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    大野晋氏逝去

  • 2008.07.17 Thursday
  • なかなかにバタバタしていてブログも書けずじまいだったので、ちょっと時期を外してしまったのですが、やっぱり書いておきたいと思います。

    国語学者大野晋氏、14日死去。享年88歳。

    こういうの、やはり「巨星堕つ」でしょうね。そんな形容をこの日本でいちばん日本語に詳しかった方はどう評価されるかわからないですけど。
    僕の世代からいけば、大野氏は最初から伝説の人でしたね。子供の頃にはタミル語と日本語の比較研究に入っておられた頃だったのですが(TVでその特集番組を観てびっくりした記憶があります)、とにかく精力的に日本語を研究し考察を続けた方でした。先日、大野晋氏の言葉をちょうど引用させていただいたところでもあり(→日本語の柔軟さと日本文化の価値)、非常に感慨深いものがあります。
    あの丸谷才一氏が「本居宣長に匹敵する大学者」と評し、井上ひさし氏が「日本人の言語運用の面でこれほど大きな役割を果たした人は日本史上初めて」と評した巨人でした。
    僕は国語学など全くの門外漢で、専門で学んだことなど一度もありませんが、大野氏の著作は素人にも分かりやすく著述されていて、それでいて深遠な内容をしっかりとおさえてあります。その何冊かは、僕もバイブル的に何度も読み返しています。読むたびに、何か自分の中に一本芯が通るような気がします。なんと自分たちの使用している言語は深いのだろう。日頃、「日本語の乱れ」を連発するエセ識者たちには、大野氏の著作を少しでも読んで勉強してもらいたい、もっと裏打ちされたものを持ってから発言しろ、と思わず言いたくなったりして。
    大野氏は「岩波古語辞典」を作った人としても知られますが、日本語を遡り、どこから日本語は生まれたのか、どう影響をうけてどう発展してきたのかを常に考えてこられました。万葉集から各種勅撰和歌集などはもちろんのこと、日本語で書かれたものは古代から中世、近代に至るまで全て頭の引き出しに入っているのではないかと思わせる博覧強記ぶりで、その分析と解釈は凄まじいまでに精緻です。
    そして、言葉を考えることは歴史を考えることになるのです。日本語の起源は何か。それは、日本の起源を考察することにも繋がってくるのです。

    とりとめもなく書きましたが、非常に残念な気持ちでいっぱいになります。
    雲の上の方ではありますが、教えを乞いたかった方でしたね。
    僕は、日本で最も古いとされる文献である「古事記」そして「日本書紀」が、何故同時代に二つも並んで成立したのか、何故日本書紀が完全に漢文で、古事記が一部当時の古代日本語を匂わせつつ記述されているのかについてひとつの仮説を持っているのですが、そんなことあり得ることなんですか? と一言だけでも教えを頂きたかった…まあ夢想なんですけど。
    司馬遼太郎さんの時にも思いましたが、「活動を停止するにはあまりにも惜しい脳細胞」がまたひとつ日本から消えました。口惜しいことです。合掌。

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    | 2008/07/17 | 雑感 | 23:54 | comments(2) | trackbacks(0) |

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    | 2016/12/30 | - | 23:54 | - | - |

    コメント
    大野、丸谷、大岡、井上の4氏が週刊朝日に連載していた『日本語相談』を読むと素人に対して実に丁寧に情熱的に日本語に対する疑問にたいして、自説を説いている。正しいかどうか(たとば日本語の起源)、というより、疑問に対して解明しようとする態度がまずリッパと思います。これは言語だけに限りません。私が学ぶのはそういう点です。
    >古井戸さん
    「日本語相談」はよく読んでいました。丸谷氏がどちらかといえば「ご隠居さん」的であったのに対し(何と言ってもめちゃくちゃモノ知っている方ですからそう言っては怒られますが、自分の意見はもう遥か昔に確立されているという感じで^^;)、大野氏はその疑問に対して、古井戸さんが
    おっしゃるとおり「解明」を旨とされてらっしゃってたように思われるんです。質問をひとつのサンプルとして、どう解き明かしていくか、という点が本当に読んでいて楽しかった。
    歴史というのは、特に古代史は言語学なのだ、と教えてくださったのも大野氏であったと思います。古事記と日本書紀は歴史的アプローチでは結局解く事が出来ないのではないか、その使用されている言語そのものを題材にしないと背景が読み取れないのではないか、と知っておられたように思っています。
    日本書紀は日本人が書いたものではない、というところまでで留まり、それ以上のことが途上であったことが本当に残念です。そっちの研究にもう少し踏み込んでいただきたかったですね。
    ありがとうございました。
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