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    恵方巻きの話

  • 2007.02.03 Saturday
  • 節分です。月日が経つのが早いと感じるのは、まあいつだってそうでしょうが、ブログやっていると特に強く感じたりします。節分の記事はついこの間書いたような気がしていたのだけれどもなぁ…。

    というのは昨年の節分に書いた記事の冒頭です(大汗)。
    昨年記事 ついでに一昨年記事
    ブログって日記的なことも書きますから、こういう「光陰矢の如し」をホントに実感します。やんなっちゃいますよね(汗)。

    恵方巻きについては、一昨年あたりにウンチクめいたことも書きましたけれど(その頃はまだ全国的に「恵方巻きって何?」という人も多かったような記憶がありましたので)、今はもう知らない人は少ないでしょうね。
    さて…。
    この恵方巻きという風習、僕はずっと子供の頃から続けていたように記憶していたのです。兄妹三人揃って笑うのを堪えつつ(母親に見張られながら)その年の恵方を向いて太巻きを丸かぶり。しゃべったらあかんで。そんな情景がすぐ浮かぶのですが。
    今日の午前中、母親にちょっと用事があって電話したのです。その話のついでに…

    「今日は節分やんなぁ」(僕)
    「そやな。鰯焼かなあかんわ」(おかん)
    「そんで太巻きやろ?」(僕)
    「いやぁあんなんもうせえへんわ。ウチらいくつやと思てんねんな。あんなん食べ切れへんやんか」(おかん)
    「そんでも縁起もんやんか。やらな」(僕)
    「でもあんなん昔からやってへんかったしなあ。別にええんちゃうのん」(おかん)

    なんですと?

    「そやで。いつ頃から流行りだしたんやったかいな。ウチらはそんなん知らんかったで。隣の村田さんがやったはるさかいにウチんとこも真似したような覚えがあるなあ。それまでは、豆撒いて鰯焼くんやがな」(おかん)

    うーむそうだったのか。僕はずっと昔から連綿と続いている民間行事だと信じていたのに。
    念のためにWikipediaで検索。
    現在の恵方巻の起源は、江戸時代末期から明治時代初期にかけて、大阪・船場の商人による商売繁盛の祈願事として始まったといわれる。(中略)戦後に一旦廃れたが、1974年に大阪市で海苔店経営者等がオイルショック後の海苔の需要拡大を狙いとして節分のイベントで海苔巻きの早食い競争をはじめたこと、1977年に大阪海苔問屋協同組合が道頓堀で行った海苔の販売促進行事が契機となって、復活することとなった。1960年代から復活して行われていたという説もある。

    記憶では、74年以前からやっていたような気もするのですがね。
    結婚したとき、女房に「これは古くから伝わる節分の伝統行事であるからかならずやるように」と訓示をたれ、必死に笑いを堪えて無言でワシワシとやる慣わしを我が家では作ったのですが、Wikiにそんなこと言われてしまうとこっちもなんだか「宣伝に乗せられて」しまっているような気がしてちょっとがっかり。でもまあそれでも30年の歴史はあるのですけれどもね。
    いいや、信じるものは救われるのだ。Wikiにも堀尾吉晴が始めたとも書かれているし(それはちょっと眉唾ですが^^;)。

    というわけで、あまり深く考えずに今年もうちは豆を食べ厄除けの鰯を焼いて、そして太巻きまるかぶり。あいかわらず笑いを堪えるのに必死でございます(笑)。


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    | 2007/02/03 | 飲食 | 22:44 | comments(4) | trackbacks(0) |

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  • 2016.12.30 Friday
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    | 2016/12/30 | - | 22:44 | - | - |

    コメント
    鰯、先日頂いたコメントで初めて知りました♪
    我が家も私と三男はハーフサイズの恵方巻きにしました。
    やっぱり1本は食べられないですよね〜。
    しかし!
    凛太郎家代々の恵方巻き、、お母様のお話は衝撃的ですね!私まで驚いてしまいました!!
    商業ベースにハマっていることは悔しい面もありますがそれで楽しく笑いをこらえながら夕飯を頂けるのならなかなかオツな行事ですよね♪
    • jasmintea
    • 2007/02/04 1:55 PM
    >jasminteaさん
    どうも僕も記憶が錯綜しているかもしれませんが、74年以前からやっていたような気がするんですよ。もう少し小さい頃。小学校1、2年頃からやっていたように思うなあ。まあ自分の記憶などアテにはなりませんが(汗)。

    鰯は昨年のコメントレスでも書いたと思うのですが、本来は柊の枝に鰯の頭を刺して表に出すのです。これは先日まで居たばーちゃんが言っていましたからほぼ間違いなく古い慣習だと思うのですけれどもね。ただ京都、関西限定なのかもしれませんが…。

    太巻き丸かぶりなんてそうそう機会がありませんからね。まあ一年に一回くらいはやってもいいでしょう(笑)。
     一応北海道在住の「さまよえる関西人」ですので(笑)、巻物が少々細くてもそこは目をつぶっていますが、途中でしゃべるのは許せません!とうことで我が家の教育も行き届いたようで(笑)家族全員無言で食べ終えることができました。

     「万国博覧会」の時はもう小学生だった私にとっては、「気がついたら恵方巻きがあった・・・」という世代なので当たり前の行事なのですが・・・。

     「オイルショック」は鮮明に覚えていますし、私も凛太郎さん同様74年以前からあったような印象があるのですがどうでしょうね・・・。

     北海道でやり出したのは近年、コンビニの宣伝からです。私が就職した当時は、近所の寿司屋に「太巻きを切らずに・・・」て出前を頼んだら驚かれましたからねえ(笑)。

     昭和の最後の歳でしたが・・・・。
    • ヒロリン
    • 2007/02/06 9:49 PM
    >ヒロリンさん
    しゃべっちゃいけませんよね。あれは無言で食べるところに最も価値があるのであって、「福が逃げる」などのきちんとした理由以外にも、あの行事の妙味と可笑しみが「無言でモグモグ」に集約されているわけですから(笑)。

    僕もね、Wikiに書いてある時期以前からあったような気がしているのです。どうもね。僕とて万博の記憶もオイルショックの記憶も持ち合わせておりますし、太巻きが大きくて口に入りきらなくて難渋した記憶もありますから。おかんに聞きますと「忘れたがな」一言で終わりましたが(汗)。

    北海道太巻きまるかぶり宣伝局長兼斬り込み隊長のヒロリンさんに「昔からあった」とおっしゃっていただいて少し安堵致しました(笑)。
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