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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    思えばいと疾し この年月

  • 2016.03.27 Sunday
  • 先日、「仰げば尊し」のルーツについての書籍を読みました。約一年前に出版され、書評等から読みたいとは思っていたのですが、昨年は諸般の事情でそういうことも出来ず、ようやく今になって、です。

      
      仰げば尊し 幻の原曲発見と『小学唱歌集』全軌跡
      櫻井 雅人・ヘルマン・ゴチェフスキ・安田 寛 共著

    書籍の内容は研究者による学術書であり、例えば猪瀬直樹氏の「唱歌誕生」などのように読みやすくはありません。ですが、その調査、考証の過程は大変に興味深いもので、その執念と労苦には、論文であるのに感動を覚えました。
    「仰げば尊し」は、作者不詳の曲でした。
    明治初期に、文部省によって学校教育用に編纂された唱歌集である「小学唱歌集」に採録されていて、そこから卒業式で歌われるようになったものの、これだけ人口に膾炙した歌であるにもかかわらず、だれが作ったものかが定かでない、いつ頃作られたのか、果たして元は外国曲なのか日本人の作曲なのかすらもわからない謎の曲だったのです。
    それを、一橋大桜井雅人名誉教授が執念をもって探索し、ついに19世紀後半にアメリカで生まれ、既に当地でも忘れ去られていた楽曲集「The Song Echo」の中の一曲「Song for the Close of School」が原曲であることを突き止められました。そして、さらにその「小学唱歌集」に載る91曲全てのルーツを確定し、明治の音楽教育とはいったいどういうものだったのか、を探ってゆきます。

    書籍の紹介をするブログではないのでこれ以上は措きますが、これを読んでいて思ったことのひとつは、僕は「仰げば尊し」を卒業式で歌ったことがない、ということでした。
    前回記事「卒業式の記憶」で、僕には中高大の卒業式の記憶がすっぽり抜けている、という話を書きました。ということは、何を歌ったかなんてことももちろん記憶にないわけです。しかし、仰げば尊しは間違いなく歌っていない。
    どうしてそんなことだけ憶えてるのか自分でもわからないのですが、「ああ仰げば尊しは歌わないんだ」と思った記憶だけは不思議にあるんです。

    現在、仰げば尊しが卒業式において廃れていることは、なんとなく知っています。
    でも僕らの時代は、まだド定番だったのではないでしょうか。
    こういうことをデータとして調べることは実に難しい。なので推測でしかないのですが…例えば僕は初期の3年B組金八先生と世代が同じです。僕はプロレスファンで裏番組だった金八先生は視聴したことがないのですが、こういうことは今の世の中検索すればわかります。トシちゃんやマッチ、あるいはヒロくんらは、その卒業式において仰げば尊しを歌っているようです。
    そもそも、僕が卒業式において、何を歌ったかの記憶もないのに、仰げば尊しは歌っていないことだけ記憶してしていることが、それだけ定番曲だったという表れだと思いますが。

    僕の時代、つまり昭和50年代ではまだ定番曲だったと思われる仰げば尊しが、平成の世では完全に凋落しているということは、どうやら事実らしく。
    これも正確な統計データはおそらくないとは思うので、伝聞と周囲の声と…というレベルではあるんですけれともね。Webでもデータがなかなか出てきません。
    ひとつこういうのがヒットしまして(pdf)、なんの資料かはさっぱりわからないんですけど(汗)、参考にはなりますね。
    この資料によりますと、小学校において最も歌われているのは「旅立ちの日に」です。51校中28校。半分以上です。対し、仰げば尊しは0校です。他に目立つものは、嵐の「ふるさと」で13校。
    中学校においては、33校中で「旅立ちの日に」が15校、「大地讃頌」が10校で他を圧しています。仰げば尊しは4校ですな。
    仰げば尊しが廃れた理由は、いくつかあると思いますが、そのうちのひとつが「旅立ちの日に」の台頭ですね。
    平成3年に埼玉でつくられたというこのうたには感動的な作成秘話も付随しているようで、じんわりと全国に広まっていったと。
    実は、僕はこの事柄は知識として持っていたものの、実際に聴いたことがありませんでした。しょうがないんですよ子供のいない中年というのは機会がなくて(汗)。
    で、検索して聴いてみました。(→youtube)

      いま 別れの時 飛び立とう 未来信じて
      弾む若い力信じて このひろい このひろい大空に

    なるほど、いい曲です。これが今の若い人の思い出のうたとなっているのか。
    ちなみに、大地讃頌は知っていましたが、嵐の「ふるさと」って全く知りません(汗)。シングルでもないようです。検索してみますと、2010年の曲らしい。別に卒業をテーマにしたうたであるわけでもなく、嵐人気ってすごいのだなと実感。
    他にも、流行歌が多く卒業式に取りあげられているようです。ゆずの「栄光の架橋」とか直太朗くんのうたとかいきものがかりのうたとか。「3月9日」をうたうのは、やっぱり卒業式が3月9日の学校なのかなあ。他の日だとおかしいもんねぇ。
    こういう歌も、定番になっていくのでしょうかね。

    僕には、小学校の卒業式の記憶はあると前記事に書きました。
    うたったのは、「巣立ちの歌」です。

      花の色 雲の影 懐かしい あの想い出
      過ぎし日の 窓に残して 巣立ちゆく 今日の別れ

    このうたも、もう廃れたのでしょうか。先ほどのpdf資料にはもう欄すらありません。知らない人もいると思いますのでリンク張っておきます。(wikipedia)(youtube)
    もちろん主観ですが、メロは「旅立ちの日に」よりも易しいのではないかと思います。そのぶん単調かもしれませんが。
    これは、「旅立ちの日に」に凌駕されたのかなあ。

    僕は、記憶しているにもかかわらずそんなにこの「巣立ちの歌」に愛着はありません。
    何故かと言えば、二部合唱で歌わされたからではないかなと思っています。クラス毎にパートが割り振られ、我がクラスは主旋律ではありませんでした。
    先生方は、父兄に「6年間の音楽教育でこの子たちはこれだけのことが出来るようになったのだ。成長を見せたい」と思ったのかもしれません。しかし卒業式は合唱コンクールではありません。卒業式のうたは卒業生のためのものであるべきだと僕は思います。ハモを担当し、主旋律につられない様に何度も練習をさせられては、達成感はあったとしても、うたそのものは印象に残りません。
    こういう場面では、斉唱が望ましいと僕は思っています。誰のための卒業式なのか。

    中学校の卒業式は申しました通り全然記憶がありません。何を歌ったのか。
    こういうの、例えばFacebookとかやってればわかるのかもしれませんね(笑)。
    一曲じゃなかったのかなあ。校歌と、あとは蛍の光、そして「今日の日はさようなら」とかでも歌ったのかな。憶えてない(汗)。巣立ちの歌と仰げば尊しではなかったのは確かだと思いますが。
    小学校のように、練習もしてないと思いますしね。

    高校の卒業式は、当事者としての記憶はないものの、送り出す側の在校生だったときの記憶がありますので、なんとか復元できます。
    高校では、卒業生は歌いませんでした。在校生(有志)が、ハレルヤ・コーラスを歌うのです。
    有志といいますか、主体は合唱部なんですけれどもね。ただ合唱部には男子部員が少ないので、四部合唱にするとバランスが悪いため、歌いたいオトコが参加するんです。僕も物好きなので名乗りを上げ、練習して卒業式に臨みました。
    これ、悪くなかったと思うんですね。だいたい卒業生は前回書いたとおり進路が決まってない生徒が多く、浮ついてましたし、周りがセッティングして歌って送り出す。ひとつのアイデアだと思いました。ベースは合唱部で、我々有志も発声から練習しましたし、感動してくれる父兄も多かったようで、悪い評判は聞いていません。
    ですけど、どうしてうちの高校は卒業式にハレルヤだったのか。そこは、謎です。聞いてなかった(汗)。
    他の例があるかと思って少しWebを彷徨いましたら、こういう話を読みました。(→卒業ソング、公立校でハレルヤ斉唱は問題)
    この話の本当のところはよく分かりませんし(対立意見も読んでませんし)何とも言えないのですが、もしも学校側の強制があったとすれば、思想信条の自由という側面から見れば確かに相応しくないかもしれません。それに、何でも強制はよろしくない。君が代斉唱を強要するのがよろしくないのと同様に(この元市議氏は保守系であるようですが)。

    ぼんやりと思うんですけど。
    学校側の強要とか、卒業生が本当は「旅立ちの日に」が歌いたいのに歌わせてもらえない背景とか、そういう「卒業生中心にものを考えない」ことは、大変な問題だと思います。卒業式の主役が誰かということは、もっと考えられたほうがいい。
    しかしね。
    個人的には、そういうことを言ってるとうたが歌えなくなるような気がしてしまうのもまた事実で。
    例えばハレルヤコーラスは、ヘンデルが作った素晴らしい旋律であると僕は思います。好きですね。
    「Hallelujah」がヘブライ語で、ユダヤ教キリスト教の唯一神を称える言葉であるのが問題なのでしょうが…あまり意識してこなかったですねそういうことは(汗)。僕が典型的な日本人であるとは言いませんが、あまり宗教心を持ってないもので…讃美歌だっていいなと思えば聴きますしクリスマスも神に思いを馳せることはない。ハレルヤなんて「晴れるや」に聞こえますから、先輩の輝かしい未来を後押しするくらいの気持ちで歌ってました。正直なところ(汗)。
    むしろ逆に、キリスト教信者側が怒るのかもしれませんね。そんな適当な気持ちで歌うなと。「ただの歌詞じゃねぇかこんなもん」と言ってはいけないこともある。カラオケでアベマリアとか歌っちゃいかんのだ。

    メロディに罪はない。「小学唱歌集」にも、讃美歌由来の曲が多くあります。
    うたには、ことばがあります。そのことばが、時代の変遷や状況で改変されていくことは、よくあることです。
    それは、百恵ちゃんのプレイバックpart2で「真っ赤なポルシェ」がNHKでは「真っ赤なクルマ」になった程度のことから、童謡「ちょうちょ」(「小学唱歌集」の中の一曲)の、

      桜の花の 花から花へ

    が元々は、

      桜の花の 栄ゆる御代に

    であったことまで。時代に相応しくないと判断されれば、うたの言葉は変わってゆきます。
    それでも改変できない場合は、封印されていきます。
    「蛍の光」は、明治の「小学唱歌集」初篇に載る歌です(仰げば尊しは第三篇)。
    もちろん卒業の歌ですが、仰げば尊しがずっと卒業式に特化し続けたのと違い、広く「別れの歌」として親しまれてゆきます。船の出航のときから、今はデパートやスーパーの閉店時でも聴こえてきます。原曲はよく知られるようにスコットランド民謡。
    現在、その三番、四番はほぼ封印されていると言っていいでしょう
    歌詞は、こんなのです。

      筑紫の極み 陸の奥 海山遠く 隔つとも
      その真心は 隔て無く 一つに尽くせ 国の為

      千島の奥も 沖繩も 八洲の内の 護りなり
      至らん国に 勲しく 努めよ我が兄 恙無く

    これを今の世で歌うのは確かにしんどい。やむなし、といったところでしょうか。これを卒業式に歌うとなれば、僕も反対署名をするでしょうね。

    そして、「仰げば尊し」。
    このうたが卒業式において廃れてきたことの理由も、底流には「改変」「封印」と同様の事情があることは誰にでも察せられることと思います。

      仰げば尊し 我が師の恩 教の庭にも はや幾年
      思えばいと疾し この年月 今こそ別れめ いざさらば
      
      互に睦し日ごろの恩 別るる後にも やよ忘るな
      身を立て名をあげ やよ励めよ 今こそ別れめ いざさらば

      朝夕馴れにし 学びの窓 蛍の灯火 積む白雪
      忘るる間ぞなき ゆく年月 今こそ別れめ いざさらば

    まずは、文語調で難しすぎるということ。
    「いととし」が「疾し」で「疾風の如く過ぎ去った」「はやすぎる」なんて意味だとは、聴いただけではわかりませんよ。今こそ別れめ、なんて係り結びも小学校じゃ習わない。「分れ目」だと思いますわな。明治初期とは、言葉もずいぶん変わったのかなあ。それとも当時は素読のつもりで歌われたのか。
    まあそれよりも、問題は別のところにあるんでしょうけどね。
    「仰げば尊し我が師の恩」「身を立て名をあげやよ励めよ」
    教師への恩を強制している。また立身出世主義は今の世にそぐわないということでしょう。
    うーん…。
    僕が仮に教師であるなら、確かにこれは恥ずかしいですねぇ(笑)。わが師の恩なんて子供たちに歌わせるのは。そんな厚顔じゃない。しかし、改変も出来ない。タイトルであり冒頭フレーズです。変えたらうたが崩壊します。
    また、二番を封印してうたっている学校もあるようです。
    難しいな。
    改変されるほどの社会事情にそぐわない歌詞というわけではなく、軍国主義に染まってもいない。どうなんでしょうね。僕には封印までしなくても良いのではないかという気持ちもあります。子供たちに恩を売るのはさすがに恥ずかしいとしても、立身出世はそこまで排除せずとも良いのではないかと。
    世の中の考え方というのは、変わってゆきますからね。何十年後には、「旅立ちの日に」の「懐かしい友の声ふとよみがえる」なんて歌詞が、「内気で友達を作れなかった子供に対する配慮に欠ける」なんて批判されているかもしれません。
    そうなったら、何もうたえなくなるんだよなあ。

    「仰げば尊し」の命脈は、もう尽きていこうとしてるのかもしれません。今でも知らない人が徐々に増えていると思われます。平成生まれが例えばTV局の責任者になれば、学園ドラマでも普通に「旅立ちの日に」が採りあげられるでしょう。案外そんな時代は早く来るぞ。思えば年月は、いと疾しなのです。
    なんだか、惜しい気もしますね。このうたが流行歌と同じように世につれて消えてゆけば。

    カミさんとちょっと話をしました。あんた卒業式に何を歌ったかおぼえてる?
    そうしたら、小中とも蛍の光だったそうです。なるほど。
    そうして、

    「仰げば尊しをホントは歌いたかったのよ。卒業式の雰囲気が出るじゃない。憧れだったのに」

    と。
    何と言いますか、その気持ち、わかるな。
    うたの評価というものには様々な側面からのアプローチが可能ではありますが、こと「好き嫌い」となると、主観でしかありえません。そのうえで、僕は「仰げば尊し」を聴けば、自分が卒業式で歌って無いにも関わらず、心に触れるものがある。さらにこの歳となって郷愁すら覚えます。
    「仰げば尊し 幻の原曲発見と『小学唱歌集』全軌跡」においては、ここだけ引用するとおかしなことになるかもしれませんが、
    原曲は、当時アメリカではどこでも見られるごく平凡な歌であった。旋律、韻律、リズム、音楽形式に関してはこの歌は決して特別の歌ではなく、大きな家族から出てきた一つのありふれた歌にすぎない。どれもこれもよく似た歌の集団の一員である。「仰げば尊し」の原曲が本国アメリカで記憶から完全に忘れ去られた原因をここに見ることができる。
    と、あります。「大きな家族」とは、歌の系譜の概念のようなものです。
    そんな平凡でありふれたメロディが「仰げば尊し」となると急に沁み入るのはなぜか。
    安田寛氏は「記憶のプロセス」という言葉を遣われています。論文であるため叙情的には語られませんが、つまり「思い出」が加味されるのだと。
    しかし、僕にもカミさんにも、このうたに個人的な思い出はありません。にも関わらず、不思議とあふれでる何かがある。これはもう、集団記憶的な概念を持ち出さないと説明できません。DNAとは言わずとも、長い間に積み重なってきた何かが心に触れるのだと。
    しかし、もうそういうものも尽きようとしてますね。

    ただしいまの僕にとって、「仰げば尊し」といううたは、心に沁みるのは確かですが、少し引っかかるものもあるんです。何か、胸の内にざわざわしたものがよぎる。そして、ため息をついたりして。
    それはあの、

      身を立て名をあげ やよ励めよ

    という言葉です。
    立身出世主義がけしからんとか、そういうことではありません。個人的なことです。
    僕は、もうこんな歳になっていますが、結局身を立て名をあげることは叶いませんでした。社会の中に埋没し意識の低い人間となって、名誉も財産もなく暮らしています。僕自身は、それでも日々幸せを感じつつ生きているつもりですが、ただ親孝行は出来なかったなと。
    ちゃんと育ててくれたのに、立派な自慢の息子にはなれませんでした。今になっても心配ばかりかけています。本当に申し訳ない。ごめんな。
    思えばいと疾し、この年月。もう残された時間は多くはない。そのことがどうしても思われ、今の僕にとって「仰げば尊し」は、ちょっぴり苦いのです。
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    | 2016/03/27 | 音楽 | 17:14 | comments(2) | trackbacks(0) |

    昨今のヘビロテ

  • 2015.11.29 Sunday
  • 前回も少し書いたようにも思いますが、やっぱり僕は活字と音楽がないと生きてゆけない。もちろんこれは僕だけじゃなく大多数の人も同じだとは思いますけど。
    ただ、そのチョイスには状況によって傾向が出るようです。

    書籍などは、僕は普段、小説とかは全然読んでいないのです。ホントに。
    若いころは、読書の中心ジャンルは小説だったと思います。さらに青春期には詩集まで読んでました。文字通り青いですな。
    けれども、中年を過ぎると架空の話があまり読めなくなってきました。ジャンルは評論やノンフィクションに偏り、どんどん狭いものを好むように。例を挙げると、「景教と法隆寺」「中世農業用水路における灌漑技術」「アプト式に賭けた男たち」「ゲイリー・ムーアの生涯」「1977年の出崎統」「スライダーはなぜ曲がる」「狂乱の猪木〜卍固めの唄」等々。(書名は適当に作りました)
    なんででしょうかねー。やっぱり感受性の摩耗でしょうか。
    ところが。ちょっと身体を悪くすると、こういうウンチクものに急に興味を失うのです。
    なんでかな。骨折などの怪我とは違い、病気になると気弱になるからでしょうか。
    風邪などを引いて寝込むと、僕はたいてい池波正太郎氏の時代小説を読んでいます。あれは実に不思議な世界でね。もう鬼平犯科帳などは何度繰り返して読んでいるかわからないのですが、そのたび新鮮に読める。以前読んだはずのストーリーなのに。
    ましてや、その病気が少し深刻な場合は。「もしかしたらこの先長くないかも…」とかノイローゼ気味になった場合。これは、以前にもあったんですが(→このときかな)、突然純文学などを読みたくなってくる。教養小説とかね。不思議なもんです。
    もしかしたら「もう知識を蓄えてもしょうがない」という心理が働くからでしょうか。
    てなわけでここしばらく、僕は小説ばかり読んでました。それによって別に人間的に深みを増したわけではありませんけれどもね。
    何を読んでいたかを書くのは恥ずかしいので、ここまでにします。

    音楽は、といえば。これは、あんまり変わらないかな。体調との相関関係はさほどなかったような。
    強いて言うなら、洋楽より邦楽に偏重していたかもしれません。
    この自己分析は難しいですね。外国語は聴いていてもよくわからん、歌詞が理解できるもののほうがいい、とか。でもそれも我ながら説得力ないかな。
    腰を悪くしたり入院したりしてると動けませんし、TVの音楽番組は観ませんしPCは壊れ、せいぜいラジオくらいしか聴いてませんでしたから、音源を増やす手段がないので、聴くものはだいたい自分のストックから、ということになりますが、そんな中からヘビロテ気味だったものを少し挙げていくことにします。書籍名は書けなくても曲名なら書けるから不思議なもんです。こっちのほうが内容的には恥ずかしいと思うんですけど…10曲ほど。
    えーとこういう記事は以前書いたなーと思って見てみましたら、こういうのを2年前書いてましたね(汗)。→私的懐歌20選
    今見返すと、音源がほとんどリンク切れしてる(汗)。ということは、この記事もすぐ古びるな。まあブログ記事なんてうたかたのものだからいいか。


    僕は持っている音源の半分くらいはフォーク系じゃないかと思うのですが、中でもふきのとうは不思議と聴きたくなって何度も繰り返し聴いてました。
    ふきのとうに関しては、完全に「郷愁」だと思います。「懐古」とはちょっと違うかな。
    曲はファーストアルバムの1曲目を。
    ふきのとう「帰り道」(youtube)

    「風」も繰り返し聴きました。不思議とかぐや姫は聴かなかったですね。こうせつおいちゃんの明るさが合わなかったのかも(笑)。
    不思議とあっちのブログでは暦の上では北国列車を採りあげていていずれも2ndアルバムなんですけど、とくにそういう偏りもなく、ここ数か月の気分ですと3rdのこれかな。
    風「3号線を左に折れ」(youtube)

    原点であるナターシャーセブンは外せなくて。やっぱり「107ソングブック」ですけど。
    もちろんご存知の方も多いと思いますが、このナターシャーの11枚組の大作である107ソングブックシリーズは「カバーアルバム」なんですね。無論オリジナルも入ってますが、外国のうた(カーターファミリーからマザーグースまで様々)とか日本民謡とか。
    僕が聴いていて最もヘビロテしてしまったのは「道」という歌(youtube)でしたが、これ、イスラエル民謡なんですよ。歌うのはともやさんじゃなく木田&城田というなんともやさしい世界。
    今はこんな時代ですから原曲をすぐ探せます(youtube)。ははあこういう感じか(有難い時代になりましたな)。
    まあそれじゃなんなので、オリジナルを挙げておきます。思い出があるんですよ、この曲には。
    高石ともやとナターシャーセブン「君かげ草」(youtube)

    ロックは若いころから海外のものを主として聴いてきたはずなのですが、これが不思議なことにここしばらくはあまり聴きたいと思わなかったんですね。で、日本のロックを聴いていたという…(汗)。ラウドネスとかノベラです。
    京都に「磔磔」というライブハウスがあって(今もあるのかな)、何度かは参戦したことがあります。懐かしい。
    ここではアースシェイカーを挙げようと思っているのですが、ちょっとwikipediaを見てみましたら何と今も現役らしいんですね。それは凄い。たぶん皆さん50歳代半ばか。おそらくまだパワフルさを保持しておられるのでしょう。観てみたい気がします。
    EARTHSHAKER「More」(youtube)

    AKB48が僕にしっくりこないのはもちろん自身の感受性の摩耗だろうとは思ってます。現に、同じ秋元康プロデュースのおニャン子クラブは、今も結構音源を持ってます。あの頃は僕も若かった。なんせ立見里歌と同い年ですから(笑)。
    てなことで、おニャン子クラブを引っ張り出して聴いていたのです。これが、悪くないんだなぁ…(^-^;
    自分の年齢と資質は措いて、果たして何が違うのかと考えてみますと、AKBには後藤次利がいないのだ、という説は成立しないでしょうか?
    しかしねぇ。秋元康といい後藤次利といい、また別ですが小室哲哉といい小林武史といい、みんな商品に手を出しておる。プロデューサーという職業なのにこういうのは許されるんでしょうかねぇ(笑)。そういう点では、つんく♂はエラいと思うんです。
    河合その子「青いスタスィオン」(youtube)

    つんく♂氏がああいうことになってから、僕はまた彼が作ったハローの曲を聴き返したりしていたわけなのですが。
    ファンの人に怒られるのであんまり言えませんけど、やっぱり僕は高橋愛が率いていたころのモー娘の時代は楽曲もパフォーマンスもなんだか突出していたような気がしています。その時期はAKBブームが始まった頃でマスコミはそっちを注目し、売上的には低迷期だったとされていますが。
    でも、いいなと思うんですよ。この曲はギターの音が、かっこいい。
    モーニング娘6期(田中れいな・道重さゆみ・亀井絵里)「大きい瞳」(youtube)

    とは言え、僕もいい歳したおっさんですので、さすがにAKBやらモー娘やら℃-uteやらのライブには行ったことがないわけです。それはいかになんでも恥ずかしい。だから、本来語れないわけです。
    しかし、アイドルのライブには一度だけですが実は行ったことがあります。それは「THEポッシボー」というグループなんですが。
    そのポッシボーが、僕が世俗を離れている間にひとり卒業して5人が4人になり、さらに「チャオベッラチンクエッティ」と改名しているとは。浦島太郎的気分でした。
    彼女らを"再発見"したのは3年くらい前なんです。歌もパフォーマンスもホントカッコいい。
    で…その中にひとり、声量がイマイチの子がいるんです。惜しいな。しかしその子を見たときに僕は驚いてしまいまして。( ̄△ ̄;)えっ?
    何と申しますか、初恋の人に似ている。歯並びまで似てる(笑)。このひとのことなんですが。
    こういうのはもう理屈じゃないんです。で、この二回りも年下の諸塚香奈実というお嬢さんのファンになりました。わはは。
    この曲は、グループ結成10年目で彼女が初のソロセンターを得たうたです。何回聴いたか(笑)。
    もろりん「キャモン!〜主役は私だ!(お前もな!)〜」(youtube)

    「坂崎幸之助と吉田拓郎のオールナイトニッポンGOLD」というラジオ番組があって、これは2年くらい前に終わったのですが僕もよく聴いていました。聴けないときは留守録したりして(そんな機能を持ってるラジオはまだあるのかな)。
    で、そういう昔の音源をつれづれなるままに聴いていたわけです。今聴いてもホント面白い(笑)。
    この番組には、リスナーが音源を番組に送ってきて拓郎氏と坂崎さんが批評するという「ミュージックトライアウト」というコーナーがありまして。名物企画でしたね。そこに送られてきた一曲を、聴いた当時も凄いと思いましたが、今聴き返してもやっぱり素晴らしく、僕も何度も聴きなおしてしまったわけです。辛口の拓郎・坂崎両氏も激賞してました。
    この人はWebで自作曲を公開されていて、探したら出てきました。シロートの僕が言うのは本当に生意気ですが(ごめんなさい)、良く出来た曲だと思います。一人でやられているようなので打ち込みだと思われますが、例えばベース音だけに注目して聴いても、ドラム音だけに耳をすませても、味わいがある。HPで公開されているほかの曲もまたいい。こういう人が世に出てこられない音楽マスコミなんて…とつくづく。
    シライモトヒロ「夕暮れの放課後」(youtube)

    僕はここ2年くらいですけど関取花さんにハマっていて、なのでGoose houseなども遡って聴いて悦んでいるのですが、若者が楽しそうに歌っているのっていいですね。青春だなあ。
    前に、「はつ恋(youtube)」を聴いて泣いてしまった、てな話を書いたことがあったような気がしますが、今回はこちらで。
    関取花「流れ星」(youtube)

    最後はこれ。
    まったくもって、こんなうたまでネットに上がっているとはね。僕が旅をしていた頃、黄金色した日々を彩ってくれた数々のうたのひとつ。
    みんな元気かー!。おいらは青息吐息だけどまだ生きてるよー。
    幻恋歌(メッセージ)
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    | 2015/11/29 | 音楽 | 17:31 | comments(0) | trackbacks(0) |

    忘れていいの

  • 2014.01.19 Sunday
  • 年末年始は忘新年会などで宴席の機会も多かったのですが、カラオケにも何度か行きました。
    そういう場で、谷村新司&小川知子のデュエット曲である「忘れていいの」が歌われているのを3回聞きました。
     
      
      谷村新司 ベスト&ベスト
      忘れていいの-愛の幕切れ- youtube

    はじめに書いておきますが、このうたは何といっても名曲であると僕は思っています。アリスのチンペイさんとしてはちょっと措きますが、作家谷村新司氏の仕事としては、ひとつの頂点ではないかと思っています(異論認めます)。
    このうたは、もう30年前の曲です。名曲は色褪せず、ということなのかと思っていましたが、さすがに3度目に聞いたときには「?」と思いまして。何でそんなに流行ってるんだ。
    尋ねてみますと年末、TVの歌番組でチンペイさんが何と壇蜜さんを相方に披露したらしく。しかも、一度じゃないそうです(このペアで複数の番組に出たとか 笑)。なるほど、それで再認識した人が多かったのか。
    こんな時代なので、その壇蜜さんver.も探したらありまして。一聴して…うーむ(笑)。もちろん壇蜜さんは歌手ではありませんから多くを求めてはいけませんが。むしろ、壇蜜さんという人のお姿は雑誌のグラビアで拝見させていただくのが主でしたから、こんなにかわいい声をしていたのかと驚き。何となくですが、もっとお色気たっぷりのハスキーボイスを想像していたものですから。

      一人で生きる術なら知っている 哀しいけれど この年なら

    ベタかもしれませんけど、こういう言葉は沁みますね。
    このうたが世に出たときはまだ僕は若く、こういう大人の心情はよくわかっていなかったんだと思います。今のほうが、心に浸透してくる気がします。
    別れを切り出しているのは、もちろん男。それが突然のことであれば、若い女性なら泣いたり怒ったりする場面でしょう。けれども大人の女は、そんな場面に直面しても、感情を抑える。決して激昂したりしない。どうするかといえば、笑うんです。
    矜持もあります。また経験も積んでいます。ここで泣くことはできない。だから強がる。本音は「どうかあなた行かないで」であったとしても。

      見つめていないで 背を向けていいのよ

    早く背を向けてくれないと、涙が溢れてくるのを見られてしまいます。それを見られるのだけは堪忍してほしい。その女のプライドというものに、哀憐の情を覚えるのです。

      上着の襟が立ってるわ 自分でちゃんと直すのよ 今日からは

    彼女はこのとき、立っている襟を直してあげたんでしょうか。
    これ、どっちでも哀しいんだな。
    言葉どおり受け取れば「明日からは」だったら、直してあげたことになりますが、「今日からは」だから、直していない。襟が立っていることには気づいているんです。いつものように直してあげようとして手を止める。もうそんなことはしてはいけないんだと気付く。「自分でちゃんと直すのよ」というのは、心の中の言葉。多分口には出してないな。そんなことを口にすれば、涙が出てしまうでしょう。
    いや、直してあげたのかもしれない。世話を焼くのもこれが最後。わたしがいなくても、ちゃんとしてね。
    やっぱり、どっちも哀しい。

    なんかね、いろんなことを思い出すんです。僕も、この年なら。あのときは、あれでよかったのかな。それとも、違う扉があったのかな。そうすればもしかしたら、今とは別の道を歩いていたのかな。

    ただね。
    この曲で残念なことが一点だけあるわけで。それは、例のアレです。谷村御大が小川知子さんの胸元に手を入れるアレ。
    アレは、功罪ありますね本当に。
    アレがなければ、このうたはここまで人口に膾炙しなかったかもしれません。マーケティングのやり方としては、正しい。でもねー、アレのおかげで、このうたはちょっとエッチなうたにカテゴライズされがちなんですよ、どうしても。よく聴けばまったくそんなうたではないのですが。
    昨今はしっかりした世の中になっていますのでほぼこういうことはありませんが、昔は、このうたによってカラオケで「セクハラ」行為を行おうとするおっさんが相当居たと思われるんです。少なくとも、僕は何度も目撃しています。上司が女子社員の胸元に手を入れようとしたり(実際に入れたらアウトですが、当時はセクハラという言葉は一般的ではありませんでした)、またホステスさんに同様の行為をしたり。けしからん事だと本当に思います。
    そして30年経った今でも。先日、やはり「遠ざかる…」にさしかかったときに、右手を動かしたおっさんがいました。店内がざわめき笑い声がおき、女性は逃げ…アホか。もちろん本気でおっぱいを触ろうとしているのではなくギャグでやっているのですが、僕は舌打ちをしました。そもそもヘタなのに、うたの価値がさらに下がるじゃないか。せめてもっとまじめに歌え。
    こんなことを思っているのは、僕だけなんでしょうけれどもね(汗)。

    さて、このうたの価値はただ詩と旋律が秀逸であるというだけではないと思っています。そんな話は、また後日書こうと思いますが。


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    | 2014/01/19 | 音楽 | 17:35 | comments(4) | trackbacks(0) |

    私的懐歌20選

  • 2013.08.17 Saturday
  • 僕の隠れた高アクセス記事にこの「非公式INDEX」があります。そりゃこれだけ歌のタイトル集めたリンク集ですから、なんか引っかかるのだとは思います。しかし開けてもすぐ閉じられて終りでしょう。僕も文章ゼロ記事にアクセスされても困ります。

    youtubeとかは裏街道のものですし、怒られて削除の嵐ですから、すぐリンク切れします。僕も記事内でしばしばリンクさせてもらいますが、過去記事のメンテはしてません。無理ですよ。ただこの非公式INDEXだけは、時々チェックして張替えています。

    なぜかと言えば、結局このページは自分用なんですね。僕が好きな歌ばかり集めているのだから、たまに聴きたい。で、メンテを言い訳にして聴く。切れてたら探してまた張る。驚くことに、たいていは代替のものが即座に見つかります。

    この非公式INDEX作ったのは5年前で、その頃は半分も音源は探せませんでした。だから音源を見つけたら嬉しくて、こんなページを作ったのです。当時はCD試聴ページやmidiなどもリンクしていました。しかし、今は9割くらいはyoutubeで誰かがアップしてくれています。

    確かにここ5年くらいで、違法音源のアップは大きく底上げされた感があります。みんな手元の貴重音源を自慢したいのか(^^)、呆れ返るほどマイナーなものまで現れています。僕の非公式INDEXがコンプリートされる日もいつか来るかもしれません。

    今日は、そんな張替え作業の中で見つけた、僕にとって"だけ"「極めて思い入れがある」歌を少し紹介させて下さい。僕もたいてい音源は持ってるわけですが、最近カセットとかレコードとかで聴くのがだんだん面倒になってきましてね。これも自分用リンク集です。


    古時計「ロードショー」でジャックと豆の木について「誰かご存知ない?」と書いたら、有難いことにレスポンスがいくつか。詳しい方もいるんですね。当時ネットに音源は見つけられなかったのですが、その後upしてくれた人がいました。
    ジャックと豆の木「二十才の手紙」

    同じく上記記事で言及した北炭生の歌もありました。タイトルは「あの人はやってくる」で正解。これ、やっぱりCMソングだったと思うんですけど(資生堂バスボン石鹸)。誰もおぼえていないと、僕のほうが勘違いしているのかと思ってしまいますが…。
    北炭生「あのひとはやってくる」

    うめまつり「北山杉」でとりあげた「貴船川」もありました。これは僕も実は音源を所持していないのです。でも歌詞も完全に記憶している。当時どれだけラジオで流れたか、ということですね。ただひたすらに懐かしい思いです。
    きくち寛「貴船川」

    シャトレセカンドもまた懐かしく。ポプコン出身でよく関西方面ではラジオで歌ってはりました。この人たちの情報はネットではなかなか拾えない(検索したら自分のblogが引っかかってしまう)のに、何故か音源は存在。ラブウィンクスも懐かしいけど。
    シャトレ供崋困した季節は」

    ラブポーションになると、僕も高校〜大学という年代だったので、普通におねえさんとして憧れて。そもそもカントリーバンドでしたが徐々にポップスに傾斜し。ライブも行きました。エンドレスナイトも観てましたよ。貴ちゃん以外の消息はわからんなぁ。
    ラブ・ポーション「胸いっぱいのフォトグラフ」

    ポプコンはいつも録音しつつ聴き、その年('84)も同様でした。この曲が出たとき「今年のグランプリは決定」と思いました。チューインガムの再来だと。しかし栄冠はTOM★CATへ。後のセールス考えれば理解できますが、この回を最後に僕はポプコンから離れました。
    さそり座「窓ガラスのへのへのもへじ」

    当時の深夜放送はカルトな曲も多く流れていました。つボイノリオ氏は「金太の大冒険」「お万の方」「怪傑黒頭巾」などがもちろん有名ですが、僕のリアルタイムとしてはこの曲かな。山本正之や小山茉美などの愛知県パワーに翻弄されてた頃。
    つボイノリオ「恋のいちゃいちゃ」

    子供の頃は、新・御三家とか花の中三トリオとかが全盛期だったなー。あまり興味はありませんでしたが、あの頃のアイドルって時々いい歌をうたってたなと思うんです。西城秀樹のこのうたを聴くと、決まって思い出す少年の頃の淡い風景があります。
    西城秀樹「ラストシーン」

    しかし小泉今日子女史だけは別格だと思うわけでして。歌謡曲系でアルバム持ってるのもキョンキョンだけ。今でも朝のドラマとかで頑張ってるらしいですね。この人は、順当に年齢を重ねている感じがいい。無敵だなぁといつも思います。
    小泉今日子「純ワル過激ハ粋ッ美人」

    僕のハードロックはディープ・パープルそしてレインボーに始まり、結局リッチー大先生なのですが、もちろんあちこち聴きつつ、徐々に欧州の深みに入って。最近はヴァンデンバーグがふと懐かしく。たまにバラードもいいですね。
    Vandenberg「Different Worlds」

    イングヴェイなんかから、いわゆる北欧系メタルに入り込んだ時代があって、ハロウィンに到着して終わりますが、ビスカヤってどうしているのかとふと思いだして。「北欧の戦士」ですが、一発屋だったのかなぁ。僕も一枚しか持ってません。でも、いいぞこれ。
    Biscaya「Howl In The Sky」

    以前はベストヒットinUSAとか、いろんな海外の音楽情報番組があってよく観てました。そんな中でドナ・サマーを見たとき、何とカッコいい女性だと瞠目し、少年ながら憧れました。大人の女性の凄みを知ったような。昨年亡くなったのは誠に残念なことでした。
    Donna Summer「Last Dance」

    僕のサイモン先生との初遭遇はラジオではなく1枚のLPでした。それはブレイク以前にガーファンクルと離れてロンドンで作ったアルバム。そこで「Fools! said I You do not know!」と叫ぶ先生。後に静かなSounds of Silenceに違和感を感じたほどです。
    Paul Simon「The Sounds of Silence(The Paul Simon Song Book ver.)」

    アニメソング最高の曲は、と問われれば僕はリボンの騎士を挙げます。迷うとすればジャングル大帝。今、久石穣氏が「神」と言われているらしいのですが、冨田勲という人が如何に偉大であったかを忘れている人が多いので少し残念です。
    前川陽子「リボンの騎士」

    しかし個人的な思い入れからすれば、挿入歌ではありますがスナフキンのギターも捨てがたく。僕はこのスナフキンとキカイダーの影響でギターを始めました。フォークソングとはまた別のルーツがあります。この曲をコピーできたときがひとつの到達点でした。
    スナフキン「おさびし山のうた」

    演歌も、浪花節的な「ド演歌」は苦手なものの、歌謡曲の流れであれば好きなものも多いのです。中条きよしとクールファイブはいいなと思ってます。この曲は、昔紅白歌合戦で歌われていたものを録音し、繰り返し聴いていました。なんとも沁みいります。
    前川清(クールファイブ)「海鳴り」

    モップスの鈴木ヒロミツさんも亡くなって久しく。歌に味わいがありますよね。これはTV主題歌だということで、検索したら「明日の刑事」のテーマだったとか。でもそのドラマは記憶にありません。ラジオのエアチェックで知ったのだと思います。懐かしい。
    鈴木ヒロミツ「愛に野菊を」

    物心ついたときから頭に残っているメロディがありました。ですが長じても何の曲かわからず。歌詞の記憶が曖昧で「明日はきっと」で終わるくらいしか…。先般やっとキングトーンズだとわかりました。スッキリ。発売時は3〜4歳くらい。そりゃ曖昧なのはしょうがない。
    キングトーンズ「家へ帰ろう」

    このうたを聴くと蘇る痛切な想い出があって、語れるギリギリのところまでブログに書きたい気持になります。想いを反芻する度にBGMになるのですが、たまたまそのときに耳に入った歌というだけで、想い出と歌に何の関連性もなく記事に出来ずにしまっています。
    石川セリ「小さな日曜日」

    最後はこちら。こんなものまでネットにあがっているのか、という驚きもあります。この頃が、ただ旅をしていた頃が僕はいちばん楽しかった。人生の黄金時代でした。もちろん、忘れません。みんな元気か。年を経たけれども、僕も気持はあの頃と同じだよ。
    「忘れないでおくれ」
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    | 2013/08/17 | 音楽 | 04:58 | comments(0) | trackbacks(0) |

    同詞異曲のうた

  • 2012.11.25 Sunday
  • 丸谷才一さんの遺稿である「茶色い戦争ありました」を読みました。
    その感想はともかくとして(政治的になりそうなのでやめますが、いいはなしでした)、僕は先月虹を見た記事を書いて以来、中原中也と丸谷才一が頭の中をいったりきたりしていて、いろんなものを読み返したりしているのです。
    それに加え、友川かずきのうたもやっぱり折にふれ心の隙に流れ込んでくるのです。(youtube)
    なんとも刻みつけてくるうたですね。友川さんのうたはみんなそうですが。
    友川さんのこのうたは、中原中也の詩「サーカス」に曲をつけたものですが、その「茶色い戦争ありました」という言葉を含むこの詩は、なんともいえず心に残る詩です。
    手持ちの中也詩集の年譜を見ますと「サーカス」は昭和4年の発表で著作権的に問題ないので、全文書き写そうかとも思いましたが、青空文庫にもありますので手抜きしてリンク張ります。「山羊の歌(3篇めがサーカス)」

    で、ここからが本題なんですが、この中原中也の「サーカス」に曲をつけて歌った人は、友川かずきさんだけではないのです。小室等さんも作曲されています。「まるで六文銭のように」のアルバム「はじまりはじまる」に入っています。(youtube)
    僕はこのアルバムを購入したときに初めて小室さんの「サーカス」を聴きまして、あれ?と。既に友川さんのやつは知ってましたので。
    どっちが先か、という話は無意味で、曲も聴く人が好みでセレクトすればいいのですが、この「歌詞が同じで曲が違う」うたにちょっと面白さは感じましてねー。こういうのって、珍しいんじゃないの、と。
    同じ曲に違う歌詞が乗っている、という逆パターンなら星の数ほどあると思うんですよ。そもそも外国曲を翻訳などして日本語で歌えば、全て異詞同曲ということになりますし。また外国曲に日本語をはめる場合でも、例えば「リパブリック讃歌」などは「おたまじゃくしはカエルの子」とか「ごんべさんの赤ちゃんが風邪ひいた」とか「ひとりとひとりが腕組めば」とかヨドバシカメラのうたとか、無数にあらわれてくるような。また詞がない外国曲でも、「エリーゼのために」が「情熱の花」と「キッスは目にして」になるようなパターンも。
    日本発のうたでもたくさんありますよ。最近だと「明日への扉」とか。僕は以前村下孝蔵さんの「松山行きフェリー」について書いたこともあります(→記事)。
    だいたい替え歌というのは、そうやって成立するもんですから、無数にあると言っていいのです。
    ですが、曲のほうが違う、というのは、そんなには思い浮かばないんですね。

    この同詞異曲というパターンにおいて、日本の歌曲での代表に童謡「砂山」があります。
    「海は荒海 向こうは佐渡よ すずめなけなけ もう日は暮れた みんな呼べ呼べ お星さま出たぞ」
    北原白秋の詩ですが、これに中山晋平と山田耕筰がそれぞれ曲をつけました。中山ver.(youtube)と山田ver.(youtube)と。今は知りませんが、僕の子供の頃の教科書には両曲並べて提示してありました。
    wikipediaをみますと、他バージョンもあったようですね。wikipediaはこういう同詞異曲について「珍しいことではな」い、と書きつつも
    「通常これらの曲のうち1曲だけが人気を獲得し、それ以外は歌われなくなり忘れ去られてゆくことがほとんどであり、2曲が現在に至るまで歌い継がれているのは非常に珍しい例といえる」
    としています。そうだよね。あまり思いつかないもの。競作、ということで作られることはあるのでしょう。しかし勝ち残るのはたいてい1曲です。歌謡曲などにおいても、レコーディング段階で振り落とされることは多いのでしょう。

    競作ではなく、同じ作曲者が作るということも。
    中島みゆきさんに「孤独の肖像」といううたがあります。アルバム「miss M.」所収(youtube)。この曲はアルバムからの先行シングル曲ともなった有名な曲ですが、この曲には実は原曲があり、アルバム収録にあたってイメージ統一のためか何と「詞を生かし曲を書き換えた」ということです。そしてその原曲はいったんお蔵入りになり、それから8年のちにアルバム「時代-Time goes around-」に収録されました。タイトルは「孤独の肖像1st.」としています(youtube)。つまりこれで世の中に歌詞が同じ「孤独の肖像」といううたが2曲出たことになります。
    当然どちらも作詞作曲中島みゆきですから、同じ作曲者が2バージョン作ったと。そういう事例も、あるんですなあ。
    井上陽水の「あかずの踏切り」は有名でしょうか。これ、3バージョンあります。最初にライブLP「もどり道」のもの。そして有名な「氷の世界」バージョン。しかしこのアップテンポのやつは星勝さん作曲なんです。そして最後に「あかずの踏切り'76」。これ、ライブLP「東京ワシントンクラブ」所収でCDになってないので聴くのは難しいかも(youtube)。

    さて、同一作曲者が幾パターンか作ったという例で興味深いのに、樋口了一さんの「1/6の夢旅人」があります。僕のような水曜どうでしょうファンならすぐさまこの事例を思い浮かべるでしょう。ワシはプライベートなら必ずカラオケで歌います。もう大好きで。
    「1/6の夢旅人」は最初、どうでしょうの応援歌として作られました(youtube)。ですが、当時は「水曜どうでしょう」は完全に北海道のいちローカル番組であり、樋口さんも「そのときだけのための」刹那的なうたとして作った様子があります。とくにCD化も予定されておらず。
    しかしこの曲はいい曲なので、もったいないと思ったのか樋口さんは曲だけをV6のシングル「Be Yourself!」のカップリング「always」として提供しちゃうのです(youtube)。だってV6のシングルなら儲かるもん(笑)。ここでまず異詞同曲が誕生するのです。
    しかしこのことで権利関係という問題が生じ、「どうでしょう」での1/6の夢旅人の使用に支障をきたすようになってしまいます。
    この問題をクリアするため、樋口さんは新たに、詞をそのままに曲を書き下ろします。これが「1/6の夢旅人2002」です(youtube)。同詞異曲の誕生です。
    こうして異詞同曲と同詞異曲が同じ流れの中で出てくるというのは、面白いですね。

    この他に、僕は「島を愛する」「正調島を愛する」の同詞異曲も思い出すのですが、こんなの礼文島に連泊したひとしか知らないでしょうしねぇ…。(そう思いながら探したら何と初音ミクが歌ってる!→これ)

    外国曲ですぐに思い浮かぶのは「野ばら」です。ゲーテの詩は、日本語にも訳されています。
    「わらべは見たり 野なかのばら 清らに咲ける その色愛でつ 飽かずながむ くれないにおう 野なかのばら」
    僕がすぐに思い浮かぶメロディは、ウェルナーのそれです(youtube)。しかし世界的には、シューベルトのそれ(youtube)がもっとも人口に膾炙しているようです。このゲーテの野ばらには、ベートーベンやシューマン、ブラームスなども曲をつけ、一説によれば100曲を超えるとも言われています。
    世界に目を向ければこういう話はやまほどあるようで(魔王やアヴェマリアとかね)、ひとつひとつは書けないのですが、前から少し気になっていたうたに「スカボロー・フェア」があります。

    スカボロー・フェアはご存知の通り、サイモン&ガーファンクルの名曲として世に知られています。3枚目のアルバム「パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム」(1966年)に「スカボロー・フェア/詠唱」として収録されています。

      
      Simon & Garfunkel 「Parsley, Sage, Rosemary and Thyme」(youtube)

    映画「卒業」の挿入歌として広く世に知られました。上リンクの音源には「詠唱」の部分ももちろん入っていますから、純粋なスカボロー・フェアだけのものも。セントラルパークのS&Gです。(→youtube)

      Are you going to Scarborough Fair?
      Parsley, sage, rosemary and thyme
      Remember me to one who lives there
      For she once was a true love of mine

    このうたは、英国に伝わる一種のわらべうた、民謡であることは有名だと思います。こちらのサイトの「スカボローフェアの謎」が詳しいので参照していただきたいのですが、もともとはイギリス民謡を源流とし吟遊詩人により口伝えで広められたバラッド(旋律のある口承説話)でした。「エルフィンナイト(wikipedia)」というバラッドだとされます。
    それをフォーク歌手マーティン・カーシーが採りあげてアレンジし、カーシーと出逢ったポールサイモンが現在のかたちにした、ということのようです。マーティンカーシーのスカボローフェアはこちら(→youtube)。よりトラディショナルな雰囲気が漂っていますね。

    さて、スカボローフェアには、僕が知るうちではもうひとつのバージョン、つまり異なるメロディがあるのです。
    このうたは口承から始まったものであり、様々な歌詞やメロディがあって当然だと思います。そのことに不思議な思いは抱きませんでした。僕が知るスカボローフェア別バージョンは、高石ともやとザ・ナターシャーセブンの「107ソングブック」VOL.6マザーグース編に収録されていたものです。
    詩は、ともやさんが訳したのでしょう。日本語でした。

      スカボローフェアへ行くのなら
      パセリ セージ ローズマリー エンド タイム
      伝えておくれ この想い
      美しいあの人へ

    メロディは、S&Gバージョンよりももっとトラッドな感じです。英国民謡ふうの匂いが強く、なかなかこれがいいのですね。僕は中学生のときにこれを聴いていますので、S&Gバージョンとずっと並行して認識していたと言っていい。
    同詞異曲のうたということで、僕が真っ先に連想したのが実はこのスカボローフェアでした。
    ナターシャーの音源、ともやさんの声でなくても別に問題はなく、違うメロディのものであればむしろ英語のほうがいいだろうと思い「Scarborough Fair」で検索をかけました。海の向うには、いくらでももうひとつのメロディは転がっているだろうと思って。古謡なのですからね。楽曲だけなら著作権の問題もないでしょうから。
    ですけど、これがなかなか出てこないのですね。ケルティック・ウーマンはじめ、ほんとうに様々なミュージシャンがこのスカボロー・フェアを歌っているのですが、みんなS&Gと同じメロディで。やはり世界的に大ヒットしたバージョンは強いのか。僕はシロートさんがいかにも「upしました」みたいなものまで「Scarborough Fair」であれば聴いてみたのですが、なかなか当該メロディはあらわれてくれず。
    探してやっと見つけたのは、なんと日本のアーティストのものでした。「VITA NOVA」というユニットのものです。

      
       VITA NOVA「ancient flowers」(youtube)

    わはっ、これ、良すぎる!(笑)
    僕はメロディだけを探していたのですが、めちゃくちゃ佳曲にアレンジされたスカボローフェアに出逢うことができました。この民俗音楽テイストがたまらん。
    調べるとこの「Vita Nova」は吉野裕司氏を中心としたプロジェクトで、何とこのアルバムは1996年に出ています。全然知りませんでした。久しぶりに購入意欲がわくモノを聴きましたよ。

    それはともかく(汗)、僕が知るスカボローフェアのもうひとつのメロディとは、こんな感じです。 
    わかりませんけど、もっといくつものメロディが存在しているのかもしれませんね。伝承音楽の世界のことですから。
    そのひとつとして、前記サイトには「もう一つのスカボローフェア」と題して、何とあのボブ・ディランがやはりあのマーティン・カーシーからスカボローフェアを伝授(?)されていたことが記されています。これには驚きました。全然知りませんでしたから。
    そのうたは、「Girl From The North Country(youtube)」です。
    聴いてみますと、確かに「Remember me to one who lives there/She once was a true love of mine」と歌っています。これもひとつのスカボローフェアですね。パセリとかセージとかの呪文は省かれているようですが。このメロディは「エルフィンナイト」のものなのでしょうか。それとも…。
    いずれにせよ、同詞異曲のひとつであることは間違いないようです。しかもS&Gより前のリリースです。へー。

    長くなりましたのでとくにオチもなく終わりますが、いろいろ知ることができて面白かったっす。リンクだらけの人の褌で相撲をとりまくった話でしたが(汗)。
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    | 2012/11/25 | 音楽 | 18:06 | comments(6) | trackbacks(0) |


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