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    インスピレイションの風景

  • 2013.07.20 Saturday
  • 前回の続き。鬼平犯科帳のエンディングの話なんですけれども。
    ジプシーキングスの音楽にのって、四季の日本の風景が登場します。→(youtube)
    桜が咲き、屋形船で花見。梅雨が来て紫陽花が雨に打たれ、そして夏。風鈴売りが歩き、ところてんをすする。花火を見上げるともう秋。紅葉を愛でるうちに、雪が降り出す。屋台の二八蕎麦をたぐる町のひとたち。
    美しいですね。これ、ほとんどが京都だと前回書きました。
    京都をよく知る人なら、だいたい分かると思います。桜にあの五重塔は、仁和寺。そして近江八幡(滋賀県)の堀。屋形船は大沢池でしょう。ところてんの茶店は今宮神社。紅葉は東福寺。
    ただひとつ、紫陽花が驟雨にけむるあの橋はどこかわからん。検索してみたら、こちらのブログに、園部川に架かる魔気橋だと。ああ園部か。これは、わからなかった。

    大覚寺、大沢池なんてのは、太秦の撮影所が近いこともあって、たいていの時代劇には登場します。だいたい水辺なら大沢池か広沢池と思っていいかも。仁和寺も、撮影所に比較的近いですね。
    仁和寺は世界遺産にもなっている名刹ですが、ここの桜は京都で一番遅咲きの桜「御室桜」なんです。そしてなぜか、木の背丈が低く、男の身長よりちょっと高いくらいでしょうか。不思議な桜なんです。
    「わたしゃお多福 御室の桜 鼻(花)は低くても 人が好く」
    最盛期は、4月半ばくらい。
    前にも書いたことがあると思うのですが、大学に入学したとき。動き出して新入生達が仲良くなるころには、たいてい桜は終わっています。
    「花見がしたかったな。もう散っちゃったけど(地方から来たヤツ)」
    「いや、まだ咲いてるとこあるで(僕)」
    「ホントかよ、じゃ花見しよーぜ」
    で、桜を観に仁和寺へくりだしました。大学から歩いて行ける距離です。
    そこで「え、拝観料がいるのかよ」「何だよ騒げねーのかよ」と花見は酒を呑むものだと決めてかかっているヤツら(そのときは主として東日本や九州の連中)と意見が食い違ったのを思い出します。桜を愛でるだけではダメなんかいな(笑)。もっとも、僕はまだ未成年でした。(同級生には成人しているのも居ましたが)
    御室の桜も、何年もみていません。

    これら風景の多くは、つまり僕の青春期の行動範囲内です。
    確かに、近江八幡の堀は「数度行ったことがある」程度ですし(滋賀県やもんな)、園部の橋は知りませんでした。東福寺にいたっては、このときに初めて行ったわけです(でもこの東福寺通天橋の紅葉は有名すぎますが)。
    しかしながら、北区右京区上京区あたりは、ある程度詳しいと思います。
    中でも、今宮神社はね。もう歩き始めた子供の頃から知ってます。

    インスピレイションの風景の中では、今宮神社は風鈴売りの兄ちゃんが歩き、トコロテンを茶店でがっつくおっさんが出てくる夏の場面です。あれは、東側の参道。
    ここは、まあ近所ですね。生まれた場所にほど近い。なじみといえばこれ以上馴染みの場所はないわけで。
    茶店に擬せられている店は、セットではなく実在してます。ところてんは売ってませんが、あぶり餅屋です。
    ところてんを食べてる客が居る手前側の店が「一和」、向かい側が「かざりや」です。
    あぶり餅というのは、ごく小さくまるめた餅を竹串に刺し、炭であぶって甘い味噌だれで食べるというものです。詳細は食べログなどで見ていただければいいんですが。一文字屋和助 かざりや
    このふたつの店舗が元祖&本家として客を呼び込みあっているわけですが、驚くべきことはその老舗度合いです。一和のほうが古いのですが、その創業が長保2年です。西暦で言えばちょうど1000年、平安時代中期ということに。藤原道長が権勢を振るいだした頃です。歴史ある店の多い京都においても、この古さは抜きん出ています。この店を超える歴史を持つ飲食店は、存在するのでしょうか。かざりやは江戸時代創業で、それでも400年の歴史を持ちます。
    ここまでは公式に知られていることですが、僕らはもっとすさまじい噂を繰り返し聞いています。
    あぶり餅は、店頭で炭を熾してあぶっています。僕がよく知る頃は、両方の店ともおばあちゃんが炭の前に座り、熟練の手さばきで餅をあぶったはりました。
    以下のような話を、皆が口々に言います。
    「あのばあちゃんな、創業以来ずっと餅焼いてるらしいで」
    「なんやて?!」
    平安時代に開店以来、一和ではひとりの女性がずっともちをあぶり続けている。おどろくべき話です。さすれば、僕がこの界隈によく出没していた昭和50年代には、あのばあちゃんは推定1000歳だったということに。かざりやも同様で、こちらのばあちゃんは当時400歳くらいだったと。
    この噂は、おそらく事実だったのでしょう。京都の奥深さを知っていただければと思います。
    あぶり餅屋にも、ずいぶんとご無沙汰しています。今、ネット等で店先の画像などをチラチラと検索しますと、あのばあちゃんらの姿が見えないように思います。どうしたのかな。それが少し、気がかりなのですが。

    今宮神社は、もう限りなく懐かしい場所で。
    僕は子供の頃からずっとこの界隈で暮らし、中学、高校は神社の隣でした。僕らにとってこの神社は、ただ参拝に訪れる場所ではなく、仮装大会のリハをしたり、合唱コンクールの練習をしたり、好きな人と待ち合わせたりする場所でした。いつも、たむろしていました。
    高校に入って「授業をサボる」ことを覚えたのですが、サボってゆく先は喫茶店ではなく、あぶり餅屋でした。北大路通の喫茶店に行くより近いからです。
    客にはあぶり餅ひと皿に、土瓶でお茶が添えられます。つまりお茶はおかわり自由なんですが、我々には土瓶ではなくやかんでした。多人数がダベリングで長い時間粘るため、お茶を大量に飲むからです。平日の昼下がりなどは、さほど混んでもいなくて、何時間いても文句を言われたことはありません。奥の座敷がいつもの場所でしたが、畳敷きのためうっかり寝てしまったことも。居心地がいいんです。
    大人たちは「一和」がいい、いや「かざりや」だ、といろいろ意見を持っていたようですが、僕らはどっちでもよかった。味も、厳密に言えば甘さなどが多少異なったのでしょうが、ほとんど一緒と言ってもよかったような。入る基準は「人のいないほう」ですね。それだけ。

    そしてこの参道は、インスピレイションの風景にもなっているくらいで、時代劇のロケがよくおこなわれていました。
    たいていは、そんなに長いシーンを撮っていないんです。ワンカットとか、ごく短い時間だと思います。女スリが通りすがりにさっと仕事をして、それを誰かが目撃する、とか。しかし、それに長大な時間をかけています。あんな推定1〜2分のシーンに設営から撤収まで入れると何時間もかけている。いやはや手間がかかるものだなぁと。撮影というのは、根気ですね。
    ここで、いろいろな役者さんを見ました。
    高橋英樹さんには、何度も遭遇しました。カッコいい。そして気さくでね。我々のような野次馬にも笑顔で接し、合間に握手も。そしてそんなことをしていても、すっと役に入っていく。さすがでした。
    そりゃ、そんな人ばかりじゃありませんよ。例えばO川H蔵なんてのは、まあお高くとまってました。今にして思えば当然なのかなとは思いますが。でも、やっぱり銭形平次は観たくなくなってしまいますな(笑)。

    ロケというのは、天候にも左右されやすく。例えば突然の雨に、撮影がストップしてしまうこともあります。その待ち時間、山門の下に椅子を置いて、一点を見つめ微動だにせずずっと待っていた長門勇さんの姿が実に印象に残っています。まことに、役者らしかった。
    しかし雨が強くなると、ロケバスに戻ったりします。ある日通りかかった僕らは、停まっているバスの中に田中邦衛さんが居るのを見つけました。
    サイン欲しいな。でもバスの中やで。差し入れとかやったら会うてくれるんやないか。
    で、みんなであぶり餅を買って「差し入れでーすいかがですか」と訪ねてみました。
    邦衛さんもヒマだったのかもしれません。「おぅ、君たちぃ中に入りなさいよぉ」と(邦衛口調で)。
    気さくにあぶり餅を「うまぃなぁぉ…」と食べ、サイン下さいと言えば「いいよぉ」と。僕はそのときルーズリーフのノートしか持っていなかったのですが、それでも書いてくれました。
    「名前は…何て言うんだょぉ」「や、山田です(ちょっと緊張)」「違うよぉ、下の名前だよぉ」「あ、凛太郎です」そうして「凛太郎君へ 田中邦衛」と粗末なノートの切れ端にサインしてくれました。いい人ですよねー。そのサインは、今も大事に持っています。

    ある昼休みの時間。同級生が息せき切って教室へ。
    「夏目雅子が来とるで!」
    クラスのみんな一斉に、
    「なんやと!」
    そのままざーっと今宮神社に走ってゆきました。
    暑い日だったと思いますが、参道に夏目雅子さんが着物を着て立っていました。汗もかかずに。
    きれいでした。本当にきれいでした。
    僕らは、ずっとそのきらめく撮影をみていました。とっくに午後の授業は始まっている時間でしたが、そんなことは忘れていました。

    インスピレイションの風景から思いつくままにいろいろ書いてみました。懐かしいことばかりを。
    昔みていた風景が郷愁をよぶのは、あたりまえのことだと思っています。古いアルバムを見るのと同じ。ただ、そんな風景は、なかなか写真のように保存はされません。町は更新してゆきます。ふるさとへ帰ってみたら、子供の頃にみていた景色と違う。誰もが経験することだと思います。
    そんな中で、このように凝縮してでも、変わらない風景があるというのは、ありがたいことです。これは京都という街の特殊性かもしれませんけれども、おそらくよっぽどのことが起こらない限りは、まもられてゆく風景がある。
    あぶり餅も、そういえば何年も食べていません。変わらぬ味であることは間違いないと思うので、いそぐ必要はありませんけど、そのうちに行きたいなと思っています。

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    | 2013/07/20 | 雑感 | 12:50 | comments(0) | trackbacks(0) |

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