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    伊勢詣

  • 2009.09.23 Wednesday
  • ちまたでは5連休だったということですがね。しかし世間の人がどれだけシルバーウイークというものを享受しているのでしょうか。行楽地の混雑を伝える新聞やTVなどのマスコミだって休んでいませんし。
    前置きはともかくとして、僕は土、月、火がまるまる休みでした。中途半端ですね。どこ行っても混んでいるでしょうし、フテ寝してようかとも思いましたが、なんだか周りがこう盛り上がっていると羨ましくてしょうがない。なので、ちょっと出かけてきました。行き先は伊勢です。カミさんは前からの約束で知人と若狭丹後方面へ行ってしまっていますので、ひとりです。このパターンがどうも増えそうな気配。

    目的はいろいろあるんですけど、最近いろいろ困ったことばかり起きますので、神頼みですね。伊勢神宮参拝です。伊勢には例のまわりゃんせ以来ですから約3年ぶり。今回は車で出かけますので、伊勢の内宮、外宮だけではなく、せめて別宮14社は全て参拝してこようかと思っています。
    日曜の夜、10時くらいだったでしょうか。食事済ませて風呂入ってから出発です。出来るだけ目的地に近づくつもりで一路東へ。大阪、奈良を横切り、三重県に入ってしばらくして日付がかわった頃に車を止めて仮眠。仮眠と言ってもPキャンプ仕様ですのでゆっくりと横になって布団にくるまって、ですが。
    夜が明ける頃、再び車を走らせます。しばらくして外宮到着。時間はまだ午前6時前です。さすがに駐車場が満杯ということはありませんけど、それでも人出が既にあります。神社ってのは朝が早い。
    神宮には、式年遷宮というものがあります。20年ごとに本殿などを建て替える行事なのですが、次回は平成25年です。しかし準備は進んでいます。3年前にここにやってきたときに、ちょうど御木曳行事(建替えの用材を両宮に曳き入れる行事)をやっていました。4年後に向けて着々と準備が進行しています。既に、建替え用地の古殿地(現本殿の隣にある)は、もう新御敷地として覆いがなされていました。

    外宮に参詣の後、隣接する別宮にも参ります。
    神宮と言えば、この豊受大神宮(外宮)と皇大神宮(内宮)を通常は指しますが、この2社が「正宮」と呼ばれる宮であり、その他に管轄社として別宮14社、そして摂社、末社その他併せて全部で125社の宮があり、これら全てを総称して「神宮」と考えてもいいのかもしれません。125社などとても廻りきれませんから、せめて別宮14社は全て行こうと思いやってきたのです。
    外宮の宮域にはそのうち3社。多賀宮、風宮、土宮があります。なんとも涼やかな名前ですなぁ。それぞれに手を合わせます。
    さらに、少しだけ離れて月夜見宮が。徒歩圏内です。こちらにも参詣。外宮境内は早朝からあれだけの人が居たのに、ちょつと離れたここには誰も居ません。深閑としています。

    さて、このまま一気に別宮14社全てに…といきたいところですが、他にも寄りたいところがあります。まずは斎宮の離宮院跡へ。参宮線宮川駅にほぼ隣接していて、公園になっています。石碑ひとつくらいしか往時を偲ぶものはありませんが、一応やってきました。そして、さらに明和町まで足を延ばして斎宮跡へと向かいます。
    斎宮とは何か、を書き出すとえらく長くなりますので割愛しますが、つまり神宮に奉仕するために朝廷から皇女が派遣されていたのですね。斎宮女御徽子女王は有名なのでご存知の方も多いでしょう。その御所が斎宮です。
    ここに来るのは実は20年ぶりくらいになります。近鉄の車窓からいつも観ているんですけどね。当時は建設中だった斎宮歴史博物館にも初めて入りました。いつきのみや歴史体験館にも入りましたけれども、ここは名の通り体験する場所であり、いい歳したおっさんが十二単を着たり毬杖や蹴鞠などをしていては変態だと思われるので早々に退散です。
    このあたり一帯が、斎宮跡ということです。発掘状況などは実に興味深い。大半の来訪者が源氏物語などの平安貴族の暮らし等に興味があるのでしょうが、僕はどちらかと言えばその発祥である、アマテラスを最初に伊勢に祀った倭姫命、また天武天皇の皇女である大来(大伯)皇女あたりにやはり興味が集中してしまいます。斎王の存在はすなわち、畿内からこんなにも遥か離れた伊勢の地になぜ皇祖神ともいうべきアマテラスが祀られているのか、という問題と直結するわけですが、それをここで長々と書いていくわけにもいきません。
    それにしても、神に仕える身として当然処女であり、都から伊勢に行かねばならない斎王という存在は、考えようによっては人質か人身御供にも思え…おっと言葉が過ぎました。斎王の森史跡公園を歩き、斎宮の御殿跡とも推定される竹神社を参拝して、斎宮跡を離れました。

    さて、別宮14社を回るのですが、このように寄り道ばかりでなかなか進みません。元伊勢と言われる磯神社とかね。いろんなところに行きたくなるんです。さらに伊勢うどんも食べなくちゃいけません。この極太でフワフワのうどんに真っ黒の出汁がかかったうどんを食べなくては伊勢に来た甲斐がないというもんです。美味い。さらにてこね寿司も食べなくては…(昼メシをいったい何回喰うんだ)。
    本筋に戻って、別宮へ。倭姫宮へ寄ります。祭神はその名の通り、前述した斎宮の倭姫命です。ここは比較的歴史が新しいのですが、古社の風格を既に醸し出しています。
    さらに、月讀宮へ。こちらには月讀荒御魂宮と、伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮と4社がずらりと並びます。なかなかの壮観です。もうお昼なのですが、参詣者はそれほど居ません。人は集中するんです。
    その集中している場所、内宮が近づいてきました。伊勢に来て、既に外宮と別宮9社を回ったわけですから、内宮に行かずに済ますというわけにはいきません。しかし…。
    月讀宮を過ぎたあたりからもう道路は渋滞しています。これは内宮の駐車場の行列ですね。こんなのどうにもなりません。何時になれば内宮に辿り着けるのか予想が出来ませんがな。しょうがないか。なんせここは三重県一の観光スポットなのです。
    僕はすっぱりと諦め、猿田彦神社に寄った後、賢島方面へ車を走らせました。横目で見るとおかげ横丁の大駐車場にも長蛇の列、そして五十鈴川の河川敷も臨時駐車場と化して車が立錐の余地もなく並んでいます。すげぇ。ETC割引の弊害ですね。みんなまわりゃんせ使いなさいよ(汗)。

    車を賢島方面へ走らせます。途中、磯部町(志摩スペイン村の近く)に、別宮の伊雑宮があります。昼下がり、参詣します。
    ここは志摩国の一宮とも言われるほど由緒ある神社ですが、他に参拝者はいません。人は集中するのですな。僕にとってはありがたいことです。この神聖な佇まいを独り占めできるなんて。

    お参りを済ませた後、なんだか海が見たくなって大王崎灯台なんかに寄って風に吹かれていましたら、のんびりしすぎました。このあと、別宮では最も離れた場所にある瀧原宮に行く予定なのですが、このままでは日が暮れてしまいます。急いで車を走らせました。
    賢島から、海沿いを走りたいな、と国道260号線に進路をとりましたが、これは失敗だったか。リアス式海岸なので、ドライブ自体は楽しいのですが思った以上にクネクネ道で時間がかかるのです。西方向に延々進み、紀伊長島近くまで来て進路を北へ。山懐ろに分け入ります。そして、夕刻5時を過ぎて、ようやく瀧原宮に到着。人の気配がありません。静かです。
    長い参道を踏みしめるように歩きます。それにしても、黄昏時の森は予想以上に力強く、実に清々しくはあるものの、僕がもしも悪人であればこれを圧迫感ととらえたでしょう。整然と繁茂した木々、という表現はどこかおかしいとは思いますが、巨木たちはちょっと油断すれば人の出入りを拒絶してしまうかのようです。まあこんな感想は、時間帯と、僕だけしか参拝者がいないという条件が重なったことから生じているのでしょうけれども。
    遥か向こう参道が尽き、宮がありました。社殿のまわりだけがふんわりと明るい。これは、敷き詰められた白石のせいでしょう。美しい。背筋が伸びます。瀧原宮、瀧原竝宮と2つの別宮が並んでいます。参拝の柏手があたりに響くようです。来ることが出来てよかった。

    さて、今日はこれでおしまい。例によってPキャンです。途中スーパーマーケットがあったので美味そうなものを買い込み(なんだかマグロが大安売り)、ちょっと贅沢してプレミアムモルツを2本買って、クーラーに氷をたくさんもらって詰め、ビールを突っ込みフタを。このまま、日帰り温泉施設を併設している道の駅に行きます。風呂上りのビールを夢見つつ、日の暮れた道を急ぎました。

    翌朝。と言ってもまだ4時半です。昨日は酔っ払って9時過ぎには寝てしまいました。車の中には空き缶などが散乱しています。昨夜は一人鍋をして呑んでいたのですが、秋の山あいの夜は冷えたので丁度良かった。
    散らかったものを片付けバーナーに火をつけ、コーヒーを沸かして喫します。この時間が本当に好き。
    と、ぐずぐずしてはいられません。再び伊勢へ戻ります。昨日行きそびれた内宮に参拝しなくてはいけません。
    内宮には、6時前には着きました。さすがに駐車場にはまだ空きスペースがあります。車を止めて、聖域へと歩き出します。
    宇治橋は付け替えをしていますね。式年遷宮は4年後ですけれども、橋は少し時期がずれています。
    参拝者はいるものの、雑踏というほどでもない。まだ閑散としています。まず正宮へ。僕が足を踏み入れたとき、ちょうど人の流れが途絶えました。階段下から写真を撮りましたが、人が写り込んでいない写真を撮ったのは初めてだろうと思います。二礼、二柏手、一礼。深々とこうべを垂れます。
    そして、別宮の荒祭宮と風日祈宮にも参詣。これで、別宮14社全て参拝したことになります。

    神社、しかも大きな神社へ参ることが世の中では流行っている、と言っては語弊がありますが、実際に雑誌などでブームとして取り上げられています。「パワースポット」「スピリチュアルポイント」また「癒しの空間」などと謳われ、「元気を貰える」とよく言われます。元気をもらう、なんて抽象的な言葉は僕には意味がよく分かりませんし、「気」を感じたりするほど感受性が研ぎ澄まされてはいない哀しいほど愚鈍な僕は、伊勢神宮の値打ちなど実際はよく分かっていないのだろうと半ば自虐的に思います。どちらかと言えば僕は「そもそもアマテラスは本当に女性神か」とか「何故皇祖神が畿内から遠く離れているのか」とか「尾張氏と度会氏の関係は」とかそんなことばかり考えていて、神宮を脳内で理解しようとして神宮を感じようとしていないのでしょう。
    ただ、この神宮という場所は、他の神様が鎮まる場所とはどこか違う。
    神が天降る場所がまずあって、そこから発展して造られた自然発生的な神社ではなくて、祀り場所を探し求めて造られた神宮は、極めて人工的な聖域であると考えられます。そこが相違点だと言えばまた脳内理屈だと言われるでしょうけれども、やはり鎮守の森と神宮は空気が違います。
    例えば、僕は大和の神社が好きですが、葛城の笛吹神社や一言主神社、高天彦神社などには、「またお参りにやってきました」と素直に言えるような感覚があります。悪さをすれば叱られるでしょうが大らかさもある。神社というのは聖域でありますが、そういう優しさもあって人と繋がっている。
    ところが、僕は神宮にはやはり最初に畏怖を感じます。元気が貰えるほどの優しさが前面に出ているようには僕には感じられません。どこか一線を引いた厳しさがあります。それはあまりにも荘厳であるが故かもしれないのですけれど。生半可ではなく真摯に対峙しないと叱られる、と思ったりもして。
    初めて瀧原宮に参って、その感想を一言で言えば「衝撃」でした。ショッキングと言った方が近いかもしれません。有体に言って、怖かった。それは、その清浄さゆえであるかもしれませんし、美しすぎたからかもしれませんが。僕にもなんだかよく分からないのですけどね。

    余計な長話を書きすぎました。
    神宮参拝を終え、ちょっと清々しい気分になった僕はこのあと、松坂方面へと足をのばしました。本居宣長の奥津城(神道墓)など、史跡を中心に。この宣長さんの奥墓は、山をずいぶん上らなくちゃいけないので大変ですよ(汗)。あちこち歩いた後、昼食に肉を食べ(たまの贅沢です)、土産を買い早い時間に帰路に着きました。久しぶりの三重旅行、短かったのですが満足しています。
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    | 2009/09/23 | 旅行 | 22:45 | comments(8) | trackbacks(0) |

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    | 2016/12/30 | - | 22:45 | - | - |

    コメント
    世の中がシルバーウィークとはやしたてETC割引で渋滞の嵐と空港の賑わいをテレビで見るだけ。

    雑事と仏事に終わったシルバーウィークでした。

    でも、こうやって凛太郎さんの日記で旅気分を味わえてよかった♪

    伊勢神宮は行ってみたい場所の一つ

    私は源氏物語が好きなので伊勢の斎宮と六条の御息所をすぐに思い浮かべてしまいます。

    ええ歳したオバハンでもいいから(笑)十二単衣着てみたいなぁ♪

    凛太郎さんの日記を読んでから私も車で泊まりながらの旅に憧れてます。かなり自分の中で実現に近づいています。

    凛太郎さんの旅はいつも早起きですね♪
    日が暮れたら飲んで眠る。
    朝日と共に起きて動く本来の人間の体内時計に忠実。

    電気がなかった時代の時の流れを感じることも出来そう。

    一気に遠くを狙わずに、まずは一泊2日圏内を探します♪

    相方さんと別々の旅の後は2人の会話が増えるでしょうね。凛太郎家の食卓の話題が気になる(笑)オバハンでした♪
    • アラレ
    • 2009/09/24 1:28 AM
    >アラレさん
    アラレさんもシルバーウイークお疲れ様でした。あちら拝読いたしますと充実されておられたようで。^^
    斎宮と言えば、何と言っても秋好中宮ですね。小説上ですがこの女人の存在によって斎宮を知っておられる方も多いと思います。僕はつい「何で斎宮なんて制度が出来たんだろ?」とか考えてしまいますので、より古代に興味が湧くのですが。
    見ていましたら、おばはん(失礼^^;)も十二単を着ておられましたよ(笑)。歳など関係ありませんなぁ。ワシが着るとなると問題ありますが。

    Pキャンは、決して奨めるほどのものではありませんが、自由度がいいんです。それに、確かに機動力が増しますし朝から行動しやすいので便利ではあります。旅行はやっぱり早朝から動いたほうがあちこち行けますのでね。
    僕は、Pキャンに妙な開放感があって好きなのですが、そう感じるのは少数派のような気もしますしねぇ(汗)。
    こんばんは
    11月の終わりにお仕事で三重県に行くことになりました。せっかくなので仕事が終わってから一日休みをとって、伊勢参りをしようと計画中です。
    凛太郎さんのレポートを読ませていただき参考にさせていただきますね。
    大学生の頃松江に行って出雲大社に参拝した時に感じた不思議な「気」を伊勢でも感じるのか確かめたいと思います。
    もちろん私にも霊感はありませんけどね。

    普段神仏とは無縁の生活をしているのでたまにはそういう気分も味わってみたいです。

    ところでPキャンプってどういう意味ですか?
    • ninngennmodokki
    • 2009/09/26 10:06 PM
    >ninngennmodokiさん
    こんばんわー。
    11月ですか。あちらこちら紅葉している頃かもしれませんね。
    出雲大社については以前詳しくレポ書いたことありましたけど、今回のお伊勢さんについてはさほどでもないのでご参考にしていただけるかどうか。伊勢旅行という観点からは「まわりゃんせ」の記事も以前書きましたので(これもお役に立つかは分かんないですが^^;)。
    http://p-lintaro2002.jugem.jp/?eid=359

    神社という場所はもちろん日本の聖域の最たるものだとは思いますが、感受性って人それぞれですからねぇ。でもまあ、緑も多いので気持ちはいいと思いますよ。

    ところでごめんなさい。Pキャンというのはパーキングキャンプ、車中泊のことを気取って言っているだけです(汗)。詳細は以下です。
    http://blog.goo.ne.jp/p_lintaro2002/e/65db2e831c1c5e0c29467de15dca5a1b
    こんばんは。
    伊勢のお話楽しく読ませていただきました。
    凛太郎さんのこの内宮にいくのは翌日という話で
    江戸時代の「お伊勢まいり」の話を思い出してしまいました。
    はるばる地方から伊勢詣でに来たもの、先に外宮に参拝してそれから内宮へ参拝しようとしたものの
    徒歩でいくには少し離れている内宮に行けない人が続出していたという話を。

    何ゆえに内宮と外宮が離れているんでしょうか。

    それから、外宮は「男神」をまつる社殿様式(千木が外削ぎ、堅魚木の数が奇数)になっているのに
    伝承では「女神」が祀られている
    これも不思議です。

    伊勢には神秘と歴史がたくさんあるような気がします。
    • さがみ
    • 2009/09/26 11:29 PM
    凛太郎さん
    いつものことながら、羨ましい限り。
    一人旅ほど贅沢なものはない。
    しかも、野外で鍋などつつきつつ、秋の夕風と星空を満喫したとなると。
    伊勢神宮について、歴史的・神祭祀的なことなど何も知らない私ですが、あそこがとても好きなのは確か。
    特に、前日に雨が降った朝の伊勢神宮が好きです。

    賢島は、昔、実父の姉(おばさん)が、富山の魚津で真珠商を営んでいた関係から、仕入れのために、あそこにちょっとした別荘を持っていました。
    おばさんは、富山の雪を嫌って、暖かい時期だけ富山にいて、寒い間はずっと志摩にいました。
    で、私たちも春休みなどにときどき出かけたのを覚えています。

    大学卒業時に、「紀伊半島一周しよう!」と、茶犬と意気込んで出かけたけれど、リアス式のあの海岸線を尾鷲まで抜けるのに、結局、海岸線といえどほとんど山道で海も見えず、すれ違いもできないような細い細い3ケタの国道を走り、茶犬は助手席で「気分が悪くなった」とか、「いつになったら尾鷲に着くんやろ」と、嘆いてばかりいたのを思い出します。私は、「とにかく走るしかない!」と、ほぼ無言で運転し続け、やっと抜けて尾鷲に着くころ、「和歌山に高速道路を!」という看板を見て、「ああ、私、署名でも何でもするよ〜」と、つくづく思ったのを忘れられません(笑)。
    >さがみさん
    なるほど。僕のやってる伊勢参りは江戸時代ですな(笑)。
    そもそも内宮に行けなかったのは渋滞のせいでモータリゼーションの弊害ですが、戦前、こんな車社会でなかった頃は、内宮より外宮の方が参拝者が多かったらしいですね。内宮は不便な場所ですから。今では外宮に行かず内宮だけ、という人がかなりの割合でしょうね。車が内宮と外宮を逆転させてしまった。
    内宮と外宮は離れてますね。外宮はあとからやってきたとされますけど。この位置付けには斎宮も関わっているのでしょうかね。そもそも、何故斎宮と神宮がこんなに隔たっているのかがそもそもの謎だと思いますけど…。

    千木と鰹木の話も不思議ですね。
    このことについては「伊勢神宮が例外である」として説明されますけど、天つ神と国つ神の違いもあるのかなと想像してみたり。或いは、豊受大御神が女神である、と規定されたのは後世ではないかと考えてみたり。
    いろいろ考えると面白く、思わず自説を展開したくなります。伊勢にはそういう神秘的な側面がやはりありますね。
    >よぴちさん
    僕の気持ち的には贅沢なんですけど、車中泊と上膳据膳でもない旅行を贅沢と言うには「ボロは着てても心の錦」的な主張をしているのと同じような気恥ずかしさがあります(汗)。
    雨上がりは緑が美しいですからね。朝の斜光線とともに、神宮が最も輝くときであるかもしれません。僕とて何を知っているわけでもなく、ただ知ったかぶりで歩いているだけです。

    おばさまもお仕事ですので単純に羨ましいと言っていいのか迷いますが、賢島に別荘というのは憧れますね〜。
    あの頃の紀伊半島一周というのは、なかなか大変だったのではないですか?リアス式海岸は厳しいですからね。僕は大学3年の時、和歌山から逆に新宮、熊野、尾鷲と自転車で走って死ぬる思いをし、とても志摩へはいけないと紀伊長島から内陸に入りました。そっちのほうがどれだけラクだったか。
    んで、先日志摩から尾鷲方面に走ったわけですけど、すれ違いの出来ない細い道はまだあったものの、バイパスもあちこち出来ていましたよ。工事中のところもあり、徐々に整備されているようです。でも、高速走らせる程の交通量は未だに無いですなぁ(笑)。
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