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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    コスモスの花

  • 2006.11.18 Saturday
  • 葬儀を終え、斎場に向かう車の中で、ぼんやりと僕は窓の外を見ていました。天気予報はあまり芳しくなかったのですがよく晴れています。そういえば祖母はいわゆる「晴れ女」でした。何か肝心なことのときにはいつも晴れている。人生が終わるその最後のイベントの時にまで力を発揮していました。おかげで持ってきた傘はただ荷物となってしまいました。

    通夜から葬儀まで、まるでベルトコンベアーに乗せられているように粛々と進行していきました。今の時代はそうなんだよな。ほとんど何もやることがない。僕は受付を手伝い、また会葬者に供物を差し上げる係りになってずっと立っていたのですが、室内とて寒くもなく、葬儀社の人がずっと後ろに立っていて、会葬者の人が多く用意が足りなくなって不安になってもすぐに補充してくれる。まあ、ただ居るだけの存在でした。
    葬式というのは、元来は忙しいもので、バタバタとあれやこれやと走り回って、そのせいで寂しさを一時忘れるという効用もあったはずなのですがこれでは…。しかしありがたいことでもあります。みんな疲れていましたから。
    おかげで通夜も葬式も時間がある程度確保でき、久しぶりに会う親戚縁者とも旧交を温めることが出来ました。日本中に散らばってしまった従兄弟たちに会うことなど最近はほとんどなくなって、ほぼ年賀状だけの付き合いだけになっていましたから。
    「仏さんが人を会わせてくれるんやなあ」
    誰かがそんなことを言っていました。人が亡くならないとなかなか会うことがない、というのも寂しいことではあるのですが、これもまた功徳です。

    そうして、手間のかからない葬儀にせよ、なんとなしに疲れます。そして僕は泣いてばかりいる母親がどうしても気になります。母親ももう孫が大きい年齢で、ここ数年は「老々介護」のサンプルみたいでしたが、それも一種の心の張りのようなものを生んでいたようにも思えます。支えがなくなったように思いはしないだろうか。そんなことをぼんやりと考えながら、窓の外に流れる景色を見ていました。 

    「コスモスが咲いてるよ。きれいだね」

    妻がそう言いました。車は川沿いを走っていました。この時期にコスモスはもう遅いはずなのですが、今年はいろいろ気候もややこしかったせいか満開でした。先頭を走る車に乗っているばあちゃんも見ているでしょうか。
    ばあちゃんは花が大好きでした。自分でも育てていましたし、とにかく野に咲く花も全て愛していました。まだ冬枯れの季節には少し間があります。この時期に逝った事もまた功徳だったのでしょう。花にも送られて祖母は旅立ちました。

    今は火葬もあっという間です。祖父が逝った30年前はずいぶんと時間がかかったものでしたが。感傷を覚える時間すらない。骨壷に納められ小さくなってしまった祖母を見つめながら、後を継ぐものたちはまた様々に思いが沸き起こるのでした。

    ばあちゃんさあ。時々は花を供えに来るからな。僕らは忘れることはないさかいに、ばあちゃんも忘れんとってな。ほんまにありがとう。

    風に揺れるコスモスとともに秋の空に還った祖母。ずっとこれからも僕たちを見ていてくれるんでしょう。心配ばかりしながら。
    昨日から日常の暮らしに戻っている僕たちですが、今になってまた寂しさがぐっと襲ってきます。母に電話をしてみましょうかね…。
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    | 2006/11/18 | 随感 | 09:23 | comments(4) | trackbacks(0) |

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  • 2016.12.30 Friday
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    | 2016/12/30 | - | 09:23 | - | - |

    コメント
    何てコメントをしたらいいか分からない位、凛太郎さんの寂しさが伝わって来ます。

    私も、皆からこんなに慕われるおばぁちゃんになりたいです。

    おばぁちゃん、これからもずっと皆さんの事を見守っていてくれますね。

    • 組長〜!
    • 2006/11/20 7:40 PM
    ご丁寧にありがとうございます。いいばあちゃんでしたよ。
    組長さんもそうでしたが、やっぱり残ったものは頑張っていかなくちゃいけませんよね。今までと違って、今度は空からいつも見ていると思うと油断できない(笑)。
    いつまでも寂しいと言ってもいられません。パワー出していきましょう。でないとばあちゃんに怒られる(汗)。
    忙しさに取り紛れ
    ご挨拶が遅くなって、本当にごめんなさい。

    弔辞の記事
    この記事を読んでいて
    私も涙が止まらなくなりました。



    父を亡くしたのが春
    お葬式の日は、とても暖かく
    参列してくださった方たちにも
    「こんな日に集まれるようにしてくれたのは
     人徳だね〜」
    と言ってもらいました。

    火葬の最中
    煙を見届けようと外に出ても
    煙すら出ないシステムになっているんですね。

    桜の時期に父が旅立ち
    秋桜の時期におばあさまが
    旅立たれて…
    何かの縁を感じます。

    お母様のお心を思うと
    また、涙が出ます。

    一緒に生きた時間が長いほど
    思い出も想いもたくさんあると思います。
    喪失感は
    年齢を重ねるほど深いのかもしれません。

    どうか、お母様を支えてあげてください。

    そして
    おばあさまのご冥福を心からお祈りいたします。

    合掌
    >アラレさん
    ご丁寧にありがとうございます。
    「弔辞」の記事は感情に任せて書いてしまったもので削除しようかとも思いましたがコメントも頂きましたのでそのままにしてあります。ちょっと…らしくないですね。

    僕の場合、祖母でしかも明治生まれという年齢には全く不足の無い、いつこういう日が来てもおかしくない状況ではありましたので、アラレさんのこの春のこととは比べられないものではありますけれども、やっぱり寂しいですね。
    長生きした分やはり思い出も蓄積されてしまうものでして、子供の頃に逝ってしまった祖母の配偶者である祖父の時とは感情の高ぶりが異なりました。もっともこっちが中年になって涙もろくなってしまっているということももちろんありますけれども(笑)。

    火葬も、炎まで見えた祖父の時とは違い実にあっけないもので、まあそんなことはよくわかってはいたはずなのですが惜しむ時間も無い。いやそれでよかったのかも知れないですけれどもね。引き離される残酷さみたいなものが感じられなくて。

    まだ話すと泣いてしまう母親がどうにも気がかりです。母親も病気持ちでありますし、「自分の母親が頑張ってるのに娘がそれではあかんやろ」という台詞がもう使えないので、どうやって支えていけばいいかということが宿題として残っています。

    ありがとうございました。
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