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  • 2016.12.30 Friday
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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    OHに混乱する話

  • 2016.03.13 Sunday
  • ご時世で、最近はもう何でも企業統合です。倒れる前に合併、または他を圧倒するために手を組む。要因はいろいろですが、消費者側からすれば「選択肢が少なくなる」ということで、憂うべき側面もあったりするわけで。
    スーパーマーケットは、近所の最寄店がみんなイオン化してきました。マックスバリュや山陽マルナカは以前からイオンブランドでしたが、先日ついにダイエー甲子園店の看板が消滅して店の名称がイオンに。
    イオンって名前、どうしても慣れないのですわ(汗)。せめてジャスコのままであったならもう少し親しみが持てたと思うんですけど。
     
    この元ダイエーのイオンもうちから徒歩圏内ですが、他に近くにあったピーコックストアもイオンブランドの店舗となりました。
    カミさんは言います。品揃えに個性がなくなっちゃった、と。
    ピーコックストアって、つい最近までは「大丸ピーコック」で、大丸百貨店系列のスーパーだったんです。関西では阪急オアシス等とイメージが近く、どちらかといえば高級スーパー。イカリスーパーのように富裕層しか利用しない、てな程ではないにせよ(笑)、まあいいものを売っている感じ。
    それが、他スーパーと均質化してきたということです。

    「ちょっと広告見てみてよ。雰囲気がわかるから」

    そう言ってカミさんは、チラシを広げました。
    なるほど。広告には「ピーコックストアから[KOHYO]へ KOHYO甲子園店開店のご案内」とあります。正直品揃えに関してはよくわかんないのですが(汗)、オープン特価ということを差し引いても、あんまり高級感は打ち出してないかな。キャベツひと玉58円(税別)ですからねー。こちらHPです。
    ところで。
    この新店舗名である「KOHYO」なんですが。

    「なんやおもろい名前になったなあ。コヒョウて、スーパーらしくないと思わへんか?」
    「コヒョーて何よそれ馬鹿じゃないの。コーヨーよ!」

    馬鹿呼ばわりされてしまいましたがな(汗)。漢字で書くと「光洋」であるようです。
    しかしながら。
    何の知識も先入観もなく「KOHYO」と見せられたら、コヒョウ(コヒョー)と読んでしまいませんかね?
    HPをご覧になればおわかりのとおり、KOH YOと分かち書きであるわけでもなくKOHYOですから。
    そもそも株式会社「光洋」という漢字名があり、これは日本語なのです。アルファベットにした場合は、ローマ字のルールにのっとって表記されていると考えるのが自然でしょう。
    僕はPCにおいてはマイノリティであるカナ打ちなのですが、ローマ字はPCの普及によって、かつてないほど人々に馴染んでいる時代だと思います。みんなローマ字アタマになってるはず。
    ちなみにローマ字変換にして「KOHYO」を打ってみますと「こひょ」ですよ(笑)。コヒョウですらない。
    つくづく、ローマ字というものは日本語と馴染がないものだと思いましたね。日本語の発音をアルファベットで表現するのは、最初から無理があるんです。

    アルファベットが日本語の表記に最初に使用されたのは、おそらく戦国末期に編纂された「日葡辞書」でしょう。それ以前にも書簡や何かであったかもしれませんが、公式にはこれのはず。
    このときは、ポルトガル発音を日本語に対応させたものですから、今のローマ字とは結構異なる部分もありました。「セ」は「xe」だったり「ワ」は「va」だったり。
    のちポルトガルとの国交がなくなり、日本はオランダとだけ付き合うようになったのですが、そうするとオランダ語に対応させた表記も現れました。「つ」が「toe」だったりね。
    鎖国時代が終わって、英語発音で表記がなされる動きが出てきます。
    ここで、ややこしいことになります。規則的に50音に対応させた訓令式と、英語発音に出来るだけ近づけたいと考えたヘボン式が出てきます。これはもうよく知られた事柄でしょう。「ち」が「ti」か「chi」か、てな話です。両者とも、現在生き残ってます。PCではどっちも「ち」と変換してくれます。
    まったくもって、ややこしい。

    じゃ「オー」を「oh」と表記するやり方はいったい何でしょうか。これは、訓令式でもヘボン式でもありませんやな。
    僕にはよくわかんないのです。手持ちの書籍では詳細をたどれません。しかしこれだけのために図書館にいくのも面倒くさいし、行ってもわかんないかも。
    記憶だけで考えてみますと、僕が最初に「oh」を見たのは、王貞治さんの背中です。70年代かしらん。ユニフォームに「OH」と記されていました。当時子供だった僕は、「オホって何だよ(笑)」と思った記憶があるなー。まだ英語を習う前で、「Oh! yes!」なんて書き方を知らない時でしたので。
    しかし、王さんが「oh」表記を日本で初めて始めたわけではありますまい。そこらへんの歴史を探りたい気がするのですが、これは宿題ですな。

    日本語の表記というものが、そもそも曖昧であるわけです。考えてみれば。
    「王」をひらがな書きすれば、「おう」であるわけですが、実際の発音は「オー」という長音ですわね。「オウ」じゃない。「追う」や「負う」なら「オウ」ですが。「オオ」でもない。
    これを詳しく考えていくと大変なので、長い歴史のうえでそうなった、ということにしておきます。しかしながら、だいたいは「オー」ですが「オウ・オオ」と発音しても間違いとは言われないでしょう。そもそも近しい音ですので、聞き分けることも難しいかと。見方によればかなり曖昧ですよねぇ。

    それに対し、英語には長音の概念がない、とされます。
    日本語だとオジサンとオジーサンじゃ言葉が変わってしまいます。靴と苦痛も意味が違う。ところが、英語だと「strike」はストライクでもストライーク!でも意味は変わりません。
    -erとかは長音みたいですけど、母音の拍を単純に倍に伸ばしたもんじゃないですね。この話もキリがないわけですが、長音を表記する術がないと言えます。考えてみればohもオーではないし…オゥが近いのかな。よくわからんのですが、oをオと読んでもオウと読んでも個性みたいなもんで。
    で、長音はローマ字においては、、記号を使って表記します。
    訓令式だとオーは「ô」、ヘボン式だと「ō」とします。
    「^」はフランス語とかにもありますね。「¯」は何語にあるのかな? 長音の意味だと聞いてます。とくに日本で開発された記号だというわけではない。
    アルファベット使用言語において、こういう文字記号っていくつもあります。ドイツ語のウムラウトとか。だからそれを援用した、ということでしょうが、こういう記号は英語の表記にはないんです。だから、ややこしくなる。

    ここまで書いて、思い出しました。そうそう、パスポートの表記が規制緩和されたんだっけ。あれはいつだったかな? ちょっと検索してみましたがググり方がヘタなのでよくわかりませんでしたが、譲二さんはJojiでなくGeorgeでもいい、というやつ。
    固有名詞は、いいのか。
    確かにね、jojiならジョジと発音されるでしょうし。最近はきらきらネーム流行りですから、亜莉澄ちゃんもArisuよりAliceと表記したほうが実態に合うんでしょうよ。
    こんなのは僕は、しょうがない誤差だと思ってしまうのですけどね。外人だって日本に来たらGeorgeもジョージさんとしか言われないでしょうし。でも当人にとってみれば、より近い発音で呼んでもらいたい、というのは人情かも。英語圏でしか通用しませんけど(汗)。
    それで、ohか…。
    小野さんと大野さんはどっちもOnoですんでね。そこで「Ohno」としたい気持ちは、わからなくもありません。

    でもこれは、パスポートの話。外向けの話ですよ。日本国内じゃそんなこと考えなくていいのでは。
    だいたい、何でもかんでもアルファベットで表したがりすぎるんですよ。まったくもう。カッコいいと思ってしまうのでしょうか。
    来日外国人のための表示とかは、そりゃ必要でしょうよ。「KOBAN」と表示してあれば、確かに助かるかも。「Police box」のほうが英語圏の人にはいいかもしれませんが、日本人にわかりにくい。外国人にとっては、日本語の音は分かっても読みにくいでしょうからね。折衷案として理解できます。
    駅名とかは両方表記する。そういうこともこの国際化の時代必要なことでしょう。
    じゃ「KOHYO甲子園店」というのはどうなのか。
    これは、特に来日外国人のための表記ではないでしょう。それなら「光洋」に併記すればいいだけのこと。だいたい、僕は英語に全く堪能でないのでわかんないんですが、英語圏の人に「コーヨー」と読ませるためにはKOHYOって表記が最もふさわしいんでしょうか。Ohがオーならば、KOHYOだと「コーヨ」では? うーむ。どうせ僕は馬鹿ですけどね(涙)。
    そもそもイオンだってAEONという表記。それも気取って「ÆON」て特殊文字をつかってる。由来は知りませんよ。何か意味があるのかもしれません。でもねぇ…岡田屋でいいじゃんと思うんですが、それじゃカッコ悪いと岡田さんは思ったんでしょうか。国外進出のためかな。松下電器がPanasonicになったように。

    収拾がつかなくなったのでこのへんで止めますが、何でもかんでもアルファベットにする風潮に、カナ打ちでさほどローマ字に馴染のない馬鹿な僕などは、アタマを抱えてしまうことがあるんです。この話は、そういう事例のひとつです…。
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    | 2016/03/13 | 言葉 | 17:48 | comments(0) | trackbacks(0) |

    檄文と「ゲキ」

  • 2013.11.12 Tuesday
  • ちょっと前の新聞に、こんな一文がありました。
    「意気盛んだった頃の壇は深夜、飲んで帰宅すると、食堂に子どもたちを集めてこう"ゲキ"を飛ばすことがあった」(朝日新聞「be」10/26)
    ははースポーツ紙だけじゃなくもう一般紙にもでてるのかと。

    この"ゲキ"が誤用だということは、よく知られていると思います。
    「檄(ゲキ)を飛ばす」というのは漢語「飛檄」の読み下しであり、檄文(自分の主張を書いた文)を知らし広めて決起を促すことです。つまり檄とはそもそも文書です。したがって、子どもたち(特定の少人数)を集めて食堂で「口頭」で言うことに対してつかうのは、誤用と言えます。
    しかし口頭の励ましにおいて使用されることは、ずいぶん以前から行われてきました。「檄」と「激」が似ているみことから「激励」ととられたのでしょうかね。
    よくスポーツ紙などで「○○にゲキ!」という見出しで「監督は今日3三振だった○○に、気持ちが足りないからだ、とゲキを飛ばした」とか書かれてきました。ですが一般紙で、しかもこれは署名記事(大嶋辰男記者)です。もうここまで来てるのか、と思いました。「なにげに」のときもそうでしたが、一般紙に載ればもう定着、と考えざるをえないのではないか、と。
    おっと、辞書にはもう既に載っていました(→goo辞書)
    しかしながら、"ゲキ"と符号で囲い、しかも「檄」と書かずカタカナであるところに、実は誤用だとわかっていながら書いていることがわかります。一面良心的にも見えますが、中途半端にも思えます。それならもうわざわざ使用しなければいいのに。

    一般紙が用い、辞書に「[補説]誤用が定着して、励ますこと、また、励ましの言葉や文書の意味でも用いる」と書かれていては、もはや間違いだとはいえなくなってしまったようです。僕は気持ち悪いのでこうした意味では一生使用しないと思いますが、もう若い人に「それは誤用だ」と言うことはできなくなってしまったか。
    言葉が刻々と変貌していく様が現実に見えています。
    こういうのって、どう解釈していいのかわからないのですけれどもね。
    言葉は生き物だ、という考え方があって、変化していくのはなかなか止められないことです。
    「正しい日本語」という言葉には傲慢さがある、とは僕も思っています。「正しい日本語をつかえ」という識者はいったいいつの時点での日本語を正しいと解釈しているのかを考えるとそれはわかるんです。多くは、自分が子どもの頃から使用してきた言葉を「正しい」と言っているわけで、感情論です。古い言葉が正しいのなら「おかしい」は「趣がある」という意味で使用しないと誤用になるでしょう。古人が現れて「ありがとうとか言うな意味がわからん、有難き幸せでございますと省略せずちゃんと言え」と言われても困りますもんね。
    しかしながらこういう誤用問題は、変貌する言語についていけない老人の繰言だ、と言い切ってしまうことも、また言いにくいわけで。そこに難しさがありますなぁ。

    こういう「変貌する言語」は幾種類かに分類できると思うんです。ちゃんと言語学を勉強して書いているわけじゃなく僕の感覚なんですけど。
    ひとつは、巷間「日本語の乱れ」と言われる一群の言葉。これには、言葉自体、そして文法等が変わってしまう場合があります。
    僕は「ら抜き言葉」を気持ち悪くて今もって使用できないのですが、これはもう日本語として定着してしまったのは間違いないでしょう。ら抜きが可能・自発・尊敬・受動のうち可能だけを示しているということが、言語の進化であるという意見もあります。
    僕はら抜きにはまだ抵抗はあるものの、「さ入れ」にはあまり違和感を感じません。「飲ませていただきます」が「飲まさせていただきます」となるものです。今までの日本語文法には確かになかったものですが、過剰な謙譲意識から生じたものだろうという推測はできて、さほど抵抗感は感じません。僕だって偉い人に対しビビってしまえば、うろたえてつかってしまうかも。
    副詞や形容詞、間投詞などに、体言につくはずの「です」をつけるのも定着してきました。「おいしいです」とか。「なるほどですね」などは好ましいと思われない言葉として先日採りあげられていましたが、この一種ですね。「食べますです」とかになるとさすがに不自然さを感じますが、「おいしいです」だともう普通かなぁ。僕もつかっていると思います。
    「すごくおいしい」というのは「凄い」を肯定的意味で使用していることで(本来は恐ろしい、非常に気味が悪いの意味)で既に誤用とも言えますが、それはまあ良い悪いに関わらず強調の意味で変化し定着しているとしていいとしても、「すごいおいしい」は文法的にヘンですわね。しかしこれももう若い人は普通に使用しますね。
    「好きくない」とかは、一時期流行りましたが定着しなかった。良かったと見ていいのか(笑)。
    また文法ではありませんが、以前記事にした「こちらのほうでよろしかったでしょうか?」関連の言葉もありますね。もう繰り返しませんが「全然」とかそういうのも、否定を伴う係り結びから揺り戻し定着(なんだそら)したように思います。

    以上のようなものが、「変貌する言語」なのではないかと僕は思います。ただそれ以外にも、言葉自体は同じで「語意、解釈が変貌する言葉」があります。前述の「凄い」はその一例です。
    何年も前に僕はこういうのに凝って「普通にヤバい」とか「ひよる」とかいろいろ書いたりしました。
    だいたい、肯定はあんまりしたくないけれどもしょうがないかなぁ、という感じで書いてますかね。掘り下げると面白いものは掘り下げてみたり。
    「普通においしい」の「普通」の用法について続編書きたいんですけど、なかなか出来ずにいます。あれは結局「一般的」「通常」「平均的な」という意味ではなく、「素の状態で」という意味に近いのでは。虚飾を払った本音の自分が正直に言う場合としての「(自分が)普通に考えて」から由来しているのでは、とも考えたりしています。
    鳥肌が立つ」については、僕は良い意味で使用することに対し積極的に肯定しています。これについては記事内で理屈を捏ねていますが、最終的には感情論であるのかもしれません。僕は、代替の言葉が見つからない、ということ以上に、鳥肌を良い意味でつかうことに抵抗感がないんです。
    逆に、感情が出すぎて記事に出来ない言葉もあります。折にふれて何度か書いていますが「こだわり」の肯定的用法です。これは本当に「大キライ」なのです。気持ち悪いと言ってもいい。だから、自分がつかわないだけでなく他人がつかっているのも見たくない。ラーメン屋さんが「うちはこだわりの店です」と堂々と大書したり、グルメレポーターに「いや〜こだわってますね〜」と言われて喜んでいるのを見て「アホか」と思います。
    結局僕も、感情論で好き嫌いで言っているのか(汗)。説得力に欠けますな。
    このような言葉の意味や解釈が変わってしまった、また変わりゆく言葉というものは、結構あると思います。

    さて、こうして解釈や意味が変わった言葉には、純正和語だけではなく外来語もあるわけです。本来外国語だった言葉。
    例えば和製英語の多くはそうかもしれません。「マンション」は本来豪邸の意味で、共同住宅の意味はない。日本でだけ、高級集合住宅の意味になったわけです。「クリーニング」は掃除ですが、クリーニング屋さんは洗濯屋さん。
    マンションなどは言葉が輸入された時点でもう意味が違ったと言ってもいいのではないかと。カップ・コップやガラス・グラスの如く語源が同じ外国語で意味が異なったりアルバイト(独語でwork)がpart time jobに特化したり。こういうのはいろいろあります。
    人というのは勝手なもので、このようにもう定着している外来語は、多少本来の意味と異なってもさほど違和感を持たないんです。しかしながら、ついこの間までは外国語本来の意味で使用されていたのに、後に変わってしまった言葉については、どうも気持ち悪く感じてしまったりするわけで。
    「ジンクス」は、僕が知っている当初時点ではまだ「悪い前兆」という本来の意味でつかわれていたと思うんです。しかし昨今は験担ぎの意味になっている。左足からバッターボックスに入るとヒットが出るジンクスがある、みたいな良い意味になっている。なにかヘンだな。
    「ダイエット」も、食事療法がそもそも輸入された意味でしょう。けれども食事制限のみならず痩せる為なら「ダイエットのためにジョギングしています」みたいに言う。どこかヘンに思ってしまいます。
    ジンクスやダイエットならまだ「変貌する言語」として言葉は生き物的範疇に入れてもいいと僕は思ったりもします。しかし、感情論として「グルメ」はどうしても気持ちが悪い。グルメって美食家を指す言葉でしょう。どうして「おいしいグルメをいただきます」なーんて言うのか。人食いか。どうも容認できない気持ち悪さがあります。

    外来語という範疇で考えれば、「ゲキを飛ばす」も、広義で考えれば漢語ですから、外来語ということもできるでしょう。
    ここは難しい考え方になってしまいます。前述した「普通」も漢語でしょう。だったら外来語か。しかし「普通」という言葉は、既に日本語として練れていると思われます。日本語は中国語をとりいれてきた歴史が長く、既に漢字を使った単語を中国に逆輸出しているくらいです。「進化」「意識」「運動」「失恋」から「共産主義」まで、日本製の言葉が中国語になっています。漢字=外国語、とはもはや言えません。
    しかし「飛檄」なんて言葉は、日本語として長い歴史を持つかと問われればこれは難しいと思います。これは、漢文の中に出てくる言葉としての認識しか持ち得ない。
    故事成語の多くはそうで、先日塞翁が馬とかという記事を書きましたが、中国で成立した意味を取り違えればそれは明確に「間違い」であることになります。例えば「杞憂」は、中国の杞という国で、もしも天が堕ち地が崩れたら身の置き場が無くなってしまうと夜も眠れぬほど憂う人がいたことから「取り越し苦労・無用の心配」を指す言葉として成立したもので、「当レストランで食品偽装が発覚したために客足が途絶え潰れてしまう杞憂がある」みたいな「起こりうる懸念、心配」として使用するのは間違いです。
    「飛檄」も、これと同じ範疇だろうと僕は思うわけです。「檄」なんて漢語は、一般的でもありませんし日本語として練れているとは思えません。

    だから飛檄を激励の意味でつかうのは絶対おかしい、と言い切りたいのですが、やっぱり考えてしまうわけで。日本には故事成語を捻じ曲げた実例が既にあるからです。例えば「折檻」。
    「折檻」という言葉は、古代中国で政治腐敗を見かねた心ある臣下が、死を覚悟して帝王を諫めた故事からきています。その覚悟の進言の際、引きずり出されまいと臣下がしがみついていた欄干が折れてしまうほど必死だったと。「檻」は欄干の意味で「檻を折る」とはすなわち、上の立場の人に対して強く諫めることの意味で成立した言葉です。
    しかしながら、もう既に日本で折檻といえば諫言どころか「厳しく叱りつける」という意味すら飛び越え、懲らしめの体罰を意味することになっています。そう辞書にも載ってます。(→goo辞書)
    「折檻」を児童虐待の暴力行為の意味で使用しても、もう間違いとは言えないでしょう。さすれば「飛檄」も、意味が変わってしまったことをある程度容認せねばならないのか、と。
    忸怩たる思いですが、せめてワシだけは使用しないぞ、と言うだけにとどめようかと思います。ふぅ。

    さて、僕のどこかに残った居心地の悪さを着地させたいのですが。
    つらつら考えると、僕の感情の根底にはどうも「マスコミ(テレビ)主導」の言葉が嫌いだという意識があるのだろうなと思いますね。結局「頑固」「こだわり」が良い意味になったのも、テレビのバラエティ番組で、おいしいものを出すけれども面倒くさい店主が居る飲食店などを美化する目的で出てきた言葉でしょう。そういうのがイヤなんですな。「B級グルメ」「築地でおいしいグルメを探しましょう」のたぐいも、自然発生ではなくマスコミ主導だと思います。
    なんでそういうふうに言葉の方向性を上から変えられなくてはいけないのか。反発心にも似た気持ちが、どこかにあるのだと思います。
    飛檄が「"ゲキ"を飛ばす」になっていったのは、やっぱりスポーツ紙が煽ったからではないでしょうかねぇ。そんなんに乗せられる自分がイヤだから、嫌いなんでしょう。ここまで長く書いてきて、「変貌する日本語」「言葉は生き物」なんて大上段に構えて考えることではなかったような気が、今しています(汗)。
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    | 2013/11/12 | 言葉 | 05:26 | comments(7) | trackbacks(0) |

    塞翁が馬とか

  • 2013.08.14 Wednesday
  • 故事成語、というのがありますね。中国の古い話を語源とする慣用句のことです。ことわざに近いものも多いでしょうか。
    僕らが高校生だった頃は漢文の授業でよく習いました。「管鮑の交わり」とか「四面楚歌」とかね。四面楚歌なんてのは、項羽と劉邦の戦いを知らずとも通用する成句じゃないでしょうか。逃げ場がねーぞ、というときに普通に使用しますものね。
    「推敲」なんてのは、完全に日本語化して、もう故事成語とは思えなかったりもします。「僧は推す月下の門」という句を「推す」にするか「敲く」にするか悩んで馬に乗ったまま行列に突っ込んだ詩人がいたんや、そっから推敲という言葉が出来たんや、という話をしたら、ホンマかいなと言われてしまいました。僕はいつも適当なことを言うので、タマにまともなことを言っても信用されないんです。

    もっとも、僕も昔だまされていたことがあるんです。それは「酒池肉林」。
    贅沢三昧をする、という意味であることは子供の頃からなんとなく知っていたわけですが、これを「酒の池はそのままやが肉というのは肉体のことや。つまり裸の女」と僕に教えた人がいました。
    これは、一応間違いです。ここでいう肉とは、その通り食べる肉のことです。中国だから豚肉ですね。豚の丸焼きをたくさんぶら下げた状態を言います。酒を溜めて池にし、焼豚を天井から吊るして林とした。
    ただ、裸の女性が出てこないわけじゃないんです。以下原文。
    「以酒為池 懸肉為林 使男女倮相逐其間 為長夜之飲」
    これは悪帝として名高い殷の紂王の事跡なんですが、酒の池や焼豚の林だけでなく、男女を裸にしてその池や林のあいだで追いかけあいをさせています。まず、いやらしい見世物ですわな。確かに淫靡な感じはします。そのイメージから、酒池肉林という言葉からエロい意味合いを感じるのでしょう。
    酒池肉林という言葉には、焼き豚と酒の意味しかありません。しかし後の「使男女倮相逐其間」を考えると、僕に教えた人の説もそう間違ってもいないような気もします。
    ですがね、その人は僕にこんなふうに言ったわけです。
    「これは暑い国の話でな、その頃は冷房もないから、酒のプールに入る。アルコールて消毒のとき塗ったらひんやりするやろ? で、女を裸にして横にして並べて、その尻の上で寝るんやがな。女の尻は冷たいて言うやろ?」
    これを聞いたとき僕は確かまだ小学生。強烈な印象を僕に残しました。女の尻は冷たいのか…と(笑)。
    しばらくこれを僕は信じていたのですねぇ。なんということでしょうか。

    故事成語にもいろいろあって、字面だけで意味がわかってしまうものもあるわけです。「背水の陣」とかね。別に韓信のことは知らずとも、逃げ場の無い戦いだ、ということは「背水」というだけで理解できるわけです。
    しかし難しいのもあるのです。覚えにくいと申しますか。
    「漱石枕流」という成句がありますね。石に漱ぎ流れに枕する。これは本来「石に枕し流れにすすぐ」というのが正しいわけです。流れる水は枕にできませんわな。そう間違いを指摘された人が、いや、石で歯を磨いて漱ぎ、流れで耳を洗うのだと強弁したという話です。つまり、失敗を認めない、負け惜しみの強いことを漱石枕流と言うようになった、と。
    話はなんとなしに頭に入っているのですが、強情な曲げない人の話だったか、それとも屁理屈で逃れようとするお調子者の話だったか、僕は時々よくわからなくなるんです。うーん。夏目漱石は意地っ張り、として何とか記憶しています。

    さらに、「塞翁が馬」です。
    これなど「背水の陣」と違って、字面では全く意味がわかりません。これ、恥ずかしながら僕はしばしば間違ってしまうのです。
    僕がどのように迷うか、間違ってしまうかといえば、あれ、「災い転じて福となる」の意味だっけ、それとも反対だっけ、とつい考えてしまうからです。
    これは、どっちの意味でもあるんですね(汗)。災いもいつ福に転じるかわからないし、福もいつ災いとなるかはわからない、という意味です。
    この話は、長いから間違えるんですよ(言い訳)。
    塞翁は、人も羨むいい馬を飼っていたんです。ところが、その駿馬は蜂に刺されてびっくりして走り出し、どっかに行ってしまいます。馬が帰ってこないので周りは気の毒がっていたのですが、塞翁は、
    「いや、これは幸いかもしれない」と。
    そうしてしばらく経ったある日、塞翁の馬が、一頭の白い馬を連れて帰ってきました。その馬に負けない立派な馬でした。周りがお祝いをすると塞翁は、
    「いや、これは災いかもしれない」と。
    そうしてしばらく経ち、塞翁の息子が白い馬に乗っていたら、落馬し骨折してしまいました。周りが気の毒がると塞翁は、
    「いや、これは幸いかもしれない」と。
    それからしばらくして隣国との戦争が勃発し、若者はみな徴兵されて戦死しました。しかし塞翁の息子は怪我のため戦場にゆけず助かったのです。
    「塞翁が馬」とは、人間は良いこともあれば悪いこともあるという話なんです。禍福は糾える縄の如し。しかし話が二転三転するからわからなくなったりするんですよ。で、あれどっちだったっけな、とか思ってしまう。えーっと塞翁の馬は逃げて、それで兵隊にとられなかったんだっけ。じゃ災い転じてだな…とか。

    故事成語の難しさと僕の阿呆さ加減の話なのですが、塞翁が馬の話が途中でわからなくなるのは、結局長いからなんです。
    そのことから、いつも思い出すひとつの話があります。故事成語ではありません。日本のことわざです。「風が吹けば桶屋が儲かる」ですよ。
    意味は間違えませんよ。しかし、何で風が吹いたら桶屋が儲かるのか、何度聞いてもすぐ忘れる(汗)。もともとこの話は無理筋だからでしょうけれども。
    備忘録的に書いておきます。
    風が吹く→ほこりが舞って人の目にはいる→盲人が多くなる→盲人は職業として琵琶法師や瞽女となる→三味線の需要が高まる→三味線は胴に猫皮を張るため、猫が多く捕獲される→猫が減ってネズミが増える→ネズミが桶を齧り次々と駄目にしてゆく→需要が増えて桶屋が儲かる
    こんなの、どっかで間違えますよ。無理やりですもん。塞翁が馬の話よりずっと覚えにくい(汗)。

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    | 2013/08/14 | 言葉 | 04:29 | comments(0) | trackbacks(0) |

    「からい」と「しょっぱい」4

  • 2013.06.23 Sunday
  • さて、「からいとしょっぱい」の話が長々と続きました。最初は2010年に書いた記事で、それから3年経ってと補足してきました。これで一応最後にします。と申しますか、これは補足ではなく雑感です。

    この話は「からい」文化圏である京都生まれの僕が、東日本の人に「塩味をからいとかややこしいからヤメロ、しょっぱいという正しい言葉をつかえ」と言われてカチンときたのがそもそもの発端でした。
    この流れからは、からいのほうが古い言葉だから伝統を重んじろ、しおはゆいならともかくしょっぱいなんて訛りは日本語の乱れだからヤメロ何が正しいだ、と僕が言うこともできますし、また言葉は変化するものであり使用して便利なように変わってゆくべきだ(だからしょっぱいをつかいなさい)、ということもできます。
    これは、まあどっちもどっちですね(笑)。ら抜き言葉論争と似てます。ら抜きは日本語の乱れだ、いや受身可能自発尊敬から可能だけを取り出したら抜きは日本語の進化だ、みたいなね。

    僕個人としては「しょっぱい」という言葉そのものに、どうも違和感があるんです。それはまず促音のせいですね。
    関東弁は促音が多い。
    「しょっぱいっていっちまった方がいいじゃん」と「からいていうたほうがええやん」の差かなあ。
    また「っぱ」という弾けるP音が強すぎる感じがしましてね。だから「しおからい」という意味以上のものを感じるんです。強調しているような。塩分濃度は「しょっぱい>からい」印象。
    そもそも促音化語形というのは、強調を伴うんです。「あはれ」が強調されて「あっぱれ」になった如く。だから「しょっぱい」を語気強く感じるのも、そんなにおかしな感覚ではないとも言えます。
    京女である僕の母親は「酸っぱい」もつかう頻度が低く「酸い」と言います。正確には「すいぃ」と母音を強調するような感じ。
    そんな感じで、僕は「しょっぱい」はどうしても慣れないのでつかえません。多分死ぬまで塩味は「からい」かなぁ。

    さらに「からい」という言葉について調べて、いろいろ思うことがありました。
    つくづく「からい」という言葉はマイナスのイメージであると。
    万葉集の「昔より言ひけることの韓国のからくもここに別れするかも」という歌が用例としてよく挙げられていましたが、この「からく」は、つらいという意味ですよね。
    源氏物語もよく用例となっています。「懸想人の、いとものげなき足もとを見つけられて侍らん時、からくもあるべきかなとわぶれど(夕顔)」「あまたの人のそねみを負ひ、身のため、からき目を見る折々も多く侍れど(明石)」
    からきことは、つらきことでありむごきことなのです。ふぅ。
    今でもそりゃ「甘く見てるとからいめにあうよ」「点数の付け方がからい」なんて言い回しは確かにあるものの、あまりむごいとかひどいとかの意味で「からい」を多くつかいません。
    しかし昔は「からい」だった。むごいもひどいも漢字にすれば「酷い」ですが、平安時代の新撰字鏡ですと「酷=からい」です。つらいは辛いで、からいと同じであることは今もその通り。
    歴史的には、塩味の「からい」があって「つらい・むごい・きびしい・ひどい」なんて意味が生じたのか、それとも逆なのか、あるいは同時期に育っていったのか、それはよくわかりません。しかし塩味が「からい」ならば、塩味は日本では悪い意味なんですよ。それは言えるのではないでしょうか。
    それは、味覚において「あまい」と「うまい」が同語源であるとされることからも頷けます。「あまい」は基本的には良い意味を示します。甘い新婚生活には幸せの香りが。一部「脇が甘い」などの言い回しはあるものの、それは「厳しさに欠ける」という部分から派生していて、やはりあまい自体は厳しくなく緩やかで快いんです。さすれば、対義語であるからいは、やはりマイナスでしょう。
    そうだとすれば、ピリ辛に「からい」が充てられてきたのもわかるような気がするのです。ピリ辛は、味覚ではなく痛覚です。舌を刺すような痛み。それはやはり、感覚として「からい」なのでしょう。
    酸が「からい」もわかります。魏志倭人伝には日本人は「橘」も食べないと書いてありますし、みかんもないから柑橘酢は無い。穀物酢が中国から渡来したのは4〜5世紀頃とされます。他に梅干や鮒寿司など酸味食品が発明されるまでは、酸っぱいものといえば、わずかに採集される漿果類の他は、腐敗しているものだったかもしれません。舌にも刺激が。これは、やはり負の食べ物であり「からい」なのでしょう。
    負を意味する「からい」という形容詞。それで古来より表現される塩の味。どうしてなんでしょうかね。この塩味の負のイメージは。日本人は、塩が嫌いなのか。
    塩というものは、人間が生きていくうえで必要不可欠なもののはずです。それなのにどうして。

    日本人は古来、塩にはあまり苦労してこなかったという歴史があるからかもしれません。
    日本は、島国です。海が近い。塩は、いくらでも手に入る立地条件で過ごしてきました。後世「敵に塩を送る」なんて言葉も生じましたが、ありゃ特殊例です。いかに甲斐が内陸といっても、世界的にみればたかが知れています。チベットやカザフスタンやコンゴやパラグアイは、どれだけ海から離れているのでしょうか。
    こういう場所では、塩は岩塩を採掘するか、交易に頼るしかありません。塩は貴重なもので、サラリーの語源となっているほどです。貨幣代わりに塩。そうなれば、過度な塩分をとるという経験をすることはほとんどないでしょう。
    日本人は漁労を生業とします。海で溺れればイヤというほど塩水を飲みます。海の水は濃くて喉を刺します。キツいですね。これが「からい」の原点でしょう。
    塩が貴重な地域では、喉が焼けるほどの塩を摂取する機会などなく、さすれば塩にマイナスイメージをもつことなどはなかったと思われます。
    石毛直道氏の「食生活を探検する」にはニューギニア高地人との交遊が書かれていますが、石毛氏は彼らに食事をふるまうとき「メシに口がひん曲がるほど塩を入れる」そうです。さすれば、そもそも塩が貴重であるために塩が大量に入っているだけで喜ばれるとか。
    こういうところには「塩からい」「しょっぱい」という言葉はもしかしたら存在しないかも、とも想像したりします。あるいは日本語が「あまい≠うまい」であるように、「塩味=うまい」かも。
    わかりやすく英語で考えても、salaryが給与の意味になったことは前述しましたが、塩味の意味の言葉はsaltyで、独自の感覚語じゃなく派生語ですね。日本語だと「しおい」と言ってるようなものです。
    やはり古代に過度の塩分をとる機会がなく言葉が発生しなかったのかもしれません。sweetの対義語はdryです。saltyじゃない。そしてsaltyも「しょっぱい」ではなく「塩気がある」くらいの訳でいいくらいとも。
    saltは料理そのものの名称に入り込んできます。ソース(sauce)とサラダ(salad)はよく知られます。塩=料理であるともいえます。
    素材をおいしく食べるために必須であるものが塩。また金としての塩。完全にプラスイメージです。
    島国日本ならではの、負の塩味「からい」なのだなあとつくづく思います。
    日本語では「塩を嘗める」という言葉がすなわち「辛酸を嘗める」こと、「世間に出てつらい目にあう。苦労をする」という意味になります。
    新語である「しょっぱい」にすら、「弱い」「情けない」「つまらない」などの意味が付随してきています。これは相撲やプロレスの隠語からの発祥(負けて土俵の土を舐める→塩を大量に撒いた土俵は舐めればしょっぱい)ですが、塩味へのマイナスイメージが根底にあったからこそ、生じてきたものなのかもしれません。もはやDNAレベルかもしれません。

    「からい」と「しょっぱい」については、今はおたがいに尊重しあおうという立場でいいのではないかと思います。例えば「ヤバい」みたいに意味が変わってしまったわけではなく、そんなに目くじらたてる必要が無い。「おいしい」と「うまい」が共存できているように、両方あってもいいのでは、と思います。
    自分"だけ"が正しい、という驕りを双方持たなければ、喧嘩にはならないはずですから。
    時間の問題かもしれませんがね。現在「しょっぱい」は辞書的には関東方言ですが、これだけ関東・東京が全国発信の力を持てば、もう100年もすれば「しょっぱい」に統一される可能性が高い。既に「しおはゆい」という言葉は失われていますが、100年くらい前はおそらくまだ存在していたのですから、駆逐されるのは案外早いかも。
    こんなブログ記事、いつまで残ってるかわかんないしねぇ…。でも今は、一応ネットに置いておこう。

    3年前に「しょっぱいという正しい言葉をつかえ」と言ったおっさんは、じゅっぷんは間違いだじっぷんと言え、とか、「おられる」は敬語として間違っている、とか様々なことを言い出し「日本語の乱れ」だと自分が思う言葉を見つけてはあげつらい、注意して得々としているという性格が矮小な人物で、僕はホントこの人がキライだったのですが、よくストレス解消のためブログネタにしました。この人は僕よりも平たく言えば偉い人でしたから、つまり僕は絶対にブログで顔出ししたり身元バレしたりすることは許されないわけです(笑)。
    それからしばらく経ちまして、この人と僕とはもう話をする機会はなくなりました。まあ人事異動と言えばわかりやすいかな。
    それは良かったのですが、どうもそれ以降僕は、若い人がつかう言葉をネタにしているような気がします。「ダイビンなんて重箱読み」とか「好き嫌いはイナメナイ」とかはおかしいぞ、と言ってみたり。年をくったんですかねぇ(汗)。

    長くなりましたが、「からい」と「しょっぱい」の話を終わります。
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    | 2013/06/23 | 言葉 | 10:54 | comments(0) | trackbacks(1) |

    「からい」と「しょっぱい」3

  • 2013.06.16 Sunday
  • 前回の続きです。
    「からい」という言葉は、本来塩味を示す言葉で、ピリ辛という舌への刺激をも表すようになったのはかなり後世のことだ。本来の日本語は塩味=からい、であって、しょっぱいという言葉は後発である。そう信じて主張してきたのですが、日本では上代からどうやらアルコールの刺激も「からい」と表現してきたらしい。唐辛子や胡椒ではないにせよ、刺激の「からい」も結構古い言葉だったんです。
    僕は、もう少し調べてみようと思いました。

    ただ、もうこれ以上は僕に知識がありませんので、辞書を引きます。しかし家には広辞苑以上のものがなく、もっと詳しいものが必要なので図書館にGo!です。
    「日本国語大辞典(小学館)」など、とにかく何分冊にもなってて用例がいっぱい載ってるヤツを見よう。で、用例からまた深化させよう。というわけで僕はとある休日、図書館に半日籠りました。
    以下、引用が多くさらに面白くなくなりますがご容赦の程を。

    まず「からい」を塩味の意味で用いた例ですが、万葉集に山上憶良の長歌があります。
    玉きはる うちの限りは たひらけく 安くもあらむを 事もなく 喪なくもあらむを 世の中の けくつらけく いとのきて 痛ききずには 鹹塩からしほを そそくちふがごとく ますますも(以下略)
    これには天平五年六月三日の日付があります。733年ですので日本書紀より後ですが辛酒の古文書よりは古い。
    「生きる限りは、平安で事も喪もなくありたいのに、世の中の憂いや辛いことには、痛い傷にからい塩をそそぐというように…」という山上憶良のいつものつらいつらい歌です(汗)。傷に塩をすり込むという例えはこのころからあったのですな。それはともかく、問題はこの「いたききずには からしおを」という部分です。
    当然万葉集ですから原文は万葉仮名で書かれているわけですが、その部分は
    「痛伎瘡尓波 鹹塩遠」
    なんです。もうこの時代には漢字の訓読みが出てきていますので「鹹塩」とそのまま記されているのですよ。
    まず間違いなく「からしお」と読むと思いますよ。これに疑問を挟む人などいませんがね。しかしもう少し見てみます。

    辞書には、「はやかわに あらひすすぎ からしおに こごともみ(万葉集巻十六)」や「おしてるや なにわのをえの はつたりを からくたれきて すゑひとの(万葉集巻十六)」などがさらに用例として挙げられているのですが、この原文を繰りますと前者は「辛塩尓」であり後者は「辛久垂来弖」です。ここでの使用漢字は「辛」です。読み方がバシッと示されているわけじゃないですね。からいで間違いないとは思うのですが。もちろんいずれも塩味の「からい」です。

    大伴家持が越中国守として赴任するとき、女性(たぶん奥さんか恋人)が家持に贈った歌があるんですが、そのひとつ。
    須磨人の 海辺常去らず 焼く塩の からき恋をも 我はするかも
    家持が富山に行ったのは天平18(746)年です。そのときのうたですね。
    この「やくしおの からきこひをも」の部分を原文で見ますと、
    「夜久之保能 可良吉恋乎母」
    おおっ、可良吉ですよ。\( ^o^ )/  やっぱり女性は、仮名で書くんですね。塩も之保だ。塩味を「からい」と確実に表現している事例がありました。

    では「からい」の他の用例ですが。
    「ピリ辛」はいずれの辞書も古今和歌六帖、そして曾丹集から引いています。
    みな月の 河原におもふ やほ蓼の からしや人に 逢はぬ心は   (古今六帖)
    八穂蓼も 河原を見れば 老いにけり からしや我も 年をつみつつ   (曾丹集)
    古今和歌六帖は辞書には976〜987年頃の成立と出ていますが、これは私撰和歌集なので選ばれたうたが10世紀のものとは限らないわけです。でも平安時代かな、というところでしょうか。曾丹集は曾禰好忠の家集なので11世紀でしょう。
    このうた、似てますね。本歌取りまではいかないでしょうけど。いずれも「つらい思い」と「蓼のからさ」を掛けている感じで。両歌とも八穂蓼を詠んでますが、当時辛いものの代表だったのでしょうか。後に西行も「くれなゐの色なりながら蓼の穂のからしや人の目にもたてぬは」と詠んでます。タデって鮎塩焼きの蓼酢でしか食べたことないや。確かに辛みがあります。蓼くう虫も好き好きという諺はよく知られてますな。
    山葵とか山椒とか生姜はどうなんだろうと思って、古語辞典で椒や薑の用例も探したのですが「辛い」はあまり古いものが見つからず。ただ芥子は本草和名(918年、日本最古の薬物辞典)に記載があるようです。孫引きですが「芥又有莨、白芥子(略)和名加良之」とあります。
    これはカラシナのネーミングですから形容詞ではありません。しかし意味はカラいからカラシナであるわけで、同じことです。そうなれば古今六帖よりこちらが古いかも。和名類聚抄(938年、平安期の辞書)でも「辛菜」を「加良之」と読んでいるようです。
    いずれにせよ、アルコールの「辛口」を除いたとしても「ピリ辛」も平安時代(10C)までは遡れます。前回はええ加減なことを書いてしもたなぁ。反省。

    ここまで整理しますと、文献上では塩分の「からい」が万葉集(確実なのは746年)、ピリ辛の「からい」が本草和名(918年)に初出です。8世紀と10世紀ですが、あくまで文献初出というだけですからどちらが早いとかは言えません。酒の「からい」については「醇酒」「辛酒」の読みが確実でないのでまだまだです。

    さて、ここまで「日本国語大辞典」や角川古語大辞典、大漢和辞典(大修館)など日本最大級の辞書を引きながらいろいろ解いてきたのですが、その中で用例としてよく挙げられるものに「新撰字鏡があります。これは平安期編纂の漢和辞典で、国内最古とされます(9C末頃編纂 確実なのは901年)。新撰字鏡は、実は群書類従(第二十八輯)に入っていますので図書館で手にとることが出来ます。なので、繰ってみました。
    この内容には、いろいろ考えさせられました。実は先ほど検索しましたらネットにもありましたので該当ページをリンクさせていただきます(→奈良女子大学電子画像集より)。実際にぜひ見てください。

    酉部です。まず酷から。
    【酷】(略)急也、極也、熟也、酒味也、加良志
    酷は、今はひどい、むごいなどの意味です。残酷の酷ですね。もともとは酒の意の酉と、音(コク)及び「きつくしめる」意を表す「告」から出来ていて、舌をしめつけるような濃厚な酒の意味だそうです。つまりアルコール度数が高い酒ですな。そして読みは「からし」と。そうか。
    【醎】【鹹】(略)弥加支阿地波比、又加良志
    鹹はもちろん塩の「からい」で、その偏の部分は岩塩の産地の意味だそうです。その別字体で、酉偏に咸の字もあるようです。その解説の前半「弥加支阿地波比(みかきあじはひ、か?)」はその「みかき」の意味がよくわからないのですが(汗)、やっぱり読みは「からし」です。
    【醲】(略)厚酒也、加良支
    これは酉に農という字ですが、これも濃い酒の意味のようですね。そして、「からき酒」と。
    【醋】(略)報也、酢也、酸也、加良之、又須志
    この「醋」にちょっと驚いたわけです。この字はつまり「酢・酸」ですよね。その読みを「須志(すし)」だけでなく「からし」とも読んだと。へー!
    古代日本は、みんな「からい」なのか。

    新撰字鏡は現在の漢和辞典ほど分厚くないので、とりあえず通読しました。関わりのありそうな部分はちゃんと見たつもりですが、酉部以外で「からし」は出てきませんでした。辛や芥といった漢字の記載もありませんでした。植物の欄で「干薑」がありましたが「久礼乃波自加弥(クレノハジカミ)」とだけ。
    ということで新撰字鏡からは、「からい」の事例は塩味が1例、酒のからくちが2例、酸味が1例という結果に。salty&dry&sourでピリ辛(hot&spicy)はありませんでした。他に「酷」の急やら極などが、味覚でない感情を表しています。
    これをもってピリ辛の「からい」は9世紀にはまだ存在せず10世紀になってようやく現れる、とするのは早計です。アルコールの「からい」を前述のように「甘くない」ととらえずアルコールのピリリと舌を刺す感じとすれば、もう刺激の「からい」は登場していることにもなります。

    そろそろまとめなくてはいけませんが(汗)、先に時系列だけ追います。
    ピリ辛の「からい」が定着していく流れですが。
    宮中女官の日誌である「お湯殿上日記」の明応6年(1497)に「たなかよりから物三十まいる」の文言があります。この「から物」とは大根のことらしく。女房言葉ではこのころ大根を「からもの」「からみぐさ」などと称したようです。大根は季節によってはえらく辛いですもんねぇ。
    山椒は、室町時代末の狂言に「此山せうの粉のからいので涙のこぼるるやら〜」と出てくる様子。
    そして、あの日葡辞書(1603年)に「Cara-mi」の項が登場。意味は、芥子、胡椒の類がひりひりすることであると。
    一方塩味の「からい」ですが。
    「からい」の中でピリ辛の意味が大きくなり区別のために登場すると考えられる「しおからい」という言葉ですが、文献上の初出は今昔物語です。巻第二十八の五。
    「此の鮭、鯛、塩辛、ひしおなどの塩辛き物をつづしるに…」
    今昔は成立時期が難しいのですが、12世紀と考えるのが主流でしょうか。
    「しおはゆい」は室町時代末、御伽草子・番神絵巻に出てきます。
    「丑十二月、中央大日如来、あちはしほはゆし
    そしてやはり日葡辞書(1603年)に「Xiuofayui」の項があります。意味はもちろん塩からいです。
    「しおはゆい」は徐々に消えてゆきますが、夏目漱石が「こころ」で「此所で鹹はゆい身体を清めたり」と書いていますので、大正時代までは生きていたのでしょう。
    「しょっぱい」は、東海道中膝栗毛です。19世紀はじめです。
    「名物さとうもちよヲあがりアせ。しよつぱいのもおざいアす」
    「しょっぱい」は辞書的にはそれ以上遡れません。
    膝栗毛には「しおはゆい」も見えますので、当時は並立していたことがわかります。膝栗毛ではこの「しょっぱい」を言ったのは駿河の由比宿の人。しおはゆいの台詞は喜多さんです(何とやら、しほはゆきやうにて、変なにほひのする酒だ)が、喜多さんも実は駿河出身ですわな。十返舎一九がそもそも静岡の人ですからね。静岡ももちろん東日本と考えていいでしょう。そして弥次喜多が出版されたのは、江戸です。
    しかし東日本はこの時期しおはゆい・しょっぱい一辺倒でもなく。
    明治はじめの仮名垣魯文の戯作「安愚楽鍋」では「杯洗の水は鍋の塩の辛へのを調合して〜」と書かれています。「かれえ」と音便化していますな。仮名垣魯文は江戸っ子で、これは明治初期の東京の牛鍋屋が舞台です。漱石の「鹹はゆい」のことも踏まえ、この時代の東日本では言葉がまだ混在していたことがわかります。

    あくまで文献だけをたどるなら、ですが…
    味覚の「からい」という表現は当初は塩味を示す言葉として現れ(8C)
     ↓
    酒のアルコール、および酢の味としても「からい」が用いられ(9C)
     ↓
    カラシナや蓼などの舌への刺激も「からい」の仲間入り(10C)
     ↓
    酢の「からい」は廃れ、そして徐々にピリ辛が台頭
     ↓
    区別としての「しおからい」が登場(12C)
     ↓
    大根の辛味(15C)や山椒の辛味(16C)に押され「しおはゆい」も登場
     ↓
    日葡辞書に「しおはゆい(鹹)」「からい(辛)」と記載(17C)
     ↓
    「しおはゆい」が訛っていつ頃か「しょっぱい」が生まれ
     ↓
    東日本では塩味はからい・しおはゆい・しょっぱいが並立 (19C)
     ↓
    東日本ではしょっぱいが席巻、一方西日本ではからいが頑張る(20C)
     ↓
    「しょっぱいに統一しろ」「アホか!」でワシが理屈を捏ねだす(21C) ←今ココ
    こんな感じですかね。

    もっと根本的なところも少しだけ補足したいと思います。「からい」という言葉はいつ出来たか、という話なんですが。
    まず、日本語の成立時期はいつか。
    難しい問題です。旧石器時代から弥生時代まで説は様々ですが、小さくとも人間集団としての村や国が成立していれば、言語はあったとみるべきでしょう。ならば、倭奴国が金印を賜与された1世紀には、日本語はあったと。少なくとも邪馬台国にはいくらなんでも日本語はあったのではないでしょうか。国家が成立していて社会がある以上、言葉がないはずがない。そして卑弥呼とか難升米とか中国とも朝鮮とも違う独自の名前があるので、文字はともかく固有の言葉はあったはずです。
    魏志倭人伝は3世紀末です。そのときすでに「からい」という言葉があったかどうかですが。
    根幹語ですから、日本語が存在していれば僕はあったと思うのですね。証明することはできませんが。
    で、魏志倭人伝には、倭国の習俗が細かく記されています。食べ物に関しても、稲を栽培してるとか、魚介を潜水漁しているとか、酒が好きだとか箸がなく手づかみで食べているとか。その中に、
    「有薑橘椒蘘荷不知以爲滋味」
    という一節があります。薑(生姜)、橘、椒(山椒か)、蘘荷(茗荷)は有るけれど、以て滋味と為すを知らず。こういうものは当時の日本人は食べなかったのです。
    魏志倭人伝の著者(または著者に状況を伝えた人)は、日本中を調査したわけではなく間違いも多いでしょう。北九州沿岸地方、また目の前に居た人だけの様子かもしれません。それを踏まえたうえで、当時の日本ではあまりスパイシーなもの(辛いもの)は食べられてはいなかったと。神武天皇の「植ゑし椒 口疼く」のことは以前書きましたが、一般的ではなかったのかも。あの「ハジカミは口にひひく」は実は8世紀に書かれたものですしね。3世紀では、椒を食べるのは広まってなかったんかなー。
    だいたいスパイスって、抗菌防腐効果を期待したり、少し鮮度が落ちたものを美味く食べたりするものじゃないですか。大航海時代の原因ともされるスパイスですが、「沈没して魚蛤を捕る」「倭の地は温暖にして冬夏生菜を食す」と書かれた日本にとっては、さほど必要がなかったのかもしれません。いつだって新鮮なものを食べていたみたいですから。
    当時「からい」という言葉があったなら、やはりhot&spicyの方面ではなかったと思うのですね。まず、塩だなあ。

    日本最大の国語辞典「日本国語大辞典」は「からい」について以下のように説いてます。
    古くは塩の味を形容する語であり「あまし」と対義の関係にあったと考えられる。塩味にも通ずる舌を刺すような鋭い味覚の辛味を形容する例は平安の頃より見られるが、塩味を「しおはゆし」「しおからし」と表現するようになるにしたがって、「からし」は辛味に用いられる例が多くなってくる。
    権威ある国語辞典がこう言ってくれていますので、これで「まとめ」としてもいいのですが、次回、もう少しだけ続けます。
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    | 2013/06/16 | 言葉 | 17:37 | comments(0) | trackbacks(0) |


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