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    三沢光晴の死とプロレスの未来

  • 2009.06.15 Monday
  • 今朝、三沢光晴死亡のニュースを新聞紙上で知ったとき、僕はただただうろたえてしまいました。そんな馬鹿なことがあるかと。誤報じゃないのか。三沢がリングの上で技を受けて死ぬはずがない。あの受身の天才が。
    今、その後の報道などの情報を見ていますが、はっきりとした原因はまだ分かってはいないようです。動かなくなり心肺停止となった直前のバックドロップまでにもかなり三沢が試合上ダメージを受けていたこと、また最近三沢は体調が勝れなかったことなどが報道されています。必ずしも斎藤彰俊のバックドロップだけが原因ではないのかもしれません。
    まあそんなことを推測したりなんやしたりするのも既に虚しいことですが。

    プロレスラーという商売は、常に文字通り骨身を削っています。よくショーであるから、と言われますが、プロスポーツというものは全て観客があって成立するものであり、そういう言い方をすればプロ野球もサッカーも全てショーであると言えます。ただ、他の競技が内容より時として観客の、贔屓チームないしは競技者によって与えられる勝利という満足感・カタルシスが優先する場合があるのに比べて、プロレスの場合はほぼ競技内容だけが問われるスポーツです。昨今、例えばサッカー日本代表の試合などで(ことに親善試合である場合)、内容を厳しく問う視点があるのも承知していますが、それでも勝ちさえすればあるていどの満足感を観客に与えます。ショボい試合だけどまあ勝ったなら良しとするか。しかしプロレスは、極論すれば勝ち負けなどどちらでもいい。観ている観客の溜飲を下げさせるのはその中身だけである、という点で特殊であるかもしれないと思っています。そして、これは相当のプレッシャーを競技者に与え続けることになります。

    かつては、プロレスにも勝敗で観客にカタルシスを与えることが出来た時代がありました。日本のプロレスにおいても、その黎明期に力道山が君臨した時代は、「力道山が悪役の外国人レスラーに勝つ」ということで観客は溜飲を下げました。その時代は、ひとつ必殺技(空手チョップなど)が出ればもう試合は終り。それだけで顧客満足が得られていたのです。もちろん力道山という類い稀な個性あればこそでしょうが。
    しかし、時代は戦後という特殊な時期を過ぎ、敗戦国である日本の代表がアメリカ等から来る外人をなぎ倒すだけでは観客は満足しなくなってきます。馬場さんや猪木は、そうした中で必殺技をいくつも重ねて繰り出さねばならなくなります。そして、自らが窮地に立ちそこから逆転するというドラマも描かねばならなくなり、相手の厳しい技も受けきる必然性が出来てきます。相手の力を引き出して試合のレベルを上げ、その上で勝負するという過酷な状況が生じてきたのです。
    それでも、かつての馬場さんや猪木には、いわゆるカリスマ性もあり、その看板・キャラクターで観客を魅了することが出来たのではないかと思っています。ですが、そのスターたちも衰えます。そして次代の鶴田、天龍、長州、藤波、前田ら。彼らも頑張りました。しかし個性を前面に出すプランには限界もあります。やはりプロレスは試合で魅せてナンボです。しかし、試合の密度はもうこの時既にギリギリのところに来ていたのではなかったかと思っています。けれども過去の記憶は美化されます。同じことをやっていては客は満足しない。より高度に、より危険に見せてこそ観客は熱狂するのです。また、総合格闘技やK-1など、本来違うジャンルのスポーツを「プロレスのライバル」としてマスコミが取り上げます。もうプロレスの危険度は飽和状態に来ているというのに。
    そして、次の世代のレスラーたちは、さらに上のレベルを目指してしまいます。パンドラの箱を開けてしまうことに似ているかもしれません。いや、我々ファンが悪いんです。それを望んでしまったから。
    そのパンドラの箱を開けた(いや、開けざるを得なかった)レスラーたち。その旗頭が、三沢光晴だったということは言えると思います。

    いわゆる「垂直落下式」という技。いわゆる「雪崩式」「断崖式」という技。観客の予想を遥かに上回る危険度を秘めた技の数々。いや、秘めてなんかいない。誰が見たって危ない。その「誰が見たって」という部分に三沢は固執したのかもしれません。それでこそ裾野が広がるわけですから。
    しかし、観客はそれに麻痺してきます。前は、脳天をマットに突き刺したのにカウント2で跳ね返したじゃないか。今度は、トップロープの上から脳天逆落としで叩きつけてこそ3カウントを奪えるんじゃないか。場外に脳天杭打ちでもう立てなくなるんじゃないか。そんなことを思ってしまったりもします。そして、実際にマット上でそういうことが起こります。それを僕のような訳知り顔のファンは「技に説得力がある」なんてしたり顔で言うのです。
    俺たちは阿呆だ。

    プロレスの試合中のことでレスラーが死亡することは、過去にもちろん例が多くあります。ですがよくある事のようでそんなにありません。背反することを書いているのは承知です。
    かつて、バディ・オースチンは、パイルドライバーで2人を死に至らしめた、とは有名な話です。オックス・ベーカーも結果的に2人を死なせてしまっています。これらは相当古い話ですが、身近なところではオーエン・ハート、そしてゲーリー・オブライトが死んでいます。2人とも日本ではおなじみのレスラーでした。
    日本では、女子プロレスにおいてプラム麻里子、門恵美子が死去しています。これは衝撃的でした。そして死亡事故ではありませんが、馳浩がやはりバックドロップによって「あわや」という事故もおきています。
    基本的に、危険なんです。プロレスは。どう考えたって。
    だからレスラーたちはリングで死なないために、受身技術をひたすら磨くのです。壮絶なトレーニングをして磨くのです。技を受けなければ観客が満足しない、という恐ろしい世界で生き抜くために。
    けれども、ダメージが蓄積することは避けられません。毎日頚椎を少しづつ損傷しながら生きている、とも言われるこの世界。レスラーの多くは早死にです。そんな追悼記事をいくつも僕は書いてきました。橋本真也のことはまだ記憶に新しいでしょう。
    しかし、リングで死に至ることは少ない。結果的にあの試合で…ということは多くあるにせよ、こんなふうに一発で亡くなってしまうことは、受身技術がまだ十分向上していなかった昔であればともかく、さほどの例が思いつかないのです。オーエンハートは結局転落事故ですし。しかも、「受身の達人」であり、どれだけ技を受けてもカウント3には至らない三沢であったはずなのに。
    これはよっぽどのことです。
    しかしながら、三沢は、世界でも有数の「下手すれば死に至る技」を受けてきたレスラーでもありました。

    これからプロレスはどうなるんだろう。そんなことを考えてしまいます。
    日本でも最有力手のプロレス団体のエースレスラーであり社長が一瞬にして欠けてしまう、ということ。そして、その原因が自らが先頭に立ってきた「死ぬかもしれないプロレス」であったということ。
    受身が下手な新人レスラーではなく最高に巧いベテランが、この「プロレス」で亡くなったという事実が、プロレスの形態を変えることになるのでしょうか。
    こうして誰かが亡くなってから、では遅すぎるのですが、観る人が観れば、ノアのプロレスは危険すぎる、ということが分かっていたはずです。僕ですらそう思っていたくらいですから。しかし歯止めをかける人もいなかった。社長自らが率先して身体を張っていたわけですから。そして何よりファンがそれを望んでいた。
    これからはどうなっていくんだろう。
    急激な技の退潮は、ファンが離れていく危険性を孕みます。しかし、こんなことを続けてはいられないはずなのです。でもどうやって、「生き続けるプロレス」を表現していけばいいのでしょうか。
    僕のようなおっさんは、プロレスがどんな形であれ、自らを揶揄した形態にならない限りは永遠に観続けるだろうと思います。他の格闘技がプロレスより上位に来ることなどありえない。
    僕たちはいいんだ。僕たちは、馬場さんが逆三角形の体躯であった時代も知っているんだ。世間的には「あんなもの」と失笑されていた馬場さんのチョップも、会場に行けば骨がカツン!と当たって響く音も聞こえる、そんな凄さも知っているんだ。だから、どんなプロレスであってもそれが恐ろしく鍛えぬいた肉体の表現であることは知ってる。
    けれども、今プロレスを見ている若い人たちはどうなんだろう。それがなんとも気がかりなんです。
    プロレスの未来はいったいどうなっていくんだろう。


    三沢さんという方については、もちろんリング上で、またTV画面で、また雑誌の紙面ででしか存じ上げません。しかし、実に親分肌でいい人であったと言われます。言われるだけでなく実際そうなのでしょう。
    プロレスの世界というのは、基本的に一匹狼の寄り集まり、離合集散が実に激しい世界です。自分のことは自分で責任を持つ。それが当たり前とされているように見受けられます。
    しかしながら、三沢さんはプロレスラーを労働者として評価し、また身体を壊したらそれで終り、しかも潰しが利かない不器用なレスラーたちの未来を考えようとしていたようにも見えます。健康診断も行い、ケアもしっかりする。そういうことをしっかりと制度的に整えようと思っていた人であったように推察します。それは、自分の主催する団体だけでなく、プロレス界全体を見据える視野の広さも持ち合わせていたようにも。
    団体乱立のプロレス界ではそういうことがし難い世界でしたが、もしかしたら三沢さんであれば出来るのではないのか。そんな幻想も持たせてくれた人でした。将来は、日本プロレス協会設立、そして初代コミッショナーとなるべき人だったのかもしれません。
    レスラーとしては、もちろん一流でした。僕が言うまでもないことです。46歳という年齢と、社長としての激務、そして長年の酷使により満身創痍となっていた肉体のことを考えると、よくもあれだけの試合をこなせていたと。しかし、やはり無理もあったのでしょう。ノアが地上波から消されてしまったことは大変なショックだったはずです。そうして様々なことが積み重なっての今回のことだと思います。
    斎藤彰俊のことが心配です。三沢さんもそう思っているのではないでしょうか。

    もうあのエルボーは見られない。

    三沢さん、ありがとうございました。本当にありがとうございました。
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    | 2009/06/15 | スポーツ | 01:18 | comments(10) | trackbacks(0) |

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    | 2016/12/30 | - | 01:18 | - | - |

    コメント
    このニュースはただただ悲しくて……
    最近涙もろい私は今朝もテンカウントゴングを聞きながら涙を零してしまいました。
    本当に、おっしゃるとおり斉藤選手が心配です。昨日の試合では号泣していたそうですがリングに立ってくれて良かった。
    でも、バックドロップはうてないかもしれないですね。背負う十字架の重さを考えると気の毒でなりません。

    もう三沢がリングに立つことはないって信じられません。
    経営者としても素晴らしい方でしたよね。
    と、どんな言葉を並べてもこの虚しさはどうすることもできません。
    こんな悲しい話題をブログでお話するのは辛いですね。

    改めてあのエルボーを心の中に描き、三沢選手のご冥福を祈りたいと思います。
    • jasmintea
    • 2009/06/15 12:40 PM
    >jasminteaさん
    三沢という人は、もちろんレスラーとしても素晴らしかったことは言うまでもありませんが、それ以上に日本プロレス界の「根幹」であったと思うのですね。僕は猪木教信者ではありますが、あの人の存在は異端であると思っています。あくまで三沢が本道。
    そしてその本道であった力道山→馬場→鶴田→三沢という系譜。みんな寿命を全うしていません。特に馬場さんと三沢という存在を失ったことはあまりにも大きい。プロレスの未来がどうしても心配になります。支柱を無くしてしまったような気がします。

    三沢のエルボーが比類なき破壊力を誇ったのも、俺もガンガンいくからお前も遠慮なく打ち込んで来い、のメッセージだったのだろうと。そして受けて受けて受け続けて、こういうことになってしまいました。
    そういうプロレスを望んでしまったのは、我々ファンだということを忘れることは出来ません。十字架を背負ったのは斎藤だけではない。そう思えてきます。
    訃報を聞いてから、いろんなことが手につきません。

    鶴田軍×超世代軍でプロレスを見始めて鶴田ファンだった私にとって、三沢さんを応援することはあまりありませんでした・・・。しかし私が最も長く見てきたレスラーでありまして、私の見てきたプロレスにおいて、最重要レスラーだったことに気づきました。

    自分もブログでNOAHの試合について「あんな技やってたら死人が出るんじゃないか(笑)」などと書いていたものでした。そういう見方になってしまっていました。大丈夫なわけがないんですよね・・・。

    あまりこういう言い方をしたくないんですが、今のプロレスは、事故が起きなかったからこそ成り立ってきた部分が大きいと思っていまして、その中で、今後のプロレス界にとって、三沢さんが事故で亡くなってしまったことのインパクトはかなり大きいんじゃないかと思いました。

    しかし、そんなことはともかく、三沢さんの死が残念でなりません。
    • rollingman
    • 2009/06/16 12:25 AM
     この話題だけは、どこかでコメントしたかったので凛太郎さんが書かれるのを待っていました。
     伝説である力道山時代は別にして「カリスマ」である馬場・猪木から数えると、次に「俺たちの時代」の長州、前田、藤波、天龍、そして「第3時代」の「闘魂3銃士」、全日「四天王」の時代だと思っています。
     そしてリアルに馬場や猪木を見てあこがれていた、自分とほぼ同世代の人たちの中で本当にプロレスラーになっていったのが、武藤、橋本、蝶野であり三沢、田上、川田、小橋といった方々でした。
     橋本の時もそうでしたが、この世代の人間の死はつらいですね・・・。まだ天龍さんもぴんぴんしているのに・・・。
     夢の「武藤VS三沢」のシングルマッチはもう見ることができません・・・。
     死因は、バックドロップを受けて頭部を強打したことによる頸髄(けいずい)離断ということのようですが、永年のダメージの蓄積があったからだと思います。
     こちらに試合直後の映像がありますが、試合中の映像については今後も封印されるようです。

    http://widegeinou.seesaa.net/article/121510760.html

     ところで、みちのく〜大阪プロレスでレフェリーを務めていたテッド・タナベ氏も14日に急死しましたね・・・。

    お二人のご冥福をお祈りいたします。
    凛太郎さん
    プロレスファンの凛太郎さんには、黙ってはいられないニュースだったでしょう。
    私は、基本、格闘技はそんなに好きじゃないのですが(柔道くらいですね)、三沢さんはそんな私には珍しく好きなレスラーでした。
    でも、それは多分、レスラーとしてではなく、人間として。人間として、橋本さんも、三沢さんも好きだったのです。
    プロレスはかつて、まだTVが普及していない時代から、国民の一大娯楽でした。
    それは今思うに、「やりたいのに、素人には現実ではできない」ものだから、プロがやっているのを見るのが楽しかったから、なんでしょうね。
    ひとつ間違ったら、病院へ行かなくてはならないほどのけがをしたり、後遺症を残したり、最悪の場合死に至ってしまう…。だから、フツーはできない。でも、プロだから、スレスレのところで魅せてくれる。
    今回のことで、ますます、「体を張った」職業なんだなぁと実感しました。でも、三沢さんたちは、多分、食べて行かないといけないから、という理由からだけではなく、プロレスを職業としているんだと思います。その思いが、かなうといいけれど…。
    きっとかなう、なんていうのは簡単、現実には難しいと思います。今はせめて、三沢さんのご冥福と、対戦相手の方の心の傷が浅いことを祈りたい。
    • 2009/06/16 10:50 PM
    >rollingmanさん
    僕は知ったのが翌日の朝でした。狼狽してしまいました。家族にも大きな声をあげたりして、取り乱してしまいましたね。
    本当ならもうひとつのブログの方で、しっかりと三沢の強烈な技を振り返りつつ追悼記事を書く、ということをしようと思ったのですが、とても書けません。それより、プロレス技をあーだこーだ言うような記事をこれからも重ねていっていいのだろうか、という疑問もあります。あんなことを書いていてよかったのだろうか。まだ動揺は続いています。

    おっしゃるとおり、三沢選手の事故死のインパクトは大きいですね。果たしてプロレスの未来はどうなるのか。僕には予想がまだつきません。世の中の人すべてがプロレスファンではない以上、何か違った角度で誰かの手が入ってくるかもしれない。そんな心配もしてしまいます。一流現役選手がリングで死ぬインパクトというのは大きすぎます。プロレスに興味無かった人たちでさえTVを観て論評したり、ブログに書いたりしています。あんな危険なことは止めるべきだ、の声も聞こえてきたりしています。

    また不遜な想像ですが、ノアはおっしゃるとおり「いつか誰かが死ぬんじゃないか」と多くの人が思っていたと思います。そしてもしも誰かが死んだ場合、三沢光晴はおそらく矢面に立たなければならなかったでしょうし、その覚悟もしていたかもしれません。ただ、そんなことが絶対にない様に、健康診断も含めケアを充実させようとしていました。小橋の癌発見もそういうことの表れでしょう。浅子覚のこともしっかりとケアしていましたし。最悪の事態は何としても避けようと努力していたと思いますが、灯台下暗しだったのか。それを考えると余計に無念です。自らが斃れてしまっては、責任追及の矢面どころではありません。

    日曜の夜中、記事をアップして後、僕は眠れずに古いビデオテープを取り出して観ていました。三沢がタイガーになる前の、越中と組んでいた頃の試合です。若すぎる三沢。チャボゲレロにジャーマンで敗れていました。もう25年くらい前のノイズだらけのテープです。それを観ていて、初めてこみ上げるものがありました。
    本当に、残念で、残念で仕方ありません。
    >ヒロリンさん
    「三銃士」「四天王」まさに我々と同世代ですね。彼らと共に僕たちも少年の頃プロレスファンになり、そして彼らは、僕たちが社会人となる頃、一流のプロレスラーとなっていった。その同世代の面々がまだ現役で戦っているということも脅威ではありましたが、「俺たちの時代」が頑張っていることは励みにもなりました。しかし、やっぱり本当は無理だったのか。橋本といい三沢といい、自ら引退することなく「死」でもって現役生活をブチ切られる。なんということでしょうか。

    その後の報道で、三沢の死因その他のことが分かってきましたね。結局、事故と表現はしますがその内実は、壮絶な戦死であったということですね。
    レスラーってのは、大なり小なりみんなそうなんだ。そして、三沢はその最前線に居たということなんでしょう。
    我々と同世代の三沢を、ずっと最前線に居させたのは誰なんだ。それは、分かっているようで何も分かっていない僕を含むファンなんだ。ダメージを受けて倒れこんでいる三沢に、「ミサワ!ミサワ!」とコールなんかして立ち上がるよう求めてはいけなかったんでしょう。本当に僕たちは阿呆だ。

    テッド・タナベも。僕は最後に大阪プロレスを観に行ったのはもう5年も前で、タナベさんはまだみちのくに居ましたので、TVでしかタナベさんを観たことが無かったのですが、これもまた残念です。同じく彼も同世代ですね。なんでこんなことになってしまうのか。絶句です。

    ところで、話替わりますが、ヒロリンさんちのことも気がかりです。コメントつけるとまたレスもしなくてはいけませんしそれも余計な負担だと思いましたので何も致さず失礼をしておりますが、どうかお大事になさって下さい。
    >よぴちさん(だと思いますが^^;)
    黙っていられない、と言いますか、本当は黙っていたかったんですね。今回は。その亡くなり方があまりにも衝撃的だったので、動揺してしまいまして。「何も語りたくない状態」だったんです。本当はもうひとつのブログで書くべきだったと思っていたのですが、それは出来ませんでした。
    三沢だけは「リング上で絶対に死なない選手」だと思っていたんです。受身の巧さは日本人レスラーの中でダントツでしたから。実にうまく肩と肘を使って衝撃を吸収する。頭を強打しているようで実は落ちる一瞬早く顎を引いている。ダメだと思ったら自分から大きく飛んで空中で受身をとる体勢をとる時間を稼ぐ。
    相手の技を大いに受けて、試合を盛り上げてくれる。その華麗な受身ばかりについ注目してしまったことが幾度もあります。だから、とにかくこのニュースは受け入れ難かったのです。

    僕は三沢氏とはもちろん話したこともなく、会場で握手をさせてもらったのが唯一の接点でしたが、それだけでも人柄は伝わるものです。間違いなく、いい男でした。そして、その印象というものは例えばプロレス紙のインタビューなどを通じても証明されてきましたし、何よりその行動が、軌跡が、三沢光晴の人間としての生き様の素晴らしさを体現していたと思います。

    プロレスが何故、国民の一大娯楽となり得たのか、そして今はその人気は衰えたとは言え、何故にマニアックでもファンは生き続けるのか。その答えを僕も考えてみようと何度も試みましたけれども、まだ自分なりの答えは出ていません。他の人のことはともかく、自分が何故に大好きなのか、ということすら明確にできません。理屈抜き、とか、説明できない感情、とかいうのが僕は大っ嫌いですので(ご存知ですね^^;)、なんとか理屈を捏ね繰り回してでも「何でオレはプロレスが好きなんだ」という自問に解答を出そうとしましたが、まだちゃんと人に分かるようには語れません。
    ただ、具体例はいくつも挙げることが出来ます。それが、僕がプロレスの記事をいくつも書いた理由だろうとは思います。
    ただ今のところ言えるのは、僕はプロレスをスポーツとして、最も「プロ」の視点を持ったスポーツとして評価していますが、同時に「芸術」だろうとも思っています。その芸術のひとつが、三沢光晴の受身でした。

    忌野清志郎、栗本薫、三沢光晴と続いて、もう疲れました。追悼記事なんて書くためにブログやってんじゃない。
    改めて冥福をお祈りしたいと思います。
    凛太郎さん
    よくおわかりで…。ありがとうございます。
    コメント投稿するにあたって、1点、加筆した部分があって、そのために戻ったんですよね。その時に、名前その他が消えてしまっているのに気付かず、投稿してしまったんだと思います。
    「語りたくなかった」というのは、よくわかります。でも、語らずにもいられない、私の清志郎さんの時のよう…。
    残念ながら、これからどんどん、追悼記事を書きたくなるような別れが増えて行くのでしょうね。
    諸行無常、と悟れたらいいのですが、一生、悟れないまま終わりそうです。
    >よぴちさん
    もうよぴちさんなら文体で分かります(笑)。

    スポーツの話とか、初期の頃はよく書いてたりしてたんですけど、最近は時事的なことはちょっと二の足を踏む傾向があるんですよ。後で見返しても全然面白くないから。いくらブログはフロー媒体だとは言っても、少しは何か残るものを書きたいじゃないですか。
    でも、誰かが亡くなるってのはただのニュースじゃないですからね。僕はブログを結構「追憶語り」にする場合が多いので、思い出がどっと溢れれば記事にせざるを得ない。
    しかし追悼記事ってのは書いてる方もしんどい。
    うちの書棚で最も冊数の多い作家はおそらく栗本薫さんでありまして、300冊くらいは余裕であるはずです。けれども、女史が先月26日に亡くなった時は記事を書きませんでした。余裕がなかったのもありますが、その気になれなかった。やっぱりしんどいのです。
    しかし、三沢光晴氏がこういう事態になってしまったならば、書きたくなくても書かざるを得ない。さんざん三沢の技に「説得力がある」なんて書いてきた以上はね。それはけじめってもんです。日曜だったので考える時間があったということもありますが。
    でもいやですね。やっぱり。
    同じく悟れない僕は、これからも書きたくないときは書きません。もうそうしないと続けていけないよ。更新頻度が下がって、月に数度しか書けないのに、それを悲しい記事ばかりで埋めていきたくはない。
    それより、みんないなくなってしまわないでくれ。
    そんな訳にはいかないのは分かってるんですけれどもね。
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