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    追悼 北杜夫

  • 2011.10.26 Wednesday
  • 北杜夫さんが、亡くなられました。
    ちょっと寂寥感が大きすぎて、満足がいく記事にはならないと思いますが、今日書いておかなくちゃいけないと思うので書きます。

    知ったときにはかなり驚きました。それは、まず僕は先週、北杜夫さんの「マンボウ家族航海記」という文庫本を買ったところだったからです。
    この本は実はいわゆる「マンボウ酔族館」シリーズの中から家族に関するエッセイを抽出して再構成したものです。北さんのモノなら何も考えずにそのほとんどを手に入れてきた僕も、書棚の本と内容が被る再編集ものはさすがに避けていました。しかし、今回は何となしに買ってしまいました。ちょっと移動距離のある電車に乗る機会があって、という理由でしたが、そんなこんなでまだお元気なのだろうと思っていました。
    再編集の本ですが、「あとがき」は書かれています。その最後には「平成二十三年八月十九日 軽井沢にて」と。活字では何もわかりませんが、既にどこか悪いところがあったのか。
    狐狸庵先生の遠藤周作氏や、北さんと交友関係のあった辻邦生、奥野健男、宮脇俊三といった方々が次々と亡くなり、北さんは雑誌などでお見かけする際には非常に老け込んだ姿を見せておられて、不謹慎な話「もしかしたら長くないかも」といらぬ心配をし、しかしあの80歳で南極、エベレストへ足を踏み入れた斉藤輝子女史を母に持ち、兄の茂太氏も90歳まで生きられたことから、案外長命を保たれるかも、と思ったりもして。この84歳でのご逝去は、どう判断したら良いのでしょうか。

    呑まずにいられなくて呑んでいます。ウイスキーを。
    十五分ほども歩いてから、道端にザックをおろし、そのわきに腰を下ろした。極めて生理的な空腹を覚え、ベーコンの塊を取りだし、ナイフで切りとった薄い脂身を口にほうりこんだ。最後に残った脂肪の繊維が胸をむかつかせたので、指でつまんで捨て、アルミニウムの蓋についだウイスキーを飲みくだした。私は二三日の山旅ならベーコンとウイスキーで過す習慣である。
    「岩尾根にて」
    随筆内では、コロンボのカレーを食べ「口中がヨウコウロのごとくな」ったり、苦心の末梅干の種を割って中の胚珠を食べたりしてますけれども、あまり小説内では食べ物の描写が目立たない北さんだと思っていました。けれども案外そんなこともない。「木霊」の、留学先のドイツにおいて孤独の感情の中、米を鍋で炊き、生卵をかけてイカを醤油だけで煮たものとともにむさぼり喰う場面も思い出されます。「木霊」は不倫をテーマにした小説ですが、この小説を僕が読んだのは中学3年の時であり、さすがに不倫の感情は完全には理解できなかったのか、異国の生活の中で、からく煮たイカとともに卵かけごはんを喰らう主人公の描写が僕の中に強く残っています。

    初めて北杜夫さんの本を読んだのは、小学校だったと思います。それは「船乗りクプクプ」等の童話ではなく、「どくとるマンボウ小辞典」でした。4年生ぐらいだったか。家にあったのです。父の本だったのでしょう。
    近ごろ、私はあまりマンガを読まぬことにした。私の母が、おまえももう大きいのだから、絵よりも字の書いてある本をよめ、と遺言したからだ。もっとも、この母は何年も前から遺言だけはするのだが、未だに死ぬ気配をみせぬ。
    10歳くらいの子供は、こういう文章で大笑いするのです。そして、書いてある随筆の内容はかなり学術的なことであるのに、それが10歳の子供に読めてしまうのも、また北杜夫の本というものなのです。
    その後すぐに、「どくとるマンボウ航海記」を読みました。面白かった。この書籍は、おそらく10歳から初老の現在に至るまで、僕が生涯で最も多く読み返した本でしょう。何回かということはもうわかりませんが、そのかなりの部分を今もそらんじることができる、ということでわかっていただければと思います。

    うーん。どうもショックが大きくて。
    光瀬龍氏のときも、吉行淳之介氏のときも、池波正太郎氏のときも、星新一氏のときも、司馬遼太郎氏のときも、山口瞳氏のときも、最近では小松左京氏のときも、2、3日は空虚感にさいなまれたものでした。けれども、どうも今回のこの感じは違う。もっと近しい人が亡くなった感があります。たとえば、子供の頃によく遊んでくれた親戚のおじさんが亡くなったのであるかのような。そういう悲しみに、近い。
    司馬さんや池波先生なんかは「ああもっと長生きして作品を多く書いて欲しかった」です。しかし北杜夫さんには、そういうことまで思わない。ただただ残念なのです。作品を書かなくてもいいから長く生きて欲しかった。これは、僕がその文学的位置を低く見ているわけではないことはわかっていただいていると思います。違うんだ。北杜夫がこの世にもういないことが、悲しいんです。

    こうしてネット上などに、ときおり僕はブログ記事など書いたりしますが、そういう文章の、僕の文体の根底には、やはり北杜夫氏が居るような気がします。今でも、僕はその影響下にいると思います。僕に文章というものを教えてくれたのは、国語教科書ではなく北杜夫だった、と言い換えられるかもしれません。
    北杜夫の作品を読んで、僕は小説家になりたい、と思いました。しかし、北杜夫の作品を読んで、僕は小説家になりたい、という夢を諦めざるをえませんでした。こういうの、わかっていただけるでしょうか。
    以前にも引用したことがありますが、「幽霊」の冒頭の一節。
     人はなぜ追憶を語るのだろうか。
     どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ。その神話は次第にうすれ、やがて時間の深みの中に姿を失うようにも見える。― だが、あのおぼろな昔に人の心に忍び込み、そっと爪跡を残していった事柄を、人は知らず知らず、くる年もくる年も反芻し続けているものらしい。
    以前僕はこの一節を引いて、「文学の極みではありませんか」と書いたことがあります。今も、その評価はかわりません。日本語で編み出される文章というものの、ひとつの到達点であると思います。

    酒のせいか齢のせいか、涙もろくて。ディスプレイが滲んでしょうがないのです。
    ご冥福を心よりお祈り申し上げます。どうか安らかに。

    さよなら。バイバイよ。北杜夫さん。


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    | 2011/10/26 | 随感 | 22:57 | comments(6) | trackbacks(0) |

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  • 2016.12.30 Friday
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    | 2016/12/30 | - | 22:57 | - | - |

    コメント
    寂しいですね…。


    うちの本棚には同じ本が2冊あったことが多くてね、一緒になる時お互いの蔵書を並べたらそうなることが多かったんですけど。そこには北杜夫さんの作品も、幾冊もありました。


    凛太郎さんのおっしゃる「自分の文体の根底に存在する作家」というの、よくわかります。
    読書は、必ず自分になんらかの痕跡を残しますね。それは読んでいる時の幸福に加え、考え方・感じ方・生き方への影響、そしてその後の自分の文章・文体を決定付ける結果を産むことも。
    わたしにもそういう作家があります。高齢な方なので、遠くない日に…、と思っただけで胸が詰まります。

    誰かの作品を読んで小説家になりたいと思い、けれどその誰かの作品を読んで小説家になりたいという夢を諦める…まったく同感よ。


    • まるちゃん
    • 2011/10/27 9:45 PM
    >まるちゃん
    さびしいですね。やっぱり。
    少し日が経ったのですが、なかなかこの虚無感から抜け出せませんよ。こうして日にちが経ってみて、やっぱり強い影響下にあったのだなということが改めてわかったりもしています。
    身体に沁みこんでいたのだなとしみじみ。
    新聞などの報道を読んでも、みな「わかってないなぁ」というものばかり(笑)。経歴だけなぞって「読んでない」人が書いた記事とかはすぐにわかりますよ。
    しばらくは、こんな感じが続くような気がします。
    凜太郎さん

    謹んでお悔やみ申し上げます、
    とでも書きたくなる。
    それほど、今回の記事は淋しさがにじみ出ていますよ、少なくとも凜太郎さんの記事を、わずかながら読ませていただいて来た私には、そう感じられる。

    私は、凜太郎さんに比べたら読書量が絶対的に少ないのは勿論ですが、なんと、北杜夫先生の作品は読んだことがないのです。
    最初の出会いはおそらく学校の図書館、どくとるマンボウシリーズだったのだと思われますが、その時の挿絵から、何か勝手にイメージを決めつけてしまった。
    それから、今まで、読むことがなかったのです…。

    でも、凜太郎さんの記事を読んでいると、無性に読みたくなってきた。
    そんな時でさえ、天邪鬼な私は、没後すぐとなると、とりあえず増版されて、とりあえず書店のいい場所に平積みされてるのかと思うと、それを手に取る自分が多少、悔しかったりもする…。

    直接交流があったわけでもないのに、
    その人に新たに作品なり、何らかの情報なりを発信してくれなくていいから、
    つまりは、今後も直接は会えなくてもいいから、
    ただ、同じ「世」にいて欲しい、という気持ちだけが、今、私が凜太郎さんのご心情を理解できる、たったひとつのことです。
    >よぴちさん
    どうもありがとう。あまりいい文章ではないと思いますが、強い寂寞感の中で書いたのは事実で、そんな思いがつたないながら出たのでしょう。
    書籍や作家とは出会いが大切だと思います。今は書店でも追悼特集をやっているかもしれませんが、そういうので付和雷同的に読むと、何かが減ずるように思います。平積みやベストセラーは手に取るのも抵抗がある。僕もアマノジャクですかね(笑)。
    また、僕も特にこの記事で推奨しているわけではありませんしねぇ。薦めるのも薦められるのも苦手でね。推奨するのって怖いんですよ。ことに自分が単純に好きな物語だったりうただったりするとね。他の人がどう思うかはわかりませんし、貶されたら悲しいし。その逆もあります。薦められて読んだり聴いたりしてつまらなかったら、薦めた人に嘘をつかなくてはいけない。
    あ、話が違う方向に(汗)。

    オール読物の今月号(11月号)に「変な人たち」というタイトルで、佐藤愛子さんの語りおろし記事が掲載されています。遠藤さん、北さん、宗薫さん、色川さん等との交流を語っています。
    佐藤さんもおそらくこのインタビューを受けた時にまさか北さんがこんなに急にお亡くなりなるとは、思っていなかったと思います。そんなことを考えながらこの記事を読んでいると、自然と涙が出てきます。
    北さんの訃報を聞いてから、毎日「北杜夫」を検索していて、こちらにたどり着きました。色々な人の北さんに対する思いを読みながら感慨に耽っています。今週の週刊新潮も買わなければ。
    • まっく。
    • 2011/11/02 10:11 PM
    >まっく。さん
    こんにちは。オール読物の冒頭記事は僕も読みました。さすがに愛子節でかくしゃくと話されていますけれども、それだけにショックだったのではないでしょうかね。此度のことで佐藤愛子さんはあちこちでインタビューを受けられたご様子でしたが、もう語れる人が佐藤愛子さんとなだいなださんくらいしか居ないのだ、と思うと、北さんは永らえられた方なのかもしれない、とも思います。佐藤愛子さんの記事にあった川上宗薫さんや色川武大さんの享年を思えば。
    しかしそんな比較では何とも誤魔化しようはありませんがね。この寂しさは。
    週刊新潮もそうですね。もう出ているのかな。由香さんは何と書かれていらっしゃるでしょうか。
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