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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    和歌山お出かけ

  • 2011.01.11 Tuesday
  • 連休の中日である1月9日。僕はこの日だけ全く用事がなく(野暮用ばかりでホント困る)、少し小旅行気分でも味わうかと和歌山へ行ってきました。和歌山で旅行と言えば南紀、という感じですが行ったのは和歌山市街地をただうろついただけです。旅行と言うのも大げさで、ちょっとお出かけ、くらいでしょうか。
    和歌山へは、よく旅行に行っています。昔そんな話も書きましたが、意外に県庁所在地である和歌山市はじっくりと歩いたことがありません。いつも通りすがりであったり、何かのついでであったりして(ラーメン食べるだけ、とか)さほど細かには知りません。いい機会だと思いましてね。
    朝、女房を伴いいったん大阪へ出て、JR阪和線で和歌山駅へ。

    まずは、紀伊国一宮である日前・國懸(ひのくま・くにかかす)神宮へ。駅からちょっと距離がありますし和歌山電鉄も出ているのですが、健康のため(カロリー消費のため 笑)歩こうと思います。20分くらいで着きますね。僕は以前、ここへ詣でようとしたことがあったのですが、夕刻であり神社の営業時間(?)が5時までであったために、残念ながら入り口で門前払いとなってしまったことがありました。今回は、リベンジです。
    初詣には相当の人が集まるこの神社も、今は比較的空いています。摂社に戎社があり十日えびすなのですが、それほど賑わっていない。これは、森閑な雰囲気を味わいたい僕にとっては好都合です。
    ここは実に興味深い社で、鳥居をくぐり参道を北へゆくと突き当たって道が左右に分かれます。そして左へ行くと日前神宮、右へ行くと國懸神宮があるんです。両社並列、という感じですか。あまりそういう形式の神社ってありませんよね。たいていの神社は、本殿はひとつ。御祭神が幾柱か存しても、普通合祀されていますので。
    別に神社ブログじゃないので細かな話は書きませんが、この神社の境内で気になるのは、二つの本殿の荘厳さに比して、摂末社のありようです。中言神社や天道根命神社などしっかりと祭祀がなされている摂社ももちろんあるのですが、大半は古び傷みがひどく、こういう言い方をしていいのかどうか迷いますが、朽ちているのです。屋根は傾き社は苔むし。既に社殿が失われているものも多数。かつて社がここにあった、という痕跡が空間として残っています。正確には数えていませんが、2〜30の社(もしくは社址)が境内にはあるような。一部を除いて、祭神がどなたであったのかもわかりません。
    これはいったいどういうことでしょうか。神はたいてい新しいものを好み、遷宮をくりかえす神社もあるのに、朽ちてゆく社をそのまま置いておく。何故だ、という話をしようとは思わないのですが、その失われた社殿跡が非常に神さびているのですね。その空間が。結界が張られているだけの聖域。森の中にぽかんと空いたそのいくつもの空間を見つつ、僕は沖縄のウタキを思い出していました。なんだか、とても不思議な気持ちにさせられた紀伊一宮でした。

    駅へ戻り、二駅列車に乗って和歌山市駅へ。ここからまた少し歩き出します。
    市駅から歩いてすぐ。「勝海舟寓居地」という石碑が建っています。勝のとっつぁんもあちこち出入りしてますね。
    碑文によりますと、
    「文久三年軍艦奉行勝安房守紀州藩海岸防衛工事監督のため
     幕府より和歌山に派遣せられし時此処に寓居す
     時に門下坂本龍馬も亦来りて事に従ふ」
    と、龍馬はんの名前まで出てきました。和歌山に来てたのか。
    文久三年、といえば、とっつぁんは幕府の命で大阪湾岸あちこちに砲台を造るために視察を繰り返した時期です。僕は郷土史ブログを書くために、砲台建設についていろいろ調べていましたのでそこは了解しています。幕府が建造した砲台は西宮他数箇所なのですが、各藩もそれにならい建設しました。大阪湾岸にはかなりの砲台が建設されたと推定されてます。今はほとんどその跡は残ってないんですけど。紀州藩も加太浦とかに造っていますから、その助言でしょうか。
    周辺をさらに歩きます。南方熊楠生誕地があり、銅像が建っています。藩校跡、水天宮などをめぐるうち、昼になりました。

    和歌山で昼、といえば当然和歌山ラーメンということになりますが、この日は日曜であまり店が開いていません。「山為食堂」なんて僕は大好きな店ですけど休み。もう「井出商店」にも数度行ってますし、街中でまだ行ったことのない店、ということで「○京」へ。
    えーっと、僕は一応まだハラ一杯食べない方針を続けてますので、大盛りは頼みません。和歌山ラーメンといえば、一緒に早寿司(鯖の押し寿司)を食べるのが定番なのですが、それも食べません(カミさんは食べとるがな 笑)。
    出てきた中華そばは、スープがうまい。これは僕の中では出色です。
    和歌山ラーメンのスープを余所者は「車庫前系」「井出系」とよく分類してまして、前者が醤油味を生かした味で後者は豚骨が強いドロリ濃厚系ですけど、「○京」はその店名からも車庫前系(これらの店はだいたいマルが付く)。でもそんなに醤油も強くなくマイルド。思わず懐かしさを感じ(子供の頃食べてた出前の中華そばに似ている)、これはまた再訪したいな、と思いました。もっとも味は好みですが。

    食べ終われば、和歌山城へ。
    そもそもは豊臣秀長が築城。普請は城造り名人の藤堂高虎。後に徳川御三家の城となるわけですが、ここにやってくるのはもう10年ぶりくらいになります。一応平城の範疇なんですけど岡をうまく活用して造られているので、結構登るのがキツい。でも、いい石垣ですね。
    天守は有料なので昇らず(笑)、あたりを散策して終了。

    その後、寺町方面へ。城の南側に出て三年坂通りを渡ると、岡の上に「岡山の時鐘堂」。徳川吉宗が藩主の頃から、大正時代まで時を刻んでいたそうですけど。
    そういえば、紀州藩は二人、将軍を出しています。八代吉宗と十四代家茂。御三家のうち、本命の尾張藩は結局将軍を出さず、水戸藩からは十五代慶喜が最後に出ましたが、あれは一橋家の養子という立場で将軍になりました。一橋家というのは御三卿の一家で、吉宗系の連枝ですから、吉宗以降は将軍家みな紀州、とも言えます。これは単に巡りあわせと言っていいのか。いろいろな事が想起されるのですが、措きます。
    その吉宗生誕の地が、時鐘堂から降りてしばらく行ったところにあります。吉宗は城で生まれていないのですな。
    この人が将軍になったのも、数奇な運命。なんせ四男で生母は側室でしたから。普通は紀州藩主にだってなれないのに。「暴れん坊将軍」ならカミさんも知っていますので、ようやく興味を覚えてくれたようです。
    「昔は、側室腹の男子は捨てられるならわしやったんや。んで、吉宗も形式上は捨てられて、神社の神官が拾って家老に預けた。で、そこで育ったんや。その家老というのが加納家。あの、暴れん坊将軍でご意見番として新さんに小言をいう有島一郎がやってたじいさんが居たやろ。あれが当主の加納久通で、だから新さんはあのじいさんにアタマが上がらんのや」
    時代劇で例えて話すとわかってくれる(笑)。

    すぐ近くが、報恩寺。紀州徳川家の菩提寺です。
    初代藩主頼宣の正室瑶林院の菩提所として開基された寺で、藩主の奥さん中心にデカい墓が並んでいます。もちろん、瑶林院の墓も。瑶林院って加藤清正の娘ですね。こういう入り組んだ血筋は、実に歴史っぽく感慨深いのですが、ちょっと雰囲気が重々しすぎてカミさんが写真を撮るのを許してくれません。「祟られるよ」とか言います(汗)。
    無量光寺の「首大仏(予算がなくて首しか鋳造されなかった仏さまですが、首だけでもデカい)」などを見学し、また刺田比古神社(式内社)や和歌山城築城の石切場跡である岡公園、そして陸奥宗光の銅像などを見て歩きます。陸奥宗光は龍馬はんとの関わりからカミさんも既知であり(コミックス「おーい竜馬」を読ませた)、紀州出身ということくらいは知っていたので話は早い。
    「陸奥宗光の奥さんが美人でなぁ…」
    こういう話をするとさらに乗ってくるので結構なことです(笑)。

    夕刻に近づいてきたのでこのへんで和歌山散歩は切り上げます。なかなか面白かったっすね。南海電車に乗って大阪ナンバまで帰ります。
    一杯やって帰ろうと思うのですが、どこに行くか。大阪へ行けば僕らはたいてい串カツ屋とか焼肉屋ばかりいってます。そんなのカロリー過多ですな(汗)。それに日曜ということもあり、どこに行けばいいのか迷います。
    しょうがない、秘密兵器の店に行くか。というわけで、逡巡したあげく相生橋筋の「正宗屋」へ。
    行くのに躊躇した理由があるんです。ここね、ヨメはん連れて行ってもいいのか、という店なんですよ。なんせオヤジ率100%(笑)。客は皆競馬新聞持ってるオッサン、てな感じで。でも異常に安くてうまい店。
    行けば4時半なのに満席。しかし運良く出る客がいて、待たずに座れました。
    「ビール大瓶1本と焼酎お湯割り。ああ麦で。それから、どて焼きときずしとおばけと…カステラある?」
    ビール(390円。安いっ)はカミさん用。僕は焼酎(200円)です。関西の人でないと、どて焼きとかきずしとかおばけって何のことやら…かもしれませんね。どて焼きは牛筋串ぷるぷる煮込み、きずしは〆鯖、おばけとは「さらし鯨」です。これ150円(笑)。カステラはこの店の名物で、鯛の子を凝らせたものに蟹味噌を乗せた…ああ面倒くさい食べログここ見てくれ(笑)。
    この時点で、店に居る客で女性は女房だけ。最初はその場違いさにビビっておりましたが、食べれば美味いので喜んでいます。さらにおでんやマグロのハンバーグ風やら何品か追加して、僕は焼酎おかわり。いいかげんほろ酔いになり、腹もくちてきたので、そろそろおいとまするか(長居するのも野暮)。
    勘定は二人で2400円。こういう店もあるんです。大阪の宝やな。
    店を出ればまだ明るい。普通ならこのあとラーメンなのですが、きっぱりとここまでで帰りましたよ。今日は結構歩きましたし、カロリーの収支計算はまあ合ってるかなー。


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    | 2011/01/11 | 旅行 | 23:32 | comments(2) | trackbacks(0) |

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    | 2016/12/30 | - | 23:32 | - | - |

    コメント
    紀伊一宮、心惹かれます。
    私など神社のことはなーんにもわからないので感覚的ですが、時々普通の神社とは違うところを見るとハマってしまいます。
    先般会社の人にオヤジ率100%の扉がない居酒屋さんに連れていってもらいました。
    侮るなかれ、食べ物はメッチャおいしいし安いっ!!
    「男性は羨ましい」と言いつつおいしく頂きました。
    二人で2400円は安いですね〜
    さすが食い倒れの町^^

    PS 鎌倉などで写真を撮るとき、ビビるんですよね…
    確かに祟られたら怖いです(涙)←蓮華寺の写真が怖くて見られないのですが消せない私(アセアセ)

    お忙しいようですが、風邪など引かないよう気をつけてくださいね!!

    • jasmintea
    • 2011/01/18 12:56 PM
    >jasminteaさん
    日前國懸は行ってよかったですよ。雰囲気が何だか違うんですね。なかなか遠いのでアレですけど、また機会があれば参詣して下さいな。
    写真を撮るのにちょっとためらわれる場所というのは、何だかそこに見えないどなたかがいらっしゃるように思える場所ですよね(汗)。失礼の無いようにすれば祟られるってことはないと思いますけど…。
    オヤジ御用達の酒場ってのは、実質的すぎるのがいい。すなわち、虚飾を排するのでコスパは高いですね。カミさん連れてきましたけど、こういうところへ出入りしているということを分かってもらったほうがいいかな、とも思いまして。
    お気遣いありがとうございます。寒い日が続いてますのでjasminさんもご自愛の程を。
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