 過去日記<BOYAKI> | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |


    CALENDER

    S M T W T F S
          1
    2345678
    9101112131415
    16171819202122
    23242526272829
    30      
    << April 2017 >>

    CATEGORY

    ANOTHER BLOG

    メインブログ
    酒・旅・フォーク・歴史・プロレスをテーマにときどき更新


    ちょっと歴史っぽい西宮
    別館・西宮歴史探訪サイト
    凛太郎の自転車操業
    西宮地域ブログ

    PROFILE&BBS&MAIL

    自己紹介です。
    BBS
    掲示板です。
    Mail
    メール送信フォームです。

    NEW ENTRIES

    SEARCH THIS SITE.

    ARCHIVES

    RECENT COMMENTS

    RECENT TRACKBACK

    BLOG PARTS


    RECOMMEND


    MOBILE

    qrcode

    SPONSORED LINKS


    OTHERS


  • フィードメーター - 凛太郎亭日乗


  • ついったー




  • 無料ブログ作成サービス JUGEM