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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    中華鍋、逝く

  • 2012.05.30 Wednesday
  • 僕の大事な中華鍋がついに壊れました。。・゚゚・o(iДi)o・゚゚・。ウワァァン

    えっと、中華鍋にもいろいろありますが、これは北京鍋です。柄がついてるやつ。たいていプロは上海鍋(両端に把手がついてるやつ)を使用しますが、僕は素人なので扱いやすい柄付きのやつです。その柄が、折れました。
    いや、前からもうダメだ、風前の灯だとは思っていたんですが、ついにポキッとな、と。
    長く使ってきたからなあ。(T_T)

    これ、僕の婿入り道具なんです。つーか、最初これを持ったのは高校一年でしたから、もう30年以上になります。
    最初は…何だったかは今となってはよくわからないのですが、親父がどこかから入手してきたものです。聞いても、買ったのか貰ったのかは憶えていないようで。とにかく我が家に中華鍋がやってきたわけです。
    ところが、おかんはこれが使えない。曰く「重すぎる」。
    やたら本格的なやつでしたので、とにかく重量があるんです。レンジの上に乗せるのにもよっこらしょ。さらに底が丸いので安定しません。そのうえ、おかんは中華料理なんてほぼ作りません。出汁をひくのには自信があっても、そういう料理はしない。炒め物にはフライパンがあれば十分。というわけで、オクラ入りとなっていました。
    それを見て、僕はもう惜しくてしょうがないわけでして。で、ワシに使わせろ、と。中華式のおたまをガンガンいわせながらシーチャカ炒め物をするのに憧れがありましてね。以後、僕の所有物となったのです。所有物ったって、台所に置いてあるわけで隠し持ったわけでもありませんがね(当然だ)。

    で、徐々に実家でも、中華料理を作るのは僕、なんてことになったりして。おかんも「助かるわぁ」なんておだてて、僕も調子に乗って鍋を振っていたわけです。アホな青春時代。
    その後高校、大学と過ぎ、僕は家を出ることになりました。独立にあたって、両親は親心からなべやかん一式揃えてくれたんですが、そういうものはほぼ使いませんでしたね。和洋中エスニック、ほぼ全てこの中華鍋で作ってきました。ええ、ラーメンだってカレーだって中華鍋で作ってきましたよ。フル稼働です。なんせこれで作るとスピード調理。早いんですよ。
    結婚してから台所はカミさんの支配下に入りましたが、それでも「ワシにやらせろ」なんてこともしばしありましてね。独身時代は必要にかられてやっていたと思っていたのですが、実は結構料理好きだったということにそのとき気がつきました。
    カミさんもおだててダンナを操縦します。「あんたの中華風肉じゃが食べたい」とかなんとか言ってね。よーし待っとれ、と僕はニンニクショウガを刻み、鍋をカンカンに熱くして油を入れ、ひき肉とともにジャーッと炒め、豆板醤を入れて油が透明度を増したらネギとジャガイモ、茹でたしらたきを投入してガンガンあおり、鶏がらスープとオイスターソースを加え蓋をしてしばし。水気がなくなりイモがやわらかくなってきたら再びあおって、味を調えごま油をまわしかけて完成。ふふふこのピリ辛肉じゃがは美味いよ♪ そうして結構この中華鍋は所帯を持ってからも活躍していたのです。
    数年前から、柄にヒビが入ってきているなということは気が付いていたのですが、修理のしようがない。また、鍋底も徐々に薄くなってきたような。酷使しましたからね。底が抜けるか柄が折れるかどっちが先か、と思っていたらついに折れました。

    ときを同じくして、邱永漢氏が亡くなりました。享年88歳。
    邱永漢氏といえば「金儲けの神様」と呼ばれた直木賞作家ですが、僕はこの方の小説も株式投資の本も読んだことがありません。持っているのは、料理随筆だけです。
    高校に入った頃だったと思いますが、僕は丸谷才一氏の「食通知つたかぶり」という文庫本を読んでいまして。これはいわゆる食べ歩きの本なのですが、さすがに日本語の達人である丸谷氏が書くと、そのうまそうな描写はまさに舌なめずりものです。で、その中の一節。
    別館牡丹園の料理があまり気にいつたので、その夜わたしは宿に帰つてから、また広東料理のことを考へた。今度は文明論的といふよりむしろ文学的なことで、といふのは、いつか邱永漢氏の「食は広州に在り」で読んだ、宋の大詩人、蘇東坡のことを思ひ浮べたのである。(この邱氏の本は名著である。戦後の日本の食べもののことを書いた本を三冊選ぶとすれば、これと壇一雄氏の「壇流クッキング」と吉田健一氏の新著「私の食物誌」といふことにならう。)
    「壇流クッキング」はもう既に読んでいたのですが、あとのは知らない。で、早速読んでみたのです。
    この「食は広州に在り」という本は、実に奥深い内容でしてね。はっきり言って高校生には難しいかも(笑)。しかし、この随筆の中に登場する料理たるや、垂涎ものであったわけです。食べてみてーな。しかしそんなことおかんに言っても一蹴されてしまいます(そらそやろ)。なので、自分で作るしかないのです。
    けれどもね、そんなシロートに作れる料理など載っていないわけです。当代一流の美食家ですから。しかし、ここに出てくる「豆油肉(タウユウバア)」ならなんとか作れそうだ。
    子供のころから私の家では毎日の新鮮な料理のほかに、豆油肉(広東人は豉油猪肉と呼んでいる)を一年中つくっておいて、その合間合間に食べていた。これは家族の多い少ないによって違うが、私は豚の後腿の繊維の長い所を百五十匁くらい買ってくる。(中略)この肉を三切れか四切れの塊に切って、丸のまま鍋に入れる。別に葱の白い所を三、四本、四、五寸の長さにきった物をぶちこむ。これに醤油と水を半々の割合で加え、とろ火で何時間でも気長に煮るのである。葱と肉の味が互いに補い合い、便利なことは食べ残したものを何度も煮なおしているうちにしだいに味が濃くうまくなっていくことである。
    どうです、うまそうでしょう。これなら出来そうだ。実は壇流クッキングにも、邱永漢氏が壇一雄氏の仕事部屋に陣中見舞いに来てこれを作る様子が描写されていて、
     邱君は、そのネギの根っ子だけを取りのぞき、ザブザブと水洗いをして、長いまま全部、鍋の中に入れた。切りも何もしない。その上に少しばかり水を入れ、今度は豚バラの塊を、丸のまま、ほうり込んだ。そこへ大量の醤油を入れて、ガスに点火した。もしかしたら、カンざましの酒を少し加えたかもわからない。それで終わりであった。(中略)やがて、ゆで卵の皮をむいて三つ四つほうり込み、シイタケをほうり込み、
    「味がしみたら、それで出来上がりですよ」
     やがて、邱君のやる通り、そのとろけたネギをメシにかけて食べてみたら、なるほどうまい。肉の方は簡便東坡肉(トンポーロ)といったところである。
    ね、誰でもできそうに思えるでしょう。で、やってみたのです。これが、小学校の家庭科を除いて、僕が初めて作った料理でした。
    結果は…大失敗です。今にして思えばそれも納得ですが、そんなに大量の醤油で豚肉を煮たら、塩からくて食べられたものではないのです。分量には、誇張があったのでしょう。美味しく食べようと思えば醤油を加減し、甘みも多少は入れないと。
    家族も誰も、この醤油漬けの豚肉を食べてくれようとはしません。僕は泣きそうになりました。
    その豚肉をどうするか。その苦肉の策が、これを具財にして炒飯を作ることでした。この醤油肉を細かく切って冷凍し、くる日もくる日も僕は炒飯を作りました。そして、そこから僕の中華鍋人生が始まったのです。 
    この炒飯は、熟練の域に達したと自分でも思っています。実家に帰るときもおかんが電話で「おまえの炒飯が食べたい」などと言うので、僕は車に中華鍋を積み、文字通り手鍋を提げて帰省したことも。

    僕の料理好きのひとつのきっかけとなった邱永漢氏の訃報を聞き、さほど間をおかずしてこの愛用の鍋がポキリといったことは、何かしら符合と申しますか、運命も感じましたね。
    使い込んで油がなじみ、別にテフロン加工じゃないのに食材が鍋にくっつかないほどに鍛え上げてきた鍋とも、ついにお別れです。いろんなことを思い出していると、妙に感傷的になってきたりして。ただの道具といえばそれまでなのですが、やはりさびしい。新しい鍋をまた物色しようとは思いますが、また手になじんでくれるでしょうか。思い出もつくってくれるでしょうか。
    邱永漢氏のご冥福をお祈り申し上げます。お世話になりました。ついでに、ワシの鍋の冥福も祈りたい。並べて書くと不謹慎だと怒られそうですが、まあ許してください。

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    | 2012/05/30 | 飲食 | 05:51 | comments(4) | trackbacks(0) |

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    | 2016/12/30 | - | 05:51 | - | - |

    コメント
    凜太郎さん

    明日からの5日間 ここ1番の仕事の山場を控え
    自分のブログを更新することもせず、ここに来てしまいました。

    中華鍋…、私も数年前に長く使っていた中華鍋の、やっぱり「柄」が折れました。
    おりしも、肝硬変化していることも発覚、鉄分を控えめにした方がいいな、ということや、肝機能が低下しているために手の引き攣りもハンパないため、軽い、イマドキの「○○加工」なんていうフライパンに変えました。
    長く使っていた道具には どうしても愛着があって、次のやつに慣れるとかいう以前に、「死んじゃった、別れたくない」感がありますよね…。

    邱永漢氏、経済にほとんど関心のない私は、唯一持っている氏の著書が「死に方・辞め方・別れ方」でした。なんとも複雑な気分…。

    またまた前回に引き続き、コメントになってませんね。
    ここを、こんな「一息つく場所」にしてしまって、すみません。
    >よぴちさん
    お疲れ様です。m(_ _)m
    よぴちさんの場合は致し方ないわけですけれども、「○○加工」というのは、やっぱり箱入り娘であって、煙出るまで熱して鉄製おたまでガンガン叩いてタワシでゴシゴシこするとどうしても痛む。乱暴に扱うと泣くのです。そこが、ちょっと残念なんですね。
    我が家にも「取っ手の取れるティ○ァール」とかいろいろあるんですが、カミさんが触らせてくれません。僕が使うとフッ素樹脂が剥がれるそうです。面倒くせー。
    で、我慢出来なくて新しいの買いました(笑)。その話もちょっと、書くかな。
    以前読んでいたのですが、コメント入れてないなぁと思いながら読み返して、やはりコメント入れておこう、とw
    使い込んだ道具ほど手になじむものはないですね。
    中華鍋、すごく残念です。
    オイラもピリ辛肉じゃが食べてみたかったし。
    前にね、もうけっこう前の話ですけど。
    オイラ毎週ナイトスクープ見てるんですが、前に同じように使い込んだフライパン(たぶん卵焼き用のやつだった気がします)が壊れたので修理してほしい、いや同じものを作って欲しいっていう依頼だったかな?そういうのがありました。
    この記事を読んでそのことを思い出しました。
    たしかね、復元できたんですよ!
    ナイトスクープなら直してくれたと思います、凛太郎さんの中華鍋。
    >にがさん
    ありがとうございます〜。
    ピリ辛肉じゃがはオリジナルなんですが、うまいっすよ(笑)。
    鍋の修復か。しかしねー、僕はプロでも何でもなく、お父さんの日曜料理(こんな言葉あったっけ^^;)程度の話なので、ナイトスクープに出してもボツになりますわ(汗)。新しいの買え、と言われて終り(笑)。
    まあ、買ったんですけどね↓
    http://p-lintaro2002.jugem.jp/?eid=703
    おかげさんで新しいのも何とか調子よくやってくれています。今は暑いので火の前に立ちたくないから料理はあんまりやらないんですけど(笑)。
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