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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    伊賀上野紀行 2

  • 2015.01.23 Friday
  • 前回の続きです。僕は上野を歩いています。

    〔金谷〕の向うに、菅原神社が見えます。上野天満宮。上野の総鎮守社です。
    ここに、松尾芭蕉は処女作「貝おほい」を奉納しました。29歳のときです。そして、江戸に出てゆくわけです。
    しかし神社というのは、基本的に開放されていていいですね。無料で(笑)。
    そして、町を散策します。
    上野の町は、商店街もありますがやっぱりシャッターが下りている店舗が多い。郊外にいくつか大型店舗が出来ますと、車社会ですからどうしてもそうなりますね。町は戦災にあっていませんから、道がそんなに広くないことも影響してしまうかもしれません。しかし、そのため古い町並みが結構残っているわけで、観光客には有難いのです。城下町らしい。連子格子の木造建築が並んでいます。
    上野と書くと、東京の上野と勘違いされるために「伊賀上野」という呼称が定着していますが、正確に調べたわけではありませんが江戸幕府が開かれたときに、現在の上野あたりに藤堂高虎の屋敷がおかれたのは事実で、そこから「上野」という名称となったとも考えられます。伊賀のほうが「元祖・上野」とも言えるのです。
    その上野の二之町、三之町あたりは、本当に風情があります。僕は武家屋敷や古い商家、寺院を眺めつつ散策を楽しみました。

    町の南まで歩きますと、「蓑虫庵」があります。
    芭蕉の門人である服部土芳の草庵です。芭蕉門人が結んだ庵が上野にはいくつかあり、芭蕉も上野に戻ったときには立ち寄っていたらしいのですが、現存しているのはこの蓑虫庵だけだということで、県指定史跡となっています。
    芭蕉翁生家と違ってこちらは文化財として指定されているようです。江戸期より現存していると考えていいでしょう。入場料は300円。
    ここまで、城址にあった芭蕉翁記念館(300円)に入っています。残りは900円と少し。うーむ…入ります。

    蓑虫庵とは、芭蕉が貞享5年(1688)にここを訪れたときに、
    「みの虫の音を聞きに来よ草の庵」
    の句を贈ったことからその名が付いたとされています。ここで詠んだ句ではなかったようですが。
    もうお昼に近い時間となっています。朝は寒風に悩まされましたが、徐々に天候もよくなり、青空が見えてきています。
    蓑虫庵は、そのいおりだけではなく庭も美しく保たれ、様々な記念物、句碑などがあります。しかし、他に観光客の姿はなく、梢が風に揺れるだけの静寂な空間が広がります。僕は少し座り込んでしまいました。朝から歩き詰めでしたので。
    こういうときには、やはり俳句を詠むべきなのでしょう。
    僕の父親は80歳を過ぎてからも句会に出たりして、俳号まで持っているようなのですが、僕は本当に不調法で、駄目です。僕の文章というのは実にクドクドしていて、短文は苦手。twitterもアカウントだけでほったらかしていますしね。説明好きで、17文字では意を尽くせません。
    それに俳句というのは、約束事が多すぎるんです。まず季語をいれなくてはいけない。つまり季節を詠まねばならないわけです。季語を入れなければ川柳になりますが、川柳だってそこに諧謔の精神が必要になります。妙味を加えなければ成立しない。ただ五・七・五だけではいけないのです。
    子規は「写生」を唱えました。情景を描写せよ。そうか。
    まず僕には、朝、駅に降り立って町へ向かう、あの寒風吹きすさぶ風景が浮かびます。枯野を流れる柘植川。周りの山々は白く、風花が舞い、しかも懐まで寒い。そんな情景を、17文字で表現できるか。

     木枯らしや 旅にしあれば しんどいな

    これでは小学生の文章です。どうすればいいのか。
    だいたい、季語ってのも難しいんです。今はどう考えても冬。しかしながら、まだ1月10日ですから松の内です。つまり新年であり初春。これは、太陰暦と太陽暦の齟齬からそうなってしまったのでしょうが、つまるところ今は冬なのか初春なのかどっちだ。もうよくわかりません。

     北風や山白き里歩きたり

    これだと冬です。「初山河」とかそういう言葉を入れれば良いのでしょうか。さっぱりわからん。もちろんそんな勉強もしてきてませんし歳時記も読んでません。いきなり蓑虫庵に座ってるから俳句を作ろう、なんて思ってもトレーニング不足なんですわ(言い訳)。

     金も無き我に吹きつけん木枯らしか

    これは少しマシでしょうか。ですがこれは芭蕉の「笠もなき我を時雨るゝかこは何と」のパクリであることは明白です(汗)。ダメだこりゃ。
    蓑虫庵を出て、再び古い町並みを歩きます。晴れてきました。

     城下町見上げる冬の空高し

    なんか気取ってるわりに心にしみる言葉を紡げません。修行が必要かなあ(才能が無いとは思いたくない)。
    腹も減ってきました。
    今日は早く起きて出てきたわりには、しっかり朝食はとってきています。これは僕が前夜、急に酒を飲むことになり「メシいらん」と言ったので、そのぶんのごはんをカミさんがおにぎりにしてくれていたからです。早朝僕はブログをアップしながらそれを食べ、昨日食べるはずだった粕汁もすすってきました。なのでここまで保てていたのですが、そろそろ腹の虫も動き出しています。しかしあまり金はないしなあ。
    その前に僕はちょっとトイレに行きたくなり、大きなショッピングセンターがありましたのでそこに入りました。
    さすれば、入り口でマクドナルドのコーヒー無料券を配っています。
    ショッピングセンター(イオンですが)の中にマクドが併設されているようです。マクドもいろいろあって苦しいみたいですからねぇ。僕はありがたくそれをいただきまして、トイレを借りたのちそのマクドへ向かいました。
    マクドナルドに入るのは…もう何年ぶりかよくわかりません。人がテイクアウトしてきたものを食べる機会は幾度かあったと思うのですが。じゃ、ちょっと腹ごしらえをします。
    「ホットコーヒー下さい。それから、チキンクリスプひとつ」
    僕はマクドのハンバーガーは苦手な方なので、違うものを。会計は100円です。コーヒーはタダですから(笑)。
    座って、コーヒーを喫して一息つきます。ふぅ。
    そして、チキンクリスプにかぶりつきます。
    うまいですね(笑)。初めて食べたのですが、空腹というだけではなく、このちょっとジャンキーな感じが気に入りました。これで100円マックとは恐れ入ります。安いウイスキーに合いそうだな。今度そうしよう。
    まあ、こういうことでもないと、いい年こいたおっさんが独りでなかなかマクドナルドとかには入れないわけです。周りは子供連れの家族や、若い人のグループ。やっぱり完全に浮いています。
    ですがこれも、一種の旅情ではないかと思うのです。〔金谷〕で伊賀牛を食べるのも旅情なのでしょうが、こういう旅情もあっていい。僕は、何だか若い頃を思い出していました。切り詰めて切り詰めていたあの頃の旅。日記には細かく使った金額を書きこんでいた時代。愉しかった日々。
    こういうときに一句、なのでしょうけれども、難しい。その情感が表現できないのです。
    短歌なら、なんとかなりそうに思うわけです。もう少し文字数があれば、この感傷的な気持ちをなんとかあらわせる。

     初春や不如意の旅に過ぎし日見ゆ チキンクリスプひとつ頬張り

    しかし俳句だとどうでしょうか。

     はつはるや チキンクリスプ美味しいね

    これでは5歳児の感想ではないですか。もう諦めます(汗)。

    僕はこのあと寺町を歩き、大超寺に津田三蔵の墓を探し、そして江戸時代の藩校跡である崇廣堂や伊賀越の仇討ちで有名な鍵屋の辻などを訪れました。もちろん崇廣堂などは外から眺めただけ(入れば有料)。
    そうこうしているうちに、冬なので徐々に日が傾いてきました。上野散策もこのあたりで切り上げようと思います。
    しかしまた、JRの駅まで歩きますよー♪ (楽しそうなフリ)

    帰りは、このまま関西本線で西へ行き、奈良経由で大阪に出るルートをとります。行き帰り同じではつまらないですからね。そうしてのんびりと普通列車を乗り継いで、大阪は梅田まで出てきました。
    まだ懐には500円と少し残っていたわけです。なので上野の町からJRの駅まで伊賀鉄道に乗ったりしても良かったのですが、すっからかんになってしまうと何だか不安なので、使わずにきました。この用心深いあたりが年齢なのでしょうか。昔はもっと綱渡りの旅もしていたものですが、ああいうことはもうなかなか出来なくなったなあ。
    でも、ここまで来ればもう安心です。最寄り駅まであと4駅。さあ残った小銭で一杯やって帰るか。
    大阪には、驚くことにドリンクひとつとおでん2品、さらに〆鯖と小鉢が付いて500円なんていう立呑み屋があります。僕は暖簾をくぐりました。いつも混んでいますが、一人なのでカウンターに何とかもぐりこみます。椅子がない店ってのは詰めてもらえば入れるのですよ。
    僕は燗酒を一本、そしておでんはごぼう天と玉子をチョイス。全くもって安いですよねぇ。
    では一杯。

    うまい…。(´▽`)

    さすがに昼はチキンクリスプひとつというおやつのような量だったので、腹も空いています。こういうときに燗酒は沁みますなあ。そしておでんをハグハグ。
    ケータイに付いてる万歩計を見ますと、驚くことにこの時点で40000歩を超えています。水沢の旅より歩いてるよ。ということで、足はかなり疲れています。かかとやふくらはぎなどあちこちが痛い。それでも立呑みに入るとは、我ながら…ただ座る店に財力が追いつかなかっただけですけど。
    呑みながらケータイのメモ帳を開きますと、駄作の俳句がいくつも(汗)。もう少し推敲するかなあ。しかしそれも今は面倒で。
    本当はもう一本呑みたいのですが、あと30円くらいしかありませんので、ここまでとします。ちょうどいいよこれくらいが。帰ろう。

     侘しさを楽しみて熱燗一本
     冬ざれや足ほころびて伊賀の旅
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    | 2015/01/23 | 旅行 | 06:17 | comments(4) | trackbacks(0) |

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    | 2016/12/30 | - | 06:17 | - | - |

    コメント
    凜太郎さん

    やっぱり、財布を忘れて良かったと思ってしまう
    マクドナルドは私も、利用するときはいつもチキンクリスプだけど(そして、○○セットだとか なんだかをたくさん買って、何千円も支払う家族に挟まれながら、2つ買って200円支払います)、凜太郎さんは、こんな経験、財布を忘れなかったら絶対できないでしょう(^^)
    しかも、詠んだ句の数々、これにも、やっぱり財布を忘れたことが少しは反映されている気がするのは、私のひとりよがりかなあ…(^_^;)
    少なくとも、最後の2句は、そうですよね

    それにしても、伊賀に「上野」があったとは…
    茶戌が滋賀にいた頃は、たとえば ちんに会って京都から1号線で野洲に向かう途中、8号線との分かれ目で、三重方面への案内標識があって、なんとなく、滋賀と三重って結びついてなかった私も、少しずつ、意識するようになっていたのです
    名古屋でライブをさせて戴いた後、名古屋から野洲まで下道で行った時も、三重を通ったし…

    芭蕉の足跡とは いろんな所で出会うので、そんなに珍しくも思わなくなっている私ですが、実際に行ってみると、やっぱり風情を感じるんでしょうね
    伊賀なら、福井から なんとか日帰りできそうな場所、いずれ気が向いたら フラッと行こうかな、と
    いつもながら 凜太郎さんの旅行記を読むと、夢を見る私でした(^^)
    いつも「夢」をありがとう(^^)
    • よぴち
    • 2015/01/26 1:43 AM
    >よぴちさん
    財布を忘れたのが良かったかどうかはともかく(笑)、懐具合に応じて旅をすればいいわけですよね。こういう日帰りのお出かけを旅行と言うのかどうかはわかりませんが、いちおう交通費込み2200円、この金額での旅行としてはまあまあ楽しかったと僕は思いました。
    財布持ってたらマクドには確かに入らなかったかもしれませんね。何もここまで来て全国チェーン店に入ることはない、とは思うでしょう。それに、チキンクリスプはうまいのですが、量が足らんな。だからみんなポテトとか付けるのですね。僕はポテトはいらんから、今度はチキンクリスプを一人で3つ食べようとか思ってみたり(何を言っとるんだ)。
    俳句は難しくて。短歌や都々逸のほうが字数が確保できて楽だと思ってしまいます。これはつまり、僕に説明しようとする癖があるから駄目なんだということは分かっているのですが…ただ俳句はもう少しやってみようかな。

    芭蕉の句碑は福井にもたくさん建っていますし、確かに珍しくはありませんね。
    僕は、芭蕉ファンという意識は希薄です。こうして俳句を作ってみようとか思えば芭蕉の凄さに気が付きはしますが、足跡を追って旅をしようとまでは思いません。ただ行く先々に芭蕉が居るんです。よく歩いた人なのですね。
    その芭蕉が「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」と詠んだのは51歳のとき。当時は数えですから満年齢ですと50歳ではなかったでしょうか。
    いろんなことを思いますね。芭蕉翁と言われた人に、もう追いつきますよ。
    • 凛太郎
    • 2015/01/27 5:56 AM
    凜太郎さん

    そっか、「旅に病んで…」は、満50歳か…。
    実は、今回(と言っても もうすぐ1年になろうとしていますが)の入院の1週間くらい前すでに、京都のちんのところで どうにもおかしな痛みが治まらず、心筋梗塞も視野に入れて、京大病院へ駆け込んだのです。
    いろんな検査をして、当然異常値もありましたが、なにせ、これまでの詳細なデータがないので、それが持病によるものなのか、新たな何かによるものかの判断が付かず…。
    結局、なんとか翌日、福井に帰りましたが、その時、慣れない京大病院のベッドの上で、はたまた、とりあえず その夜、身を寄せた、野洲の茶戌のマンションで、「旅に病んで夢は枯野を駆け巡る」が、頭の中をヘヴィロテしてたんですよね…。

    こころは28・9歳で止まってるんですよ、ヘタすると、あの頃の方が世間でいう「大人」を実践出来ていたかもしれないほどに。
    けど、身体の方は、着実に錆びて来ているんですね…。
    「滅びて行く石の上で」…さて、やっぱり歩けるしかないんだなあ(^^)
    • よぴち
    • 2015/01/28 12:25 AM
    >よぴちさん
    芭蕉が50歳で亡くなったとか歴史上の人物がどんどん年下になってきているということまでは、あまり深く考えなくてもいい事柄なのかもしれませんし、比較するのも無意味だとは思いますが(ことにアタシのような凡人は^^;)、考えてしまうのはしょうがないことです。ことに、具体的なことがあれば。よぴちさんは、2014年は激動でしたからね。
    Maybeを読んでますと、その心象風景というものが僕にもわかりますので…。

    僕には、発症以前とか以後とか、或いは親になったとかの境目がないので、はっきりとは申せませんが、どうもまだこころは10歳代で止まってるようなそんな気さえしています(笑)。阿呆やな。ズルズルと引きずって生きてます。しかし身体は錆びてきてます。昨今如実に現れているのは頭髪で(汗)、投薬をしているわけでもないのにどうしてこんなに抜ける? と悲しくなります。風呂に入ったあとは波平さんになったような気が(笑)。
    亡びてしまつたのは 僕の心であつたらうか 僕の髪であったらうか…
    波平さんは54歳でしたねぇ。さて、それでも歩いていくしかないんだなぁ。^^;
    • 凛太郎
    • 2015/01/31 1:57 PM
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