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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    石巻・女川

  • 2016.01.14 Thursday
  • まだ松の内かな…昨年調べたけど確か関東は七草までが正月だが関西は小正月、つまり15日までが通常だから…一応、謹賀新年、凛太郎です(汗)。

    今年も年末年始の旅の話から始めようと思います。
    なんとなく細かくいろいろ歩きました。ダラダラ書くとひたすら長くなりそうなので、表題に絞って書きます。
    まず仙台に一泊。欠かせないイベントである光のページェントを見たのち、うまい魚と浦霞を堪能し、さらに牛タンと麦飯で腹いっぱいになって熟睡した僕は、夜明け前の仙石線に乗り込みました。
    三年前、僕は塩釜、松島へ出かけました(→記事)。そのとき仙石線は、松島より向こうはまだ線路が完全復旧していませんでした。
    石巻へは、小牛田経由でゆくことは出来ましたが、石巻から先は一部開通のみ。終着である女川までの線路は、昨年3月にようやく通じたのです。

    本塩釜、松島海岸駅と3年前に訪れた駅を過ぎる頃から、空が白んできました。
    車窓風景には、更地が広がっています。報道で何年か前に見た光景とあまり変わっていません。このあたりはみな5年前に、波にさらわれた地域です。朝7時頃、石巻到着。
    寒いな…。((+_+))
    まだ店など開いている時間ではなく、とりあえずコンビニのイートインで熱いコーヒーを喫します。
    石巻へは、2度目です。最初に来たのは、もう20年以上前です。結婚前だったから…もう正確なところは当時の何やかやを引っ張り出さないとわかんない。しかも、その時僕は用事があって来たので、観光も何もしていません。
    とりあえず、歩いてみるか。
    まずは駅からほど近い「鋳銭場跡」へ。
    ここは仙台藩の通貨鋳造跡なんですが、特に何が残っているわけでもなく地蔵を祀った祠があるだけです。
    藩政時代の銭座とはあまり関係ないのですが、祠の周りには江戸期の庚申塔残欠が多く集められています。さては明治の宗教政策の名残か。こういう「ちょっと歴史っぽい石巻」を調べたら実に面白そうなのですが、旅の者なので詳細はわかりません。
    さらに東へ向かって歩き、ハリストス教会を過ぎると旧北上川に近づいてきます。
    ここには「石巻総鎮守」の扁額が掛かる大島神社があります。
    なんとも神寂びた風情です。18世紀半ばの造営で、位置的におそらくは津波に襲われたはずですが、今も敢然と建っています。
    河畔には、義経伝説に彩られた旧跡「袖の渡し」と、石巻という地名の由来という説のある「巻石」があったはずなのですが…(参考HP→宮城県ナビ)、地震の地盤沈下で姿が見えません。小島も津波にやられてしまっていました。

    僕は、石巻随一の観光地であり景勝地であるところの、日和山公園へと向かいました。
    町の南に位置する丘陵地で、式内社である鹿島御児神社が鎮座し、鎌倉期以来の有力国人であった葛西氏が拠点として「石巻城」を築き、旧北上川が港として栄えた時代は名の如く天候を読む日和山だったところであり、当然ながら眺望が素晴らしい。芭蕉も来ています。
    そんな歴史的興味から、えっちらおっちらと僕は急な坂道を上ったわけです。
    僕の石巻についての知識は、司馬遼太郎氏の「街道をゆく 仙台・石巻」を読んだ程度で、薄っぺらいものです。そこで、伊達政宗にスカウトされて北上川の治水工事を遂げた土木家、川村孫兵衛のことを知ったわけですが、日和山公園には川村孫兵衛の銅像も建っています。
    もちろん、市域は一望でした。孫兵衛が尽力して水源確保そして水運を仙台藩にもたらした北上川の威容も眼下に広がっています。
    僕は、海側に視野を移しました。
    さすれば、海岸から山までの間に広がっていたはずの市街地が、全く消えています。息をのみました。
    道すらもありません。現在新しく造営中でした。建物と言えば、寺院がひとつと、付随する墓地だけ。
    この日和山には、多くの人々が避難し、津波に呑まれてゆく町を見つめていたとされています。あまりにも凄まじい爪痕でした。あとで町の人から聞いたのですが、もう日和山より南の平野部には、町を復興する予定はないそうです。「ここより下に家を建てるな」ということでしょうか。

    僕は山を降り、北上川の中州に建つ「石ノ森萬画館」へと向かいました。そろそろ開館の時間です。今世紀にはいってから石巻の町は、石ノ森章太郎さんで町おこしをしていますが、僕が前に行ったときにはまだそんな話は出ていない頃でしたね。
    川の中州に立地してますので、当然ながら津波被害に遭いました。ただこういう流線型の建物であったため(→wikipedia画像)、中州にあった他の建造物が壊滅した中、強烈な圧を受けつつも何とか生き残ったということのようです。
    展示は、非常に面白かったっす(書いてたらキリがないので割愛)。
    再び、町を歩きます。
    駅まで波は押し寄せたらしいので、中心部はほぼ被災地であるわけです。あれから5年、もちろん復興は進んでいますが、まだまだ更地も多い市街地です。歪んだガードレールや曲がったアーケード。祠だけ残されたお稲荷さん。
    僕は阪神大震災の後に西宮市に越してきたのですが、その頃のことを思い出しますね。5年では、まだまだ全て旧には復しません。
    萬画館から駅への道は「石巻マンガロード」と称され、サイボーグ009や仮面ライダー、キカイダー、ゴレンジャーらのヒーローたちがモニュメントとしてあちこちに立っていました(→案内)。彼らは、押し寄せる津波にさらされ、流れ来る瓦礫と戦いそして、今も敢然と立っている。こういうの、ちょっと思いが揺れますね。

    朝はパンとコーヒーだったのでそろそろ腹が減ってきました。
    せっかく石巻にいるのですから魚を食べようと思い、町のお寿司屋さんに入って、寿司を食べるのは怖いので(笑)、値段が分かっている海鮮丼を注文。しばし待ちます。
    出てきた丼には、マグロはもちろんのこと、ホタテや白身やイカなどがどっちゃり乗ってます。すごいな。石巻らしくクジラまで。うひゃあ。
    僕は、海鮮丼あるいは東京風のちらしというものは外では滅多に食べません。それは、僕にとっては刺身と飯のバランスが悪いから。いい店であればあるほど、刺身がたっぷり乗ってます。小さな丼の飯ならマグロの刺身ふたきれで食べられてしまうご飯食いの僕にとっては、困ってしまうわけです。
    この店の海鮮丼は、まさにそれ。さあどうしようか。解決する手段は、もう一つしかありません。
    「燗酒を一本お願いできますか」
    乗ってる刺身の半分くらいは酒とともにいただくことにします(笑)。
    さすが石巻。魚介は新鮮でうまい。ねっとりと脂がのった魚を噛みしめ嚥下し、さらに酒を含むと、なんといいますか豊かで幸せな気持ちになりますね。まあ昼からホント申し訳ないですが、結構なもんです。半分ほど刺身を食べて酒が尽きれば、めしに移行します。これだと魚と飯のバランスを考えずにワシワシと食べられる。うまいねぇ。やっぱり丼は頬張って勢いよく食べないと。ふぅ…ごちそうさま。
    夏に来れば金華サバも乗るよ、と聞かされて、ちょっとだけ後ろ髪ですな(笑)。

    さて、石巻をあとにして女川行の列車に乗り込みます。
    女川は、初めてです。
    2015年3月21日に、ついに石巻線が全線開通し、女川まで線路が繋がりました。
    震災がなければ女川には行かなかったか、と問われれば、肯定せざるを得ません。これは、物見遊山です。しかし行かないより行ったほうがいいだろう。そう考えて、訪れました。
    石巻からは約30分。車窓風景は、今は穏やかです。
    昼過ぎに終着、女川。真新しい立派な駅舎が出来ています。
    降りてみて…町はまだまだ更地です。一応駅前商店街だけが出来ているのですが、まだまだ殺風景な様相です。道すらまだ作りかけです。
    三陸特有のリアス式海岸。山が海に迫り、そのまま海へと落ちている地形。だから良港だったと言えるのですが、山に囲まれた狭隘な谷間の、そのわずかな平地部分にあった女川の町は、完全に津波に飲み込まれました。襲った波が逃げる場所がなかったのです。波は山にぶつかり斜面を駆け上がり、上がりきった波は再び戻って町を襲う。
    そして、震災屈指の被害を記録しました。

    湾を見下ろす高台に、町立病院が建っています。僕はそこまで上ってみました。結構な急坂です。
    この病院は海を見下ろす標高16mの丘陵にあるのですが、何とこの丘の上まで波はやってきました。一階部分には津波が襲ってきたのだと。
    報道でそのことは知っていましたが、実際その地に立つと、驚愕します。海水面はあんなに低い場所にあるのに…。
    病院の柱に、津波到達点が刻まれていました。一階床より1.95m。なんだこれは。信じがたい。つまりこの地点では、津波の高さは17mを超えたのです。
    慰霊モニュメントがありました。死者・行方不明者827人と刻まれています。
    人口は約1万人でしたが、この湾に面した町域にはどれだけの人が居たのでしょうか。様々な計算がありますが…死者率は最も高い地域であったとも言われています。この丘の上に逃げてさえ、波に呑まれた方が何人もいるのです。
    当時「想定外」という言葉が世を席巻しましたが、これは確かに想像を絶しています。

    僕は町をうろつき様々見たのち、駅舎に戻りました。
    駅舎の二階には、温泉施設があります(→女川温泉ゆぽっぽ)。震災前から駅前に温泉はあったのですが、もちろん被災し、リニューアルオープンということになります。当然、入ります。
    いいお湯ですね〜。(^▽^) 今日は結構歩いたのですが、足の疲れも消えてゆくようです。
    ゆっくりと入って、併設されてる休憩室でしばし憩います。もちろん、湯上りにはビール。
    ここから海が見えます。とても穏やかです。その穏やかさに、さまざまな思いがわきおこります。
    そうこうしているうち、小牛田行の列車が来たようです。駅が温泉なので、ギリギリまで憩っていられるのがいいですね。ポカポカのまま、車中の人に。

    そのあとも僕はあちこち寄って、31日には津軽の妻の実家で年越し。大酒のあと、僕の両親が住む実家にも行って、正月の休みが過ぎてゆきました。
    今年は、もう少しブログで遊びたいとは思っていますが…どうでしょうかね(汗)。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
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    | 2016/01/14 | 旅行 | 22:02 | comments(0) | trackbacks(0) |

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