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    | 2016/12/30 | - | | - | - |

    Googleの恐怖

  • 2012.04.01 Sunday
  • これについて書きたかったのですが、ここしばらくバタバタしていてとりかかれませんでした。
    まずは、こちらの方の記事から。→「俺の+1返せ!ヽ(`Д´)ノウワァァァン!! URLリダイレクトでBloggerブログが悲惨なことに……
    「Blogger」というブログサービスがあります。アメリカ発のブログで、世界有数の利用者を誇り、2003年にGoogleが買収しました。つまり、Googleがやっているブログです。
    これが先日、えらいことをやりました。世界中でURLを変更したのです。
    といっても、わかりにくいですよね。具体例ですが、実は僕もBloggerでひとつブログを開設しています(→これ)。持ってるだけの幽霊ブログなんですけれども。
    このブログのURLは本来「http://p-lintaro2002.blogspot.com/」だったのです。それが知らぬ間に「http://p-lintaro2002.blogspot.jp/」に変わっていました。末尾に注目。com/→jp/と。つまり利用者の国ごとでURLを分けたのです。
    上記ブログの方は、Google+1ボタンやTwitterボタン、Facebookのいいね!ボタンなどがリセットされたということで大変のようです。加えてURL変更ということは、今まで育ててきたURLが消えることですから、検索上位にランクされていたものが滑り落ちたりなど様々な影響があるはずです。
    幽霊ブログである僕には、実質上の被害はありません。URLが変わってもリダイレクトされますので、リンク張っていても修正の必要はなく困ることはないのですが、それにしても。

    そのリダイレクトなんですが、Googleはもうひとつ、知らぬ間にリダイレクト機能を入れています。それはGoogleの本業ともいえる検索機能においてです。これは、多くの人が気が付いていると思います。
    アクセス解析を見ていましたら、あるときからリンク元に「http://www.google.co.jp/url?〜」で始まるURLが目立つようになりました。Google検索からのリファラであるのは間違いありませんが、その場合は「http://www.google.co.jp/search?〜」で始まるURLだったはずなのです。
    おかしいな。
    「http://www.google.co.jp/url?〜」にアクセスしても検索ワードを確認できません。このようになります。
    これは、リダイレクトのURLだったのです。
    Googleにログイン状態で検索機能を使うと起こる現象のようです。あるときから僕もそうなりました。
    Googleで検索すると候補が羅列されますが、そのひとつをポチっとしても、そのサイトに直接飛ばないのです。「http://www.google.co.jp/url?〜」というURLへ一度飛んで、そこからリダイレクトされて当該サイトへ着地します。つまり、ワンクッションおくのです。
    どうしてこんな仕様にしたのでしょう。僕のような古いPCだと、一行程多いぶんそれだけでも重い。余計なことはしてほしくないのです。利点は検索先に検索ワードを知られにくい(アク解の邪魔をする)くらいです。意味わからんな。

    「Blogger」のURL変更。検索機能の仕様変更。いずれも「リダイレクト」で当該サイトに飛ぶまでにワンクッション置きます。どうしてこんなことをGoogleは始めたのか。
    もちろん公式にアナウンスはしていませんが、想像はつきます。
    そのワンクッションの間に、Googleは利用者の個人情報を取得し集積しているのであろうと。

    Googleは、2012年3月1日にプライバシーポリシーを変更しました。こちらです。
    この内容は、実に恐るべきものです。
    Googleがネット上で行っているサービスは、表向きはこういったことです→Googleサービス
    ネットに接続しているユーザーで、このなかのサービスをひとつも利用したことがない、という人はまれでしょう。世界中のほとんどの人が、何かを使用したことがあるはずです。
    僕もブラウザにツールバーを入れ、検索をし、Googleマップを活用しYoutubeを観て、リーダーでフィードを読み込んでいます。
    Gmailを使いブラウザをGoogleChromeにして動画をアップするなど、もっと深く関わっている人も多いはずです。
    いまや、Googleなしではネットライフが成り立たない仕様にまでなってきています。
    またSMSとして、Facebookの後追いにもかかわらずGoogle+を押し、かなりのアカウント数を獲得しています。
    さらに、近年はスマートフォンの普及に力を入れ、Androidを端末として徹底しはじめました。
    これらで集積されたデータを、すべて一元化した、とGoogleは宣言したのです。

    どういうことかと言いますと、まずGoogleは顧客情報の収集を相当な広範囲で行いました。
    住所氏名、メールアドレス、電話番号、クレジットカード、顔写真などの情報。何かサービスを利用する場合に、アカウントを作成することになります。その際にこれら情報を入力させることを推し進めました。
    Google+は、低調だといいます。結局twitterやFacebookを凌駕できませんでした。しかし、それでもいいのです。使わなくともアカウントさえ取得してくれれば。それで、氏名(本名)などの個人情報が収集できます。
    そして、それぞれのアカウントが持つ個人情報を、一元化したのです。今までは、YoutubeやGmailやChromeなど、それぞれアカウントは別でした。それを統一したのです。
    これで、こんな検索をして、こんな動画を見ているユーザーはどこに住んでいる何という名の人だ、ということが結び付けられました。アドセンス利用者などはクレジットカード情報まで入っています。
    これまでも、Googleはユーザー属性を検索から割り出していました。このページを見れば、自分がどんなページを閲覧していて、どういう趣向を持った人間であるかが示されていました。これを見たときは驚きました。
    これは、Google検索を普段利用していないから大丈夫、というわけではありません。今はyahooもgooも検索システムをGoogleから提供されています。同じなのです。
    そして、検索と閲覧ページから割り出した個人の趣味や思想、さらに性癖までも、Googleは個人情報と結びつけたのです。
    そして、Android。Googleは端末情報を一手に入手しました。これで、自分のみならず通話の相手方のアドレス、電話番号までもが握られたのです。GPS信号によって場所もわかります。何時にどこで誰と会話し、メールし、どんな情報を探したかをGoogleは掌握しはじめました。
    プライバシーポリシーにはっきりと書かれています。
    Googleは、ご利用のサービスやそのご利用方法に関する情報を収集することがあります。
    たとえば、Googleの広告サービスを使用しているウェブサイトにアクセスされた場合や、Googleの広告やコンテンツを表示または操作された場合です。(※筆者注 ほとんどのウェブサイトページにはGoogleによる広告が既に入っている)
    Googleは、端末固有の情報(たとえば(中略)端末固有のID、電話番号などのモバイルネットワーク情報)を収集することがあります。
    Googleでは、お客様の端末のIDや電話番号をお客様のGoogleアカウントと関連付けることがあります。
    お客様が Google サービスをご利用になる際または Google が提供するコンテンツを表示される際に、サーバーログ内の特定の情報が自動的に収集および保存されます。
    電話のログ情報(お客様の電話番号、通話の相手方の電話番号、転送先の電話番号、通話の日時、通話時間、SMSルーティング情報、通話の種類など)
    そして、
    Googleは、当該他のユーザーに対し、お客様が公開しているGoogleプロフィール情報(お客様の名前や写真など)を表示することもあります
    何ということでしょうか。
    GoogleのCEO、エリック・シュミット氏は明言しています。
    「私たちは、あなたがどこにいるか、何が好きか知っています」と。(→ソース)
    これは、ジョークに名を借りた恫喝以外の何ものでもないでしょう。僕たちは、既にGoogleに尻尾どころか首根っこを掴まれているのです。

    何だか、とんでもないことになっています。
    Googleが僕たちをここまで丸裸にする理由とは、なんでしょうか。それは、表向きはピンポイント広告のためだとされています。個人に完全に合致した広告を個別に出すために情報を収集しているのだと。
    しかし、そのために住所氏名や現在地と、嗜好や性癖まで結びつけてデータベース化し、その情報を第三者に提示する必要なんて、全くないはずです。
    その目的は、端的に言えば「弱みを握る」ためであるとはっきり言えます。
    今や、Googleの言うことには逆らえないのです。電話やメールの中身まで知られているのですから。
    Googleマップのストリートビューに「この家に住んでいる人はこういう性格でこういうことをやっています。勤め先はどこ、子供は何人、趣味は○○で、よくアダルトサイトを閲覧し、不倫をしています」と表示することは、今のGoogleなら簡単にできるのですから。
    Googleは、どんどん傲慢になってきました。
    CEOシュミット氏は「他人に知られたくないようなことは、そもそもすべきではない」「ストリートビューに写るのが嫌なら、引っ越せばいい」と発言しています(→ソース)。脅しです。
    いつでも私達は、あなたをおとしいれることができるのだよ。そう言っているのと同じです。

    実際、陥れられた例が存在します。(→毎日新聞記事)
    Google検索には「サジェスト機能」というものがあります。検索フォームに入力した文字列から検索ワード候補を予測表示する機能です。「かぼちゃ」と入力すれば「かぼちゃ レシピ」とか「かぼちゃ スープ」とか出てきますね。
    記事によりますと、このサジェスト機能によってある日本人男性が被害をうけました。
    この男性の実名を入力しようとすると、途中からフルネームとともに犯罪行為を連想させる単語が検索候補の一つとして表示され、それを選択すると男性を中傷する記事が並ぶという。
    男性は数年前、当時の勤務先で思い当たる節がないのに退職に追い込まれ、その後の就職活動でも採用を断られたり内定が取り消されたりする事態が相次いだという。このため調査会社に調査を依頼。その結果、あたかも犯罪に加担したかのような中傷記事がインターネット上に1万件以上掲載され、その中傷記事にサジェスト機能でたどり着くことが分かった。
    この男性は地裁に仮処分申請をして、地裁はGoogleに対し差し止めを命じる決定をしました。当然のことです。しかしGoogleは「日本の法律には従わない」とこれを拒否したのです。
    Googleは、ひとりの人生をめちゃくちゃにしたのです。自身の持つひとつの「機能」で。
    こんな恐ろしいことが、あってもいいのでしょうか。

    Googleは、支配者になったと言っていいかもしれません。
    歴史において、支配者は現在まで「武力」において世界を制圧してきました。権力、すなわち服従させる力は武力に裏打ちされてきました。
    これは、大航海時代や戦国時代の話ではありません。現代においてもそうです。冷戦は終結したといわれますが、現代も国家間の均衡は軍事力によって保たれています。また市民に対する国家権力というものも、そうです。国家が法律を制定し、それに服従しない場合に警察権を発動する。同じことです。
    Googleは武力にかわる力学として、情報を手に入れました。
    人を服従させるのは、パワーだけではなかったのです。
    日本の戦国時代においても、軍事力以外に「諜略」という手段で相手を屈服させることがありました。あくまで武力に対して位置づけは従でありましたが、情報を握ることの重要性はもちろん軽視できないものでした。
    そして、その情報収集力が従ではなく主となる時代が来たようです。

    Googleは、統治者になる可能性があります。少なくとも、統治者を動かす力はあります。
    それは、その情報収集能力によって直接統治者の首根っこを掴む、という手段はもちろんのことですが、対抗勢力を動かす力も持っています。そして、現代が曲がりなりにも民主主義であるとするならば、Googleは世論形成できる力も、今は持っています。
    世論を右傾化したいと思えば、そういう意見の検索順位を上げればいい。逆もまた可能です。人は、簡単に流される。それは、震災以降の「拡散希望」を見れば明らかです。

    今後、Googleはネットバンクを始めようとしています(→ソース)。これは、一面便利にはなります。スマホで簡単に決済ができるようになります。しかし、金銭の出し入れをGoogleが管理することなり、また個人情報といともたやすく繋がります。
    また金銭授受を世界規模で掌握することになりますので、既存の銀行はみなそのデータを欲しがります。ローンを組むための調査も、Googleが既に個人情報を持っていますから手間がいらない。さらに投資も、基礎調査はGoogle任せ。飛躍的にスピードアップし、そしてメガバンクもみなGoogleと提携。いつのまにかその傘下に入るでしょう。
    そこまでくれば、株式売買もGoogleが管理することになると思われます。
    Googleはおそらく、世界金融を握ることになります。

    さらに、軍事にも大きな影響力を持つことになります。
    もともとGoogle earthという人工衛星を用いたサービスは、アメリカ国防省と提携しています(→ソース)。これは、知らない人も多いと思いますが事実です。そうして、マクロからミクロ(ストリートビュー)まで、Googleは地球をほぼ網羅しました。これが、軍事に利用されないわけがありません。
    今までは、米国防省との提携でこれを行ってきたGoogleですが、ここにきて国防省との連携を解除したとの噂があります。それは、もう情報を絞りつくして利用価値がなくなったからだとの見解が有力です。
    そしてGoogleは、そのデータを米国以外へ流そうとしているようです。これは、飛びつく国が多いでしょう。そうなれば、世界の軍事バランスが崩れる可能性があります。

    Googleが支配者になる、という話は、あながちデタラメでもないのです。やろうという意志さえ持てば、全人類を支配下に置くことが可能となります。そう遠くない未来に。


    とまあ、こんな話をつい書いてしまいました。もちろんこの記事は、エイプリルフールの記事ですよ(笑)。分かっておられるとは思いますが。
    GoogleのURLリダイレクトがアタマに来まして。それに「Ads by Google」の広告も昨今とみに重いしね(汗)。で、文句を言う記事をひとつ書こうと思ったのです。ところが3月はどうもバタバタしまして書けなかった。そうこうしているうちに4月1日が近づいてしまったので、話を大げさにして書きました。
    しかしこの記事には、実は本当の部分もある。それが、怖いところです。
    この記事はある意味、Googleという企業に対する誹謗中傷ととられる可能性もありますから、僕は「支配者Google」に消される可能性もある(笑)。
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    | 2012/04/01 | 企画 | 06:22 | comments(2) | trackbacks(0) |

    四月ばか

  • 2010.04.01 Thursday
  • 今年もまたエイプリルフールがらみで何かまたつまらない虚構の話を書こうと思ったんですけれどもね。でももう無理だ。時間がないよ(汗)。
    こういうのは、意識するとダメですね。昨年のが我ながらいい出来だったんで、それ以上のものを、と考えるとどうも話がヘンになっていく。もう諦めました。今年はマジメな話で。

    だいたい、ネットで嘘ついていいのか、という根源的な反省もありますしね。身内で、あるいは近しい社会の中だけで、というならまあ許されると思うんですよ。ですけど、ネットは基本的に世界中に向けて発信するものです。その中には、エイプリルフールなんて習慣を知らない人たちもいるでしょうし、完全に禁止されているところもあるんですから。
    禁止、というのは、イスラム圏ですね。ここはコーランが嘘を禁じているからです。なので、いかに洒落であっても許されません。
    ここで、ちょっとまてよ、仏教もそうじゃないかと思い当たります。仏教には「五戒」というものがありますね。「不殺生戒」「不偸盗戒」「不邪淫戒」「不飲酒戒」と並んで「不妄語戒」というものがあります。最も基本的な戒のひとつ。うそをつくな。だったら仏教徒はみんなエイプリルフール拒否なのではないですか。日本なんていいかげんな国はいざしらず、東南アジアなどには敬虔な仏教国もあります。
    じゃ三大宗教のもうひとつ、キリスト教はどうなのか。
    これが、あんまり嘘についての厳しい取締りは見えないんですね。モーセの十戒には「汝、偽証するなかれ」というのがありますけど、あまり力を発揮しているようには見えません。アメリカ人はみんなジョークを言いますしね。

    エイプリルフールの起源は実は分かっていません。定説がないんです。
    検索してみますと、16世紀のフランス、シャルル9世が1月1日を新年とする暦を採用し、これに反対した民衆が4月1日を「嘘の新年」として抵抗した、というのがルーツである、という話が最も信じられているようです。しかし、これにはいくつも反証があります。そもそも、エイプリルフールに関する事柄で最も遡れるのは紀元前、ギリシャのディオゲネスの著作に既に現れており、16世紀の新暦の話はそれを踏まえてのことだろうとも言われています。
    ただ、はっきりしたことはわからないらしいのです。しかし、伝説はいくつか残っています。
    そのうちでもっとも哀憐を帯びた話は、実は小アジアに残るひとつの話です。

    ある村は、山向こうの略奪民族に怯えていました。毎年、せっかく収穫した農作物をこぞってやってきて奪って還っていってしまいます。村人は抵抗の手段を持たず、ただ逃げるしか術はありません。
    略奪民族は山を越えてやってきます。その山からは、はるか向こうの地平まで見渡せます。ここに見張りをおけば、早く逃げることができる。村人はそう思いました。しかし山の上でずっと向こうを見ているのは寒くて辛い。村人は、ひとりの力持ちの若者にその役目を託します。彼は、いつもぼんやりしていて、愚者とされていました。彼に言いつけておけば、寒い日も風の日もじっと山の上から地平を見続けることでしょう。何か動きがあればすぐに山を下りて我々に知らせよ、と固く彼に言い含めました。
    彼はある日、山を走って下りてきました。何かが来る。
    しかしそれは、ただの砂あらしでした。村人は怒りました。
    またある日、彼は言いました。何かが来る。
    しかしそれは、山羊の群れでした。村人は怒りました。
    そしてまたある日、彼は「何かが来る」と叫びました。もう村人は動きませんでした。
    けれども、それは本当の賊だったのです。村人は逃げましたがもう遅い。
    そのとき、愚者と呼ばれた彼がたったひとりで立ち向かいました。賊は武器を持っています。しかし彼は仁王立ちになって棒を振り回し賊をなぎ倒していきました。賊は逃げました。
    戻ってみると、彼には何本も矢が刺さり既に息絶えていました。村人たちは後悔し、彼の誕生日を「愚者の日( Fool's Day)」として、いつまでも称えました。それが、4月1日。

    この話を聞くと、どうも憤りを感じたりするのです。どうしてこの日が「愚者の日」になったのか。彼はぼんやりしていたとはいえ、「愚直なまでに誠実だった勇者」でしょう。もっと他に言い方はなかったのでしょうか。
    そしてこの話は、もうお気づきだとは思いますがイソップ寓話のヒントになっています。もちろん「オオカミ少年」です。「オオカミが来たぞ」と何度も嘘を叫び、誰も信用してくれなくなる少年の話。イソップ(アイソーポス)はアナトリア地方(小アジア・トルコあたり)の出身と言われ、この話を知っていてアレンジしたのでしょう。この「愚者の日」そして「オオカミ少年のうそつき」が混同され、ギリシャあたりで「エイプリルフールは嘘の日」ということになったと考えられています。でも、ちょっと気の毒。もちろん、これが本当の話であれば、ですが。

    そんなこんなで、西欧では相当昔からエイプリルフールが定着していたと考えられます。そして、大航海時代を経て、世界中に西洋の習慣が広まります。クリスマスやイースター、ハロウィンなどと共にバレンタインデーやエイプリルフールが徐々に浸透していきました。いや、広まった、との言い方はちょっと違いますね。広めたのです。その中には半ば無理やり、という部分もあるようです。植民地政策の一環として、という場合もあったようで。
    アメリカ開拓時代もそうでした。ヨーロッパからやってきた西欧人は、先住民に対し懐柔の意味合いも含め西洋行事を推奨しました。そのうち、収穫祭の意味を持つハロウィンなどはわりとすんなりと伝わったのですが、エイプリルフールだけは頑として受け入れを拒んだ、と聞きます。
    「我々には嘘をつくという愚かな習慣はない」
    彼らはそう言いました。
    この話を聞いたときにはちょっと感動めいたものがありましたね。あの「インディアン嘘つかない」という言葉にはそんな彼らのプライドが内包されていたのか、と。

    日本においては、明治の欧化政策の際に一気にこういう習慣が入ってきました。日本人は柔軟性もあり、うまく消化して取り入れます。ローマ兵士の恋愛成就のために殉教したとされるバレンタイン司教の日を「女性がチョコを贈って愛を告白する日」にしたなんて話はさすが日本、と言いたくなります。
    でも、エイプリルフールについてはさすがに困ったらしい。
    明治維新以降、政府は各所の要に、欧米の先進技術や学問、制度を輸入するために「お雇い外国人」を多く高給でやといました。フェノロサ、キヨッソーネ、デ・レーケ、ベルツ、クラーク博士…その人数は膨大でした。
    彼らは、みんな示し合わせたかのように4月1日には嘘をつくのです。毎年毎年。それは、始まったばかりの明治政府を混乱に陥れました。しかし文明の伝道師たちは全く悪びれることはありません。
    日本では4月1日は年度始めの重要な日。何事もこの日から始まります。法令その他の施行もこの日を選びます。しかし欧米では年度切替は多くは9月であり、さほど4月1日を重要視していません。なので気軽にユーモアをこめて虚構の書類を出したりします。
    とうとう明治8年「年度始めを4月2日からに」という建白がなされました。屈したのです。驚くことに、その後何年かは日本の年度始めは2日からという時代が続いたのです。
    もちろん、これはその後改められます。そんな中途半端な日付は淘汰されるに決まっていますが、その名残は今でも実は各所に残っています。教育制度などはそうですね。教育機関の年度は、4月2日で切り替わります。
    どうして4月1日生まれは早生まれとして前年度の学年に繰り込まれるのか。全くのところ、不思議でした。この就学年度切替の日付のずれは、この明治8年の建白に由来しているらしいのです。つまり、エイプリルフールのためにこのような事態がおこった、と。

    いろんなことを思いますね。このために歴史が変わった、とまでは言いませんが、スポーツ観戦好きの僕が思いつくのは、野球の桑田真澄氏が4月1日生まれだったということ。この早生まれ切り上げ制度のために彼は清原と同学年となり、あのPL学園の甲子園での快進撃があったのです。もしも桑田と清原が同学年でなかったならば。
    いろんなことが想起されますが、桑田が一学年下であれば、もしかしたら僕の母校は秋季大会で駒を進め甲子園に行けたかも、なんて夢想もしてしまうのです。この遠因はエイプリルフールだったのかと思うと、複雑な気持ちにもなるのです。文字通り「バカ」な話ではあるのですが。


    えーっと、念のために申し添えますが、もちろんこれは4月1日の記事ですよ。事実と違う、なんていわないで下さいね。

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    | 2010/04/01 | 企画 | 00:19 | comments(4) | trackbacks(0) |

    花のうた100選

  • 2010.03.16 Tuesday
  • この間ボヤッとTVの歌番組観てたんです。そうしたら、もう「桜」「サクラ」「SAKURA」のオンパレードなんですね。みんなさくらの歌を歌ってる。いかにいい曲が多かったとしてもさすがに食傷しますわ(汗)。JUJU、湘南乃風、北乃きいちゃん(可愛いー)、ゆず、AKB48(人が多い!)などなど。

    「なんでさくらばっかりなんや。大体まだ桜咲いてへんやないか。今やったら梅やろ、梅の歌うたわんかい」
    「そんなこと言ったって梅の歌なんかないじゃないの」

    うーむ、確かに。僕も一瞬アタマ回転させましたが、まっさんの大宰府の梅の歌くらいしか思い浮かばない。
    桜ってのは確かに日本を代表する花ですし、みんなが好きな花。しかもこのシーズンに咲くので出会いと別れをある種象徴しますので、うたにしやすい、そして共感を得られやすいということはあるでしょう。そしてつまるところ、売れる。
    しかし近年の桜の歌バブルは何でしょう。毎年桜のうたばっかりだ。
    もちろん昔から桜の歌は多かったとは思いますよ。けど何だか拍車がかかってるような。いつからなんでしょうか。森山直太郎からか。はたまた福山か。コブクロか。ケツメイシか。あの人気絶頂の嵐まで歌ったりして。
    花のうた、と言えば、昔はバラとかも多かったような感じがしますけどね。「バラが咲いた」「恋は紅いバラ」「薔薇の鎖」「君は薔薇より美しい」「百万本のバラ」「情熱の薔薇」…。
    無理やり分析しますと、バラというのは花束の印象も強く派手ですし、値段もそこそこしますからバブルはじけちゃって似合わなくなり日本古来の桜に回帰した、とか、バラはやはり欧米イメージも強くそもそも舶来音楽であったポップスに合っていたが日本にポップスが完全定着し血肉となったため桜が台頭した、J-POPとは言いえて妙なもの、とか理屈こねられますが、屁理屈でしかありませんなこれは。

    しかしながら、桜ばっかりというのもこれまた芸がない。もっといろんな花があるだろう。見渡せば花は幾千と咲いているじゃないか。
    ぱっと考えてもいくつもの花の名前を刻んだうたが浮かびます。こういうのは僕の悪い癖で、思いついたらメモをとるようになってしまいました(ヒマだな)。で、ここにブログネタとして「花のうた100選」を発表することにします。

    枠組みとしましては、その花が前面に押し出されているうた、ということにしたい。なので少なくともタイトルに花の名称が入っているものに限りました。だから「キンモクセイの咲く道をぉぉ」とか「一輪のエゾニューの花によれば」とか「ゼラニウム香ばしい坂道の朝」とか「ラベンダーの夜明けの海が見たいの」「髪にジャスミンの花〜」とかは省きました(誰の歌かわかりますか)。タイトル重視。
    それから、タイトルに入っていてもそれが花じゃない場合。つまり「唐獅子牡丹」「ヤマトナデシコ七変化」「チューリップのアップリケ」などですね。これは省きます。「涙の茉莉花LOVE」は花かもしれないけどチャイナタウンにいるからお茶かもしれない。ややこしいなあ。
    また実体の無い花もナシ。「愛の水中花」とかね。イデオンの「コスモスに君と」を入れたかったのですがあのコスモスはCosmos、宇宙ですな(汗)。
    それから、僕は今スギ花粉症で苦しんでますけど、「北山杉」「別れの一本杉」は花の歌か、と言われればそうじゃないですね。「杉の花咲く丘(仮)」なんて歌があればいいんですが、ただ「杉」「松」「楡」だけの歌は、いくら「花も咲くやん」と思ってもダメ。あくまで花。「セイタカアワダチソウ」(十朱幸代)は印象深い歌ですが花が咲いてるかどうかわからん(汗)。

    で、こんなのすぐ出来ると思ったんです。さだまさし先生だけで10曲以上簡単に出てきましたんで。また、パッと思いつかなくても花図鑑を見ると「ああこの花のうたもあった」と思い出します。
    しかしながら、80過ぎてストップ(汗)。悔しいので、知らなかった歌も入れてます。これは、任意にありそうな花の名前を選んでYoutubeで検索すると出てきたりして。そういう歌には m(__)m マーク入れました。知ったかぶりの証拠でございます。
    逆に複数曲がある花、桜や薔薇がそうですが他に例えばひまわりやたんぽぽなどは、僕の好みや馴染みで選んでます。なので、都忘れは因幡晃やチンペイさんだろ、とか木蓮の涙は、とか名曲ハナミズキはどうしたと言われても困ります(汗)。
    ただ、花の季節については文句受け付けます。詳しくないんですよ。明らかに誤認があれば訂正します。

    それでは、お時間のある方はご覧下さい。花のうた100選。
     
     
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    | 2010/03/16 | 企画 | 23:45 | comments(6) | trackbacks(0) |

    プロレス&格闘技 生観戦バトン

  • 2009.12.05 Saturday
  • 「観戦記の鬼〜お品書きは揃えてるぜ〜」高倉仮面さん(所属:いまだ木鶏たりえず)からバトンが回ってきています。これが「生観戦バトン」なんです。さて困った。
    僕は、あまり生観戦をしていません。理由は後述しますが、実は書く資格がほぼありません。ですが、高倉仮面さんにはお世話になっているので謹んで受け取ります(汗)。
    ご指定は凛太郎の徒然草でしたが、あちらのブログは「プロレス技」に絞って書いてきていますし、それに年内は喪に服していまして(三沢さん死去を受けまして「あの技には説得力がある」などと無責任に論評するのを反省するため)プロレス記事を書いていません。なので申し訳ありませんがこちらの雑感ブログで書かせていただきます。ご了承下さい。
    高倉仮面さんは、前編後編に分けて熱の入った記事を書かれています。生観戦バトンというのはこういうのを指すのであって、僕の書くのはただの郷愁であるということを踏まえていただいて、ではいってみましょうか。プロレス&格闘技生観戦バトン。と言っても、プロレス限定で。

    1. HNと、初めて生観戦した興行、そして、好きな会場を教えてください。
    HNは凛太郎。これはプロレスとは全く関係がありません。
    プロレス限定と言って舌の根も乾かぬうちに何ですが、僕の初生観戦は意外にもプロレスではなくキックボクシングでした。8歳くらいでしたか、叔父に連れられて。当時は「キックの鬼」沢村忠全盛期です。しかしほとんど記憶にありません。
    プロレスですと、家族に誰一人としてプロレス理解者が無く勝手にひとりでファンになった僕が自分で観に行ったのは高校一年、京都府立体育館での新日本プロレスだったと記憶しています。'81年ですね。その時のマッチメークは憶えてはいないのですが、アンドレが来ていました。
    好きな会場というのは特には思い浮かばないのですが、学生時代に自転車で何度も行った京都府立体育館は思い出に残っているので、ここを挙げておきましょうか。

    2. 最高、年間何回観戦したことありますか?そして、最近はどのくらいになってますか?
    高倉仮面さんは、年間60前後、月平均3〜4回とかおっしゃってます。こういう人がこのバトンを書く資格があるのです。
    僕はと言えば、学生時代はもちろん金銭的余裕なし遠征も出来ない。社会人になってからは、交通不便な地方都市在住が長く(TVすら民放chが最初は2局しかなく中継観るのもままならず)しかも忙しすぎで観に行けず。最近は関西在住で行けるものの熟年で億劫となり見送り。これじゃダメです。資格ナシ。
    最高で年4回でしょうか。大学時代です。完全にTV中継に頼っていました。かつては、全日、新日とも毎週1時間番組があり、国際プロレスは無くなったものの女子プロレスもあり、充実していました。こんなに団体が細分化されるとは思いませんでした。だから、興行の数も多い。以前はおらが町にプロレスが来るなんて年数回だったような。
    最近はとんと行ってませんね。一番最近でもブログ始める前でしたから5〜6年前でしょうか。最後はノアだったか大阪プロレスだったか定かではありません。

    3. いちばん遠かった会場、いちばん近かった会場は?
    プロレス観に遠征をしたことはありません。だから常に地元。今住んでいる所から遠い、ということであれば石川県産業展示館、そして富山県総合体育センターですけど、これは当時そちらに住んでたもんで(汗)。

    4. 「これは会場に行こう!」生観戦を決めるのに、基準ってありますか?
    基準はありません。昔は小遣いがあれば。以後は日程が合えば。それだけです。東京近辺の人って、確かに選べるんだよな。だから「基準」という質問が出てくるのでしょう。

    5.「忘れられないアノ思い出」がありましたら是非ひとつ。
    そんなことはネットで発表は出来ません。(え?)

    6. ジャンル、選手、団体、何でも結構です。「自分の好きなもの」を合計100%になるよう、%で教えてください。
    変化球でいきますか。好きな女子プロレスラー。
    ☆マッハ文殊 2% 最初に女子プロレスというものを意識した選手ですね。まだ子供でしたが。あのフロントキックはガキを黙らせました。真似して怒られたな。「花を咲かそう」は今でも歌えます。
    ☆立野記代 60% この人が居なければ女子プロレスを観に行こうとは思わなかったでしょうね。同年齢でもあり、好きでした。ちょっと女子プロでは特別な存在。「青春のエンブレム」も持ってます。レスラーとしては、ジャンピングニーパットやフライングニードロップの際に少し受身を優先するような姿勢があり気になったのですが、後年はそれも「味」となりました。女性らしさと言いますか。生観戦だとその「声」がよく聴こえるのが良いですね。「女子プロ界の聖子ちゃん」もまさかここまで現役を続けるとは思いもしませんでしたが、熟女レスラーもいいものかと。
    ☆西脇充子 5% ちょっと活躍期間が短かったのは残念。
    ☆バイソン木村 15% この人は、いい!水割り作って欲しいな。
    ☆天田麗文 7% カッコいい。もう少し長く観たかった。
    ☆三田英津子 4% デスバレーボムも声もいい。
    ☆キューティー鈴木 5% グラビアではお世話になりました。
    ☆大向美智子 1% なんか雑誌で見た。
    ☆納見佳容 1% なんか雑誌で見た。

    7. 好き、あるいは思い入れのある技は?(○○選手の△△、も可)
    僕は、打投極では基本的に投げ技が好きです。次が関節技。しかし、生観戦においては打撃技もまた迫力が伝わります。その原因は「音」ですね。
    プロレスにおいて、一撃必殺の打撃技はそうそう出せません。彼らはプロですから、勝ち負けという薄っぺらい結果よりも試合内容の充実で顧客満足をはからねばなりません。ですから、相手をいきなりノックアウトするよりも「じわじわとダメージを蓄積させる」技を出していく必然性があります。それは打撃でも同じ。
    しかし、打撃はやはり打撃。繰り出す技が相手に当たります。その時の「バシッ」だの「ゴツン」だのの音。それが、生観戦の醍醐味でもあります。そして、寸止めでない迫力とそれを喰らっても立ち上がるレスラーっぷりにシビれるのです。生音が聞きたいぞ。だから、丸藤のフェイク音は好きじゃありません。
    馬場さんの脳天唐竹割り。このデカい手で繰り出されるチョップは、後年では確かに様式美の世界にあったことは否定しません。ですが、そのチョップも会場では一味違うのです。馬場さんが相手のアタマにチョップを振り下ろした、その時確かに「カツン!」という音がしたのです。骨と骨のぶつかる音。劇的記憶術風に書けば、ざわめく会場のさなか「こおぉぉん」という掌骨と頭蓋骨との衝突音が響き、会場は一瞬静まり返ったのです。
    実は、あのチョップは効くのだ。だからこそ馬場さんは、最終的な顧客満足のために、いつも様式美の世界でそれを披露していたのだ。そういうことが分かるのも、生観戦ならではかもしれません。

    8. あなたにとっていちばん大切なタイトル(王座)は?
    NWA・AWA・WWFと三大王座が君臨してした時代にやはり郷愁を覚えます。歴代チャンピオンが今でもスラスラと出てきます。今はよくわかんない(汗)。
    ちょっと限定して考えますが、日本で最も大切なタイトルといえば、やはりインターナショナル・ヘビー級王座ではないでしょうか。ルーテーズに始まり、力道山、馬場さんへと受け継がれた日本プロレス界の至宝。日プロ崩壊後宙に浮いていた状態にあったこのベルトが復活、と言われたのは僕が高校生の時。馬場さんは既にPWFヘビーを所持していて、このベルトはドリーが巻くことになります。これをいつ鶴田が戴冠するか、が当時の全日のテーマでした。ブロディが長く所持して後、ついに鶴田が王座に就きます。日本のエースが鶴田となった時でした。力道山、馬場さんの系譜が受け継がれたわけです。このベルトはエースの証明。僕は猪木信者の側面も持っていますが、これは認めざるを得ないのです。NWF王座にはドラマはあったものの権威が低い。IWGP構想も残念ながら失敗したと思っています。そこまでの権威をまとうことは出来なかった。
    だからこそ、現在の「三冠ヘビー」なる物申し方には強烈な違和感を感ぜざるを得ません。あれはヒドい。PWFというのは後年の馬場さんの代名詞で、太閤や大御所的な人が持つタイトル。UNヘビーは、若頭、2が持つタイトルで、馬場さんが君臨していた時代の猪木、坂口、鶴田、天龍のタイトルです。それと一緒にしてしまうとは。インター王座はもっと特別なものです。統一するものじゃない。UNやPWFがローカルタイトルと言われてもかまわないのですが、インターはそう位置づけて欲しくない。
    力道山・馬場・鶴田の系譜に連なる王道を歩んだ三沢は、GHCなんてほっぽっておいてこのインター王座を獲りにいくべきだったのです。今は交流戦の時代、UNやPWFと切り離してインターだけを狙って獲るべきだった。諸般の事情はもちろん分かっていますが。しかし残念です。今後、日本プロレスの真の王者となる横綱が現れたら、是非三冠を獲って、その上でインターを独立させて欲しい。あとの二つは封印してもいいと思います。今なら、小橋がインターに君臨しUNは森嶋、PWFには天龍が相応しいと思っています。

    9. 会場観戦と言えば入場&テーマ曲。お気に入りを存分に語ってください!
    「スカイハイ」を一度だけ聴いたことがあります。それに反応してこんなに盛り上がる会場もまた観たことがありません。そしてふわりとマットに着地し、コールされてオーバーマスクを投げ捨てる。なんと格好いいことか。胸筋もりあがる体躯。ミル・マスカラスは最高の千両役者でした。あれを超えるレスラーはもう登場しないでしょう。
    「ザ・カブキ」の登場も盛り上がりましたが、やっぱりマスカラスには及ばなかったかと。
    「イノキ・ボンバイエ」や「スピニング・トーホールド」などもやっぱり実績が裏打ちされて盛り上がりますね。ところが、藤波の「ドラゴン・スープレックス」はあまり盛り上がらない(汗)。曲調って大切ですね。かと言って「マッチョドラゴン」が良いわけでは(笑)。「パワーホール」の盛り上がりとどうしても比べられますので藤波も気の毒だったように思いますが。
    会場で観たわけではありませんが、ブロディ新日初登場の時の「交響曲第五番運命〜移民の歌」はTVでもその興奮が伝わりました。あれは現場に居たかったですね。

    10.ひいきにしている団体から、一番お気に入りな選手が離脱してしまいました。あなたなら、選手を追っていきますか?彼(彼女)のいなくなった団体を応援し続けますか?
    好みではないレスラーは確かに居ますが数えられるほどで、たいていの団体、レスラーは好きです。よってひいきの団体は特にありません。全日新日抗争時代は多少新日寄りではありましたが、でも全日も大好きでした。
    離脱云々は関係ありませんね。観に行ける時には団体も所属レスラーも選びません。

    11.チケットはどうやって買ってますか?
    昔は前売りで。券を何度も見直し、ワクワクする。その感じが好きですね。その後は当日専門。今は行ってないのでね…。

    12.観戦時の必携品はありますか?
    特には。カメラも持ちませんし筆記具もなし(観戦記なんかとうてい書けませんし)。必要なのは、たぎるパトスと帰りに酒を呑む金だけでしょうか。

    13.好きな座席位置は?(会場限定可)
    二階席が最も多かったかと。それは金銭的事情もありましたが、二階席はよく見えるのですね。一階席だと迫力は伝わりやすいでしょうが寝技が見にくいかなと。二階中央最前列がベストですね。
    レスラーは当然小さく見えてしまうのですが、アンドレは二階席からでもデカい。縮尺が間違っている、遠近法が狂ってると思いました。さすがは人間山脈でしたね。

    14.最前列席での観戦って好きですか?
    最前列での観戦経験はほとんど無く、過去に一度だけあります。金沢で観たSPWFです。観客少なかったなー。これには苦い思い出がありまして。メインは谷津嘉章と矢口壱狼だったのですが、やらなくてもいいのに場外戦をやって、矢口が僕の方へいきなり倒れこんできました。矢口の汗でスーツが…。クリーニング代を出せっ。

    15.パンフって買います?
    たいていは買います。観戦の数も少なく、記念ですしね。昔「闘魂スペシャル」が急に分厚くなって値上がりしたときはアタマにきましたが。

    16.開始時間前や休憩中って何してますか?
    昔は、試合が夕方からなのに、待ちきれなくて昼過ぎには会場に行ってしまったこともありました。当然扉はまだ閉ざされています。見ると、向こうに高校時代の友人が。ケータイも無い時代、別に連絡を取っていたわけでもないのですが、思いは同じだったのでしょう。
    プロレスの話は尽きることもなく、男同士でしゃべり続けるという気持ちの悪い時間が過ぎます。やがて、人々もぼちぼち集まり、周りのボルテージも徐々に上がってきたような。選手もチラホラと会場入りです。若手はバスで一括輸送なんでしょうけれども名のある選手は個別に。あ、藤波が来た。人垣がどっと移動します。ドラゴンはいい人なので笑顔で手を振り返してくれてます。その人垣の後ろを、木村健吾がのっそりと歩いています。こちらは相当後姿に哀愁が。ドラゴン人気への嫉妬なのか、それとも体調が悪いのか。
    開場。指定された二階席へ。リングはもう設営されていて、若手が練習しています。船木が、大矢が、野上が、片山が、松田が、飯塚が、ブライアン・アダムスが…。その中に交じってなんと猪木がいます。プロレス式腕立て伏せを丁寧にやっています。一種のファンサービスなのでしょうか。やがて小杉や山田がやってきて、スパーリングが始まります。もう猪木の姿はありません。
    なんて贅沢な時間でしょうか。試合前はゆるやかに、かつ濃密に時が流れます。

    17.メインイベントが終わりました。あなたはすぐ帰る派?ゆっくり残る派?
    余韻って欲しいですよね。僕はプロレスに限らず、何かのイベントが終わったときの時間が好きです。映画も、一番好きな時間はエンドロールです。どうせ出口は混雑してるんだ。そんなに急ぐこともあるまい。熱気がひと段落ついた頃、ゆっくりと席を立ちます。

    18.「家→会場→家」と、観戦だけで直行直帰ってできますか?
    何か予定があれば別ですが、試合観たあとは酒くらい呑みたいよね。

    19.会場やその周辺でお勧めの食べ物、必ず食べる物、思い出の食べ物はありますか?
    京都に住んでいた頃は、試合終わりには必ず観戦仲間と北野白梅町の「餃子の王将」へ行くのが常でした。高校時代からずっと。16歳くらいの少年には王将でもハレの舞台なんです。最初はおとなしかったものの、高二くらいになるとそこに「ビ○ル」が入りだします。楽しいですね。常に居た仲間は4人だったのですが、僕を含め3人は非常に老け顔で、しかも高校は私服でしたから、完全に我々は大学生に見え全く世間的にも問題は無かったのですが、1人がガキのような顔で。しかもそいつが仕切りたがる。「えーっとビ○ル2本と餃子4、軟炸鶏2〜」とそいつが注文するものでヒヤヒヤします。また、僕たちがそいつを脅して注文させているようにも見え「頼むからもうお前は注文するな」と懇願しました。しかし本人は観戦直後で猪木やハンセンが憑依してますので、「ガキ扱いしやがって」と喧嘩になります。しかし大勢の客の中で殴ったりしては大変ですので、必ずスリーパーホールド合戦になるのです。
    ガキの頃はそんなことでも楽しかったもんです。ここ20年、全て観戦は一人です。プロレス終わりにはもちろん酒を呑むわけですが、ビールよりも燗酒が相応しいように思える歳になりました。なんだかしみじみしてしまうのです。

    20.会場で有名人(他団体選手や芸能人など)に会ったことありますか?
    ありませんね。首都圏で観戦したことがないから、というのもありますが。

    21.試合以外のイベント、セレモニー、ハプニングなどで、印象に残っているものは?
    選手のサイン会などは、試合前の時間などグッズ販売と並行して時々ありました。あの日は、なんと馬場さんが会場隅にテーブルを出し座ってサインを書いてくれています。うわもう行列がこんなになっちゃった。
    やがて僕の番になりましたが、目の前の馬場さんは、もう巨大な「壁」です。ぬりかべってこんな感じなんでしょうか。あの馬場さんの胴体の幅の広さを見るだけでも値打ちがあったような気がします。

    22.今後観てみたい競技・団体、行ってみたい会場はありますか?
    サッカーや野球は別として(これらはタマに行く)、格闘技系においては僕はプロレスしか足を運びません。そりゃボクシングやキックや総合に興味がないわけではなく機会があれば観てみたいものですが、プロレスを差し置いてまで行くか、と言われれば…。
    ですが、大相撲は一度は観てみたいと思いますね。相撲好きの義父の古希の祝いに子供達で国技館をセッティングしたのですが、僕だけ参加出来ず。無念でした。女房の話を聞くたび未だ残念です。

    23.会場で味わったあの興奮。もう一度、印象的だった「あの瞬間」に戻れますよ!さあ、いつにしますか?
    プロレス会場に行きだした高校生の頃に戻りたい。時々痛切にそんなことを思ったりします。
    高校時代の記録を探しましたら、'83年全日グランドチャンピオンカーニバルのパンフが残ってました。これはよく記憶にも残っています。最終戦が京都でしたから飛んで行きました。
    カードを書いてみます。
    百田義浩vsカワダ 後藤政二vs菅原伸義 三沢光晴vs冬木弘道 大熊・小鹿vsロッキー羽田・石川隆士 越中詩郎vsマイティ井上 阿修羅原vsジプシー・ジョー ウルトラセブンvsヘクター・ゲレロ ファンクスvsハリーレイス・天龍源一郎 ハンセン・ブロディvs鶴田・馬場
    時代を感じますね。カワダというのはもちろん川田利明で、本当のグリーンボーイでした。百田兄のよっこらしょバックドロップに沈みました。後藤政二は後のターザン後藤。菅原伸義はアポロ菅原。ウルトラセブンは高杉正彦です。越中、三沢、冬木、みんな若手でした。そして百田義浩、大熊元司、ロッキー羽田、冬木、三沢、鶴田、馬場さん、ブロディ。みな故人になってしまいました。メインの4人のうち健在はスタンハンセンだけ。プロレスというのは過酷な商売だとつくづく。
    と、そんな話ではありませんでしたね。
    大学時代でもいいなー。バイトして、好きなときに会場に行けた。
    学生最後の観戦は新日。'87年の夏でした。カードは
    佐々木健介vs橋本真也 後藤達俊vs荒川真 船木優治vs保永昇男 山崎一夫vsヒロ斉藤 小林邦明・SSマシンvsアサシン・エンゼルオブデス 星野勘太郎・坂口征二vs上田馬之助・ケンドーナガサキ 武藤敬司vsスコットホール 山田恵一・高田伸彦vsマークロコ・オーエンハート 長州力vsディックマードック 藤原喜明・猪木vs前田日明・藤波辰巳
    ちょっと新日が迷走していた時代でしょうか。世代抗争とか。「ギブupまで待てない」はもう始まってましたかね。山田・高田組とマークロコ・ハートの試合はもう一度観てみたいな。しかしハートも、橋本も、マードックも…。やはり思いはそこに行き着いてしまいますが。
     
    24.体験し損ねた「あの瞬間」、現場に居合わせなかったことを後悔しているイベントってありますか?
    確かに、その場にいる人を羨ましく思うことは昔からそりゃ多いのです。最も近々で言えば、中西のIWGP初戴冠の瞬間。そりゃもう会場にいる人たち全員に嫉妬しましたよ。でも、参戦予定だったものを何かのトラブルで行けなくなったのなら後悔もしますが、別に行く予定もありませんでしたからしょうがありません。こういうのはキリがないのでサトリを開くよう努めます。

    25.あなたが見たい「夢のカード」を語ってください!
    夢のカードの筆頭は、おそらく日本においては「馬場vs猪木」が不動の1位だっただろうと思っています。僕ももちろん観たかったですし、プロレスファンはもちろんプロレスに関心のないひとたちもこのカードであれば観たいと思ったでしょう。日本人で馬場さんと猪木を知らない人などかつては居ませんでしたから。
    時が流れ、このカードは夢のままで終わりました。馬場さんはもう天国の人になりました。
    かつて「猪木vs前田」が相当に興味を引いた時代がありました。ですがこれも夢のまま終わりました。それ以降、もう「夢のカード」が思いつかなくなってしまいました。
    昔は、そういえば夢のカードって沢山あったような。ブラッシーvsエリック。ガニアvsドリー。アンドレvsブロディ。ホーガンvsブロディ。ボックvsバックランド。スヌーカvsマスカラス。等々。そんな話をしていた頃が懐かしい。
    今はどうなんでしょう。武藤、秋山、高山、鈴木みのるあたりが絡めば何でも面白くしてくれそうですけど、具体像が思いつかず。以前は中西を誰にでもぶち当てたかったのですがね。
    この話題がうまく語れなくて残念です。

    26.最後になりました。生観戦は好きですか?選手、団体、ジャンルそのもの…好きなものについて、思いの丈をぶつけてください!
    僕は昔からテレビっ子でした。そして、プロレスはとてもテレビ中継に適したソフトであると思っています。力道山と街頭テレビを例に引くまでもなく、プロレスはテレビを引っ張り、そしてテレビのコンテンツとして優れた内容を提供してきました。テレビは、猪木が卍固めを掛ければカメラが正面に回り、猪木の大見得と相手の苦悶の表情を映します。場外乱闘も追いかけます。見えないところまで見せてくれます。またVTR機器の登場は、繰り返しまたスロー再生を提供してくれ、トロい僕に「あれ今どこをどう極めて投げを打ったのか」「おいおい今何やったんだ?(ケブラドーラ・コン・ヒーロなんて最初は何がなんだかわかんなかったもんです)」などに回答を与えてくれます。プロレスはテレビだと分かりやすい。
    しかしながら、やはり生観戦は経験した方がいいのです。たった一度でもいい。
    直の観戦では分からなかったものがテレビで分かることもあるように、テレビでは伝えきれないものも確かにあるのです。前述した生音もそうですが、テレビだと遠近感が狂うのか、距離感が体感しにくいのです。タイガーマスクやダイナマイトキッドかダイビングヘッドでどれだけ飛んでいたか。また、コーナートップがどれだけ高いか。実際に見れば、テレビとのずれが分かります。それを一度でも体験すれば、テレビを観るときに自ら感覚を修整し、迫力や熱気も感じつつ重層的に視聴ができます。ずっと見方が豊かになるのです。もちろん、経験値は多いほうがいいに決まっていますので、繰り返し生観戦には行った方がいい。そういう意味では、僕は反省の日々です。
    今は、地上波は惨憺たる状況です。在宅で観戦する様々な手段はありますけれども、たまには生観戦で選手たちを応援せねば、とこの記事を書きつつぼんやりとながら今思っています。

    上記に答えた後、次に回す人を3人以上指名。指名する際は「お名前+その人の『所属団体』」という組み合わせでお願いします。
    どうするかな…。マニアックなバトンなので、限定されてしまいます。
    ネットで知り合いを見渡してプロレス(格闘技)好きとなると、
     「炎のギタリスト〜エフェクターには一言あるぜ〜」rollingman先輩(所属:回転富士山)
     「私を歴女と呼ばないで〜オヤジギャグ命〜」jasmintea女史(所属:jasminteaとティータイム♪)
     「ミスター龍馬頭脳〜中耳炎は許さんぜよ〜」ヒロリン師匠(所属:海援隊始末記)
    と歴々の方がいらっしゃいますが、生観戦バトンなんで実に頼みにくい(汗)。もちろんやっていただけるならこれほど有難いことはありませんが…。まさか
     「覆面ダンサーまたの名をこけしマン〜48の悩殺技〜」小技画伯(所属:お絵描き日記)
    にはもうとても頼めません。こういう時に
     「さすらいのギャンブラー〜パチンコ・パチスロの彼方へ〜」明石家_1955大兄
    が居ればすぐさま押し付けるのですが、あいにく所属団体を辞めてフリーになってしまっています。困ったのぉ。一応上記の方々にはコッソリとお願いはしますが、シカトしていただいていいです。指名とまでは言えません。
    しかし3人以上指名しなくてはいけない。だからバトンは困るのです。
    こうなったらいっそのこと…

     「馬場さんは偉い人やで」イーデス・ハンソンさん(所属:オフィス・トゥー・ワン)
     「あぜ道カットの甘栗坊や」斉藤清六さん(所属:清六企画&欽ちゃんファミリー)
     「永源の唾なんて怖くない」常盤貴子さん(所属:cafe du sofa)

    前二者は筋金入りのプロレス生観戦者。常盤貴子さんは美人女優ながら例の永源遥のイニシエーションの体験者。これは書いてもらうしかないっ。ハンソンさん清六さん常盤さん、この記事見たら絶対に書いてくださいね!

    という訳で生観戦バトンでした。高倉仮面さんお世話になりました。

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    | 2009/12/05 | 企画 | 01:39 | comments(8) | trackbacks(1) |

    トウガンの話

  • 2009.04.01 Wednesday
  • 食べ物の話なんですけれども。
    まあ食べ物に限りませんが、その名称というものが誤って伝えられて定着してしまった例というのは実に多いのですね。本当はそういう名前じゃなかったのに、どこかで取り違えられてしまったもの。
    竹輪と現在呼ばれているものは、実は蒲鉾であったことはよく知られていることでしょう。蒲鉾は本来、魚身を擂り潰して練り、串にちょうど蒲の穂のように巻いて、焼いたものです。つまり現在竹輪と呼ばれているものと相似形ですね。鉾というのは矛のことで、槍に近いもの。蒲も鉾も形状からのネーミングです。これが、いつの間にか板に乗せて蒸す料理となり、本来蒲鉾であったものは「竹輪」と呼ばれ区別されるようになったという話。
    こういうものはいくつもあるのです。
    例えば、豆腐というのは本当は納豆のことだったというのをどれくらいの人が知っているでしょうか。
    字面を見ればすぐに理解していただけることなんですけれども、豆を納豆菌によって醗酵させて生成するのが、現在納豆と呼ばれている食べ物です。醗酵と腐敗は紙一重なんですが、古代中国ではその部分を科学的に分別していませんでした。なので、発酵食品に「腐」という字を当てることが多かった(例えば現在でも「腐乳」とかありますね)。豆腐は、豆を醗酵させたもので現在で言う納豆に該当します。
    逆に、豆腐のことは「納豆」と言いました。豆腐の製法は、豆を擂り潰して漉し、にがりを入れて固めたもの。この固める際に、木型を使います。つまり「豆乳を箱に納めて固めたもの」であり、これを納豆と呼んだのです。
    これがどこで取り違えられたのかは、明確な答えは出ていませんが、中国から伝来時に既に間違って伝えられたという説が有力です。

    こういう話は枚挙に暇がありませんが、今回の発見は驚きでした。
    世界遺産でもある法隆寺は世界最古の木造建築として高名であり、現在平成の大修理が行われていますが、その宝蔵から「本物のトウガンの種子」が見つかったという話です。京都大学生物学研究室の鑑定で、これは間違いなく、既に絶滅したと言われているトウガンの種子であることが分かったと発表されたからです。
    トウガン。現在日本でも食べられている「冬瓜」は、実は古来日本で食されていたトウガンとは別種のものです。あれはもともと「賀茂瓜」と呼ばれていた種類であり、古代日本で栽培されていた元祖「トウガン」と形状がそっくりで、そのトウガンが滅びた後に間違えられて呼ばれたものが定着してしまったに過ぎません。「夏に収穫したものが冬まで保存できるから冬瓜だ」というこじつけのような説が横行していますが、冬瓜とは無論当て字であり、本来は「東瓜」と書きました。
    このことは「続日本紀」にも明記されていることであり、法隆寺の玉虫厨子にもその東瓜の姿が描かれています。そのずんぐりとした形状は、確かに現在の冬瓜に瓜二つ(駄洒落のようだな)です。
    しかし、味は全く違うとの伝承があります。現在の冬瓜は煮物などに料理されますが、東瓜は果物でした。「甘露の如き」と続日本紀には書かれています。砂糖がまだ無かった古代日本において、甘味というものの表現は多少割り引いて考えなければならないのかもしれませんが、相当に甘味を含んだ果物であったと言われています。
    栽培されていたのは現在の奈良県桜井市周辺。飛鳥に都があった時期であり、その東方にあたることから「東瓜」と呼ばれたとする説が一般的です。対して、飛鳥の西方、現在の葛城市周辺、当麻寺がある辺りで栽培されていたのが「西瓜」です。これは現在でも伝わっています。スイカですね。
    続日本紀には、「東瓜」は「西瓜」の何倍も甘かった、という記述があるのです。西瓜とは比べ物にならない糖度であったと推測されています。蜜滴る甘き果実。なので人々は東瓜と比べて甘味の足りない西瓜のことを「酸い果」と呼ぶようになったとされます。本来「サイガン」と呼ばれていた西瓜を「スイカ」と読む語源です。
    ここが学者間で論議のあるところで、現在の西瓜は品種改良を重ねていて甘いのであり、昔の西瓜はもっと酸っぱかったのだ、だからその西瓜と比べて甘い東瓜も、驚くほどの糖度だったというのは幻想だとの説。また、原産の西瓜は糖度は低くても酸味はほぼ無かったはずで、その西瓜に酸味を感じるほどやはり東瓜は甘かったのであり、そこから「東瓜=メロン説」が生まれ、当時から日本にはメロンが渡来していたのだ、という説を唱える方も多い由。
    こういうのは古代史のロマンで結論の出ない話であったはずですが、今回、その種子が発見され、しかもその種子は現在のクローン技術の発達により、もしかしたら果実を再現できるかもしれない、との報道には興奮を覚えます。醍醐味の「醍醐」と並んで、伝説の失われた味覚の最大のものであった「トウガン」。それが果たして西瓜を「酸い果」と呼ばせたほどの強烈な甘味を持った果実であったのかどうか、それが分かる日がいずれ来るのかもしれません。続報に注目したいと思います。


    これは4月1日の記事です。もちろんご承知だとは思いますが念のため(汗)。
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    | 2009/04/01 | 企画 | 00:11 | comments(4) | trackbacks(1) |


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