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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    キラキラネーム 5

  • 2012.02.26 Sunday
  • ここまで、難読命名について書いてきました。
    キラキラネーム1

    これについては、揶揄もおもねった賛同もしない、というスタンスで書いたつもりでしたが、ただ「読めない・読まれないのは困るはずだ」という考えは一貫して持っていました。名前は記号である、と極端なことは言わずとも、名前というものは自分以外の人に識別してもらうための役割が重要なことはいうまでもないこと、との認識を持っていました。
    簡単に言えば、名前は読まれてナンボである、ということです。呼ばれるために存在しているのだから。
    だから、僕も現在いわれるところの「キラキラネーム」を読みこなせる能力の必要性を感じますし、慣れていこうとは思います。社会生活の中で、相手の名前を間違えずに呼ぶ、ということは重要なことだからです。
    それと同時に、今後親になる若い人には、できるだけ簡単に読める命名を望んでいます。
    親の立場からしても、読めない名前では不便だし子供が困るということはわかっているでしょう。一度で読んでもらえない名前、聞き返される名前、電話で説明できない名前では、益はないという理解はあるはずです。だから「読みやすい名前を」と僕らが望んでも、的外れの要望ではないはず。そう僕は疑いませんでした。
    それでも難読命名が行われ続けている理由を、僕はこんなふうに考えていました。
    ・難読かもしれないと思いつつ、それでも自分が拘る名をどうしても付けたい
    ・まわりも同様なので、トレンドだと信じて疑わない
    ・本当はもう少し読みやすい字を用いたかったが、字画占いで致し方なかった
    ・自分が付けた名前が、まさか難読であるとは思っていない。
    つまり、難読にしたくて難読にしているわけではないのだろう。そう思っていました。そこへ漢字に対する意識の変化、頭文字切り読みなどの新訓、使用音韻の欧米化などが加わり、結果として読みにくくなってしまった。
    ですが、あくまで結果としてそうなっているだけで。親はまさか「読まれないほうが良い」などとは微塵も思っていないはず。子供の幸せを願わぬ親はいない。
    このことには確信を持っていました。

    以下、このシリーズの前半記事についたコメントです。
    うちの娘もキラキラじゃないですが、まず読んでもらえません
    ある種それも狙いなので一発で読まれたら悔しいですが
    これには、本気で驚いたわけです。一発で読まれたら悔しい?一発で読まれなければ悔しいの間違いではなくて?読まれないのが狙い?!
    僕の大前提が崩れました。そして、頭を抱えてしまったわけです。
    この方は、長いお付き合いでわかっていますが、決していいかげんな人ではありません。思慮深く真面目で娘さん思いの、ちゃんとしたお父さんです。
    子供のことを思っているにもかかわらず、読みにくい名前を付ける、という心理が存在する。
    驚愕でした。

    その心理について考えていきたいと思うのですが、その前に、もしかしたら僕の前提は間違っていたのかもしれない、と思える点が他にもありました。
    それは「読まれないのは困るはず」という部分においてですが、そんなに人は名前(いわゆるファーストネーム)を呼ばれる機会が多いのだろうか、ということです。それは、考え直さねばならないのかもしれません。
    自分のことで考えてみます。
    仮に僕の名を「西宮凛太郎」として、「凛太郎」「凛太郎ちゃん」と名前で恒常的に呼ぶのは、親兄弟、親戚、妻、義父母など。まとめれば「身内」ですね。それ以外には、存在しないのです。身内は名を読み間違えるなんてことはありません。
    それ以外は、すべて姓でした。幼稚園のときですら「西宮クン」と呼ばれていたと思います。小中高においても、教師が最初に名前の確認をしますが、その時だけで以降は姓のみです。同級生らも「西宮ぁ」「西ちゃん」「ニッシー」などニックネームも含み全て姓です。凛太郎、などと名で呼ばれたことなどありません。
    これは、地域差など事情によってかわるだろうとは思います。僕の妻は、幼少期通じてずっと名前だったようです。学年10人程度の小規模校だったこと、同じ姓が多かったことなど(言葉悪いですが田舎だったこと)が要因としてあります。僕は住宅地の一学年何百人のマンモス校でした。
    また人間関係の親疎もあるかもしれません。女の子同士は名前で呼び合う例も多かったかも。しかし少なくとも僕は、学校生活において名前を呼ばれることはほとんどなかったのです。姓由来の渾名ばかりでした。
    親疎、というのは、重要なことだと思います。後にまたふれたいと思います。
    他では、例えば役所や病院で呼び出される場合。しかしこれも、書類にはふりがなを打つのが一般的ですし、今は個人情報ということもあって氏名呼び出しを避け番号などで対応する場合も多くなってきました。
    電話で(口頭で)説明できない名前は大変、とはよく聞く話です。僕の本名は姓のほうが難しく、説明では苦労しました。ただ、最近はそういう説明の機会が減ったように思うのです。対面では名刺を出せばすむことですし、また電話で説明する機会も減りました。連絡手段としてメールの占有率が高まったせいではないか、と思っています。さまざまなものの予約なども、メール使用が増えました。
    社会では、姓が一般的です。僕なら「西宮さん」でしょう。初対面で名刺交換していきなり「凛太郎さん」と呼びかける人は、変人です。
    あるいは、役職。また組織にいるひとは外では組織名(○○会社さん)など。
    名前というものは、考えるほど用いられていないのです。名前が読めない、なんてことは、実社会においてはさほど重要なことではないのかもしれません。著名人でなければ。
    だから「読まれない名前のほうがよい」ということにはなりませんが、昔より難読名のリスクは減ったような気もしています。難読で困るのは、本当は姓のほうです。名は、社会では呼ばれなければ呼ばれないで済んでしまいます。
    今の親御さんたちは、そういった「リスクの軽減傾向」も踏まえて、読みにくい名を付けているのでしょうか。そうであれば、これは僕などよりも一枚上です。

    では、なぜ読まれにくい命名をするのか、ですが。
    前述したように、拘りの名を付けたい、流行に乗る、或いは姓名判断・画数占いの結果などで難読になってしまっている場合も、やはり多く存在するとは思います。
    しかし、一度で読まれないことを狙いとしている方がいることがわかりました。そして、これは特殊例とはいえない、と今では考えています。そう考えないと、この難読命名の氾濫の説明がつきにくいのです。
    他にしっかりとしたサンプルがあるわけではありませんが、少しネットをさまよって散見していますと、同様の意見がいくつも見えます。
    その中には「これなんて読むの?と聞かれることによって印象付けられる」という考えの方もいらっしゃいました。これは最終的には他人に多くその名を知ってもらいたい、という願いから逆に読めない命名をするという離れワザですね。
    他に、難読が個性なのだ、と考えられているふしもあります。オンリーワンを目指せば「すっと読まれるような名前じゃだめ」ということです。
    しかし、ただ単純に「簡単には他人に名前を読まれたくない」という意見も、いくつか見たのです。
    いろいろ考えられるのですが、ひとつにはこの考えは、実は日本古来よりの伝統的思考ではあるのです。何度も書いてきましたが、これは諱(いみな)の考え方と同じものとも言えます。

    僕だって、そんなに簡単に名前を呼ばれたくありません。親しくもないのに。
    大学で、はじめて同じ講義で隣り合わせた人に「姓じゃなく名前を教えてくれ、それで呼ぶから」といわれて実に気持ち悪かったことを思い出します。彼は、おそらく一気に親しくなろうと思ったのでしょうが、順序が逆です。親しくなってから「凛太郎」と呼んでくれ。
    だから、名前で呼び合っている人たちは、本当に親しい関係に見えます。
    昔レーガン大統領が来日した際に中曽根首相と「ロン・ヤス会談」を実施しましたが、あれは親しさアピールです。ですが、多少の違和感はありました。作られた親しさが丸見えだったのと共に、ファーストネームを呼び合うということに日本人は慣れていない、ということがあります。昔YMCAに少し顔を出していた時、あちらの人はすぐに「ジョンと呼んでくれ、凛太郎!」と簡単に言うので、閉口したおぼえがあります。
    名前というのは、僕だけのものなのです。その名を共有できる人は、限られた人なのです。この心理、わかってもらえる人もいると思います。ぜんぜん親しくない人に名前で呼びかけられれば、戸惑うでしょう。
    諱(いみな)的ものの考え方というものは、僕の中にもまだ伝統的に息づいているように思います。
    日本人は、直接的に名を言うことを、避ける傾向にあります。名を呼べるのは、親疎に関わります。基本的には身内、そして親友等に限られます。
    そしてさらに、どれだけ近くても、両親や祖父母など目上の身内を名前では呼びません。「兄ちゃん」という言い方はあり「弟ちゃん」という言葉はありません。
    日本では伝統的に、目上の人を名前では呼べないのです。
    それは、名前を呼ぶという行為が、相手との親密度合いを示すと同時に、相手を取り込んでしまうことだからです。支配下に置く、とも言えます。

    諱。かつて、実名には何か神秘的な力が宿っていると信じられていました。他人に実名を知られると呪われる危険性もあるともされていました。そして、実名を声に出して呼ばれると、実名に宿る神秘の力が消滅するとも思われていました。
    この言霊信仰の強い日本のことです。咒詛的意味合いは当然のごとく存在し、人々は、実名を知られることを恐れました。他人には知られたくない。呼ばれたくない。知られることを忌む名。「いみな」です。
    こういう話で必ず引き合いに出される歌があります。「万葉集」の巻頭第一番。雄略天皇の歌。

     籠もよ み籠持ち 掘串もよ み掘串持ち この岳に 菜摘ます兒 家聞かな 告らさね
     そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ しきなべて 我こそ座せ
     我こそば 告らめ 家をも名をも

    雄略天皇は菜を摘む女性に「家はどこだ、名を告げよ」と言います。自分は大和の国を統べる王である。私も、家も名も言う。だから…と。
    これは単に自己紹介をしあう歌ではありません。求愛の歌なのです。そして当時、女性が名を名乗る、名を知られるということは、その人に征服される、つまり愛を受け入れるという意味だったのです。
    名前というのは、その人そのものでした。
    なので古代(古代に限らずですが)、女性の名前というものはなかなかあらわれてきません。紫式部も清少納言も小野小町も、本名はわからないのです。例外的に高貴な身分の女性、后妃などは記録に名が残りますが、それも大半は何と読んだかはわからず、便宜的に「彰子(ショウシ)」「定子(テイシ)」などと音読みしています。
    おそらくこの時代は、名は確実に訓読みであったはずです。じゃあ「あきこ」「さだこ」だろうと思ってしまいますが、そうではない可能性もあります。
    読みのわかっている人もいて、伊勢物語に登場する藤原高子は「たかこ」ではなく「たかいこ」です。難しい。藤原明子(染殿后)や慧子内親王は「あきらけいこ」であったとされます。和歌の詞書などに仮名で書かれたものがあったため判明しているのですが、女性名の読みは一筋縄ではいかないのです。
    言い方をかえれば、これは「難読命名」です。当時の状況をよく知らずに言っては間違いの元ですが「あきらけいこ」なんて知っていないと読むのは難しいかと。
    彰子や定子も、実際はどう読んだかはわかりません。儀子も式子も、ちょっと難しい読みだったのかもしれません。そう思うから「ギシ」「ショクシ」などと仮に読んでいるのです。
    このように、名前を仮読み(音読)せざるをえない状況。諱(いみな)の役割を、千年以上経っても見事に果たしている、といえます。諱は忌み名。読まれないためのものなのです。

    女性に限りません。男性名も、それは言霊的意味合いを持っていました。
    名簿捧呈という儀式があります。貴族の家人となるとき、自分の姓名を記した名簿(ミョウブ)と呼ぶ札を、主人に奉げます。これは、その名を奉げることにより相手に従属したというあかしになるのです。名前は、自分の全てだったのです。平将門も、藤原忠平に名簿を奉げました。
    武士が名を名乗るときは、命のやりとりをするときです。「やあやあ我こそは」と名乗り、一騎討ちをします。鎌倉武士は「名こそ惜しけれ」の精神です。名前は、それだけ重要なものであり、呪術性を帯びていると思われていました。
    このように普段は実名を諱とし、声に出すのを避ける傾向は、のちに「通称」を生んだことは以前にも書いたとおりです。太郎や次郎などの生まれ順命名から、官職名が名前に入り込んでくる過程は前述しました。
    そして、実名である諱は、ほとんど読まれることは無くなったのです。護良親王は「もりなが」か「もりよし」か、また織田信雄は「のぶかつ」か「のぶお」か、なんてよく論じられますが、そもそも伝わっていないのでわからないのです。

    江戸時代になると、この傾向はさらに顕著となります。僕はその3で「大名や公家が悪い」と書きましたが、そもそもこの時代の実名は読まれることがないので、読みはあまり重視されないのです。いや、むしろ読まれることを恐れてわざと「難読命名」にしていた可能性もあります。それほど、この時代の諱の読みは難しいのです。もしも相手が呪詛的意味合いで名を呼ぼうとしても、読めないのではどうにもしようがないわけですから。
    それでも殿様であれば、諱は公式文書には現れますが、一般的な武士であれば実名は使用することは大抵ありません。家老クラスでも大石良雄は内蔵助で通っていて、良雄も「よしお」か「よしたか」か説が分かれています。幕末においても西郷さんは吉之助、大久保さんは一蔵です。明治になって戸籍が出来て、諱採用で大久保利通となったのです。
    戸籍以前に死んだ人は、村田蔵六(大村益次郎)であり河井継之助であり小松帯刀であり、坂本龍馬であり中岡慎太郎です。みんな通称です。龍馬はんの諱が「直柔(ナオナリ)」であり、慎太郎さんが「道正」であるというのは、マニアしか知らないことかもしれませんね。
    高杉晋作の諱は何と「春風」だとされています。すげーな。この人詩人だから、誰かから一字貰うだの何だの関係なしに自分で名づけたのでしょうね。これこそ今で言うキラキラネームかと(笑)。

    そして、明治以後。僕も時として迷うのですが、海軍軍人で総理までつとめた山本権兵衛は「ごんべい」なのか「ごんのひょうえ」なのか。
    これは、本称は「ごんべい」、武官となって「ごんのひょうえ」と格式をもって読ませるようになったとの話がありますが、つまるところ「どっちでもいい」のだと思います。結局、戸籍には読みがないわけですから。首相経験者で言えば、近衛文麿(フミマロ)も「あやまろ」と読まれたりします。
    日本は、伝統的にそういうことがあるのだと思います。正式なものは、書面上が重要で訓ずることはさほど重視しないのです。「有職読み」というのがありまして、音読みOKの伝統があります。藤原定家(テイカ)や二宮尊徳(ソントク)などは、そっちの読みが一般的になっています。木戸孝允(コウイン)や伊藤博文(ハクブン)なんてのも言いますね。これは現代でも大野伴睦(バンボク)なんて人がいました。麻原ショウコウなんてのもそれにあたるかもしれません。
    だいたい、日本では中国から輸入した漢字をつかっているわけで、読みなんてあまりこだわらないのです。そもそも「日本」もニホンかニッポンかよくわからない。国名ですらこれでは、あとは何をかいわんや、です。固有名詞の漢字の読みなんて、実はどうでもいいのかもしれません。

    だったら、もう怖れることはないのかもしれません。今の子供たちの名前が読めなくても、いいんだ。諱はそもそも、読まれないものなのです。
    社会も、そうなっていけばいいのだと思います。名前を読まなくても、そして呼ばなくてもいい社会へ。時々ニュースなどで「名前の読み方が間違っておりました。お詫びして訂正致します」などと謝罪したりしますが、そんなのいらない。読めないのが普通。それが常識の社会であればいいんです。どうしても読まれなければならない場合には、書類には振り仮名必須。あとは、有職読みでよし。
    しかし、大翔ならダイショウでいいけど、琉絆空はどうすんだよ。リュウハンクウ?(笑)
    そのあたりで僕もつまづいてしまうのですが(汗)、少なくともこういう名前の人は読めなくてもしょうがないと思うべきです。実際に読めないのですから。そして、それが当たり前なのだから、読めなくても寂しがらなくていい社会になればいい。うんうん。

    ただ、この時代は本当に変わり目だということは、自覚しないといけませんね。
    これまでは、まず名前で国籍がわかりました。そう書くといろいろ問題が生じそうなので、民族性としましょうか。国籍が違うとしても、この人は日本に関係があるな、と名前でわかったのです(ヨーコ・ゼッターランドさんなど)。
    しかし、愛莉穂(アリス)や星愛(セイラ)では、これは難しそうです。
    今は、パスポートすら非ヘボン式の表記がOKになったようで。譲二さんはJojiではなくGeorgeと綴っていいようです。Aliceもいいんだな。こうなると、何か海外で事故などの際(縁起でもない話で申し訳ありませんが)に、日本人が居たのかどうかというのが判別しづらくなりますね。
    名前の無国籍性が、どんどん進んできています。いや、琉絆空(ルキア)や楽心(ラウ)はそれ以上だな。名前の無帰属性とでも言いますか。
    それはそれでかまわないわけですが、時代の変わり目であることは間違いないでしょう。

    そして、以下は諱にも難読命名にも関わることですが。
    その4で名前を解読してつくづく思ったのは、名前の重層化が進んでいることです。
    従来の名は、漢字と読みが一体化していました。なので、まず漢字から考えるわけです。健やかに育ってほしいと願い、健太と名づける。さすれば、もう読みは通常ケンタしかないのですね。健治でも、まずケンジか、たけはる。
    そして、漢字の持つ意味と読みは、連動しています。健康のケン。
    しかし今は、その連動性がなくなってきています。音先行で漢字を当てはめるという手法が、読みと漢字の持つ意味とを乖離させる現象がおこっています。
    大きく羽ばたけと願い、大翔くん。しかし読みは「やまと」。上昇していく漢字と、日本の国土を象徴するかのような音。まさに「天と地」ほど違います。宇宙戦艦ヤマトくらいしか共通項を見出せません。
    こういう字面と音が乖離した例は、多く見出せると思います。音和(トワ)くん。音楽が好きな親御さんなんでしょう。そして読みは「永遠」。ひとつの名前に、ふたつの意味をこめています。やりますねー。考え抜いた結果でしょう。
    穏空くん。おだやかな空。雨や風のない空の下で、すくすくと生きろ。人生に荒れた空はゴメンだ。そんな両親の思いが伝わるようですが、読みは「しずく」。漢字は晴れていて読みは雨が降っています。これはすごい。
    これは、何でしょう。ここには乖離どころか、相反した名前がふたつ存在しています。穏空という字が持つ意味にひきずられると、絶対に「しずく」にはたどり着けない。読まれたくないとすれば、これほどの名はなかなかありません。これはつまり、穏空が通称でしずくが諱なのでしょうか。
    現在の命名というやつは、相当に奥深いと考えなければならないようです。

    「読まれたくない名前」から結論をひっぱり出そうと思って蛇足の記事を書き始めたのですが、結局、答えは出せずに終わりました。
    ただ「名前は、人に呼ばれるために存在しているもの」という考え方は、改まりました。
    名前が識別のためだけに存在しているのであれば、名前記号論とでもいうべき考え方に到達し、最終的に「番号にしておけばいい」までいってしまいます。それでいいのか。
    古来より、人の名前はそんな単純なものではなく、もっと奥深い大切なものでした。それに気づかせてくれたのは、このキラキラネームの存在と、名づける親の心であったことだけは、間違いないと思います。
    好きか嫌いか、でいえば、まだ好きじゃないんですけどね(笑)。でも、もう少し見方は、かえてみよう。

    キラキラネームの話、終わります。長いのをここまで読んで下さった方々に感謝いたします。
     
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    | 2012/02/26 | 言葉 | 13:14 | comments(10) | trackbacks(0) |

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  • 2016.12.30 Friday
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    | 2016/12/30 | - | 13:14 | - | - |

    コメント
    こちらで触れておられたのですね、「読まれたくない心理」にw
    オイラも凛太郎さんの記事を読みながら改めて考えてました。
    やっぱり「名前も個人情報なので、親しい人にしか知られたくない」っていう気持ちがはたらいてるのだと思います。
    もし誘拐犯が名札から名前を読んだら「ママの知り合い?」とか思ってついてくかも知れません。
    「名前を簡単に読めない」のはもうリスクじゃないのかも知れない、うん、そう思います。
    それどころか、もしかしたら「名前を簡単に読める」ことのほうがリスクだと考えることが出来るかも知れません。
    「自分の名前が難読で苦労した」という方もいると思いますが、「身近に同名の人がいて苦労した」という方もいます。
    またそれ以上に「自分の名前が平凡でありきたりでイヤだった」という方だっています。
    そういう人たちみんな「でもこの名前でよかった♪」って思ってたりするのです。
    やっぱりみんな自分の名前には愛着があるんですね。
    そう考えると、やっぱりみんないい名前を付けてもらってるなって思うし、親は一生懸命考えて付けてるし、読めない名前の子に出会うたびに「愛されてるな」って気がします。
    今回の一連の記事を読んで、強くそう感じました。
    すごくよかったです。
    たくさんの人に読んで欲しい記事です。特に親御さんに。

    最後に、うちの娘の名前は読みを優先に考えて、それに合う漢字を当てたんですが、20パターンくらいの漢字を羅列して、地元では名付けで有名なお寺に持って行き、画数や漢字の持つ意味から住職に選んでもらいました。慣れてらっしゃるのか、商売だからか「こんな読み方はしない」などとは言われませんでしたよww

    そうそう、オイラのことを「思慮深く真面目」なんて評して下さって本当に恐縮です〜(;^ω^A テレテレ
    全五回、興味深く読ませていただきました。

    ウチには一人娘がおりまして、先日10歳になったところです。
    クラスの名簿なんぞを見ると、やっぱり難読ネームが多くて、1/3くらいは読めないor読みに自信がない…という感じですね。

    娘の場合は、読みやすい名前にしようと思ってましたので、よくある漢字・よくある読みです。
    しかしまあ、名字の漢字との兼ね合いがあって、二通り考えられる読みのうちマイナーなほうにはなってしまいましたが。

    私自身はそういうタイプなので、「名前は、人に呼ばれるために存在しているもの」という面を強く意識します。だから難読漢字やイレギュラーな読みには常々「???」だったのですが…。

    最近は、そういう名前を「DQNネーム」などといって揶揄するほうに、より強く違和感を感じますね。
    このシリーズを拝読しながら、ちょっと名前関係をググったりしたら、なんかもう、そこまでいわんでも…と思うことしばしば^^;

    それにしても、こんな微妙なネタをよくもまあきっちりと書けるものだと、ほんと敬服するのみです。
    • 服部堂
    • 2012/02/27 5:13 PM

    連載お疲れさまでした。
    続きが楽しみでした(*^_^*)


    今まで子どもと多く接してきたので、名前の「時代による変貌」を感じる機会は多かったはずだけど、違和感を持つに至らなかった自分を改めて思い知ったり(笑)
    たぶんわたしは、子どもとの関わりのごく初期から「みーちゃん」「けんちゃん」「まーくん」「さっちゃん」「ひーくん」になってるせいではないかと。後日あらためて正式名を思うときには、すでにその子どものパーソナリティというかキャラクターがインプットされてるので、もう違和感なく「允彪(まさと)くん」と「まーくん」とそのおカオとそのキャラがセットできてます。そんなアバウトな感じで(笑)子どもたちの名前が変わっていくことに対して、考えてこなかったんですねー(というか、もともと論理的思考ができないからか…)


    寄せられたコメントにも対応されてて、その広がりも面白かったです。昔、わたしの『ジモソン』記事に凛太郎さんがコメントくださって、それでハナシがふくらんだのを思い出して懐かしかったなあ。

    そして
    名前を付けるってことは、親となった方々の子どもさんへの深い思いなんだと、ちょっとハッとしたことも白状しておきます。
    • まるちゃん
    • 2012/02/27 8:55 PM
    >にがさん
    長いの読んでいただいてありがとうございました。そして、この記事はにがさんのご発言から生まれたもので、重ねて御礼申し上げます。
    この話は、にがさんが「思慮深く真面目で娘さん思い」でないと成立しないわけです(笑)。いい加減な親から「一発で読まれたら悔しい」発言が出れば、僕は「何をアホなことを」と切り捨ててしまうわけで。
    まともな人がこれを言うから、思考がひっくり返るわけです。

    しかし、いろいろな考え方が出来ると思うのですよ。この件には。
    「読まれたくない親」という存在にも何パターンかはあると思うのですが、にがさんのように「名は秘すべし」と考えている親の割合はどのくらいなのか。難読は全て諱のつもりで付けているわけではないと思われます。僕にはネット散見のデータしかないので何とも言えないのですが、秘すべく難読にするよりも、オンリーワン意識のほうがまだ強いように感じます。
    僕にはまだ、名前を簡単に読めることがリスクになるとは思えないのですが、それをリスクと考えている人がどれだけいるのか。そして、そのリスクが、読めないことからくる弊害と比較してどうなのか。
    この記事で僕は、姓と比べて名前は読まれなくてもさほど困らない、とは書きましたけれど、今も家裁への改名申請はあとをたたず、しかもハードルが高くなかなか認められず困っている事例も多くあるわけです。また難読名の子が全て「愛されてる」と思っているとは限らない。親の一方通行であることも多いと思っています。
    都市伝説だと信じたいのですが、キラキラは就職に不利、とまで言われています。採用側はキラキラの名前を平気で付ける親が作る家庭環境、そしてその下で育ったという子を、信用できないことが原因とされます。もしもこれが本当であれば由々しきことですが、もちろんこうした差別は許されることはないにせよ、まだ社会がそういう名前を受け入れるのには過渡期であるということは言えるのです。社会が変わってゆく、と僕は本文で書きました。しかし、まだ変わってはいない。そして「目立つのを嫌う」ことが国民性である日本において、リスクはやはり考えていかなければならない。そういうことを考慮しなければいけないことが、恥ずべき社会であることは承知ですが。

    ひとつどうしても思うのは、名付けが、親の権利の濫用であってはならないということ。
    名前は子供のものです。本人のものです。だから子供本人は、本来自分で自分が立脚する考え方の下に、自分の名を名乗れる権利があるはずではないか。ただ、生まれたての子供にはそれが出来ない。なので、親が子供の権利を代行しているだけである、と僕は考えています。
    名前は、本人が選べるようにしようよ。それができないのはおかしいよ。
    僕は、これは社会が悪いと思っています。ピンポイントには、戸籍制度が悪いのです。
    昔は、幼名というものがあり、途中で名を変えることは可能でした。武士には元服がありました。そして、武士に限らず実名に対し通称というものもあり、世間に認められていました。それを、明治になって戸籍を作るために一元化してしまったのです。で、生まれたらすぐに名前を付けて、それで一生過ごさねばならなくなってしまいました。
    そのときは、それで仕方なかったのかもしれません。しかし、時代は変わりました。名前くらい本人の自由にさせてくれてもいいではないですか。どうせ役場もデータベース化しているわけですから。戸籍があり、住民登録があり国勢調査までやって、名前くらい変えても国は困らないでしょう。国民総背番号制の導入などというタワケたことを言うなら、引換えに改名の自由は大幅に認めるべきです。
    名前を変えても、社会は混乱しないと思うんですね。そもそも読まれない名前ですし(笑)、結婚による改姓のほうがよっぽど問題が生じるはずです。

    にがさんとは、少し考え方が異なっている部分もあるかもしれませんね。それは、すみません。ただ、文字の主要な機能はやっぱり記録と並んで伝達機能だと思うのです。それを、読まれないがために逸脱せねばならないことに、どうしても矛盾は感じるわけです。戸籍制度が変われば、少しはマシになるような気がするのですが。

    話し変わりますけど…そうして名を秘する社会になったとしたら。恋愛なんかの様相は変わるでしょうね。万葉集以来の、名を告げることが愛の受け入れに繋がるという社会の男女。「名前を、何と読んだらいいのか教えてくれるかい」がプロポーズの言葉となる。小説書けそうだなぁ(笑)。
    >服部堂さん
    いやいや…そのとおりで(笑)。何と申しますか…最初は微妙なネタだとは思わなかったんですよ(汗)。
    これを書こうと思ったときは、風邪引いてましてね。あまり思考能力ないまま、日経の記事の難読名を読み解いていたのです。あまり子供と接することがない僕にとっては、珍しかったものですから。で、面白いネタだから風邪が治ってからあらためて書き始めたのですが、進めていく段階で「あ、うかつなことは書けないネタだ」とわかった次第で…。名前というものは、思い入れが深いものですからね。
    おかげさまで長大な話になりました。いやあ書いていて実に面白かった(笑)。

    DQN云々は、やはり他人としては言いすぎの部類だと思います。「キラキラ」も微妙なところではあるのですが、蔑称とはうけとっていない、むしろ褒め言葉だと感じてらっしゃる親御さんもいらっしゃるという話がググったら出てきましたので、まあわかりやすくていいかとタイトルにしました。「いわゆるDQNネームについて」という題も考えたのですが、DQNは罵倒だからいくら「いわゆる」を付けてもダメだな。よっぽどの場合もあるとは思うのですが、罵る対象は親であっても、子供が傷つくわけですから。
    ところで、お嬢さんの半成人式おめでとうございます。そういうの、ちとうらやましいですなあ。「うちの娘が…」という台詞を言うのが夢だったのです(笑)。
    >まるちゃん
    どうもありがとうございます。僕は好きで書いているので疲れはしませんが、読まれるほうが大変ではなかっただろうかと(汗)。

    僕は、平素子供と接していないので、こういうことは新聞記事から知るのです。明治生命の調査とか。で、翔くんや陸くんや蓮くんや愛ちゃんが多くなってきたな、なんて知識はあったのですが、名前が難読傾向になっているとは全然思っていなかったのです。新聞が「名前がよめねー」と言い出したので初めて知ったのです。そういう意味では、マスコミに踊らされたのかもしれません。
    でも允彪くんはやっぱり読めないから、踊らされているわけでもないか(笑)。
    いわゆる「ニックネーム」的なものにも言及しようかとも思ったのです。「みーちゃん」「まーくん」が一種の幼名である、ということ。それから、例に出すとアレですがあの「悪魔くん」騒動のときに親と周辺は「あく〜」と彼のことを呼んでいたとの話がありました。「りゅうのすけ」ならまだしも「あくま」なら3音節。省略するほど長くはない。あれだけ拘っていたのにそれでも「あくま」とは呼ばなかったという事実から、引っ張り出せる心理というものはあるんじゃないかと思ったのです。書けませんでしたが(汗)。
    命名というものは、親の深い愛情のたまものであると僕は信じています。これこそ大前提ですね。もしもそうではないとしたら、また話が根本から引っくり返る。僕たちの親世代は多人数兄弟が多かったようですが、そのいちばん下の子に「末男」「〆子」などと命名したケースも、まさか面倒でそう付けたとは考えませんよ(笑)。
    こんばんは。
    キラキラネームシリーズ興味深く読ませていただきました。

    凛太郎さんもご指摘のように、時代によって名前の傾向が変わってきますよね。
    特に奈良時代の変化。
    この頃何があったのか知りたいです。
    舌をかみそうな長い名前が多い時代から漢字二文字化って何があったんでしょうか。
    安宿媛から光明子への変化も何故なのかも知りたいですし。

    平安から江戸にかけての名前は人物関係を知るのにもってこいなので、私はその背後関係を探すことに楽しみを見出しています。
    例えば北条時宗の場合、「時」は北条代々の字で「宗」は烏帽子親である将軍宗尊親王から一文字
    といったように関連性がみられるのが調べていて楽しいのです。
    江戸時代になると「光」とつく名前の大名が多い時代(家光から一文字)、「綱」時代「斉」時代などがあって
    ああこの大名はこの将軍の時期に元服したんだなという想像ができるのも楽しいです。

    現代は親との関係は見出しにくい時代になってますよね。兄弟で共通点をもたす家はまだまだあるみたいですけど。

    現代は名前に親子のつながりを見出すより流行を見出すほうが容易ですね。
    ところで現在キラキラネームのお子様が年配になったときこの名前で呼ばれるのはどうかな?などどかんがえたことがあります。
    かなり前にキラキラネームのハシリのような命名を身近で聞いたときにふと思ったもんで。
    でもここまでキラキラネームが一般的になるとその世代がどんどん成長、そして老化しても違和感がないのかな?とかと最近は思ってもいます。
    その頃まで自分が生きている保証はまったくありませんが・・・

    実は私珍しい名前にあこがれていたことがあります。
    私は当時ごくありきたりだった名前を付けられどこにいっても同じ名前の人が存在していました。なので「唯一の名前」というのにあこがれていたのです。同じ名前の人が他に沢山いるのが嫌だったんです。
    ですがありふれた自分の本名を現在は気に入っています。
    「多くの人が名づける名前はいい名前なんだよ。」と親はよく言っていましたが、この年になってそれが実感できるようになりました。
    名前が人生の全てを決めるわけではないですが、ありふれた名前こそ縁起が良い、だから良き人生を送って欲しいと願って親が付けてくれた名前なのだと今は思っています。

    一方でキラキラネームの親もきっと何かしらの願いや信条をもって子供の命名をしているんじゃないかとも思っています。

    キラキラネームもありふれた普通の名前も親が子供の幸せを一生懸命願って付けてくれた名前なんだろうな、と私は思っています。
    • さがみ
    • 2012/03/08 11:09 PM
    >さがみさん
    ありがとうございます。
    古代の名前は、個性的ですね。おそらく漢字文化が以後ほど浸透していなくて、万葉仮名的に当てはめたと思われるものが多く、当然のことながら音先行のはずです。その手法は、現代のキラキラネームに通じるところがあるような気がします。もっとも、当時はそれしか手段がなかったわけで、今のような遊び心的なものはないと思うんですけれどもね。
    やはり、漢字二字化は「唐風」であると思うのですけれどもね。白村江の敗戦がそれに拍車をかけたようにも思えるのですが。
    輩行字と言えばいいのでしょうか、嵯峨天皇以来、公家の名は兄弟で一字共通、というのが原則でしたが、それが親子間で受け継がれる通字が登場、そして一族の通字(平氏の盛や北条の時)が出てくるさまは、命名の日本化を見るようです。
    そこでちょっと余談なのですが、河内源氏では「義」はわりあい特別な通字であるようにも思えます。八幡太郎義家の存在が大きいのかもしれません。
    為義の子はめちゃめちゃたくさん居たわけですが(笑)、義を用いているのは義朝、義賢、義憲だけですね。嫡流を継ぐ可能性があった者だけとも言えます。義朝は、長男義平にしか義を許していません。嫡男とみられる頼朝すら義を使用していない。もしかしたら頼朝は平治の乱がなければ改名の可能性はあったのかもしれませんけれどもね。源氏の他の通字として頼と朝はあったわけで、それを二字とも遣う頼朝は特別であったのかもしれないとも思えますが…そこらへんにいろいろ思いが残るわけです。なんせ義家の義ですから。
    つまり、希義は別として(平治の乱の時点で元服はまだでしたよね?)、範頼も遠慮した義の字を、末の弟が「義経」として名乗ることにどのような思いを頼朝は抱いたか、ということをぼんやりと考えてしまうわけです。

    現在のルキアくんやココアちゃん。老人になったら…とつい考えてしまいますが、まあまわりもみんなそういう名前でしょうから違和感はないでしょう。それより、そのルキアじいさんの孫の世代あたりは果たしてどんな名前になっていることでしょうか。実に興味があります(笑)。スピルバーグ君やディカプリオ君がもしかしたら誕生しているか、それとも時代が一回転して博之君や綾子ちゃんになっているか。もちろん、僕も生きていないわけでその時代をみることは叶いませんけれども。

    「多くの人が名づける名前はいい名前なんだよ」
    愛情がにじみでるようなお言葉ですね。ちょっと感動してしまいました。親の気持ちというものは、ありがたいものですね本当に。
    おはようございます。
    コメントのお返事ありがとうございます。

    河内源氏の「義」の字に関してなんですが、私なりの考え方です。

    まず、頼朝は義家よりも頼義の方を重要視していたみたいなんです。
    奥州合戦の戦後処理などはひたすら「頼義」の先例をひたすら出しまくってますし、主従関係の構築も義家よりも「頼義以来との関係」を引っ張り出しているところのほうが大きいようです。
    ですから頼朝にしてみれば「頼義」の頼と義どっち使ってもそんなに関係なかったのかも、と思います。事実頼朝生存中に元服させていた頼家も頼の字を使ってますしね。

    義が河内源氏の嫡子の名前かといえば必ずしもそうでないみたいです。
    為義の嫡子は義朝→義賢→頼賢と変わっていたらしいので「義」の字がなくても嫡子になれたみたいですし。(最近では義朝廃嫡説が注目浴びています)

    この義という字のクローズアップと義家持ち上げには実は足利氏が関わっているのでは、とも思われます。

    平安鎌倉期の足利氏の当主の名前は
    義康→義兼→義氏→泰氏→頼氏→家時→貞氏→高氏(尊氏)
    となっています。
    鎌倉期は泰氏以降家時を除いて殆どが「氏」が通字になっており
    しかも得宗の名前を一文字もらっています。
    (泰時、時頼、貞時、高時)
    鎌倉時代は足利氏は代々得宗家から妻を迎えるなど北条得宗べったりだった関係が窺えます。

    このような関係だったのに結果的に尊氏が北条を裏切って鎌倉幕府を滅ぼすのに加担して
    最終的には室町幕府を開きます。

    その時に足利こそ実は源氏嫡流なのだという主張が必要になったと思われます。

    そこで引っ張り出されたのが「義家の置き文」と「義」の字です。
    頼義は頼朝が正統性を主張するのに利用されましたが、同時に北条の政権維持正統性にも利用されていました。
    頼義と平直方の娘の婚姻を頼朝と直方子孫を称する時政娘の婚姻にダブらせることが、北条氏の将軍家後見の正当化の論理の一つとなっていました。

    北条が使った頼義を利用することもできない足利がもう一人の河内源氏の英雄義家を引っ張り出したということなのです。

    足利将軍家が意識的に義家を引っ張り出し、義家がつかった「義」の字を代々の足利将軍家の名前に利用する
    こうして足利氏の正当化がなされたという考え方があり
    私もその考え方に賛同する部分が大きいです。

    長文な個人的意見の投降失礼しました。
    • さがみ
    • 2012/03/14 6:25 AM
    >さがみさん
    なるほど。さすがはさがみさんですね。僕のように「こう考えたら面白い」という結果ありきの発想はされない。
    清和源氏は、発足時は10世紀ということもあり最初は輩行字システムです。経基の子は満仲はじめ満ばかり。満仲の子の代が、頼ですね。あの源頼光、そして河内源氏の祖頼信が登場します。
    そこから、輩行字システムがちょっと崩れます。頼信の子は頼義はじめ、また頼。
    さすれば、頼の方が重要ですね。頼義の子の代の輩行字が、義(義家、義光ら)。そこからは義が通字(系字)となります。通字システムの始まりの頃でしょうかねこのあたり(さがみさんには釈迦に説法ですが一応閲覧者のために)。
    そうであれば、頼朝もそりゃ文句はなかったとは思いますが…。
    頼朝は、確かに頼義意識は強いですね。そもそも鎌倉拠点化も頼義以来のこと。さらに、東北侵攻は頼義が先例になります。そのあたりを僕は「河内源氏の宿願」と捉えていて、原点は頼義です。
    しかし命名においては、義朝が頼義を意識したのかは疑問ではありますが…このへんややこしいですからね。義親のことがあって(汗)。為義が誰の子か、なんて話までありますからねぇ。
    現象だけ見ると、為義は上から順番に義、頼、為を輩行字的に使用したことになります。行家からはまた別の企画か。為義は子が多すぎて(笑)。義朝も長男に義です。義平元服時にはおそらく頼朝はもう生まれていて、嫡男あつかいではなかった可能性もありますが…。しかし為義、義朝が「義」を大切にしたことはしていたと思うんですけどねー。ですが頼朝の意識は確かに、また違ったかもしれません。そこらへんは、つい面白く考えてしまいます。反省(笑)。
    義家を清和源氏のヒーローに仕立てたのが足利であることには、同意します。うーんなるほどなぁ。八幡殿の置き文か。

    たいへん勉強になりました。ありがとうございました。
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