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    太陽が消えた日 パウリーニョ

  • 2009.09.03 Thursday
  • こういうことはサッカー界ではよくあることです。よくあることってのは重々承知してるんです。でも。

     パウリーニョ選手 移籍のお知らせ(サンガFC公式より)

    この件については噂も既に流れていましたし先走ったマスコミの報道もありました。ですから、驚きはなかったものの、まだどこかで「嘘だろ」という思いが捨てきれていなかったのも事実で、今朝新聞報道でそれが「間違いない」と知ったときには、なんともやるせない気持ちに襲われてしまいました。

    パウがいなくなるなんてなあ。

    移籍先はブラジルのスポルチ・レシフェ。正直あまりよく知らないのですけどブラジル国内リーグではセリエAにいる伝統あるチームらしいのです。それより、あのシャムスカが今指揮を執っているということ。おそらくブラジルにシャムスカが戻ったときに、補強を考えれば最もよく知るJリーグから、となったのでしょう。

    パウリーニョにとって、J再昇格の昨年、そして今年は決して納得のいくシーズンではなかったことは分かります。
    昨年は開幕早々にアキレス腱断裂、そのまま登録抹消。楽しみにしていた柳沢とのツートップはほとんど見られぬまま。しかし、チームはフェルナンジーニョを一時補強したものの、パウを切るなんてことはさすがにしませんでした。なんといってもうちのエースですから。
    けれども、チームはヴェルディからディエゴを獲得、そして彼に背番号10を与えました。松井大輔のあとを引き継いで5年間10番を守ってきたパウリーニョは20番に。これだけで怒ってチームを飛び出す場合もあると思うのです。でも、昨年ほぼ1年間戦力外であったパウは、それを受け入れざるを得なかったのでしょう。
    しかし、チーム戦術も大幅に変わってしまいました。1トップの4-2-3-1が基本布陣。その中でパウは左MFとされ、また1トップとして使われました。しかし結果がうまく残せません。もちろん、得点はディエゴに次ぐ5得点をあげています。しかし、チームになかなかフィットしない。
    みんな分かっているはずです。パウは2トップの一角としてもっとも輝きをみせるプレイヤーです。当初コンビを組んだアレモン、そしてアンドレ、また田原豊。みんなもうチームにはいません。柳沢、あるいは豊田とコンビを組んで、トップ下のディエゴとともに攻める形を熟成させれば、これはかなりの脅威になったと思います。しかし、怪我などもあり、そして何より監督がそういう戦術を執りませんでした。
    パウはそうした中で、不慣れなポジションでも懸命にプレーしていたとは思います。しかし、以前のような輝きを見せられず、不動のレギュラーとはなれませんでした。

    そして、移籍。

    5年間も在籍してくれた外国籍選手ってパウ以外にいなかったんじゃないでしょうか。それも、来てくれたのはJ2降格時。そのときからうちのエースとして君臨し、リーグ得点王。そしてJ1昇格。残念ながらすぐにまたJ2へ戻ることになったものの、パウはそのままチームに残ってくれました。そして再度の昇格に貢献。
    パウなくしてここ数年のチームは考えられない。そういう意味では、チーム史上最も貢献してくれた外国籍選手であると言えます。もはや助っ人という言葉は相応しくない。そしてその実績は、朴智星と同等であると言えるでしょう。日本での通算得点は68点。
    そして、いかにファン、サポーターに愛されたか。これは間違いなく1だと僕は思います。あの太陽のような笑顔。パウを嫌いなサポーターって存在するでしょうかね。みんなパウが大好きだった。これは誰しも賛同してくれるはず。

    そのパウリーニョが行ってしまう。
    "パープル"サンガを知る選手たちがひとり、またひとり居なくなっていく。そして、太陽のような破顔でいつも笑っていたパウまで。
    パウがいないチームなんてなあ。なんだか違和感があるなあ。

    パウリーニョは、殊勝なことを言ってくれています。
    「いつの日にかまた京都に戻ってくることを望んでいますし、そのためにもこれからはブラジルのチームで頑張っていきたいと思います。」
    こういう言葉を聞くと、最近涙もろいおっさんである僕は思わずホロリときてしまうわけですが、でもパウリーニョはもう帰ってはこないでしょう。いや、日本には帰ってくる可能性はあります。でも、それは多分よそのチームだ。
    そう考えざるを得ないのが実に辛いことです。でもおそらくは、そうだろう。

    笑顔が似合う選手でした。太陽のように明るい選手でした。
    やっぱりちょっとかなしい。いや、かなりかなしい。パウリーニョ、お世話になりました。
    長い間ありがと。
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    | 2009/09/03 | スポーツ | 22:48 | comments(0) | trackbacks(0) |

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    | 2016/12/30 | - | 22:48 | - | - |

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